ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第74話  水精霊騎士隊、暁に死す

 第74話

 水精霊騎士隊、暁に死す

  

 宇宙怪獣 エレキング 登場!

 

 

 突然、ド・オルニエールに湧いた温泉を使って『裸の付き合い』を目当てに温泉浴場を作った才人と水精霊騎士隊の少年たち。

 血と汗と涙の努力は報われ、完成した温泉欲情もとい温泉浴場には学院の女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちらの多くの招待客が訪れた。

 しかし、噂を聞きつけてアンリエッタ女王陛下までがお忍びでやってきてしまった。

 波乱……いや、嵐がド・オルニエールに訪れようとしている。これから始まる、男たちの全てをかけた大決戦。湯煙の先に待つのは天国か、それとも地獄か。

 

 

 温泉浴場が完成した翌日。運命のその日は真っ青な晴れで風もおだやか。空には小鳥たちが舞い、平和と幸せを謳歌していた。

 トリステインのあちこちから招待されてきた女の子たちも温泉につかり、美容と健康に良いとされる湯の温かさを満喫しながら周りと語り合い、裸の付き合いを楽しんでいる……一部の邪悪な意思を持つ者たちを除いて。

「聞こえる、温泉の流れる音が。キャッキャウフフと湯気とたわむれる女の子の声が……この先には、人類の理想郷。究極のアルカディアが広がっている。しかし、それをたった薄布一枚に邪魔されなければならないとはぁぁぁっ!」

 ド・オルニエールの空にギーシュの叫びがこだました。

 彼らの前には、彼らが必死の思いで完成させた温泉浴場と、その温泉を覆い隠して高々とそびえる天幕の壁がそびえたっていた。浴場の中にいる女の子たちの姿は隠されて見えず、響いてくる声だけが男たちをやきもきさせている。

 もちろん、これはただの天幕ではない。『錬金』の魔法でも破れないほど『固定化』の魔法をがっちりとかけて、探知の魔法もかけられている恐ろしい魔法の天幕なのだ。

 天幕の前では才人や水精霊騎士隊が呆然とするか、あるいは憤慨して立ち尽くしている。

 

 だが、どうしてこんなのけもの扱いをされているのだろうか? 説明はいらないかもしれないが、少し前にこんなことがあった。

 新装開店したド・オルニエール公衆浴場(仮)の記念すべき最初の客として招かれてきた女の子たちを前にして、ギーシュたち水精霊騎士隊があいさつをおこなっていたときのこと。

「えーっ、みなさん。本日は、お忙しい中はるばるやってきていただき感謝いたします。ここで感謝の言葉の百もあなたがたに捧げたいところですが、余計な時間を使うなとみんなに言われてるので、ありがとうと述べるにとどまらせていただきます。温泉の効能や入浴のマナーについては、先にお渡しした冊子に書いてありますので、そちらを参考にしてください。なにかご質問はありますか?」

 ここまでは特に問題なく進んだ。ギーシュとしては、もっとしゃべりたいことは山のようにあったが、打ち合わせで「それはいらない」と満場一致で決められたので仕方がない。

 問題は、質問を受け付けたときにルイズが手を挙げたことに対する回答だった。

「浴場は全部解放式みたいだけど、男女の区別はどうするの?」

 この質問はもっともだった。本当なら同じ作りの浴場をもうひとつ作って男女別にするべきだが、そこまで作る余裕がなかった以上は方法は二つしかない。

 しかし、二つのうちの一つは、いくら才人やギーシュでも「それを言い出すのはまずい」とわかっていた。そこで才人らは、時間差制にして、まずは女子が入って次に男子が入るというのを考えていた。

 これなら、女子に変なことを言われる心配はないし、男子は番頭や売り子として「合法的」に湯上りの女の子たちと身近に接することができる。そしてそれを足掛かりにして、もっと大胆に……という計画だった。

 もちろん、ギーシュもそう答えるつもりだったのだが。

「そこは男女の時間を……」

「混浴に決まってるじゃないか!」

 その瞬間、「え゛っ?」と、空気が固まった。

 誰だ! みんな思っていても、それだけは言ってはいけないことを言ってしまった大馬鹿者は! 

 声の主を探して、ギーシュたちの視線はひとりのふとっちょの少年に向けられた。どうやら我慢に我慢を重ねてきた結果、リピドーが限界に達していたらしいが、慌ててそいつの口を押さえたときには女子の目つきは鬼のようなものに変わっていた。

「へぇー、やっぱりそうだったの。あんたたちが単なる親切でこんなことするわけないと思ってたけど、そういうことだったのね」

「いっ! ち、違うよこれは。ぼくたちはそんなことは全然まったく」

 しかしすでにルイズや女子生徒たちの目はゴミを見下すように冷酷になっており、ティファニアさえも汚いものを見るような目をしている。

 もはや言い逃れは不可能だった。助平な男を見慣れているジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちはともかくとして、ほかのほぼ全員が怒りに燃えた眼差しになっており、彼女たちは大声で男子全員に怒鳴りつけた。

「出て行きなさい!」

 逆らえば魔法で消し炭にされる剣幕に、男子たちは一目散に逃げだした。

 そして、浴場の周りには銃士隊の手によって魔法の天幕が張り巡らされて視界がふさがれ、完全に男子はシャットアウトされてしまったのだ。というか、なんでこんなものを用意していたのか? それはもちろん、あの人の差し金である。

「うふふ、殿方が集まればこういうことになるだろうと思ってアニエスに用意させておいて正解でした」

「私、女王陛下にだけは生涯逆らわないようにいたします」

 底知れなさというか腹黒さの度合いを上げていくアンリエッタに、アニエスは怒らせたら何をされるかわからないというふうな恐怖すら覚え始めていた。

 しかし、眺めは多少悪くなったが浴場は完全に隠され、男子禁制の聖域が出来上がってしまった。女の子たちはさっそく服を脱いで浴場へ向かい、それぞれ思い思いに温泉を楽しみ始めた。

 適度な熱さの湯が体に染みわたり、何とも言えない心地よさが全身を巡ってくる。それは香水の入った学院の大浴場など比較にならない気持ちよさで、青々と晴れた空を見上げられる解放感もあって最高の幸せを彼女たちに提供してくれた。

「ふあぁ……なにこれ、きっもちいい」

「体がとろけるみたい。天国だわぁ」

 まずはジェシカたち魅惑の妖精亭の女の子たちが惚けたようにどっぷり湯につかっていた。彼女たちは普段は平民用の粗末な風呂にしか入ったことはなかったので、物おじしない性格の子たちばかりなのもあって、広さとたっぷりの湯のある温泉に真っ先に飛び込んだのだ。

 その気持ちよさは文字通り想像以上。そして彼女たちの気持ちよさそうな様子を見て、温泉というものにいざとなるとおっかなびっくりだったベアトリスたちも次々と入っていった。

「はーぁ……」

「ああぁ……ん」

 煽情的な声も混じって、湯につかる女の子たちは初めてのその快感を存分にかみしめていた。

 男たちは天幕の外側から、歯を食いしばって漏れ聞こえてくる音と声を聞くばかりである。

「く、ぐっぞぉぉ、本当ならあのそばにいるのはぼくたちのはずだったのにぃ」

「隊長、この裏切り者はいかがいたしましょうか! もうすでに全員でボコボコにして虫の息ですがまだ生きております!」

「簀巻きにして川にでもドボンしたまえ。おのれぇぇぇ! ぼくらの血と汗と涙だってのにぃぃぃ」

 あまりの悔しさにいつもの気取ったセリフも崩れてしまっているが、ギーシュの血涙に全員が同感であった。才人もギムリもレイナールも、ほかの水精霊騎士隊隊員全員も、ただひたすら「裸の付き合い」を夢見て頑張ってきたのに、それが水の泡と化して納得できるはずもない。

