ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第22話  必殺必中! 暁の矢

 第22話

 必殺必中! 暁の矢

 

 岩石怪獣 ゴルゴス 登場!

 

 

「おめでたい子たちね。逃げたあなたがいずれ残ったふたりを取り戻しにやってくるのは明白。そちらの片足さんは少しは手こずりそうだったから、ずっと前から罠を張って待たせてもらっていたわ。おもしろいくらいにかかってくれたわね」

「きゅいいい、卑怯なのね。それに、あんたがバカ王様と組んでおねえさまを苦しめていたのね。ぜったいに、ゆるさないのね!」

「落ち着け、カッカしたら奴の思う壺だぞ。まあ、どうせ罠があるとは思っていた。さて、これだけ分が悪い戦いはキメラドラゴン以来だな。矢玉の数が足りればいいが」

 

 ジルとシルフィードは今、最大のピンチに立たされていた。

 キュルケとタバサの母を助け出すために潜入したヴェルサルテイル宮殿の奥深く、異様なまでにたやすく潜り込めたと思ったが、やはりそれは甘かった。

 牢獄には警備のガーゴイルがいるはずなのに、脱出のときにあれだけ苦労させられた奴らはまるで見えなかった。そして、牢獄にたどり着けたと思ったとき。

「赤いの! 助けに来てやったのね!」

「バカ! これは罠よ。早く引き返しなさい!」

「そんなことは当に見当がついているよ。ご丁寧に牢の前に鍵がぶらさげてあれば馬鹿でも疑う。とはいえ、ほかに方法もなかったようなのでね……ほら、来たぞ」

 ジルが牢の鍵を開けた瞬間、轟音が鳴って牢獄自体が崩れ落ちた。一同は、ドラゴンの姿に戻ったシルフィードの影に隠れて降り注いでくる瓦礫から身を守り、レンガ作りの貴人用の牢獄は積み木の建物のようにバラバラになった。

 空が見える。牢獄が崩れた粉塵が収まり、シルフィードの影から這い出たジルとキュルケはそう思った。タバサの母も、眠ったままで毛布にくるまれて無事である。

 しかし、無事であったことに、『今のところは』というただし書きをつける必要があることを一同は思っていた。

「囲まれてるな」

 ジルは、やっぱりなというふうにつぶやいた。隣ではキュルケが、まったくもう、とばかりにため息をついている。

 状況はまさに、一瞬にして最悪に陥っていた。たった今まで牢獄だった瓦礫の周りを、無数のガーゴイル兵が取り囲んでいる。数は見たところ、適当に見積もって三十体以上。どいつもこいつも剣や槍、長弓や斧などぶっそうな装備を身につけていた。

 それだけではない。ガーゴイル兵たちのすきまを埋めるように、狼の形をしたガーゴイルが凶暴なうなり声をあげて、鋭い牙をむき出しにしてこちらを睨んでいた。その数はこちらも三十体ほど、逃げる隙間などどこにもありはしない。

 そして、包囲陣を強いているガーゴイルたちのなかで一体だけ空を飛んでこちらを見下ろしているコウモリ型のガーゴイルから、あざける女の声が響いてきたのである。

「ウフフ、アハハ、ようこそ韻竜のお嬢さん。待っていたわよ」

 その声を聞いた瞬間にシルフィードの背中に悪寒が走った。この声の主は、シルフィードにとってジョゼフとイザベラに次いで憎むべき相手である。

 怒りの念がシルフィードの心にふつふつと湧いてくる。こいつらだけは許すことはできない。

 そして、この場に及んでジルとキュルケも腹をくくった。見え透いた罠だったが、どのみち遅かれ早かれこうならざるを得なかったのだ。

 シェフィールドの勝ち誇ったあざけりにシルフィードとジルが買い言葉を返し、続いて初対面となるジルとキュルケが視線を合わせた。

「ふぅん、シャルロットから話は聞いていたけど、あんたがあの子の友達か、なるほど……ふぅむ」

「なにあなた? 勝手に人の顔をジロジロ見て、失礼じゃありません?」

「いいや、感心しているのさ。これだけ長く閉じ込められて、なお狩人の目をしているのはなかなか根性あるね。これはあんたの杖だろ? ご丁寧に隣の部屋においてあったよ」

「それはありがとうございます。あの女、完全にわたしたちを舐めているわね。希望を持たせた上でなぶり殺しにしようという腹でしょうが、ふっ、ふふふ……このキュルケ・アウグスタ・フォン・ツェルプストーをバカにするとどうなるか、思い知らせてあげようじゃない!」

「ふっ、いい目だね。私はジル、しがない猟師さ。まあ、狩る獲物は少々ゲテモノが多いが、今回は格別だな。シャルロットはこんな奴らと戦わされてきたのか……いいね、あの子の怒りと悲しみ、私にも伝わってきたよ」

 キュルケとジルは背中合わせにして陣を組んだ。ふたりとも、出会ってまだ数分であるが、相手が信頼に足る人間だと感じていた。ジルはキュルケの熱い言葉にタバサが誇らしげに語っていた話と一致させ、キュルケはジルがタバサの本名をなんの抵抗もなく呼んだことで、ふたりのあいだに並々ならぬ信頼があるのだと読み取っていたのだ。

