ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第76話  狙われたサーカス

 第76話

 狙われたサーカス

 

 放電竜 エレキング 登場

 

 

「皆さん、ご存じでしょうか? 宇宙の星々には、様々な伝説が語り継がれています」

 

「宇宙の平和を守る神の伝説、宇宙を滅ぼす悪魔の伝説。そして時に伝説は現実になって、我々を魅了してくれます」

 

「ですが中には、悪魔よりもっと恐ろしい、触れずに眠らせておいたほうがいいような恐ろしい伝説があるのです。そんな伝説に、ある日突然出くわしてしまったら貴方はどうしますか……?」

 

「そうですね。地球にはパンドラの箱というお話があるそうですが、ある日道端でパンドラの箱を拾ってしまったら、あなたはどうします?」

 

「なぜこんな話をするのかですって? だってそうでしょう。ある日突然、それを手に入れた者は宇宙を制することもできる宝をポンと見つけてしまったとしたら、こんなつまらない脚本がありますか……」

 

「……三流の役者に舞台を荒らされるなら、まだ愛嬌もあるというものですが……まったくこのハルケギニアという世界は特異点なんだと思い知りましたよ」

 

「けれど、私の演者としての持ち時間は変えられませんからね。当初の筋書きに狂いが出てきましたが、私にもプライドというものがあります。では、これからこの幕間劇が傑作となるか駄作となるか、続きをご覧ください」

 

 

 

 ド・オルニエールでエレキングと戦った日の翌日の朝。この日も才人たちの姿はド・オルニエールにそのままあった。

「ふわぁ……あーあ。今日には魔法学院に帰ってるはずだったのに、結局こっちで寝込んじまったか」

 才人は、屋敷に刺し込んで来る朝日を顔に受けて目を覚ました。

 しかしここは寝室でもなんでもない屋敷のロビーで、見ると、周りにはギーシュたち水精霊騎士隊の連中も床に寝転んでのんきな顔で寝息を立てている。あの後、全員で温泉を修理して温泉に入り直した。その中で、まさかの混浴となったわけで思わず長湯してしまって、風呂上がりの後の記憶がないというわけだ。

「こりゃ、コルベール先生が心配してるだろうなあ」

 と、才人は今さらな心配をした。けれど、昨日のことを思い出せば、そうするだけの価値があったと心から思える。

 そう、才人は夢のひとつを叶えたのだ。好きな子といっしょに風呂に入るという夢を。まさかまさかでルイズのほうから誘ってもらえ、並んでいっしょに湯船に入ったあの後のことは……時間よ止まれと何度祈ったかわからないほどだ。

「プニプニで、フワフワで、おれはあのときのために生まれてきたんだなあ……」

 思い出すと今でも涙が止まらない。男として生まれてきて苦節十ウン年、小学中学高校生活でも彼女のできた試しのない自分が、女の子と混浴を味わえるなんて、ほんと一年前までは思いもしなかった。

「人間、生きてたら何かいいことがあるって本当なんだなあ」

「まったくだねサイト、君の気持ちはよくわかるよ」

「うわっ! ギーシュ、お前いつのまに起きてきたんだよ」

「プニプニ、フワフワのあたりかな。いや、君もなかなかナイーブなところがあるんだねえ」

 お前に言われたくねえよ、と才人は思ったが、心の声が漏れていたことは正直不覚であったといえよう。

「それを言えばお前はどうなんだよ。モンモンとうまくいったのか?」

「そりゃもう、生きながらヴァルハラを散歩した気分だったよ。ぼくは悟ったね、ぼくが百万の言葉でモンモランシーを褒めたたえようとも、生まれたままの姿の彼女の美しさを言葉にするのは不可能だってことが」

「へーえ、でもお前さ、ルビアナって人に呼ばれてホイホイ行きそうになったところをモンモンに耳引っ張られてたのチラッと見えたけどな」

「なにを言うのかね? だったら君だってルイズだけじゃなくて、あの銃士隊の副長殿ともいっしょだったろう? ルイズそっちのけで誰の胸をまじまじと見てたか言ってあげようかな?」

 互いに自慢とも牽制ともつかないやり取りをする才人とギーシュ。本来なら、貴族と平民がこんなやり取りをできるわけがないが、二人はもう身分など気にしない親友なのだ。

 さて、そうしているうちに周りで寝ていた水精霊騎士隊の面々も起きてきたようだ。全員、目を覚ましながらもまだどこか夢うつつな様子で、昨日のことが頭から離れられないようだ。

「とりあえず、顔でも洗ってこようか……」

 人のふり見て我がふり直せで、才人とギーシュはみんなを伴って井戸まで行って冷水を浴びてきた。

 早朝の冷たい井戸水が肌に染みて本格的に目が覚める。夢の余韻が洗い流されると、皆はなんともいえない多幸感を表情に浮かべながらギーシュを見た。

「隊長……」

「いいさ、諸君。みなまで言うな。胸がいっぱいすぎてなんて言ったらいいかわからないんだろう? ぼくも今日だけは、そんな気持ちさ。だから諸君、一番大切なものはそれぞれの胸の中に大切にしまっておこうじゃないか」

