ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第71話  タバサのイーヴァルディ

 第71話

 タバサのイーヴァルディ

 

 バイオリン超獣 ギーゴン 登場!

 

 

 あの日のことは、はっきりと覚えている。

 まだ幼い、あの日。タバサがまだシャルロットという名前のみであった昔、彼女の一番の楽しみは父の奏でる演奏の中で母から物語を読み聞かせてもらうことだった。

 そんなある日のことだった。シャルロットは父がいつも弾いてくれるバイオリンを、どうしても一度自分にも弾かせてくれとだだをこねて聞かなかった。父は仕方なさそうに、祖父から受け継いだという由緒あるバイオリンを持たせてくれた。

 しかし、大人用のバイオリンをまだ小さな子供が弾きこなせるわけがない。持つことさえままならずに、シャルロットはバイオリンを床に落としてしまった。

「おとうさま、ごめんなさい、ごめんなさい」

「いいよ、バイオリンは壊れても直せるけど、シャルロットに怪我がなくてよかった。シャルロットが大人になったときに、このバイオリンはプレゼントしてあげよう。それまでは、父様がシャルロットのために弾いてあげるからね」

 父は大切なバイオリンのことなど気にもせずに笑って許してくれた。けれどバイオリンには床にぶつけたときに大きなキズがつき、シャルロットはそのキズを見るたびに、父様にわがままを言ってはいけないと思い出してきた。

 そう、それは思い出の中だけのことであったはず。しかし、そのバイオリンと戦う日が来るなどとは誰が予測し得たであろうか。

 

 時は現在。タバサは自分に向かってくるギーゴンの体に、父のバイオリンと同じ傷がついているのを見て目じりを歪ませた。

「お父様のバイオリンが、超獣に。なぜ……」

 タバサにとって、それはまさに悪夢のような光景だった。すでにこの世になく、思い出だけの存在である父の遺品が恐ろしい超獣と化すなど、どうして信じられようか。

 遠いガリアの地で、かの宇宙人が戯れにこの情報を告げてきた時は耳を疑った。もちろん、その宇宙人の仕業を真っ先に疑ったが、彼はとぼけた口調でそれを否定した。

「まさか? 私はそこまで暇でも酔狂でもないですよ。今回は誰かの意思も感じませんし、ただの野良怪獣みたいですねえ。いや、運がお悪いことで」

 彼は関連を否定した。むろん、信用性はまったくないが、自分の実家に怪獣が住み着いたことだけは間違いない。

 どうするべきか? タバサは迷った。今の彼女は人に姿をさらすことができない。しかし、シルフィードとジルが巻き込まれかけていることを知ったとき、迷いは思考の地平へ消えていた。

 

 二人を助ける。そう決断したタバサは、宇宙人をなかば脅迫してガリアからトリステインへと一気に飛んだ。

「怖いお姫様ですねえ。でも、自分のためにみんなの記憶からわざわざ消えたのに、今度は戻りたいというわがまま、王様らしくて良いですよ」

 宇宙人の悪態を聞き流し、タバサは杖をとってここに駆け付けた。

 そして今! 目の前には迫り来る超獣。その背には守るべき人たち。タバサは一瞬の躊躇を振り払い、騎士としての自分を呼び起こす。

 考えるのは後。今すべきことは、戦うことのみ。タバサは杖を振り、巨大な風の刃をギーゴンに向けて撃ち放った。

『エア・カッター!』

 特大の鎌イタチがギーゴンの体をなぎ払い、ギーゴンは突進を食い止められてぐらりと揺れた。

 しかしギーゴンもバイオリンが超獣化しただけはあって体は頑丈であり、その枯れ木色の胴体はビクともせず、大木にそよ風が吹いたように軽く立て直してしまった。

 硬い……想像はしていたとはいえ、タバサは超獣の頑丈さに舌を巻いた。タックファルコンのミサイル攻撃にも耐えられるボディの前には、いくらタバサの魔法が日々進歩しているとしても簡単には破れず、宇宙人はそれを見てせせら笑った。

「おやおや、きつそうですねえ。やっぱり手を貸しましょうか?」

「黙っていて」 

 はいと言えば、こいつは素直に助けてくれるだろう。しかし、こいつに借りを作ると何を要求してくるかわからない。弱みを作るわけにはいかない。

 タバサはちらりと後ろを振り返った。そこには、あっけにとられているジルと目を回して転がっているシルフィードがいる。二人とも、今はタバサに関する記憶を失っているが、それでもタバサにとって二人は守るべき人たちだった。

「やる」

 短くつぶやき、タバサは『フライ』の魔法を使って空に飛びあがった。ジルとシルフィードをかばいながらでは戦えないため場所を移すのだ。タバサの青い髪が風に舞い、風の妖精が光をまとって現れたかのように美しく輝いた。

 しかし、妖精は風を汚す魔物を裁く戦いの風もまとっているのだ。タバサはギーゴンの視線を絶妙な速さで横切って注意を引き、ギーゴンは熊手のようになった手を落ち着きなく揺らしながらタバサに向かって方向を転換してきた。その熟練した動きには、ふざけた態度をとっていた宇宙人も認識をあらためて感心したように手であごをなでた。

「ほお、人間どもの中ではなかなかの実力だとは思っていましたが、まだ底を読み切れてませんでしたか」

 たった百年そこそこしか生きられない脆弱な種族にしておくのはもったいないと、宇宙人はわずかに惜しさを感じた。仲間にするにせよ手下にするにせよ弱くては話にならない。欲を言えば宇宙中の強豪宇宙人を集めた連合チームなどができれば理想だが、仮に集まったとしてもそんな連中を率いられるのは故・エンペラ星人くらいしかいないであろう。

 もっとも、そんな宇宙人の身勝手な思惑など関係なく、タバサの全神経は自分の戦いへと向かっている。

 こっち、こっちに来なさい。タバサはそう狙って、ギーゴンをジルとシルフィードから引き離そうと飛んだ。

 狙いはそれだけではない。真っ向から打撃戦を行っても勝ち目はないと、北花壇騎士として磨き上げた戦闘本能が警告してくる。ドラゴンよりもはるかに巨大で強力な怪獣を倒すには正攻法では無理だ。

