ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第79話  アナタはアナタ(後編)

 第79話

 アナタはアナタ(後編)

 

 集団宇宙人 フック星人 登場!

 

 

 タバサとイザベラはフック星人の基地の中を連行されていた。

 フック星人の作戦によってすり替えられてしまったポーラポーラの街。タバサはそこからイザベラを助け出し、さらにフック星人の兵器工場も発見した。

 しかし、罠にはめられて二人とも捕らえられてしまい、牢への道を歩かされている。

 杖は取り上げられ、背中には銃を突き付けられた最悪の状況。けれどタバサはまだあきらめず、虎視眈々と反撃のチャンスを狙っていた。

 

「わたしたちを、どうするつもり?」

「知りたいか? うちのボスはせっかちだからトークマシンでお前たちの頭を根こそぎかき出すつもりだろうぜ。まあ、トークマシンのフルパワーで頭をいじられたら廃人確定だろうから、いまのうちにせいぜい怯えてるがいいさ」

 タバサの質問に、彼女たちを連行しているフック星人の一人が答えた。今、タバサとイザベラの背中にはそれぞれ銃が突き付けられ、銃を持ったフック星人と、その上司らしいフック星人の計三人のフック星人がいる。

 対して、タバサとイザベラは杖を取り上げられて完全に丸腰。状況はまさに最悪と言えた。

 おまけにフック星人たちは、こちらを無事にすますつもりはまったくないようだ。トークマシンがなんのことだかはわからないけれど、話からして自白剤のようなものらしい。

 イザベラのほうを見ると、完全に血の気を失ってしまっている。無理もない……事実上の死刑宣告を受けてしまったら、普通の神経では耐えられないものだ。

「お、おい……わ、わたしたち、どうなるんだい?」

 怯え切った声でイザベラが問いかけてきても、タバサにはそっくりそのままを言ってやるしかできなかった。それを聞いて、さらにイザベラの顔が絶望に染まるが、嘘を言ったところでどうにかなるものでもない。

「ど、どうにかしてくれよ。お前、北花壇騎士だろ。いままで、わたしのどんな難題もこなしてきたじゃないか」

「無理、杖を取り上げられていてはどうにもならない」

 タバサはそっけなく答えた。その答えにイザベラがさらに青くなると、フック星人たちはおもしろそうに笑い声をあげる。

 だが実際、タバサの杖は少し離れた位置にいるフック上司が持っている。あれを取り返さなくてはまともな戦いはできない。それも、トークマシンにかけられるまでの、残りわずかな時間のうちにである。顔には出さないが、タバサも内心では焦っていた。

 と、歩きながらひとつの角に差し掛かった時、その先から別のフック星人が二人現れた。

「おう、そいつらが例の侵入者たちか。なんだ、意外とあっさり捕まえたんだな」

「まあな、けっこう暴れてくれたが、まあこのとおりよ。お前たちはこれから仕事か?」

「ああ、アレのノルマが迫ってるからな。いったいいつまで続くんだろうなこんな仕事。もうフック星に帰りたいぜ」

「まったくだ。隊長に言っても聞いてくれねえし、もうこんな星うんざりだぜ」

 フック星人同士の立ち話。それをタバサは黙って聞いていた。たとえ下っ端同士の愚痴だとしても、こちらからすれば重要な情報源となる。

 それに、話に気を取られれば隙も生まれる。タバサはこの瞬間を待っていた!

「おい、お前ら。無駄口はそのへんに、ん? 何っ!?」

 フック上司は一瞬何が起こったのかわからなかった。タバサの姿が消えたかと思った瞬間、部下の一人が足をすくわれて倒され、もう一人が反応するより速くタバサは横合いからフック部下の脇腹に肘打ちを打ち込んだのである。

「ぐふぅっ!」

 急所を打たれてフック部下が倒れる。そして、銃を持った二人が倒れたことで、タバサはイザベラが驚愕の眼差しを向けている前で、豹のように俊敏にフック上司に飛び掛かったのだ。

「ウワッ!?」

 フック上司はとっさに手に持っているタバサの杖で身を守ろうとしたが、それはタバサの思うつぼだった。タバサの手が杖にかかり、フック上司の手から取り上げようと引っ張りあげる。

「杖は返してもらう」

「こ、この小娘! な、なめるな」

 フック上司は杖を奪い取ろうとするタバサを力付くで振りほどこうと試みた。しかし、細身で小柄なタバサくらい簡単に振り払えるだろうと思ったフック上司の目論みは、杖から伝わってくる異常な強さの力で打ち砕かれた。

