ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第69話  その呪いも抱き留めて

 第69話

 その呪いも抱き留めて

 

 奇機械竜 ギャラクトロン 登場!

 

 

 リュシーの罠にかかり、意識を奪う洗脳針を今まさに打ち込まれようとしていたコルベール。しかし、まさに寸前のその瞬間、轟音をあげて室内に踊りこんできた者たちがいた。

『ライトニング・クラウド!』

 突然室内に稲光が走り、たけり狂う電撃の奔流が部屋の物を破壊しながら轟音を後にして迫る。

「なっ!?」

 閃光に目を奪われたリュシーは、思わず刺す寸前だった針を持ち上げながら顔を上げた。

 魔法の電撃は部屋のあらゆるものを破壊しながら刹那に迫ってくる。しかし、直撃の寸前でジャックが魔法で空気の防壁を張り、空気中に電気の通りやすい抜け道を作ったことで電撃は逸らされてしまった。

 だが、電撃と間髪入れずに部屋に飛び込んできた小柄な影が、ジャック目がけて魔法をまとった杖を振り下ろした。

「さすがジャック。不意打ちで放ったライトニング・クラウドを防ぐとは、我が弟ながらたいしたものだ。操られてさえいなければ褒めてあげたいよ」

 それは、元素の兄弟の長男ダミアンだった。ダミアンの杖はジャックが防御のために上げた杖とがっちり組み合い、文字通り大人と子供ほどの体格差をものともせずに押し合っている。

 しかし、膠着が続いたのはほんの一瞬だった。リュシーやジャネットですら反応が追いつかないうちに、今度はドゥドゥーが飛び込んできて無防備なジャネットに当身を食らわせたのだ。

「がはっ?」

「ごめんなジャネット、でも今回は君が悪いんだから怒らないでくれよ、頼むから」

 兄の面目躍如といった感じで、ドゥドゥーは気絶したジャネットを抱き留めた。そして彼も元素の兄弟としての実力を見せつけるように、愕然としているリュシーに向かって間髪入れずに魔法を叩きこんだ。

『ウィンド・ブレイク!』

 魔法の突風がリュシーに襲い掛かり、リュシーは身を守るのが間に合わずに吹き飛ばされてしまった。

「きゃああーっ!」

 僧服のまま壁に叩きつけられ、簡素な板がむき出しの壁がひび割れ、体は生身でしかないリュシーは背中を強打してなすすべなく倒れた。

 それらは開始から瞬き一つをようやくできるかという間に行われた、まさに刹那の出来事。しかしまだ終わってはいない。今の乱入のショックでコルベールにかかっていた金縛りが解けたのだ。

「おお、体が動く! き、君たちは!」

「また会ったね。君のおかげで弟たちにかけられた洗脳の解き方がわかった。囮に使わせてもらったが恨まないでくれよ。ドゥドゥー! 早くジャネットに刺さった針を抜いて、その女にとどめを刺すんだ。ジャックを無傷で抑えるのは僕とて楽じゃない!」

 ダミアンがジャックを杖で抑えながら叫ぶ。さすがは元素の兄弟の長兄、小柄な容姿のどこにそんな力があるのかといわんばかりの圧力で巨漢のジャックを抑え込んでいるが、弟相手に手加減をしなければならないだけ分が悪い。

「早くしろ! 僕が本気を出すことになったらジャックを殺しかねなくなるのがわからないのか!」

「は、はいいっ!」

 モタモタするドゥドゥーにダミアンの怒声が飛ぶ。ドゥドゥーは慌ててジャネットの首筋に刺さっている針を抜いて杖の先をリュシーに向けたが、リュシーも怒りで顔を歪めながら杖を振り上げていた。

『エア・カッター!』

『エア・ハンマー!』

 ドゥードゥーの放ったカミソリのような真空の刃とリュシーの放った鉄塊のような圧縮空気の魂が激突し、相殺されたふたつの魔法は今度は無秩序な空気の爆弾となって部屋の中を荒れ狂った。

「ぬおおーっ!」

 コルベールは床にしがみつき、必死で吹き飛ばされるのを防いだ。台風のような暴風は閉鎖空間である部屋の中で暴れまわり、窓は割れ、さらに粗末な作りの事務所の屋根さえも運び去っていってしまった。

 一瞬でがらんどうの廃墟と化してしまった事務所。だがその中では、いまだメイジたちが睨み合う死闘が続いていた。

 不意打ちで大きなダメージを受けてしまったリュシーは、肩で息をしながらもなお執念深く杖を持ち上げている。その身から漂うオーラはなお強く、スクウェアクラスに匹敵する上に隙もない。

 しかし、元素の兄弟は爆発に紛れてダミアンがジャックの針を抜いたことで、ついにジャックも正気に戻り、リュシーの圧倒的不利となっていた。

「おはようジャック。君にしては珍しいミスだったけど、今回はジャネットともども不問にしよう。で、気分はどうだい?」

「ううむ、ダミアン兄さん。どうやら俺たちが迷惑をかけてしまったようだな、すまん。女を追い詰めて……それから先を覚えてない。だが、どうやら体に不調はないようだ」

 ダミアンが気を付けて洗脳針を抜いたため、後遺症もなくジャックは蘇っていた。ジャネットはまだ気絶したままでいるが、ドゥドゥーも含めて元素の兄弟三人がかりで狙われているリュシーに勝機はない。

「では、さっさと仕事を片付けてしまおう。お嬢さん、君にはすまないが、こういう理不尽がこの業界の掟でね。そういうわけだからさようなら」

「猟犬め……」

 余計にもったいぶらず、ダミアンは冷徹に杖を振った。人間の体を両断して余りある魔法の刃がリュシーに迫るが、その魔法は横合いからの別の魔法で進路をそらされ、リュシーの横の壁を切り裂いたに終わった。

 それは、コルベールの放った魔法であった。

「どういうつもりだい? ミスタ・コルベール」

 ダミアンが冷たく言い放つ。ダミアンはコルベールが自分の雇い主であるベアトリスのお気に入りであることを知っており、手出しはしないつもりではあったが、邪魔をするのであれば相応の対処をすると言外に告げていた。

