ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第80話  大怪獣頂上決戦

 第80話

 大怪獣頂上決戦

 

 古代怪獣 ゴモラ

 古代怪獣 EXゴモラ 登場!

 

 

「ウワアッ!」

「ヌオォッ!」

 ここはトリステインのさる地方都市。首都トリスタニアからも馬で丸一日かかるほど離れ、特に繁栄も寂れもしていないという穏やかな街である。

 しかし今、街は怪獣の出現により大混乱に包まれ、さらに駆けつけたガイアとアグルの二人のウルトラマンも、予想もしていなかった事態の発生によって大ピンチに追い込まれていた。

「なんて強力な怪獣なんだ。僕たちの攻撃がまるで効かないなんて」

「我夢、気をつけろ。あれはもう自然の怪獣じゃない。全力でいかないと、こっちがやられるぞ」

 ガイアとアグルに強烈な一撃を与え、なお彼らの眼前に立ちはだかる一匹の巨大怪獣。それは、古代怪獣ゴモラに酷似しながらも岩石のように刺々しく強固な体を持ち、白目に狂暴性を満ちさせた巨影。以前、エルフの国ネフテスを滅亡寸前に追い込んだ、あのEXゴモラそのものであった。

 だが、奴は確かに倒されたはずなのに、何故?

 事のおこりは数分前。ガイアとアグルは、この町に出現した変身怪獣ザラガスを食い止めようとし、フラッシュ攻撃に手を焼きながらも二対一で有利に戦いを進めていた。しかし、そこへあのコウモリ姿の宇宙人が突如として現れ、宇宙同化獣ガディバをザラガスに融合させてしまったのだ。

 すでに何度もヤプールが使って見せた通り、ガディバは他の怪獣に乗り移ってその肉体を変異させて、別の怪獣に作り変えてしまう能力を持つ。そして、このガディバにはヤプールがネフテスで使った、あのゴモラの情報が組み込まれていた。

「フフフ、知ってますよ。このガディバから生まれた怪獣が、ウルトラマンたちを追い詰めたことを。だからわざわざこいつを蘇らせたのです。そして私の力を持ってすれば、たとえヤプールほどのマイナスエネルギーが無かったとしても!」

 ザラガスの肉体にゴモラの遺伝子が組み込まれ、更に宇宙人の手が加わったことにより、ザラガスはEXゴモラへと変貌した。しかし、さすがにスペックの完全再現までは無理なようだった。

「ふむ、ヤプールが生み出したときの、ざっと七割、いや八割ほどのパワーですか。まあ仕方ありませんが、これでも十分ですね」

 残念そうな口ぶりだったが、実際オリジナルの実力が桁違いなので八割の再現率でも十分すぎるほどだった。

 凶暴な叫び声をあげたEXゴモラの尻尾が伸び、あらゆるものを貫くテールスピアーがガイアを狙い、ウルトラ戦士の光線技の威力を上回るEX超振動波がアグルを襲ってくる。むろん、ガイアも素早く身をひねってテールスピアーをかわし、アグルもウルトラバリアーでEX超振動波をしのぐが、どちらも一発でも食らったら危険な威力を感じ、守勢に回ったら負けると即座に判断した。

「ガイア、反撃だ!」

「よし!」

 攻撃は最大の防御! ガイアとアグルは一気に勝負を決めるべく、その身に赤と青のエネルギーを溜め、必殺の光線と光弾に変えて撃ち放った。

『クァンタムストリーム!』

『リキデイター!』

 どちらも並の怪獣なら粉々にするほどの威力の一撃がEXゴモラに叩き込まれた。しかし、なんということか。クァンタムストリームはEXゴモラの体でホースの水のようにはじかれ、リキデイターはEXゴモラの片手でボールのように受け止められてしまったのだ。

「ヘアッ!?」

「ムウッ」

 ガイアとアグルは愕然とした。バリアや超能力で防ぐならまだしも、単純な肉体の頑丈さだけで二人の同時攻撃をしのぐとは、なんて怪獣だ。さらにエネルギーの消耗により、ガイアとアグルの胸のライフゲージが赤く点灯を始める。

 このままでは、さすがのガイアとアグルでも危なかっただろう。しかし、宇宙人は満足げに頷いただけで、EXゴモラを回収してしまったのだ。

「実戦テストは上々。もう少し眺めていたいところですが、ウルトラマンさんたちには近いうちに別のご用をお願いする予定ですし、このあたりで止めておきますか。戻りなさい」

 彼が手を振ると、EXゴモラは転送されてその場から消滅した。以前、地底に潜らせたブラックキングが改造されてしまったことがあるので、念を入れての処置だった。それと同時に宇宙人もそそくさと消え去り、街は嘘のような平穏を取り戻した。

 ガイアとアグルは焦燥感を募らせていたところに肩透かしを食らい、思わず顔を見合わせた。

「あいつ、いったい何だったんだろう?」

「わからん。だが、どうせろくなことにはならないだろう。奴め、今度はなにを企んでいるのか」

 あの宇宙人がよからぬことを企んでも、今の自分たちはあの宇宙人を直接倒すことはできず、送り込んで来る怪獣を倒して被害を最低限に抑えることしかできない。そんなもどかしさに、二人は腹立たしさを感じてならなかった。

 ガイアとアグルは憮然としながらも飛び立ち、後には唖然とした街の人たちのみが残された。

 EXゴモラの攻撃の巻き添えで破壊された店の前で、店主が悔しそうにたたずんでいる。

「あーあ、せっかく新しく建てたってのに、あの怪獣野郎」

 いつの世でも、暴力の犠牲になるのは罪のない一般人だ。彼はEXゴモラの消えた空を恨めしそうに見つめ、やがて、まだ売り物になるものを探すためか、瓦礫をかきわけていった。

 だがやがてそんな光景も時に流されて消えていく。

 

 

 それが数日前の出来事。そして今回の物語は、久しぶりにトリステイン魔法学院のルイズの部屋から始まる。

「むー……」

 この日、ルイズは朝から機嫌が悪かった。

「ルイズー?」

「うるさい」

 才人が話しかけてもろくに返事も返してくれない。もちろん、なんで機嫌が悪いのか聞いても答えてくれないし、身の危険を感じた才人はギーシュのところへ逃げ込んでいた。

「まったくルイズのやつの気まぐれにも困ったもんだぜ。今度はいったいなんだってんだよ」

「サイト、レディにはいろいろあるんだよ。それを察せられないとは、君もまだまだだねえ」

「あっ、ひょっとして”あの日”か?」

「……どうしてそう君は火に油を注ぐようなことを的確に言えるのか感心するよ。今どきルイズが機嫌悪くする理由なんて、君のこと以外にないだろうに」

 とまあ、こんなやり取りがギーシュの部屋であったが、ギーシュの予想通り、ルイズの不機嫌の原因は才人だった。

「うー、あの浮気者。ほんっとに節操ってものがないんだから」

 事の原因は昨日のこと。水精霊騎士隊が学院の女子とイチャイチャしていたところに才人も居合わせた、というのが真相であった。

「キャー、ギーシュさま~。こっち向いてください~」

「わー、サイトくーん、こっち来て~」

 この間のエレキング戦とスラン星人との戦いの活躍で、彼らの株価はうなぎのぼりであった。さらに学院で噂に尾ひれがついて広まると、彼らは女子の間で一躍英雄扱いとなっていた。