「自分より強い獣を倒すには、頭を、なによりも頭を使うこと。ジル、あなたが教えてくれたことだよ」

 ファンガスの森。そこでタバサはジルから戦いの術を叩きこまれた。人間よりもはるかに強い獣を人間が狩るには、人間だけが持つ力で立ち向かうしかない。

『ウィンディ・アイシクル』

 タバサの18番の氷嵐の魔法がギーゴンを襲い、無数の氷のつぶてが鋭利な刃物のように舞い輝く。

 だが、むろんこれは牽制と様子見だ。ギーゴンの頑丈なボディに氷のつぶてははじき返され、ダメージにはまったくなっていない。それでも撃つのは、注意をこちらに引き付けるのと、相手のことを探るためだ。

 ウィンディ・アイシクルのつぶてはギーゴンのほぼ全身をくまなく叩いた。もし、急所のようなところがあれば命中の手ごたえが違うはずで、それを見抜ければ勝機が見える。

 けれど、ギーゴンの全身はそれこそバイオリンそのもののように固く、急所と思われるようなところは感じられなかった。ギーゴンはあざ笑うかのような鳴き声を発し、熊手状の手で飛ぶタバサを叩き落とそうとしてくる。

「危ない!」

 ジルは叫んだ。人とハエほどの体格差もあるあれで殴られれば、人間などひとたまりもないだろう。しかし、タバサは振り下ろされてくるギーゴンの手を冷静に見据えると、なんと自身の小柄な体をギーゴンの手の指と指の間にすり込ませてやり過ごしてしまったのだ。

 驚愕するジル。理屈では不可能ではないとはいえ、あんな紙一重の避け方を選んで成功させるには、神業的な魔法の冴えと、冷静に実行する度胸が必要だ。あの少女は幼くして、どれほどの死線をくぐってきたというのだろうか。

 いや……ジルは、頭に浮かんだその考えそのものに違和感を覚えた。空を自在に飛んで怪獣と戦うあの姿、あの姿を見るのは初めてではない。だがどこで? どこで見たというんだ? どうして思い出せないんだ? 自分の中で何かが狂わされている感覚に、ジルは言い表せない恐怖を感じた。

 だが、タバサにはジルの困惑の正体がわかる。否、わかるのではなく、知っている。ハルケギニアで誰にも知られずに起きている異変の真相も知っている。それどころか、その当事者の一人でもある。

 それを思うとタバサの心は痛む。けれど、何かを得るためには何かを切り捨てなければならないこともある。いや、それは傲慢な言い訳だ。自分に何かを切り捨てる権利なんてない。しかし、あのときに他に選択肢があったとは思えない。

 苦悩するタバサ。それを、元凶である宇宙人は遠巻きにしながら愉快そうに眺めている。本当なら、一番に魔法を叩きこんでやりたいのはこいつだが、今は手出しをすることができない。すると、そいつはタバサに向かって楽しそうに笑いながら告げてきたのだ。

「その超獣の弱点は体の弦ですよ。バイオリンなんですから、弦をプチンと切ってやればいいんですよ」

 突然の助言。むろんタバサはいぶかしんだが、そいつはこともなげに言い返した。

「こちらも今あなたに死なれたら困るんですよ。それに、最近私も予定になかった面倒ごとを抱えてまして、関係ないことで時間をとりたくないんです。これは無料サービスにしておきますから、さっさと片付けてしまってくださいな」

 その言葉に、タバサはこの宇宙人が最近やけに慌ただしく動いていたのを思い出した。ウルトラマンたちの誰かともめごとでも起こしたのかと思っていたが、どうも違うらしい。こいつも何か焦りを抱えているようだ。

 これは付け入る隙となるかもしれない。タバサは頭の中にこの問題を書き込んだが……それは別として、簡単そうに言ってくれる。いくらタバサがスクウェアクラスのメイジとはいえ、飛行と攻撃を同時に行うのは楽なことではない。

 ギーゴンはタバサを殴り落せないことを悟ると、薄青い目をぎょろりと動かして、今度は頭の横に四本生えている糸巻状の触覚から緑色の金縛り光線を発射してきた。

「くっ!」

 金縛り光線はギリギリで外れ、外れたそれは屋敷の残骸に命中して爆発を起こした。この金縛り光線はウルトラマンAの身動きを封じるほどの効果もあるが、建物を破壊する程度の物理的な威力もある。人間の身で耐えられるものではない。

 タバサは空中で体勢を立て直すと、即座に頭の中で計算した。空を飛びながら戦闘を継続するのは困難。かといって地上からでは魔法の射程からいって有効打を決めにくい。

 なんとか空を飛びながら至近距離で魔法を打ち込むのがベスト。しかし、飛行と攻撃をおこなうのは自分一人では困難。ならば、空を飛ぶためのアシストがあればよい。

 指が口に伸び、タバサはほとんど無意識のうちに口笛を吹いていた。その甲高い音が風に乗り、シルフィードの耳に届いたとき、シルフィードもまた無意識のうちに人化の魔法を解き、風韻竜の姿となって飛び立っていた。

「きゅいいいーっ!」

「うわっ!」

 ジルを翼の風で吹き飛ばしかけながらも、シルフィードは鎖を解かれた狼のように飛び出した。心で何かを考えたわけではなく、シルフィードはその胸の内から湧き上がってくる衝動のままに、タバサをその背に乗せていた。

「きゅいっ」

 タバサをその背に乗せ、シルフィードはくるりとターンを切った。その切れ味鋭い旋回は空気の抵抗を見る者に忘れさせてしまうほどで、ギーゴンの金縛り光線が明後日の方向に飛び去って行く。

 しかし、体が勝手に動いただけで、シルフィードはまだタバサの記憶を失ったままでいる。はっとしたシルフィードは、なぜ自分が知らない人間を乗せているのかと混乱したが、文句を言う前にタバサの杖が頭の上に思い切り振り下ろされていた。

「いたーいのね!」

「話は後、あの超獣を倒すのが先」

「ちょ! シルフィは高貴な風韻竜なのね。知らない人を乗せるな、いたーい!」

「話は後」

 タバサの杖は魔力を込めて強化されているため韻竜の硬いうろこ越しでも目から火が出るほど痛く、シルフィードは文句をつけられなくなってしまった。

 けれど、タバサは不満げなシルフィードにこう言った。

「イーヴァルディの勇者の続き、知りたくない?」

「きゅい? お、教えてくれるのね?」

「話してあげる」

「きゅいーっ!」

 喜ぶシルフィード。あのお話は、これからというところで気になっていたのだ。いいように乗せられたような気もするが……だが、悪い気分はしない。シルフィードは、胸の中のもやもやが晴れて、ぽっかりと空いた黒い穴に心地よい何かがはまってきたような感じがして、殴られたことへの恨みなんかは吹き飛んでしまった。それどころか、翼に力が湧いてくる。どうしてかはわからない。わからないけれども、自分の中の何かはこれを知っている。

