第78話
アナタはアナタ(前編)
集団宇宙人 フック星人 登場!
ハルケギニアの五大国の中で、ガリア王国はその最大の国として知られる。
国力、領土面積、いずれも随一を誇り、大国として認めぬ者はいない。
しかし、地方に目を向ければ、貧しい町村や、領主から見放されて荒れ果てた土地も多く、中央の富の届かない影の姿を見せていた。
そして、首都リュティスから百リーグばかり離れた街道沿いに、そんなさびれた町のひとつがあった。
町の名前はポーラポーラ。かつてはロマリアとの交易の結地として人口数万を誇ったこともあったけれど、さらに大きな街道の開通と同時にさびれはじめ、今では人口はわずか千人ばかり。荒れ果てた空き家ばかりが軒を連ねる悲しい幽霊街に成り果ててしまっていた。
そんな町中に一軒の薄汚れた教会があり、固く閉ざされた戸を無遠慮にノックする者がいた。旅装束に、それに見合わぬ節くれだった大きな杖を抱えた小柄な少女。タバサである。
「誰だい?」
中から返事があった。しかし、扉は固く閉ざされたままであり、明らかに歓迎されてはいない。だがタバサは顔色を変えずに、独り言のように扉に向かってつぶやいた。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
「……ヴェルサルテイルの宮殿には、北の花壇はないんだよ」
暗号めいたやり取りの後、ガチャリと鍵の開く音がして、扉の奥からフードを目深に被った修道服姿の女が現れた。
「よくここを突き止めたね。腕は鈍ってないようだ。ええ? 北花壇騎士七号」
「思ったより手間はかかった。王女であるあなたが、こんなところでの生活を続けられているとは思えなかったから……けど、ようやく見つけた。イザベラ」
互いに鮮やかな青い髪をまとった顔を見せあい、タバサとイザベラは再会を果たした。
けれどイザベラは、招かざる客が来たと露骨に渋い顔をしている。その顔からは、王女として宮廷にいた頃の化粧は消えているが、気の強そうな目付きはそのまま残っていた。
「まあ立ち話も何だ。どうせ、帰れと言ったって帰らない気で来たんだろ? 入りなよ、茶ぐらい出してやる。出がらしだけどね」
渋々ながら、イザベラはタバサを教会の中に招き入れた。
「お邪魔します」と、タバサは礼儀なのか嫌味なのかわからないふうに言い、中に足を踏み入れる。中からは埃っぽさのある空気が流れてきて鼻をつき、礼拝堂や懺悔室は物置小屋に見えるほど荒れ果てていたが、奥の給湯室と浴室のあたりだけは生活臭を漂わせていた。
「あなたがプチ・トロワから姿を消したと聞いてずいぶん探した。最初は別荘地などを探したけど、ここまで僻地に逃れているとは思わなかった」
「フン、それでも見つかっちまったら同じことさ……あいつらから聞いたのかい?」
イザベラが尋ねると、タバサは小さく頷いた。
「あなたに協力者がいたことを思い出せたおかげで、わたしもなんとかあなたの足取りをつかめた。信用してもらうのには随分かかったけど、イザベラ様をどうかよろしくと強く頼まれた」
「ちっ、まったくあのデブとメイドめ……せっかく一人暮らしを楽しんでたっていうのにさ」
舌打ちすると、イザベラは足音も荒く廊下を曲がった。よれよれの修道服がはためいて埃が舞うが、当人は気にもかけていない。
タバサはその後ろ姿を見て、それにしてもあつらえたようによく似合っているなと妙なおかしさを感じた。今のイザベラを見て王女だとわかるものはごく近しい者しかいるまい。元々王女らしくなかったけれども、髪は動きやすいようにまとめてあるし、修道服の着こなしはだらしなく、ただの町娘と言って疑う者はいるまい。これならずっと見つからなかったのもうなづける。
「ずっと一人で暮らしていたの?」
「ああ、食べるものはたまにアネットのやつが届けてくれるし、道具はだいたいここに揃ってるからな。このボロ教会はド・ロナル家の持ち物だそうだから、訪ねてくる奴はまずいない。隠れ家にはいいとこだよ」
「でも、誰にも世話をしてもらえずに、よくあなたが我慢できた」
「そりゃ最初は面倒だったさ。けど、慣れてしまえば独り暮らしも楽しいもんさ。好きなときに食えるし寝れるし、何よりうるさい奴らがいない」
イザベラは、気にもとめてない風に平然と言う。
開き直ったときの思い切りのよさは、どこかキュルケに似ているなとタバサは思った。わがままで自分勝手だが、プライドの高さゆえに独立心も強い。
「ほらよ、こんなものしかないけど飲みたきゃ飲みな」
元はシスターたちの更衣室であったらしい部屋に置かれたテーブルにタバサを座らせ、イザベラはひびの入ったコップに茶を注いで、地味な菓子を振る舞ってくれた。
タバサは黙ってイザベラに従い、室内をざっと見渡した。すくなからぬ時間を過ごした形跡がある割には、掃除をする気なんかまったくないふうに散らかり放題で、テーブルも埃まみれではあったけれど、タバサにはそれのほうがなぜか安心できた。
テーブルを挟んで、よく似た顔立ちをした従姉妹同士が向かい合う。
「いただきます」
ぽつりと言い、タバサはコップに注がれたお茶に口をつけた。味も香りもほとんどせず、ただの色水に近い。
けれど、温かみだけはあり、コクコクとタバサは数口飲んだ。イザベラは、「けっ、この悪食め」と呆れて見ているが、タバサは今日ここに来てよかったと感じていた。
「お願いがある」
タバサは一息に切り出した。もとよりそのつもりで苦労して居場所を突き止めたのだ。
するとイザベラは「そうら来た」と、ふてぶてしく椅子に体を寄りかからせた。しかしタバサが切り出した内容は、イザベラの想像を超えていた。
「ガリアの女王になって欲しい」
「……はぁっ!?」
イザベラは思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。こいつのことだからとんでもないことを言ってくるとは思っていたけど、どこからそんなぶっ飛んだ話が出てくるというんだ?