「殺すほどのことはありません。捕らえて法の裁きを。恐らくあなたがたの受けた指令は連続爆破犯の阻止のはず。必ずしも殺害までは命じられておりますまい」

 コルベールの返答に、ダミアンはわずかに口元を歪ませた。確かにベアトリスは生死は問わずとは言ったが殺害を厳命してはいない。冷酷になりきれないベアトリスの心根を知っているコルベールの推測は当たったが、だからといってダミアンもおめおめと引き下がりはしない。

「だからといって殺してはいけないとも言われてないよ。それに、僕は弟たちに余計な危険を冒させてまで君に協力する義理もない」

「もっともですな。ですが、私も彼女にしてやられた身。物申す権利はあると思いますが」

 譲らないのはコルベールも同じだった。ダミアンは以前弟のドゥドゥーがコルベールに散々手玉に取られたことを知っており、コルベールがただものではないことを理解しているため、無理に押し通すことはしなかった。

 しかし、ダミアンは無言の圧力で、リュシーが降伏するくらいなら死を選ぶだろうとコルベールに言っていた。こういう恨みに凝り固まった人間は理性でどうこうなるレベルをとうに超えた狂信者というべきで、良心も自分の安全も恨みで塗りつぶしてしまっているので、もう自分でも止められないのだ。

 止まるとしたら、恨みの対象をすべて破壊しつくしたときだけ。ましてリュシーは何かの作用で復讐の対象が誰かを忘失して怨念だけ残された亡霊のようなものだ。もう、身も心も擦り切れて朽ち果てるまで止まることはできない。ならば、まだせめて人間でいられているうちに引導を渡してやるのがせめてもの情けではないのか?

 コルベールもそう思わないでもない。しかし、昼間のことがたとえ自分を騙すための演技だったとしても、あの明るさや優しさのすべてが嘘であったとはコルベールには思えなかった。

 恨みさえ晴らすことができればリュシーはまだ立ち直ることができる。だが、すでに罪を重ねてしまった彼女がこれ以上の破壊を繰り返せば、残った人間らしい心も擦り切れて、もう後戻りはできなくなってしまうだろう。

 救える機会はもうこの時しかない。コルベールには天使のようにリュシーに救いの福音を与える術はなかったが、ひとつだけリュシーを救えるかもしれない手段があった。ただし……。

「ミス・リュシー、あなたの……」

 それでも迷わずコルベールはリュシーに話しかけようとした。しかし、コルベールがリュシーに呼びかけた、まさにその瞬間に鼓膜を突き破るような爆発音が轟いてきたのだ。

「なんだい!?」

 思わずドゥドゥーが屋根を失った建物の上へと飛び上がる。しかし、他の面々も飛び上がるまでもなく爆発音の正体を知ることになった。なんと、先日ウルトラマンが倒したはずの巨大機械獣が街を破壊しながらこちらに向かってきていたのだ。

「あの銀ピカゴーレム、まだ生きてたのかよ! ダミアン兄さん、あいつこっちに向かってくるよ」

「ああ、本当になんて間の悪い。だがまずは仕事だね!」

 ダミアンは腹立たし気にしながらもリュシーに向かって魔法を放つ。しかし、それをまたコルベールが相殺した瞬間、リュシーは飛んで逃げようとフライを唱えた。

 むろん、それを見逃すダミアンではない。頭上で待機していたドゥドゥーに間髪入れずに指示を飛ばす。

「逃がすな、撃ち落とせ」

「もちろんさね!」

 ドゥドゥーが飛んで逃げようとするリュシーの頭を押さえ、広範囲に電撃の魔法を飛ばす。リュシーもこれを避けることはできずに食らい、それでも痛みをおして逃亡を図ろうとするが、今度は下から撃ち上げてきた氷弾がリュシーの体に突き刺さった。

「うああっ!」

「無理だよ。元素の兄弟を甘く見ては困るね」

 冷たく言い放つダミアン。代金の分の仕事は誰がどうなろうと必ず果たすのがプロの矜持だ。その対象が女子供であろうと何の関係もない。

 しかし、傷つき飛ぶ力も失いかけたリュシーにドゥドゥーがとどめを刺そうと杖を振り上げた瞬間、今度は別方向から邪魔が入った。

「ドゥドゥー危ない! 飛べ!」

 はっとしたドゥドゥーが反射的に真上に飛んだ瞬間、彼のいた場所を赤色の光線が貫いていった。ロボットの目から放たれた破壊光線で、もし当たっていたら瞬きした次の景色はあの世だったであろう。

 ヒヤリとしたドゥドゥーは、あの銀ピカ邪魔しやがってと毒づいたが、いくらなんでも反撃できる相手ではない。

 だが、街を蹂躙しようとするロボットに対して、青い輝きがそれを遮った。夜空から気高い群青の光が降り立ち、青い光の戦士、ウルトラマンヒカリが再度ロボットの進行を防ぐために立ち向かっていく。

〔やはりまだ生きていたか。ならば、今度こそ破壊するまで!〕

 ヒカリは白いロボットが自己修復して戻ってきたと判断していた。高度なロボットの中にはマスターがいなくても自己だけで完全解決するものも少なくない。

 そしてその一方、あの宇宙人も空の上から見つからないよう気配を消しながら様子をうかがっていた。

「ヒカリさんも来ましたか。さあて、これで役者が揃ったようですねえ。私と遊びたいという誰かさんも、お手並み拝見させてもらいますよ」

 わざわざこんな回りくどい真似をしてまででかいエサを撒いたのだ。何者がちょっかいを出してきているのか、とくと見せてもらおうではないか。

 ヒカリは白いロボットが高火力を発揮すれば街の被害が甚大になるとして、距離を取り過ぎず、中距離戦で戦うことにした。いわゆる、格闘の間合いからは少し離れ、かといって飛び道具を使うと相手に飛び込んでくる隙を与えてしまうような、そんな距離である。