 しかし、いまさら弁解しに行ったところで相手にされるはずもなく、彼らはそこで指をくわえて見ているしかできなかった。

 

 そうしているうちにも、温泉の中ではこれまで面識のなかった子たちも親睦を深め合っている。

 大浴場には大勢の子たちが湯につかり、何人かは「泳いではいけません」のマナーを無視して怒られている。それだけ大浴場は広かったのだが、そんな一角でルイズやアンリエッタ、ベアトリスやルビアナらの王家&金持ちズが並んで話していた。

「じょ、女王陛下におかれましては、こ、このようなところで恐悦至極にございまして」

「ミス・クルデンホルフ、そんなかしこまらないでください。聞くところによると、裸の付き合いでは皆が平等だそうではありませんか。気にせず学院のクラスメイトだと思って話してください。ルイズもそうしてくれていますわ」

「は、はあ、しかし臣下といたしましては、その」

 さしものベアトリスも女王陛下の前では恐縮してしまっていた。クルデンホルフ家がいくら大金持ちだといっても、立場的にはトリステインに仕える一貴族に過ぎない。

 ベアトリスとしては、ド・オルニエールに女王陛下もお忍びで来ていると知って驚いたものの、この機会にあいさつして顔を売り込むところから始めようくらいに思っていた。が、いきなり「あなたはクルデンホルフ家のベアトリス姫でしたわね、あなたのお父上にはいつもお世話になっておりますわ」と、友人のように親し気に話しかけられて、すっかりペースを乱されてしまっていた。

 どう答えれば無礼に当たらないんだろうかと、格上の相手に対する経験が乏しいので目をグルグルさせながら混乱しているベアトリス。いつものツインテールも解いて髪を流しながらうろたえている様は可愛らしいくらいであったが、さすがに見かねたルイズが助け舟を出してきた。

「女王陛下、あなたももう子供ではないのですから少しはつつしんでくださいませ。と、いつもなら申し上げるところですが、言ってもどうせ聞きませんわよね。ベアトリス、この人は女王やってるときとプライベートでは別人だと思ったほうがいいわよ。まだ何を企んでるかわかったものじゃないんだから」

「は、はぁ……」

「まあルイズったら、わたくしが願っているのは常に愛と平和だけですわよ。うふふふ」

 アンリエッタは親し気に謎めいた笑顔を浮かべるだけで、何を考えているかわからない。けれどベアトリスは、貴族としての格差からいまひとつ避けてきたルイズが意外にも優しく助けてくれたことに感謝を覚えていた。

「あ、あの、ヴァリエール先輩」

「堅苦しくしないでいいわよ。この女王陛下はね、幼いころはそれはもう手に負えない悪童だったんだから。遊び相手をつとめさせていただいたわたしもどれだけ大変だったことか。ねえ陛下?」

「あらルイズ。無垢で純粋だったわたしに数えきれないほど悪い遊びを教えてくれたのはあなたではありませんか。なんなら、今ここで勝負の続きを始めましょうか? 今日まででわたくしの二十九勝二十四敗一分けでしたわね」

「いいえ陛下、わたしの二十七勝二十五敗二分けです!」

「ウフフフ」

「フフフフ」

「あ、あのぅ、陛下? ヴァリエール先輩?」

 なにやら身内同士のバトルが勝手に始まってしまって、部外者のベアトリスはあっさり蚊帳の外にされてしまった。すごく居心地が悪いが、こういうときに限ってエーコたちもティアたちもどこかに行ってしまって頼りにできない。

 誰か助けてー。勝手に移動するわけにもいかずに困り果ててしまったベアトリスに、今度こそ助け船を出してくれたのは隣で見守っていたルビアナだった。

「まあまあ、女王陛下は普段気を張られているから、たまには発散したいんですわよ。ミス・クルデンホルフにも覚えがあるでしょう?」

「はい……あの、ミス・ルビティア様」

「ルビアナでけっこうですわ。いいものですわね、お友達って。身分に関係なく、会えばそれだけで本音で語り合えて。わたくしも、国では傅かれたり、立場を頼られたりすることはあっても対等に語り合える人は少ないですわ。ベアトリスさん、よければ私と友人となってくださいませんか?」

 そう微笑んだルビアナの温和な姿勢は、身構えていたベアトリスの心を溶かしていった。

 同じ成り上がりの金持ちとはいえ、トリステインの金持ちとゲルマニアの金持ちとでは次元が違う。しかしルビアナは上から見下す様子はまったくなく、より成熟した大人の包容力は、母か姉のようでさえあった。

「はい、ルビアナさん。わ、わたしなどでよければ、お、お友達に」

「ええ、こちらこそよろくお願いします。あら? そういえばベアトリスさんって傍で見ると小さくてかわいいわね……うふふふ」

「え? あの、ルビアナさん」

 ベアトリスはずずいっと寄ってくるルビアナに、本能的に震えを感じた。なにか急に雰囲気が変わったけど、ま、まさか。

「わたくし、お友達もほしかったですけど、実は妹もほしかったんです。ねえ、もっと近くに寄ってもいいかしら?」

「え、ちょ、あーっ!」

 逃げる間もなくルビアナはベアトリスをぬいぐるみのように抱きしめてしまった。ぎゅぎゅーっ、と、豊満なバストがベアトリスの顔を包み込んでしまう。

「う、うぷっ、お、おぼれるぅ!?」

 キュルケくらいはゆうにあるルビアナのバストは小柄なベアトリスを飲み込んでしまうにはじゅうぶんなボリュームがあった。ベアトリスが溺れかけているのを見て慌てて離してくれたものの、ベアトリスはスレンダーな自分とは大違いな大人のボディを間近で見せつけられてしまって、すっかり自信を喪失してしまった。

「うぅ、あ、あれには、か、勝てない」

 クルデンホルフの名にかけて、どんな壁でも乗り越えてやろうと心に決めていたが、今のベアトリスの前に立ちはだかる壁、いや巨峰はあまりにも美麗で高すぎた。

 一方で、隣で繰り広げられているルイズとアンリエッタのバトルも佳境を迎えていた。さすがに人の目があるので取っ組み合いのけんかには至っていないが、舌戦ではすさまじい殺気が飛び交っている。

「こ、この牛みたいな乳だけの腹黒女王!」

「なにか言ったかしら? ナイ乳のルイズ」

 しかしやはり体形の勝負ではルイズが圧倒的に不利であった。たとえるならハンペンとプリン、ししゃもとクジラ、シャボン玉と太陽。

 結局ルイズは言い負かされてしまい、隣で黄昏ていたベアトリスと無言のシンパシーを感じて手を取り合った。

「ベアトリス」

「ヴァリエール先輩」

「わたしたちは同志よ!」

「はい、あんな脂肪の塊なんかに負けません。いっしょに戦いましょう!」

 人はひとりでは絶望に立ち向かえない。共に立ち向かう仲間を得て、ふたりの間に固い友情の架け橋がつながったのだった。

 もっとも、持てる者であるアンリエッタやルビアナと、持たざる者であるルイズやベアトリスとの差はあまりにも大きい。勝ち誇るアンリエッタと、そもそもライバル視されていることにさえ気づいていない様子のルビアナに対して、ふたりの絶望的すぎる戦いは始まったばかりだった。ルビアナの隣に浮かぶ幼体エレキングは、理解できないというふうにアンテナをくるくる回しながら首をかしげていた。