「こ、こいつのどこにこんな力が!? うおわっ!」

 まるで大男を相手にしているようなあり得ない力がフック上司を逆に振り回し、ついにフック上司は杖を手放して床に放り出されてしまった。

 むろん、それだけで終わる訳もない。タバサは杖を取り戻した勢いで、フック上司の頭に全力で叩きつけた。

「うわっ」

 思わずイザベラのほうが悲鳴をあげた。自分でも食らったからわかるがあれは痛い。そして、なぜフック上司が悲鳴をあげなかったのかというと、悲鳴をあげる間もなく気絶させられたからで、その時にはタバサは杖を振って次の魔法を唱えていた。

『蜘蛛の糸』

 それは空気から粘着性の糸を作り出して相手を絡め取ってしまう魔法で、あっという間に残り四人のフック星人も縛り上げてしまった。

「な、なんだこりゃ! ほ、ほどきやがれ」

「暴れるだけ無駄。心配しなくても、しばらくしたら消える」

 フック星人たちの抵抗を完全に封じたタバサは、気絶しているフック上司からイザベラの杖も取り戻して彼女に渡した。

「これはあなたのもの」

「あ、ああ、ああ。けどお前、前からそんなに強かったっけ? いや、メイジとしてじゃなくて、腕っぷしというかなんというか」

「最近ちょっと鍛えた」

 タバサはそっけなく答えたが、どう見てもちょっとどころの鍛え方ではなかった。

 まあ確かに鍛えすぎたかなとは思う。地球にいた頃、ハルケギニアに戻る準備ができるまではXIGの空中母艦エリアルベースでお世話になっていたのだが、借りた本も読み尽くし、やることがなくなって運動でもしたらどうかと薦められたとき、トレーニングルームでえらいのに見つかってしまった。

「おう、お前さんが噂の魔法使いか。自分からここに来るとは感心感心」

「別に、軽く体を動かすだけのつもりだから」

「そりゃいかんぞ。若いうちに体を鍛えておかないと、歳をとるのが速くなるってもんだ!」

 と、がたいのいい三人のおっさんに捕まったのが運のつき。あれよあれよという間に、本格的なトレーニングをすることになってしまった。

「あの、わたしはメイジで魔法で戦うわけだから……」

「わかってるって。チューインガムも最初はそう言ってたけどな、体を鍛えておいて損なんかねえんだから。まあ騙されたと思ってつきあいな」

 こうして、その当時は居候の身だったので無理に断れなかったタバサは、ちょっとした運動のつもりだったのが、本格的なトレーニングを受けることになってしまった。

 しかも、陸戦部隊だという彼らのトレーニングは、かなり手加減してはくれているそうだったが、物凄くきつかった。自分もガリアでイザベラから受ける任務の数々で人並み以上には鍛えているつもりだったけれど、数日は筋肉痛で死ぬかと思った。それに、重量挙げの重りの重さとか、今思えば女の子にさせていい重さではなかった。

 しかし、そうして鍛えたおかげで、今こうして魔法を使わずにピンチを切り抜けることができた。彼らチーム・ハーキュリーズには感謝している。それにもしかしたら、ハルケギニアに戻った後で過酷な戦いが待っているであろうことを見据えた、コマンダーの差し金もあったのかもしれない。

 それはそうと、これで戦力は回復できた。もう同じ手にかかるつもりはない。

 タバサは縛り上げているフック星人たちに寄ると、短く言った。

「あなたたちには、やってほしい仕事がある」

 その威圧のきいた声に、フック星人たちは息をのみ、イザベラは気色ばんだ。

「おっ、そいつらに出口まで案内させるんだな?」

 しかしタバサは意外にも首を横に降った。

「違う、作戦変更。わたしはこれから彼らのボスのところに行って、街を元に戻させる。あなたはこれから彼らを指揮して武器工場を破壊してほしい」

「はっ、はあぁぁーっ?」

 これにはイザベラだけでなく、フック星人たちも面食らった。

「おっ、お前何を言い出すんだよ。こいつらは敵だぞ、敵!」

「彼らの間には、現状への不満と帰郷心がくすぶっている。あなたたち、さっきそう言っていたね?」

「あ、ああ。だが、それでなんで俺たちが自分たちの基地を破壊しなけりゃいけないんだ?」

「基地が破壊されたとなれば撤退する立派な大義名分になる。責任は、隊長に押し付ければあなたたちは無罪。あなたたち、故郷に帰りたくはない?」

「う……」

 タバサのその提案に、四人のフック星人たちは顔を見合わせた。あの隊長は、あの傲慢な態度や、さっきの部下たちの不満げな会話から察したが、やはり人望はほとんどないようだ。