 ギーシュやギムリは女子にチヤホヤされてもちろんデレデレ。そして、彼らといっしょにいた才人も女子の好奇の的になっていた。

「サイトくーん、君もお話し聞かせて。どうしたら貴族でもないのにそんなにがんばれるのー?」

「いや、貴族だとかそんなの関係なくてさ。そ、それより俺たちはやることがあってだなあ」

 とは言うものの、女子にベタベタされたら自然に鼻の下が伸びてしまうのが男の悲しい性というものであるが、独占欲の強いルイズにはそれが我慢ならなかった。

「ほんとにサイトったら、わたし以外の女にデレデレしちゃって最低。い、いいっしょにお風呂に入ったくせに。は、裸も見たくせに」

 正確には裸と言ってもタオルごしだし、そもそも昔は着替えを手伝わせていたのに何を今さらなことだが、ルイズにとっては重大だった。そこまでしてやったというのに、才人はあっさりと別の女の色香にフラフラしてしまったのである。

 エクスプロージョンで才人を爆破すれば憂さは晴れた。が、そうしたとしても才人の女癖は変わらないだろう。それに、ルイズは自分の容姿に少なからず自信がある。そこらの名も知らない女子に魅力で負けていると認めるような真似はプライドが許さなかった。

 が、それならどうするか? ということになるといい考えが浮かばない。

 イライラしているルイズの迫力はものすごく、授業中は教室が静まり返るし、放課後になったらなったで廊下を歩いているだけでも、以前『ゼロのルイズ』とルイズを馬鹿にしていた生徒たちも恐れて道を開けるほどだった。

 と、そんな物騒な散歩を続けるルイズの前で道を譲らない者がいた。見ると、同じようにイライラしながら歩いていたモンモランシーだった。

「ルイズ、もしかしてあなたも?」

「フン、少しは話が分かる奴がいたみたいね」

 ルイズもモンモランシーがギーシュのことを気にしているのくらいは知っている。そしてギーシュが最近女子の間でモテモテで気に入らないことも察して、二人は共通の目的を持つ同志となった。

「ほんっとに男って最低な生き物なんだから。わたしがあんたなんかのためにどれだけ気をつかってやったか、すこっしも理解してないんだもの」

「そうよそうよ、「君だけを見つめていたい」なんて、そのときだけなんだから。あの嘘つき、舌を抜いてやりたいわ」

 ひとしきり二人で愚痴をこぼし合った後、ルイズとモンモランシーはむなしくなって息をついた。

 それほど彼氏に嫌気がさしているなら、いっそ二人とも別の男子に乗り換えればいいんじゃないの? と、近くを通りがかった女子たちは思ったが、二人に言わせれば「人間はあきらめられないことがあるから生きていけるのよ」と、渋く答えるだろう。それが他人から見ればいかに無茶なことでも、自分にとっては大切なことなのだ。

「いったいどうすれば、あのバカ犬は浮気をやめるのかしら……」

「この学院、可愛い子多いからねえ。この学院で一番美しいのが誰か? なんて言われたら自信がないし」

「わ、わたしは自信あるわよ。このラ・ヴァリエールのルイズ様ほどの超絶美少女がいるもんですか! ……でもあいつ、あの銃士隊の副長といい、年上の女が好みなのよねえ」

 正確には才人の好みは年上の女ではなく、おっぱいの大きな女なのだが……。

 

 現実(おっぱい)

 対

 虚乳(ルイズ)

 

 この残酷な方程式に何度泣かされてきたか知れない。

 なんにせよ、ライバルたちに比べて自分たちがアドバンテージで有利に立てていないのは二人とも認めるところであった。もっとも、この自己分析を才人やギーシュが聞いたら首をかしげるかもしれないが、人間は自分のことは一番知っているようで知らないものだ。

 才人とギーシュに金輪際浮気させないようにするには、自分たちが他をぶっちぎる魅力的なレディになればいい。いくらお仕置きしても効果がない以上はそれしかないと結論は出ても、魅力なんてどうすれば上がるか皆目わからなかった。

 と、そんな二人に後ろから陽気に声をかけてきた相手がいた。

「はーい、おふたりさん。この世の終わりみたいなオーラを振りまきながらなにやってるの?」

 振り返ると、そこには学院一のモテ女がいた。褐色の肌が眩しく、いつもながら自信にあふれた笑みが憎たらしい。

「キュルケ、何の用? ツェルプストーなんてお呼びじゃないわよ」

「あら、つれないわね。さっきの話、聞こえてたわよ。彼氏に飽きられて焦ってるんでしょ? そんなあなたたちが可愛くて仕方ないから、このキュルケ様が恋の手ほどきをしてあげようと思って来たわけよ」

 彼氏に飽きられた、のフレーズでルイズとモンモランシーの心臓をエクスカリバーとグングニルが十文刺しにしていく。実際は才人とギーシュはいまでもルイズとモンモランシーにぞっこんなのだが、物事を最悪の方向にしか考えられない今の二人にはどんな罵声よりも深く突き刺さった。

「い、いい、いらないわよ、ツェルプストーの助けなんて!」

 必死に言い返したものの、声は震えて表情は崩れている。キュルケはそんな反応はもちろん織り込み済みだったようで、クスクス笑いながらルイズとモンモランシーの肩を抱いた。

「あら? そんな余裕こいていていいの? 女の情熱が熱しやすく冷めやすいように、男の愛情も移り気なものよ。た・と・え・ば、あたしがこれからあの二人にアプローチをかけたらどうなると思う?」

「だ、だめよ! キュルケ、あんたサイトはあきらめたんじゃなかったの! サイトだけはあんたには絶対に譲らないからね」

「ギーシュもよ。あんなのでも、キュルケなんかには渡さないわ」

「どうどう、ふたりとも落ち着いて。たとえばって言ったでしょ。今さらあの二人に手を出すつもりなんてないわ。でも、もしあたしに近い魅力を持った誰かがサイトやギーシュを気に入ったらどうする?」

 うっ……と、ルイズとモンモランシーは言葉を詰まらせた。二人の脳裏にそれぞれライバルとしている女の顔が浮かぶ。あれが本気で奪いにやってきたとしたら、勝利を確信することはできなかった。