 

 とはいえ、浴場での裸の付き合いはそんな殺伐としたものばかりではない。

 別のところではアニエスとジェシカがのんびりと日々の疲れを癒していた。

「ふぅ……たまにはこういうところで羽を伸ばすのも悪くないな」

「隊長さんもそう思う? これいいわー。体が浮き上がって雲の中にいるみたい。はー、癒される」

 アニエスが温泉の湯で顔を流し、ジェシカの黒髪を汗が流れていく。

 働き者で大勢をまとめるリーダー同士でもあるふたりは仲良く日ごろの垢と汗を流し、互いの苦労話などを語り合っていた。

 

 また、別の場所では魔法学院の生徒たちが魅惑の妖精亭の女の子たちから美容と男を魅了する方法を伝授されたりしている。

 その一方で意外と苦労しているのが銃士隊だ。ティファニアの連れてきた孤児院の子供たちに物珍しさで懐かれてしまい、休むつもりが遊び相手にされてしまっていた。

「わーい、おねえちゃんこっちこっち!」

「めっ、おねえさんたちに迷惑かけちゃダメでしょ。すみません、皆さんせっかくのお休みなのに遊んでいただいてしまって」

「いーよいーよ、休むだけがお休みじゃないし。あっ! こーら、今あたしのお尻さわったでしょー! まてーっ」

 まだ男湯女湯の区別がない幼い子供たちには温泉も珍しい遊び場でしかなかった。頭を下げて詫びるティファニアを気にもせずに、子供たちは水遊びをしている。銃士隊の中でも人懐っこいサリュアたちが遊んでくれているけれど、ティファニアは申し訳なさでいっぱいであった。

「ほらみんな、遊ぶなら向こうの小さいお風呂に行きましょう。お姉ちゃんも遊んであげるからね」

 ティファニアは仕方なく大浴場を離れて、空いている隣の岩風呂に移った。こちらでなら、ほかの客に迷惑になることもない。けれど、子供たちのやんちゃは疲れ知らずだった。

「わーい! テファお姉ちゃんのとったわよー」

「キャーッ! わ、わたしのタオル返してーっ!」

 ティファニアが体に巻いていたタオルを奪った子供が走り去る。素っ裸にひんむかれたティファニアは慌てて追いかけるが、子供は湯船の中をスイスイと泳いでなかなか捕まらない。そんな様子を、引率で来ていたマチルダは湯船につかりながらのんびりと眺めて、あの子もまだまだ子供ねえと思っていた。

 いくら周りが女ばかりだといっても、全裸を知らない大勢に見られるのはやっぱりティファニアには恥ずかしかった。あっちこっちに逃げ回る子供を追いかけて、素っ裸で大きな胸を左右に揺らしながら駆け回るティファニアを見て、あちこちから笑い声があがる。

「もーっ、お願いだからタオル返してえー」

 しかも被害者はティファニアだけでは済まなかった。ティファニアへのいたずらで味を占めた他の子供たちが、銃士隊や女生徒たちのバスタオルも盗んでしまったのだ。

「わっ! こ、このわんぱくども、もう許さんぞ!」

「いゃーっ! み、見ないでくださいーっ!」

 怒鳴り声と嬌声の阿鼻叫喚。剥かれてしまった女の子たちが走り回り、騒ぎはどんどん大きくなっていった。

 

 

 そして、そんな生々しい声を大音量で聞かされ続けているのが、外の男どもである。

「お、女の子たちがタオルを剥かれてこの中で……く、くそぉ。こんな、たった布切れ一枚のためにぃぃぃ!」

 ギーシュが血涙すら流しそうなくらい悔しそうに叫んだ。

 むろん、水精霊騎士隊の他の全員も同じ気持ちに違いない。思春期ド真ん中で、異性の体に一番興味しんしんな時期の少年たちが、いつまでもこんな生殺しに耐えられるわけがなかった。

 とれる方法は二つ、声が聞こえなくなるところまで逃げるか。あるいは、己の全てを賭けて冒険に打って出るかである。そして、その口火をギムリが切った。

「うおぉぉぉ! もう我慢できない。ギーシュ隊長、我々はこのままでいいのですか! 我々の傷つけられた心を、このまま塩水につけ続けてよいのですか」

「ギムリ、君の気持ちは痛いほどわかる。しかし、我々にいったいどうすることができるというのかね」

「ギーシュ隊長、隊長ともあろう人がそんな弱音を吐いてどうするのですか! 隊長にはわかっているはずです。我々の傷つけられた心を、唯一癒せる劇場は目の前にあるということを」

 ギーシュの目が血走って見開かれた。

「君は、女子風呂を覗こうと言うのかね!」

 その言葉に、水精霊騎士隊全員が集まってくる。

「そ、そんなこと、許されると思っているのかね! き、君は貴族として恥かしく」

「レイナール、今さら取り繕うのはナシにしようぜ。お前は悔しくないのか? おれたちは何のために血反吐を吐きながら頑張ったんだ? それにおれたちはまだ何もしてないのに女子たちに追い出されて、お前は男としてこんな屈辱に黙ってられるのか! 我々には正当な対価を受け取る権利がある。お前は見たくないのか! この世の天国を、おれたちが作り上げたヴァルハラを」

「う、それは……あ、ああ! ぼくだって悔しいよ。ぼくだって、ぼくだって男だもの! 見たい、確かめたいんだよおぉぉぉぉ!」

 レイナールも溜め込んでいた欲求を吐き出し、そんな彼を仲間たちは温かく見つめた。

 ギーシュはギムリの熱弁と、レイナールの告白に感動し、二人の友の肩をしっかりと抱きしめた。

「ぼくは、迷っていた自分が恥ずかしい。答えは最初からあったんだ。男なら、その誇りをかけてヴァルハラを目指さねばならなかったんだ。行こう、友たちよ。我々の戦場へ」

 水精霊騎士隊の少年たちも、天を仰ぎ、感動に打ち震え、水精霊騎士隊万歳、ギーシュ隊長万歳と連呼する。

 言葉面は立派で流す涙は純粋だが、限りなく不純な動機の下で水精霊騎士隊はかつてない結束で繋がった。

 しかし、そんな中でただ一人反対意見を述べる者がいた。才人である。

「お、お前ら女子風呂を覗くだなんて。そ、そりゃ確かにだけど! そんなことしたらルイズも! お、おれはそんなこと許さないからな」

 才人も男として盛大に揺れていたが、好きな子の裸を他人には見せたくないという一心がギリギリのところで理性を支えていた。

 しかし、才人のそんな気持ちを見透かしたようにギーシュは言った。

「そうだなサイト、君のそんな純粋なところをぼくは友として誇らしく思うよ。ならば、ぼくらは杖にかけて誓おうじゃないか。ルイズは君だけのものだ。ぼくらはルイズを見ないし、見えても視線を逸らそう。それなら問題はあるまい?」

「う、だ、だけど覗きは犯罪だし」

「ほう? なんとも君らしくない立派な言葉だね。そう、裸の付き合いというものを教えてくれたのも君だったよねえ?」

 うぐっ、と痛いところを突かれて才人が反論できなくなったところでギーシュはさらに畳みかけた。

「裸の付き合い、素晴らしい言葉だ! 身分に関わらず裸では平等にという、愛と平和の究極系と言えるだろう。しかし才人、今ぼくらは理不尽に追い出されて、これのどこに愛と平和がある? 無実のぼくらを差別し、冷たいところへ追いやって自分たちだけ温かい温泉を満喫する女子たちに、君は腹が立たないのかい? 君は殴られたら殴られっぱなしの犬だったのかい!」