 しかし、フック星人たちは迷っていた。裏切りになるということはもちろん、その確実性についても疑問視していた。

「お前、この基地には何百というフック星人がいるんだ。その全員がその気になるとは限らないじゃないか」

 確かに、隊長に従う者もいるだろう。いくら現状に不満があるといっても、内乱になるよりはましだと誰もが思うであろう。

 しかしタバサは事も無げに、イザベラを指しながら驚くべきことを言った。

「心配はいらない。彼女はこう見えて、百万の兵を指揮する大将軍。きっとあなたたちに勝利をもたらしてくれる」

「はあぁ!?」

「な、なんだと!」

 別々の意味で驚くイザベラとフック星人。そして当然イザベラはタバサに食ってかかった。

「お前! 言うに事欠いて、口からでまかせにもほどがあるだろ」

「でまかせとはなんのこと? あなたはガリアの次期女王。つまりガリア王国軍全ての総司令官ということ」

 しれっと答えるタバサであった。もちろんフック星人たちも懐疑的な様子を見せている。しかしタバサは遠慮せずに無茶な説明を続けた。

「あなたたちは運がいい。この方はこれまでにも数々の難事件を優秀な部下を駆使して解決に導いてきた采配の達人でもある。特に、やる気のない部下をその気にさせるのは大得意で、わたしもずいぶん鍛えられた」 

「おい、お前」

「このお方の一喝にかかれば弱者は恐れおののき、強者も凍りつく。このお方を前にしたら、このわたしもなすすべなく言うことを聞くしかなくなる」

 そう言ってタバサはイザベラに膝まずいて見せた。

 もちろんイザベラは困惑する。だが、フック星人たちはタバサの仕草があまりに堂に入っていたので、すっかりその気になってしまった。

「あの強い奴が頭を下げるなんて、あっちの女はいったいどれだけすごいんだ!?」

「そんなすげえ奴なら、俺たちをこんな仕事から解放してくれるかもしれねえ」

 フック星人たちの声色が変わったのがイザベラにもわかった。彼らはこの仕事に心底うんざりしていたようで、目はなくても期待の眼差しを向けてきているのはわかる。しかし、イザベラにはそんな自信は到底無かった。

「お前、わたしをどうしようっていうんだ!」

「難しいことは何も言ってない。いつもわたしに命令していたみたいに彼らを使って目的を果たせばいい。彼らは今に限って、あなたの部下同然」

「バカな。わたしはただ命令していただけだ。お前のように、戦いの才能なんかないんだ」

 思わず弱音を吐くイザベラ。しかしタバサは彼女の目を見てきっぱりと言った。

「心配はいらない。あなたは伊達に北花壇騎士団を指揮してきたわけじゃない。いつものように、ふてぶてしく図々しく命令すればいいだけ」

「お前はわたしをなんだと思ってるんだ!?」

「なにも嘘は言っていない」

「嘘じゃなければ何言ってもいいってわけじゃないだろうが!」

 涼しい顔で言いたい放題を言うタバサに、ついにイザベラも堪忍袋の緒が切れた。しかし、タバサは落ち着いた様子でイザベラに告げた。

「わたしはあなたに嘘を言ったことはない。だから言う。イザベラ、あなたにはあなた自身、まだ気づいてない大きな才能がある。この戦いで、それを見つけてほしい。あなたなら、きっとできる」

 そう言うとタバサはイザベラが止める間もなく、風のように去って行った。

 残されたイザベラはあっけにとられたが、もう自分に選択肢がないことを認めざるを得なくなった。

 後ろには期待してくるフック星人たち。自分の実力では戦うことも逃げることも無理。かといって命乞いをするのはプライドが許さない。逃げ場がなくなったそのとき、イザベラの中で何かが切れた。

「ああそうかい。今度はお前が、わたしがお前にやらせてたことをやらす気だってんだな? わかったよ、お前にできることがわたしにできないわけないってことを思い知らせてやる。おいお前ら、今からお前らのボスはこのわたしだ。文句はないな!」

「ハイ!」

 プチ・トロワでメイドや兵隊を震え上がらせていた頃の、暴君としてのイザベラがここに再来した。

 しかし、以前とは違うことがひとつある。

「ようし、やるとなったら派手にぶち壊すぞ。一番でかい工場はどっちだ?」

「はっ、こちらであります!」

「ならお前ら、わたしについてきな!」

 以前のイザベラは、ふんぞり返って誰かに命令するだけだった。だが、今のイザベラは自分が先頭に立って走っている。かつて誘拐怪人レイビーク星人と戦ったときから、イザベラは他人の背中越しでは見えない世界があることを学んでいた。

