第42話
ブリミルの秘宝の秘密
バリヤー怪獣 ガギⅡ 登場!
ハルケギニアは今、聖戦という巨大な嵐に巻き込まれようとしていた。
教皇ヴィットーリオの放った勅令によって、ハルケギニアのすべての国家に対エルフの挙兵が命じられ、史上空前の規模の戦争が巻き起ころうとしているのだ。
”世界を覆う暗雲を作り出したのはエルフの仕業である。今こそハルケギニアの民は力を合わせてエルフを討つべし!”
教皇が見せたという天使の奇跡とともに、ハルケギニアの津々浦々にまで聖戦参加の激が届くのに時間は必要としなかった。
神に忠誠を示すための義勇兵として集まる人々や、功を狙った貴族や傭兵は即座にロマリアに従うことを高らかに叫び、ロマリアには膨大な数の兵力が集まりつつある。
むろん、エルフにはかつて人間は一度も勝利したことはなく、その圧倒的な実力を恐れる者も多かった。だがロマリアは神の祝福を受けた教皇の魔法はエルフの先住を上回ると高らかに宣伝し、同時に聖戦に非協力的な者は異端の疑いがあるとして、飴と鞭を使い分けて人々を意のままにさせていったのだ。
その巨大な流れはハルケギニアにとどまらず、噂に流れてサハラにも伝わっていた。
ネフテスの評議会では人間世界での大きな動きに、エルフの議員たちがどう対応するかの会議が開かれていたが、うろたえる議員たちに対してテュリューク統領は不思議なくらい悠然としていた。
「まあ諸君、そう金切り声をあげて議論しなくてもよかろう。もう少し落ち着いてみてはどうかね?」
「統領閣下、なにをのんきなことをおっしゃっているのですか。蛮人どもが我々に濡れ衣を着せて攻めてこようとしているのですぞ? 我々の兵力の再編がまだ中途半端な今、これは大変な事態ではありませんか!」
しかしテュリュークは気にした様子もなく、むしろできの悪い生徒に教え諭す教師のように言った。
「戦争になってしまえばその時点で終わりじゃよ。我々が勝つにせよ彼らが勝つにせよ、双方被害は甚大というものでは済むまい。そうなれば必ず第三勢力が漁夫の利を狙って割り込んでくるじゃろう。戦争の勝ち負けなど関係なく、それで世界は終わりじゃ」
議員たちは言い返しようもなかった。第三勢力がなにを指しているかということは今さら説明されるまでもない。戦争が始まれば、確実にテュリュークの言ったとおりになってしまうだろう。
「では議長、我々はこのまま手をこまねいて待っていろというのですか?」
「そうは言っておらん。しかし、我々から動くのはまだ早いということじゃ。しばらくは情報を集め、様子をうかがっておこうではないか。わしはすでにビダーシャル君に頼んで蛮人世界の動静を探ってもらっておる。どうやら蛮人たちの中にも、戦に反対の者がまだ数多くおるようじゃ。今は、彼らの行動力に期待してみたいとわしは思う」
「もしも、その蛮人の反対派が敗れた場合はどうするのですか?」
「説明しないとわからぬかね? だが、わしは賭けてみるだけの価値はあると信じておる。彼らの勇士はほんの少し前に、このアディールに乗り込み、我らエルフの心を動かすという大事を成し遂げた。その手腕にもう一度期待してみようではないか」
「ううむ……ですが、危険すぎる賭けではないでしょうか」
「当然じゃ、だが我々には効果的に蛮人世界に干渉する術がないのも事実じゃ。とはいえわしは、これがむしろいい機会ではないかとも思っておる。蛮人、いや人間たちが我々と対等な生き物であるか、それとも進んで自滅したがる愚かな動物であるのか、この騒乱を収められるか否かで本当にはっきりするじゃろうて」
そう言うとテュリュークは、乾いた喉を潤すためにテーブルの上に置かれていた茶をぐいっとすすった。その味は悪くなかったが、時間が経ちすぎていたために議員たちの心情を映したように生ぬるかった。
聖戦を起こそうなどというだけの兵力が、一朝一夕で整えられるわけがない。実際に奴らがサハラに侵攻してくるにはまだ数ヶ月の準備期間がいるはずだ。それだけ時間があるとも言えるが、一方的にこちらを敵とみなしてくる以上は話し合いが通用する相手とは思えないし、たとえば今から教皇を暗殺したりなどをやってみても火に油を注ぐようなものだ。かといって降伏などということができるわけもない。
会議はそのまま特に目立った成果もないままに閉会し、しばらく様子を見るという、なんの変化もないことをネフテスは続投しただけだった。
だが今はそれでいい。今下手に動けば、かえって聖戦推進の人間たちを刺激することになる。
「まったくわしも、大変なときに統領なんぞになってしまったものじゃわい。じゃが、もしも人間たちがこの難局を乗り越えることができたら、幾千年繰り返された彼らと我々との争いも終わりにすることができるやもしれん。やってみせい、小僧っ子ども、これから先の時代を作るのはわしらじゃのうてお前たちじゃからの」
はるか西の空を望んでテュリュークはつぶやいた。時代は入れ変わらなければいけない。古い世代から新しい世代へ、そして新しい世代が新しい時代を切り開くには試練を乗り越える必要がある。
若者が大人に成長して時代を切り開くか、それとも未熟な若者から脱皮できずに時代に押しつぶされて終わるか、歴史の女神は非情にジャッジを下すだけだ。
こうしているあいだにも、ビダーシャルは国境沿いのエウメネスという街を拠点にしてハルケギニアの情報を集めてくれている。