 その瞬間、犬という言葉が才人の中で眠っていたプライドを揺り起こした。

「そ、そうだ、ルイズの野郎、おれたちの言い分も聞かねえで一方的に悪者にしやがって。許せねえ、許せねえぞ!」

「そうだサイト。これは理不尽に対する正当な反抗であり、女たちの傲慢に対する懲罰なのだよ」

「ありがとうギーシュ、おれはまたキャンキャン言うだけの犬に戻っちまうところだった。吠えるんじゃなくて、行動で示さなきゃいけないんだ。やろうぜギーシュ、おれの親友!」

「サイト、ぼくも君と友となれたことを生涯の誇りと思うよ。これでもう、ぼくらに怖いものはなにもない」

 熱い絆が男たちを結び、最低な目的のもとで男たちは戦いの決意を胸にした。

 目標は女風呂。これを覗き見る! 男としてこれほど命をかけるに足る戦いがあろうか。

 

 しかし、決意したはいいが、天国は文字通り果てしなく遠かった。

「諸君、我々がヴァルハラに到達するためには、この魔法の天幕をなんとかして越えなくてはならない。これをどうするか、皆の意見を伺いたいのだが」

「ああ、確かにこいつが問題だな。一見するとただのテント布に見えるけど、高さ五メイルで温泉を完全に囲ってしまっている。唯一空いているのは空からだけだが、もし乗り越えようとしたものなら……」

 そのとき、浴場の上をたまたまカラスが通りかかったが、浴場の上空に入り込もうとした瞬間に天幕の支柱からビームが放たれ、不幸なカラスは焼き鳥となって彼らのもとにポトリと落ちてきた。

「このとおり、探知の魔法が働いて侵入者は自動的に処分されてしまうことになっている」

 あまりの容赦なさっぷりに、少年たちの背筋に震えが走った。

「ひでえな、おれたちを殺す気かよ」

「殺す気なんだよ」

 覗こうとする者は”死”あるのみという断固たる意思表示。それが焼き鳥となったカラスそのものだった。

 壁を乗り越えようという手段は自殺に他ならない。もちろん天幕自体も固定化がかけられていて簡単には穴が開けられないし、錬金をかけようとしたら探知の魔法にひっかかってビームの集中砲火を浴びる。

 そんな鉄壁の防衛線を目の前にして、才人は天幕の上を仰ぎながら「ベルリンの壁より厚いな……」と、悲し気につぶやいた。

 しかし、人間の作るものに絶対はない。必ずどこかに弱点があるはずだと、彼らは知恵を絞り合った。

「上がダメなら下からはどうだ? ギーシュの使い魔のモグラに穴を掘らせてさ」

「ダメだ。ここは温泉が湧いてるんだぞ? 地面の下は蒸し風呂みたいなもんだ、あっというまに熱さでまいっちまう」

「天幕に唯一切れ目があるのは脱衣場のある入り口だけだが、あそこにも見張りがいるから侵入は無理だ」

「くそ、打つ手なしかよ……いや、きっと何か手があるはずだ」

 才人は、もし自分が宇宙人ならどうやって警戒厳重な防衛軍の基地に忍び込むかと考えた。

 オーソドックスなのは人間に化ける方法。この場合は女装でもするか? 

「なあ、お前らの魔法で変装して潜り込めないのか?」

「フェイス・チェンジの魔法を使ってかい? いや、無理だね。誰に化けるにせよ、この中は風呂場でみんな裸だろう。体格で一発で男だとバレてしまうよ」

 ダメか。いや、この程度で音をあげては不屈のチャレンジ魂で人類に挑戦し続けてきた侵略者の方々に申し訳が立たない。まずはそのスピリットが大事なのだ。

「みんな! 知恵を絞れ。この向こうには裸の女子がぼくたちを待っているのだぞ」

「おおーっ!」

 男たちは再び絶望の淵から立ち上がった。目的のために全力で知恵を絞る彼らの姿は、不屈のチャレンジ魂を持って地球侵略にぶつかり続けてきた宇宙人たちにも賞賛を持って迎えられることは間違いあるまい。

 この手はどうだ? いや、こんな方法は? こんな方法を思いついたぞ!

 と、限界まで知恵を絞った彼らはいくつかの案を思いついた。しかし、その全部を吟味している時間はなかった。

「まずい、急がないと女の子たちが上がってきてしまうぞ。もうこうなったら、各自思いついた方法をそれぞれやってみるんだ。危険は大きいがどれかが成功する可能性もある」

 しかしそれは、仲間を捨て石にするかもしれない非情の策でもあった。だがそれでも才人やギーシュ、そして水精霊騎士隊の少年たちにためらいはなかった。

 このまま負け犬のまま終わるのは嫌だ。男として生まれてきた意味を果たすまでは死ねないという強い意思が彼らから死の恐怖を拭い去って、そして最後にギーシュが全員に向かって訓示した。

「諸君、君たちの健闘を隊長として心から祈る。ぼくはこの戦いを、天国へと至るニルヴァーナの戦役と名付けたい! 諸君に始祖ブリミルの加護あらんことを。みんな、ヴァルハラで会おう!」

「おうっ!」

 こうして、なんか不吉な予感がしてくる名前を立てて、男たちはそれぞれの作戦を決行しにバラバラに散っていった。果たして、彼らはどんな作戦を持って難攻不落の要塞に挑もうというのだろうか。

 

 

 そしてそれから十数分後、浴場の中ではまだ女子たちの戯れが続いていたが、そんな彼女たちに魔の手が迫っていた。

 

 その一、才人&ギムリ組。

 温泉の唯一の出入り口である脱衣場の入り口には、銃士隊員が二人立って見張りをしていたが、そこに才人とギムリがタンスくらいの大きさの箱を持ってやってきた。

「そこで止まれ。なんだお前たち、ここは男子立ち入り禁止だぞ」

「いや、ごめんなさい。実は取り付け忘れてたものがあって。これ、中にタオルが詰まってて浴場に据え付けるはずだったんだよ。使わないともったいないから入れておいてくれないかな」

「ふむ。なるほど……少し待ってろ、隊長に聞いてくる」

 そう言って銃士隊員がアニエスに許可を得るためにいったん浴場に入って戻ってくると、才人とギムリはいなくなっており、大きな箱だけがポツンと残っていた。

「あれ、サイト? もう帰ってしまったのか。仕方ない、こいつは私たちで入れておくか。おい、そっちを持ってくれ」

「ああ、よいしょっと。むっ! 意外と重いわねコレ」

 銃士隊二人に抱えられて、大きな箱は浴場の一角に設置された。

 箱はわかりやすくタンス型になっており、中に詰められたタオルを目当てにすぐに数人の女子がやってくる。

「助かるわね。あの子たち、結局タオル返してくれないんだもの」

「ふー、柔らかーい。あの男たちも少しは気が利くわねー」

 タオルBOXは好評で、女子たちは入れ替わり来てタオルで髪をまとめたり、体に巻いたりしていった。

 しかし、そんな湯上りの少女たちのあられもない姿を間近で堪能している目が四つあったのだ。

「ふ、ふぉーっ! 女の子たちの裸がこんな近くにーっ!」

「シーッ、しゃべるな。外に聞こえたらどうする!」

「ご、ごめん。だが、す、すばらしいよサイト。まさかこんな方法で浴場に潜入できるとは、おれはお前を神と仰ぎたいくらいだぜぇ」

 なんと、BOXの中に才人とギムリが潜んでいたのだ。このBOXは二重構造になっていて、引き出しの奥に人の隠れられるスペースが設けられている。これは才人のアイデアで、ふたりはこの中に潜んで警戒を突破したのだった。