 キュルケはにやにやとふたりを交互に見ている。ルイズは歯噛みしたが、こと恋愛の手練手管に関して学院でキュルケの右に出る者はいない。入学して以来、キュルケの虜にされた男子生徒の数は三桁と言っても誰も疑わないだろうし、なによりラ・ヴァリエールは先祖代々フォン・ツェルプストーに恋人を取られまくった家系なのだからして。

「ど、どど、どうすればいいっていうの?」

「話が早いわね。ルイズのそういう頭のいいところ、好きよ。でも、あなたたちの欠点はちょっと子供っぽすぎることなのよね。だから、そこを底上げするの」

「おしゃれをしろってこと? そんなのわたしだってやってるわ」

「ちっちっち、あなたたちのおしゃれなんて、子供のお化粧ごっこよ。まあ実例を見せてあげるからついてきなさい」

 そう言ってキュルケはルイズとモンモランシーを自分の部屋に連れ込んだ。そして数十分後、二人は自分たちの劣等ぶりを嫌というほど思い知らされることになったのだ。

 

 キュルケの部屋は彼女らしく非常に豪華な仕様で、大きな姿見や衣装ダンスが並び、絵画や美術品が宮廷のように陳列されていた。

 しかし、それらの美術品も、着飾ったキュルケの美貌の前には霞んで見えた。

「どう? これでも少し地味めを選んでみたんだけど」

「そ、そうね。た、たたた、確かに地味だわ」

 豪奢なドレスを身にまとい、キュルケは女王のようにたたずんでいた。薄い紫色のレースのような生地が怪しくはためき、煽情的という表現ギリギリなレベルでさらされた地肌がなまめかしく視線を誘う。それは女のルイズとモンモランシーから見てもよだれが出そうな美しさで、アンリエッタ女王のような清楚さとは正反対ながらも、男の視線を釘付けにするであろうことは疑いようもなかった。

 もし、今のキュルケを才人やギーシュが見たら、きっとニンジンをぶらさげられた馬のようになってしまうだろう。それほど、ドレスをまとったキュルケの美しさは、制服のときとは次元を異にしていた。

「どう? 衣装は女の鎧であり、最大の武器でもあるのよ。それなのにあなたたちときたら、私服といえば出入りの商人が適当にすすめるものしか買ってないんでしょ? そんなんじゃ、いくらいい香水をつけてても宝の持ち腐れよ、モンモランシー」

「う、うるさいわね。だ、だいたいギーシュなんて、何着てても同じような褒め方しかしないんだから」

「それはあなたが同じような服しか着てないからよ。もっと冒険してみなきゃ! というわけで、あたしが子供の頃着てた服をいくつかあげるわ。それならサイズが合うでしょ」

 盛大に傷つく言い草だが、確かにキュルケのお古はルイズやモンモランシーにはぴったりみたいだった。

 しかし、それらはかなり布地の際どい強烈なデザインばかりで、モンモランシーなどは顔を真っ赤にして叫んでしまった。

「不潔! 不潔だわ。こんなのを着て人前になんか出られない」

「わかってないわねえ。そういうのだから、男は夢中になるんじゃない。ルイズはどう? あなたも着る勇気がない?」

「あんた、子供の頃からこんなの着てたって、ツェルプストーの教育方針はどうなってんのよ? こんなはしたないのをうちで着てたらお母様に殺されるわ……あ、だからエレオノールお姉さまは行き遅れてるのね」

 さりげに売れ残りから返品に差し掛かっている姉をコケにしつつ、ルイズはよくあのお母様も結婚できたものねと思った。まあ、ちぃ姉さまだったら何もしなくても引く手数多でしょうけど、自分が真似できる気はしない。

 が、それは逆に返せば自分が成長しても眼鏡のないエレオノール姉さまみたいになるだけね、とルイズは思い当たった。そしてそのことをキュルケに告げると、キュルケもなるほどと納得した。

「そうね、モンモランシーはともかく、ルイズは足りないものが多すぎるわねえ。ぷ、くくっ……」

 キュルケはベビードールを着たルイズの幼児体系とのミスマッチを想像して笑いが漏れた。うん、さしずめスーパースペシャルグレートルイズ・ハイグレードタイプ2といったところか。

「ぷっ、くくく……わ、わたしも甘かったわ。ルイズの場合だと素っ裸で迫るのが一番かもね」

「キュルケ、わたしがエクスプロージョンを食らわせるのがサイトだけだと思ったら大間違いよ……」

「短気は損気よぉ。でも、わたしも言い出した手前、投げ出すようなことはしないわ。さあて、それなら方針を変えてみましょうか。考えてみたらサイトやギーシュにはちょっとズレた方向からアプローチしたほうが効果的かもね。でも、それだとわたしの手持ちじゃ合わないから、持ってそうな子のところにまで行きましょうか」

 そう言ってキュルケはさっさと着替えると、答えは聞いてないとばかりに先に部屋を出て行ってしまった。ルイズとモンモランシーは釈然としないながらも後を追う。

 キュルケは今度は何を考えているのだろうか? その答えは、女子寮の一年生部屋の中でも特に豪華な一室の持ち主にあった。

「それで、ヴァリエール先輩に合ったドレスをわたしが持っていないか聞きにきたわけですか」

「そう、クルデンホルフのあなたならドレスの手持ちくらいいっぱいあるでしょ。サイズもルイズやモンモランシーとも近そうだしね」

「遠回しに馬鹿にされてる気がするんですが……まあツェルプストー先輩のたってのお願いですし、ドレスくらい好きに見て行ってくださいな」

 突然乗り込んでこられたベアトリスは、こちらも釈然としないながらも、外国の貴族であるキュルケ相手には強く言うこともできずに納得してくれた。とはいえ、一応は名門のヴァリエールとツェルプストーに恩を売れるという打算もあったが、ベアトリス自身なにかおもしろそうだと思った一面もある。

 そして思った通り、ベアトリスは様々なドレスを持ち込んでおり、ルイズとモンモランシーは目移りするようなそれを前にして着替えにいそしんだ。

「あら? これちょっとかわいくない? ねえねえルイズ、これ見てよ」

「へえ、ブルーのラインがすっきりしてていいわね。こっちもどうよ? フワッとしたスカートがかわいいと思わない?」

 最初はしぶしぶだった二人も、様々な服に袖を通すうちにいつのまにか楽しくなっていた。ベアトリスは自分のものだけではなく、エーコたちやティラたち用のドレスも持ち込んでおり、その豊富な種類は年頃の少女たちを飽きさせなかった。