 しかし対峙すると、ヒカリは白いロボットの動きに違和感を感じ始めた。

〔なんだ? 妙に動きが鈍い〕

 先日戦った時は機械的でありながらも比較的スムーズな動きを見せていたロボットが、今度は妙にぎこちないというか、動作をなにか一回する度に一瞬停止する感じでたどたどしい。

 まだ故障が直りきっていないのか? ヒカリはそういぶかしんだが、第三者の存在を知っている宇宙人は、恐らくロボットの制御AIが改造した誰かの使い慣れているものに書き換えられたのだろうと推測した。

「あの動き……どこかで見たことがあるような」

 一方で、動きが鈍くなった分、ヒカリは前回よりも余裕を持ってロボットに対処することができた。

「シュワッ!」

 ヒカリのキックがロボットの巨体を揺るがし、反撃に振るわれたアームも余裕を持って回避することができた。

 だがロボットは両腕だけでは対処しきれないことを悟ると、頭の後ろから弁髪のように生えている太い触手を伸ばしてヒカリを狙ってくる。その、まるでサソリの尾のように頭越しに伸びてくる攻撃にはヒカリもいったん後退を余儀なくされた。

〔まるで腕が三本あるようだ。少し動きが鈍った程度で安心できる相手ではないな〕

 ロボットの有する底知れないポテンシャルはヒカリをも戦慄させた。ならばこそ、ここで倒さねばならない。

「ハアッ!」

 ナイトビームブレードを引き抜き、ヒカリはロボット相手に短期戦に打って出た。わからないことはまだあるが、今は現実の脅威を取り除くことが最優先だ。

 ロボットのアームとナイトビームブレードがぶつかりあうたびに乾いた金属音が鳴り、夜の街を照らし出すほどの火花がはじけ飛ぶ。かつてのハンターナイト・ツルギを思わせる猛攻の前に、動きの鈍ったロボットは対処しきれない。

 このまま攻め続けて隙ができたところで関節部から切断していけば最終的にはヒカリ単独の力で破壊することも不可能ではない。その様子に、もう勝負がついてしまうのかと宇宙人は物足りない思いを感じていた。

「あららら、これじゃ改造じゃなくて改悪じゃないですか。どこかの誰かさん、せっかくなんですからもっと魅せてくださいよ。ねえ?」

 あのロボットの戦闘スタイルに鈍ってしまった動きはまったく噛み合っていない。恐らく、改造した誰かは元のAIが上書き不可か修復不能と見て丸ごと入れ替えたのだろうが、このままでは本当に改悪もいいところだ。

 しかしこれで終わるか? 少なくとも自分ならまだ何かを仕込んでいる。見せてもらおうではないか。ムッ?

 その瞬間だった。ロボットの目から白色の光線が放たれると、それはヒカリの横を素通りし、なんと今度こそ追い詰められていたリュシーを襲ったのだ。

「えっ……?」

「ミス・リュシー! 危ない!」

 とどめを刺されかかっていたリュシーを襲った攻撃に、元素の兄弟は反射的に飛びのき、彼女を守ったのはとっさに割り込んだコルベールだけだった。

 しかし建物を粉みじんにするようなロボットの光線を前にメイジの守りがなんになるのか? コルベールとてそう思って身を捨てる覚悟でいたが、なんということか!? 光線はリュシーと、彼女をかばったコルベールの周囲で風船のようなドームとなって二人を囲い込み、あっという間に二人をロボットの腹の赤い球体に吸い込んでしまったのだ。

「なっ!?」

 元素の兄弟も見ていることしかできないほどの一瞬の拉致だった。そして今の光線はロボットに元々備わっていたものではないと、宇宙人は気づいていた。

「あの光線、ゴース星人さんが使っていたものに似ていますね。ということは、やはり犯人はナックルさんではないですか。そして……」

 宇宙人は、ロボットを改造した誰かとは気が合いそうだと笑みを浮かべた。なんのために彼女を連れ去った? いや、そんなことは決まっている。

「人質ですか。この手段はウルトラ戦士たちにはとてもよく効くんですよねえ」

 古典的だが効果的この上ない戦術。これを打たれると正義の味方はなす術がない。

 ヒカリはリュシーとコルベールが吸収された球体を透視して、二人がその中に幽閉されているのを確認した。

〔まずい、あそこは奴の胴体のど真ん中だ。これでは下手に攻撃できない〕

 攻め手を止めざるを得なくなったヒカリに、ロボットは以前の戦いで失った右手の代わりに装着された大砲を向けてきた。大口径の砲身がヒカリを狙い、砲煙とともに弾丸が発射される。

「セヤッ!」

 とっさに身をひねり、砲弾を回避するヒカリ。ロボットの右腕についていたのは元々はビーム砲であったが、何者かに改修された今は実弾を発射するキャノン砲となっていた。しかし威力はひけをとらないほど高く、外れた弾丸が大爆発して威力の高さを示してくる。

〔この大火力、最初の時と脅威はほとんど変わらない。野放しにすれば街はあっという間に火の海だ。だが……〕

 人質がいたのではうかつな攻撃ができない。なんとか捕らえられた二人を助け出さなければ……だがどうやって? あのロボットの装甲を破って内部にいる二人を救い出すためにはかなりの攻撃を必要とするが、そうすれば内部も無事ではすむまい。それに、今この街の近辺にいるウルトラマンは自分だけなので応援も期待できない。

 ナイトビームブレードを構えながら、じりじりと押されていくヒカリ。ロボットはこちらがうかつな攻撃ができないと知って、まるで勝ち誇るように、腕を上下に振り動かしながら迫ってくる。

 危機に陥るヒカリ。街は熟睡を妨げられた人々が闇の中で逃げまどう声であふれ、騎士団もまだ出動すらできないでいる。

 元素の兄弟たちは、しばらくは様子見だね、とダミアンが冷徹に告げたことで全員が杖を収めた。コルベールや街の人間のために無償で尽くす義理はない以上、ロボットが破壊されてターゲットの死亡が確実になりさえすれば、後はどうなろうと知ったことではない。