「ふふふ、警戒が厳重なら相手に入れてもらえばいいだけのことだよ。これぞ必殺、安田くん大作戦だぜ!」

 才人は勝ち誇ったようにつぶやいた。BOXの中からのぞき穴ごしに外を見る二人の周りには桃源郷が広がっている。これには紳士を旨とするかの宇宙人も「恐ろしいほどの知略ですね」と賞賛を禁じ得ないことだろう。

 裸の女子たちが目の前を無邪気に歩き回っている。すばらしい、桃色と肌色の天国とはこのことだろう。

 しかし、二人の夢見心地は長くは続かなかった。

「さて、天国は存分に堪能したか? サイト」

「えっ?」

 突然の冷酷な声に、才人は冷や水をかけられたように凍り付いた。

 慌てて周囲を確認すると、いつの間にかBOXの周りをアニエスをはじめ銃士隊の面々が取り囲んでいる。もちろん全員タオルで体を隠しているが、明らかにすべてをわかった顔をしている。

 バレたのか! そんな馬鹿な! 才人はどこかで手抜かりがあったのかと冷や汗を滝のように流しながら必死で考えるが、それより早くアニエスが冷たく言い放った。

「外からでダメなら中から攻めてみろと、お前に戦術の手ほどきをしてやったのは誰だったか忘れたか? お前たちの性格からして、そろそろ何か仕掛けてくる頃だと思っていたが、あいにく相手の背中から殴ることに関しては我々は慣れているからなあ。今回ばかりは身内とはいえ容赦はせんぞ」

「お、お慈悲を……」

「慈悲はない。かかれえっ!」

「アーーーーーッ!」

 BOXは粉砕され、引きずり出された才人とギムリの悲鳴が悲しく響き渡った。

 

 だが、男たちのチャレンジはまだ終わっていない。

 その二、レイナールと水精霊騎士隊複数名。

「サイトたちは失敗したか。あんな目立つもので潜入するからこうなるんだ」

 レイナールが小さくつぶやいた。才人たちの惨劇は見ていたが、助けるのは自殺行為でしかなかった。

 否、最初から皆が自身を捨て石にすることを覚悟した上の作戦決行なのだ。助けはしないし自分も助けは期待しない。その代わりに、可能な限り目の前の桃源郷を目に焼き付けることである。

 そう、彼らもすでに彼らなりの作戦で潜入に成功していた。むろん、気づかれてはいない。なぜなら、彼らは全身の色を浴場を囲む天幕と同じ色に染めて、保護色で天幕と同化していたのだ。

「これぞカメレオン作戦だよ。魔法で全身を作り変えることはできなくても、色を変えるくらいならできる。思った通り、中は湯気で曇ってて誰も気づいてないよ」

「すげえよレイナール。けど、まさか真面目なお前がこんな手を考え出すとは、見直したぜ」

「ぼ、ぼくだってねえ、ぼくだって男として生まれたからには見たいものはあるんだ。ほ、ほおおお、ほああああ」

 レイナールは、自分のメガネが湯気で曇ることからこの作戦を思いついた。世の中には完全に透明になることもできるマジックアイテムもあるというが、そんなすごいものを用意できなくとも、人間には工夫という知恵がある。

 女の子たちはすぐ近くに男子がいるというのにまったく気づいていないようで、ベアトリスの取り巻きのエーコ、ビーコ、シーコの三人も、今日はのんびりと主君から離れて楽しんでいた。

「いいわねえ、これ……そういえば誰かが言ってたっけ、風呂は地上最高のぜいたくだって」

「そうねー、これだけいいお湯なら、そのうちクールな風来坊や闇の紳士もやってくるかもねえ」

「なにその超絞り込んだお客さんは?」

 エーコとビーコが気持ちよさのあまりに精神が異界にトリップしかけているようだが、シーコもそのうち姉妹たちを連れてきたいなと思っていた。

 ところで、ルイズやティファニアが美少女すぎて目立たないけれど、エーコたちもなかなかのものである。湯につかるエーコの首筋はすらりとセクシーだし、ビーコの髪のすきまから見えるうなじは綺麗で、シーコはワイルドな感じを見せている。

 そんなこの世の楽園を、少年たちは存分に堪能していた。これも保護色様様である。たかが保護色と侮ってはならない。保護色はかのクール星人や透明怪獣ゴルバゴスも使い、見事に人間の目を欺いてきた強力な戦法なのである。ブロンズ像になりきったような彼らの姿は、ブロンズ像にこだわりのあるかの宇宙人が見ても「ギョポポ、なかなか美しいではないか」と褒めてくれることだろう。

 息を潜めて完全に天幕と一体化しているレイナールたちの前で、女の子たちの無防備な戯れは続いた。

「あなた、けっこうおっぱい大きかったのね。これで彼のものを挟んであげたりしてたんでしょう?」

「えー、やっぱりわかっちゃう。それでね、挟んであげてから、こうゴシゴシって洗ってあげるの彼大好きなんだ。キャハッ」

 おっぱいで挟む? 洗う? ナニを!?

 美少女たちの赤裸々な会話に、少年たちの心臓は爆発しそうだ。

 しかもそればかりではなく、彼らの見ている前で、学院の女子たちは魅惑の妖精亭の店員たちから男を誘う艶かしいポーズを手ほどきされ始めたからたまらない。

「それでね、こうやって胸元を見せながらすりよるの。でも見せすぎちゃダメよ。見えるかどうかギリギリというくらいが興奮するの。やってみて」

「こ、こうかしら? あ、うぅぅん。ねえ、わたしが欲しいんでしょう? 来て、全部あなたのものよ」

 魅惑の妖精亭の子たちはみんな男を誘うプロであるから、普通の女の子でもその技術を伝授されたら魅力は倍増だった。少年たちは、学院でこんなふうに誘惑されたらどうしようと頭を沸騰させている。

 これでもまだ見つかっていないのだから、人間というものがいかに視覚に依存した生き物なのかということがわかるだろう。しかし彼らは、保護色にはある決定的な弱点があるということを知らなかった。

 皆がのんびり温泉につかる中で、バチャバチャとした水しぶきが鳴る。マナーを守らない行為に周囲から非難の視線が集まるが、視線を向けられた緑色の髪の少女は楽しそうに泳ぎ続けた。

「ヒャッハー! 温水プールだ最っ高ー!」

「ティア、いいかげんにしなさい! みんな迷惑してるでしょ」

 パラダイ星人のティアとティラの姉妹。この二人にとって、水辺はホームグラウンドであり、海ばかりのパラダイ星を思い出して心が躍った。特にティアにとっては温かい水はよほど肌に合うらしく、ティラが「はしたないわよ」と注意してもティアは故郷の血が騒ぐのか、うずうずしてたまらないようである。