 おしゃべりなギーシュも、まるで悟ったように語るほど、昨日のことは少年たちの誰にとっても素晴らしかった。誰もが、死んでもあのことだけは忘れまいと心に誓っている。しかしそこで、才人がみんなに知った風な顔をしながら言った。

「だけどみんな、ルイズに犬呼ばわりされてたおれからわかったようなことを言わせてもらえば、今のおれたちは美味しい骨をやっとくわえたばっかの犬っころだ。新しい骨を見つけてうかつに「ワン」なんて吠えてみろ。くわえてた骨まで落っことしちまうぜ。わかるだろ?」

 才人のその言葉に、皆ははっ! とした顔になった。

 そう、油断は大敵。人生、上がるのは大変だが落ちるのは一瞬なのだ。ましてや、昨日のことは覗きという最低最悪の行為が見つかった後の、まさに奇跡に等しい出来事だった。今後、もしまた覗きのようなことをしたら名誉挽回の機会は二度と来ないと思っていいだろう。

 しばらくは自重しよう。やっと上がった女の子たちからの好感度を、翌日急下降させるような間抜けだけは避けなくてはならない。

 と、いうわけで全員でもう一回冷たい水を頭から浴びて、彼らは屋敷に戻った。そして、起きてきた女の子たちに「あんたたち早朝から濡れネズミでなにやってんの?」と、呆れられたのは言うまでもない。

 

 やがて朝食も終わり、一日が動き出す。

 本来なら、昨日のうちに魔法学院に戻らねばならないはずだったので、今日はあまりぐずぐずもしていられない。

「幸い、馬たちは大丈夫だ。これなら日があるうちには余裕で学院までは帰れるだろう」

 エレキングの起こした嵐にも、馬たちはたくましく耐えてくれていた。そして、帰る算段がついたなら、あとはあいさつ回りを済ませなければならない。

 屋敷には、まだ仕事を残しているルビアナが続けて住まうことになった。食べ物などについては、土地の人が差し入れてくれるそうで心配はない。

「ではルビアナ、君と別れるのはつらいけど、ぼくたちもこれ以上学院を空けているわけにはいかないんだ。次の虚無の曜日には必ずまた来るから、しばしのお別れを許してくれ」

「おなごり惜しいですが、仕方がありませんね。ギーシュさまたちと過ごした毎日は、とても楽しかったです。せめて、お見送りだけはさせてくださいませ」

 こうして、見送りについてくるルビアナといっしょに、魔法学院の生徒たち一行は屋敷を後にした。

 ド・オルニエールの里は平穏さを取り戻しており、今日は穏やかな晴れで、昨日の戦いが嘘のように感じる。

 一行は、滞在中に世話になった住人の方々にあいさつをして回り、その途中で同じように帰り支度をしている魅惑の妖精亭の面々と会った。

「ようジェシカ、そっちもこれから帰りか?」

 才人が声をかけると、八百屋で野菜を見繕っていたジェシカが振り向いた。

「おはようサイト、わたしたちも昨日のうちには帰るつもりだったけどだめだったからね。せめて、こっちで安い食材を仕入れてから帰ろうとしてるのよ。それより、ルイズとは風呂上りにうまくやれたの?」

「……悪いが記憶がねぇ」

「あら残念。失敗してたらシエスタを焚きつけようと思ったのに。それはともかく、ここの温泉は気に入ったわ。約束通り、トリスタニアで宣伝しておくから、ね?」

「わかってるよ、魅惑の妖精亭のメンバーはフリーパスだろ。ほんと、お前らはちゃっかりしてるよなあ」

 こういう面ではすでに働いている相手にはかなわないと才人は思った。後ろではスカロンたちが、お肌がすべすべでお客さん増えすぎちゃったらどうしようとはしゃいでいるが、ギーシュたちはトラウマを呼び起こされて吐き気を催しているようだ。

 さて、立ち話をしていると、どうやら人間の考えることは似通っているようで、ティファニアが孤児院の子供たちを連れてあいさつにやってきた。

「皆さん、今回はご招待ありがとうございました。わたしもそろそろ、この子たちを送り届けて帰ろうと思います」

 ティファニアが丁寧にぺこりとおじぎをすると、その下で逆さむきになった巨峰がぷるんと揺れて才人はどきりとした。

「サイトさん?」

「い、いやなんでもない。気を付けて帰れよ」

 まずいまずい、ここで下手に鼻の下を伸ばしたりすればルイズの嫉妬にまた火がついてしまう。昨日の今日でまたふりだしに戻るはごめんだ。

 道中はマチルダがいるから心配はない。むしろ盗賊が現われでもしたほうが心配だ。道端に身ぐるみはがされたオッサンの簀巻きが転がっている凄惨な光景が出来上がるかもしれない。

 と、そこへさらに、砂利道を規則正しく踏み締めながら行進する音が響いてきた。才人が「おっ」と思って振り向くと、思った通り、こんな規則正しい足音を立てる集団は、ド・オルニエールにたったひとつだ。