人間とエルフは完全に断絶されてきたというわけではなく、一部では交流が続けられてきた。商人の噂は、軍隊の伝達よりも時に速くて信頼性がある。ハルケギニアで何かあった場合には、ここが有力な情報源になるのだ。
商人の口を通じて、ハルケギニアの各国が武装を増強し続け、武器商人たちが需要に追いつけなくなっているという話が日々大きくなっていくのをビダーシャルは苦い面持ちで聞いていた。このままでは、このエウメネスまでもが戦火に巻き込まれてしまう日も遠くないことだろう。
だがそんなある日、変わりばえのしなかった情勢が大きく動いたことを知らせる情報が飛び込んできた。
「戦争だあ戦争だあ! 大変だあ! トリステインとアルビオンがロマリアとガリアを相手に戦争おっぱじめやがったぞお!」
話が入ってくると、ビダーシャルは即座に複数の人脈を通して話の裏を取り、信憑性の高い情報を纏め上げた。間違いなく、ハルケギニアの内部で激変が起きたらしい。しかも、自分たちにとって恐らくは追い風になるであろうことが。
「このとおりならば、聖戦とやらの計画も根底から見直さねばならぬだろうな。いや、教皇が真に悪魔的な存在であるならば、ようやくこれで対等な立場に持ち込めただけかもしれん。ともあれ、これを人間たちの『物語』で表すのならば『劇的な変化』というところか。思えば、直前にファーティマを送り込めたのも、大いなる意志の導きやもしれん」
人間たちが運命と呼ぶものがあるとすれば、それはなんと巧妙に作られているのかとビダーシャルは思った。
サハラを滅亡に導こうとする危機が目の前に迫っているというのに、自分たちができることは実質なにもない。あるとすれば、ハルケギニアに行っているファーティマやルクシャナたちの活躍に賭けるだけだ。
「大いなる意志よ、我が姪と友人たちに良き巡り合わせを与えたまえ、彼女らを守りたまえ」
西の空のかなたにいるであろうルクシャナたちの活躍と無事を願ってビダーシャルは祈った。
エルフが見守る中で、聖戦という最悪の運命の分岐点に立つハルケギニア。その内部では、まさに激動に言うにふさわしい騒乱が始まろうとしていた。
事の起こりはビダーシャルの知る数日前、トリスタニアで行われた女王アンリエッタの演説から幕を開ける。
「我が親愛なるトリステイン国民の皆さん、本日は皆さんに大切なお話があります。貴族、平民、老若男女問わずにすべての方々に聞いてもらうために、わたしはこうして場を設けました。わたしの声は魔法器具を通して、トリステイン全土の街や村にも同時に届けられています。どうか少しの間、わたしの声に耳を傾けてくださいませ」
嘘偽りなく、トリステイン全土に広がるアンリエッタの声。ラグドリアン湖から引き上げられた艦艇に取り付けられていたスピーカーを参考に作られた王立魔法アカデミーの努力の結晶は、まだ実験段階ではあるが十分にその性能を発揮してくれていた。
ただし、無線ができるほど便利にはまだできていないため、国の全土にケーブルを引くためにアカデミーと魔法騎士隊がこの三日ほど不眠不休で働いた。それだけのことをするほどに、これから始まる演説には価値があるということだろう。
「皆さん、今現在の世界を包む危機的状況は周知のことでしょう。そしてそれに対して、ロマリアの教皇聖下がエルフに対しての聖戦の参加を呼びかけていることも、知らない人はいまやいないと存じます。今日は、我がトリステインの聖戦に対する意思を、全国民に表明しようと思います」
やはりそれか、とうとう来たか、と国民の誰もが思った。
トリステインはこれまで、聖戦に対する意思を明確に表明せずにあいまいにしてきた。国外から入ってくる噂や新聞記事などでは、ゲルマニアで有力貴族が結集し始めたとか、ガリアで大衆を相手に志願兵を集めだしたなど、ぶっそうな話が次々に聞こえてきていたために、遠からずトリステインでも軍を大きく動かすだろうと皆が予想してきたのだが、とうとう来たのか。
ごくりとつばを飲み込む人間が、このときトリステイン中で星の数ほどいただろう。しかし喜ばしく考えている者はそうは多くない。戦争というものが、どれほどの負担を大衆にもたらすのかは、ハルケギニアの人間には身近な問題なのだ。
確かに世界の脅威は取り除かねばならない。自分の家族や恋人のためなら聖戦も辞さずと考えている正義感の強い者も多いが、犠牲なしで済ませることはできない。もしそんなことができるなら聖戦は教皇ひとりで十分だろう。
だがそれでも、女王が参戦の宣言をすれば、数多くの人間が聖戦に参加するだろう。空を不気味な虫の黒雲が包んで何ヶ月も晴れないという明確な危機感、ロマリアの教皇が奇跡を見せて元凶はエルフだと示したことによる敵愾心は、トリステインの一般市民にもそれほど強く根付いていた。
だが、トリステイン国民たちの予想は、女王の想像を絶する宣言によって打ち砕かれた。
「わたし、トリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインは、その名において宣言します。ロマリア教皇ヴィットーリオ・セレヴァレ聖下の発した聖戦への”不参加”を! そして今日この日を持って、教皇聖下に対して我がトリステインは宣戦を布告いたします!」
なっ!? と、数百万のトリステイン国民が貴族平民問わずに絶句し耳を疑った。
どういうことだ? 聖戦に不参加? それどころか、教皇に対して宣戦布告? つまりロマリアに、ブリミル教に反抗するということか? なぜ?