「わたしの耳がどうかしちまったのかね。女王になれって聞こえた気がしたけど」
「空耳じゃない。ついでに言えば冗談でもない。あなたに、ガリアの女王になってもらいたい」
タバサの口調は淡々としていながら、空気を重くするような真剣味が感じられた。
イザベラは、重ねて突きつけられた信じられない要請を咀嚼しきれないながらも、プライドの高さから平静を保ってタバサに問い返した。
「気でも触れたのかい? ガリアはまだわたしの父上が健在だ。どうしてわたしが女王になれる?」
「ジョゼフの統治はもうすぐ終わる。わたしが終わらせる。なにより、ジョゼフ自身がもう在位を望んでいない。でも、ジョゼフがいなくなった後に速やかに空位を埋めなくては内戦になる。今、生き残っている王位継承者はわたしとあなたの二人だけ。そして、後継者としては前王の実子であるあなたのほうがふさわしい」
「建前ではそうだろうね。けどそれは、つまりお前が簒奪者の汚名を避けるための傀儡になれってことだろ?」
イザベラはにべもなくヒラヒラと手を振って断った。そんな都合のために王位を押し付けられるなんて死んでもごめんだ。
しかしタバサは邪な様子は一切見せずに続けた。
「わたしには別にやることがある。ガリアを短期に収めるには、表の権威と裏からの工作が必要」
「フン、自分から花壇騎士時代に戻ろうっていうのかい? けど、わたしが表からの権力で、昔みたいにお前を辱め始めたらどうする?」
「好きにすればいい。わたしひとりでガリアが収まるなら、安いもの」
「甘く見るなよ。わたしだって元北花壇騎士の団長だ。そんな正義じみたことを言う奴は一番信用おけないんだ。お前にわたしがやったことを思えば、恨んでいないほうがどうかしている」
イザベラは馬鹿ではなかった。舌鋒鋭くタバサを問い詰めて来る。
しかしタバサは表情を変えることなく、イザベラに言った。
「あなたに恨みはない」
「恨みはないだって? 言うにことかいてこれはお笑いだ! わたしの命令でお前は何回死地に放り込まれた? 何回人目の前で辱められた? 馬鹿にするのもたいがいに」
「でも、今のあなたはそれを後悔している」
罵声をさえぎって放たれたタバサの一言に、イザベラは思わず言葉を詰まらせた。そして絶句するイザベラに、タバサは従姉と同じ色をした目を向けて告げる。
「わたしは、あなたの人形だった。物言わぬ、心持たぬ人形……だけど、人形であるからこそ、いつからか人間の心が見えるようになってきた。イザベラ、あなたはわたしの前で一度も心から笑ったことはない。そんなあなたに、わたしは恨みを抱くことはできなかった」
「恨まれるどころか、むしろ哀れまれていたというのかい……戦う前から……いや、戦いもしないうちにわたしはお前に負けっぱなしだ。ああそうさ! わたしはお前が憎かった。わたしにない魔法の才を、お前はじゅうぶんに持ち合わせているからね。けど、どんな無理難題を押し付けても、お前は一度も折れなかった。せめて一度でもお前がわたしに許しを請えば、わたしの気も晴れただろうにさ!」
「でも、今のあなたはそれも間違いだったと知っているはず」
「どうしてそう思う?」
「魔法では手に入らないものがあるということを、今のあなたは知っているから」
その一言に、イザベラは思わず苦笑いした。友人と呼ぶにはまだ自信がないが、こんな自分がはじめて本音をぶつけ合うことができた、デブとメイドの顔が思い浮かぶ。
悔しいが、タバサには自分の何倍もの友人がいるのだろう。そんなタバサからすれば、自分など恨む価値さえなかったとされてもしょうがない。
なんとまあ、馬鹿馬鹿しいことかとイザベラは思った。自分は長い間、いつかタバサが復讐に来るかもという、ありもしない幻想に怯えていたのか。
「ハァ。考えてみれば勝者が負け犬を恨むはずもないね。けど、それと王座のことは別だ。わたしは別にガリアがどうなろうと知ったことじゃない。お前の都合のために、余計な苦労をしょい込むほどお人よしでもない」
「わたしも王位はどうでもいい。どうでもいいと思っていた。でも、わたしは任務の中で王家の争いに巻き込まれて不幸になった人を何度も見てきた。空位期間が生まれれば、その混乱の中でより大勢が不幸になってしまう」
「ならなおさら、お前が女王になるべきじゃないのかい? 今でもオルレアン公の人気は絶大だ。貴族どもは歓呼の声で迎えるだろうし、統治の才覚もお前のほうがあるだろう。裏の仕事なら、わたしだって専門分野だ」
「それでいいとも考えた。けど、トリステインのアンリエッタ女王を見ていて思った。わたしには、女王として必要なものが欠けている。だけど、あなたにはそれがある」
「これはまた、最高のお笑いを提供してくれたね! わたしのほうがお前より女王として優れているだって? お世辞にしたって限度ってものがあるよ。馬鹿にされるのは慣れてるつもりだけど、そこまで言われたら気分が悪いね」
するとタバサは神妙そうに頭を下げた。
「ごめんなさい。侮辱するつもりはなかった。でも、今、この世界は安定しているように見えるけど、それは見せかけだけ。幻想が晴れるその時までにガリアを立て直しておかなければ、今度こそガリアは滅びてしまう。残念だけどその力は、ジョゼフにはない」
タバサの態度に嘘偽りはないように見えた。しかし、イザベラはタバサの態度に違和感を感じていた。
