ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第4話  涙の逃亡 飛べシルフィード!

 第4話

 涙の逃亡 飛べシルフィード!

 

 金属生命体 アパテー

 超古代怪獣 ゴルザ 登場!

 

 

 東方号の不時着したエギンハイム村を襲った邪悪な意思を持つ者、金属生命体アパテー。

 ウルトラマンAは必死に立ち向かうものの、メルバとの戦いの疲れに襲われてついに倒されてしまう。

 エネルギー切れ寸前のエースにとどめを刺さんと、アパテーは巨大な槍を振りかざして迫る。

 

〔この野郎、もう勝ったと思ってやがるな。余裕綽々ってか、ムカつく野郎だぜ〕

 才人がエースの視線を通して、近づいてくるアパテーに対して毒づいた。

 ウルトラマンAのカラータイマーの点滅は二度の戦いによって限界に近づき、活動時間は急激になくなりつつあった。

〔危ない! 来るわよ〕

 ルイズの叫びにエースはとっさに身をひねる。

「ヘヤッ!」

 鋭い槍の穂先が、寸前でエースの体をかすめていった。外れた槍はそのまま地面に深々と食い込み、避け損なっていたらどうなっていたかと見ていた者の心胆を寒からしめる。だが、才人は槍が食い込んで動きが止まったアパテーに好機を見た。

「いまだ!」

 才人の叫びに、渾身の力を振り絞ったエースのキックが炸裂した。その反動でエース自身もよろめくが、アパテーは大きく吹っ飛ばされてひざをついた。

 調子に乗るなよ、まだやられはしない。この命が尽きるまで、あきらめはしない。

「トォーッ!」

 体を気合で動かして、エースはなおも戦う意思があることを見せ付けた。

 おれたちはまだまだやれる。先に心を折りはしない! エースの闘志が折れていないことを見た人々も、心に希望を新たにする。

 

 だが、立てるはずがないのに倒れないエースにいらだったのか、アパテーはさらに戦法を変えてきた。人型を形成していたアパテーの全身が水のように一瞬で崩れ、液状化した肉体が瞬時に八本の槍へと変形してエースに飛んできたのだ。

「ヘヤァッ!?」

 なんだこれは!? そう考える暇もなく、八本の槍はエースを檻となって囲い込むように地面に突き刺さり、そのまま囲い込んだ内部のエースに向けて強烈な電撃攻撃を見舞ってきたのだ。

「グアァァァッ!」

 すさまじいばかりの電光がほとばしり、紫電にさらされたエースのひざががくりと地につく。

「ウォ……アァッ」

 苦悶の声、そして消えかけるカラータイマーの弱弱しい点滅が、ダメージの大きさをなによりも物語っていた。

”なんという、攻撃だ……”

 まだ、これほどの攻撃を隠し持っていたとは。エースは薄れゆく意識の中で、自分の中の太陽エネルギーが底をついたのを感じた。

 もう、立てない……崩れ落ち、起き上がろうとしてかなわないエースの凄惨なありさまに、人間と翼人たちのあいだに悲しみの声が流れた。

「立て! 立ってくれ!」

 悲痛な叫びがこだまするが、もうエースにしぼりだす余力は一片も残されてはいなかった。才人とルイズの力をもらおうにも、今の状態でこれ以上削ればふたりとも生命に関わる。それだけは絶対にできない。

 せめて、せめて太陽エネルギーがあれば……空を見上げるが、太陽は分厚い虫の雲に覆い隠されていて、陽の光はわずかすらも照らしてはくれなかった。

 瀕死のエースにとどめを刺そうと、再び鎧騎士の姿になったアパテーが槍を振り上げて迫ってくる。だがもうエースに回避する余力はまったく残されてはいない。

 これまでか! 悔しさと、悲鳴が混じりあい、絶望の時は目の前まで迫った。

 

 だが、そのときひたすら皆の無事を祈り続けていたティファニアの手の中に握られていた輝石が、一筋の光を空に放った。

”お願い、助けて!”

 一心不乱な願いが光となり、闇を裂いて宇宙へ届く。

 空を覆っていた暗雲が切り裂かれ、一瞬だが青空が見えた。突然の陽光の輝きにアパテーがひるむが、穴はすぐに虫によって塞がれていき、太陽は再び見えなくなっていく。だが、穴がふさがる直前、青い光線が流星のように降り注ぎ、エースの頭部のウルトラホールに吸収されたのだ。

〔これは、体に太陽エネルギーが満ちてくる!〕

 それは、高密度のエネルギー光線だった。エースの減少していたエネルギーが一気に回復し、体に力が戻ってきた。

 カラータイマーが青に戻り、立ち上がるエース。もう大丈夫だ……しかし、この光線の波長には覚えがある。

〔そうか、また君に助けられたか。ありがとう〕

 恐らく彼も、この惑星をずっと見守り続けてくれていたのだろう。直接手を貸してくれないのは、なにか事情があるのだろうが、彼の強い思いは確かに受け取った。このエネルギー、無駄にはしない!

「テエェーイッ!」

 この怪獣は、俺が倒す!