 やがては見ているだけだったベアトリスたちも加わり、室内はちょっとしたファッションショーの様相になってきた。ルイズはこれまでほとんど意識しなかったが、着飾った自分を友達と見せ合いっこするという、ごく普通の女の子らしい楽しみを知ったのだった。

 しかし、確かにベアトリスはいろいろと趣味のいいドレスを持ってはいたが、才人やギーシュの目を引くようなインパクトのある服。というのでは、納得のいくものがなかった。キュルケと違ってベアトリスは、あくまで感性は普通なのである。

 と、そのときだった。キュルケが洋服ダンスの隅で、畳まれている変わった色合いの服を見つけた。

「あら? これはこれは見たことないデザインね。ルイズ、モンモランシー、ちょっとこれ着てみなさいよ」

 キュルケは、お着替えに夢中になっている今のうちにと、ルイズとモンモランシーにその変わった服を渡した。案の定、二人は深く考えずに嬉々としてその服に袖を通した。

 しかし、その服は皆の思っていた以上に奇妙なデザインだった。

「なあにこれ。オレンジ色の……スーツ?」

 ルイズの着たそれは、どちらかといえば男性が着るようなネクタイ付きのシンプルな服だった。動きやすいのはいいけれど、控えめに言っても『可愛い』という感じではない。

 アクセントといえば、胸元に流星をかたどったバッジがついているけれど、これでお洒落かというとどうだった。

 そしてモンモランシーのほうはと言えば、こちらは灰色をした地味めな洋服だった。こちらの胸元にはS字に似た赤いワッペンがついている。しかしどちらにしても、派手好きなベアトリスが持つにしては地味めな服だとルイズはいぶかしんだ。

 するとベアトリスは言った。

「その服なら、この前トリスタニアに買い物に行ったときに、ティアとティラが「動きやすそうだから気に入った」と言うからから買ったものですわ。あの二人ときたら、すぐドレスをダメにするんですもの」

 なるほど、あの二人のだというなら納得だ。緑髪のティラとティアの姉妹のことは今では学院でも有名で、魔法が使えないからベアトリスの使用人という立場になっているが、その快活な性格や豊富な知識で、人気者になっている。

「なんでもごーせい繊維で衝撃や耐熱に優れていて大変レア、なんだそうよ。よくわからないけど」

「はーん……」

 ルイズたちにもよくわからなかった。あの二人はときたま突拍子もないことを言って皆を困惑させるので、一部では才人の女版などとも言われている。

 しかし、変わり者のティアとティラが気に入るなら、ただの服ではないのだろう。

 ルイズは服のあちこちを何気なく触っていたが、ズボンの裾先にチャックがついているのを見つけて引っ張ってみた。

 するとなんと! チャックを引いたことで生地が裏返り、オレンジ色のスーツは一瞬にして青地のブレザーに変わってしまったのだ。

「えっ? えええーっ!?」

「変化の魔法が仕込まれてたの?」

「いえ、違うわ。これ、服そのものにギミックが仕込まれてるのよ。そうだわ! 男の子って、こういう仕掛けが好きじゃない?」

 モンモランシーが言って、ルイズもはっとした。そうだ、あの鈍感たちには半端な色気より、遊び心に訴えたほうがいいかもしれない。

 そう、男なんて生き物はいくつになってもごっこ遊びに夢中になる幼稚な生き物だ。なら、そこを最大限利用してやろうじゃないか。誰かと仲良くなるためには、まず共通の話題を作ることが大事だというし。

 やる気になっている二人に、キュルケは呆れたようにつぶやいた。

「まあ、付け焼刃のおしゃれよりはあなたたちに合ってるかもねえ」

 考えてみたらルイズとモンモランシーも才人やギーシュと同じく、まだ「大きな子供」だ。大人の勝負に打って出るにはまだ数年早いかもしれない。それに、女の子から見れば「可愛くない」でも男の子から見れば「かっこいい」に映るかもしれない。

 そうとなれば、この奇妙な服も魅力的に見えてきた。可愛さではなくかっこよさで勝負! そうなったら、この服だけでは足りない。

「ベアトリス、この服ってトリスタニアのどこのお店で買ったの? えい、もう面倒だわ。明日あんたそこに案内しなさい!」

「えっ? ええぇーっ!」

 ルイズに強引に命令され、こうしてベアトリスの休日はつぶれることになってしまった。

 

  

 そして翌日、ルイズたちは絶好の晴れ間の中でトリスタニアについていた。

 

「ふーん、トリスタニアもずいぶんきれいに直ったものね」

 ルイズは賑わっているトリスタニアの市内を見てうれしげにつぶやいた。ここ最近、壊されては復興するを繰り返しているために、トリスタニアの街の回復速度はすさまじい速さになっている。ガラオンとジャシュラインに壊された跡はもう跡形もなく、さすがに……との大戦争の傷跡はまだ残っているが……。

「戦争? そんなものあったかしら?」

「ヴァリエール先輩、どうしたんですか? 行きますよ」

「え? 今行くわ」

 ちょっとした違和感を感じたが、一行はベアトリスに案内されてトリスタニアの大通りを進んでいった。

 今回やってきているのは、ルイズ、モンモランシー、キュルケに加えて、ベアトリスとベアトリスのお付としてティラとティアもいる。本当はエーコたちも来たがったが、人数が増えすぎるのでまた今度にしてもらった。

 なお、才人とギーシュをはじめ、男子は徹底的に撒いてやってきた。女子だけで出かけると告げると才人は「はいはい」と適当に承諾し、ギーシュはついてきたがったがモンモランシーが「来ないで!」と一喝するとしょぼんとして引き下がった。

 さて、いつもならば魅惑の妖精亭がある裏通りのチクトンネ街に向かうところだが、今回は表通りのブルドンネ街を一行は歩いていく。私服で来ている彼女たちは、清潔な通りをベアトリスに案内されながら歩いていき、温泉ツアーの広告の貼られた街灯の角を曲がると、そこにこじゃれた感じの服屋が建っていた。

「へーえ、なかなかいい雰囲気のお店じゃない」

「『ドロシー・オア・オール』。最近トリスタニアでも評判の、輸入物の衣類を売っている店ですわ。中もけっこう広いですわよ」

 慣れない敬語を使うベアトリスに先導されて、一行は衣料品店ドロシー・オア・オールに入っていった。

「うわぁ、まるで別世界ね」

 中に入った一行を待っていたのは、見渡す限りの服の海であった。学院の講堂より広くて明るい店内に、ハンガーにかけられた何百何千という衣服が陳列されている。それも、ちらりと見ただけでも素材の生地は上等で、縫製も丁寧なのがわかった。

 普段はトリステインを見下すことのあるキュルケも、これほどの店はゲルマニアにもそうはないわね、と驚いている。ルイズとモンモランシーなど完全におのぼりさん状態で、貴族の誇りなどはどこへやらでぽかんとしていた。