 そして何よりも、ふたりとも若くても歴戦の戦士である。戦場での決断の遅さが致命を招くことをよく知っていた。

「フフフ、トライアングルクラスとはいえしょせんは学生。もうひとりは魔法も使えないただの平民。新しいガーゴイルのテスト代わりに遊んであげましょう。シャルロット姫のいないあなたたちなど、私の敵ではないわ」

「どうかな? お前はシャルロットをそれなりに見てきたようだが、なにも学ばなかったようだね。私は、あの子からはいろいろ教わったよ。赤毛の、あんたはどうだい?」

「どうかしらね? ただ言えるのは、わたしをタバサより弱いと思うのは大間違いということ! あなたこそ、平民がこれだけのガーゴイルにどう挑むのか、拝見させていただこうじゃない!」

 その瞬間、シェフィールドの指揮ガーゴイルの目が光ると同時にガーゴイル軍団がいっせいに仕掛けてきた。

 ジルとキュルケは、猛然と襲い掛かってくるガーゴイルの攻撃に対して、ぱっと身をかわす。戦士の姿をした鉄人形の剣や槍がたった今までふたりのいた場所を刺し貫き、しかし間をおかずに後続の軽装のガーゴイルがレイピアのような剣を振りかざして向かってくる。

 だが、突撃してくるガーゴイルを真正面にしてキュルケは杖を振りかざし、その燃えるような赤毛よりさらに赤い火炎をガーゴイルに叩きつけた。

『フレイム・ボール!』

 ラインクラスの中級攻撃魔法。しかし、その威容はガーゴイル一体をまるごと飲み込む小型の太陽さながらの豪火球であった。

 直撃、そして半瞬後に鎧騎士の人形は黒焦げの鉄くずに変わり、バラバラに崩れ落ちてしまった。熱で溶けることすら許されずに、一瞬の灼熱で砕かれてしまったのだ。

 バカな! こんな威力はトライアングルクラスではありえない! シェフィールドは我が目を疑った。

 けれども、それは目の錯覚でもまぐれでもなかった。キュルケはその後、三体もの歩兵ガーゴイルを同じように血祭りにあげたからである。

 これにはシルフィードも驚いた。キュルケの魔法は何度も見てきたが、これほどまでの火力はなかったはずだ。

 するとキュルケは、優雅に髪を払い、しかし眼光は鋭いままでその疑問に答えた。

「別に驚くことではないわ。魔法の力は使い手の心の力に比例する……火の系統の真骨頂は、情熱と、怒り。わたしの心は今、これまでにないくらい燃えているのよ。わたしをコケにしてくれたあなたたち、そしてなによりも、タバサを助けてあげられなかった、あのときのわたしの無力さへの怒りでね!」

 そのとき、シルフィードはキュルケの後ろにゆらめく陽炎のようなものを見た気がして、ぞくりと身震いをした。

 キュルケが怒っている。いつもは人を食った態度を崩さず、感情を表に出すときも、どこか優雅さを漂わせるキュルケが感情むきだしで怒っていた。

「牢獄につながれているあいだ、ずっと思い続けていたわ。あのとき、わたしにもっと強い力があれば、むざむざとタバサを犠牲にすることはなかった。なにがあの子を助けてあげるよ、自惚れていた自分をこれほど憎んだことはないわ。タバサから借りひとつどころじゃないこの屈辱……覚悟なさい。今日のわたしは悪魔より恐ろしいわよ!」

 怒りと後悔と屈辱と誇りが、今のキュルケの魔力を過去なかったほどに引き上げていた。キュルケは自信家で、その自信にまったく恥じないだけの実力を有しているが、それは裏返せば自惚れにも値する。それが敗北と幽閉という二重の屈辱で打ち砕かれて、幽閉されていた期間に練り上げられていた怒りと、溜め込まれてきた魔法力がシェフィールドの登場で一気に解放されて爆発したのだ。

「すごいのね。タバサおねえさまと同じくらい……いえ、それ以上かも」

 めったにタバサ以外を褒めないシルフィードが本気で驚いていた。元々、タバサに勝るとも劣らない才能の持ち主であったのが、自分の限界を突きつけられたことで一気にその壁を超えたのだ。今のキュルケは間違いなくスクウェアクラス、いや、昇格した勢いが有り余っている今ならば、あの『烈風』などにも匹敵するかもしれない。

 キュルケは今度は自分に向かってきた重装騎士のガーゴイルを一撃で消し炭にした。しかし数十体のガーゴイルはなおも目だって数を減らした様子はない。まだシェフィールドの側が圧倒的に有利であった。

「おのれこしゃくな。だが、このガーゴイルたちはただの騎士人形ではない。いずれもかつてメイジ殺しと恐れられたつわものを再現した特別製なのよ。そして、あなたたちを取り囲んでいる狼型のガーゴイル、フェンリルは本物の狼と同等の俊足と獰猛さを持っているわ。逃げることは絶対に不可能! 赤毛の小娘のランクアップは意外だったけど、あなたひとりでどこまで耐えられるかしらねえ?」

 シェフィールドの言うとおり、いくらキュルケが強くなったとはいってもガーゴイルはまだ何十体も残っていた。しかも、キュルケを手ごわしと見るや、うかつに近づくのをやめて、遠巻きにしながら弓や銃を持ち出してきたのだ。風の系統と違って火の系統は守りに弱い弱点を持っている。