「あんた、今日はずいぶんとよくしゃべるじゃないか。わたしには人の心は読めないけど、お前とは無駄に付き合いだけは長いからわかるよ。お前、焦ってるだろ? まだ何を隠しているんだい?」
「……それを言うならイザベラ。なぜあなたはガリアの王がジョゼフだと覚えているの?」
「え……?」
イザベラは唐突なタバサの問いに答えることができなかった。それはイザベラにとっては当たり前すぎることであったから。
しかし、タバサはイザベラを真っ向から否定するように告げた。
「今、ガリアの人間。いえ、ハルケギニアの人間のすべてはガリアにジョゼフという王がいることを忘れて、それが当たり前だと思って生きている。異常だけど、ある力によってそれが当たり前だと思い込まされている。けど、あなたは本来の世界の記憶を持ち続けている」
「お前……どういうことだい? この世界がおかしくなっちまった原因を、お前は知っているのかい」
「知っている。いいえ、世界中の人々の記憶に手を加えた張本人は、わたしだから」
イザベラは椅子から立ち上がると、無言のままタバサの胸倉をつかみ上げた。だがタバサはイザベラのされるがままに身を任せており、イザベラは怒りを押し殺しながらタバサに言った。
「どういうことだい? 説明してもらおうか」
「……話せば長くなるからかいつまんで説明する。少し前に、ジョゼフに異世界から来たという者が接触してきた。あなたが前に召喚したと聞いたチャリジャと似たような者と思ってくれればいい。そいつは、ジョゼフとわたしを相手に、ある条件と引き換えに、ハルケギニアの人間すべての記憶を改ざんしてしまったの」
「そうか、ある日突然に誰に聞いてもお父様のことを知らなくなってたのはそういうわけか。まったく、わたしのほうが頭がおかしくなっちまったんじゃないかって狂いそうだったよ。それで、なんでわたしの記憶だけがそのままだったんだい?」
「もしも、わたしとジョゼフの両方に何かがあったときにガリアを託せるのはあなたしかいない。だから、あなただけは記憶操作から外してもらったの。でも本当なら、あなたにはこのまま穏やかに生活を続けていてほしかった。けど、状況が変わって、どうしてもあなたの力が必要になったの」
イザベラはタバサの胸元から手を離すと、むかついている様子を隠すことなく吐き捨てた。
「チッ、つまりお前の尻拭いをわたしもやれってことじゃないか。ふざけるんじゃないよ。そんな理由で押し付けられた玉座なんか願い下げだ」
「悪いと思っている。でも、人々の記憶を改ざんしておける時間は、もう長くない。そのときにガリアが本当に滅亡するのを防げるのは、もうわたしとあなたしかいない。イザベラ、あなたしかいないの」
タバサはイザベラに向かって頭を下げた。しかしイザベラは、懐疑的な目を緩めなかった。
「フン、お前がわたしに頭を下げるとはね。前だったら思いっきり高笑いしてやったろうね。けど、お前さっき言ったよな? 王座のことなんかどうでもよかったって。それがどうして、今さらガリアのためにそんな必死になってるんだ?」
いまだに信用していないイザベラの視線は、タバサにまだ隠している問題の本質を明かすようにと強く訴えていた。タバサは、イザベラには隠し事はできないと覚悟を決めた。
「ガリアがここまで追い詰められてしまったのは、元をたどればわたしのお父様とジョゼフの確執が原因。娘のわたしには、その責任をとる義務がある」
「それだったら、責任はわたしの父上のほうにあるだろう。もう知っているよ。オルレアン公はわたしの父上に毒殺されたって。お前たち親子のほうは、むしろ被害者じゃないか」
「違う……あなたの言うとおりだと、わたしもずっと信じてきた。けど、真実は違っていた。罪人は、ジョゼフだけではなかったの」
タバサは絞り出すようにそう言うと、懐から一冊の古ぼけた本を取り出してイザベラに差し出した。
「なんだい?」
「読んで」
なかば押し付けるように差し出されたその本を、イザベラは受け取るとペラペラとページをめくった。どのページにも、人名や数字がびっしりと羅列してあり、よく見ると「何年何月にあの貴族に金をいくら贈った」とか、逆に「あの貴族からどこそこの名画や宝石を贈られた」などを細かく記した帳簿らしいことがわかった。
「なんだい、よくわからないけど、賄賂の記録じゃないのか? こんなもの、どこの貴族のとこを探しても出て来るだろう」
「……それが、わたしの父の書斎から出てきたのだとしても」
「なんだって……」
イザベラは慌てて筆者を確認した。タバサは筆跡で書いた人間を特定したが、イザベラはそうはいかない。しかしイザベラは最後のページに、おそらくペンの試し書きで書いたと思われる落書きを見つけた。
「「僕は兄さんには絶対に負けない」か……」
それが、誰が誰を指したものであるかはイザベラにもすぐにわかった。
三年前のあの当時、イザベラも子供であった。しかし、子供のイザベラの目から見ても当時のオルレアン公の人気は天を突くようで、反面『無能』の代名詞であったジョゼフの娘の自分はずいぶん肩身の狭い思いをしたものだ。
だが、大人になった今、冷静にジョゼフとオルレアン公を比べてみれば、二人には魔法の才を除けば極端な差はなかった。王位は長子が継ぐべしという世の習いを思えばジョゼフを推す者も少なからずいたであろう。いくらオルレアン公が好人物で有名だったとしても、どこかおかしくはなかったか?