 しかしベアトリスは慣れたもので、お探しのような服はこの奥ですよ、とどんどん先に進んでいってしまう。

「ま、待ってよ!」

「置いて行かないでーっ!」

 先輩としての威厳はどこへやら。後輩の後を追いかけて、ルイズとモンモランシーは迷子になりそうなくらい広い店内を駆けていった。

 しかし、ドロシー・オア・オールの店内はびっくりするほど広く、品ぞろえも見事だった。紳士服から婦人服まで、それこそ子供用から大人用まで様々なサイズにも対応する商品が数十から陳列されている。しかもそれでいて貴族御用達の高級店というわけでもなく、平民でもそこそこの稼ぎがあれば買える額で趣味のいい服が数多く並び、もしここに才人がいればデパートのようだなと感想を述べたことだろう。

 左右の色とりどりな衣服を見回しながら店内を進んでいくルイズたち。と、ふとルイズは自分たち以外の客の中に、見慣れた人影が混ざっているのを見つけた。店内だというのに幅広の大きな帽子をかぶって、長い金髪に、なによりもどんな服を着ていようとも自己主張をやめない胸元の巨峰。

「ティファニア? ティファニアじゃないの」

「えっ? あっ、ルイズさん。それにモンモランシーさんにキュルケさんも。どうしたんですか? こんなところで」

「それはこっちの台詞よ。あんた、こんなところでなにしてるのよ?」

「あ、わたしは孤児院の子たちに少しでもいいものを着てもらいたいと思って。ルイズさんたちこそ、どうしてここに?」

 驚いているティファニアに、ルイズたちは簡単に自分たちの事情を説明した。

「そういうことですか。ふふ、お二人とも本当にサイトさんとギーシュさんがお好きなんですね」

「そ、そんなんじゃないわよ。それより、せっかくだからあんたの服も買ってあげるから来なさい! そんな出るとこ出過ぎてる服で歩かれたら目の毒よ」

「えっ? わ、わたしのこれはごく普通だと思うんですけど……」

 確かにティファニアの言う通り、彼女の着ている服はごく普通のものなのだが、ティファニアが着れば普通でなくなってしまうから問題なのである。

 ものにはなんでも例外というものがあるもので、普通はおしゃれをして足りない魅力を補い、足りている魅力をさらに引き立てる。が、ティファニアの場合はなにもしなくても魅力が最大値だから腹が立つ。この際だから少しでも隠れる服を買っておこうとルイズは思ったのだった。

 さて、思わぬ顔も増えたが、ようやく一行は目的の品が売っているフロアについた。陳列されている衣類の中には、昨日ベアトリスに見せてもらった二種類の他にも、見たことのないデザインの服が所狭しと並んでいる。

「ここね。よーし、いいの買っていくわよ」

 ルイズはやる気たっぷりに宣言した。続いてモンモランシーも、「ギーシュめ、待ってなさいよ」と気合を入れる。

 なにせ、目の前には目移りするくらいの服が陳列されている。女の子なら目を輝かせて当然の光景に、ようやくルイズやモンモランシーも本格的に目覚めつつあった。

 そんな二人の様子をキュルケは生暖かく見守っている。二人とも、その気になればもっといい男を捕まえられるだろうにまったく不器用なことだ。しかし、一人前のレディへの道は必ずしもひとつではないのも確かだ。

「そうねえ、せっかくだからわたしも新しい可能性を見繕ってみようかしら」

 わざわざ来たのに見ているだけなんて損だ。自分ならルイズたちとは違った衣装の活かし方もあるだろうと、キュルケも衣装の海へと飛び込んでいった。

 さて、そうなるとほかの面々もじっとしてはいられない。ベアトリスも、エーコたちや水妖精騎士団へのお土産にといろいろ見繕っている。一人、ティファニアがルイズに連れてこられたはいいものの、肝心のルイズがティファニアのことをすっかり忘れて自分の衣装選びに夢中になっているためおろおろしていたが、そんな彼女にベアトリスが声をかけた。

「あなた、ティファニアさんだったかしら? そんなところで何をしてるの。あなたも好きな服を選んだらいかが?」

「えっ? いえ、わたしはそんなに手持ちはないもので」

「なら、わたしがおごってあげるから好きなのを選びなさい」

「えっ! そ、そんな、悪いですよ」

「気にしないでいいわよ。借りっていうのは、作られるより作るほうがおもしろいものなんだから。気に病むというなら、あなた水妖精騎士団に入りなさい。あなた男子に人気があるから、うまくすれば水精霊騎士隊の連中をああしてこうして……うふふ」

「な、なにか怖いですよベアトリスさん」

「気のせいよ。うふふふ」

 悪だくみをはじめるベアトリスに、ティファニアは少し恐怖を感じて引いていた。

 しかし、これまであまり接点のなかったベアトリスとティファニアに交流が生まれ始めているのはいいことだ。二人ともいい子なので、きっとすぐに仲良くなれることだろう。

 ティラとティアも、「仲良くしましょうね」「んー? なんか前から知ってる気もするけど」と、人懐っこくじゃれてきている。人間とハーフエルフとパラダイ星人、友だちの間につまらない垣根などはない。

 そして始まる女だけのショッピング。ドロシー・オア・オールはかなり盛況なようで、このコーナーにもほかに何人かの客がいたが、その中でもルイズたちは抜きんでて目立っていた。

「んー……」

「むー……」

 穴が開くほど恐ろしい視線で陳列品を吟味している。女の子が休日にショッピングに来ているような姿ではとてもないが、二人には自分の姿を顧みている余裕はとてもなかった。

 その商品のほうだが、順番に様々なものが並んでいて目を引いた。全体的に見るとオレンジ色を基調にしたものが多いようだが、中には青や赤の円模様をしたド派手なものもあっておもしろかった。

 ルイズたちの反応の一例である。順列で四番目に来ているオレンジとグレーの服であるが、ルイズは奇妙な懐かしさを感じて涙が出てきた。

「これ、なんだろう……サイトにも買っていってあげましょう。きっと喜ぶわ」

 これに関してはむしろ中にいる人の影響が大きいだろうが、こればかりはしょうがない。

 モンモランシーはといえば、その隣の青と赤の鮮やかな服に見入っていた。

「なにかしら、この服を着てそうな人にシンパシーを感じるわ。なにかこう、いろんなものを調合したり、身内が愉快なことを考えたりする方向で……」

 もしも、水精霊騎士隊の連中がこれを着たらすごく強くなる気がする。いやダメだ! これ以上あの連中がお笑い集団化したら本当に貴族の誇りが崩壊する。でも、男女共用がほとんどの中で、これは女子用にミニスカートの可愛いデザインがあったので惜しい。いや、自分だけで着ればいい話か。