 四方八方から矢玉や銃弾を送り込まれたら、いくらスクウェアクラスに昇格したキュルケでもやられる。しかもガーゴイルはシェフィールドの言うとおり、動きに無駄がなく素早い。飛び道具の狙いが外れることは期待できそうもない。おまけに、狩りの名手である狼の力を持つというフェンリルもいるなら、逃げ回りながら戦うのも難しい。

「ちょっと、まずいかもね……でもないか」

 少しだけ焦りを見せたキュルケだったが、すぐに不敵な笑みを浮かべてくすくすと笑った。

 彼女を包囲しているガーゴイルから銃弾や矢が飛んでくることはない。なぜなら、ガーゴイルたちはそれどころではない事態に陥っていたからだ。

「あらまあ、わんぱくなワンちゃんたちだこと」

 なんと、ガーゴイルたちに向かって、味方であるはずのフェンリルが襲い掛かっていた。本物の狼同様に鋭い爪と牙を持つフェンリルが食らい付いていく度に、ガーゴイルたちの鎧がちぎられ、体の一部であった鉄の破片が飛び散っていく。

 こうなると、ガーゴイルたちもモデルになった人間の思考パターンの一部を受け継いでいる以上、反撃せざるを得ない。あっというまに場は鋼鉄のガーゴイルと鋼鉄の狼が互いに相食む混乱の巷と化した。そしてむろん、これはシェフィールドの意思などでは断じてなく、慌てたシェフィールドが指揮ガーゴイルの目を通して原因を探し回ったところ、涼しい顔をしているジルが視界に入ってきた。

「この始末はお前の仕業か、こじき女! いったい私のフェンリルになにをした!」

「フン、今頃わかったかバカめ。別にたいしたことじゃない、ちょっと薬を嗅がせてやっただけさ」

 そうしてジルは、パラパラと砂のように細かい薬がこぼれてくる小袋をかざして見せた。

「ファンガスの森のマンドラゴラなどから作った毒薬さ。私の家系は代々猟師で薬には詳しいんでね。人間には無害だが、鼻の効く狼や熊なんかが嗅げば、当分のあいだ錯乱して暴れ続けるのさ。フェンリルとか仰々しい名前をつけるだけに、嗅覚も本物なみにすごいようだからよく効くね」

「き、貴様っ。よくも舐めた真似をっ!」

「舐めた真似はあんたのほうだろ。赤毛の嬢ちゃんに気をとられて、私が風上に回ってるのに気づかなかったのが悪いのさ。おまけに自分の飼い犬の弱点も忘れてるなんてね。シャルロットは小さいときから相手を舐めたりしないいい子だったけど、自称飼い主のお前たちは飼い犬にも及ばないようだね」

「なっ、に……っ!」

 あざけるジルの言葉に、シェフィールドはガーゴイルの向こうで奥歯が削れるほど歯を食いしばった。

 単純にプライドを傷つけられたことだけではなく、タバサ以下とののしられたことがシェフィールドの血液を沸騰させた。

”私が、私がシャルロットより劣るだと? 冗談ではない、このガリアで一番有能な者はこの私だ。ジョゼフ様のおそばにいる私がそうでなくてはならないんだ!”

 シェフィールドの脳裏に、絶対的な戦力を与えられていながら敗北を喫したロマリアでの記憶がまた蘇る。

 いやだ! また無様をさらしてジョゼフ様のお役に立てないのはいやだ!

 不問にされたとはいえ、シェフィールドにとってあの敗北は大きなトラウマになっていた。このガーゴイルの兵団はロマリアに攻め込む前から、いずれジョゼフのために役立てようと準備していた虎の子で、晴れやかにお披露目できるのを心待ちにしていたというのに、この惨状はなんだ? ゲルマニアの小娘と泥臭い平民ふたりに一方的にやられている。

 シェフィールドはこんなはずではなかったと、名誉挽回のチャンスが崩れていく音を自分の中に聞いた。

 今、シェフィールド本人はジョゼフと共にリュティス上空にガーゴイルで来ている。これから街で暴れている怪獣をジョゼフの虚無魔法で倒し、ロマリアのお膳立てで救世主の光臨ショーをはじめようという大事なときに、その門出に花を添えるどころか泥を塗るなど許されることではない。

 しかし、ジョゼフのこととなると我を忘れるとはいえ、シェフィールドも本来は怜悧な頭脳の持ち主である。悔しいが、このふたりはタバサに匹敵する手ごわい相手だということを認めるしかない。そうなると、怒りに代わって憎悪がふつふつと湧いてくる。

 この私の栄光の邪魔をするうじ虫ども、お前たちはもう許さない! なぶり殺しにするつもりだったが、もう一思いに息の根を止めてくれる。しかし、そのためにはやつらの弱みを突いて攻めなくては……そうだ!