 先頭に立ってのしのしと駆けていくイザベラに、フック星人たちも頼もしそうについてくる。

 そのとき、別のフック星人の一団と出くわした。

「な、なんだお前は!」

「あん? ちょうどいい。お前らもいっしょについてきな!」

「な、なんだと?」

「お前らのためになることしてやろうってんだよ。お前らも、うんざりする毎日が嫌ならついてきな。スカッとさせてやるよ」

 不敵に笑うイザベラに、鉢合わせしたフック星人たちは不審者が目の前だというのに捕まえることも忘れてしまった。しかし、仲間のフック星人から目的を教えられると、明らかな動揺を見せた。そんな彼らに、イザベラは告げる。

「今が嫌か? 自由が欲しくないか? なら、わたしといっしょに暴れてみないか?」

 その言葉の力強さに、やはり不満を持っていたフック星人たちも加わり、一同は一気に数を増やして突き進んだ。

 そしてこうなると、勢いを得た彼らは怒濤の勢いで突き進んで行った。あちこちで参道者を増やし、工場へなだれ込んでいく。

 もちろん、止めようとする職務に忠実なフック星人もいる。しかし、すでにイザベラに従う者のほうが圧倒的多数になっており、彼らは立ち塞がる者たちに抗議した。

「き、貴様ら、これは反逆だぞ」

「うるさい! こんなところでいつまでも穴蔵に籠ってるなんて、もううんざりだ。俺たちはもうフック星に帰りたいんだよ。邪魔するな!」

 反乱行為だが、つもりに積もったストレスの爆発に対しては、止めようとするフック星人も有効な説得はできなかった。そして、そんな彼らにイザベラはふてぶてしく言った。

「あーあ、クソ真面目クソ真面目。わたしの部下に欲しいくらいだよ。だが、その信念。本当にお前らは心から信じてるのかい?」

「なにを戯れ言を!」

「言われたことをやるだけならお前らは奴隷さ。だが、お前らだってやりたいことはあるだろう? それを我慢したままで死んでいくのか?」

「ふざけるな! 兵が気分で戦って、軍の規律が守れるものか!」

 フック星人は別名を集団宇宙人というくらい、個の弱さを集で補う星人だ。それゆえに小隊長クラスは規律に厳格ではあったが、イザベラは嘲るように言ってのけた。

「バッカだねぇ! 人の上に立つってのはさ。いつ寝首を掻きに来るかわからないやつを屈伏させるからおもしろいんだよ!」

 嗜虐的な光を瞳に宿らせながらイザベラは言った。抵抗しない相手なんかいじめてもすぐに飽きる。どうせ可愛がるなら、手を噛みに来る犬のほうがやりがいがあるというものだ。そう、例えばタバサのような。

 その、狂気一歩手前の迫力に、立ちはだかっているフック星人たちが気圧されて後ずさる。しかし、一番の変化は彼女の後ろで起こった。

「おおっ! なんていう器の大きさなんだ。うちのボスとはまるで格が違うぜ」

「この方なら俺たちを解放してくれるかもしれないぜ。今日から姐さんと呼ばせてもらいやす!」

「バァカ! わたしは女王だよ!」

「ハイ! 女王様」

 イザベラも調子に乗ってきて、軍勢に一体感が生まれてきた。規律に沿って動くフック星人にとって、型破りなイザベラのようなリーダーは新鮮だったのだ。

 だがそれにも増して、今のイザベラにはフック星人たちを引き付ける魅力があった。自分では歩けない道を切り開き、見れない景色を見せてくれる、そんな期待感を抱かせてくれる頼もしさが。

 そして、大多数のフック星人を味方につけたイザベラは、不敵な笑みを浮かべると手を振り上げて叫んだ。

「突撃ーっ!」

 待ちに待った命令を受けたフック星人たちは、雪崩を打って驀進していった。最後まで止めようとしていたフック上司たちも、これで止めようとすれば自分たちの身も危ないと悟って、棒立ちで傍観に移っていった。

 もはや反乱というより暴動に近い。しかし、それだけフック星人の中に鬱屈したものが溜まっていたということであって、それを解放したイザベラにはリーダーとしての非凡な才能があるということだった。

 イザベラを先頭に工場になだれ込んだフック星人たちは、自分たちが嫌々作らされていた兵器群を睨みつけた。それと同時に、ひとりのフック星人がイザベラにマイクを持ってきた。