「ほう、雁首揃えているな。破廉恥隊ども」

「うっ、それはもうナシにしてくださいよ、ミス・アニエス」

 さっそくの毒舌に、ギーシュが苦しそうに答えた。

 見ると、隊列の中央には顔を隠したアンリエッタもいて、一同は反射的に敬礼をとった。むろん、すぐに「楽にしてください」と手ぶりでたしなめられ、一同は力を抜いた。

 どうやら彼女たちもこれから城へ帰るようだ。というより、これ以上女王が城を空けているといくらなんでもマズいであろうから、アニエスの表情にもどことなく焦りが見える。もしも城で大事があったら伝書フクロウが飛んでくるはずであるから、今のところは大丈夫なはずではあるが、万一なにかがあったらアニエスの首が飛びかねない。鬼の銃士隊隊長も決して楽な仕事ではないのだった。

 しかし、ほかの銃士隊の面々は隊長の気苦労も知らずにのんきそうであった。能天気なサリュアはおろか、副副隊長格のアメリーも温泉の効能で私たちの人気もまた上がっちゃうわねとはしゃいでいる。本当に、リアルとプライベートの使い分けがうまいというか、なまじどいつもいざとなると人一倍働くだけにアニエスも強く言えずに困っているようだった。

 ま、これも付き合いが長いゆえか。才人は、姉さんお疲れさまと心の中で頭を下げると、こっそりとミシェルの隣に移動して話しかけた。

「……真面目な話、昨日頼んだあのこと、できるだけ早くお願いします」

「わかってる。実物もスケッチしたし、こういう仕事はこっちの専門だからな。ウルトラレーザーか、確かにあんなものをそこらの平民が持っていたら、そのうち自衛どころではない事件になるのは目に見えている。帰ったらさっそく探りを入れてみよう」

 才人はミシェルに、ウルトラレーザーの出どころを探ってくれるように頼んでいたのだった。あれはどう見てもこのハルケギニアにあっていいレベルの兵器ではない。そんなものを安値で売りさばいている奴がいるならば、いずれ大変なことが起きるのは目に見えている。特に、この手の捜査はアニエスに次いでミシェルの得意分野だ。

 ただし、今はそう大きくは動けない理由があった。

「ただ、あまり早くはできないかもしれない。この間のトルミーラの件で、奴の背後にいた奴の捜索もまだ続いているし、なによりあの件で単独行動が過ぎたせいでしばらく自重しろと叱られていてな。あまり期待はしないでくれよ」

「ああ、あの後アニエスさんにこっぴどく怒られたって聞きました。でも、これがヤバいことだってのはアニエスさんもわかるんじゃないですか?」

「実際に被害が出ないと、こういうものに簡単に人手は割けんよ。それに銃士隊にもいろいろ仕事があってな。姉さんが皆が少しくらいふざけているのを大目に見ているのも、普段が過酷だからだ。そうだ、サイトが銃士隊に入ってくれるなら助かるんだがな。前にも言ったが、男でもサイトなら歓迎だぞ」

「えっ! お、お気持ちはうれしいですけど、ルイズの許可がないと……」

「はは、わかってるよ。遊びたい盛りのサイトに、銃士隊の任務は務まらないさ。でも、将来働き口が欲しくなったらいつでも来ていいんだぞ。それこそ、わ、わたしが、て、手取り足取り教えてやるからさ」

「……そう言えって、アメリーさんたちに吹き込まれたんですか?」

「うん……」

 慣れないお姉さんぶりっこが不自然だと思ったら、やっぱり銃士隊の連中が裏で糸を引いていたのかと才人は頭が痛くなった。

 そりゃ、ミシェルのことは嫌いではない。いや、嫌いではないどころか、海のような青い髪に整った顔立ちは文句なしで美人だし、胸の大きさはティファニアほどではないにしても、むしろスレンダーな体格と均整がとれて非常に美しい。それに、昨日いっしょに入浴したときに気づいて、あえて口には出さなかったけれど、今では一言で言ってしまえば、欠点を見つけることのほうが難しいトップモデル級である。性格は真面目だし一途だし、素はちょっと弱いところがあって可愛いし、ほんと自分にはもったいない人だと思う。

 けれど、それに対して欠点だらけながらもほっておけないのがルイズなんだよなあと才人は思う。銃士隊の面々からすれば、なんであんなかんしゃく持ちから離れないんだと不思議に思われてるかもしれないが、胸の奥のドキドキというものは言葉で説明できないからやっかいなのだ。まったく、それこそギーシュみたいに誰にでも好きだと言えればどんなに楽か。

 しかし、それはそれとしてウルトラレーザーの件は気に止めておかねばならない問題だ。どう考えても、この一件には宇宙人が絡んでいるのは間違いない。才人は、狙いが空振りになって落ち込んでいるミシェルを励ますように言った。