イザベラはタバサの顔を覗き見た。いつもの無表情を装ってはいるけれど、どこか怯えているように見える。これまでどんな凶悪な怪物の退治を押し付けても眉ひとつ動かさなかったというのに。
「お前は、これをどう思ってるんだい?」
「信じたくはなかった。けど、生き残っているオルレアン派の貴族の何人かに探りを入れてみたら、間違いないとわかった。わたしは、娘として父の罪を償わなければいけない」
「これを、わたしの父上はもう知っているのか?」
「まだ伝えていない。今伝えたところでなにも変わらない。それに、ジョゼフのやった罪が消えるわけでもない」
イザベラは、タバサの目にいまだ消えない執念の炎が燃えているのを垣間見て、ごくりとつばを飲んだ。
「なら、これからどうするつもりなんだい?」
「もうこれ以上、ガリアをわたしたち王家の犠牲にするわけにはいかない。わたしはその因縁を闇に葬るために、あえて奴の作戦を続けさせる。イザベラ、その後にガリアを治めるのは、一番罪に触れていないあなたがふさわしい」
「わたしが一番罪に触れていない、か……皮肉だとしても、これ以上のものはないね」
イザベラは苦笑した。まったく、運命の女神というやつはよほど残酷で悪趣味な魔女であるに違いない。
「もし、わたしが嫌だと言ったら?」
「そのときは、わたしが全てにケリをつける。あなたには、もう二度と会うことはないと思う」
「どうしてそこまで一人で背負い込もうとするんだい? お前の責任感が強いのはわかったけど、お前が悪いわけじゃない。わたしみたいに何もかも投げ捨てて隠れ住んだほうがずっと楽じゃないか?」
すると、タバサは短く宙をあおいでから答えた。
「このガリアには、この世界には、犠牲にするにはもったいないほど素晴らしい人たちが大勢いる。そんな人たちを、わたしは好きになりすぎてしまった。イザベラ、あなたもそのひとり」
「わたしが? わたしがいつお前に好かれるようなことをしたんだ? 恨まれるようなことしかした覚えはないよ」
「あなたが助けたあの少年とメイドから聞いた。イザベラさまは、本当は寂しがりやなだけで、本当は優しい方なんだってことを。わたしも、小さい頃はあなたによく遊んでもらったのを覚えている。あなたは、あの頃から変わっていない」
「ちっ、ほんとにあのバカどもめ。今度会ったらはっ倒してやる」
照れながらもイザベラに嫌悪感はなかった。
しかし、それとタバサに協力するかどうかとなっては話は別だ。このガリアという崩壊寸前の国を立て直すには想像を絶する困難が待っていることだろう。それは、イザベラがかつて経験したこともない重圧だった。
でも、イザベラにも迷いはあった。ガリアという国は、自分にとってたいして愛着のあるものではないけれど、タバサと同じ様に守ってあげたい人たちはいる。なにより、かつて進んで死地に送り出していた時とは逆に、タバサを見殺しにするのは忍びないという心が生まれている。
「少しだけ考える時間をおくれ。今晩には答えを出すから、しばらく一人にしてくれ」
「……わかった。今晩、また来る」
タバサは短く答えると席を立った。
イザベラはじっと考え込んだ様子で、立ち去るタバサに見向きもしない。タバサはそっと廊下を歩むと、教会の外に出た。
外は日が傾きだし、相変わらず人通りはまばらだった。
まるで寿命を待つばかりの老人のような街だとタバサは思う。いやきっとガリアだけでなく、世界中にこうした役目を終えて滅びを待つだけの町はあるのだろう。
しかし、まだガリアという国をそうしてはならないとタバサは思った。全てのものはいつか滅びるのが定めだとしても、ガリアほどの大国が倒れれば、ハルケギニア全体に少なくとも数年に及ぶ混乱が巻き起こる。そうなれば、近い将来本格的に動き出すヤプールに対抗するのは不可能になる。
タバサは空を仰いで思った。お父様、あなたもいつかはこの空を見ながらガリアの行く先を思ったのですか? もしお父様が生きていたら、ガリアをどんな国にされたのでしょう? わたしは、この三年間そのことばかりを思ってきました。けれど、それは間違いだったかもしれません。
人の上に立つ、国王として何が必要か? たぶん、多くのものが必要なのでしょうけど、お父様もジョゼフも一つだけ気がついていないものがあったのですね。でも、それをイザベラは持っています。イザベラ自身は気づいていないけれど、横暴な王女だったイザベラが誰にも頼らずに自分だけで茶を淹れてくれたことで、確信しました。
タバサは物思いに耽りながら、しばらくの休息をとるために歩いた。なにかと多忙ではあるが、シルフィードのいない今の移動は時間がかかり、疲労も溜まりやすい。しかしその中で、何かの役に立てばとジョゼフの所有していた『始祖の円鏡』をロマリア名義で密かにトリステインに送っておいたことが功を奏したらしいと聞いた。まったくあいつは何を考えているのかわからない。