 雄雄しく立ち上がったエースは、強い眼差しでアパテーを睨んだ。そこに秘められた闘志に、アパテーがひるむ。

 死に体だったエースの復活。その奇跡を信じられない、あってはならないことだと言わんばかりにアパテーは余裕の態度をかなぐり捨てて、腕を大剣に変えてエースに斬りかかってくる。

 しかし、もうお前にてんびんが傾くことはない。皆の叫ぶ「いまだ!」という声を受けて、エースはエネルギーを最大限に振り絞り、広げた両手のあいだに稲妻状のエネルギー流を生み出し、それを球状になるまで握り締めて圧縮した。

 これで最後だ! この一撃でケリをつける!

 エースは、迫るアパテーに向けて凝縮したエネルギーを赤色の破壊光線と化させて撃ち出した。

 

『パンチレーザー・スペシャル!』

 

 赤い稲妻がアパテーの胴体を打ち、エネルギーが余すところなく吸い込まれていく。頑強無比な装甲を形成したアパテーの体といえども想定をはるかに超えた力の前には無力。硬い甲羅を持つ亀でも象に踏まれれば一巻の終わり。

 一瞬の硬直。そしてアパテーは剣を振り上げた姿のまま、千の破片となって木っ端微塵に爆裂粉砕した。

「よっしゃあ、ざまあみろーっ!」

 村人たちの歓声が森に響き渡り、アパテーの鉄の残骸が銀色の雪のように舞い散る。いくら金属生命体といえども、ここまで粉々にされてはもはや再生は不可能だろう。

 エースは空を見上げ、力を与えてくれた彼に感謝した。そして、もう一人、彼を呼んでくれたティファニアにも謝意をうなづくことで述べて見せた。

 ありがとう、君が彼を呼んでくれなければ私は負けていた。あのときと同じく、純粋に人のために祈る心が輝石に届いて運命を動かしたのだ。

 戦いが終わり、エースは空へと飛び去る。しかしその空は、いつもの美しい青空ではなかった。

 

 エギンハイム村に平和が戻った。人々は常の生活と、東方号の修理に戻る。

 喧騒に包まれる村。だが人々の顔はまだ暗い。空をなおも覆う虫の雲、狙いすませたように襲ってきた怪獣。もはや、この世界になにか恐ろしい異変が起きてきているということは疑いようもなかったからだ。

 才人とルイズは、南の空を見つめる。虫の大群、そして金属生命体がやってきたのも南の空から。そこは、自分たちが行こうとしていたロマリアがある方角だった。

「ロマリアに、いったいなにが……くっそ、こんなときにあいつらがいてくれたら」

 才人は歯噛みをし、頼もしかった仲間のことを考えた。この村を、かつての怪獣の脅威から救ったふたりのメイジの名前はふたりとも知りすぎるくらいに知っていた。

「タバサ、キュルケ、なんで戻ってきてくれないの。あなたたち、いったいどこに行っちゃったのよ」

 ルイズの問いに、答える者はいなかった。

 

 

 人は、人であるがゆえにすべてのことを知ることはできない。だから、タバサとキュルケの辿った数奇な運命も知る由はなかった。

 ジョゼフの罠にはまり、ギジェラとの戦いに勝利するものの異世界へと飛ばされてしまったタバサ。その行方は誰にも知る術はない。しかし、かろうじて時空を飛ばされることは回避したものの、力尽きてしまったキュルケとシルフィードは囚われの身となっていた。

 

 ガリア王国首都、リュティスの王城グラン・トロワ。その最奥の牢獄に、キュルケとシルフィードは閉じ込められていた。

「ねえ赤いの、空が急に真っ暗になっちゃったのね。なんか、すっごく嫌な感じがしてきたのね。きゅい……」

「見えてるわよ。これは、もうただごとじゃないわね……ジョゼフめ、今度はいったい何を企んでいるのかしら」

 牢獄の窓の鉄格子ごしに、空を望んだシルフィードとキュルケが憮然とつぶやいた。

 ふたりとも、あのときに比べて表情にはやつれた様子が見えた。奥のベッドには、タバサの母が寝かされて寝息を立てている。やはり、あのときから今日まで意識が回復することはなかったが、今は少し吐息が苦しそうにも聞こえた。

「タバサのお母さまも、無意識に悪い気配を感じ取ってるのかもしれないわね。タバサなら、なにかわかったかもしれないけど……」

「人間は、精霊の力を感じることはできないのね。けど、深く眠っているときには夢という形で、普段見れないものを見ることがあるってお姉さまが言ってたのね。お姉さま……」

 シルフィードの竜の顔が寂しそうに変化するのも、キュルケも今ではすぐにわかるようになっていた。

 そう……変化がなく、退屈極まりない牢内の景色に比べたら、互いの存在はこの数ヶ月どれだけ支えになってくれただろう。

 ジョゼフは、捕らえた自分たちを脅迫しようとも洗脳しようともしなかった。ただ、ずっとこの特別製の牢に閉じ込め続けるだけ。室内は、シルフィードが元の姿でいても問題はないくらい広く、調度品も立派なものがしつらえてある。三食すべて貴族が口にするにふさわしいレベルで出され、衣類もそろえられていて凍えることはない。窓と入り口の鉄格子さえなければ、一流のホテルの一室としても通用するに違いない。