「ミシェルさんはそのままのほうが一番いいんだよ。余計なことしなくたって、ミシェルさんが誰よりきれいな心を持ってるのはおれが知ってるからさ」

「サイト……そういうことを素で言えるのがお前のズルいところだよ。でも、もうそろそろ人目を気にせずに名前だけで呼んでくれ。もう誰も気にしないからさ」

「えっ? ミ、ミシェル……」

「サイト……」

 見つめ合う二人。そんな様子を、いつの間にか周り中の目が生暖かく見守っているのを二人は気づいていない。

 そしてそんな二人に、銃士隊の中から「作戦成功ですね副長!」とささやく声が響いた。そう、策は二重三重に張ってこそ価値があるものなのである。

 ついでに、その外野でルイズがいきり立っているが、銃士隊二人に羽交い絞めにされながらアンリエッタにいさめられていた。

「離してーっ! 離しなさいったら! あの浮気者を地獄に送ってあげるんだからぁ!」

「あらルイズ、暴力はいけないわ。レディならあくまで魅力で勝負しないと美しくありませんわよ」

「女王陛下! あなたはいったいどっちの味方なんですか!」

「それはもちろん、可愛い臣下の幸せを願っているに決まっているじゃないの。うふふ」

 臣下って、それを言えばルイズもミシェルもどっちも臣下じゃないですか。アンリエッタは優しげな笑みを浮かべ続けるだけである。

 

 さて、ド・オルニエールの広場ではこれらの他にもそこかしこで話す声が響いている。昨日の裸の付き合いを経て、すっかりみんな打ち解けていた。

「また来週、ここで温泉に入りに来ましょう。健康と美容にいい食べ物も、まだたくさんあるんだって」

「もちろん、じゃあ次は別の友達にも声をかけておくね。楽しみだわ」

 なんやかんやで、ド・オルニエールを温泉で盛り上げるという計画は成功を収めつつあるようだった。この調子なら、女子生徒たちは別の女子生徒へ、魅惑の妖精亭や銃士隊からはトリスタニアの人々へと口コミが広がっていくことだろう。

 もちろん、集客は始まったばかりであり、今は物珍しさで来てくれる人もいるだろうけど、リピーター客を得るにはこれからだ。出だしで調子に乗って一年も持たずに閉鎖した観光地などいくらでもある。まあ、出だしはできたことだから、これから先はビジネスの専門家のルビアナがいるし、ド・オルニエールの人たちもやる気になっているから自分たちは身を引くのが筋だ。なによりこれ以上こっちにかまけて落第になったら目も当てられない。

 一同はしばしの別れの前に少しでもと、親しげに談笑を続けた。そして、それもそろそろ終わりに差し掛かった時のことである。どこからともなく、トランペットやドラムで奏でられた軽快な音楽が風に乗って響いてきたのだ。

 パンパカパンパン♪ ピーヒャラピーヒャラトントントン♪ 聞いているだけで愉快になってくるような音楽に、一同は話を忘れて周りを見渡した。

「なんだい? お祭りがあるなんて聞いてないけど」

「おい、あれ。あれ見てみろよ」

 怪訝な様子から誰かが指さしたほうを見ると、街道のほうから派手な身なりをした一団が笛や太鼓をたたきながら大きな荷車といっしょにやってくる。そして、荷車に立てられたのぼりには、『パペラペッターサーカス』と大きな文字で書いてあった。

「へーえ、ハルケギニアにもサーカスってあるんだなあ」

 才人が感心したように言った。魔法で飛び回ったり、好きに火や水を出したりできるこの世界ではこういうものははやらないと思っていたが、意外とそうでもないようだ。

 すると、ミシェルが軽く笑いながら教えてくれた。

「あくまで平民向けだがな。貴族は体裁にこだわって演劇やオペラしか見ようとしないが、手ごろな値段で見れる単純な娯楽は平民にはけっこう人気がある。ただ、リッシュモンが低俗な見世物はよくないと言って数年前に締め付けたから、最近はめっきり減っていたが、まだ生き残りがいたんだな」

 サーカス団は十数人ばかりの規模で、楽団のほかにおなじみのピエロや、肩に鳥を乗せた動物使い、うしろの荷車には動物の檻も見えて、なかなか盛況そうに見えた。

 やがて音楽を鳴らしながらサーカス団はここまでやってくると、先頭に立っている団長らしき小太りな男性が大仰にお辞儀した。

 

「レディースアンドジェントルマン! 我がパペラペッターサーカスへようこそ。私、団長のパンパラと申します。本日より、この地でしばらく公演をさせていただきます。はじまりは忘れかけた昨日の夢を、おしまいは明日への胸のときめきを。皆さま、気軽にこの夢の世界の門をくぐっておいでください。初回公演は一時間後にスタートいたします」

 

 団長のあいさつとともに後ろの団員たちも一礼をして、ついで誰からともなく拍手が鳴り出した。

 その陽気な様子に、才人も思わず顔をほころばせてルイズに言った。

「いいなあ、サーカスだってよサーカス。なあルイズ、帰る前にちょっと見て行こうぜ」

「はぁ? あんた何言ってるのよ。わたしたちは急いで学院に帰らないといけないんでしょ。遊んでる暇なんてないわよ」

「どうせ今日の授業には間に合わねえだろ? なら、一時間や二時間遅れたって変わりはしないだろって。サーカスっておもしろいんだぜ、見て行こうぜルイズ」

 すっかりウルトラレーザーのことなどは頭から抜け落ちた才人であった。とはいえ、この年頃の少年は好奇心旺盛で気が散りやすいものだから無下に才人を責めるわけにはいくまい。