 シルフィードという翼を得たことで、タバサはその精神力のすべてを攻撃魔法に注ぎ込むことができるようになった。節くれだった杖に魔力を帯びた風がまといつき、無慈悲な刃が研ぎ澄まされていく。

「いく」

「きゅーい!」

 再び心をひとつにした一人と一竜は、暴れ狂う超獣へとその翼を向けた。

 そしてタバサは、魔法の呪文を唱えながら、自らにも語り聞かせるようにイーヴァルディの勇者の物語の続きを紡ぎ始めた。

 

”サリィを助けるため、大迷宮に挑んだイーヴァルディたち。彼らはラビリンスの恐ろしい魔物たちを倒し、身も凍るような罠の数々を突破して、ついに迷宮の奥深くにたどり着きました”

 

「よくやってきたな、勇者ども。数百年ぶりの、俺様のごちそうどもよ!」

 

”そこにいたのは、イーヴァルディたちでさえ見たこともないくらい禍々しい姿をした巨大なドラゴンでした。ドラゴンは口からよだれを垂らし、その手にサリィをわしづかみにしています。イーヴァルディは、ドラゴンに剣を突き付けながら言いました”

 

「お前が、あのカラスを使ってサリィを苦しめていたんだな」

  

「そうよ。この迷宮にはかつて、宝を求めて数えきれないほどの人間たちが入ってきた。俺様はそいつらを食らい、どんどん大きく強くなっていったが、人間どもは恐れをなして迷宮を封印しやがった。だが、俺様は使い魔を使って、迷宮の封印を破るカギとなるこの小娘に取り入ったのさ。そして封印を破る前に、閉じ込められた恨みをこいつに味わわせていたのよ」

 

「悪魔め。サリィは返してもらうぞ。そして、お前は僕たちが決して許さない!」

 

「馬鹿め! 俺様に勝てると思っているのか。お前たちを食らい、俺様はもっと強くなる。そしてもう迷宮で獲物を待つ必要もない。外の世界で存分に人間どもを食ってやるのだ!」

 

”ドラゴンは吠え、その口から恐ろしい炎が吹きあがります。しかしイーヴァルディたちはひるまずに、勇敢にドラゴンに立ち向かっていったのです”

 

 タバサの語りは、かつて母から語り聞かせてもらった日の思い出をなぞり、優しく、そして勇壮に語られる物語はシルフィードにも勇気を与えていった。

 

”ドラゴンの炎を、魔法使いキャッツァが防ぎます。すると、ドラゴンは魔ガラスの大群を差し向けてきました。しかし、カメロンの投げナイフが次々に魔カラスを撃ち落とし、マロニーコフの振りまいた特製スパイスが魔カラスたちを混乱させます”

 

「おのれ、こしゃくな!」

 

”怒ったドラゴンは地団太を踏み、すると迷宮の天井が崩れてイーヴァルディたちの上に降ってきます。ですが、マミが飛び出して大岩をすべて砕いてしまいました。

 

 すごいすごい、イーヴァルディの仲間たちはすごいのね。と、シルフィードは我が事のように興奮した。

 物語の中で、サリィがさらわれてしまったときは、どうなることかと不安でいっぱいだった。でも、イーヴァルディの仲間たちはやっぱりすごい。

「よーし、シルフィも負けてられないのね。たーっ!」

 物語の中の登場人物たちに勇気づけられたように、シルフィードは翼に力を込めて飛んだ。ドラゴンの攻撃をひらりひらりと避けるイーヴァルディのように、ギーゴンの金縛り光線を避けていく。

 その一方で、タバサは物語を語りながらも冷静に作戦を練っていた。

 狙うのは、ギーゴンの胴体に並んでいる四本の弦。あれを切断すれば、バイオリンの化身である奴は力を失うであろうというのはタバサも理解できる。が、身長五十メイル超の巨体に張られている弦なのだから、鉄柱並みの強度があるのは確実だ。半端な魔法では恐らく傷もつけられない。

 宇宙人は、さてどうするのか? と、興味ありげに見守っている。手出しをするなとは言われたが、見物するなとまでは言われていない。

「知っていますよ。この世界であなた方人間が少なくない数の怪獣を倒してきたことは。ですが、そいつはどうでしょうねえ?」

 宇宙に悪名をとどろかせる種族である彼は、当然超獣に関しても豊富な知識を持っている。その気になれば怪獣墓場の無数の怪獣たちを一体ずつ解説することもできるだろう。

 ギーゴンは超獣の中ではヤプール全滅後に出現したこともあって、ベロクロンやバキシムと違ってそんなに注目されるほうではない。しかし、それと強さは別問題だ。こいつにはまだ見せていない能力があるが、はたして……?

 

”ドラゴンからサリィを助け出すため、戦士ボロジノの大斧が唸ります。魔人の体も真っ二つにするボロジノの大斧が、サリィを捕まえていたドラゴンの腕を切り裂いたのです”

 

 タバサは精神力を集中させて、巨大な『エア・カッター』を作り出した。今のタバサに作れる最大の大きさで、エースのバーチカルギロチンにも匹敵するだろう。

「ほぉ」

「す、すごい」

 宇宙人は短く感心し、ジルは驚嘆した。よほど熟練したメイジでも、あの半分の大きさを作れればいいほうであろうに、タバサの成長は底なしなのだろうか。

 タバサはシルフィードへ合図して、ギーゴンの正面のわずか二十メイルから急旋回とともに横一文字にエアカッターの三日月形の刃を打ち込んだ。まさに、エースのホリゾンタルギロチンの再現といってもいい壮絶な光景に、ジルはギーゴンが弦どころか胴体ごと真っ二つにされたと思った。

「やったか!」

 だが、ギーゴンの胴体はエア・カッターの直撃にビクともしていなかった。風の刃はギーゴンの頑強な胴体を傷つけるには及ばず、弦もまだ切れていない。

 すごい頑丈さだとタバサは感じた。バイオリンが元になっただけはあるが、それを差し引いても計算以上の強度を持っている。並の怪獣ならば少なくとも皮は斬れたはずなのに。

 すると、宇宙人がせせら笑いながら告げてきた。

「その超獣、甘く見ないほうがいいですよ。なぜかは知りませんが、強烈なマイナスエネルギーで強化されてるようです。今の一撃、惜しいところでしたが一歩足りませんでしたね」

 マイナスエネルギー? つまり人間の負の情念が超獣に乗り移っているということか? ふざけるなとタバサは思った。なぜ父の遺品にそんなものが宿らねばならないのだ。

 ふつふつと沸く怒り。けれど、タバサはそれでもまだ冷静だった。

 今のエア・カッターは効かなかったが手ごたえはあった。あの超獣の体が頑強でも、今の一撃よりも強い攻撃ならば必ず効く。が、どうすればそれができるだろうか?