「ガーゴイルどもよ、シャルロットの母親を人質にとれ! その半死人を肉の盾にして小娘どもを叩き伏せろ」

 キュルケははっとなった。タバサの母はまだ深い眠りについていて、守りはシルフィードしかいない。しかも、今飛び上がれば咥えて持ち上げるにせよ背中に乗せるにせよ、ガーゴイル兵の銃弾や矢が無防備なタバサの母を襲うだろう。

 ガーゴイル兵の一団がタバサの母を守っているシルフィードに襲い掛かる。キュルケはファイヤーボールで妨害しようとしたが、うかつに撃てば火の粉が飛び散ってかえって危険だと気づいた。

 いけない! 母親にもしものことがあったらタバサに向ける顔がない。

 だが、焦るキュルケにジルが落ち着いた様子で告げた。

「大丈夫さ、見てな」

「え?」

 ジルの落ち着き払った顔に、キュルケも一気に毒気を抜かれて思わず立ち尽くしてしまった。

 だがそんなことをしているうちにも、手に手に恐ろしい武器を持ったガーゴイルたちはシルフィードに迫っていく。

「ちょ、ちょーっと! 赤いのにジル! なにしてるのね、助けてなのねーっ!」

 当然シルフィードはおもいきり慌てて叫ぶけれども、ジルはそ知らぬ顔である。これにシェフィールドは、相手はなにを思ったか知らないが、これでうるさい子竜は始末してタバサの母を奪えると確信した。

 しかし、あと一歩までガーゴイルがシルフィードに迫ったとき、ジルはシルフィードに向かって叫んだ。

「おびえるな! なぎはらえ!」

 その一声が恐怖に固まっていたシルフィードの体を反射的に動かした!

「きゃあぁぁぁーっ!」

 悲鳴をあげながら、シルフィードは思い切り前足で目の前に迫ってきたガーゴイルを殴りつけた。

 するとどうか? ガーゴイルは一撃でひしゃげて吹っ飛ばされ、後ろから来ていた二体を巻き添えにしたあげく、立ち木にぶつかってバラバラになって果てた。鉄でできたガーゴイルがである。

 唖然とするキュルケ。しかし一番信じられないのはシルフィードのほうだ。

「あれ? シルフィ、今、いったい……?」

 きょとんとするシルフィード。たった今、ガーゴイル三体を自分が破壊したのだが、まるで実感が湧かない。

 すると、ジルがシルフィードに当たり前のように告げた。

「不思議がることはない。お前には元々、そのくらいのガーゴイルを倒せる力はあったんだよ。いや、身についていたけど気がついていなかったんだな」

「シ、シルフィに、そんな力が?」

「なにもおかしくなんかないさ。お前はドラゴンだ、ドラゴンは地上で最強の種族だ。お前は子供だが、裏を返せば成長期でもあるんだよ。これまで、シャルロットを助けて冒険を続けてきたんだろう? その中で、お前も強くなっていたのさ」

「で、でも、おねえさまはそんなこと一回も……」

「シャルロットは優しいからね、お前を必要以上に戦わせたくなかったんだろう。だが、今のお前に必要なのはシャルロットを取り戻すために戦う力だろう? 自信を持て、お前はドラゴン、しかも人に劣らぬ叡智を持つ韻竜の末裔だ!」

 その瞬間、シルフィードは平手打ちをされたような衝撃を体の芯まで受けた。

「っ! そうね。シルフィだって、戦わなくちゃいけなかったのね。おねえさまに甘えてちゃいけない、シルフィが誰より強くなれば、おねえさまが危ない目に会うこともなくなるのね! よーっし、こんな人形なんかまとめてぶっ壊してやるのね」

 意を決したシルフィードは即座に腕をふるってガーゴイルを二体まとめてふっとばし、一体を咥えて投げ捨てた。たちまちバラバラになり動けなくなるガーゴイル。

「やったのね、シルフイもやればできるのね」

 しかし襲ってくるのはガーゴイルばかりではない。暴走したフェンリルの数体がシルフィードの尻尾に噛み付き、いたーい! と、悲鳴をあげてしまう。

「調子に乗るからだ。そんなんじゃシャルロットに怒られるぞ」

「ぐぬぬぬ、ジルはおねえさまのおねえさまだからって偉そうなのね。見てるのね、シルフィの本当の力を見せてあげるの!」

 尻尾を振って、シルフィードは食いついていたフェンリルを振り払った。瓦礫に投げ出されたフェンリルに、ジルが爆薬つきの矢を、キュルケが火炎魔法を放ってとどめを刺す。

 もはや形勢は完全に逆転していた。統制を失ったガーゴイルとフェンリルを、ジル、キュルケ、シルフィードはそれぞれ各個に破壊していき、シェフィールドの鋼鉄の軍団は見る影もないスクラップの山へ変わり、劣勢は覆うべくもなかった。

 残数は数えれば足りるほどに減り、そいつらを片付けてしまえば弓矢や銃で狙われる心配なくシルフィードで空へ逃げられる。

 対して、シェフィールドに現状を再度逆転する策はなかった。兵力は壊滅状態で、フェンリルは暴走を止められない。よしんば兵力の再編成ができたとしても、もう戦って勝てる数はいない。

 こんなはずでは、こんなはずではなかった。シェフィールドは屈辱に身を焦がしたが状況は変わらない。彼女はタバサの実力は正当に評価しているつもりでいたが、ゲルマニアの小娘はともかく、ただの平民とあまったれな韻竜がここまで障害になるとは夢にも思っていなかった。

「負ける、私はまた負ける……」

 敗北の恐怖が死神の鎌のようにひやりとシェフィールドの喉元をなでていく。だが、巻き返す手段がない。予備のガーゴイル兵はいくらかあるものの、いまさら投入しても歯が立たずに破壊されてしまうのは目に見えている。

 このままでは、また私はジョゼフ様の期待を裏切る。その恐怖に押しつぶされそうだったそのとき、彼女の主が笑いかけてきた。

「どうしたミューズよ? なかなか楽しんでいたようだが、どうやら詰められかけているようだな」

「ジョ、ジョゼフ様!? い、いえ決してそのようなことは」

「隠さずともよい。お前の顔色くらい簡単に読めるわ。ふっふっふっ、愉快ではないか、シャルロットがいなくとも、まだ余にはこれだけの敵がいてくれるのだ。おもしろいではないか」