 しかし、サーカスというものに懐疑的なルイズはいい顔をしなかった。

「サーカスってあれでしょ。飛んだり跳ねたり手品を見せたりするんでしょ? そんなのあんたいつでも見てるじゃないの」

「ちっちっち、わかってないなあ。それを魔法を使わないでやるからすげえんじゃないか」

「いやよ、あんなちゃらちゃらしたの胡散臭いじゃないの」

 ルイズはどうも機嫌が悪いのもあって意固地になってしまっているようだった。見ると、学院の生徒たちも、貴族としてのプライドからか、いまひとつ興味はあっても乗り気ではないようだった。

 と、そのときだった。団長の顔をさっきからまじまじと見つめていたスカロンが、ポンと手を叩いて言ったのだ。

「あーっ、思い出したわ。あなたたち、旅芸人のカンピラちゃん一座じゃない!」

 すると、それを聞いて驚いた団長がスカロンを見て、こちらもはっとしたように跳び上がってスカロンに駆け寄ってきた。

「おお、そういうあなたはスカロン店長ではありませんか! おお、おお、よく見れば魅惑の妖精亭のみなさんもご一緒で。あの節ではお世話になりました。あなたのご恩は忘れたことはありません」

 感極まったように涙を流しながらスカロンの手を握る団長に、周り中から驚いた視線が集まる。

 いったいどういうことだ? 知り合いなのかといぶかしる周りからの疑問に、スカロンは笑いながら答えた。

「何年か前のことだけどね、ド貧乏な旅芸人の一座がうちに寄ってきたことがあるのよ。もう無一文で、せめて衣装と引き換えに食べさせてくれっていうから一晩泊めてあげたんだけど。へーえ、あのボロボロの一座が立派なサーカスになったものじゃないの」

「はい、お恥ずかしい限りですが、当時の我々は芸人としてはさっぱりで、もう飢え死にする寸前でありました。ですが、行き倒れ同然で転がり込んだ我々に一夜の宿を与えてくれたスカロン様の温情を受けて、まだこの世は捨てたものではないと思いました。そして、名前をパンパラと変えて心機一転芸を磨き続けて、ようやくここまで一座を大きくすることができたのでございます」

 まさに、聞くも涙の物語であった。人に歴史ありというが、陽気に人を笑わす芸人にも、裏には血のにじむ苦労があるものなのだ。

 しかしパンパラ団長は芸人に涙は禁物だと目じりを拭うと、皆を見渡して大きく言った。

「さあさ、こんな明るい日に湿っぽい話はナシでございます。今日はうれしい方と再会できた素晴らしい日です。特別に、初回公演料はいただきません! どうか皆さん、我々のサーカスを見ていってくださいませ」

 その言葉に、一同から歓声があがった。魅惑の妖精亭の皆は、どうせトリスタニアには数時間もあれば帰れるのだからと、公演を見ていく気満々になっているし、ティファニアは子供たちからサーカスを見て行こうとせがまれて断れなくなっている。

 それでも、ルイズや魔法学院の生徒たちは学院に急いで帰るかどうかでまだ迷っている様子だったが、天秤を大きく傾かせたのはアンリエッタだった。

「まあ、おもしろそうですわね。サーカスですか、平民の娯楽を知るのも為政者としては大切な務めですわよね」

 興味津々で言うアンリエッタ。しかし、それに血相を変えたのはアニエスだった。

「い、いけません陛下! これ以上帰還が遅れたら枢機卿がお怒りになられます。ただでさえ今回は無理して来たというのに、これ以上遊んでいる時間はありません」

 しかしアンリエッタは顔色一つ変えずに静かに言い返した。

「あら、お城よりも城下のほうが民の暮らしはわかるものですわよ。これも立派な公務ですわ。そういえば、マザリーニ枢機卿といえば……先日、お城の書庫で持ち出し厳禁の先王様時代の経理書がインクまみれになっていたと、カンカンに怒っておいででしたが……誰の仕業か知っているかしら? アニエス」

「お、お供つかまらせていただきます……」

 冷や汗を流しまくるアニエスを見て、何をやっているんだ、この人は……と、才人は少々げんなりした。そんな場所で何をしていたか知らないが、もしかして仕事外ではポンコツなんじゃないのかこの人は? と、思わざるを得ない。

 とまあこういうわけで、女王陛下がご覧になるのならば我も我もといったふうに、水精霊騎士隊も水妖精騎士団も全員サーカス見物を決めてしまった。こうなるとルイズも一人だけ先に帰るわけにもいかず、しぶしぶ自分も参加するしかなかった。

 