「わかった。じゃああと一回だけ、これでもうやめるからさ」

 ティアは静止を振り切って、ざんぶと湯船の中にダイブした。

 潜って浮き上がり、ポーズを決めてまた潜り、イルカや人魚のように自由に水面を舞う姿は、ここが浴場でなければ一流のシンクロと呼んでもいいだろう。

 しかし、ここは風呂場。当然水着なんか身に付けているわけはなく。しかもティアも極上の美少女であるときては、もちろん大事なところのすべても丸見えになってしまう。

「ぶはっ! ぼ、ぼくもうたまらない」

 ついに血圧の許容量を超えたレイナールの鼻の血管が爆発した。耐えに耐えてはきたが、純情少年であるレイナールにとって、目の前の光景はあまりにも刺激が強すぎたのだ。

 鼻血が噴き出し、つつうと垂れていく。しかし、彼らにかけられた魔法は彼らの体の色を変えはしたものの、噴き出した鼻血までは体の一部とは認識しなかった。つまり、鼻血が赤々と目立ち、保護色の効果を相殺してしまったのである。

「きゃああーっ! 男の子よーっ!」

 女の子の悲鳴が響き渡った。保護色はあくまでわかりにくくするだけで、そこにいることがわかればカモフラージュを見破ることはたやすい。その点、噴き出した鼻血は絶好の目印になってしまったのだ。

「てっ、撤退だ!」

 見つかってしまえばもはやこれまでと、少年たちは一目散に逃亡に入った。しかし、覗かれていたことに気が付いた女の子たちの反応は男子のそれを上回っていた。

「覗きよ! みなさん、絶対に逃してはなりませんわ!」

「変態よ! 変態は捕まえて火あぶりよ! 変態は殺しても罪になりませんことよ!」

「お待ちになって! わたくしも変態です。いっしょにお茶でもいかがですか?」

「なにを言ってるんですかあなたは!」

 いろいろあるが、女の子たちは恐ろしいほどの俊敏さで置いてある杖を取り戻すと逃亡をはかるレイナールたちを魔法で狙い撃った。

 台所のゴキブリに対するより無慈悲な攻撃が雨あられと降り注ぎ、レイナールたちはたちまちのうちにボロ雑巾にされてふんじばられてしまった。

 荒縄でグルグル巻きにされて、アニエスの前に引き出されるレイナールたち。かろうじて意識は残されているが、もはや何の抵抗もできないのは明白であった。

「また姑息な手を使いおって。しかし、まだ全員ではないな。おい、お前たちの隊長と残りの連中はどうした?」

 アニエスがレイナールに尋問する。しかし、レイナールも最後の意地を見せて眼鏡を光らせた。

「み、見くびらないでください。ぼくらだって貴族のはしくれです。仲間を売るような真似だけは、死んだってしませんよ」

 それは単なる虚勢ではなかった。彼ら水精霊騎士隊は、貴族としていつでも国のために命を捨てる覚悟はしている。その点では、そこらの口だけの貴族よりはよほど立派であると言えよう。

 が、相手はメイジ殺しの専門家である銃士隊である。アニエスはレイナールの抵抗を歯牙にもかけずに冷たく告げた。

「知っているか? 銃士隊にもいろいろな部署がある。実戦で剣を振り回す役もいれば、会計や事務処理が専門の者もいるし、こんな役割の者もいるんだ」

「はーい、拷問の専門家のナディアちゃんでーす。さーて、ぼくたち、後悔しないうちに吐いちゃったほうがいいよ。あなたたちの仲間はどこ? 答えないなら、まずはあなたの小指を……」

 切ない断末魔が湯煙にこだまして、やがて消えていった。

 

 そして、男たちの挑戦はクライマックスを迎える。

 ギーシュに率いられた水精霊騎士隊本隊。それらは地下へ潜り、土の底から風呂場に突入しようとしていた。

「モグモグモグモグ」

 ギーシュの使い魔である大モグラのヴェルダンデの掘る穴の後ろからギーシュたちはついていく。もちろん、当初の懸念通りに温泉の地下は強烈な熱気と水蒸気が噴出してきて彼らを苦しめるが、彼らは氷の魔法で使うことで熱気を冷ましながら進んでいた。

「この先に、僕らの天国が待っている。水の使い手は気合を入れろ! ここが正念場だぞ」

「おおっ! ご心配なく、我々の精神力は今、溢れに溢れておりますゆえ」

 穴の壁を氷で補強し、熱気を防ぐ。通常ならばあっという間に精神力が尽きてしまう荒業だが、女の子たちの入浴を覗けるという高ぶりが彼らに底知れない力を与えていた。

 まさに燃える闘志と冷たい氷のコラボレーション。

「もうすぐ浴場の下だ。だが気を付けろ、間違って浴槽の底を掘りぬいたりしたらぼくたちは一巻の終わりだぞ」

「うむ、ここからは慎重に掘らなくてはな。よし、土の使い手は上の様子を探るんだ」

 できれば女の子たちが体を洗っているそばにでものぞき穴を作れれば望ましい。土の使い手は、その全神経を集中させて、地面の上での会話の振動を感じ取ろうとした。

『ウフン、あなた脱ぐとなかなかすごいのね。その腰回りのきれいさ、うらやましいわぁ』

『そんなあ、謙遜よぉ。アタシから見たら、そちらのお尻のプリティさに見とれちゃうんだから』

 その会話を聞きつけて、探知していたギーシュの鼻から不覚にもつうっと鼻血がこぼれ出た。

 ここだ! この上だ! と、少年たちは最後の力を振り絞って穴を拡張し、ギーシュが会話を聞きつけた場所のそばに小さなのぞき穴を人数分こしらえた。

「諸君、諸君の努力は報われた。我らの目指したヴァルハラはこの先にある! さあ、存分に堪能しようじゃないか」

 少年たちはそれぞれの穴に殺到した。当然ギーシュも直径一サントほどののぞき穴に目を凝らし、湯気の先の裸身に視線を集中させた。

 

 ほおぉ……見える、見えるぞ。湯煙に揺れる、なまめかしい脚、ぷりんとしたお尻、引き締まった腰、そして……鋼鉄のようにたくましい胸筋……えっ?

 

 その瞬間、決定的な矛盾がギーシュたちの脳裏を駆け巡った。

 ま、まさか。だが、現実はすぐに彼らの前に示された。湯煙の向こうの誰かは、くるりと彼らののぞき穴のほうを振り返って笑いかけてきたのだ。

「ん、もーう! そんなにミ・マドモアゼルの裸が見たいなら存分に見てちょうだーい!」

「ぎぃやあぁぁぁぁぁーーーーーっ!」

 地の底から地獄から響いてくるような絶叫がこだました。なんと、湯煙の先にいたのはスカロンだったのだ!