人々は混乱する頭で考えたが、納得のいく答えは女王が狂ったというくらいしか思いつかなかった。しかし、アンリエッタの言葉は冷静なままで、魔法の送話装置から続いた。
「驚かれたことと思います。しかし皆さん、わたしは決して乱心したわけでも、ましてブリミル教への信仰を失ったわけでもありません。ですがこれからお話することは、さらに皆さんを驚かすこととなると思います。ですがどうか落ち着いて、最後までわたしの話を聞いてください。はっきりと申し上げます。聖戦を布告したロマリア教皇ヴィットーリオは、人間ではありません! 我々の信仰心を利用し、自作自演の奇跡で騙して聖戦にでっち上げ、エルフと人間の共倒れを狙う異世界からの侵略者です!」
トリステイン全土に、悲鳴にも等しい叫びが轟いたのは言うまでもない。
教皇陛下が人間じゃない? 女王陛下は本当に狂ってしまったのか? いや、しかしそんな。
混乱する人々に対して、アンリエッタの言葉は続く。
「驚かれていることでしょう。わたしも最初は信じたくはありませんでした。ですが、考えてみてください。このハルケギニアを、ヤプールのような侵略者が我が物としようとするならば、誰を抑えるのが一番都合がよいのかと? そして、教皇が侵略者の手先であるという確かな証拠をお目にかけましょう。どうか、空を見上げてください」
人々は言われるがままに空を見上げ、屋内にいた者も一様に外に飛び出るか窓を開いた。
もう人々の関心はただ一点に集中していた。すなわち、ハルケギニアの民にとって絶対である教皇と、敬愛する女王のどちらが正しいのかと? それは自らの運命にも直結する。証拠を見せてくれるというのであれば、見ないわけにはいかない。
国民の関心を一身に集めたアンリエッタは、街を見下ろす王宮のバルコニーで今、トリスタニアの民の前に身をさらしていた。
「女王陛下! 女王陛下! 女王陛下! 女王陛下!」
アンリエッタの視界を、数え切れないほどの民衆が蟻の群れのように埋めている。トリスタニアの道という道には人があふれ、屋根にも多くの人が上っているのが見える。トリステインの人口からすれば氷山の一角に過ぎないはずだというのに、アンリエッタはまるで全世界の中心に自分が放り込まれてしまったかのような錯覚を覚えた。
”お母様、ウェールズ様、どうかわたしに勇気をくださいませ”
表情には毅然とした気高さを見せながらも、内心では押しつぶされそうなプレッシャーとの戦いが続いている。いくら彼女が若くしての名君と世間ではたたえられていても、心のうちはまだまだ未熟さを残す十代の少女なのだ。
できるならば逃げ出したい。しかし、逃げるわけにはいかない。後ろでは、マザリーニ枢機卿や大臣らが緊張した面持ちで見守っているし、見えない場所でもカリーヌやアニエスらが万一の暗殺や妨害を未然に防ぐために張り込んでくれている。失敗したとしても二度目はないのだ。
民もまた、女王陛下の言葉を一言も聞き逃すまいと緊張して待っている。ただの戦争の話であれば、裏路地の浮浪者などは我関せずと昼寝でもしているだろうが、今回は事と次第によってはトリステインという国が文字通り消し飛ぶかもしれないという大事態だ、影響を受けない者などいるわけもなく、日ごろはふてぶてしい態度をとっている裏路地の武器屋の親父も落ち着かない様子で空を見上げ、荒くれの集まるチクトンネ街でも魅惑の妖精亭の全員が外に出て王宮の方角を望んでいた。
「お父さん……」
「大丈夫よ、ジェシカちゃん。私たちは女王陛下を信じる、それを忘れちゃいけないわ」
不安げな少女たちには、スカロンの厚化粧でたらこ唇な顔がなぜか頼もしげに見えた。なお、ドルチェンコ、ウドチェンコ、カマチェンコの三人は先日実験で屋根裏部屋を吹き飛ばしてしまったために店中の掃除をずっとやらされているが、まあこいつらは例外であろう。
誰もが、アンリエッタの言葉を今や遅しと待ち構えている。そしてアンリエッタは、従者に持たせてきた宝箱から奇妙な形の首飾りを出して高く掲げた。そう、才人が六千年前からミーニンに託して送ってきた、あの首飾りである。
「皆さん、この世には始祖ブリミルの残した四つの秘宝があることをご存知でしょうか。偉大なる始祖ブリミルは、その血を引き継ぐ我ら子孫のために自らの魔法の力を封じた秘宝を残しておいてくれたのです。我がトリステインには始祖の祈祷書が伝わっていることは知ってのことと思います。本来ならば、四つの秘宝を持つ四人の選ばれし始祖の子孫が世界の危機を救うはずでした。しかし、アルビオンは内戦で荒れ果てて秘宝すら行方知れずとなり、ガリアにはあの邪悪なジョゼフ王がのさばっています。残念ながら、始祖の秘宝が揃う望みはありません。教皇は、そこにつけこんだのでしょう。ですが、秘宝には実は五つ目があったのです。懸命なる始祖ブリミルは、世界に危機が訪れることがあったとき、万一に四人の子孫と四つの秘宝が揃わないことがあった場合のためを考えて、切り札を残してくれたのです。この始祖の首飾りがそれです! そしてこの秘宝に秘められた力と、始祖ブリミルの本当の意思を見てください」
アンリエッタはそう言うと、始祖の首飾りを高く投げ上げた。するとどうか、首飾りはひとりでにぐんぐんと空へと昇っていくではないか。
光りながら上昇していく首飾りを、トリスタニアの人々はあっけにとられて見上げ続けた。
そして、首飾りが不気味にうごめく虫の雲に到達したとき、奇跡が起きた。
「おおっ、そ、空が!」
首飾りが暗雲に触れた瞬間、まばゆい閃光が走り、空が晴れた。例えるなら、まるで油を張った水面に洗剤を一滴垂らしたときのような鮮やかさで、首飾りに触れたところから円形に暗雲が消滅していき、そこから青空が、太陽が輝きだしたのだ。
「おお、太陽だ! 太陽だ! お日様だ!」
今までどんなことをしても晴らすことのできなかった虫の雲が、始祖の首飾りから放たれる光にかき消されていく光景は見る間に広がり、トリスタニアからラグドリアン、魔法学院、ラ・ロシェールまですべてを含み、トリステインは懐かしの陽光に照らし出された。
人々は歓喜に震え、森は緑に輝き、動物たちは駆け、魚は水面に飛び跳ねて、久しぶりの生命の源泉をその身いっぱいに浴びる。
これは、これは奇跡か。女王陛下は、始祖の秘宝は奇跡を見せてくれているのかと、半信半疑だった人々は、アンリエッタの言葉を信じようと思えてきた。
そのときである。空を見上げる人々の耳に、ゆっくりとした若い男の声が聞こえてきたのは。
『皆さん、未来の皆さん。僕の声が聞こえていますか? 僕の名はブリミル。ブリミル・ル・ルミル・ニダベリールという者です』
え? 人々は自分の耳を疑った。今の声は、どこから? 空から? いやそれより、今の声が名乗った名前はまさか!
動揺する人々の耳に、空からの声は子供に語りかけるようにゆっくりと穏やかな声色で続く。
『未来の、僕がハルケギニアと名づけた土地に住む、僕らの子孫の皆さん。君たちからして過去の時代から、このメッセージを君たちに送ります』
過去の時代から!? ということは、やはり声の主は……始祖ブリミル!