「ほう、気が利くじゃないか。おい! ここにいるバカども全員、よく聞きな。こんなせまっくるしい穴倉で、いつ終わるかわからない仕事をさせられ続けてる自分をかわいそうだと思わないかい? だったらわたしが許す。全部、ぶっ壊してしまいな!」

 その一言は、フック星人だけでなく、これまで王宮という檻に閉じ込められてきたイザベラ自身への無意識のうちの宣戦布告であった。

 人間は、誰もが自分を縛って生きている。そうしないと、集団の中で生きていけないからだ。しかし、長い間強く締め付けられ続けると、マグマ溜まりのようにストレスは圧縮され、なにかのきっかけで爆発する。それは目に見えない爆弾として、ときおり社会のどこかで悲劇を生んでいる。

 フック星人たちは、人間とさして変わらない社会構造を持っている。しかも彼らは、本来の自分たちの目的とは違った仕事を押し付けられていた。その怒りは当然のもので、解放された彼らは暴徒さながらに兵器工場を破壊していた。

「壊せ壊せーっ! こんなクソッたれなもんとはおさらばだーっ!」

「帰るんだ。俺たちはもう星へ帰るんだ!」

 製造途中や完成品の兵器が製造設備ごと壊されていく。無数のウルトラレーザーやそれに相当する兵器もことごとく鉄くずと化していき、イザベラはそれを工場を見下ろせるクレーンの上から見ていた。

「いいよいいよ! 盛大にやっちまいな。こんな景気の悪い場所は、すっきりぶっ壊してしまいな!」

 イザベラの声に応じて、フック星人たちの勢いも増していく。フック星人のでこぼこの顔では表情はわからないが、彼らが喜びに沸いているのははっきりわかった。

 そして、フック星人たちの勇気の源泉になっているのがイザベラであるのも間違いはない。彼女が誰からも見えるところでふんぞりかえっているからこそ、彼らは安心して暴れることができた。

 工場の破壊は轟音をあげて進み、工作機械やベルトコンベアも煙をあげて止まっている。そんな様子をイザベラは満足そうに見下ろし、そしてそんなイザベラをタバサはモニターごしに見守っていた。

 

「そう、それがイザベラ、あなたの力。人の勇気を鼓舞して、軍団を率いる。わたしが持っていない、将としてのあなたの才能」

 

 タバサは少し羨望が混じった眼差しをイザベラに向けていた。

 確かにイザベラには王族としての気品や優雅さなどはない。だがその代わりに、人をその気にさせる口のうまさと、恐れや迷いを振り切らさせる堂々とした風格を持っている。それはアンリエッタが国民を鼓舞する際に度々見せる姿であり、いくら知力はあっても無口なタバサにはできないことであった。

 そんなタバサが見るモニターの中では、工場が次々に使用不能にされている姿が平行して映し出されている。ここは基地の指令室で、彼女の少し前には怒りで体を震わせているフック星人隊長がいた。

「ここはもう終わり。これ以上、このガリアで好き勝手はさせない」

「ぐぬぬぬ、貴様らぁ。よくも、よくも、俺の基地をメチャクチャにしてくれやがったな。俺の部下をそそのかして反乱を起こさせるなんて、汚い手を使いやがって」

「反乱を起こさせられるほど部下を掌握できていなかったあなたが悪い」

 タバサは隊長に冷断に言い放った。

 周りには、タバサに倒された隊長の護衛のフック星人が数人横たわっている。イザベラと別れた後、タバサは通りすがりのフック星人を尋問して素早く指令室の場所を聞き出し、安心しきっている隊長へ奇襲をかけて成功させていたのだった。

 今や、隊長に残っている護衛は二人のみ。そしてタバサは、彼らに対しては容赦をしないつもりでいた。

「あなたには、街を元に戻してもらう。そして、いくつか聞きたいこともある」

「しゃらくせえ! やってしまえ」

 激高したフック隊長は、部下二人とともに襲い掛かってきた。三人のフック星人は身軽な動きで、アクロバットのようにタバサを包囲してこようとする。彼らはタバサが強力な魔法使いだと知って、それを封じるために狙いを定まらさせない作戦にでたのだ。

 ヒュンヒュンと、高速で跳び回るフック星人がタバサの視界を次々と横切っていく。かつてはウルトラセブンも翻弄されたフック星人のフットワークはさすがで、さしものタバサも容易には魔法の照準をつけられずにいた。

 しかし、百戦錬磨の戦闘経験を持つタバサは、フック星人のこの戦法をどうすれば封じられるか、即座に対策を導き出していた。杖を床に向け、短く呪文を唱える。簡単な氷の魔法だが、タバサの力量で放たれたそれはあっという間に指令室の床を凍り付かせ、摩擦のないアイスバーンに変えてしまったのである。