 事実上、外部からの救援の可能性はほぼ途絶えたコルベールとリュシー。その二人は、ロボットの内部で身動きを封じられて閉じ込められていた。

「くそっ、このままでは我々のためにウルトラマンも街も危ないではないですか。なんとか脱出しませんと……ミス・リュシー、大丈夫ですか!」

 ロボットの内部は小さな空洞になっていて、そこで二人は無数のケーブルのようなものによってがんじがらめにされていた。まるで蜘蛛の巣にかかった虫も同然の状態で、しかもこのケーブルが頑丈で、魔法を用いてもなかなか切れる様子がなかった。

 それでもコルベールは、同じように捕らえられているリュシーを案じて声をかけ続けていたが、リュシーの目はロボットの球体からマジックミラーのように通して見える外の景色に釘付けになっていた。

「燃える……みんな、みんな燃えていく……」

 ロボットの攻撃で炎上していく街。それを見つめるリュシーの心に、どこにあったかもわからない自分の屋敷が名もわからない軍隊によって奪われ、自分の家族がどこであったかもわからない国の裁判で有罪とされ連れて行かれる光景が浮かんでくる。

 心に焼き付いて消えない、全てを失った悲しみと怒り。しかし、それがいつどこでどうして行われたのかを思い出せない。

「ふ、うふははは……燃えろ、みんな燃えて燃え尽きてしまえ!」

「ミス・リュシー? リュシーさん、どうしたのですか!」

 歪んだ笑みと引きつった哄笑を発し始めたリュシーにコルベールが呼びかけるが、リュシーの狂乱は止まらない。

「みんな忘れた、なにも思い出せない。だけど、これだけは覚えてる……わたしから家族を奪った火刑の炎……無実の人間を焼いたあの炎……わたしは誓ったの。同じ熱さを、痛みを思い知らせてやるって!」

 リュシーの怨嗟の叫びとともにロボットも咆哮して、放たれた無数の光線がさらに街を火の海に変えていく。

 これは! ロボットのパワーが上がっている。なぜ? と、ヒカリはいぶかしむが、ロボットのパワーはさらに上がり続けていく。

〔まずい、このままパワーが上がり続けたら、この街どころかハルケギニアを灰燼にするまで止まらないかもしれない。だが……〕

 最悪、捕らわれている二人ごと破壊するしか手がなくなるかもしれない。より多くの人間を守るためにはそれも……だが、ヒカリは狂ったように暴れるロボットから立ち上ってくるオーラに、隠しきれない怒りと悲しみの波動を感じていた。

〔我が身をすら顧みない、あの凶暴さはまるでツルギだったころの俺だ。まさか、あれに捕らわれた人間というのは……〕

 自身も復讐者であったゆえの、言葉に言い表せない共感。自分の感情に支配され、ハンターナイト・ツルギとしてほかの全てを投げ打ったあの頃の自分は、ボガールを倒すために地球に少なからぬ被害を与えてしまった。あの頃のことは忘れてはいけない記憶として残り、今ロボットから感じられるオーラはそれとよく似ている。

 そして、ヒカリと同様にコルベールも錯乱するリュシーの姿に、なぜロボットが彼女を捕らえたのかを気づいていた。

「リュシーくんから、彼女から怒りの感情を吸い取っているのか。おのれ、なんと卑劣なことを!」

 人間の感情をヤプールをはじめとする侵略者たちが利用しているのはコルベールも知っていた。リュシーはその心に宿る復讐心に目を付けられ、人質兼エネルギー源として捕らえられてしまったのだ。

 コルベールは、ケーブルに捕らえられながらなおも絶叫するリュシーを止めるために、なんとか自分の拘束を解こうと額に汗を浮かべながらもがいた。

 そして、ロボットの暴走の様子を、かの宇宙人も見守りながら状況を分析してつぶやいていた。

「いやいや、撒き餌をした私が言うのもなんですが、エゲつない真似をしますねえ。しかし、人間から感情エネルギーを吸い取る機能なんか、あのロボットにはなかったはずですが、それも改造によって追加した機能ですか……技術自体はそんなに特別なものではないですが、それ以上に人間のことをよくリサーチしてますね。これは、詰みましたかね?」

 人質をとった上にロボットの火力は上がり続ける。このままではウルトラマンヒカリに勝ち目はないだろう。むろん、街はあっという間に灰燼に帰し、ロボットは破壊の手をさらに広げるに違いない。

 ただ……やがては他のウルトラマンたちも駆けつけてくるだろうが、それまでにどれだけの被害が出るものか。侵略するにしても更地だらけの星などを手に入れても仕方ない。はたしてこの破壊力でリカバリーできる程度に収まるのか? と、宇宙人は黒幕の思惑をいぶかしんだ。

 しかし、黒幕の思惑がなんであれ、ロボットは全身からビームと弾丸を放って街を破壊し続けている。ヒカリがなんとか工場街で食い止めているが、すぐに被害は人口密集地へと及び、さらには東方号も破壊されてしまうだろう。

 ビームを受けた建物に魔法陣のような紋様が閃き、次の瞬間紅蓮の炎が焼き尽くす。巻き散らされた弾丸は無差別に着弾して、道路をえぐり、街路樹をなぎ倒す。その圧倒的な破壊は避難する人々の背にあっという間に追いつき、ヒカリの耳に炎から逃げまどう人々の悲鳴がいくつも飛び込んでくる。これ以上、戦いは引き延ばせない。

〔やむを得ん、何千何万という人々の命には代えられない。許してくれ〕

 意を決してナイトビームブレードを突き立てる構えをとるヒカリ。しかしそのとき、ヒカリの聴覚にリュシーに必死に呼びかけるコルベールの叫び声が響いてきた。

「リュシーくん、これ以上自分の中の悪魔の言いなりになってはいけない! 君は人間だ。こんな人形の一部なんかじゃない。そして、君が貴族であったなら、誇り高い貴族の心を思い出すんだ!」

 その言葉に、思わず手を止めるヒカリ。そうだ、自分が復讐の戦士ツルギとしてボガールを追っていた時、メビウスたちが懸命に光の国の戦士の心と誇りを思い出させてくれた。

 ならば、自分のすべきことはこの場の希望を最後まで信じ抜くこと!