 タバサは考える。その唇に、物語の続きをなぞらせながら。

 

”ボロジノの一撃で、ドラゴンはサリィを手放しました。零れ落ちたサリィを、マミがしっかりと受け止めます”

 

「サリィ、大丈夫! しっかりして」

 

「うう、マミ、マミなの? お母さん、お母さんはどこ? なにも、なにも見えないよ」

 

”サリィは両目をつぶされ、苦しみながらマミにすがりつきました。マミはサリィをぐっと抱きしめ、耳元で力強く励ましました”

 

「サリィ、安心して。あたいたちが助けに来たからね。遅くなってごめん。けど、あたいたちがサリィを守るから。見えなくても、あたいの体の温かさを感じて、あたいの胸から心臓の音を聞いて。あたいはずっとサリィのそばにいるから」

 

「マミ……うん、うん」

 

”震えていたサリィはマミの腕に抱かれて、安心したように力を抜きました”

 

”サリィを取り戻し、残るはドラゴンだけです。しかし、ドラゴンはイーヴァルディたちが強いのを見ると、その大きく裂けた恐ろしげな口から真っ黒な闇の炎を吐いてきたのです。

 

「こざかしい奴らめ、これならどうだ!」

 

「うわああっ!」

 

”ドラゴンの吐いた闇の炎はキャッツァの魔法でも防ぎきれず、ボロジノもカメロンもマロニーコフも倒されてしまいました”

 

「どうだ、俺様の闇の炎は悪の炎。俺様に食われた欲深い人間どもの怨念が込められているのだ。誰にも防ぐことはできないぞ」

 

”ドラゴンは高笑いしました。多くの怪物を倒してきたイーヴァルディたちでしたが、このドラゴンの闇の炎は強烈でした”

 

”仲間たちは皆倒れ、マミもサリィをかばったために動けなくなってしまいました”

 

”でも、イーヴァルディは闇の炎に体を焼かれながらもひとり立って残り、ドラゴンに剣を向けます”

 

「僕は負けない。お前がどんなに強くても、どんなに悪の力を集めても、僕にだって仲間たちがいるからこそ手に入れられた力があるんだ」

 

”イーヴァルディは剣を構え、じっと念じ始めました。すると、なんということでしょう。イーヴァルディの左手が輝き、倒れている仲間たちから光がイーヴァルディへと集まっていったのです”

 

「な、なんだ、この光は!?」

 

「これが、神様が僕に与えてくれた勇者の力だ。仲間たちの力を集めて、僕は強くなれる。覚悟しろ、お前の悪を僕たちの光で切り裂いてやる!」

 

”イーヴァルディの剣がまばゆく輝く光の剣に変わります。その光は暗黒の迷宮を照らし、凶悪なドラゴンも怯えひるませるほど神々しい輝きを放ちました……”

 

 

 タバサは語りを止め、自らの杖を見つめた。

 今のエア・カッター以上の切れ味を持つ飛び道具は自分にはない。しかし、精神力を限界まで高めた『ブレイド』の魔法でならそれ以上の威力を出せる。だが、そのためには超獣に限界まで接近しなければならない。

 あまりにも危険な賭けに、タバサの中の冷徹な部分が警鐘を鳴らしてくる。ここで大きなリスクを冒してまで、あの超獣を倒さなくてもいいのではないか? 自分にはなんのメリットも生まれないし、この屋敷の周辺はほとんど人はいないので被害もすぐには出ないだろう。そうしているうちにウルトラマンの誰かが気づいて倒してくれれば、それが一番楽なはずだ。

 いや、それはできない。タバサはすぐにその考えを取り消した。リスクが大きく、メリットがないにせよ、あれは間違いなく父のバイオリンから生まれた存在なのだ。その始末を他人にゆだねるわけにはいかない。

『ブレイド』

 タバサの杖に、風の系統で作られた魔法の刃が生まれる。それは薄緑色に輝き、空気から生まれながら空気さえ切り裂いてしまうようなすごみを感じさせた。

 タバサはシルフィードに、超獣のギリギリまで肉薄するように指示した。もちろんシルフィードは愕然として拒否する。

「むむむむむむ、無茶なのね! そんな自分から死ににいくようなこと、シルフィは絶対お断りするのね!」

「できないというなら、わたしは一人でもやる」

 本気だということはシルフィードにもすぐにわかった。シルフィードが命令に従わないのならば、タバサはひとりで超獣に挑んでいくだけだ。

 シルフィードは頭を抱えた。ああもう! おねえさまはいつもこうなんだから! いつも? いつもっていつだったかしら? いや、そんなことはどうでもいいけれど。本当に竜使いの荒い人なんだから。

「わかったのね! その代わり一回だけなのね。失敗しても二度とはやらないのね!」

「一度で十分」

 覚悟を決めたタバサに、もう迷いはなかった。確かに危険だ。しかし、シルフィードの機動力と自分のブレイドの切れ味が合わされば十分に成功の可能性はある。タバサはそう計算していた。