ハルケギニアの民にとって最大の聖人の言葉に、人々のあいだに緊張が走る。本当に始祖ブリミルなのか! そんなまさか……いや、聞いてみればわかる。
『僕らの血を継ぐ子孫の皆さん、残念ながら、この秘宝の封印が解かれ、このメッセージをあなたがたが聞いているということは、世界に未曾有の危機が訪れたことを意味するのでしょう。僕らの時代でも、世界は滅亡の危機に陥りました。僕は、君たち子孫にそんな辛い思いをさせたくはなく、僕の力の一端を封じたアイテムを後世のためにいくつか残すことにしました。この秘宝に封じた魔法はふたつ……そのうちのひとつ、記録(リコード)の力で皆さんに僕の声を届けています。そして、見てください』
空に、まるで天地を逆さまにしたように別の風景が蜃気楼のように映し出された。それは、荒れた空と荒廃した大地がどこまでも続き、廃墟と化した街々が連なるばかりの、滅亡した世界。その地獄のような光景に、人々は戦慄した。
『これが、僕らの生きている時代の世界です。今や、数百万を誇った世界の人口は、僕の仲間たちの百人ばかりを除けばほとんど残っていないでしょう。僕は、この世界を復興するために旅をしているのです』
完全に滅亡した世界の、あまりに凄惨な光景は、人々に今のハルケギニアの将来を想像させた。だがこれはハルケギニアの過去の姿だという。この光景を見ていたブリミル教の神父らの中には、これこそトリックなのではと疑いを持つ者も数多くいたが、そういえば始祖ブリミルがハルケギニアの基礎を築いたということはブリミル教の基本であっても、具体的に始祖ブリミルが何をやったのかということは、教義があいまいで彼らさえ知らなかった。第一、空に過去の風景を映し出す魔法など、始祖の虚無の系統でもなければありえない。
やはりこれは、始祖ブリミルの生前の肉声なのか……人々はごくりとつばを飲み込む。そして、始祖ブリミルの残したもうひとつの魔法とは。
『そして、この秘宝に込めたもうひとつの魔法の名は分解といいます。これは万物を形作る最小の粒に働きかけ、そのつながりを忘れさせてしまうのです。すなわち、この魔法を受けたものは、いかに頑丈であろうとも関係なく消滅してしまうのです。使いようによっては、非常に大きな力となってくれることでしょう』
始祖の声による説明に、平民はただ感心し、貴族たちはなんと恐ろしい魔法があったものかと戦慄した。
あらゆるものを、その強度を無視して消滅させる。そんなことができるのならば、まさに無敵ではないか。
しかし、ブリミルの声は人々に釘を刺すように重々しく響いた。
『ただし、心しておいてください。この秘宝に込められた力は無限ではありません。なによりも、僕はこの命のあるうちに可能な限りの遺産を君たちに残したいと思っているけれども、それを生かすも殺すも君たち次第だということを。遺産を平和のために用いるもよし、一時だけの儚い夢に費やすもよし、僕は君たちに道を示すことはできるけれども支配者ではない。どんな姿のハルケギニアを作っていくかは、子孫の君たち一人一人の選択と努力にかかっているんです』
ブリミルの口調は穏やかだが、中には断固としたものが込められていて、人々に重責を感じさせた。
『僕が名づけたハルケギニアで、どんな未来がつづられていくかは僕にもわかりません。なぜなら、未来は人間の自由な選択によって作られていくからです。そこに決まった未来なんてない。あなた方すべての小さな選択の積み重ねによって、未来はいくらでも形を変えていきます。僕らだってそうです……僕は、虚無の系統という大きな力を持って生まれてきましたが、僕は誰かに言われたわけではなく、ただ苦しんでいる人を少しでも救えればと思い、旅をしています。君たちの身に降りかかっている危機がどれほどのものであろうとも、まずは皆さんの誰もが心の中に持っている、小さな良心の訴えを聞いてから道を決めてください』
迷ったときの道しるべは、自分の心の中に用意されているものだとブリミルの声は言っていた。
『そして最後にひとつ、僕はこの時代のハルケギニアを、この命の続く限り立て直していこうと誓っていますが、人の人生は短く、君たちの世代までに問題を残してしまうかもしれない。だから、身勝手だけれど君たちにお願いします。僕が初めてこの地を訪れた頃は、この地は平和で、豊かで、誰もが幸福に暮らす素晴らしい世界でした。ですが、この時代の人間たちは、その幸せの大切さを当たり前に思いすぎ、守る努力を怠った結果、この世界はヴァリヤーグという強大な侵略者の手の中に落ちてしまいました』
ヴァリヤーグ……この時代のヤプールのような侵略者が、始祖の時代にもいたというのかと人々は思った。
『僕は残りの生涯の中で、なんとしてでもヴァリヤーグだけは倒します……だからお願いします。僕らの世代で起きた過ちを、未来で決して繰り返してはいけない。平和や幸せは、待っていれば来るものではなく、誰かに与えてもらうものでもない。この世界に生きるものすべてが苦しみながら手に入れるべきものなのです。そう、この世界は多くの人が苦しみながら生きている。最大の敵は常に自分自身……君たちがどんな敵を相手にしているにせよ、自分が苦しんでいるのと同じように誰かが苦しんでいることを忘れないでください。そうすればきっと、あなたは誰かに優しくなれる……僕だって、ひとりで戦っているわけじゃない。長い耳を持つ人、翼持つ人、ほかにも様々な人に支えられて生きています。いつかヴァリヤーグとの戦いが終われば、彼らの子供たちが皆さんにつながっていくのでしょう。そうして未来の世界で、僕らの子孫たちが互いに助け合って平和に生きる時代を作り、守ってください……それが僕の変わらぬ願いです』
ブリミルの言葉はそれで終わり、空からは幻影が消えて元に戻った。
人々は、まるで夢でも見ていたかのように呆けて固まってしまっている。今見たもの聞いたものが真実だったのか違うのか、答えられる者はいなかった。
しかし現実は常に人間の都合などお構いなしで歩を進める。始祖の首飾りの効力で晴れたと思われた空が、またも沸いてきた虫の雲によって覆い隠されていったのである。
「ああっ、空がっ! せっかく晴れたのに」
やっと見れた太陽を再び隠されたショックは大きく、ひざを突いて落胆してしまった者もいた。ようやく、我々の上に光が戻ってきたと思ったのに、また昼なのに闇に閉ざされなくてはいけないのか。