 恐縮するシェフィールドに、ジョゼフは意外にも上機嫌な表情を見せた。しかし、だからこそシェフィールドにはたまらなく怖かった。

「ジョゼフ様、非才の我が身、もはや弁明のしようもありません。あのような小娘たちに、私は」

「くはは、気にするな。単に連中が強かったというそれだけのことだ。昔の余とシャルルのようにな……言ったところで仕方のないこと、お前はまだ復讐のチャンスがあるだけ余より恵まれているぞ? 少しは余の気持ちがわかったか? いくら勝とうとしたところで、誰かが自分の上で立ちふさがってくる。際限なくな」

「は、ジョゼフ様……この無念、屈辱。主の御心の内を今日まで理解できずに来たとは、私は最低の不忠者でございます」

「そうでもない。なぜなら、今まで余の心中を理解した人間はひとりもいなかったのだからな。つまり、一番に余の胸中を理解したお前は最高の忠義者ということだ。まぁ、今の余は、その屈辱と怒りを取り戻すためにあがいているのだがな」

 喉をくくっと鳴らして、ジョゼフは自嘲げに口元をゆがめた。その暗い笑顔と、吸い込まれそうに虚ろな闇が広がる瞳はシェフィールドもこれまで何度も見てきたが、いまだにその奥の奥を知ることはできていない。

「まったく人生というものは思ったことの反対になることのなんと多いことよ。だが、余はともかくお前には屈辱と怒りは不要だな。そういえば忘れていたが、余からお前への復帰祝いがある。受け取るがいい」

 するとジョゼフはシェフィールドに、あることを教えた。

「えっ! あ、た、確かに! いつのまに、このような」

「くくく、こんなことがあろうと思っていたわけではないがな。まあ大人もたまにはいたずらをしたくなるときがあるものよ。それを使って屈辱を晴らすといい。余はこれからロマリアの奴らのために英雄と救世主を演じねばならん。忙しくなるから、あとは頼むぞ」

「はっ、おまかせください」

 シェフィールドは腹を決めた。ジョゼフが与えてくれたチャンス、それがたわむれによるものだったとしても、今度こそ無駄にはできない。なによりこの胸の煮えたぎる屈辱を晴らさなくては死んでも死に切れない。

 そのころ、キュルケたちはガーゴイルとフェンリルの掃討をほぼ完了し、いよいよ撤退にかかろうとしていた。

「ようし、これでもう邪魔者はいないわね。久々に暴れたわ、少しは胸がスッとしたわね」

「頼もしい限りだね。今なら追っ手もかからないはず、急いで逃げるよ」

 雑魚は片付けた。長居は無用だと、ジルはシルフィードに合図した。

 派手に戦ったがヴェルサルテイル宮殿は広大で、しかも牢獄は僻地にあるために衛兵が気づいて駆けつけてくる様子はない。よしんば気づいたとしても、衛兵は外からの侵入者を防ぐことに意識の大半を置いているから、中から外へ出て行く者に対しては対応が鈍くなるはずだ。

 だが、あとはシルフィードに乗ってひとっ飛びという段になって、唯一残っていた飛行ガーゴイルからシェフィールドの恨みがこもった声が響いた。

「逃がさないわよ小娘ども、お前たちだけは絶対に生きてここから帰さない。私の顔に泥を塗ってくれたむくい、お前たちの全滅でしか晴らす道はないわ!」

 その瞬間、飛行ガーゴイルの体が爆発した。

 なんだ! 自爆?

 だが、爆発した飛行ガーゴイルの体内から鈍く光る大きな岩のようなものが現れて、ガーゴイルの残骸の山に落ちた。するとどうか、ただのガラクタの山であった残骸が動き出し、周りのほかの残骸や建物の破片、岩石などもが光る岩に吸い寄せられていくではないか。

「なんなのねなんなのね!」

「ちっ、このまま黙って見逃してくれたらありがたかったが、来るぞ!」

「しつっこい女性は殿方の一番嫌うタイプだってこと知らないのかしらね。出たわね怪物、大岩のお化けかしら!」

 シルフィード、ジル、キュルケの前に、ついに最後の強敵が現れた。

 全身が岩石やガーゴイルの残骸を寄せ集めて作られ、四本足で這い回るその全長はおよそ四十メートル。らんらんと光る目と大きく裂けた口から白い蒸気を吹き出し、圧倒的な威圧感を持つ叫び声をあげて迫ってくる。

「ああっはっはっ! 踏み潰せ。もう命乞いをしても許さないわよ! これでお前たちの勝ちはなくなったわ」

「あんた、まだこんな怪物を隠し持ってたのね。でも、こんなでかいのが暴れたら宮殿もただじゃすまないわよ!」

「知ったことではないわ。どうせ遠からず全世界が同じ目に会うのよ。安心なさい、お前たちはほんの少しだけ先にその恐怖を味わうだけ、不幸に思うことはないわ」

 シェフィールドの哄笑とともに、小山のような怪獣は岩石質の巨体からは信じられないほどの俊敏さで突進してきた。

「危ないっ!」

 猛牛のような怪獣の突進を、キュルケとジルはとっさに跳んでかわした。怪獣の通った跡は、地面はへこみ、岩は粉々に踏み潰されて形あるものはなにも残っていない。

 さらにすれ違い様にキュルケが火炎弾を、ジルが爆薬付きの矢を打ち込んだが、怪獣の体にはわずかな焦げ目と小石を少々はがした程度の跡がついただけでダメージとは到底呼べない残念さでしかなかった。