 そう、彼らは忘れていた。魅惑の妖精亭の面々が来るということは、当然スカロンもやってくる。そしてスカロンの隣には、カマチェンコもすっぴんで笑っている。ギーシュたちは不幸にも、彼らの裸をドupで見つめてしまっていたのだった。

「うふふふ、ミ・マドモアゼルたちはハートはレディだけどもみんなと女湯に入るのはちょっと問題じゃない。だ・か・ら、岩風呂のひとつを私たち専用に囲ってもらってたのよ。そして、あなたたちが地下から来るとわかったから、私たちの営業トークであなたたちを誘い込んだっていうわけ。あなたたち、お盛んなのはけっこうだけど、可愛いジェシカちゃんの裸をタダで見ようというのは許せないわ。お湯でもかぶって、反省しなさーい!」

 スカロンの鉄拳がギーシュたちの穴の頭上に炸裂し、次の瞬間洞穴はガラガラと崩壊を始めた。そればかりか、氷でせき止めていた水が噴き出してきて、穴の中はあっという間に水没してしまったのである。

 悲鳴に続いて、ガボガボと溺れる音が地の底から響いてくる。生き埋めと水攻めで、ギーシュたちは完全に沈黙した。

 

 

 こうして、三方向から侵入を図ろうとした水精霊騎士隊は全滅し、ニルヴァーナの戦いはギーシュたちの全面敗北に終わった。

 しかし、男たちの戦いは終わっても、彼らへの処刑はまだ残っていた。

 すでにボコボコにされ、生き埋めの中から死ぬギリギリで掘り起こされたギーシュたちであったが、女子の怒りはそんなものでは収まらなかった。

 単にギタギタにするだけでは済まさない。と、彼女たちが考案した制裁の方法、それは全身を縛って逆さづりにし、頭を温泉につけて溺死寸前で引き上げてはまた沈めるという伝統の拷問方法だった。

「ゴボボボボ……も、もう許してモンモランシー」

「いいえダメよ。そんなに温泉につかりたかったなら、望み通りにしてあげようじゃない。ギーシュ、今度という今度は許さないんだからね」

「ゴボボボボ……出来心だったんだぁ……ゴボボボボ」

「いい機会だから、その腐った性根を温泉で煮出し切ってしまいなさい!」

 容赦は一切なかった。ギムリやレイナールやほかの少年たちもきっちりと同じ制裁を加えられている。

 助けようという者は一切いない。アンリエッタやルビアナにしても、こればっかりは仕方ないという風に遠巻きに見守っていた。唯一、どの喧騒にも参加していなかったキュルケが「覗いてもらえるだけ可愛いと思ってもらえてるんだから幸せじゃないの」と、余裕たっぷりに眺めているが、もう嫌味にしか聞こえない。

 とはいえ、もっと残酷な拷問ならいくらでもあったが、女王陛下の前で血を流すわけにはいかないということで、これでもかなり有情なほうであったのだ。

 一方で才人は例外で、制裁を加えられているのは同様だが、その方法は異なっていた。手足を縛って目隠しをした上で、ルイズとミシェルに挟まれて温泉につかっていた。

「もうサイトったら信じられない! あんたは間違ってもそういうことだけはしないって信じてたのに」

「ご、ごめん。好きな子といっしょに温泉に入るのが夢だったから、悔しくてつい」

「でも許されないことは許されないぞ。そ、そんなに見たいなら言ってくれれば、よ、よかったのに」

 ルイズとミシェルに挟まれて才人はお説教を受けていた。妙に才人だけ罰が甘いようだが、これは最初銃士隊の面々が「罰として副長と子作り」と言いかけてルイズが慌てて静止したからである。

 とにかく悪乗りが好きで、隙あらば既成事実を作らせようとしている銃士隊に対してルイズは気が抜けなかった。本音は才人をエクスプロージョンで吹き飛ばしてやりたかったが、それを制したのはアンリエッタだった。

「ルイズ、恋に暴力はいけませんわよ」

 いつのまにか杖を取り上げられて、ルイズは我が身を持って才人を死守するしかなくなっていた。ミシェルは奥手だが、銃士隊の面々が全力でバックアップしてくるので油断できない。

「サイトはわたしのものよ。あんたは引っ込んでなさい!」

「むっ! わたしとお前は対等なはずだ。あの日の誓いを忘れてはいないぞ、わたしだってサイトをあきらめたわけじゃない」

 大岡越前の裁きのように、左右から才人を取り合うルイズとミシェル。ふたりとも、相手をきっちりとライバルと認めているだけに一歩も譲らない。恋で遠慮を選んだら、後に残るのは後悔だけなのだ。

 アイが幼い眼差しで「さんかくかんけー?」と興味津々で見つめていたが、あなたにはまだ早いわと連れて行かれてしまった。

 しかし、それで幸せかと言えばそうでもないのが才人だ。特に今回は重罪で人権をはく奪されて景品扱いだけに、裸のふたりに抱き着かれている感触以上の痛みが襲ってくる。

「痛い痛い痛い! あったかくて柔らかいけど痛い! げぼっ、ゴボゴボ! がはっ! お、お前らちょっと加減を!」

「あんたは黙ってなさい!」

「サイト、忘れてはいないか? お前にも罪の分の罰を受ける義務がある。よって、今回はわたしも優しくはしない!」

「いだだだだ! げぼぼぼ! こ、これって天国? いや、地獄だあぁぁぁっ!」

 目をふさがれているのでふたりの裸体を拝むことはかなわず、身動きを封じられているので痛みを防ぐことも溺れるのを防ぐこともできない。

 動機はどうあれ、才人も覗きに加わっていたことは事実。きちんと責め苦を受けなくては不公平なのである。

 

 それぞれの方法で処罰を受けている才人と水精霊騎士隊。そんな様子を、銃士隊や女生徒たちや魅惑の妖精亭の店員たちは、いい気味だとばかりに眺めている。

 さすがにティファニアは過酷な拷問の光景に眉をひそめてはいたけれど、「悪いことをするとああなるのよ」と、子供たちに言い聞かせていた。

 

 しかし、このまま過酷な責め苦が続くかと思われたとき、突然温泉に異変が起こった。

「あら? なにかちょっとお湯の温度が高くなったような……きゃあっ! あちち!」

 温泉につかっていた子が、あまりの熱さに温泉から飛び出した。温泉の中にいたほかの子も同じように慌てて湯から飛び出してきて、温泉の中は騒然となった。

「ちょっと、お湯の温度調節はどうなってるの! これじゃ熱湯じゃないの」

 ルイズがかんしゃくを起こしたように叫んだ。ミシェルとのけんかに夢中になっていたけれど、さすがにこれには耐えられなくて上がってきた。ちなみに才人は足元に丸太のように転がされている。

 見ると、温泉は浴槽の中の湯がボコボコと泡立っており、とても人間が入れるような温度ではないことは明らかだった。

 水責めを受けていたギーシュたちも、このままでは本当に死んでしまうとして、女生徒の何人かが氷の魔法で一時的に浴槽の温度を下げてから救出した。まだ責めたりない感はあるが、まあこれでひとまずは懲りたであろう。

 けれど、温泉の湯の温度を水で適当に調節する仕組みの故障かと思われたことは、そんな生易しいことではないようだった。脱衣場のほうから、ド・オルニエールの住人の悲鳴のような声が響いてきたのだ。