 サーカスのテントは手慣れた様子で一時間ほどで組み上げられ、公演は即座に開始された。

「へーえ、テントの中も地球のもんとあんま変わらないんだなあ」

 テントの中は意外と広々としていて、ざっと二百人くらいは収容できそうな広さを持っていた。U字型になった観客席の中央には、おなじみの空中ブランコの立てられたショースペースがあり、才人は小さい頃に母親に連れて行ってもらったサーカスを思い出した。

 客席は平民用であるために粗末な木の椅子で、そこは多少不満が出たものの、女王陛下が平然としているのに文句をつける者はいない。

 ずらりと整然と席に座り、一同は開演を待った。薄暗い中で、ざわざわと囁く声があちこちから聞こえる。サーカスというものを名前では知っていても、実際に見たことがある者はほとんどいなかったので、不安や憶測でいろいろな話が飛び交っていた。

「サイト、ほんとに大丈夫なんでしょうね? 平民向けの低俗な劇なんかでわたしを退屈させたら許さないわよ」

「大丈夫だって。お前こそ、食わず嫌いせずにもっと期待してみろよ。すっげえ楽しいんだからさ」

 才人はいぶかしるルイズをなだめながら開演時間を待った。

 それでも、開演が間近に迫ってくると、期待に傾く声も増えてくる。ベルが鳴り、開演まであと五分のアナウンスが流れると、いよいよだと皆が息をのんだ。

「さあ、いよいよ始まるぜ。ん? 今ちょっと揺れたような……気のせいか」

 椅子からわずかな違和感が伝わってきたが、すぐ収まったので才人は気にせずにステージのほうへ意識を向けた。

 

 開幕まで、あと三分。その頃、舞台裏ではサーカス団員たちが最後の準備をすませて、いまかいまかとスタンバイしていた。

 団長は張り切っている。恩人に見せる晴れ舞台である上に、多くの貴族たちが見に来てくれているという(アンリエッタがいることは気づいていない)またとない機会だ。

 団員たちはそれぞれの演技の準備を済ませ、そして裏方たちは仕掛けに異常がないかを念入りに調べて待つ。

 そんな中、照明を任されたある団員は天井付近で役目を待っていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。

「誰だい? 打合せならもう済んだ……ひっ! バ、バケモ」

 鈍い音がして、裏方の団員は桁の上に倒れ込んだ。

「……本来なら消しておきたいところですが、万一にも事前に察知される危険は冒せませんからね。さて、ここからなら全体がよく見えますね」

 何者かは天井裏の暗がりに身を潜めつつ、ほくそ笑みを漏らした。

 

 そして遂に、サーカス開演の瞬間が訪れた。

「レディースアンドジェントルメン! 大変長らくお待たせいたしました。パペラペッターサーカス、これより開幕いたします。夢と興奮のひとときを、どうぞお楽しみになってください!」

 ファンファーレとともに幕が上がり、団長に続いてきらびやかな衣装をまとった団員たちが現われて優雅に一礼した。同時に天井から色とりどりの照明とともに紙吹雪が舞い降りてきて、観客から歓声があがった。

 そうそう、この陽気な雰囲気こそがサーカスだよと、才人はまだ始まったばかりなのに嬉しくなった。が、少し気になったことがある。舞台に出ているサーカス団員の誰もが半そでで手袋もない素手をしている。服装は派手なので妙にアンバランスだなと思ったら、団長が「タネも魔法もございません。では、ショーターイム!」と言ったことで、なるほどメイジが紛れ込んで杖を隠し持ったりはしていませんよという証明なのかと理解した。

 そして一番手、さっそくの動物使いの登場に観客は早々に度肝を抜かれることになった。

「うわっ! なんてでかいライオンだ!」

 猛獣使いを乗せて現れたのは、二メイルはあるかという巨大なライオンだった。人間なんか一口でパクリといってしまいそうなでかさと迫力で、その一吠えで学院の生徒たちは縮こまり、子供たちは泣き出すくらいだった。

 しかし、猛獣使いはライオンの背からひらりと降り立つと、ライオンの頭を撫でながら観客に言った。

「皆さんこんにちはーっ! あたし、猛獣使いのルインっていうの。あたしの友達がビックリさせちゃってごめんねーっ! あたしたち、南の国からやってきた兄妹なのーっ。今日はあたしたちのショーを楽しんでいってねーっ!」

 そう言って猛獣使いはライオンの頭に飛び乗ると、ライオンはなんと後ろの二本足ですっくと立ちあがったではないか。

 おおっ! と、思いもかけないライオンの行動に驚く観客。そして軽快な音楽が始まると猛獣使いはライオンの頭に片手で逆立ちして、そのままライオンの頭の上で体操をしたり、かと思うとジャグリングやトランプ芸を披露して見せた。

「すごい。メイジと使い魔だってあそこまで息を合わせるのは難しいっていうのに」

 レイナールが感心してつぶやいた。猛獣使いといっしょにライオンだって動き回っている。二足歩行から四つん這いになって走り回ったりと、激しく動き回っているのに、乗っている猛獣使いは少しもバランスを崩さないのだ。