こんな寂れた街でも旅人向けの宿は残っており、タバサは町外れの小さな宿に入ると食事もとらずに寝床に飛び込んだ。
やがて日も落ち、夜がやってくる。
ポーラポーラの街は酒場で賑わうような者すらもいなくなって久しく、日が落ちるとわずかな住人も家に閉じこもって街は静寂に包まれてしまう。
夜道に響くのは野良犬の声ばかりで、街は本当に死んでしまっているかに見えた。しかし……その深夜のこと、タバサは妙な不快感を感じて目を覚ました。
「んっ……何?」
頭の中に沁み込んで来るような、聞いたこともない高い音がタバサの耳に響いてきた。しかもそれは耳を塞いでも頭の中に執拗に鳴り響いてきて、タバサは直感的に危険を感じて呪文を唱えた。
『サイレント』
音を遮断する魔法の障壁が張られ、タバサは不快音から解放されてほっと息をついた。
いったい今の音は何? タバサはサイレントの魔法を張ったまま客室を出ると、まずは宿の様子を確かめた。
「みんな、眠らされている……」
宿の主や泊り客は皆、揺り起こしても何の反応もないくらい深く眠らされていた。あんな不快音の中でなぜ? と、思ったが、タバサは自分が風のスクウェアメイジだということを思い出してはっとした。
なるほど、自分は風の脈動、つまり音に対して人一倍敏感だから、普通の人間とは逆の反応をしてしまったのだ。あの不快音は、恐らく普通の人間に対しては催眠音波として働くのだろう。自分もスクウェアにランクアップしていなければ危なかった。
しかし、なぜこんな辺鄙な街でそんなものが? いや、考えるのはもっと状況を把握してからだと、タバサは直感に従って夜の街へと飛び出した。
深夜の街は洞窟の中のように暗く不気味で、今日は月も大きく欠けている日だったので月光もほとんどなく、タバサは『暗視』の魔法を自分の目にかけて路地を進んだ。
おかしい……昼間とは空気が違う。タバサは駆けながらも、ポーラポーラの街を流れる空気の異常に気付いた。昼間は寂れていながらも人の住んでいる街らしく、生ゴミの腐臭や生活の煙の臭いがかすかに嗅ぎ取れたが、今はまるで新築の家の中にいるような無機質な空気しか感じない。まるで街がそっくり同じ姿の箱庭に変わってしまったような。
そのとき、タバサは人の気配を感じて物陰に隠れた。ぞろぞろと、こんな深夜には似つかわしくない大勢の足音が近づいてくる。
「あれは……」
タバサはそれらの中の数人に見覚えがあった。ついさっきまで自分がいた宿の主や泊り客らだ。その誰もが操り人形のように虚ろな表情で歩いていった。
彼らをやり過ごした後、タバサは疑念を確信に変えた。この街ではなにか異常な事態が起こっている。
すると、さっき街の人たちが去っていった方向から足音がして、タバサは再度身を隠した。すると妙なことに、さっき去っていった街の人たちが戻ってきたではないか。
だがタバサは違和感を覚えた。街の人たちの様子が変わっている。さっきは操り人形のようだった表情が、どこか悪意を感じる薄笑いに変わっていたのだ。
操られているのか……それとも。タバサは考えたが、遠巻きに観察するだけでは確証を得るのは無理だった。いやそれどころか、タバサの目に信じられない光景が映りこんできたのだ。
「町が……動いている!?」
思わず口に出してしまったほど、タバサの見た光景は常識を外れていた。さっきまでタバサの寝ていた宿の近辺の建物が動き出して地下に沈んでいったかと思うと、まったく同じ建物が地下からせり出してきて、パズルのように元通りはまっていったのである。
自分の目はどうかしてしまったのか? だがタバサは冷静さを取り戻して確かめると、目の前で起きている光景が『暗視』の効果でのみ見えており、裸眼ではまったく見えないことを発見した。
からくりが読めてきた。どういう狙いかはわからないけれど、何者かが普通の人間の目には見えない仕掛けを使って街をそっくり入れ替えてしまおうとしているようだ。こんなことができるのは、ハルケギニアの住人では考えられない……ならば。
いや……タバサは探求心を押し殺して、現状で最優先させなければならないことを思い出した。街の異変も重大だが、それよりも急いで確認しなければいけないことがある。
「イザベラ……」
タバサは足音を消して路地を急いだ。
そして、昼間のボロ教会の前についたタバサは扉をノックして反応を待った。
「どなたですか?」
確かにイザベラの声で返事が返ってきた。しかし、昼間よりも声色が暗く、何よりもタバサは風系統のメイジとして、その声にほんのわずかだが人間の声ではありえないノイズが混ざっているのを聞き取った。
「この春は暖かで、王宮の花壇は北も南もきれいでしょうね」
昼間と同じ呼びかけをして返事を待った。しかし、相手から返答はなく、しばらくしてわずかに開いた扉のすきまからイザベラの顔が覗いた。
「どなたですか?」
明らかにこちらを知らないという態度。それを確認した瞬間、タバサは脱兎のように素早く行動に出た。