 だが、北花壇騎士として戦っていた時とは違い、私情で戦いに臨んでいる今のタバサには最後の最後での警戒心が無自覚に一歩削れてしまっていた。

 『ブレイド』をかけた杖を構え、ギーゴンの死角から切り込もうとするタバサ。そのタバサを、宇宙人は冷ややかに見下ろしていた。

「あらら、無茶しますねえ。その超獣が何を武器にしているか忘れたんですか?」

 突撃を試みようとするタバサ。シルフィードは太陽を背にして、ギーゴンの視界からは完全に消えている。これならば、奇襲は確実に成功するはずだった。

 しかし、成功を確信したタバサのわずかな殺気を感じ取ったのか、ギーゴンはそのバイオリンの体から強烈な不協和音を発してきたのだ。

「うっ!」

「きゅいーっ!?」

 頭の中を引っ掻き回されるような不快感を叩きこんで来るその不協和音は、並大抵の苦痛には耐えられるタバサでも受けきれないほど不快だった。

 思わず耳を抑えるタバサとシルフィード。まるで無数の楽器をでたらめにかき鳴らしたかのようにやかましく頭の芯まで響き、とても我慢できるものではなかった。

 これがギーゴンの奥の手である。ギーゴンはその体から強烈な不快音を発して敵を攻撃することができる。これはウルトラマンAさえもまいらせてしまうほど強烈で、しかも音だから逃げ場がない。

 宇宙人は平気な顔をしているが、ジルも耳を押さえてのたうち回り、周辺の森でも動物たちが苦しんで暴れ、ラグドリアン湖では魚が浮き上がっている。

「サ、サイレントを……い、いえ」

 額に汗をにじませながら、耐えきれなくなったタバサは音を遮断するサイレントの魔法を唱えようとした。しかし、そうしたらせっかく作ったブレイドも消えてしまうと逡巡した一瞬が命取りになった。タバサに比べて苦痛に耐性のないシルフィードが耐えきれずに墜落し始めてしまったのだ。

「きゅいぃぃーっ!」

「っ!」

 相手が音ではいくら韻竜の体が頑丈でも意味がない。シルフィードはパニックのままきりもみ墜落に陥ってしまい、タバサが風の魔法で立て直そうにも遠心力で肺が圧迫されて呪文が唱えられなかった。

 タバサの眼に、落ちる先で手を振り上げているギーゴンの姿が一瞬見えた。だめだ、避ける手段はない。わたしが焦って警戒を怠ったばかりに……シルフィード、ジル、ごめん。

 

 だが、そのときだった。突然、空のかなたから青く輝く光弾が飛来し、ギーゴンに炸裂して吹き飛ばしたのだ。

 

『リキデイター!』

 

 ギーゴンは弾き飛ばされ、不快音が途切れたことと爆発の爆風でシルフィードはかろうじて体勢を立て直した。

 そして、宇宙人は空の一角を見つめ、つまらなさそうにつぶやいた。

「やれやれ、やっと来ましたか。まったく、今回は大サービスの大サービスですよ、お姫様」

 かなたの空から流星のように飛来する青い閃光。彼は土煙をあげて降り立つと、間髪入れずによろめくギーゴンへ向けて光の剣を一閃した。

『アグルセイバー!』

 横一文字の斬撃がギーゴンの体の弦をすべて切り落とした。

 最大の弱点を突かれ、ギーゴンは悲鳴をあげてのたうった。そして、そのギーゴンを冷たく見据える青い巨人の姿を見下ろし、タバサは憮然と小さな唇を動かした。

「ウルトラマンアグル……」

 青い光の巨人、ウルトラマンアグル。彼が間一髪のところでタバサを救ったのだ。

 アグルは悠然と立ち、日の光が彼の青い体と黒いラインを照らし出し、胸のライフゲージが陽光を反射してクリスタルのように輝いている。

 しかし、なぜアグルがここに現れたのか? タバサはすぐにその理由を悟った。あの宇宙人が知らせた以外にあり得ない。

「言ったでしょう、今あなたに死なれると面倒なんですよ。 約束通り、私は手を出してませんから文句は言いっこなしですよ。ま、私がウルトラマンさんに頼ること自体、ひどい屈辱ですけどねえ」

 彼のひどく不愉快そうな態度の理由をタバサは知らなかったが、そうされなければ助からなかったことを自覚して抗議はできなかった。

 ギーゴンは力の源である弦を断ち切られ、もう立っているだけでやっとなくらい消耗していた。悪あがきに金縛り光線を撃ってきたが、アグルのボディバリアーに軽々とはじき返されてしまう。

 大勢は決した。アグルは両腕を胸のライフゲージに水平に合わせ、開いた両腕を回転させながら渦を巻くエネルギー球を作り出して投げつけた!

『フォトンスクリュー!』

 巨大な青い光球はギーゴンの胴を直撃し、そのままドリルが木板を貫くようにして反対側にまで貫通した。ギーゴンは腹に大きな風穴を空けられ、棒立ちのままついに沈黙したのだった。

 勝負あり……タバサは、久しぶりに見るアグルの力を驚嘆しながら見つめていた。タバサと、そしてジルの心に、あのファンガスの森での記憶が蘇ってくる。

 あの時も、そして今も、あなたに助けられた。アグルがいなければジルはあの日にファンガスの森で死んでいただろうし、タバサも今日ここで倒れていたかもしれない。

「ありがとう……」

 タバサは感謝と謝罪をこめてつぶやいた。そしてジルは、今自分の中に蘇ってきた記憶がなんであるかに戸惑ったが、心にかけられた蓋にひびが入ったように、シルフィードに乗るタバサを見上げてひとつの名前を口ずさんでいた。

「シャルロット……」

 どんなに封じられても、心の奥に刻まれた本当に大切なものは消せない。タバサは風の系統としての耳の良さでジルのつぶやきを聞き取り、覚えていてくれたことに目じりを熱くした。

 だが、これで終わったとタバサも思った、そのときであった。なんと、体に風穴を空けられて死んだと思われていたギーゴンが、ジルのつぶやいた名前に反応したかのように再び動き始めたのだ。

 

「シャ、ル、ロット……」

 