 魔法が効かない! 火薬もダメか! ガーゴイルを相手には大活躍したふたりの武器が、この怪獣にはものの役に立たないことが早くも証明されてしまった。

「っつ、固いわね」

「当然だね。奴は山がそのまま命を持ったような怪物だ。それこそ山を崩すくらいの力がないと倒せそうもないってことね」

「せめて土系統のメイジがいればいいんだけど……それにしても、あんな怪物をジョゼフ王はどこから用意してきているのかしら?」

 キュルケの疑問ももっともであった。ジョゼフはこれまで複数の怪獣を使って、数々の暗躍をしてきたことはすでに説明するまでもない。その多くは、以前にジョゼフと手を組んだ怪獣商人チャリジャから譲り受けたものであるが、この怪獣に関しては違った。

 この怪獣は岩石怪獣ゴルゴス。かつて地球でも富士山の裾野に出現した記録が残っている鉱石生命体の一種であるが、この個体はハルケギニアを出身としている。

 その出自は、今から一年ほどを遡る。その頃、ハルケギニアはヤプールの出現の影響によって、眠っていた怪獣が次々と目覚め、地球で言う怪獣頻出期に近い様相を呈していた。むろん、そのすべてをウルトラマンたちが対処したわけではなく、人間だけで解決に導いた事件も数多くあった。それらの事件の中に、このゴルゴスが出現したものもあったのだ。

 それが起きたのはトリステインの東の隣国ゲルマニア。この国は人口の多さと、ハルケギニアでは工業の発達したほうであったので、怪獣出現の例が多かった。以前にアンリエッタ王女が魔法学院に立ち寄った際に、岩石の怪獣がゲルマニアに現れたという話をしたが、その情報はガリアにも伝わっていた。これを聞くなり秘密裏にジョゼフは手を回して、ゴルゴスの核というべき生きている岩石を探させて、ゲルマニア人が倒したものとは別個体を同地で発見入手することに成功していたのだ。

 だがむろん、キュルケやジルたちにとってそんな事情を知ろうが知るまいが状況に変わりはない。ゴルゴスは凶暴な性格で、突進をかわされた腹立ちからか、のしのしと不恰好に方向転換して再度突進しようとしてくるようだ。

「どうやらあのお岩さん、わたくしたちとダンスがしたいご様子ね。ジルさん、あなたお相手してあげたら?」

「丁重にお断りするね。舞踏会は貴族のたしなみだろう? ワン・ツーステップでレッスンしてやったらどうだ」

 ふたりとも減らず口を叩きあってはいるものの、自分が相手をしたくないということに関しては本音だった。ふたりとも怪物退治はベテランと呼べるくらいに経験を積んできたが、別に趣味でもなんでもない。貴族は名誉、狩人は食うために戦うことはあっても、どちらにもならないのに痛い目だけ見る気は毛頭なかった。

 とはいえ、正攻法で勝てる相手ではない。ならばどうするか? 簡単だ、奴はどう見ても空は飛べそうにないから、さっさとシルフィードに乗っておさらばするに限る。

「シルフィード!」

「待ってたのね! ここがシルフィーの見せ場なのね」

 勢い込んでシルフィードが飛んできた。さすが伝説の風韻竜だけあって速い速い、怪獣の向こう側から地面スレスレを滑空してもうすぐそこだ。

 しかし、そのまま飛び乗ってと思った瞬間、ジルとキュルケの眼に恐ろしいものが映った。

「シルフィード! 危ないわ、避けて!」

「へあっ? わっ、なのね!」

 とっさに右に急旋回したシルフィードの眼に、自分とスレスレのところを飛び去っていく無数の弾丸が見えた。

 今のは銃撃? けど、鉄砲を持ったガーゴイルはジルとキュルケがみんなやっつけたはず。

 そう思ったシルフィードが弾丸の飛んできた方向を見やると、そこには怪獣がいるだけだった。しかし、よくよく眼を凝らすとシルフィードの体に冷たい汗がどっと湧いてきた。なんと、怪獣の体からガーゴイルの上半身や腕などが銃を持ったまま生えて

こちらを狙っているではないか。

「あ、あああああ、こっち見ないでなのねーっ!」

「離れてなさい! なんてこと、完全に壊したと思ってたのに、怪獣の体になってもガーゴイルが生きてるなんて」

 なんとも気色の悪い光景だが、鉄で出来たガーゴイルの一部がゴルゴスに吸収されてなお活動を続けていたのだ。これでは飛び立とうとしたら狙い撃ちされてしまう。

「こいつを倒さない限り、わたしたちは宮殿から逃げられないというわけね」

「仕方ないわね、タバサはもっと苦しい戦いを毎回していたんだし。シルフィード! タバサの母君を守って待ってなさい。なに、すぐに終わらせるから」

 即座に脱出する道は閉ざされた。残されたのは力で突破する道のみだ! キュルケとジルは真っ向勝負を覚悟した。どのみち長引けば魔法力と武器に限りのあるこっちが不利、無傷で逃げ切れる相手でもない。