 ここは、王宮の牢獄の中でも、特に貴人を幽閉するために作られた特別製の牢であった。いわゆる、自由を奪いたいが殺すわけにはいかない人間のために、政治的な理由から使われるグラン・トロワの暗部。ただし、ジョゼフが国王になってからは、反逆者は即時粛清されるようになったために現在では忘れられかけている。

 しかしそれゆえに、泣けど叫べど誰にも聞こえない。王宮という広大な敷地の中から切り離された空白地帯。陸の孤島とも言うべきそこにあっては、彼女たちも外の様子を知ることはできなかったが、この異様な空の様子がキュルケに決意させた。

「シルフィード、もう一刻の猶予もないわ。脱獄しましょう」

「えっ、ええっ! ちょっ、お前そんな正気なのね! こないだあんな目にあったばっかりなのに!」

 シルフィードはあごが外れるくらいに仰天して、思わず天井に頭をぶっつけてしまった。むろん、そんな程度でビクともするようなレベルの監獄ではないのだが、実は彼女たちが脱獄を試みたのは一度や二度ではなかった。

 捕らえられた直後から、行方不明のタバサを捜そうと、あの手この手を使って脱獄をもくろみ、その度に失敗していた。

 トライアングルメイジのキュルケといえども、今は杖を取り上げられていて魔法は使えない。かといって、彼女の得意な色仕掛けや話術で看守を取り込もうにも、この牢獄の管理は魔法人形ガーゴイル数体によっておこなわれており、人間はひとりもいないという完全無人態勢であったために発揮のしようがなかった。

 食料や必需品もガーゴイルによって運ばれ、武器や道具になりそうなものは一切手に入らない。最初はドラゴンの姿に戻ったシルフィードがガーゴイルを叩き潰して脱出しようとしたのだが、こいつらがめっぽう強く、シルフィードのほうが殴り倒されて牢に投げ込まれてしまった。

 実力での脱出ができないとなると、あとはガーゴイルの目をかいくぐるしか方法は残されていなかった。

 ガーゴイルどもの動きを観察し、行動パターンを把握する。軍人の家系のキュルケは、ガーゴイルと戦うときのためにいくつかの戦術も父母から伝授されていた。それを駆使し、なんとかガーゴイルの死角を探そうとすること数ヶ月、しかしガリアの魔法技術はキュルケの父母の時代より進歩しており、脱出はすぐさま感知されて捕まった。

 感情なく、加減を知らないガーゴイルに殴り倒されては牢に放り帰される。やがて、全員での脱出が不可能だとあきらめると、シルフィードひとりを先住の変化の魔法で小動物に変身させて逃そうともしたが、ガーゴイルはこれすらも探知して捕らえられてしまった。

 完璧だと思って送り出したシルフィードの変身したネズミがつまみ上げられて投げ返されてきたとき、キュルケはここの防護システムの鉄壁さに歯噛みした。そして、度重なる脱獄の失敗に呆れたのか、はたまたあざけっていたのかはわからないが、ジョゼフがガーゴイルの口ごしにメッセージを寄こしてきたのだ。

 

『なかなか楽しいことを続けているようだな。若者らしく、元気が有り余っているようで大変結構なことだ。しかし、あまり無茶はしないほうがいいと思うぞ。そこのガーゴイルはガリアの魔法アカデミーの傑作だそうで、牢内を動き回るものは自分たち以外にはネズミ一匹見逃さないとの触れ込みだった。おまけに、単独でトライアングルメイジやオークと渡り合える一級品だ。なんと、一体で軍艦ひとつ買えるだけの価値がある。すごいだろう? これほど贅沢なもてなしもなかなかないものと我ながら自負している。だから、そう慌てずにゆっくりしていってくれたまえ』

 

 聞きようによっては本気で心配しているようにも聞こえる口調のメッセージに、キュルケとシルフィードが怒りに震えたのは言うまでもない。だが、相手はガーゴイルである。なにを言ったところで無意味であった。

 残念ながら、ジョゼフの言うとおりに番兵のガーゴイルは強い上に優秀であった。人間と違って疲れないし、余計なことを考えずに与えられた任務を墨守し続ける。ふたりにできることは、タバサの母を守りつつ、力を蓄えて機会を待つことだけだった。

 しかし、もはや悠長に機会をうかがっていられる場合ではない。

「シルフィード、覚悟を決めましょう」

「で、でも、ここの守りがすごいのはお前もわかってるのね? またやったところで、痛い思いをするだけよ!」

「そんなこと言ってるときじゃないわ、もう。ジョゼフがわたしたちを生かしてるのは、間違いなくなにか悪さに利用するためよ。タバサにせよ学院のみんなにせよ、そんな迷惑になるくらいなら死んだほうがまし。けど、わたしたちは死ねない、わかるでしょ?」

 シルフィードはうんとうなづいた。タバサが我が身を捨てて守ろうとした母を、なんとしても守り通さねばならない。

「わたしに考えがあるわ。うまくいけば、あなたひとりだけなら逃げられるはず」

「また何かに化けるのね? あのガーゴイルの目ざとさを忘れたのかね!」

「いいえ、思い出してみて。ジョゼフは、この牢内は『ガーゴイルしか動けない』と言ったのよ。なら……」

 キュルケは、シルフィードの頭をなでると、みんなに会えたら早く助けに来てね、と微笑んだ。

 

