第82話
砕け散るまで戦え!
古代怪獣 EXゴモラ
ロボット怪獣 メカゴモラ 登場!
古代怪獣ゴモラ。ウルトラの歴史をかじった者であれば、その名を知らない者はいないと言っても過言ではない。
かつて初代ウルトラマンを相手に大立ち回りを演じ、その後も時間や場所を変えてウルトラ戦士と互角に渡り合ってきた。
攻撃力、防御力、スピードを非常に高いバランスであわせ持ち、さらにEXゴモラに象徴されるような高い進化のポテンシャル。ゴモラは『最強』の称号に限りなく近い可能性を秘めている怪獣であろう。
ならば、そんなゴモラにとって最大の敵とはなんだろう? 最強の可能性を持つゴモラの最大の敵、それはまさにゴモラ自身かもしれない。
そう! 最強の怪獣ゴモラをコピーしたメカゴモラこそ、ゴモラ最大の天敵なのだ。
EXゴモラに対して、ルイズたちの乗り込むメカゴモラが迎え撃つ。
「そういえば呼び名がないとちょっと不便ね。機械の竜だから略して……」
「メカゴモラって説明書に書いてあるわよ」
「あ、そう。ならそれでいいわ」
そうしたちょっとしたやりとりも挟みつつ、戦いは始まる。
しかし、素人ぞろいのルイズたちでどこまでEXゴモラに食い下がれるものか。しかし、人間の心と命はどんな奇跡を呼び起こすかわからない。
接近してくるEXゴモラの姿がメカゴモラのコクピットのモニターに映っている。時間を稼げるのは、武装のコントロールを握っているキュルケだけだ。しかし、兵装のほとんどには赤ランプが点っており、メンテナンス席のティラがキュルケに言った。
「ミス・ツェルプストー。主要兵装の冷却にまだしばらくかかります。それまでは実弾兵器で持たせてください」
「難しいわね! もっとわかりやすく言ってちょうだい」
「熱くなりすぎてて火を吐けませんから、冷えるまで鉄砲を撃ってごまかしてください!」
「わかったわ。体が火照っちゃって動けないなんてイケない子だけど、この微熱のキュルケさまが面倒みてあげるわね。じゃあまずは、メガフィンガーミサイル、発射!」
余裕を見せるように艶かしく呟いたキュルケの指が操作キーを弾くと、メカゴモラの腕が上がり、そこから無数のミサイル弾がEXゴモラに向けて発射された。大口径の大型怪獣用ミサイルが火花のように飛び出し、巨大な爆炎でEXゴモラを包み込む。
「わぁお。綺麗な花火じゃない」
火の系統のキュルケが絶賛するようにつぶやいた。なかなかいい火薬を使っている。自分の火の魔法ほどの美しさはないものの、威力に関しては見事なものだ。
しかしEXゴモラはまだたいしたダメージを受けたようには見えず、炎を振り払いながら突進してくる。
フィンガーミサイルでは本当に時間稼ぎがせいぜいか。これ以上の足止めは無理かとキュルケが苦笑したとき、メカゴモラの腕が勢いよく振りかぶられた。
「待たせたわねキュルケ! 今度はわたしの番よ」
力強く持ち上げられたメカゴモラの腕がEXゴモラと真っ向から組み合う。操作レバーを握り、不敵な笑みを浮かべているのはもちろんルイズである。
「ルイズあなた、もう説明書読み終わったの?」
「こんな説明書くらい、長ったらしい虚無の呪文に比べたらメモ書きみたいなものよ。さあて、よくもやってくれたわね。今度はこっちの番なんだから!」
とび色の瞳に闘志を漲らせ、ルイズがメカゴモラのレバーを握ると、それに応えるかのようにメカゴモラからパワーがみなぎってEXゴモラを押し返し始めた。
驚くEXゴモラ。もちろんルイズはロボの操縦など生まれて初めてだが、彼女の操作の無駄な部分はメンテナンス席からティアがサポートしていた。
「要は宇宙船の姿勢制御と似たようなものでしょ。サポートならお手の物だし、思いっきり暴れちゃってください!」
荒々しくコントロールパネルを操作する緑色の髪の少女は楽しそうに言った。地球よりも進んだ科学力を持つパラダイ星人の彼女たちにとっては、この程度の機械はなんということはない。本当なら彼女たちが直接操縦や火器管制をするのがいいのだろうが、そうすると機体の補正をする者がいなくなってしまう。それに、二人とも誰かのサポートをするほうが性に合っている。
ルイズの操縦でパワーを増したメカゴモラは、咆哮と共に一気にEXゴモラを押し返した。そして、いつもルイズが才人に鞭を振り下ろすときのような勢いで、強烈なパンチをEXゴモラの顔面に叩きつけた。メカのパワーの前に吹っ飛ばされるEXゴモラ。しかし、容赦を知らないルイズはさらにパンチを繰り出させる。
「このこのこのこの! あんたのせいで! あんたのせいでせっかくいっぱい買い物したのに!」
八つ当たりもかねて、ルイズは思うさまに怒りを爆発させた。そのあまりの剣幕に、モンモランシーやベアトリスは彼女の隣で声もかけられずに戦慄しているくらいだ。だがルイズの怒りを込めたメカゴモラのパンチで、さしもの岩のように頑強なEXゴモラの皮膚もしだいに欠け出し、その衝撃についにEXゴモラは悲鳴をあげだした。
「やった! 効いてるわよルイズ」
キュルケがうれしそうに叫んだ。乗りこなしているというよりは暴れ馬といっしょに暴れているという感じだが、この攻撃力はさすがルイズ。
「当然! わたしにケンカを売ったことを後悔してから死なせてやるんだから。楽に逝けると思うんじゃないわよ!」
まるで姉のエレオノールのようだが、怒っているときのルイズもそれこそ一晩中才人をしばき続けられるほど恐ろしく、翌朝には才人は傷だらけになっている。そのパワーがそのままメカゴモラに乗り移り、まさにルイズとメカゴモラでパンチパンチパンチ!