「う、うわわっ!?」

 ツルツルの床の上ではフック星人のフットワークもなんの意味も持たず、三人はあっという間にすっ転んでしまった。

 タバサは転んでもがいているフック星人のうち、部下二人に素早くとどめを刺すと、隊長に杖の先を向けて宣告した。

「あなたの負け。観念して」

「うっ、ぐっ……お、恐ろしい娘だな。て、てめえ何者」

「ただの人間。そしてあなたの敵、それだけ」

 あくまでタバサは冷徹だった。イザベラが将なら自分は兵、その役割を果たすのみ。

「あなたはわたしたちの国を奪いに来た。なら、それ相応の報いを受けてもらう」

「な、なに言いやがる。てめえらこそ、まだなにもしてない俺の部下たちをメチャクチャにしやがって!」

 フック隊長は悪魔を見るように震えながらタバサを罵った。しかし、タバサは落ち着いてそれに言い返した。

「わたしたちは、イザベラはあなたとは違う」

 そう言って、タバサは工場が映し出されているモニターに目をやった。

 工場では、まだ暴動が続いている。その中で、フック星人の一団が、最後まで反乱に参加しようとしなかった仲間を集めてリンチにしようとしていた。

「よ、よせやめろぉ!」

「こいつら、隊長について俺たちをこきつかおうとしたクソったれだ。やっちまえ」

 あわや、フック星人同士の凄惨な殺戮劇になるかと思われた。しかし、それを彼らの頭上から鋭く止めたのはイザベラだった。

「やめな! お前たち」

「じ、女王さん。なんで止めるんだぜ。こいつらに思い知らせてやるんだ」

「抵抗できない相手をいたぶったら、いつか自分がピンチになっても誰も助けてくれなくなるよ。お前らは帰りたいだけなんだろ? ならつまんないことで業をしょいこむのはやめな。後できっと後悔するよ」

 それはイザベラの経験からきた心からの忠告だった。リンチにかけようとしていたフック星人たちは、ばつが悪そうに引き下がり、助かってほっとした様子のフック星人たちには、イザベラはこう告げた。

「お前らだって本心じゃ帰りたかったんだろ? お前らには納得いかない方法かもしれないけど、荒っぽくしなきゃ解決できないこともあるんだよ。だったらせめて黙ってな。それで誰か損するわけでもないだろ?」

 一転して穏やかに語りかけたイザベラに、フック星人たちは黙って頷いた。

 無駄な血を流すことなく、反乱は兵器と機械のみを狙って破壊していった。

 だが、かつてのイザベラなら、むしろ嬉々として逆らう者を虐殺しただろう。それをしなくなったのは、イザベラ自身が虐げられる苦しみを知り、誰かに助けられる喜びを知ったからだ。

 だからこそ、タバサはイザベラがガリアの次期女王にふさわしいと考える。確かに、女王という立ち振舞いには程遠い。むしろ、海賊の親分というほうがぴったりくるだろう。だがそれくらいでないと、弱体化し混乱するガリアをまとめあげ、立て直すパワーを発揮することはできないに違いない。

 いまや隊長以外の全てのフック星人がイザベラをリーダーだと認め、従っている。

 完全に孤立してしまったことを悟ったフック隊長は、タバサに杖を突き付けられながら、乾いた笑い声を漏らした。

「へ、へへへ……俺の軍団が、たった二人の小娘にやられちまうなんてな。いったい何が悪かったんだ?」

「地位を過信して、部下の信頼を軽視したのがあなたの間違い。答えて、街を元に戻す仕掛けはどれ?」

「ああ、それならそこのレバーだよ。もうなにもかも終わりさ、勝手にしやがれ」

 諦めた様子の隊長が、嘘を言っているとは思えなかった。だがタバサには、もう1つ聞いておかねばならないことがあった。

「もう一つ答えて。あなたたちは最初に侵略のために来たと聞いた。けど、それを投げ出して、なんのために武器を作っていたの?」

「ひ、ひひひ……それを言ったら、俺はあの方に殺されちまう。それを聞いたら、お前もあの方に殺されるぞぉ!」

 隊長の声色が恐怖に染め上げられ、ガクガクと震え始めた。タバサは隊長を押さえつけながら、さらに問いただす。

「あの方とは誰のこと? あなたたちとは別の宇宙人なの?」

「あ、悪魔さあいつは。俺はこの星に、今暴れてる奴らとは別に百人の精鋭を連れてきたんだ。けどあいつは突然現れて、たった一人で百人の精鋭を皆殺しにしちまったんだ。俺は生かしてもらった代わりに、あの方の奴隷さ」