 それからしばらく……牢内には騒ぎはなく、何事も起こっていないように静まり返っていた。

 聞こえるのは、鉄製のガーゴイルの動き回る無機質な音だけ。

 しかしそんな中で、一体のガーゴイルが牢獄の入り口から出てくると、不自然な走り方でガシャガシャと庭を駆け出したのだ。

「う、うまくいった! うまくいったのね! ほんとに、ガーゴイルどもを出し抜けたのね」

 なんと、そのガーゴイルはシルフィードの変身したものであった。キュルケは、ガーゴイルたちは異物には敏感に反応しても、自分たちと同じガーゴイルには反応しないだろうという、高性能ゆえの死角を見事に見抜いたのであった。

 慌てふためいて外に出られたシルフィードは、興奮のあまりにガーゴイルの姿のままでしばらく庭を走っていたが、やがて我に返ると風竜の姿に戻って飛び立った。

「赤いの……必ず、必ず助けに来るから、それまで無事でいてなのね。きゅい……」

 悲しく誓い、シルフィードは翼を羽ばたかせる。風竜のシルフィードが全速を出せば、王宮警護の竜騎士といえども簡単に追いつくことはできない。

 だが、飛び去っていくシルフィードを、グラン・トロワのバルコニーでジョゼフは薄ら笑いを浮かべて眺めていた。

「ふふ、なかなかやるな、あの小娘。さすが、シャルロットと肩を並べられるだけのことはある」

「ジョゼフさま、あの子ドラゴンは恐らく救援を求めに行ったのでしょう。追っ手をかけましょうか?」

「必要ない。あやつがどこへ向かったかについては、おおかたの目星がついているではないか。慌てて追わずとも、その連中は今どこにいる? むしろ哀れだと思わんか」

 視線を向けて、口元をゆがめたジョゼフに対して、傍らに控えたシェフィールドはうやうやしく頭をたれた。

「自棄になって向かってくるなら、虫けら同然にひねりつぶしてやればよい。だが、奴はあれでもシャルロットとずっと行動を共にしてきたのだ。思いもよらないあがきを見せてくれるかもしれん。見張りだけはつけておけ、もしも希望を持つようなことがあれば……シャルロットへのよい手向けになるであろう?」

「御意に」

 演劇の続きを楽しみにする子供のように、無邪気な様子でジョゼフは笑った。しかし、その瞳の奥には、劇に飽きて終焉の到来を切望する投げやりな感情も芽生え始め、危険な光を放ち始めていた。

 

 悪意の視線に見送られ、シルフィードはひとりで空を駆ける。

 かつてはタバサとともに飛んだガリアの空、どの風景もよく覚えているが、ひとりで見下ろすどんな美しい風景も、今のシルフィードにはむなしいだけだった。

「おねえさま、シルフィは悪い子でした。いつも、わがままばっかり言って……でも、必ず助けに行きますから……今度からはいい子になりますから、きっと無事で待っていてくださいなのね」

 涙をこらえて、シルフィードは飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。目指すは、彼女にとっての家であり、タバサが多くの仲間たちと出会った懐かしい学び舎。そこにさえたどり着ければと、国境をひとっとびに超えて、シルフィードはトリステインに帰ってきた。

 

 しかし、希望を胸にトリステイン魔法学院に降り立ったシルフィードを待っていたのは、耳を疑うような現実であった。

「えっ……みんな、出かけてていないって、どういうことなのね!」

 学院には、タバサの知己にあたる人、助けになってくれそうな人はほとんど残っていなかった。それもそのはず、そうした面々は皆、東方号に乗ってロマリアに旅立ってしまっていたのだ。

 才人やルイズ、何度もタバサといっしょに旅をしたみんななら、なんとか力になってくれるかもという期待は裏切られた。

 疲れている中でなんとか人間の姿に変化し、慌てていたので服を身につけるのを忘れていて、すっ裸で騒ぎになりかける中でどうにか聞き出すことはできた。けれども、いつ戻ってくるかわからない、少なくとも当分は、という変えがたい事実はシルフィードを打ちのめすのにじゅうぶんすぎた。

「そんな、ロマリアなんて場所、全然知らないのね。これじゃ、捜しに行くのもとても無理……」

 ハルケギニアといっても広い。タバサに召喚されてから一年にも満たないシルフィードの土地勘で捜せる範囲を大きく超えていた。

 しかし、なすすべなく学院の庭に座り込んで途方に暮れていたシルフィードに優しく声をかけた人がいた。

「あの、どうなさったんですか? 大丈夫ですか」

「あ、お前はメイド、なのね」

 黒髪のメイドの顔を、シルフィードはよく知っていた。もちろん、その相手、シエスタは人化したシルフィードのことは知らない。ただそれでも、孤独に耐えてきたシルフィードにとって、シエスタの優しさは胸に染みた。