けれども、落ち込む人々を励ますように、再びアンリエッタの声が魔法の通信機材から流れ始めた。
「皆さん、今の光景を忘れないでください。あれこそが、時代を超えて今に届けられた始祖の力とその意思です。残念ですが、始祖の首飾りに秘められた虚無の魔法はあくまで始祖の力のほんの一部。暗雲を生み出す元凶が残っている限り、ハルケギニアに太陽を取り戻すことはまだできません。しかし、皆さんはご覧になったはずです。始祖ブリミルが時代を超えても伝えたかったメッセージを!」
人々ははっとして、たった今見て聞いたばかりの記憶を呼び起こし、アンリエッタの声に耳を傾けた。
「始祖ブリミルは、六千年の昔に、わたしたちよりさらに苦しい戦いを強いられながらも、わたしたちにこのハルケギニアという世界を残してくださったのです。そればかりか、遠い未来のわたしたちのことを案じて、こうして遺産を残してくださいました。なんという親心でしょう……この秘宝は、先日アルビオン王家の宝物庫の封印から発見されました。同封されていた、秘宝の使い方を記した手紙には、使い方に混じって現代のわたしたちを心配する言葉であふれていました。発見された秘宝は、わたしが今使ったものを含めてふたつ。今頃はアルビオンでも、我が夫であるウェールズ国王陛下が同じように秘宝の力を示していることでしょう」
そのとおり、アルビオンでもアンリエッタの言ったとおりに、ウェールズによって同じことが行われていた。
人々の反応もおおむね同じで、トリステインとアルビオンを合わせて数千万の人口がふたりの王族によって見せられた奇跡を目の当たりにして心を奪われていた。
これこそまさに奇跡、神の力だ……始祖ブリミルは、やはり偉大な聖者だったのだ。そしてトリスタニアやロンディニウムで直接始祖の首飾りを見た人々の中には、あのハルケギニアでは見たこともない不思議な色彩を放つ首飾り、あれこそ神の御技によって作られた神器だと、心から感動して涙を流していた者もいた。
が、彼らにはすまないことではあるが、始祖の首飾りにはあるとんでもない曰くがあった。
それは、六千年前のアルビオンでブリミルや才人たちがミーニンを封印する前のこと。才人は未来に当てて手紙を出すのはいいとしても、せっかくこの時代から贈り物ができるのだから、何かほかに役に立てるものがないかと考えた。そこでブリミルが才人に、僕が将来ハルケギニアで偉人扱いされているのならば、僕の魔法を込めた品を贈れば役に立つのではないかと提案したのだ。
「なるほど、そりゃあ名案ですね。あ、でも貴重な魔法の力をこんなことのために浪費させてしまったら」
「なあに、最近は温存できていたし、このオアシスでたっぷり休めたおかげで魔力は十分さ。仲間のために役立てなくて、なんの魔法だい? 遠慮なんかしなくていいよ、万一なにか起きてもサーシャも万全だし、なあ」
「はぁ、まったくあなたはほんとに楽天家でお人よしなんだから。まあいいわ、ただしせっかくやるならそれなりのものを残さないと未来に恥をかかせることになるわよ。なにかなかったかしら? と、言っても私たちの持ってるのはほとんどガラクタばかりだしねえ」
サーシャの言ったとおり、放浪の旅をしているブリミルたちには見栄えのいいものはなにもなかった。生きるために必要のないものは極力持たず、必要最低限の物資しかないのでは、いくらブリミルの魔法を込めても少々みっともない。
これは困ったな。才人はなにか適当なものはないかとパーカーのポケットの中を探ってみた。すると、しばらく触っていなかった内ポケットの中に手ごたえがあったので引き出してみたところ、ブリミルたちの目が丸くなった。
「おやこれは。ずいぶんと鮮やかな色の紐だねえ」
「こいつは……ああ思い出した! 俺のケータイにつけようと思ってた首掛けストラップだ。秋葉原でパソコンの修理のついでに買って、そのまま入れっぱなしにしてたんだった……ん? ブリミルさん?」
ここまで来たらおわかりであろう。ポリエステル製で鮮やかな色をしたネックストラップならば『現代』のハルケギニアでもありえない素材であり、わかりやすく派手なので適当だと即決されたのである。
そうなると後はブリミルもサーシャも切り替えが早かった。ネックストラップの色彩はそのまま目立つようにして、本来ならば携帯電話を下げるところにサーシャがありものの素材で『それっぽい』飾りを作って、ブリミルが魔法を込めることで、始祖の首飾りと銘打たれたマジックアイテムは完成したのである。
ちなみに製作時間は七十五分で、材料の値段は二本入りパック百五十円(税別)である。
「うーん、これはいい出来だ。僕が作った中では最高の出来じゃないかな。サーシャ、君はどう思う?」
「そりゃいい出来に決まってるじゃない。なんたってこの私がデザインしたのよ。サイトもほら、もーっと褒めてもいいのよ」
「は、はは、そうですね……なんだろう、この胸のチクチクする感じは」
未来を救う必殺のアイテムが完成したはずなのに、ぜんぜんありがたみというものを感じられなかった。ブリミル教徒であれば、たいへんに光栄な場面に居合わせられたのだろうけれど、才人の口からは乾いた笑いしか出てこない。
なんかこう、こういうものを作るときには特別な儀式とか、アイテムを秘境にゲットしに行くイベントとかがあってもよかったんじゃないか? いや、前に水の精霊の涙をもらいに行ったときの苦労を思えば、簡単にいくならそのほうがいいってわかっちゃいるんだけど、なんかこう……あるじゃんか。
魔法の力を秘めたアイテムというものは、おおかたのアニメやらゲームやらで特別な存在であるもんだろと才人は思う。それをこうもたやすく作るあたり、ブリミルはすごいメイジであるんだろうけれど、なんか納得いかない。
が、ブリミルとサーシャは才人の憂鬱などどこ吹く風で、始祖の首飾りが思ったよりうまく出来上がったことで気をよくしてとんでもないことを言い出した。
「ううむ、あまり試したことはなかったけど、僕ってマジックアイテム作りの才能があるのかもしれないな。よーし、こうなったら他にもいろいろ作ってみようかな。そうだ! 僕の魔法を記した本に、必要なときに大事なことだけ読める魔法をかけておけばなんかすっごく便利じゃないかな。名づけて始祖の祈祷書、なんちゃって」
「あんたの魔法を記した書って、あれあんたのばっちい日記帳じゃない。そんなのなら、子供たちのオルゴールに魔法をかけて鳴るようにしてよ」