杖を扉の隙間に差し込んで一気にこじ開け、小柄な体でイザベラのような何者かに体当たりを仕掛けたのだ。
「ぐあっ!」
イザベラそっくりのそいつは、こんな展開は予想していなかったようで、タバサの体当たりをまともに食らって教会の中の床に転がった。タバサはそのまま、相手が起き上がろうとするところへ腹を踏みつけて動きを封じると、杖の先に鋭い氷の刃を作って相手の首筋へ突き付けた。
「暴れると殺す、叫んでも殺す」
短く脅しの言葉を放ち、タバサは相手が返事ができるようになるのを待った。
イザベラのような相手は、腹を踏みつけられたことでイザベラそっくりの顔を歪めながら苦しんでいたが、やがて息を整えると、恐怖に震えた様子で言った。
「お、お前はいったい? 誰だ? なんのためにこんなことをする?」
やはりこちらのことを一切知らない様子に、タバサはイザベラそっくりなそいつの腹をさらに強く踏みしめた。
「質問をするのはこっち。まずは正体を現して。それ以上、彼女の姿を騙ることは許さない」
「ぎゃぁぁっ、わ、わかった。わかったからやめてくれ」
イザベラそっくりな相手の姿がぼやけたかと思うと、次の瞬間そこには大きな耳と筋だらけののっぺらぼうの顔をした宇宙人の姿があった。
やはり……タバサは相手の動きを封じたまま、イザベラの姿を騙られた怒りを込めた声で尋問を始めた。
「あなたは誰? どこからやってきたの?」
「わ、我々はフック星人だ。ヤプールの差し金で、別の宇宙からやってきたんだ」
「目的は何? 侵略?」
「さ、最初はそのはずだったんだ。でも、アイツがやってきてからおかしくなっちまったんだ。お前、ウルトラマンどもの仲間か? 頼む、命だけは助けてくれ」
フック星人はタバサに気圧されたのか、それとも元々小心なのか、みっともないくらい怯えながら答えた。
タバサは、嘘をついている可能性は低いなと判断しながらも、油断なく尋問を続けた。
「おとなしく答えれば殺しはしない。イザベラは……この街の人たちはどこへやったの?」
「ち、地下の俺たちの基地だ」
「なぜ、街の人と入れ替わっていたの? ここで何をしているの?」
「俺たちフック星人は夜しか活動しないんだ。だから夜になったら街の人間と入れ替わって、街を偽物に入れ替えてごまかしてたんだよ。俺はただの下っ端で、地下で何をしてるかは隊長しか知らねえ」
「なら、その入り口に案内して。そうしたら解放してあげる」
タバサはフック星人を立たせると、その後ろから死神の鎌のように杖をあてがって歩かせ始めた。
地下への入り口は下水道のマンホールにカムフラージュされていた。タバサはそこでフック星人を気絶させて物陰に隠すと、地下へと降り始めた。
気配を消しながらタバサは延々と続く階段を降りていった。地下はかなり深く、ざっと百メイルは降りたかと思った時、やっと平坦な通路へ出た。そして、その通路に空いた窓を覗き込むと、タバサはあっと驚いた。
「これは……表の街」
ポーラポーラの街がそっくりそのまま地下の広大な空間に移されていた。鼻をこらすと、昼間感じた生活臭が漂ってくる。間違いなく、こちらが本物の街だった。
なるほど……フック星人たちは、こうやって街と住人をそっくり入れ替えて侵略を進めていくつもりだったのかとタバサは思った。昼間はなんの異変もなく、夜な夜なこうして侵略地域を増やしていけば、人間に気づかれることなくいずれ地上を全部手に入れることができる。実際、かつて地球でもフック星人たちはこうしてウルトラ警備隊の目をあざむきながら侵略計画を進めていたのだ。
きっと街の人たちやイザベラもこのどこかに……だがここでタバサは考えた。単純にイザベラを取り戻すだけなら、朝を待てば街は元に戻されるだろう。それが一番確実だ。
いやダメだ。すでに自分は下っ端とはいえ、フック星人のひとりを倒してしまっている。気づかれるのも時間の問題だ。そうなれば、街が元に戻る保証はない。
やはり、今晩のうちにイザベラを奪還するしか道はない。だがそう思った瞬間、通路にブザー音と非常放送が流れ始めたのだ。
「全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員に告げる、侵入者あり。全隊員はただちに非常事態態勢をとり、侵入者を排除せよ! 繰り返す……」
見つかった! タバサは思ったよりも早い敵の反応に焦りを覚えるとともに、通路の先から足音が近づいてくるのを聞き取った。
数は数人、戦って倒すか? いや、敵の全容が掴めていないのに派手にこちらの存在を暴露するのは危険だ。タバサは思い切って、窓から眼下に広がる街へと飛び降りた。
小柄な体が宙に舞い、青い髪がたなびく。振り返ると、飛び降りた窓から数人のフック星人がこちらを見下ろしているのが見えた。
『フライ』
落ちる寸前に魔法で浮いて着地し、タバサは町並みの影に姿を隠した。
これで少しは時間が稼げるはずだ。ポーラポーラの街は空き家だらけで身を隠す場所には苦労しない。と、そこでタバサは偶然にもこの場所が、本物のイザベラがいるであろう教会のすぐ近くであることに気づいた。