 逃げるそぶりも見せないふたりに、形勢逆転と勝利を確信したシェフィールドは、いまやゴルゴスの一部となったガーゴイルの眼ごしに笑ってみせた。

「あははは、まだ戦うつもりなの? 本当にあなたたちはあきらめが悪いわね。そういうところはシャルロットと、あの小娘とよく似ているわね。不愉快だわ、お前たちのような邪魔者がいなければ、ジョゼフ様は今頃はハルケギニアのすべてを手中にできていたものを」

 身も震えるばかりの憎悪の波動だった。確かに、種々の偶然はあったものの、才人たちをはじめとする仲間たちの活躍がなかったらジョゼフはハルケギニアの大半に陰謀の根を張り巡らすことができたであろう。

 しかし、キュルケたちからしたらとんだ逆恨みでしかない。どころか、長年に渡ってタバサを苦しめてきた仇敵だ。恨まれるべきなのは向こうで、おじける理由はなにひとつとしてない。

「あんなのに負けて死んだらフォン・ツェルプストー一代の大恥ね。さあて、タバサならどうやってこの窮地を切り抜けるかしらね? あなた、タバサの先生なんでしょ。なにかいい作戦はないの?」

「お前こそ、ずっとシャルロットに張り付いてた割には考えはないのか? 頭の中身はその無駄に大きい胸にとられてるのかい」

「あら、平民はジョークもお下品ですこと。あなたもそれなりのものをお持ちのようですけど、私はどちらかというと真っ向勝負を所望する家訓で育ったものでしてね。男性も勝負事も、すべて炎のような情熱で我が物といたします。なので、情熱が届かない無粋な輩との戦いはちょっと、苦手かしら」

「フン、貴族はなにかにつけて回りくどくて嫌だな。作戦らしいもんなんて私にもないさ、だが、生き物には必ずなにかしらの急所があるものだ。例えば心臓をつぶされて生きてられる生き物はいない」

「心臓って、あの岩の化け物にそんなものが? はっ!」

 キュルケは、心臓という言葉を聞いて気がついた。あの怪獣は、全身が鉄と岩石でできているけれどもそれがすべてではない。最初に見た、あの光る岩石が無数の瓦礫や残骸を集めて今の形になったのだ。ならば、あの光る岩が怪獣の心臓か脳かはわからなくても、核だということにはなる。つまりは、あの光る岩石を破壊できれば怪獣を倒せるということだ。

「けれど、あの巨大な怪獣のどこに心臓の岩があるというの!?」

 キュルケは叫んだ。十万トンはある岩石怪獣のどこに核があるか知る術などあるのか? かつて地球に出現した個体は背中の位置に核の岩石が露出していたからそれを引き抜いて倒せたが、今目の前にいる個体の核は体の中に隠れていて、外から見ることはできない。

 のんびり話させてはくれず、ゴルゴスは口から蒸気を吹き、闘牛のようにふたりを押しつぶしにかかってくる。それをひらりとかわし、さらにガーゴイルからの銃撃もなんとか避けきると、ジルは矢筒から一本の矢を取り出して見せた。

「それは、凍矢(アイス・アロー)?」

 軍の名門の家系に育ったキュルケは、その青い石が矢尻になった矢が特別な魔法武器であることを知っていた。

 ”凍矢” 水の魔法力を込められた矢で、命中すれば強烈な冷波が対象を一瞬で凍結させ死に至らしめる恐ろしい武器だ。その威力は大型の猛獣、幻獣でも一撃で倒せるほどで、かつてジルがキメラドラゴンを倒そうとしたときも、切り札としてこれを用意していた。

「わたしにとって、験担ぎのお守りみたいなものでね。こいつを使って奴を倒す」

「でも、相手は岩でできてるのよ。多少冷やしたくらいで倒せるかしら?」

「そうだろうね。けど、こいつには小さいけれど強烈な冷気が溜め込んである。そこに同じくらいの高熱を叩き込んだらどうなると思う?」

 不敵な笑みを浮かべたジルの言葉にキュルケははっとした。

 凍矢にはブリザードに匹敵する冷気が詰め込まれている。そこに高熱、つまり自分の火炎魔法を加えれば、超高温と低温のふたつの相反するエネルギーはゼロに戻ろうとして一気に膨れ上がる、水蒸気爆発だ。

「恐ろしいことを考え付く人ね。でも、それでもあいつを倒せるかしら?」

「ああ、普通にやったら少々表面の岩をはがす程度で終わるだろう。だから、これを奴の口の中にぶち込む!」

 ニヤリと笑い、言ってのけたジルにキュルケは今度こそ戦慄に近い衝撃を味わった。

 口の中にぶち込む、つまり体内で炸裂させるということだが、言ってたやすく実行してこれほど困難なことはない。なぜなら、怪獣の体内奥深くまで撃ちこむには、奴の真正面から、しかも至近距離で発射する以外に手はないのだ。下手をすれば、そのまま突進してくる怪獣に踏み潰されて終わる。

「過激な作戦ね。見直したわ、格好いい死に様にこだわる貴族は山ほど見てきたけど、あなたほど平然と命を投げ出す平民は始めてだわ」

「わたしたち狩人は、命を奪って命は生きることを知ってるだけだよ。で、どうする? お前が乗ってくれないなら、もう玉砕しかないんだけど」

「フフ、愚問ね。挑戦されて逃げたらフォン・ツェルプストーの名折れ、タバサと二度と肩を並べられないわ。なにより、こんな無茶でスリルに満ちた挑戦、情熱の炎がたぎってしょうがないもの!」