 そして、大きなライオンが猛獣使いといっしょにコミカルに動き回るのを見て、怖がっていた子供たちも緊張がほぐれてきた。席から立ってステージと観客席の間の柵に駆け寄り、猛獣使いのお姉さんに向かって手を振る子も出てきた。

「はーい、ぼくたちありがとーっ! じゃあもっとすごいの見せてあげるね。カモーン! ファイヤーリーング!」

 猛獣使いの合図で、黒子たちが猛烈に燃え上がる火の輪を持ち出してきた。その火勢と、勇ましく吠えるライオンの姿に、いつの間にか学院の生徒たちも銃士隊も目が釘付けになっている。

 才人は、くーっ! これこそがサーカスなんだよとさらに胸を熱くした。百聞は一見に如かず、本当にタネも仕掛けもなくすごい技を見せてくれるのがサーカスの魅力なのだ。

 火の輪くぐりをするライオンを見て、さらに興奮する観客たち。そして、興奮するのは人間だけではなかった。ルビアナの抱いていた幼体エレキングが、熱気に当てられたのかルビアナの手を離れてステージに寄っていったのだ。

「あらあら、お仕事の邪魔をしてはいけませんわよ」

 心配そうに見送るルビアナ。エレキングはやがてステージに詰めかける人たちの中に紛れていった。

 そしてその後も、サーカスの出し物は続いていった。ナイフ投げや空中ブランコ、メイジが魔法を使えば簡単なことも、平民がやるとなってはスリリングな見世物になる。

 もちろん、貴族から見て退屈にならないようにも工夫がこらしてあった。わざと失敗したと見せてギリギリで成功させて見せたり、手品を使って思わぬところから現れたりと飽きさせなかった。

 そうしているうちに、最初は疑り深かったルイズもいつの間にかステージをわき目も振らずに見つめ続けていた。それを横目で見て、才人がニヤリとしたのは言うまでもない。

 公演はまだまだ続き、時が経つごとに観客の意識は陽気で明るいショーに釘付けになっていく。

 

 しかし、そうして観客も団員も意識がすべてショーに注ぎこまれている間に、信じられないような異変が彼らを襲っていたのだった。

 それは、サーカスのテントの近くを通りがかったド・オルニエールの農夫の眼前で突然起こった。

「ひえええぇっ! テ、テントがでっけえ亀になっちまったぁ!」

 それは彼の常識では精一杯の表現だったが、正確にはテントが巨大な円盤に変わってしまったということだった。

 円盤はその巨体の重さを感じさせない静かさでゆっくりと浮かび上がると、そのまま空へと舞い上がっていった。

 中では外の異変などにまったく気づかず、サーカスショーがそのまま続いている。彼らが居ると思っているド・オルニエールの大地は、知らぬ間にどんどん遠ざかりつつあった。

 

 そしてその光景を眺めて、ほくそ笑んでいる影があった。

 

「ほほお、宇宙船を偽装してまとめて全部捕らえてしまうとは、ずいぶん豪快な方法を使いますねぇ」

 

 それは、ここ最近暗躍を続けているあの宇宙人の姿だった。

 しかし、なぜ彼が関わっているのだろうか? その理由は、時間をややさかのぼってのことになる。

 昨日、怪獣エレキングとの戦いが終わり、ド・オルニエールに平和が戻った。 

 若者たちは勝利と喜びに沸き、やがて騒々しい一日も更けていく……。

 しかし、誰もが疲れきり寝静まる闇の刻にあって、なお蠢く邪悪な者たちがいた。

 

「本当に、ここにアレが? とても信じられない話ですねえ」

「いいえ、確かな情報ですよ。疑うなら別にイイですよ。この話を買ってくれる方はいくらでもいるでしょうからねえ」

 ド・オルニエールを見下ろすどこかで、人ならざる者たちがひそかに話し合っていた。

 一人はすでに何度もこの世界で暗躍しているコウモリのような影。対して、それと話しているのは今だハルケギニアでは未確認の姿をした者だった。

「わかりました、あなたを信用することにしましょう。しかし、アレは正直伝説だと思っていました」

「でしょうね。私もアレがまだこの世に存在するとは思っていませんでした。それが、こんな世界で実在を確かめることになるとは夢にも思いませんでしたよ。私がそうなのですから、あなたが信じられなくても無理はありません」

「そちらこそ、自分のものにせずに私に売りつけるところからして、手に余ったのではないですか? 宇宙に悪名を轟かせると聞く、あの星人の一角にしては情けないことですねぇ」

 互いに慇懃無礼な言葉をぶつけ合い、信頼関係があるようには思えない。しかし、会話の中に登場する”アレ”が、相手への不信を置いても重要な意味を持つのは確かなようである。

 コウモリ姿の宇宙人は、相手からの挑発には挑発で返した。

「私の種族が別宇宙でも有名とは光栄ですね。ですが、私の目的にはアレは不要というより邪魔ですから、欲しい方がいるならお譲りします。なにより私の一族には、あんなものに頼る必要はなく強力な切り札がありますので。ですから、あなたにもそれを差し上げたのですよ。それがあっても、まだご不満ですか?」