 この二人のオーラがあまりに強すぎるせいで、周囲からは一般客が引いてしまっている。しかし、このコーナーは大きく二つに分かれており、ルイズたちのいるコーナーとは別に設けられているコーナーではベアトリスたちやキュルケがショッピングを楽しんでいた。

 そのうちベアトリスとティラとティアは、水妖精騎士隊のユニフォームに使えそうな、可愛くて凛々しさを兼ね備えたものがないかと探していたところ、コーナーの終わりのほう付近に白と赤を基調としたツヤツヤした服を見つけて足を止めた。

「あら、この服は雰囲気が明るくていいわね。ティア、これはどう思う?」

「えーと、これはこうぶん……こうぶ……なんだっけティラ?」

「高分子ナノポリマー製ね。衝撃や防寒に優れているわ。ちょうど、ミニスカートものもあるし、まとめ買いしていきませんか?」

「いいわね。これで、水精霊騎士隊に見た目でも差をつけてやれるわ。ふふ、楽しみね」

 これで水妖精騎士団こそが最強・最速になるのよと、ベアトリスは胸を熱くした。その隣では、キュルケがマイペースに品定めをしている。

 一方でティファニアは、ベアトリスのところから少し離れたところで、青いつなぎのような服を見ていたが、その胸中は興味とは別のものが満たしていた。

「なにかしら、不思議な気持ち。懐かしいような、どこかあったかくなる気がするわ」

 見るのは初めてなはずなのに、この懐かしさはなんだろう? とても強い、しかし、とても優しく暖かみに満ちた一人の青年と、その仲間たちのイメージが流れ込んでくる。

「コスモス……これはあなたの記憶なの……?」

 ティファニアの問い掛けに、コスモスは答えない。しかし、コスモスはすでにテレパシーでエースと会話を始めていた。「ここは、おかしい」と。

 しかし、彼女たちにはなにがおかしいのかはわからない。それでも、ルイズはコーナーを順に巡っているうちに、ある一着に目を止めた。

「これ、アスカの着てるやつに似てるわね。まさか……ね」

 ルイズは、あいつと似たかっこうは嫌ね、と、通り過ぎたが、このときルイズは立ち止まって注意深く見ていくべきだったかもしれない。なぜならそれは、アスカのスーパーGUTSの制服に似ているというものではない、見た目だけならそのものだったからだ。

 そしてルイズは、コーナーの最後に陳列してある服を見たとき、頭の底から殴り返されるような感覚を受けた。

「これ、見たことある……でも、どこだったかしら……」

 黄色とグレーを基調としたスーツ。その胸元には翼をあしらったエンブレムがつけられている。

 ルイズは記憶の窯の中が煮えたぎっているのに蓋を開けられないような違和感を覚えた。自分はこれと同じ服を着た人と……いや、人たちと会ったことがある。しかし、それがどこでいつでどうしてだったかがなぜか思い出せない。

 どういうこと? なんで、たかが服一着を見ただけで、こんな気持ち悪い思いをしなきゃいけないの? 自分は、この服を着た人たちと、なにか大切な約束をしたような……。

 そのとき、ルイズの耳に、モンモランシーの呼ぶ声が響いてきた。

「ルイズ、なにやってるの? そろそろ買って帰りましょうよ」

「え? うん。ちょっと考え事してて」

「迷ってるなら全部買っていけばいいじゃないの。ヴァリエールのあなたなら、そんなたいした出費じゃないでしょ?」

 すでに品定めを決めたらしいモンモランシーたちに急かされて、ルイズは慌てて目の前の服を買い物かごに押し込んだ。

 清算は全員とどこおりなく終わり、レジを出たルイズたちは両手に買い物袋を抱えて満足そうにしていた。

「ふーっ、買ったわね。思ったより多くなったけど、これなら男子も連れて来ればよかったかしら」

 キュルケが荷物持ちにさせる気満々で言った。平成の日本のように「後日郵送でお届けします」が、ないトリステインではけっこうな苦労になり、北斗星治もこれには苦い思い出がある。

 が、それでもティラとティアがけっこう持ってくれるからマシではあった。なお、全員それなりの量を買い込んだが、一人だけ大貴族の娘ではないモンモランシーは財布を覗いてため息をついていた。

「これで来月のわたしのお小遣いはゼロね。来月があれば、だけど」

「なに落ち込んでるの。お小遣いくらい、ギーシュを落とせばあいつの財布からいくらでも出せるじゃないの」

「キュルケ、ギーシュの貧乏っぷりを知ってて言ってるでしょ? まあでもいいかしら。待ってなさいよギーシュ」

 やる気のモンモランシー。そのために無理して何着も買い込んだのだから当然といえば当然だ。

 衣料品店ドロシー・オア・オールは依然繁盛を続けており、客はひっきりなしに来ていた。しかし、これほどの店を短期間で作り上げるとは、オーナーはどこの誰なのだろう? ベアトリスに知っているかと尋ねると、彼女はわからないと首を降った。

「わたしもさっき店員に聞いてみましたけど、こちらのお店は支店で、本店はゲルマニアのほうにあるらしいですわ」

「ふーん、最近のゲルマニアは元気でいいことだわ。これは、アルブレヒト三世もうかうかしてはいられないかもしれないわね」

 キュルケが意地悪げにつぶやいた。血統を持たないゲルマニアでは実力が何より物を言い、それは皇帝も例外ではない。トリステインだって王に従わない家臣がいるというのに、ましてゲルマニアでは王様には従うものという前提自体が危ういものである。当然、キュルケもアルブレヒト三世が没落するなら助ける気など毛頭ない。

 さて、それはともかくそろそろ帰らなくては帰りが遅くなってしまう。一行はちらりと店を振り返ると、馬車駅に向かって歩き出した。

  

 

 ところが、その時である。突然、地面が大きく揺れ動いたかと思うと街の一角で砂煙があがり、その中から黒々とした巨大な怪獣が飛び出してきたのだ。

「あの怪獣って! 確かあのときの」

 ルイズやティファニアはその怪獣に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない! あの鎧のような体躯と、蛇のような長い尻尾、そして白磁器のような冷たい目。自分たちはあの怪獣のせいで死ぬ目に合わされたのだ。