「そいつの正体は? なにが目的なの?」

「も、目的なんて知らねえよ。俺はただ武器を作るよう命令されて、定期的にあいつの部下が取りに来てただけさ。けど、あいつの正体は聞かねえほうがいいぜ。お前だけじゃねえ、この星にいるっていうウルトラマンたちだって敵うもんか」

「御託はいい、質問に答えて」

 焦れたタバサは隊長の首筋に『ジャベリン』を当てて白状を促した。

 そんなに時間があるわけではない。すると隊長は、「そんなに知りたきゃ教えてやるよ」と、ある宇宙人の名前と、そいつがこの星で名乗っている名前を口にした。

「その名前……まさか」

 タバサは眉をしかめた。宇宙人の種族名は知らないが、そいつの名が、自分の知識の中のひとつの名前と合致したのだ。

 偶然かもしれない。しかし、詳しく知っているわけではないが、そいつはハルケギニアでは一定の知名度と影響力を持つ者と同じ名前をしていた。

「そいつの姿は?」

「わからねえよ。俺たちフック星人は、お前らと違って視覚は発達してないんだ」

「そう、ならもういい」

 タバサは、これ以上聞き出せる情報はないと判断して、フック隊長に引導を渡した。

 しかし、言葉にできない不安がタバサの胸中をよぎった。自分とガリアのことで手いっぱいで、世間からは遠ざかっていたけれども、ひょっとしたら大変な事態が起きようとしているのかもしれない。

 そのときだった。指令室にイザベラと数人のフック星人が、ぞろぞろとやってきた。

「おう、こっちも終わったようだね。どうだい? わたしの指揮でウチュウジンの侵略基地を落としたよ」

「見てた。たいしたものだった」

「たいしたもん、か。お前から言われるとなんか複雑だね。まあいい、わたしの仕事もこれまでさ。あとはこいつらが話があるんだってよ」

 イザベラが退くと、ひとりのフック星人がタバサの前に出た。

「君たちには感謝している。この工場の破壊された記録を持ちかえれば、星の者たちも我々を疑うことはあるまい。これより、我々は基地を破棄して撤退する。君たちは退去してくれたまえ」

「確認しておきたい。あなたたちが撤退した後、この街に悪影響が出ることはない?」

「その心配はない。工場は破壊したが、基地自体の基礎構造にまでダメージは出ていない。街を元に戻した後でも、数百年は影響は出ないだろう」

「そう……」

 タバサはひとまずそれで納得することにした。それだけ時間があれば、いかようにでも対策をとることはできるだろう。

 最後に、タバサはフック星人たちに言った。

「できれば、もう二度とここには来ないでもらいたい」

「頼まれても来る気はないというのが全員の意見だ。たった二人に負けた軍隊という汚名を広めたくはない。君たちには感謝しているが、すぐにここから退去してもらいたい。すぐにでも我々は出発する」

「わかった。あなたたちの旅路の安全を祈る」

「さらばだ、遠い星のクイーンたちよ」

 隊長代理とのあいさつをすませたタバサとイザベラは、ポーラポーラの街が元に戻されるのを確認すると、一人の兵士に案内されて地上に上がった。

 その際、多くのフック星人兵士たちが去り際のイザベラに歓呼の声で手を振っていた。

「女王! 女王! ありがとうございました」

「へっ、あいつら……お前らも元気でやれよ!」

 それこそ本当に海賊の大親分のように見送られて、イザベラは照れながらも手を振り返していた。

 タバサはそんなイザベラを見ながら、イザベラがこれで指導者として自信を持ってくれればいいなと密かに願っていた。

 

 二人が地上に上がったとき、すでに東の空は白んで、ポーラポーラの街にほのかな明るさが差し掛かっていた。

 街はまだ物音一つなく、タバサとイザベラは無言で並んで街の道を歩く。

 そして、東の空から太陽がちらりと見えたとき、街の一角から一機の円盤が飛び出して、空のかなたへと飛んでいった。

「終わったね。さて、これからどうするんだい? 今度は宮殿でも、奪いに行くかい?」

 もうイザベラも腹は決めていた。どうあがいても、自分はこのクソったれな運命から逃れられはしないらしい。なら、売られた喧嘩は買うまでのことだ。

 しかしタバサはかぶりを振って言った。

「まだ、もう少し準備がいる。あなたはそれまで、少し身を隠していてもらいたい」

「はいはい、未来の女王に向かって態度のでかい下僕だね。じゃあ、またあいつらに適当な隠れ家を見繕ってもらうか。お前はどうするんだい? 準備、か?」

「……それとは別に、調べておきたいことができた。場合によっては、計画の練り直しもあるかもしれない」

 フック星人を操って武器生産をおこなっていた者が、まだ残っている。そいつを無視したままでは、後でどんな不具合が出て来るかわからない。

 タバサには、まだ休息は許されない。この戦いが終わっても、またすぐに次の戦いが待っている。イザベラは、そんな疲れたそぶりも見せられないタバサの横顔を見て、ぽつりとつぶやいた。