「えーっ、そういうのはどっちかというと君の魔法のほうだろ。やっぱりこういうアイテムは趣がなくちゃいけないよ。そうだ、この城に鏡と香炉があったけど、それならどうかな」
「それって粗大ゴミ置き場に捨てられてたやつじゃないの。そういうのは趣じゃなくてただのボロって言うのよ。そんなものよりさぁ……」
と、ふたりはかんかんがくがく楽しそうにオリジナルの魔法アイテムの作成について話し合っていた。それを見て才人は「子孫の皆さん、本当にすみません」と、良心の呵責に涙さえ流していたという。
始祖の秘宝の誕生の秘密に触れているというのに、ぜんぜんワクワクもドキドキもしない。というか、こんなひどい光景を見たことがない。いわしの頭も信心という言葉もあるにはあるが……伝説の正体なんてこんなものかもしれないなあと、才人はぼんやりと思うのであった。
ただ、それでも才人はブリミルたちを悪くは思えなかった。
”まっ、いいか。秘宝の正体なんて、未来じゃどうでもいいことだし。それに、ブリミルさん……首飾りが届くかわからないのに、未来に向けたメッセージは本気で考えてくれたもんな”
ブリミルの仲間を思う気持ちは本物だと、才人は首飾りに記録の魔法でメッセージを残していたときの彼の真剣な表情を思い出していた。
思いが本物であれば、その見てくれなんかは些細な問題でしかない。たとえそれが、原価百五十円(税別)であったとしてもだ。
頭の中を切り替えた才人は、その後ミーニンを送り出した後に、再びブリミルたちと旅立つことになる。ハルケギニアの、まだまだ解き明かせない謎を探すために。
砂塵の織り成す紀元一年のハルケギニアの地に旅立った才人は、自分の撒いた種が未来でどのように花開いたかを知る由もない。しかし、時空を超えて、ブリミルの遺産はまさに大きく花開いていた。
衝撃を受ける人々に対して、アンリエッタとウェールズはそれぞれ民に向かって誠心誠意の訴えを続けている。
「皆さん、わたしは始祖のお言葉を聞き、改めて始祖への信仰を深くしました。そして、始祖の血統を受け継ぐわたくしは、父たる始祖の思いを受け継ごうと誓いました。この世界に、本当の平和をもたらすことを!」
アンリエッタの宣言に、トリステイン中から歓呼の声があがる。
「ですが皆さん、平和とはなんでしょう? 誰とも争わないことを平和というのでしょうか? 思い出してください。始祖は、平和のためにその生涯を戦いに尽くしました。始祖は、平和とは戦って勝ち取るものだと教えてくれたのです。悲しいことですが、始祖すら争いの定めから抜け出すことはできませんでした。平和のために争う。矛盾しているようですが、これがこの世の現実なのです。ならば、戦うべき敵とは誰でしょう? ロマリアはこの敵をエルフと叫んでいます。しかし、皆さんもお聞きになったでしょう。始祖は長い耳や翼を持つ民と共に生きていたということを……そうです。六千年前に、エルフと始祖たち人間は共存していたのです」
一転して、今度はまさか……そんな馬鹿なというどよめきが流れる。しかしアンリエッタは、彼らの迷いに鉄槌を振り下ろすかのように続けた。
「皆さん、考えてください。この六千年の歴史で、人間はエルフとの戦争に一度も勝ったことはありませんでした。にもかかわらず、エルフの側からハルケギニアに攻めてきたことは一度もありません。エルフたちは、我々が奪った土地を奪い返す以外の目的では、一度の例外もなく人間に攻撃を仕掛けてきたことはないのです。六千年間そうでした。そのエルフたちが、今になって人間を滅ぼそうと考えるなどとはおかしくないでしょうか?」
確かに、と、人々の心にロマリアへの疑念が生まれ始めた。そこを逃さず、アンリエッタは叫ぶ。
「今後、ロマリアの言うとおりに聖戦が始まったとしたらどうでしょう? 我々もエルフも、甚大な被害を受けるに違いありません。そうして双方の力が弱まったところへ、ヤプールなどの外敵が攻撃を仕掛けてきたらどうなるでしょうか? 仮にエルフに勝てたとしても、ハルケギニアと人類は全滅です」
反論のしようがない正論に、人々の心が冷水がつかる。
「そもそも、ロマリアが始祖の教えを正確に現代に伝えているという保証があるのでしょうか? 戦争とは、大きな被害を生む一方で、一部の人間には大きな利益を生み出します。もしも、ロマリアの長い歴史の中で誰かが野心を起こし、エルフを攻めることが始祖の教えだと捏造したとしたらどうでしょう? そして現代、ロマリアは明らかに外敵に対して有利な戦争を生み出そうとしています。さらに、ガリアの無能王の突然すぎる変心なども、わたしはおかしいと思っていました」
次々に示されるロマリアの不自然な行動に、人々のロマリアへの疑念が深くなっていく。
だが、そこまでを語ったところで声色を緩めた。
「ですが、わたしが皆さんにお伝えできることはここまでです。ここから先は命令ではありません。なぜなら、わたしも教皇と同じように、奇跡を見せて皆さんの目を引いたことに変わりはないのですから。あとはトリステインの皆さん、それぞれが決めてください。わたしとともにトリステインを守るのもよし、教皇聖下のお言葉を信じて聖戦に参加するもよし、どちらも信じずに静観を決め込むもよし、どんな選択をされようと、わたしは皆さんの選択を尊重します」
アンリエッタの言葉に、人々はざわめき、隣にいる人と顔を見合わせる。しかし即断できる者はほとんどいない。無理もない、王家から命令という形ではなく、従うか否かの判断を民に委ねるなど前代未聞だ。
そこへ、アンリエッタの教え諭すような声が流れた。
「わたしは本当ならば、トリステインとアルビオンが一丸となってロマリアの陰謀に立ち向かいたいと思っていました。ですが、今回は誰に従うかの判断は国民の皆さんの考えにゆだねます。なぜなら、世界の命運がかかったこの時代に、無関係ですませられる人間は世界に一人もいないからです。始祖はおっしゃいました、平和は誰かに与えてもらうものではなく、それぞれの人々が苦しみながら勝ち取るべきものだと。今後、わたしとウェールズ様はロマリアより異端の認定を受けることとなるに違いありません。そうすれば、わたしと歩を共にする者もまた同罪とされてしまうでしょう。ですから、皆さんに選択の機会を与えます。なにを信じて、なにを守るのか……誰でもない、皆さんの心に従って決めてください。わたしは逃げも隠れもせず、このトリスタニアですべてを受け入れることを宣言します!」