 EXゴモラ。ネフテスでのあのギリギリの死闘は忘れたくても忘れられるものではない。しかし、あの怪獣はあのとき確かに……。

「ルイズさん、あの怪獣ってエルフの国でやっつけたはずのやつですよね!」

「そうよ、間違いなく倒したはずなのに。サイト! ああっ、こんなときにいないんだから、あの馬鹿犬ぅ!」

「お、置いてきたのはルイズさんですよ。え、えっと、わたし孤児院のほうが心配なので、これで失礼しますぅ!」

「あっ、ティファニア!」

 一人でティファニアが駆け出したが、止めるわけにはいかなかった。

 いや、それどころではなかった。ルイズたちが悪態をつき終わるのと同時に、その怪獣……EXゴモラがぎょろりと恐ろしげな白眼でルイズたちを睨んできたのである。

「えっ?」

 驚いている暇もなかった。EXゴモラはルイズたちを見つけると、くるりと方向を変えて、建物を踏み壊しながらこちらに向かってきたのだ。

「なっ、なんでぇーっ!」

「と、とにかく逃げましょう」

 一行は慌てふためいて駆けだした。なにがどうとかを考えている暇もない。彼女たちと並んで、トリスタニアの住民たちも必死に走っている。平和だった街は一瞬にして、阿鼻叫喚の巷と化していた。

 EXゴモラのパワーの前には石やレンガ造りの建物などなんの障害にもならない。紙細工のように踏みつぶされ、粉塵と火炎がかつてのアディールの光景を再現していく。

 しかも、EXゴモラはルイズたちがどんなに道を変えてもピッタリと後ろをついてくるではないか。

「もう! なんであいつわたしたちの後をついてくるのよ」

「先輩方、なにかあいつにしたんですか!」

「そりゃ……もしかしてわたしたちに復讐するために戻ってきたとか?」

「まさか! でも、ありえなくもないんじゃないの?」

 ルイズ、ベアトリス、モンモランシーは走りながら話した。

 しかし、もちろんそんなわけはない。このEXゴモラを再生させ、操っている存在の目的はまったく違うところにあった。街を見下ろしながら、あの宇宙人は笑っていた。

「さあて、生かさず殺さず追いかけるんですよお。そいつらを追い詰めれば、たぶんあいつも出て来るでしょうからねえ」

 何を企んでいるのか。どうせよからぬことに決まっているが、人間の足で怪獣からいつまでも逃げられるものではない。

 息を切らし始めるベアトリスやモンモランシー。行く足はしだいに遅くなっていき、それを見たティアとティラは決意したようにベアトリスに言った。

「こりゃしょうがないねー。ティラ、ちょっとダンスしようか」

「姫殿下、わたしたちが囮になります。そのあいだに逃げてください」

「な、あなたたち何言ってるのよ! そんなの絶対に認めない。認めないんだからね!」

 緑色の髪をなびかせながら、いつもと変わらない笑顔で言うティアとティラを、ベアトリスは必死で引き止めた。

 ベアトリスは知っている。この二人は、自分が危なくなるとどんな危険を冒してでも助けようとしてくれる。それが、世話になった恩を返すためだと言うけれど、もう二人は自分にとって部下なんかじゃない大切な人なのだ。

 けれど、宇宙人は人間の情愛などは屁とも思わずにせせら笑う。

「ふふ、ではそろそろ一人くらい踏みつぶしちゃってもいいでしょう。ん? おっと、余計なお客さんも来てしまいましたか」

 宇宙人が面倒そうな声を発するのと同時に、EXゴモラの前に青い巨影が降り立った。

「シュワッ!」

「ウルトラマンコスモス!」

 ティファニアがさっき別れた本当の理由はこれだった。ここに才人がいない今、すぐに駆け付けられるウルトラマンはコスモスしかいない。

 コスモスは以前の経験から、EXゴモラに対してルナモードでは太刀打ちできないと考えて、即座にコロナモードへと変身した。コスモスの姿が青から赤に変わり、戦闘態勢をとったコスモスとEXゴモラが激突する。

「シュゥワッ!」

 コロナパンチがEXゴモラのボディを打ち、すぐさま回し蹴りでのコロナキックがEXゴモラの首筋を打つ。

 もちろんこの程度でどうにかなるとはコスモスも考えてはいない。しかし、二発攻撃を当てたことでコスモスは相手の力量をおおむね計っていた。このEXゴモラは以前ほどの強さはないと。

 が、多少の弱体化で弱敵になるような生易しい相手ではないことはコスモスもわかっている。ティファニアも、あのときにEXゴモラの恐るべき力を目の当たりにした恐怖が蘇ってきて、コスモスに呼びかけた。

〔コスモス……大丈夫ですか?〕

〔楽観はできない。だが、ここで戦わなければ多くの犠牲が出てしまう。私はそれを止めたい。君は、どうなのだ?〕

〔わたし……わたしも、友だちを守るためなら戦いたい〕

 戦いは好きではない。けれど、戦いから逃げて失うものへの恐れのほうが強かった。

 勇気を振り絞ったティファニアの意思も受けて、コスモスはEXゴモラに挑んでいく。

 むろん、それを快く思う宇宙人ではない。不快そうな声で、彼はEXゴモラに命じた。

「お呼びじゃないんですよ。ゴモラ、さっさと片付けてしまってください」

 宇宙人の命令を受けて、EXゴモラも攻撃態勢を強化した。全身が装甲のような体は接近するだけで十分武器となり、兜のような頭は軽く振り下ろすだけで鈍器となり、強烈なパワーを秘めた腕で殴られればコスモスも一発で吹き飛ばされるだろう。

 コスモスは致命打を受けないように、唯一奴に勝る要素である小回りの速さを活かして攻撃をかわしながらチョップやキックを打ち込んでいく。が、少しでも隙を見せればEXゴモラは必殺のテールスピアーでコスモスを串刺しにしようと狙ってくるので一瞬も気を抜けない。

 まさに、紙一重の攻防。その激闘に、ルイズたちも声援を送っていた。

「しっかりーっ! 今はあなただけが頼りなのよーっ」

「負けないでーっ! わたしたちはあなたを信じてるんだからーっ」

 負けない心がウルトラマンの力になる。少女たちの応援を受けて、コスモスは懸命に力を振り絞って戦った。

 それでも、コスモス一人で倒すには酷すぎる強敵だ。モンモランシーは空を仰ぎながら、祈るようにつぶやいた。

「誰か早く来て、助けて……」

 ギーシュはいない。自分の魔法は戦うことには向いていない。どうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできない。

 しかし、誰も聞き届けるものはないと思われたか細い祈りに答えるように、新たな地響きがトリスタニアを襲った。今度はなんだと驚く人々の前で、街の一角から砂煙が立ち上り、そこから現れる土色の巨影。

「あれって、あの怪獣もアディールで見たわ!」

「確かサイトはゴモラって呼んでたわね。あの怪獣はわたしたちの味方よ。よーし、ニセモノをやっつけちゃって!」

 ルイズもうれしそうに叫ぶ。きっと、あのときのゴモラが助けに来てくれたんだ。コスモスひとりだけでは無理でも、ゴモラと協力すれば倒すことができるかもしれない。

 ゴモラは彼女たちを守るように背にかばいながら、引き裂くような鳴き声をあげてEXゴモラに向かっていく。あの三日月状の角は陽光を反射して輝き、太く長い尻尾は大蛇のように地を打つ。