「テヤアッ!」

 ナイトビームブレードでロボットの光線を跳ね返し、ヒカリは決意した。残りの全エネルギーを使っても何秒も持たないだろうが、そのわずかな時間に希望をかけて食い止める。

 青い光の戦士、ウルトラマンヒカリ。激しく鳴るカラータイマーの音がやむまで、ここを退きはしない。

 

 そしてロボットの内部では、コルベールの必死の呼びかけが続いていた。

「ミス・リュシー! リュシーくん、聞こえますか! 私がわかりますか?」

 自分を拘束していたケーブルをちぎり、コルベールはリュシーの目の前にまで寄って呼びかけていた。リュシーはなおも錯乱し続けていたが、コルベールの呼びかけと、彼の額のてかりがまぶしく目を照らすと、はっとしたようにコルベールに気づいてくれた。

「ミス、タ……コルベール?」

「そうです、私です。身の程知らずなコッパゲですよ。さあ、今助けます」

 コルベールは魔法を使ってリュシーの四肢を拘束しているケーブルを切断しようと試み始めた。しかし、リュシーはそれを拒絶するように叫ぶ。

「やめて! もうすぐ、もうすぐわたしの悲願がかなうんです。もうすぐ、もうすぐわたしの怒りで全部燃えて燃えて燃えて燃えて燃えて。わたしの復讐がかなうのよ!」

「すみませんが聞けませんな。君のやっていることは復讐でもなんでもない、ただの破壊です。君はこの機械人形に利用されているに過ぎないのです」

「それでもかまわない! もうわたしが復讐を遂げるには、ハルケギニアのすべてを焼き尽くすしかないんです!」

 血を吐くようにリュシーは叫んだ。すでにリュシーの体は元素の兄弟との戦いで傷つき、さらに強引に拘束されたことで激しく衰弱している。

 もう、リュシーはこの場で死ぬ覚悟を決めているとコルベールは理解した。そしてリュシーはこの世への未練を断ち切るようにコルベールに言った。

「コルベール様、聖職者を騙っていたわたしのみじめな告解をお聞きください。あなたの言った通り、わたしの中には悪魔がいます。この世に神はいなくても悪魔はいる。その悪魔が、どんなに振り払おうとしてもわたしの怒りを駆り立て、復讐を果たせと言うのです。コルベール様、わたしの理性が少しでも残っているうちに、どうか逃げてください。今さらですが、あなたのご好意につけこもうとして、ごめんなさい……」

 それはリュシーの良心が見せたせめてもの抵抗だった。人の心には多くの悪魔が潜み、様々なきっかけで人を理性では抑えることのできない魔道へと引き込んでいく。

 もはや復讐が成就するまで、いかなる犠牲を払おうともリュシーの怒りの悪魔が収まることはないだろう。けれど、コルベールはまったく引くことなく優しく告げた。

「できませんな。私はこれでも教師でして、人を教え導くことが仕事なのです。君が嫌でも、今から君は私の生徒です。絶対に見捨てはしませんよ」

「やめてくださいませ。わたしはわたし自身の心も復讐の魔法で塗りこめて、もう怒りの奴隷なのです。助けていただいても、わたしは必ずまた何かを火に包むでしょう。せめてお情けをかけるなら……わ、わたしの命ごと止めてください!」

 飢えた獣が肉を貪るのを止められないように、復讐を止められない自分が救われる道はもうない。ただ、己の破滅を除いたら……。

 そうしているうちにも、ロボットはリュシーからエネルギーを吸い続け、外で食い止めているウルトラマンヒカリの限界は近づいていく。それに、リュシー自身も傷が開いて意識が薄れかけ、このままでは復讐の夢うつつのままで精神力だけを吸い取られるパーツとしてロボットに組み込まれてしまうだろう。

 しかしコルベールはリュシーに杖を向けはしなかった。

「その願いはかなえられません。甘いとお笑いになられるでしょうが、私はもう二度と魔法で人の命を奪わないと決めたのです。リュシーくん、私にも君の中で叫ぶ悪魔の姿が見えました。君は制約の魔法で人を操るのと同じように、自分自身にも制約をかけて復讐心を操っていたのですな」

「……そうです。鏡を使って、自分自身に魔法の暗示を何度もかけました。善良な聖職者を演じ、復讐者としての素顔を隠すために」

「ですが、抑えられた復讐心はなお強く燃え盛ってあなたを焼こうとし、それを抑えるためにさらに自分に制約をかけ続けて、ついには縛り切れなくなりかけていたのですね。でも、もういいのですよ。あなたの怒りはみんな、私が引き受けてあげます」

「……な、なにを……?」

 リュシーはすでに意識ももうろうとしかけているようだった。しかし、コルベールはリュシーの手に杖を握らせ、さらに身だしなみ用の手鏡を向けながら言った。

「もう一度自分に制約をかけるのです。さあ、呪文を唱えなさい」

「はい……?」

 コルベールにうながされ、リュシーはぼんやりとしながらも『制約』の魔法を唱え始めた。どのみちもう死ぬつもりだったのだ、いまさら何がどうなろうとかまいはしない。

 だが、制約の魔法の詠唱が終わり、暗示を刷り込む段階になってコルベールが告げた言葉がリュシーの意識を現実に引き戻した。

「よろしい。では、こう信じるのです。リュシーくん、君の家族を陥れ、君が復讐を誓った相手の名はジャン・コルベール。この私だとね」

「えっ? あ、うぁぁぁーっ!」

 その瞬間、彼女の朦朧とした意識の中にコルベールの言葉が制約の魔法で形を持ったイメージとなって流れ込んできた。

 憎んでもあまりあるが、空気のように触れることも見ることもできなかった仇のイメージに色と形が注ぎ込まれていく。それは奔流であり濁流として、リュシーの失われた記憶の部分を急速に埋めていった。