 タバサの名前がギーゴンから響き、タバサは愕然とした。同時にアグルやシルフィード、ジルも驚愕してギーゴンを凝視した。

 まさか、体に大穴を空けられたあの状態で生きていられるわけがない。アグルは構えを取り、ギーゴンの逆襲に備える。

 だがギーゴンは不思議なことにアグルには見向きもせず、タバサのほうを見上げると、今度は不協和音ではなく、美しい音色の音楽を奏でてきたのだ。

「この音楽は……?」

「とっても、優しい響きなのね」

 ジルとシルフィードは、美しい音楽の調べにうっとりとして聞き入った。今度は魂を吸われるようなことはない。本当にただの美しい音色の音楽だ。

 しかし、それを聞くタバサの心には、今まで感じたことがないほどの激しい怒りが湧き上がってきていた。

「やめて……あなたから、あなたからお父様の音楽を聴きたくない!」

 それはなんと、タバサが幼いころにオルレアン公からよく聞かされていた音楽そのものだったのだ。

 冷徹な戦士の中に隠された、タバサの激情の心が抑えようもなく首をもたげてくる。父と母との懐かしい思い出の日々を土足で汚されるような怒り。

 この音楽は父が作曲した、父しか演奏できないもの。そう、あの日もイーヴァルディの勇者の物語を、このメロディーで締めくくってくれた。

 

 

”イーヴァルディの放った光の一刀で、闇のドラゴンは苦しみながら倒れました。しかし、ドラゴンはそれでもまだ死なず、再びサリィの母の声を騙って語り掛けてきたのです”

 

「サリィ、サリィ助けておくれ、サリィ」

 

「お、お母さん……!」

 

「そうだよ。お前のお母さんだよ。悪い奴らがお母さんをいじめるんだよ。助けておくれサリィ。お前がたった一言、「お母さんを助けたい」と言ってくれるだけでいいんだ。そうしたらお母さんは悪い奴らをやっつけて、サリィとずっといっしょにいてあげるからね」

 

”ドラゴンは甘いささやきでサリィを誘惑します。しかし、そのささやきに隠された恐ろしい企みを知ったキャッツァが叫びました”

 

「いけない! そいつの言うことを聞いちゃだめ。それは魂をそいつに捧げる悪魔の契約だよ! 答えたらサリィは死んでしまう」

 

”そうです。ドラゴンはサリィの魂を奪って蘇ろうとしていたのです。なんという卑劣なことでしょうか。マミがサリィを抱きしめながら叫びます”

 

「サリィ、だまされちゃダメ! あれはサリィのお母さんなんかじゃない!」

 

”けれどドラゴンもさらに甘い声でサリィにささやきました”

 

「サリィ、サリィ、だまされてはいけませんよ。お母さんの声を忘れたのですか。お母さんと、ずっといっしょにいたくないのですか? いっしょにいたら、サリィの好きなものをなんでも作ってあげますよ。だから、助けてサリィ」

 

「お母さん、お母さん……わからない、わたしは、わたしはどうしたらいいの?」

 

”目を奪われたサリィは、誰を信じればいいのかわからずに迷いました。お母さんといっしょにいたい、けれどマミのことも信じたいのです”

 

”すると、イーヴァルディがサリィに静かに語りかけました”

 

「サリィ、信じるものは君自身が決めないといけない。見えるものじゃなくて、君自身の心の中に答えを出すんだ。君の思い出の中のお母さんはどんな人だったかを思い出して……君はもう答えを知っているはずだよ」

 

”サリィの心に、優しかった母、どんなときでもかばってくれた母との思い出が蘇ってきます。そして、自分を力強く抱きしめてくれるマミの腕の温かさに勇気づけられて、サリィはついに決めました”

 

「お前なんか、お前なんか、お母さんじゃない!」

 

「なっ、なにぃぃぃ!」

 

”誘惑を振り切って真実にたどり着いたサリィは、ついにドラゴンの呪いに勝ったのです。サリィは、自分を苦しめ続けてきた残酷な運命に立ち向かい、自分の力で勝利したのでした”

 

”そうです。どんなに恐ろしくて強いドラゴンでも、たったひとりの小さな女の子の心を支配することはできませんでした。イーヴァルディはドラゴンに向かって言います”

 

「お前は、大きな間違いをしていた。どんなに欲深い人間を財宝で騙しても、サリィの心の中の思い出だけは汚せなかったんだ。お前は、サリィに負けたんだ」

 

「そんな、そんなはずがない! 人間なんて、うわべに騙されるバカな生き物なのに! ま、待て! 俺が悪かった。お前に本物の財宝をやろう、だから助けてくれ」

 

”イーヴァルディは剣を振り上げ、ドラゴンに向かって力いっぱい振り下ろしました”

 

 

 タバサの杖の先に、シルフィードも見たことがないほど大きな氷の槍が出来上がっていた。

 それはタバサの怒りの象徴。ギーゴンにとどめを刺そうするアグルを静止して、タバサはこれだけは譲れないとギーゴンを睨みつけていた。

「お前は、お前はお父様じゃない! わたしのお父様を汚さないで!」

 普段の冷静なタバサを知る者からすれば、信じられないほどのタバサの激情であった。

 タバサはギーゴンに向かって氷の槍『ジャベリン』を投げつけた。それはまるで物語の中のサリィと同じように、家族の思い出を汚そうとするものへの怒りを込めた魂の叫びだった。

 ジャベリンは、狙いを過たずにギーゴンの古傷に突き刺さる。それは幼い日のタバサがバイオリンを落として傷つけてしまったときのものだが、今度はタバサの意思によって傷口はうがたれた。

「お父様、ごめんなさい。約束は、守れなくなってしまいました」

 消え入るような詫びの言葉の後、ギーゴンから響いていた音楽が消えた。そして、ギーゴンの眼から光が消え、その姿が煙のように掻き消える。

 同時に、ギーゴンに取り込まれていた人々の魂が解放され、静かなメロディとなってしばしの間流れていった。

 

 

 戦いは終わった。オルレアン邸跡は再びただの廃墟に戻り、タバサは一人でその瓦礫の上に立ち尽くしていた。

「……」

 タバサは、足元から壊れたバイオリンを拾い上げた。それは弦が千切れ、大穴が空き、もうどうやっても修復はできないほど破壊されてしまっていた。

 それでも、タバサは超獣の魂から解放されて元に戻ったバイオリンを抱きしめながらつぶやいた。

「なぜ……お父様のバイオリンが、あんな怪物に?」

 それはタバサにとってどうしても納得できないことだった。なぜ、どうして、優しかった父との思い出がこんな形で踏みにじられねばならないのだ?