 彼は相手の手の内に視線を落とした。相手の手の中には、自分がプレゼントした黒い人形が握られている。それは一見するとただのおもちゃのようだが、得も言われぬ不気味なオーラを放っていた。

「フフ、その手は乗りませんよ。お膳立てを整えておいて、断れば臆病者と蔑む古典的な手段でしょう? ですが、もしアレを手に入れられたら、我々の計画はより完璧なものになるでしょう。それは魅力的です。けれどねぇ」

「なんです?」

「アレを我々に押し付けたいのはわかりましたが、それにしてもお膳立てが丁寧すぎませんか? まだあなたはこの世界で目立ちたくないのは聞きましたが、あなたほどの実力があれば、こんな回りくどい手を使わなくても直接なんとでもできるでしょう。ただの親切なんて陳腐な返事はしないでくださいよ」

 その問いかけに、彼は少し考え込む素振りを見せた後、つまらなそうに答えた。その回答に対する相手側の反応は爆笑。しかし彼は気分を害する風もなく話を続け、やがて相手も了承した。

「いいでしょう。あなたの誘いに乗ってあげますよ。ですが、こちらがアレを手にいれても後悔しないでくださいよ。フフフフ……」

「後悔などしませんよ。私はあなた方のやろうとしていることにも興味はないですし、そちらと同じで、この星がどうなろうともかまいませんからね。ただ、私の残りの仕事が済む前に、この星の人間がアレの価値に気づくと面倒ですから」

「確かに、アレはこの星の人間どもには過ぎた宝ですね。代わりに我々が手に入れて有効活用してあげましょう。では、フフ、アハハハ」

 相手は高笑いしながら闇に消えていった。

 一人残された彼は、しばらくじっと宙に浮いていた。しかし相手の気配が消えたのを確認すると、憮然として呟いた。

「期待してますよ、遠い宇宙の方……なにかを探して並行世界を渡り歩いているそうですが、以前のあのロボットのように、あなたも特異点であるこの惑星に引き寄せられたのでしょうね。この星の特異点……その価値に気づいているのは、今のところ奴だけのようですが、その奴もいつ動き出すか……あまり時間はありません。それなのに……ぐぅっ!」

 そのとき、悠然と構えていた宇宙人から絞り出すような苦悶の声が漏れた。そして、姿勢を崩した彼のマントの影から彼の右腕が覗いたが、それは激しく焼け焦げてしまっていた。

「ぐぅ……やはり、そう簡単には治りませんね。おのれ、よくも私にこれほどの傷を……絶対に許しませんよ。そちらがその気だというのならば、こちらも相応のお返しをしてあげようではありませんか」

 傷の痛みが、彼の胸中に煮えたぎるような憎悪を沸き立たせてくる。彼は自分にこれほどの深手を負わせた相手の姿を思い浮かべた。そう、あれは一週間前のあの夜。

 あの日、彼は事あるごとに横槍を入れてきた何者かをついに探し出し、ピット星人を一瞬にして銃殺したその相手と接触した。フードつきの服で姿を覆い隠していたので顔は見えなかったが、あわよくば相手の力を利用してやろうと対話を持ちかけた彼に対して、その相手は予想外の態度と力で答えてきたのだ。

「まさか、ろくに話も聞かずに即座に殺しにかかってくるとは……あんな野蛮な方とは会ったことがありません。ですが、かすっただけで私にここまでの傷を負わせるとは……それにこの弾丸の破片の金属は、やはりあの星の方のようですね」

 彼は、自分ともあろうものが命からがら逃げだすだけで精一杯だった屈辱に身を焦がした。真っ向勝負に打って出ることもできなくはなかったが、奴があの星人だとすれば、自分の持つ最強の力に匹敵する”あれ”を持っている可能性が強い。そんなものと戦えば確実にウルトラマンたちに気づかれるし、最悪の場合は共倒れとなってしまう。目的の達成が間近な今、そんなリスクを冒すわけにはいかなかった。

 しかし、収穫がないわけでもなかった。わずかにできた会話の中で、その相手が口にした名前……それに、彼は覚えがあったのだ。

「かつて、数々の星を壊滅させたという『それを手にするものは宇宙を制することもできる』という伝説の力……本当に、眉唾な伝説だと思っていましたが、この星の人間たちの中に紛れていたというのですか……? 見定めさせていただきますよ……それが本物かどうかを。そのうえで、この傷の痛みを倍返しにしてあげようではありませんか」

 復讐を彼は誓った。侮りがたい宇宙人だということは確かだが、まだあの伝説の存在そのものかどうかは確証がない。もし本物だというなら、何らかの反応を見せてくるだろう。

 そして、伝説が本物だというならそれもいい。こちらにも、その伝説にひけをとらない”切り札”があるということを、そのときは教えてやろうではないか。

「この宇宙は、絶対的な力を持つ者によって支配されるべきなのです。弱い力はより強い力に飲まれて消え去るのみ。おもしろいではありませんか。誰が真の最強か、勝負するのもまた一興でしょう」 

 

 

 続く


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