”父を殺し、家族を引き裂いた仇。その名はジャン・コルベール、その顔が彼女の中で憎むべき悪魔と同一化されていく”

 だが、それは偽の記憶。ありえない過去。それが自分の中に流れ込んでくる感覚に、初めてリュシーは恐怖を感じて叫んだ。

「ああ、やめて、やめて! わたしの、わたしの中に入ってこないでえ! わたしは、わたしは……わたしが、こわれる……」

 これまで何度も自分にかけてきた制約の魔法に恐れを抱いたことはなかった。しかし、それは自分の中で暴れる復讐の感情を押さえつけるためのものだったのに対して、これはせき止められていた感情を一気に開放する鍵だった。

 溜まりに溜まり続けていた感情が、復讐の対象を得たことで抑えようもないほど膨れ上がっていく。怒りが、憎しみが、殺意が……リュシーは自分でもコントロールできなくなっていくその感情の濁流に恐怖し、もだえた。

 しかしコルベールは、恐れるリュシーを前にして、まっすぐにその顔を見据えて言った。

「怖がることはありません。あなたが胸の内に溜め込んできた濁ったものを、ただ吐き出してしまうだけなのです。さあ、目を開けて前を見て。あなたの前にいる男は誰ですか?」

「あ、あぁ……あ、うあぁぁぁぁ!」

 制約の魔法で刷り込まれた偽のイメージが完成し、その瞬間リュシーの心の中の憎悪は破裂した。

「おま、おま、お前はぁぁぁ!」

「そうです。ようやく思い出しましたか? あなた、いやお前の仇の顔と名前を」

「ああ、あああ……思い出した! 思い出した! ジャン・コルベール! ジャン・コルベール! 貴様、よくもお父様を!」

「そのとおり、物覚えの悪い小娘です。私は覚えていますよ、あの男の間抜け面をね」

 それは口から出まかせの安い挑発であったが、リュシーにはもはやそれを理解する知性も冷静さも残ってはいなかった。

 残っているのは、溜め込まれ続け、淀みきった真っ黒な殺意のみ。それが爆発し、リュシーは言葉にならない罵声を口から吐き出しながらコルベールに迫ろうとした。

 しかしリュシーの四肢はロボットのケーブルで拘束されてしまっている。それでも手足を引きちぎらん勢いでコルベールに迫ろうとするリュシーに、コルベールは何を思ったのか自分からリュシーの目の前にまで近づいた。

「さあ、仇は目の前ですよ。どうしますか?」

「ああ、こ、ころ、殺すぅぅぅぅ!」

 目の前のコルベールに、リュシーは唯一自由になる首を伸ばしてコルベールの肩口に噛みついた。たちまち白い歯が服ごと肉に食い込み、赤い血が滲み始める。

 だが、コルベールは顔色一つ変えることもなく、ただリュシーを拘束から解放するために魔法を唱え続けた。その肩口で、リュシーはまるで吸血鬼のように血と肉をむさぼり続ける。

「殺す、ほろふ、ほろひてやるうぅぅぅ……」

「そう、それでいいのです。そうやって、あなたの中に溜まった黒いものをすべて吐き出してしまいなさい。いくらでも、私が受け止めてあげましょう」

 いつしか、リュシーの目からは滝のように涙も流れ、むしろリュシーが血を吐いているようにさえ見えた。

 これがコルベールの答え。リュシーの復讐の標的をでっちあげ、その復讐を成就させてやる。彼女が欲する血を、自分が引き受けることになろうとも。

 リュシーは泣きわめき、ひたすらかすれた声で「殺す」と繰り返しながら一心不乱に歯を突き立てている。すでに漏れ出した血はコルベールの服の半分を赤く染め、指先からは真紅の雫が滴っている。それはまさに、コルベールの肩を食いちぎってしまいかねないほどに思えた。

 だが、コルベールは常人なら絶叫するであろう激痛にじっと耐えながら独り言のようにこう口にした。

「そう、そのまま、そのままです。どんな強い感情でも無限ということはありません。そのまま吐いて吐きつくしてカラッポになりなさい。カラッポになって、自分の中に住み着いた悪魔を追い出してしまいなさい」

 少しずつだが、リュシーの噛む力が弱まっているのをコルベールは感じていた。

 どんなに発狂しようとも、人間である以上限界は必ずやってくる。増して激しく燃える炎ほど燃え尽きるのも早い。コルベールはそれに賭けたのだった。

「ころふ……ほろふぅ……」

 狂気に取りつかれていたリュシーの顔から少しずつ険が取れていく。感情を一気に爆発させた反動と、すでに体力的に疲労の極だったことで急速に消耗しつつあるのだ。

 コルベールは、哀れな復讐鬼の断末魔にも似た叫びを受けながら、一本ずつケーブルを切断していった。その表情からは、決意や哀れみとは違う、どこか義務感のような寂しさがわずかに見えたように思えた。

 

 そして、中の影響は外部にもついに変化となって表れた。

〔むっ? 動きが、鈍ってきたのか?〕

 今まさにとどめを刺されかけていたヒカリは、突然ロボットが動きを鈍らせたことで間一髪逃れることに成功した。

 偶然ではない。目に見えてロボットの動きが遅くなり、まるで電池の切れかけた玩具のようになっている。一目で、中で何かが起きたのだということは察せられた。

 これは間違いない。ロボットのエネルギー源に当たるものに何か重大な異常が起きたとしか考えられない! そうならば、自分がやるべきことはひとつ。ヒカリは残った力をナイトビームブレードに込めて、ロボットの両腕を一気に切り裂いた!

「イヤアァァッ!」

 無防備な状態への関節切断攻撃。ロボットの右腕の大砲と左腕のクローが同時に地に落ち、同時にバランスを崩したロボットが大きくのけぞる。

 やった! これでもう奴はまともな戦闘はできない。残った武器は目からの光線くらいだが、元よりエネルギー欠乏の今となっては恐れるに値しない。後は機体に閉じ込められている二人を救出しさえすれば……。

 しかし、かと思ったその時だった。なんと、切り落としたはずのロボットの両腕が浮遊し、動き出しているではないか!