 誰かの差し金か? すると、タバサの後ろに浮いている宇宙人が不愛想に答えた。

「何度も言いますが、今回の件で私は無関係ですよ。ですが、この場所にはどうも怨念めいた何かの意思が強く残っていますね。それと、あなたの使い魔のあなたに会いたいという願いが合わさって、あの超獣を作り出しちゃったんじゃないでしょうか」

 怨念? そんな馬鹿なとタバサは思った。国中の誰からも慕われていた父と母に限って、そんなことはありえない。

 だが、瓦礫を見下ろすタバサの眼に、ちょうどギーゴンになったバイオリンが出てきた場所の下に不自然な穴が開いているのが映ってきた。 

 これは……地下への階段? 魔法で瓦礫をどかしたタバサは、地下へと続く階段があるのを発見した。

「これは、何? こんな場所、わたしは知らない」

 タバサは動揺していた。自分の屋敷に、こんな地下への入り口があるなんて知らなかった。しかも、ここはかつて父の寝室があった場所だ。

 まさか……。

 地下への階段を降りていったタバサは、そこに小さな地下室があるのを見つけた。

 これは……書斎?

 そこは、いくつかの本棚と机があるだけの小さな書斎であった。地下にあったおかげで、屋敷が炎上したときも無事に残ったのだろう。

 書斎を調べたタバサは、ここがかなり長く使われ続けていたことを知った。部屋に残っていた道具はいずれも使い込まれており、いずれも父が生前愛用していたのと同じものだ。

 これは、父の秘密の書斎だとタバサは理解した。貴族が秘密や安全のために屋敷に秘密部屋を作ることは別に珍しくはない。

 でも、お父様はここでいったい何を? タバサはふと、机の上に置かれた分厚い本に気が付いた。

「これ、帳簿?」

 名前と数字がびっしりと書き込んである。文字は間違いなくオルレアン公のものだ。だがいったい何のための?

 タバサはページを読み進める。知っている貴族の名前が次々に出てくる。名前の横には日付と、別の桁数の大きな数字の羅列。そしてときおり書き込まれている注略。

 これは……まさか。タバサの脳裏に恐ろしい可能性が浮かび上がってくる。そんなことがあるはずがない、父に限ってそんなことは。けれど、タバサの冷静な部分が仮説を有力に補完する。オルレアン公は、その人望でガリアに大きな派閥を築いていた。しかし、本当に人望だけで多くの貴族をまとめあげていたのだろうか。

 眩暈と吐き気に襲われて、タバサは床にうずくまった。

 

 そして十数分後。タバサは二冊の本を抱えて地下室から上がってきた。

 地上には、ウルトラマンアグル、藤宮博也が待っていて、彼は短くタバサに尋ねた。

「まだ、お前の決着はつけられないのか?」

「もう少し、時間が欲しい。迷惑をかけてることは、悪いと思ってる」

 藤宮とタバサは、無駄な言葉はいらないという風に語り合った。タバサは藤宮に背を向けて宇宙人のほうに歩いていき、藤宮が宇宙人を睨みつけると、宇宙人はおどけた様子で言った。

「そんな怖い顔しないでくださいよ。私はこの世界に侵略の意思なんかないって言ってるでしょう? それに、私が今死んだらこの世界はどうなってしまうと思います?」

 少なくとも、”今”は戦うべきときではない。藤宮はぐっとこらえた。今は、タバサの安否がわかっただけでよしとするしかない。彼は去ろうとするタバサに、もう一度話しかけた。

「我夢も心配している。早く顔を見せてやれ」

「もう少し、待って欲しいと伝えてほしい。それと、わたしは元気だから、心配しないでほしいとも」

「伝えておこう。どのみち俺には、帰って来いと言うような資格はない。どうしても自分の手でけじめをつけなければいけないことがあることもな。だが、お前の背負おうとしているものは重いぞ」

「覚悟している。これは、ガリア王家に生まれたわたしの果たすべき責任……誰の力を借りたとしても、最後のけじめだけはわたしとジョゼフで果たさなければいけない。だからもう少しだけ、時間をもらいたい」

「わかった……それと、お前の使い魔と、あの女はどうする?」

 藤宮の見る先には、ギーゴンとの戦いが終わった後に気を失ってしまったジルとシルフィードが眠っている姿があった。

 タバサは悲し気な目をすると、すまなそうに藤宮に言った。

「ふたりは連れて行けない、これは半分はわたしのわがままだから。それに二人は、これまで十分以上に助けてくれた。偽りの平和とはいえ、少しでも休んでいてもらいたい」

 タバサはそう言うと、ジルのたもとに一冊の本を置いた。それはイーヴァルディの勇者の別の本で、サリィの物語の最後までを書いてある。

「ジル、シルフィードに読んであげて」

 身勝手な願いだとはわかっている。けれど、信頼してくれている者たちに背を向けてでも行かねばならないほど、ガリア王家が積み重ねてきた業というものは深かった。

 世間の人々はガリアの混乱はジョゼフの野心によるものと思っているが、実際はそんな単純なものではない。正義と悪で区切れるようなものでもない。

 タバサは、もう一度藤宮に振り返って言った。

「今日は助けてくれてありがとう。けど、もうわたしを探すのはやめてとみんなに伝えて。そうしなくても、そう遠くないうちにあなたたちの力を借りることになるから」

「難しいことになるぞ。どうやって収めるのか、その考えはあるのか?」

「わたしもガリア王家の者。必要とされるなら、その覚悟はできてる。けど、もう少し準備も必要。心配しないで。あなたとガムと、あの人たちから教わったことは、決して忘れないから」

「……こっちからもひとつ伝言だ。あの連中から、「落ち着いたら茶でも飲みに来い」「魔法もいいが体を鍛えることを忘れるな」「ハルケギニアで流行ってる音楽を教えてくれ」とのことだ。返事はあるか?」

「……「今度は家族を連れて会いに行く」と、伝えておいて」

 タバサは胸につけたワッペンを握り、藤宮に顔を見せたくないというふうに踵を返した。その先には、宇宙人が待ちくたびれたという風に待っていた。

「ようやく終わりですか? では帰りましょうか。おっと、その前にいいお知らせがひとつ。あなたの見つけたさっきの地下室ですが、ちょっと古いですけど純度の高い”渇望”のマイナスエネルギーが溜め込まれてました。これで、目的に大きく前進ですよ。どうやらよほど強い虚栄心の持ち主が……おや、何かご不満でも?」

「早く、行って」

 

 そしてタバサは、宇宙人に連れられて、またハルケギニアのいずこかへ消えていった。

 