「旦那様方! 貴族の旦那様方、大変でございます! おいでくださいませ! み、湖が!」

 その必死な声に、なにか一大事の気配が一同を駆け巡った。

 銃士隊は即座に気配を切り替え、アニエスが指示する。

「全隊戦闘態勢! 女王陛下は私が護衛に当たる。ミシェルは半数を指揮して事態の把握と収拾に当たれ」

「はっ! 第三第四小隊はわたしに続け。行くぞ!」

 女王陛下の近衛部隊の真価を皆が目の当たりにしていた。あっという間に装備を身に着け、起こった異変の解決に当たるべく飛び出していく。

 そんな様子を、やっと拷問から解放されたギーシュたちは薄れる意識の中で見ていたが、アンリエッタの声が彼らを呼び覚ました。

「ミスタ・グラモン、あなた方は行かなくてよろしいのですか?」

「ハッ! そ、そうだ。みんな起きたまえ! ぼくらも水精霊騎士隊の名前を背負うものだ。ここでじっとしていてどうする! 汚名は働きで返上するんだ。さあ立ちたまえ!」

 尊敬する主君の前で醜態をこれ以上晒せないと、男たちは不屈の闘志で蘇った。

「水精霊騎士隊、杖取れ! 前進!」

 ギーシュを先頭に、少年たちはすっかり茹で上がった顔をほてらせながら、やや千鳥足で行進していった。

 さてそうなると、男子にライバル心を抱いているベアトリス率いる水妖精騎士団も黙っているわけにはいかない。

「エーコ、ビーコ、シーコ、ティア、ティラ! わたしたちも行くわよ」

「はいっ! 水妖精騎士隊全員、前へ。あんな破廉恥騎士隊なんかに負けてはいけませんわよ!」

 オンディーヌvsウンディーネ。どちらも一歩も譲る気配はなく駆けていく。

 そして才人も、やっと縄を解いてもらうとルイズに蹴っ飛ばされながらデルフを手に取っていた。

「いてて、死ぬかと思ったぜ」

「死ななかったから感謝しなさい。さあ、あんたもあんな連中に後れをとってる場合じゃないでしょ。わたしたちも行くわよ」

「わかったっての。テファ、魅惑の妖精亭のみんなや子供たちといっしょに宿に帰っててくれ。なあに、さっさと片付けてくるからよ」

 そうかっこつけて、才人も身なりを整えるとルイズといっしょに出て行った。その背に、ジェシカやスカロンのがんばってねという声援が飛ぶ。

 馬鹿なことをしでかしはしたけれど、いざとなると頼もしい若者たちだ。そんな彼らの背中を見ながら、アンリエッタとルビアナは静かに祈りを捧げた。

「彼らに、始祖ブリミルのご加護がありますように」

 

 

 外に出て見ると、すでにド・オルニエールのあちこちで異変が起きているのは一目でわかった。

 沸きあがっているのは温泉だけではなかった。小川や井戸など、あちこちの水辺から湯気が立ち上っている。

「なんだありゃ? 水という水がお湯になっちまったのかよ」

 才人があっけにとられたようにつぶやいた。ひなびた田舎のような光景だったド・オルニエールが、これではまるで噴火口の中にいるように変わってしまっている。

 こんな有様では川の魚は死に絶え、飲み水もなくなっているに違いない。いや、このままにしておけば熱湯は畑にも流れ込んで、せっかくの豊かな農場が全滅してしまうだろう。

「どうなってんだ。なにが起こってるんだよ?」

「馬鹿、水源に何か起こったに決まってるでしょ。ここの水源といえば、あの湖よ。行ってみましょう」

 ルイズに促されて、才人は一週間前にエレキングと戦った湖に走った。途中の道では、野菜や果物をくれた親切なおじさんやおばさんたちが右往左往している。あの人たちのためにも、この異変はすぐに解決しなければいけないとふたりは心に決めた。

 

 そしてくだんの湖、そこも案の定水温が急上昇して湯気が上がっており、湖畔ではすでに先に出て行った一同が話し合っていた。

「遅れたぜ。ねえさ、いやミシェルさん。いったいどうなってるんですか?」

「どうもこうもない、見たとおりだ。住民の話によると、湖から流れてくる水が急に熱くなりはじめ、井戸水も沸騰したらしい。幸い、この湖はまだ温泉程度の熱さだから、これから潜って調べるところだ」

 見ると、すでにティアとティラがスタンバイしていた。ふたりがパラダイ星人だということはほとんどの者が知らないけれど、さっきの泳ぎの巧みさを見たら彼女たちが適任であることは誰の目にも明らかだった。

 ティアは泳ぎたくてうずうずして、ティラはティアの無礼の挽回をしたくてベアトリスの命令を今かと待っている。

「いい? なにが起こってるか見てくるだけでいいのよ。無理してゆでだこになったりしたらダメなんだからね」

「だいじょーぶですって、水の中ならわたしたちは無敵ですって」

「ご心配おかけしますが、わたしたちも姫殿下のお役に立ちたいのです。では、行ってきますね」

 ふたりは湖に飛び込むと、皆の見ている前で人魚のようにあっという間に潜っていってしまった。

 湖はエレキングの養殖に使われていただけあってそれなりに深く、すぐには湖底が見えてこなかった。パラダイ星人であるふたりにとって、少々の水圧や水の濁りは苦にならないけれども、熱さで浮いてくる魚を見ると不安がよぎった。

 

 いったいこの湖の底でなにが? ティアとティラは潜りながら目を凝らした。

 すると、湖底の闇の中で何かが動いたように見えた。

「ティア、止まって! あれ、見えた?」

「ああ、なんだありゃ……でかい、ウミヘビ?」

 湖底で何かが確かにうごめいていた。細長いけれども巨大な何かが動いている。まさか、ラグドリアン湖にいたような巨大海蛇か?

「ティラ、もっと近づいて確かめようよ」

「うん、もしかしてあれが……ティア、危ない!」

 ティアが一瞬注意を逸らした瞬間だった。巨大で細長い何かが、まるで獲物に飛びかかる蛇のようにふたりに襲い掛かってきたのだ。

 とっさにかわし、細長い何かから距離をとるティアとティラ。巨大な細長い何かは、白い鞭に黒いまだらがついたような、なにかの尻尾のようなもので、明らかに彼女たちを狙っていた。

「ティア、逃げましょう」

「言われるまでもないって!」

 とても手に負える相手ではないと、ティアとティラは水面を目指して一目散に浮上を始めた。そして、緑色の髪をたなびかせて泳いでいく彼女たちを追って、水中から巨大な何かが浮き上がってくる。

 

「あっ、戻ってきたわ!」

 湖から飛び出してきたティアとティラを見てエーコが叫んだ。

 こんなに早く? 一同は怪訝に思ったが、すぐに彼女たちは皆に向けて叫んだ。

「みんな、湖から離れて! なにか、でっかい怪物が浮いてくるよ!」

「ええっ!?」

 ふたりの無事を祈っていたベアトリスが叫ぶと同時に、ミシェルが「全員退避!」と命令した。たちまち、銃士隊でない者も含めて湖畔から離れていく。

 ティアとティラも湖から上がり、それと同時に湖に水柱が立ち上り、そこから巨大な怪獣が現れた。

「あ、あいつは!」

 ギーシュが叫んだ。白色の体に黒い稲妻模様を持ち、頭部には回転するアンテナ。

 間違いない、あいつは一週間前にウルトラマンAが倒したのと同じ怪獣だ。才人は、まさかもう一度見ることになるとは思っていなかったと、口元を歪めながら叫んだ。

「エレキング! なんてこった、三匹目がいたのかよ」

 あのとき倒したエレキングが唯一育成が間に合った個体だとピット星人が言っていたから、まさかもういるまいと思っていた。しかし、現に目の前にエレキングはいる。

 湖に残っていた幼体が一週間で成長しきったのか? だが、そんな考察をしている暇もなく、レイナールがエレキングを指さして言った。

「みんな見てくれ! 怪獣のまわりの水が沸騰してる。あいつ、恐ろしいくらいに体温が高いんだ」

「マジかよ。じゃあ湖が沸いたのも、温泉が沸騰したのもあの怪獣のせいだってことか」

 ギムリも信じられないとつぶやく。

 そう、このエレキングは一週間前のエレキングと姿形は同じだが、その中身は同じではなかった。

 湖を沸きあがらせるほどの高温を発し、その手の先から白いガスを絶え間なく噴き出している。そしてエレキングは湖畔にいる人間たちに狙いを定めると、あの甲高い声をあげて動き始めた。

 

 

 続く


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