ここからなら、百メイルも行けば教会にたどり着ける。しかし、敵の対応の速さはタバサの予測をさらに上回っていた。自分に向かって人間ではない足音が複数近づいてくるのが聞こえる。もう回り道をしている余裕はないと、タバサは呪文を唱えて空気の塊を巨大な砲弾にして発射した。
『エア・ハンマー!』
スクウェアクラスの威力で放たれた空気弾は本物の砲弾も同然の威力で廃屋の壁を次々にぶち破りながら進み、その跡には家々の壁に丸い穴が続いた通路が出来上がっていた。
よし、これで最短距離で直進できる。少々荒っぽいが、どうせみんな空き家なので勘弁してもらおう。タバサは飛びながら自分で作ったトンネルを急行し、そのゴールには目論み通り教会があった。
「アンロック」
と、言いながらまたエア・ハンマーで扉をぶっ飛ばし、タバサは屋内でイザベラを探した。
いた。イザベラは休憩室のソファーで寝息を立てていた。きっと、ソファーで考えながら眠ってしまったところを眠らされてしまったのだろう。
タバサは杖を振り上げると、「起きて」と言って、思い切りイザベラの頭に振り下ろした。
「あがぐがびげがげ!?」
熟睡していたところをぶん殴られて、イザベラは人間の放つものとは思えない声を叫びながらソファーから落ちて七転八倒した。
しまった……ついうっかりいつもシルフィードにしてる起こし方をやってしまった。死んでないといいけど……。
「あがががが……な、なにが!?」
よかった、どうやらイザベラもなかなか石頭だったようだ。多少目を回してはいるようだけども、起きてくれたならとりあえずよしだ。タバサは、次からイザベラを起こすときにはこの手でいこうと思った。
しかし、のんびりしてもいられなさそうだ。フック星人の追っ手が迫ってきている気配がする。タバサはイザベラの首根っこを掴むと、勢いよくフライの魔法で飛び出した。
「ぐえええ……」
首が締まってイザベラから苦悶のうめきが漏れる。が、悪いがかまっている余裕はない。タバサは全速で飛行しながら、時に追っ手に魔法を撃って退けつつ急いだ。
やがて街はずれまで来て、ようやく追っ手をまいたタバサはイザベラを放した。イザベラはしばらく激しくせき込んでいたが、やがて顔を真っ赤にしてタバサにつかみかかってきた。
「お前やっぱりわたしを殺す気だろ! わたしが憎いならはっきり言ったらどうだい!」
「あなたに恨みはない」
「どの口でそんなことを言うんだよ!」
「しっ、声が大きい。敵に気づかれる」
「敵ぃ!?」
タバサはいきりたつイザベラをなだめながら、今の状況を説明した。
イザベラは殴りかかる寸前まで行きながらも、空が天井で封鎖されているのを見て状況を理解した。
「なるほどね。前は小さくされて捕まって、今度は街ごと捕まってしまったわけか。それにしてもお前、もう少し優しく助け出すことはできないのかい?」
「荒っぽい仕事ばかりやらせてたのはあなた」
「ぐぬぬ……で、これからどうするつもりなんだよ?」
「まずは出口を探す。最悪、あなただけでも逃がさないといけない。できるだけ静かにしながらついてきて」
話を強引に打ち切ると、タバサはさっさと歩きだしてしまった。イザベラはまだ言いたいことはあったけれど、こんな状況ではタバサ以外に頼れるものはおらず、しぶしぶ後をついていった。
街は住人がそれぞれの家で眠らされているようで、タバサたち以外には動く者はいない。だがフック星人の兵士があちこちで自分たちを探し回っており、ふたりは隠れ潜みながらじっくりと進んでいった。
「おい、なんであんな弱っちそうな奴ら、さっさと倒して行かないんだよ? 今のお前ならできるだろ」
じれたイザベラが急かしてくる。しかしタバサはしっと口を押さえながら小声で返した。
「敵の総力がわからないままで、無駄な精神力は使えない。それに、彼らは目がない代わりに耳が発達してるようだから、へたに騒げば仲間がわっと集まってくる」
もしフック星人がタバサの精神力を上回る戦力を持っていたらタバサに勝ち目はない。タバサは可能であればポーラポーラの街の人たちも助ける気でいたから、雑兵相手に無駄な戦いをするわけにはいかなかった。
それに、敵を泳がせることで利用することもできる。タバサはフック星人の兵隊の動きを注意深く観察していた。彼らのパトロールの動きを読めば、ここの出入り口も読めるはず。案の定、廃屋のひとつが彼らの出入り口になっているのがわかった。
「あそこから別のところに行けそう」
タバサはフック星人が去った後に、イザベラをともなって廃屋に入った。
どうやら地下室への入り口が出入り口になっているらしい。敵の気配がないことを確認して、その入り口をくぐった。
行く先は機械的な地下通路になっていて、まるで宇宙船のような作りのそこを、旅人服のタバサと修道服のイザベラが進んでいくのは、見る者がいればアンバランスだと思ったことだろう。