 対して、EXゴモラも新たに現れたゴモラを敵と見なして遠吠えをあげた。むろん、あの宇宙人も愉快であろうはずがない。

「ええい、次から次へとうっとおしいですね。さっさと畳んでしまいなさい!」

 彼のいらだちに呼応するかのように、EXゴモラはゴモラの突進を迎え撃った。茶色と黒色の角同士がぶつかり合って火花をあげ、古代の肉食恐竜の対決さながらに爪と牙の肉弾戦にもつれ込んでいく。

 至近距離、互いに小細工など効かない間合いで、EXゴモラとゴモラは激しく殴り合った。互いの爪が相手の体を打って火花をあげ、双方超ストロングタイプのぶつかり合いは、それだけで衝撃波と暴風を周囲に撒き散らす。

 だが、やはりEXゴモラのほうがパワーでは上で、ゴモラは押され始めた。そこですかさずコスモスはEXゴモラの横合いからジャンプキックを決めてEXゴモラをよろめかせ、その隙にゴモラは大きく体をひねってEXゴモラに尻尾を叩きつけて吹き飛ばした。

「おのれこしゃくな!」

 宇宙人は怒りを吐き捨てた。彼にも焦りが生まれ始めている。このままでは、せっかく蘇らせたEXゴモラが役に立たない。

 それに対して、ルイズやキュルケたちはゴモラの勇戦にうれしそうだ。ティラとティアも子供のようにベアトリスといっしょにはしゃぎ、モンモランシーも「ギーシュよりかっこいいわ」と惚れ惚れしている。

 EXゴモラはその巨体が災いして、転ばされてもすぐには起き上がれずにもがいている。そこへゴモラは駆け寄ると、EXゴモラの両顎に手をかけて一気に引き裂きにかかった。

「うわっ、残酷」

 ティアが思わず口を押さえてうめいた。いくら追撃のチャンスだからといっても、これはないだろう。実際、さしものルイズやキュルケも顔をしかめている。

 けれど効果は絶大だったようで、さすがのEXゴモラも痛みに耐えかねてゴモラを振り飛ばした。

 転がるゴモラと、起き上がってくるEXゴモラ。すると今度はコスモスが追撃のチャンスを逃すまいと、EXゴモラに挑みかかっていく。

「ハアッ! セヤッ!」

 パンチとキックの猛打。コロナモードの燃えるような連撃がEXゴモラのボディを打つ。

〔いくら頑丈でも、少しずつ疲労は重なっていくはず。疲れさせたところでフルムーンレクトで鎮静させよう〕

 いくら邪悪な怪獣でも無為に殺すことはない。邪悪なエネルギーを取り除く、その可能性にコスモスはかけていた。

 そのころ、ゴモラもようやく起き上がって叫び声をあげていた。その視線の先がコスモスとEXゴモラに向き、鼻先の角にスパークを走らせるエネルギーが満ちていく。ゴモラ必殺の超振動波だ。

 コスモスは、ゴモラが超振動波の体勢に入ったことを見て、EXゴモラから距離をとった。そして、ルイズたちが「よーし、いけーっ!」と声援をあげる中で、ついにゴモラは超振動波を発射した。だが!

「グワアァッ!」

 ゴモラの超振動波はなんと、EXゴモラだけでなく、コスモスまでも狙ってなぎ払ったのだ。

 爆炎と粉塵が吹きあがる中、無防備なところに超振動波を受けたコスモスが倒れ込む。その光景に、思わずルイズは悲鳴のように叫んだ。

「なにしてるの! コスモスは味方よ。アディールでいっしょに戦ったでしょ。忘れたの!」

 しかし、愕然としているルイズたちの前で、ゴモラはかまわずに超振動波の第二波をコスモスに向けて放った。

「ヌワアァァッ!」

 ダメージを受けていて直撃を避けられなかったコスモスはもろに食らい、そのままカラータイマーの点滅さえも経由することなく、倒れ込むと同時に光になって消滅してしまった。

「コスモスーっ!」

 ルイズたちの絶叫がむなしく響く。ゴモラ、なぜこんなことを? それにコスモスは……ティファニアはどうなったのだろう。だが、それを確かめる間もなく戦いは続く。

 今度はEXゴモラが体勢を立て直し、そのボディにエネルギーを集中させていく。ゴモラの超振動波をしのぐ、EX超振動波だ。

 しかし、ゴモラは避けるそぶりも見せない。そしてEX超振動波は放たれ、ゴモラに直撃。ゴモラはひとたまりもなく吹き飛んだ……かに見えたが、なんとゴモラは何事もなかったかのようにその場に立っていた。

 唖然とするルイズたち。そしてあの宇宙人も、ゴモラのあり得ない耐久力に目を見張っていた。EX超振動波はオリジナルよりは弱体化しているとはいえ、ゴモラを粉砕するくらいの威力はじゅうぶんにあるはず。

「馬鹿な……むっ? あれは!」

 そのとき、彼はEX超振動波を浴びたゴモラの皮膚が破れて、その下から金属のボディが覗いているのを見て取った。

 同時にルイズたちも、あのゴモラが以前のゴモラとはまったく別物だということに気づいていた。

「あのゴモラもニセモノよ! 全身が鉄でできた作り物だわ」

 キュルケの叫びに皆もうなづいた。

 そう、そのゴモラは全身を宇宙金属で作られているニセゴモラだった。

 そして、ニセゴモラを操っている何者かは、ニセゴモラの正体がバレると、にやりと笑ってひとつのスイッチを入れた。

「ふふふ……メカゴモラの性能が、そちらのゴモラと同じと思ったら大間違いですよ」

 その瞬間、ニセゴモラの体を白い炎が覆ったかと思うと、炎が消えた後にはニセゴモラの代わりに巨大な鋼鉄の巨獣がそびえたっていた。

 息をのむルイズたちと宇宙人。彼らは、その圧倒的な威圧感に戦慄した。そう、コピーロボットの製造がサロメ星人の専売特許だと思ってもらっては困る。EXゴモラがガイアとアグルと戦った時に、すでにデータは採取していたのだ。

 シルエットはゴモラに酷似している。しかし、その全身は黒々とした金属で作られ、EXゴモラ以上に見る者に恐怖心を植え付ける。

 手首が回転した! 攻撃用マニピュレーターのテストだろうか?

 鋼鉄の顎が金属音をあげて上下する。その目には感情がない代わりに、敵を確実に抹殺することだけを目的とする凶悪な電子の輝きが宿っている。

 すごい奴がやってきた! ゴモラよりも強いゴモラ、メカゴモラの登場だ!

 

 

 続く


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