この日、間違いなくトリステインの歴史でもっとも重大となる一声がアンリエッタの口から放たれたのである。
それから、トリステインとアルビオンは混乱の極に陥ったことは語るまでもない。人々の意見は千々に乱れ、暴動や国外脱出を図る人間たちが相次いだ。
アンリエッタやウェールズは、言葉どおりにそれを見守っていただけである。官憲の動きはあくまで治安維持にのみ向けられ、嵐が収束するのをじっと待った。
そして、アンリエッタたちが示した真の敵も、この動きを座視するわけもなく動き出していた。
「これは驚きましたね。まさかあのお嬢さんがこんな大胆な行動をとってくるとは……少々、あの子供たちを甘く見ていたかもしれません」
ヴィットーリオは、トリステインが素直に従うはずもないとは思っていたが、まさかこんな方法で全面対決に討って出てくるとは想定していなかったと、アンリエッタへの評価を改めていた。
これは、もうオストラント号などという些事に関わっている場合ではなく、計画の軌道修正をせねばならないだろう。苦笑するヴィットーリオにジュリオが尋ねかけた。
「それでどうします? このままトリステインとアルビオン抜きで聖戦を始めますか?」
「それは難しいでしょう。ガリアとゲルマニアだけで、トリステインとアルビオンを合わせた数倍の戦力はできますが、聖戦を始めたらトリステインは背後からガリアとゲルマニアを攻撃することができます。かといってトリステインの襲撃に備えて国内に戦力を残せば、エルフたちに国境で押し返されて聖戦はそこで頓挫してしまいます」
目的はあくまで人間とエルフの共倒れ、中途半端な結果は望んではいないのだ。ならばと、ジュリオが意見した。
「ではまず見せしめのために、トリステインを血祭りにあげてみますか?」
「それも容易ではありませんね。わたしはすでにアンリエッタ女王を異端だと認定する触れをハルケギニア中に出しましたが、彼女に忠誠を尽くす者も少なくはありません。トリステイン軍の弱体化はあまり期待できませんし、かの国の背後のアルビオンは元々ハルケギニアの出来事は他人事だという感覚が強い上に、前年の内乱の影響で目的がなんであれ戦争そのものへの嫌悪感が強くあります。アルビオンはトリステインを強力に支援するでしょう。この二国が合致したときの頑強さは、あなたも理解していることとと思います」
「もちろん、僕は地図くらい読めますからね。アルビオンとトリステインが友愛でつながれるとき、この二国をひざまずかせるには百万の軍勢を必要とする。ハルケギニアの将軍の間では常識です」
ジュリオは、やれやれと面倒そうな振りをして言った。
普通に考えれば、ガリアやゲルマニアの数分の一ほどの国土しかないトリステインの戦力はたかが知れていると誰もが思うだろう。実際、トリステインの兵力はたいしたものではなく、トリステインは長年弱国の地位に甘んじてきた。
が、しかしトリステインが弱国なのに、数千年もの間を他国に飲み込まれずに生き残ってこれたのには、始祖の血統の王家だからというだけではない理由がある。それがトリステインの持つ特殊な地政学的要件であった。
ハルケギニアの地図では、トリステインは東をゲルマニア、南にガリアと国境を接し、背後に海を持っている。これは一見、背水の陣であり、攻められれば逃げ場がなくあっという間の印象を受けるが、ここで視点を変えてみよう。国土が少ないということは、逆に言えば守らなければならない拠点が少なく、兵力を集中できるということになる。極論すれば、トリステインは首都トリスタニアだけを死守すればよく、他の雑多な町や村を占領されたところで住民を食わせなければならないのは占領軍のほうだ。
もちろん首都だけを死守したところで、そのままでは時間の問題である。だがここで出てくるのがトリステインの背後の海に浮かぶ同盟国アルビオンの存在だ。アルビオンは強力な空軍力でトリステイン軍に補給を届け、侵略してきた軍隊の補給線に打撃を与える。侵略軍がこれを阻止したいと思うのであれば、空軍力に対抗できるのは空軍力ということになるが、アルビオン空軍がアルビオン大陸という空に浮かぶ巨大な要塞とも言うべき浮遊大陸を基地とできるのに対して、ガリアやゲルマニアから空軍の艦隊を送るには何倍もの距離が必要となってしまう。
長距離を遠征してヘトヘトになっている艦隊が、トリステイン上空で待ち構えているだけの元気いっぱいの艦隊と衝突すればどうなるか? 子供でもわかることだ。
戦略は簡単で、トリステインが防御戦をして時間を稼いでいるうちに、アルビオンが空軍力を駆使して補給と敵の後方撹乱をおこなう。これを続けるだけで、たとえ敵が数十万の大軍であろうとも短時間のうちに撤退しかなくなってしまうのだ。
ならば先にアルビオンの空軍力を黙らせればとしても、ガリアやゲルマニアから直接アルビオンを狙うのは遠すぎる。アルビオン軍が補給の心配がないのに対して、遠征してきた艦隊は常に風石の残量を気にしなければならず、戦闘の時間がほとんどとれない。
つまり、アルビオンを制圧するためには、トリステインという前線基地がどうしても必要ということになる。例えるならば、アルビオンが本城でトリステインが出城の関係だと言えるか。出城を攻略しなければ本城の攻略は不可能だが、出城は本城が強力にサポートしている。トリステインは弱国ではあっても、この戦法で徹底して防御戦を貫けば難攻不落の頑強さを発揮できるからこそ国として生き残ってこれたのだ。
そして、この二国は互いに相手の重要性がわかっているからこそ、関係を密にすることを怠らなかった。レコン・キスタの登場で一時は関係が瓦解し、トリステインがゲルマニアに泣きつく事態になりかけたが、アンリエッタとウェールズの二人がいる限り、トリステインとアルビオンがかつてないほど強力な結びつきに戻っていることは誰の目にも明らかなことだった。
「このままでは、たとえガリアとゲルマニアの総力をあげてトリステインを攻めても簡単にはいかないでしょう。無駄な時間ばかりを食わされ、聖地回復軍は疲弊しきってしまいます。そしてこうなっても聖戦は流れてしまうでしょう」
「アンリエッタ女王、やるものですね。トリステインはなにもロマリアに攻め込んで勝利する必要はない。ただじっと待ち構えているだけで、聖戦を大きく妨害することができるのですから」