「準備とやらが、どれだけかかるか知らないけどさ。くたびれたらうちに寄っていきな。今度は出がらしじゃない茶くらい出してやるからさ。エレーヌ……」

「ありがとう……」

 いつか、仲良く遊んだ幼い日。戻ることはできなくても、思い出すことはできる。

 タバサとイザベラは並んで歩きながら、少しずつ互いのことを話し始めた。そんな二人を、昇る朝日が明るく優しく照らし出していた。

 

 一方そのころ、地上を飛び立ったフック星人の円盤は、M87世界への次元跳躍のための最終調整を終えていた。

「隊長代理、エネルギー充填完了しました。あと三十秒で、次元跳躍可能です」

「ようしいいぞ、元の次元に戻ってさえすれば、あとはフック星まで一気に大ワープできる。もうこんな星とはおさらばだ。帰れるぞ」

 隊長代理、そして大勢のフック星人たちは、懐かしい故郷フック星を思って胸を熱くした。

 だがそのとき、突然警報音が鳴り響き、レーダー手が悲鳴のように叫んだ。

「た、大変です! 後方から未確認飛行物体が急速に本船に向かって接近中。数は四。五秒後に本船に接触します!」

「なんだと!? 識別確認、急げ!」

 思いもよらぬ事態に、隊長代理は動転しながらも指示を出した。円盤のコンピュータに入力された、知りうる限りの宇宙人や怪獣のデータと未確認飛行物体の照合がおこなわれる。

 そしてコンピュータは、最悪の形で彼らに答えを示した。

「た、隊長代理、これは」

「バカな、なんでこいつがこんなところに。に、逃げろ!」

「無理です! あっちのほうが圧倒的に速い」

 フック円盤が逃げる間もなく、追いついてきた四機の金色の奇怪な宇宙船は、あっという間にフック円盤を包囲してしまった。

「未確認飛行物体に高エネルギー反応!」

「次元跳躍で回避しろ!」

「駄目です! うわあぁ、間に合わない!」

「そんな、俺たちは帰る! 帰るんだあーっ!」

 だが、彼らが叫んだその瞬間、四機の宇宙船から一斉に破壊光線が放たれ、フック星人の円盤は大爆発を起こして消滅した。助かった者はただひとりもいなかった。

 フック星人の円盤が消滅したのを見届けると、四機の宇宙船は何事もなかったかのようにハルケギニアに帰って行った。しかし、その様を愉快そうに眺めていた存在があった。あの、コウモリ姿の宇宙人である。

「フフフ、裏切り者は即座に粛正ですか、怖い怖い。ですが、やはりあれを持っていましたか。あのときに、無理に対決しようとしないで正解でしたね。ですが、これでそちらの手の内も見えてきました。そして……」

 彼は満足げにそうつぶやくと、おもむろに手を掲げた。その手のひらから、様々な色の人魂のような発光体が現われて宙に浮く。

「『喜び』『妬み』『渇望』……思ったよりも障害が多くて、まぁだ半分というところですね。人間たちの持つ感情のエネルギー、強力なのはいいんですが、集めるのにお膳立てがいりますからねえ。でも、これ以上邪魔されるわけにはいきません。そろそろこちらも本気で排除にいかせてもらいますよ」

 そう言うと、彼はもう片方の手を掲げた。すると、彼の手に巻き付くように、黒いもやでできたヘビのような生命体が現れた。

「宇宙同化獣ガディバ。蘇らせるのに少々手間はかかりましたが、こいつは強力ですよ。かつてヤプールが繰り出した最強の力、これを相手にしてもコソコソ逃げ続けることができますかねえ?」

 暗い笑いが虚空に響く。この世界がおかしくなったとき、アブドラールスやエンマーゴなどの、一度倒されたはずの怪獣が現れた。それの意味することとは……。

 ハルケギニアを舞台にした、侵略者たちの身勝手な遊戯はまだ終わりを見せようとはしない。

 

 

 続く


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