この先はいったいどこにつながっているのだろう? 二人は息をひそめながら通路を進んでいく。
「おい、なんかどんどん下へ下へと下がっていってる気がするんだが、ほんとに出口に向かってんのか?」
イザベラが抗議してきても、もちろんタバサにだって確信があるわけがない。しかし、いまさら引き返すというわけにはいかず、運を天にまかせるしかないのが本音だ。
が、通路は果てがないくらい長く、イザベラが疲れて壁に寄りかかった。
「ちょ、ちょっと待っておくれよ。少し休憩していこうぜ、こっちはお前ほど歩き慣れてないんだ、うわぁっ!?」
「イザベラ!?」
突然、イザベラの寄りかかった壁が回転したかと思うとイザベラは壁の向こうへ吸い込まれていってしまった。
隠し扉!? タバサは慌てて壁の向こうへ消えたイザベラを追って自分も回転扉のようになっている隠し扉の先へと進んだ。
「う、いてて」
「イザベラ、大丈夫?」
「ああ、びっくりしただけだよ。それにしても、なんてとこに扉を作りやがるんだ。って……なんだいこれは!」
イザベラとタバサは、隠し扉の先にあった部屋でおこなわれている光景を見て驚愕した。
大きな部屋の中でベルトコンベアーとロボットが無人で稼働し、機械音を響かせながら何かを製造している。
ふたりはしばらくその光景にあっけにとられた。ハルケギニアの人間の常識ではありえない光景……しかし、一時期を地球で過ごしたことのあるタバサは、これが工場であることに気づいて、ベルトコンベアーの上で何が作られているのかを覗き込んだ。
「これは、銃?」
タバサは手に取った未完成品を見てつぶやいた。ハルケギニアの原始的な火薬式のものとは違い、全金属製だが木のように軽い未知の金属で作られている。恐らくは光線銃の類だろう。
見ると、複数あるベルトコンベアーではそれぞれ違った兵器が製造されている。それぞれが手持ち携行可能なサイズの銃火器で、中には才人たちがド・オルニエールで見たウルトラレーザーも含まれていた。
ここはフック星人の兵器製造工場かとタバサは考えた。異世界の武器がいかに強力かはタバサもよく知っている。できればここも破壊しておきたいがと思ったが、イザベラが急かすように袖を引いてきた。
「なに考え込んでるんだよ。こんなところに用はないだろ、早く出口を探そうって」
確かに、今はそこまでやっている余裕がないのも確かだ。優先すべきはまず脱出、基地の破壊は準備を整えた後でもいい。
タバサは元の通路に戻ろうと踵を返した。だがそこへ、あざ笑う声が高らかに響いてきたのだ。
「ハッハハハ! 出口なら永遠に探す必要はないぞ」
はっとして振り向いた先の壁が回転して、大柄なフック星人が入ってきた。
とっさに杖を向けるタバサ。しかし、タバサが呪文を唱え始めるよりも早く、壁の別のところや工場の物陰から何十人ものフック星人が現われてふたりに銃を向けてきたのだ。
「……くっ」
「ハハハ、いくらお前が優れたメイジでも、これだけの銃口に狙われてはどうしようもあるまい? さあ、後はわかるだろう? 俺に退屈な台詞を言わせないでくれよ」
嘲るフック星人に対して、タバサは攻撃することができなかった。表情こそ変えていないが、内心では歯ぎしりしたいような悔しさが燃えている。やられた、捕まえやすいところへむざむざ誘い込まれてしまったのだ。
もしタバサが魔法を使うそぶりを見せれば、四方からのレーザーがふたりを蒸発させてしまうだろう。タバサひとりならまだなんとかなるかもしれないが、イザベラまで守り通すのは不可能だ。タバサは仕方なく、杖を手放すと両手を上げた。
「おいお前!」
「今はこうするしかない。イザベラ、あなたも逆らわないで……さあ、これでいい?」
「そう、それでいい。話が早くて助かる。フフ……あとでゆっくりどこの回し者か聞き出してやるとしよう」
大柄なフック星人はそう言って笑った。
どうやら、このフック星人があの下っ端が言っていた隊長らしい。タバサは背中に銃口を突き付けられながらも、隊長に問いかけてみた。
「ここで侵略用の武器を作っているの?」
「侵略? フン、本当ならそのつもりだったんだが、あのお方の命令でな……でなければ、誰がこんなオモチャみたいな武器を作るものか」
「あのお方?」
「余計なことは知らなくていい。どうせお前らは二度とここからは出られないんだ。お前ら、尋問の用意ができるまでこいつらを閉じ込めておけ!」
隊長が不機嫌そうに命令すると、タバサとイザベラの背中から別のフック星人が銃を突き付けて「歩け」と促してきた。
タバサは黙ってそれに従って歩き出す。隣でイザベラが顔を青ざめさせているが、今のタバサにはどうしてやることもできなかった。
だが、チャンスは必ず巡ってくる。タバサは逆転をまだあきらめてはいない。
それにしても、フック星人の後ろにいるという、あの方とは何者か? 思案をめぐらせるタバサの後ろで、隠し扉の閉じる音が重く響いた。
続く