「狡猾なものです。結婚式に出向いたとき、彼女にはそんな軍才はないように思えましたが、よほど有能な参謀がついているのかもしれません。ですが、彼女の思惑どおりに事を運ばせてあげるわけにはいきませんね」
ヴィットーリオは相手の力量を評価しながらも、だからこそ容赦せずこの世から消えてもらおうとジュリオに笑いかけた。
「それでどうします? 真っ向から戦争を仕掛ければ向こうの思う壺ですよ。かといって、不慮の事故死をしてもらうにも、向こうもじゅうぶん警戒しているでしょうしねえ」
「ロマリアの権威で、トリステインとアルビオンの民心を揺さぶる手もありますが、時間がかかりすぎる上に、向こうも相応の手段をとるでしょう。彼女たちはすでに異端認定を受けた上で逆らおうとしているのですから権威は効きません。ここはやはり、不幸にもトリステインとアルビオンは神に逆らったことにより天罰を受け、滅んだということにいたしましょう」
「怪獣ですね。しかし、その手を使おうとすれば、この星にまだ残っているウルトラマンどもが邪魔をしに出てくるかもしれませんよ」
ジュリオのその言葉に、ヴィットーリオはそのとおりだとばかりにうなづいた。
彼らはハルケギニアの情報をブリミル教のネットワークをはじめ、あらゆる方法で集めている。別世界ではTV放送の電波を利用したりもしていたが、この世界に合わせた柔軟性も発揮していた。
むろん、この世界に現れたウルトラマンたちの情報も逐一溜め込んでいる。その中で、ウルトラマンAは次元のかなたへ追放し、日食の時に現れたウルトラマンは元の次元へと帰り、ガリアに一度だけ現れたウルトラマンはその後現れる気配を見せていないので除外して、今この世界にいて障害になってきそうなウルトラマンは四人。
「ふむ、ウルトラマンですか。まったく、どの世界でも余計なことをしてくれます。この世界にいる者の中には、我々の思想に賛同してくれる者がいるのではないかと様子を見てきましたが、どうやら望みはなさそうですし、この機会を利用して彼らもこの星からご退場願いますか。ちょうど、彼らを始末するのにはうってつけの手駒が仕上がったことですしね」
「ああ、彼女ですね。従わせるには凶暴すぎましたが、ウルトラマンにぶつけるだけならばそれで十分。あれの力ならば、ウルトラマンの二、三人は軽く仕留めることができるでしょう。あわよくば、相打ちにでもなってくれれば後の始末が楽で助かるのですが」
「ジュリオ、そう言って虫のいい展開を期待して遠回りをする羽目になってきたのですから、ここは手堅くウルトラマンの排除からはじめましょう。ですがまずは、ウルトラマンたちの所在を確認する必要があります」
「お任せください。その役割にうってつけの怪獣が、都合のいいことにトリステイン領内で繁殖しているんですよ」
「それは重畳。では、始祖ブリミルの代理人たるロマリア教皇に逆らう異端者を誅殺する正義の戦いを始めましょう。軍勢はガリアのジョゼフ殿が貸してくださるそうです。見に行こうではありませんか、トリステイン王国が滅びる有様を」
そう言うと、ヴィットーリオは外へと歩みだした。
そこは、ロマリア大聖堂のバルコニー。そこから見下ろす広場には、異端者トリステインとアルビオンをこの世から消すために集まってきた信仰深き義勇兵が何万と集まり、教皇のお姿に歓喜の声をあげていた。
ロマリアとガリアの軍勢がトリステインへ向かって侵攻を始めたことは、大々的なニュースとなってハルケギニア全土を駆け巡り、遠くサハラのエルフの耳にも届くことになる。
が、それは表向きに過ぎない。ヴィットーリオはかつてのレコン・キスタのように戦争ごっこをするつもりは毛頭なく、にこやかな笑顔の下で、この世のものではない力を使い、自分を信じる者たちをも含めて地獄に送ろうとしていた。
そしてジュリオはヴィットーリオの命に従って、トリステインで行動を起こそうとしていた。
「現地の動物をエサにして繁殖する宇宙怪獣か。地元では、オーク鬼が減ったと喜んでるみたいだけど、そんなものよりはるかに恐ろしいものが生まれてるのに、おめでたいね」
ジュリオの前には、地中に巨大なものが潜っていったような穴が三つ口を開いている。
ここは、以前にシルフィードが使い魔の仲間たちといっしょにガギと戦った山間部。すでにミイラ化しているガギの死骸の上に立ち、もぬけの殻となったガギの巣穴を見下ろしながら、ジュリオは薄く笑いを浮かべていた。
「さて、少々成長を早めてやった分だけ働いてくれよ。ウルトラマンたちをおびき出すためにさ」
邪悪な意図の下に放たれた刺客は、時を経ずして現実の脅威となってトリステインの人々の前に現れた。
「怪獣だぁーっ!」
ほぼ同時に、トリステインの三箇所に怪獣が出現した。
それは、大きな一本角を生やした頭を持ち、腕には巨大な二本の爪と鞭を持つ怪獣。そう、バリヤー怪獣ガギである。
しかも、三匹。以前シルフィードたちが見たガギの巣穴には、すでにガギの卵が三個産み付けられており、親のガギが死んだ後も、親が捕らえて残しておいたオーク鬼どもをエサにして成長していたのだ。
突然のガギの襲来に逃げ惑うトリステインの人々。ガギは繁殖のために、他の動物を捕らえて卵を産み付ける習性を持っており、その子たちも忠実にその習性に従おうとしていたのだ。
トリステイン軍はガリアとロマリアの侵攻に備えるために集結しようとしているので、とても間に合わない。だが、人々の悲鳴を聞きつけて、ヒーローたちはやってきた。
「この国がきな臭くなってきたらしいと聞いて来てみたが、どうやら本当にただごとではない気配だな。だが、どうにせよここはお前のいるべき星ではない」
国外へ避難しようとする人々でごったがえしていたシュルピスという宿場町を襲った一体目のガギに、ジュリ・ウルトラマンジャスティスが立ち向かう。
さらに、トリステイン魔法学院。ここを襲おうとした二体目のガギのところにも、ひとりの男が駆けつけていた。
「子供たちの学び舎を壊させはせんぞ。リュウたちが戻ってくるまで、私がここを守る」
セリザワがウルトラマンヒカリに変身し、学院を守って立ちふさがる。
そして、タルブ村。三匹目のガギは、村をバリヤーで覆いつくして村人たちの逃げ場をなくし、シエスタの弟や妹らの子供たちを狙おうとしていた。
だが、そうはさせじとバリヤーの外側からバリヤーを見上げるテンガロンハットの男と、彼の傍らに立つ怪獣がいた。
「いけ、ミクラス! お前の怪力で、そのバリヤーを叩き壊せ」
続く