 しかしタバサは、このまま成り行きを時間に任せることはもうできなかった。

 持ち帰った一冊の帳簿。それには、自分も知らなかったガリアのもう一つの顔が記されていた。

 これを確かめることは、恐らく自分にとって最大の苦痛を自ら招くことになるだろう。しかし、ガリアの積み重ねてきた歪みは、いつか誰かが正さなければ死んでいった人々が浮かばれない。

 この世に残っているガリアの王族は四人。そのうち母はもう一線に出てくることはないであろうから、自分とジョゼフ、そして現在は行方知れずの彼女。

 できれば、自分とジョゼフだけですべてを片付けてしまおうと思っていた。しかし、こうなれば彼女の手も借りなければならないかもしれない。

 

 

 タバサは空を見上げ、イーヴァルディの勇者の最後の部分を思い出した。

 

 

”キャッツァの魔法で、イーヴァルディたちはサリィの屋敷の前の花畑に転送されてきました”

 

”大きな地響きが鳴り、イーヴァルディたちが振り向くと、サリィの屋敷が音を立てて崩れていくのが見えました。迷宮の主であったドラゴンが倒れ、迷宮もその上に建っていた屋敷ごと崩壊したのです”

 

「これで、人食いラビリンスの犠牲になる人は、もう二度と現れることはないわ」

 

”キャッツァがぽつりとつぶやきました。イーヴァルディたちの活躍で、またひとつ、この世の悪が滅んだのです”

 

”サリィの目も、キャッツァが念入りに施した回復の魔法で再び見えるようになりました”

 

”そして、とうとうイーヴァルディたちの旅立ちの時がやってきたのです”

 

「イーヴァルディさん、本当に行ってしまうの? あたし、あたし……」

 

”サリィは泣きそうな声でイーヴァルディを引き止めようとしました。けれど、イーヴァルディたちはいつまでもここにいるわけにはいきません。この世のどこかで、イーヴァルディたちの助けを待っている人がまだいっぱいいるのです”

 

”ですが、寂しそうなサリィにマミが言いました”

 

「サリィ! 言っちゃいなよ。言いたいことがあるなら、言っちゃえばいいんだよ。でなきゃ、あのとき言っておけばよかったって、ずっと後悔していくことになるんだよ」

 

「マミ、でも、でも、あたしは」

 

「しーんぱいしないで。あたいたちは、みんなサリィの味方だから。みんな待ってるんだよ。さ、あとはサリィが勇気を出して、ね」

 

”励ましてくれるマミに、サリィはついに勇気をふりしぼって言いました”

 

「イーヴァルディさん! あ、あたしを……あたしを旅に連れて行ってください」

 

「うん、喜んで。サリィ」

 

”にこりと微笑んで答えたイーヴァルディの優しい瞳に、サリィは目から熱いものを流しながら喜びました”

 

「イ、イーヴァルディさん……あ、ありがとう。でも、あたしなんかマミやキャッツァさんみたいなすごいことはなんにもできないのに、本当にいいんですか?」

 

「僕は、何かができるからマミたちを仲間にしていったんじゃない。ただ、いっしょに行きたいと思ったから仲間になったんだ。僕らは最初から強かったわけじゃない。僕だって最初はコボルトに負けるくらい弱かったし、マミなんて最初は話もできなかったんだ。な、マミ?」

 

「うん。あたい、狼に育てられたから人間のことなにもわからなかったんだ。けど、かあちゃんが死んでひとりでさまよってたあたいをイーヴァルディが拾ってくれて、言葉を教えてくれたんだ。だから、あたいはサリィのサミシイもカナシイもわかる。行こうサリィ、あたいたちと冒険の旅へさ」

 

「うん、マミ……ありがとう。みなさん、よろしくお願いします」

 

「ああ、サリィ。今日から君は、僕たちの仲間だ!」

 

”こうして、イーヴァルディの一行に新しい七人目の仲間が加わったのです”

 

”朝日の中、旅立つ一行を次に待つ冒険はいったいどんなものなのでしょう。どんな恐ろしい魔物や、険しい山や谷が待っているのでしょう”

 

”けれど、イーヴァルディたちは決してへこたれません。どんな苦難も、それを乗り越えたときにはイーヴァルディたちは一回り強くなっているのです。そして何より、苦難も喜びも分け合う仲間がいるのですから、彼らの冒険は終わりません”

 

”勇者と呼ばれるイーヴァルディは、これからも数多くの冒険に立ち向かい、多くの仲間を得ていきます。その中でも、世界最強の武闘家マミ、大魔法使いキャッツァ、無双戦士ボロジノ、義賊カメロン、百星シェフのマロニーコフ”

 

”そして、後に大賢者と呼ばれるサリィ。彼らの冒険の物語は、またいつの日か語ることにしましょう”

 

”けれど、忘れないでください。この世に光がある限り、闇もまたどこかにあります。もしあなたが恐ろしい魔物に襲われてピンチになったら、イーヴァルディたちのように勇気を持って立ち向かってください”

 

”魔物は弱い心を食べようと狙ってきます。けれど、勇気や愛は食べられません。苦しくても生きていれば、きっといいことがありますよ。そうしたら、あなたを助けにイーヴァルディは必ずやってきてくれるでしょう”

 

”fin”

 

 

 それはきっと、誰かが創作したフィクション。けれどタバサは、その物語の中のイーヴァルディやサリィたちに惹かれ、幼い日に夢の中で遊んだ。

 人はいずれ大人になる。けれど、子供の頃に見た夢は心のどこかに残っている。

 タバサは思う。幼いころ、自分はイーヴァルディに助けられるサリィになりたかった。けれど、サリィはただ助けられたわけではない。ドラゴンの誘惑を拒絶し、呪いを跳ね返す勇気を持てたからこそ救われることができたのだ。

 今ならわかる。どんなにイーヴァルディが強くても、サリィ自身が勇気を持てなければ助かることはできなかった。なによりもまず、自分で自分を助けようとしない者が救われることなどあるわけがない。

 けれど、現実は時としてフィクションよりも残酷だ。サリィは思い出の中の母を信じて救われたが、自分は……。

 それでも、やらなければならない。どんなに辛い真実が待っているとしても、今を生きる者にとって知ることこそが生きることなのだから。

「お父様……」

 タバサは雑念を払い、思案を巡らせ始めた。ガリアのすべてに終止符が打たれる日、それはきっと遠い日ではないだろう。

 

 

 続く


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