〔自己再生機能か? いや、あれは……〕

 はっとしたヒカリは、切断したロボットの腕が修復するのではなく、独自に動き出すのを見てそれが分離合体機能の一種であると悟った。

 ロボット怪獣の中には自分のボディをいくつかに分離して戦えるものがいる。こいつもその一種なのか? それとも、これも改造されて追加された機能なのか? いや、いずれにしても脅威はまだ消えていないということだ。

 切り離されたロボットの腕はそれぞれがロボット本体と合わせて三方からヒカリを包囲する態勢をとってきた。まずい、このままではこちらもエネルギー切れで逃げ場のないままハチの巣にされる。だが、この戦法はどこかで……?

 しかし、ヒカリに向かって一斉砲火が放たれようとした、まさにその瞬間だった。ロボットの胸の球体に大きくヒビが入り、同時にロボットが苦しげに大きくのけぞったのだ。

〔あれは、ミスタ・コルベール!〕

 発光体を透かして、ヒカリの目にコルベールの姿が見えた。コルベールは球体の向こうで誰かを抱きかかえながら杖を握っている。内部からの攻撃でロボットにダメージを与えたに違いない。

 けれど、コルベールの力もそこまでで、球体を壊して脱出するまではいかなくなっている。ならば……ヒカリは意を決して、ナイトビームブレードを突きの構えに備えた。

〔狙うは一点、少しでも加減を誤れば中の彼らも傷つけてしまう。最小限の力で……ハァッ!〕

 精神を研ぎ澄まし、ナイトビームブレードでの針の穴を通すような一閃がロボットの胸の球体に吸い込まれる。

 一瞬響く乾いた音……剣の切っ先は球体の表面で止まっており、一寸たりとも食い込んではいない。しかし、確かな手ごたえがヒカリにはあった。

 次の瞬間、球体のヒビが大きく広がり、球体はついにその強度の限界の寸土を超えてはじけ飛んだ!

「今だ!」

 外が見え、風を感じた瞬間コルベールは飛んだ。残りの精神力を『フライ』の魔法につぎ込み、リュシーを抱きかかえたまま全力でロボットから離れようと滑空する。そして飛びながらヒカリに向かって叫んだ。

「ウルトラマン、とどめを! その穴が、そいつの唯一の急所です!」

 その声にはっとし、ヒカリの視線にコルベールが脱出した球体の穴の黒々とした闇が映りこんで来る。あそこなら、奴の装甲は意味を持たない。

 残りエネルギーはわずか。ナイトシュートを撃つには足りず、だがそのわずかな力をナイトビームブレードに注ぎ込み、まさに巨岩に打ち込む小さな楔のように球体の穴に向かって叩き込んだ。

『ブレードショット!』

 矢じり型のエネルギー弾がロボットの球体の穴に飛び込み、次いでロボットの全身が震え、スパークした。

 いかな強固なロボットとはいえ、そのすべてを頑丈になどできるわけがない。むしろ強固な装甲はデリケートな内部を守るためにこそあるといってもいい。精密機械が詰まった内部に異物が入り込んだらどうなるか? 人体に例えるまでもなく、ウルトラマン80を苦しめたロボット怪獣ザタンシルバーも損傷部から機体内部への攻撃で撃破されている。

 ロボットの動きが止まり、その全身から火花が噴き出した。同時に浮遊していたロボットの両腕も力を失って落下し、ロボットはその竜に似た口から断末魔の機械音を響かせながら倒れ、大爆発を起こして今度こそ完全に破壊された。

「さすが、光の国の方は強いですね」

 パチパチと手を鳴らしながら宇宙人はつぶやいた。彼のシルエットをロボットの爆炎が照らし、爆風がないで通り過ぎていく。

 結局はこうなったか、と、彼は心の中で息をついた。あわよくばウルトラマンのひとりでも倒してくれれば儲けものではあったが、そんなに簡単にウルトラ戦士を倒せるようならどこの星人も苦労はしない。

「ですが、私にとって収穫がなかったわけではないですね。この短時間でロボット怪獣を改造できる技術力と、いくつかのヒントをつなげれば……フフ、だいたい絞り込めてきましたよ。どうやら誰かさんと顔を合わせる日も近そうです。ただ、憎悪の感情の回収は……失敗ですね。やれやれ、今日はもう帰りましょうか」

 なかなか思うようにはいかないものだと、彼はわざとらしく肩をすくめて見せると、ヒカリに向かって「お疲れ様でした」と声をかけて消えていった。

 そしてヒカリは、消えていった宇宙人を見送ると、もう一度ロボットの残骸に目をやった。

 もうあの宇宙人を追う力は残っていない。しかし、恐ろしいロボットだった。勝つには勝てたが、あのポテンシャルの高さを考えればこちらが負けていた可能性のほうが圧倒的に高かった。どこの宇宙からやってきたかわからないが、ロボットである以上は同型機がいるかもしれず、これから自分や仲間のウルトラマンの誰かがあれと戦わねばならないと思うとぞっとするものがある。

 だが、それは別として気になることがもう一つ。ヒカリは地面に横たわっているロボットの腕の大砲を一瞥すると、カラータイマーの点滅音を置き土産に残して飛び立った。

「ショワッチ!」

 

 ヒカリも去り、街にはようやく安寧が戻った。街の被害は軽くはないものの、すでに怪獣の襲来には慣れている人々はすぐに復旧にとりかかり、数日もあれば被害の影響はなくなるであろう。

 人間たちはたくましい。しかし、闇の中に住まう者たちには、まだ安らぎは訪れない。

 

 街はずれ。人の気配のないそこに、元素の兄弟は全員揃っていた。

 ダミアン、ジャック、ドゥドゥー、ジャネット。彼らも一様に疲労してはいるが、その眼光は鋭く、街から出ようとするひとりの男を睨んでいる。

「やあ、ミスタ・コルベール。まだ夜も明けないというのにお出かけかい? 美人と逢引きとは、君もなかなか隅におけないね」

 冗談めかしたドゥドゥーの言葉に、コルベールは苦笑した。

 コルベールの腕にはリュシーが抱きかかえられている。しかしそれは逢引きなどというムードは欠片もなく、コルベールの服は鮮血でくすんでおり、腕の中のリュシーはぴくりとも動かない。