 シエスタは、ただの布切れしか着ていなかったシルフィードを食堂に案内して、まかない食と菓子を出してあげた。

「こんなものしかありませんけど、よろしければ」

「い、いただくのね!」

 ずっと飛んできて腹を減らせていたシルフィードは喜んでかぶりついた。食事のメニュー自体はけっして豪華なものではなかったが、監獄の豪勢ではあるが温かみのない料理ばかり食べさせられていたシルフィードにとっては、久しぶりの誰かのぬくもりを感じられる食事だったので、自然に涙も出てきた。

「おいしいのね、ほんとにほんとにおいしいのね」

 懐かしい学院の味だった。タバサに無理を言って学食をわけてもらった思い出がよみがえっては泣けてくる。

 シエスタは、そんなシルフィードをしばらくじっと見守っていたが、やがて彼女がやや落ち着くと声をかけた。

「どちらの方か存じませんけど、この学院にわざわざいらしたということは何か重い事情がおありなのと察します。よろしければ、お話になってはいかがですか?」

「えっ?」

「いえ、私どもは学院の貴族のみなさまから、酒といっしょに悩みや愚痴をこぼされることも多いのです。もちろん、秘密は堅く守りますのでご安心を。少しでも話せば、楽になるかもしれませんよ」

 初めて直接話すシエスタの言葉は優しくて、シルフィードの心は揺れた。

 たぶん、シエスタはシルフィードのことを学院の生徒の従者がなにかだと思っているのだろう。シルフィードが人間に変化した姿そのものは、タバサを大人びたふうにしたようなもので大変な美女だが、ろくなものも着ずにうろついていたら貴族にいじめられている平民の従者というふうに誤解されてもしかたがない。

 そういえば、このメイドは前からおせっかいなところがあったとシルフィードは思った。才人とギーシュのいざこざ以来、貴族を相手にしても必要以上にへりくだったりせずに、むしろ自分から首を突っ込んでいくようになった。そんな彼女の人の良さをずっと見てきたシルフィードは、シエスタの好意が本物だと思った。

 ただ、それとは別にシルフィードは悩んだ。彼女には悪いが、正直、シエスタに話したころでいい考えが出てくるとはとても思えなかったのが理由だ。彼女は平民としては頭がよいし機転もきくが、タバサのように戦火をくぐってきたわけではない。

 それでも、出口の見えない迷路の中で、孤独と不安に押しつぶされそうになっていた彼女は、思い切ってすべてを吐露した。

「実は、わたしはおねえさまの、いやえっと! タ、タバサお姉さまの妹なのね! それで……」

 自分のことはタバサの妹として、それ以外はたどたどしくながら事実をできる限り口にした。

 シエスタは、それらの話をじっと聞いていたが、しだいに表情を曇らせていった。

「そんな、まさか……いえ、でも」

「やっぱり、信じてはくれないのかね?」

「いいえ、あなたのお話はミス・タバサとミス・ツェルプストーのいなくなった時期を言い当ててますから。ミス・ロングビルは、おふたりとも実家に帰省してるとおっしゃってましたが、確かに帰りが遅すぎますね」

「本当なのね! それで、おねえさまのお友達に助けを呼びに来たんだけど……わたしは、これからどうすればいいのか……きゅい」

 才人たちが帰るまで待つ、というのは論外だった。どう考えても一ヶ月以上はかかる。その間に、シルフィードに脱走を許したジョゼフがキュルケたちをどうするかわからない。

「イルククゥさん……」

 シエスタは、幾人もの貴族や平民と接してきた経験から、この奇妙な女性の言っていることに嘘がないことは見抜いた。なお、イルククゥとはタバサにシルフィードと名づけられる前の韻竜としての彼女の本名である。その悲痛な表情を見ると、シエスタはなんとか助けてあげたいという気になった。

「すみません、イルククゥさんの悩みは、わたしの力を大きく超えた問題のようです。ですが、そういうときは落ち着いて自分にできることをゆっくり思い返してみるといいってお母さんが言ってました。そうですね、この学院以外にもミス・タバサのお力になってくれそうな方はいらっしゃらないんですか?」

「お姉さまはずっとひとりで戦ってきたのね。味方なんて、誰もいなかったのね」

「結論を急がないで、あなたはずっとミス・タバサの行動を見てきたんでしょう。それをゆっくり思い出してみてください」

 そう言われて、シルフィードはわらにもすがる思いで、タバサに召喚されてからの記憶を掘り起こしていった。タバサといっしょに取り組んだ任務のいくつか、どのときでもタバサは現地の人間とは必要以上に関わりを持とうとはせずに、自分の復讐に他人を巻き込むことを避けてきた。

「ほら! 落ち込むと悪いことばっかり思いつくんです。いいことや、うれしかったことを思い出すんです。がんばって!」

「う、うん!」

 おねえさまが助けた翼人の集落の人に助けを求めるというのは……いやダメだ。そんなことをしたらガリアと翼人たちのあいだで戦争になってしまう。人間社会と深入りしない亜人の大部分に共通するルールは、シルフィードもよく理解していた。

 なら、ほかには誰が? 力になってくれそうな、強くて頭のいい人。そんな人がいるか? そんな人がいたら、とっくにおねえさまはその人を頼って……そうだ!