 話は決まった。ジルとキュルケは、その命をチップにしてのるかそるかの大博打に挑むのだ。

 ジルの凍矢は一本、キュルケの精神力も一発に全力を注ぐ。死のうが生きようが二度目は絶対にない。

 瓦礫と足跡だらけになり、荒れ果てたヴェルサルテイルの庭に立つジルとキュルケは、こちらへと狙いを定めて突進の力を溜めているゴルゴスを睨みつけた。対してシェフィールドも、感覚的に戦いの終焉を悟って、興奮を隠しきれずに声をあげる。

「どうやら死ぬ覚悟を決めたようね。ヴェルサルテイルの花壇の真ん中に、お前たちの墓を立ててやるわ。光栄に思って死んでいきなさい」

 シェフィールドの憎悪が間接的になのにゾッとするほど伝わってくる。いい迷惑だが、その憎悪には真正面から応えてやろう。

 ふたりに頭を向けたゴルゴスが、口から蒸気を吹きながら突進を始めた。同時にゴルゴスの全身のガーゴイルも銃口のすべてをふたりに向ける。まだ距離は数十メートルはあるというのに、まるで巨大な要塞が動いてきているようなすごい圧迫感だ。

 そして、なによりも寸足らずな見た目をしているくせにゴルゴスの口から放たれる叫び声は猛々しく、声だけは王者のように轟いてふたりを圧倒しようとしてくる。

 だが、覚悟を決めたジルとキュルケは動じない。逃げてと慌てて叫んでくるシルフィードに、黙って見ていなさいと叫び返してゴルゴスに真正面から眼光をぶつけ返した。

「いくぞ、この一発で、奴の息の根を止めてやる」

 ジルが愛用の弓に凍矢をつがえて引き絞った。並の腕力ではビクともしない固いつるがギリギリと大きくしなり、生身の足と義足でしっかと地面を踏みしめて狙いを定める。

 さらにキュルケも杖を高く掲げて、残った魔法力を注ぎ込んでいく。溢れた炎の力がキュルケの周りで揺らめき、彼女の赤毛がまるで本当に燃えているかのようだ。

「光栄に思いなさい。このわたしとパートナーを組めるなんて、タバサのほかは誰もできなかったことよ。さすが、タバサのお師匠ね、敬意を払って、わたしも魔法の全力を出すわ。でもね、正直、今のわたしが全力を出すとどうなるのか自分でもわからないのよ。いっしょに丸焦げにしちゃっても恨まないでね」

「それは心強いな。シャルロットもいずれ、すべてを凍りつかせるすごいメイジに育つだろうから、相棒ならそれくらいはつとめてやらないと足手まといだろう。太陽が落ちてきたようなすごい赤を期待するよ」

 軽口を叩き合い、ジルとキュルケは己の敵に再び眼を向けた。ジルが弓を引き絞り、キュルケが一歩下がって杖を握る。

 すでにゴルゴスとの距離は十数メートル。しかし、不思議なことにふたりの眼には猛スピードで向かってくるはずの怪獣の突進が豚の散歩のようにゆっくりと見えた。シェフィールドがなにかをわめいているようだが、もうふたりの耳には届かない。

 狙うは怪獣の口。それも喉を通り抜けて胃袋にぶち込まなくては意味が無い。だがその代わりに、特別効く薬を調合してやる。体が固くて注射が嫌なら無理にでも飲んでもらおう。心配はいらない、副作用はてきめんだ!

 ゴルゴスが大きく口を開いた瞬間、ジルは矢を放った。白く輝く冷気の帯を引いて、凍矢はゴルゴスの口腔を通り抜けて喉の奥へと飛び込んでいく。

 一瞬を置き、キュルケも魔法を放った。魔法力を最大限に注ぎ込んだ『フレイム・ボール』だ。しかし、それは巨大な火球などというものではなく、むしろ小さな、人の頭程度の大きさくらいしかなかった。

 だが、キュルケの放ったそれが目の前を通過していったとき、ジルは太陽が目の前を通っていったのかと錯覚した。炎ではなく煮えたぎるマグマが凝縮されたような灼熱の玉。わずかでも触れたら肉も骨も残さずに蒸発してしまうだろう。

 白と赤の光がゴルゴスの喉の奥の闇に吸い込まれていき、ジルとキュルケは身を翻した。地面を蹴って左右に飛びのき、頭から庭園の芝生に突っ込んで、体中を芝の葉だらけにしながらゴロゴロと転がった。そのすぐ横をゴルゴスが象の大群のように、体も浮き上がるほどの地響きをあげて通り過ぎていく。ふたりは芝生に体を伏せたままその激震に耐え、そして通り過ぎていったゴルゴスに対して、短く別れを告げた。

「ごめんなさいね」

 突如、ゴルゴスの岩石の全身から蒸気が噴出した。

 そして、次の瞬間。リュティスの街に虚無の光が閃き、ヴェルサルテイル宮殿の庭園に火山が出現した。

 この日、リュティスの市民は救世主の存在を知る。しかし同時に、偽物の希望を打ち砕ける本物の勇者たちが薄氷の勝利を得ていたことを知る者は、まだ誰もいない。

 

 

 続く

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