「すみませんが、少し野暮用ができましてね。ちょっと通していただけたら助かるのですが」

「君一人だけならすぐにでも通してあげるよ。でも、その抱えてる女は置いていってもらおうか。最悪首だけでもいい」

「それはできませんな。彼女は私の大切な友人です」

「僕らを相手に、そんなわがままが通用するとでも? こうして交渉してあげているだけ最大限譲歩しているんだよ」

 すでにダミアンをはじめ、元素の兄弟は皆が殺気を隠そうともしていない。ジャネットまでが人形のような顔に怒りを浮かべてリュシーを睨んでいる。

 しかし、コルベールは今にも襲い掛かってきそうな元素の兄弟に対して穏やかに言った。

「あなた方の仕事は、すでに終わっていますよ。ハルケギニアを騒がせた連続爆破事件は、もう二度と起きることはありません」

「そんな言葉で、僕たちが納得するとでも? それに、その女には弟と妹が世話になっている。兄としても、見逃すわけにはいかないね」

 ダミアンの言葉遣いは丁寧だが、邪魔をするなら今度こそ容赦しないという強い意思が籠っていた。それでも即座に奪い取ろうとしないのはコルベールの力がまだ計り知れていないからだ。それに、手負いの相手ほど警戒しなければいけないものはない。

「私は、あなた方と争うつもりはありませんよ。ここにいるのは、悪魔憑きに合って助けを求めていただけの哀れな娘のカラッポの抜け殻です。あなた方が始末すべき標的は、もうこの世にいません」

 コルベールも引く様子はなく、ドゥドゥーなどはいきりたってすぐにでも魔法を撃ちそうなのをジャックに止められている始末だ。

「やめろドゥドゥー、兄さんの許可はまだ出ていないぞ」

「く、くぅぅ……ダミアン兄さん! なにをのんびりしてるんだよ。早くやってしまおうよ。兄さんたちもいればこんな奴」

「ドゥドゥー、君は黙っていたまえ。だが、僕も心境は弟たちといっしょさ、ミスタ・コルベール。君ならわかると思うけど、この仕事は信用が何よりでね。一度でも泥がつくと稼ぎが天と地になる。僕は僕と家族のためにその女の首が必要なんだ。君の次の発言で僕を納得させられなかったら、遺憾だが僕も決断する。ああ、一応言っておくけど、君の命と引き換えというのは論外だからね」

「そうですね。では、こういうのはどうでしょう? 後日、あなた方が何か仕事をする際に、私を子分としてこき使う権利をあげるというのは。人殺し以外でしたらなんでもいたしますよ」

 その提案に、ダミアン以外の兄弟は露骨に不快な様子を見せた。当然である、他人の力を借りなくてもハルケギニアでなんでもできるだけの力を持っていると彼らは自負しているからだ。

 だがダミアンだけは表情を変えないままで答えた。

「へえ、自ら僕たちの下僕になるって言うのかい。例えば君の教え子の実家を焼き討ちにする、というのでもかい?」

「いいですよ。ですが、仕事が終わった後で私がどうするかというのは自由ですがね。それに、あなたならそんな無駄なことを実行したりはしないでしょう」

「ふ、食えない人だね……いいだろう。君には貸しひとつだ。さっさと行きたまえ、君の顔はあまり目によくない」

 ダミアンが道を開けると、コルベールは「感謝します」と、一言会釈して横を通り過ぎていった。

 もちろん、他の元素の兄弟は愕然とし、納得できないと飛び出そうとしたがダミアンが厳しく視線で押しとどめた。

 やがてコルベールが行ってしまうと、ドゥドゥーやジャネットだけでなくジャックまでもが「兄さん、どういうつもりだい!」と、問い詰める。人一倍仕事に厳しいダミアンにしては信じられない甘さが信じられないのだ。だがダミアンは額の汗を拭う仕草をすると、冷たい視線を兄弟たちに向けて言った。

「さっき、もし仕掛けていたら何人かはやられていた。最悪、相打ちに終わっていたかもね」

「えっ!?」

「ジャック、君も気づかないとはまだまだだね。もっと鼻に注意するようにすることだ……さて、帰ってミス・クルデンホルフから報酬をもらうとするよ」

 そう言うと、ダミアンは踵を返してさっさと歩いていってしまった。弟や妹たちは訳の分からないまま慌てて兄の後を追う。

 ダミアンは弟たちに見せないように一瞬だけ屈辱に歪んだ顔を浮かべ、次いでコルベールをどのように利用して稼ごうかと現実的な思考を巡らせ始めた。

 元素の兄弟は闇の中に去って消え、後には寒々しい夜明け前の路地だけが残る。その淀んだ空気の中に油っぽい湿った風が流れ、やがて乾いた風が取って代わっていった。

 

 

 東の空に昭光が見えてくる。夜明けは近い。

 爆散したロボットの機体はまだくすぶっているが、消火はもうすぐ終わるだろう。

 一方で、残ったロボットの両腕は王立魔法アカデミーが検分に来るまで保管されることになっている。しかし、どうせこんなでかいものを盗んでいく奴などいるまいと気を抜く番兵の目を盗んで、セリザワがロボットの右腕を調べていた。

「やはり……ロボットの元々の金属は見たことがないものだが、この追加装備された砲に使用されている金属は、確かあの星で主に使われているものだ……だが、あの星の連中だとしたら何の用でハルケギニアに……侵略か? まだ断定はできんが、備えておく必要はありそうだ」

 容易ならざる存在がハルケギニアに来ているかもしれない。セリザワの目に金色の朝日が映りこんで来る。だが、彼の表情はその光に危険な未来を見ているかのように厳しく、晴れなかった。

 

 

 続く


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