 シルフィードは、そこではっと思い出した。力になってくれるかはわからないが、おねえさまをずっと見守り続けてきたあの人なら。

 はじかれたようにシルフィードは立ち上がると、そのまま食堂の出口に向かって走り出した。

「ありがとなのねメイド! この礼はまた、必ずするのねーっ!」

「あっ、ちょっと! どこへ行かれるんですかーっ!?」

 慌ててシエスタも追いかける。相手はドアを潜り抜けて、そのまま学院の中庭へと飛び出していった。シエスタもまた、ドアを押し開けて、その後を追って飛び出した。

 

 しかし、広い中庭のどこにも相手の姿はなかった。

 代わりに、さっきまで彼女が身につけていた布切れが落ちていて、見上げるとそこには飛び去っていく青い竜の後姿のみがあった。

「お気をつけて……ミス・タバサとあなた方に、始祖のご加護がありますように」

 ひざを突き、シエスタは祈りを捧げた。彼女の脳裏には、再び青空の下で誰一人欠けることなく学院に通う皆の姿がありありと息づいていた。きっとそのときがやってくると信じて、シエスタはみんなが帰ってくるこの場所を守ろうとメイド服に気合を入れて誓う。

 この、小さな親切のアドバイスが、シルフィードとそれに連なる人たちの未来にどんな影響を与えるのか……この時点でそれを知りえる者は誰もいない。しかし、何の力もないただの人間の、たったひとつの言葉が大きな流れの源流になることも、時にはある。

 

 学院から飛び立ったシルフィードは、疲れを感じさせない速さで空を飛んだ。

 トリステインの国境を飛び越えて、再びガリアへと入る。

 しかし、目指すのはキュルケのいるリュティスではない。人の多い都市部を離れ、未開の原生林に包まれる地帯に入る。

「きっと……きっと、あの人なら……きゅい」

 一縷の希望を抱き、シルフィードがやってきた場所の名前はファンガスの森。かつて、無数のキメラが暴れまわった魔境。

 そして、タバサの長い戦いが始まったのが、この森だった。

 記憶を頼りに、切れ目のない森の上を飛ぶシルフィード。やがて彼女の前に、森から立ち上る一筋の煙が見えてきた。

「あそこなのね!」

 急ぎ、降り立つその場所は、森の中に開かれた広場に建てられた一軒家。窓から明かりが漏れ、調理の煙が煙突から立ち上るその家のドアに、シルフィードは下りるなり頭をぶっつけて叫んだ。

「おねえさまのおねえさまーっ! いるんでしょ、ここを開けてほしいのねーっ!」

「うるさいね……静かにしな」

「えっ……ひっ!」

 ドアはシルフィードの体当たりで壊されることはなかった。なぜなら、シルフィードが二度目の体当たりをする前に、二階から体を乗り出した若い女が、シルフィードの首筋を目掛けて弓を引き絞り、鋭い矢の先端を向けていたからである。

「き、気づいてたの、ね?」

「森じゃあ、近づく獣の気配に敏感じゃないと生きていけないんだよ、狩人の勘をなめるな。ん? どこかで聞いた声だと思ったら、お前はシャルロットの使い魔の、風竜の子じゃないの」

「お、お久しぶりなのね……ジル、さん」

 矢が放たれていたら確実に喉笛を貫かれていた。しかも、気配はまったく感じなかった。

 

 タバサに通じる、隠密さと一撃必殺の冷徹な技法。彼女こそ、かつてタバサとともにキメラドラゴンと戦った、タバサの戦いの師匠のジルであった。

 

 ジルは、二階から飛び降りると、猫のようにくるりと回って着地した。同時に、左足の義足がきしむ音がするが、彼女自身はまったく姿勢を崩した様子はない。すごい身体能力だと、シルフィードは目の前の黒髪の女狩人を見た。

「久しぶりだね。ひとりかい?」

「あ、はい!」

 威圧するように睨まれて、思わずシルフィードは緊張して答えた。やっぱり、こんな森で一人暮らしをしているだけあってすごく怖い。しかも、タバサとジルは一年に一度しか会わない約束をしているのだ。招かれざる客である自分は、間違いなく歓迎されていないだろう。

 が、シルフィードは脅えているわけにはいかない。怖いのを押し殺して、思い切って口を開いた。

「あ、あのジルさん。シ、シルフィはその、えと、えと、むきゅい」

「落ち着きなよ……ふん、どうやら遊び半分で来たわけでもなさそうだね。そこは冷えるよ、中に入りな」

 うながされて、シルフィードは急いで人化するとジルに続いて家の中に入った。

 

 通された室内で、シルフィードはジルにすべてを語った。

「なるほどね、それで私に助けを求めに来た。というわけだね」

「そ、そうなのね! お願いなのね。おねえさまのために、力を貸してほしいのね」

 シルフィードは必死に懇願した。彼女にとって、もはや頼ることができるのは目の前のジルしか残っていない。

 ジルは、シルフィードの説明を最後までじっと聞いていたが、冷たく口を開いた。

「だめだね」

「ど、どうしてなのね! あなたは、おねえさまの友達じゃないのかね。見捨てるのかね!」

「確かに、シャルロットは私にとって大切な存在だ。だが、あの子の戦いはあの子の責任だ。だから私は、この三年間シャルロットに一度も手を貸したことはないし、あの子もそれを望まない。一度でも助ければ、その甘えは油断となって死を招くことになるからね」

「で、でも」

「力を求めるってのは、牙を磨くってのは孤独なものなのさ。あの子の目的は父親の敵討ち、甘いままじゃ絶対に成し遂げられるもんじゃない。ためらいなく、生きた獲物の血肉を引き裂いて息の根を止める狩人の心が必要なんだ。第一、シャルロットが空にあいた穴に吸い込まれたって言うけど、生きている保障があるのかい?」

「あるのね! 私はおねえさまの使い魔、もしおねえさまが死んだら、私の使い魔のルーンも消えてなくなるはずなの。おねえさまは生きてる。絶対に!」

「なら、あの子は自分でなんとかするさ。できなければ、それもあの子の選んだ道だ」

 ジルはあくまで冷徹だった。タバサへの愛情は深くても、甘えを許さず突き放す厳しさは、まさにひとりで獣の中で生き抜いてきた狩人のそれであった。

 帰れ、鋭い視線でそう訴えかけてくるジルに、シルフィードは震えた。だが、シルフィードはここで引き下がるわけにはどうしてもいかない。床に頭をこすり付けて、泣きながら必死に訴えた。

「お願いなのね。おねえさまは、おねえさまはきっと帰ってくる。けど、いますぐにというわけにはいかないことになっているに違いないのね。だけど、捕まってるおねえさまのお母さまとお友だちは、今日か明日にもどうなるかわからないのね。シルフィはバカだから、作戦なんて考えられないの……ジルの知恵と腕っ節が、最後の頼みなのね」

「私は一介の狩人だよ。そんなのに、一国の王様にケンカ売れって言うのかい」

「無茶は承知してるの。でも、おねえさまが帰ってきたときにお母さまたちが死んでたら、きっととっても悲しむの! お母さんがいなくなる悲しさは、ジルだってわかっているはずなのね!」

 ぎりっと、歯軋りの音がジルの口から漏れた。彼女の胸中に、キメラドラゴンによって皆殺しにされた家族の記憶が生々しく蘇ってくる。あのときの悲しさと苦しさは、今でも忘れることはできない。

 

 ジルとシルフィード、ふたりのあいだに沈黙が流れた。

 頭を伏したシルフィード、立ち尽くしたジル、ふたりとも微動だにしない。

 

 だが、誰も知らないはずのファンガスの森の隠れ家は、すでにシルフィードを尾行してきたシェフィールドによって暴かれていた。

「ジョゼフ様、あの子竜はどうやら協力者を見つけ出したようです。いかがいたしましょうか?」

「ふふふ、シャルロットも知らないうちに顔が広くなっていたものだ。さあて、このままグラン・トロワにお越し願うのも一興ではあるが、待つだけなのも退屈だな。協力者とやらの力量、試させてもらうか。チャリジャめの置き土産のあれを使ってな」

「かしこまりました、ジョゼフ様」

 ジョゼフのちょっとした気まぐれで、恐るべき仕掛けがシルフィードを目掛けて動き出した。

 

 異変は時をおかずにファンガスの森へと伝わり、シルフィードとジルへと襲い掛かった。

「うっ、なんだ地震か!」

 轟音が鳴り響き、ジルの家が激しく揺さぶられた。

 それに続いて、家の外で爆発音にも似た轟音と、けたたましい吼え声が聞こえてくる。

 これは! ジルは、いつでも使えるように準備しているのであろう弓と矢、武器一式を詰め込んでいるのであろうリュックを手に取ると、外に飛び出した。

「ぐっ! こ、こいつは!」

「か、怪獣なのねーっ!」

 なんと、森の木々を蹴散らし、地底から巨大な怪獣が現れてふたりを見下ろしていた。

 全高はざっと六十メートルを超え、太く強靭そうな手足を持ち、頭部を覆うフードのような部分には黒いまだら模様がついている。

 超古代怪獣ゴルザ。先日、火竜山脈でウルトラマンAが戦ったメルバと同じく、超古代怪獣の一種である。

 性格は好戦的かつ凶暴で、戸惑うジルとシルフィードに考える暇を与えずにふたりに襲い掛かった。

 

【挿絵表示】

 

「きゃああっ!」

「バカっ! 来いっ」

 ジルに手を引かれて飛びのいたシルフィードの真上をゴルザの尻尾が飛び去っていく。太い尻尾はそのまま勢いをまったく衰えさせずに、余ったパワーのままにジルの家に直撃、菓子細工のように粉々に打ち砕いてしまった。

「ちっ、よくも私の家を」

「あわ、あわわわわ」

「こら! あんたもドラゴンだろ。びびってるんじゃない、さっさと飛んで退散するんだよ」

 さすがにジルは切り替えが早かった。うろたえたのは一瞬で、次にはなにをすべきかをちゃんと考えている。

 怒鳴られて、自分の本分を思い出したシルフィードは、即座に風竜の姿へと戻って翼を広げた。

 その背に飛び乗ったジルを乗せ、シルフィードは跳ね上がるように上空へと舞い上がっていった。

「へっへーん、ここまでは来られないだろうなのね!」

 シルフィードは、自慢の翼を羽ばたかせながら得意げに言った。いくらあの怪獣がすごいパワーを持っていても、羽がないなら空の上までは追っかけてくることはできないだろう。

 しかし、冷静に怪獣の動きを観察し続けていたジルは、怪獣の胸部から頭部にかけてが赤く発光し、その光が額に集中していくのを見た。

「まずい、避けろ!」

 ジルの叫びに、シルフィードは反射的に身をよじらせた。その直後、ゴルザの額から赤色の光線が放たれてシルフィードを襲った。

「きゃあっ!」

 直撃は避けた。だが、光線はシルフィードの翼の先端をかすめ、その威力で引きちぎっていってしまった。

 これが、ゴルザの必殺の武器である超音波光線である。直撃していたらシルフィードは断末魔をあげる間もなく粉々、かすめただけに終わったとはいえ、翼を傷つけられたシルフィードは悲鳴をあげながら墜落していった。

「きゃああぁーっ!」

「こらっ、気合を入れな。シャルロットは、このくらいで弱音を吐いたりはしないよ!」

 ジルの叱咤で、シルフィードはギリギリで体勢を立て直して軟着陸した。

 しかし、翼を傷つけられてしまったせいですぐにはまた飛び立てそうもない。しかも、二人に向かってゴルザは地響きを立てながら迫ってくる。

「ふん、狙いは私たちってわけらしいね」

「き、きっと、ジョゼフの差し金なのね。わたしたちを、殺そうとしてるのね」

 悔しげに言うシルフィードに、ジルは呆れたようにため息をついた。

「やれやれ、こちとら一介の狩人だって言ってるのに過大評価もいいところだよ。苦労して作った家も、よくも壊してくれたものね」

「ど、どうするの! あいつ来るのね! 踏み潰されるのね!」

「黙ってな。それと、その図体じゃ邪魔だから、さっさと人間になるんだ。まったく仕方ない、こっちも腹を据えるか」

 ジルは、迫り来るゴルザを不愉快そうに一瞥すると、指笛を吹いた。すると、森の中から一頭の馬が現れた。

「こ、この子は?」

「私が慣らした野生馬さ。乗りな」

 馬はジルとシルフィードを乗せると駆け出した。森林を住みかとするだけあって、根っこや倒木の隙間を器用に避けて走っていく。

 しかし、森を蹴散らして大またで進撃してくるゴルザから逃れるには馬の脚力でも不足だった。

「ダメダメ! 追いつかれちゃうのね」

「黙ってろ、舌を噛むよ」

「このまま逃げてどうするつもりなのね! ああっ、そっちは山なのね。逃げられなくなるのね、曲がるのね! 曲がって!」

「黙ってろって言ったろ! 私に考えがある。ついてきな、バケモノ!」

 ジルは手綱を操り、森の中でたくみに馬を操った。ゴルザの超音波光線を避け、吹っ飛ばされた木々の残骸も気にせずに駆けていく。

 ゴルザを誘導しつつ、ジルの馬はファンガスの森を一気に走破した。しかし、開けた地形の前に現れたのは、まるで壁のように眼前に立ちふさがる巨大な岩壁だったのである。

「あわわわ! 行き止まりなのね。だから言ったのね、もう逃げられないのね!」

 高さ数百メートルはある絶壁は上ることなどできず、身を隠せるような洞穴などもどこにもない。

 後ろからはゴルザがうなり声をあげ、凶悪そうな眼を輝かせてやってくる。

 だが、ジルは岩壁をじっと見回し、崖の一点に赤く記されたバツ印を見つけると、武器サックから火薬入りの矢を取り出してつがえた。

「ど、どこ狙ってるのね? 怪獣はあっちなのね、あっち!」

「まあ見てな。驚くんじゃないよ」

 ジルの弓から矢が放たれて、バツ印に当たって火薬が炸裂した。

 すると、事前に周囲に爆薬が仕掛けられていたのだろう。崖全体で連鎖爆発が起こり、岩壁全体が崩れだした。そして、崩れ行く崖の中から、とんでもないものが姿を現したのだ。

「あ、あれは! なんなのね! まさか」

「私が何年この森に住んでたと思うんだい? キメラドラゴンのほかにも、やばいものがあるんじゃないかと念のために一帯を調べたときに、こいつが山の中で眠っていたのを見つけたのさ。こんなこともあろうかと、仕掛けをしといて正解だったよ」

 

 愕然とするシルフィードの目の前で、崖は轟音をあげて崩れていく。

 そして、爆発の衝撃で目を覚まし、地上に這い出てくる一匹の怪獣。銀白色の蛇腹状の体を持ち、太い手足のたくましさはゴルザにも劣らない。口元には鋭い牙が生え、ゴツゴツとした頭部はまるでドクロのようだ。

 現れた怪獣は眼前のゴルザを見つけると、眠りを妨げられた怒りをぶつけるかのように甲高く凶暴な遠吠えをあげた。

 

「さあ行け! 目には目を、怪獣には怪獣をさ!」

 

 

 続く

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