が、EXゴモラも殴られっぱなしではない。その頑丈な体でラッシュを耐えきると、あえてメカゴモラの懐に飛び込んで鼻先の角でメカゴモラの脇腹を突き刺してきた。
「第32伝道パイプ破損! 歩行速度が10%落ちます!」
「この、暴れるんじゃないわよ!」
メカゴモラはEXゴモラを引きはがすが、EXゴモラはさらにテールスピアーをメカゴモラの足へと突き刺して動きを封じようとしてくる。
「左足メインフレームにレベル2の損傷! ミス・ヴァリエール、メカゴモラの装甲はこれ以上の損傷には耐えられません。攻め手を緩めないでください」
ティラが悲鳴のように叫ぶ。すでにメカゴモラの耐久力は痛めつけられ続けたせいで、通常の数分の一にまで下がっていたのだ。
守りに入ったら負ける。攻め続けなければ勝てない!
「わかってるわよ! キュルケ、こいつの武器はまだ使えないの?」
「まだ冷却ってのが終わらないみたいなのよ。ティラ! なにか一気に冷やす方法とかないの? 水の魔法じゃダメ?」
「無理ですよ。この大きさなんですよ。冷却器がフルパワーで動いてますから、もう少しだけ待ってください!」
人間が疲れると動けなくなるように、機械も動かしすぎると動けなくなる。メカゴモラにも大容量の冷却器はついているはずだが、冷却が追いつけないほどメカゴモラの火力がすごいのだ。
全力で戦いたいのに戦えない。そんなじれったさがルイズやキュルケを責めたて、彼女たちの表情も焦りに歪んでいく。
しかし、いくら焦りや怒りに心を染められてもルイズたちはルイズたちに変わりはなかった。EXゴモラの攻撃を受けながら、ルイズは必死に暴れ馬の手綱を掴むようにメカゴモラを操縦していたが、そのときレーダー席のモンモランシーが悲鳴のように叫んだ。
「ルイズ待って! あそこに子供が!」
「なんですって!」
ルイズは愕然としてモニターを凝視した。確かに、EXゴモラのすぐそばに逃げ遅れたらしい幼い姉弟がうずくまっている。しかも、EXゴモラもそれに気が付いたと見えて、こちらの動きが鈍ったのをいいことに超振動波で姉弟を消し飛ばそうと狙いを定めたではないか。
ママーッと叫ぶ子供たちの声が聞こえるようだ。ルイズたちは、熱くなっていた頭に冷や水を浴びせられたような衝撃を感じ、そして即座にやるべきことを導き出した。
「いけない! 助けないと。キュルケ!」
「ダメよ。武器を使えばいっしょに巻き込んじゃうわ」
「ああっ、間に合わない! こうなったら、飛びなさいぃメカゴモラーっ!」
ルイズがレバーを無理矢理に操作すると、メカゴモラはその巨体からは信じられないほどにジャンプした。そしてそのまま太陽を背にして急降下すると、地面スレスレを水路の水を巻き上げながら突進し、EXゴモラに強烈なタックルを食らわせた!
横合いからメカゴモラの二万二千トンの体重を猛スピードでぶっつけられてはさしものEXゴモラもたまらない。何百メイルもを軽石のように吹っ飛ばされ、土砂を巻き上げながら地面に突っ込んだ。
「よしっ! やったわ」
ルイズは操縦桿を握りながら笑った。しかし、座席にシートベルトで固定されていたとはいえ、あんな機動をさせられてはほかの面々はたまったものではない。
「ル、ルイズ、あんたねえ……」
「し、死ぬかと思いました」
モンモランシーとベアトリスが目を回しながら言った。あんな機動、本来なら無人機でしかできないようなGがかかるから中の人間はのびて当然だ。特に二人は髪型が特徴的なので振り回されてひどいことになっている。
けれど、ルイズを責める者はひとりもいない。モニターには、二人の子供の無事な姿が映っている。どんなときでも、守るべきものを見失わない人の心を彼女たちは持っている。それが、冷たい兵器のメカゴモラにも伝わり、メカゴモラを見上げる幼い姉弟は、まるでヒーローを見るかのように輝いた眼差しを向けて、さらに「ありがとう」と言う風に手を振ってくるのを見て、ルイズたちは顔をほころばせた。
「バカ、早く逃げなさいよ」
ルイズは照れながらつぶやいた。我ながら、まるで才人みたいなことをしてしまったと思って、そのほっぺたまで髪の色と同じようになってしまっているけれど、悪い気はしない。
メカゴモラの手を操作して、早く向こうへ行けという風に振ってやると、姉弟は一目散に走っていった。その様子を見ることで、遠巻きに見守っていた竜騎士隊も少なからぬ戸惑いを見せていた。
「あの鉄の竜は、敵なのではないのか……?」
誰も、ルイズたちがメカゴモラを動かしているとは知らない。しかし、急に動きが生き物らしくなってきたメカゴモラに違和感を感じ始める者も増え始めていた。
しかし、ほっとしていられたのはつかの間に過ぎなかった。今の体当たりでメカゴモラのダメージもさらに大きくなり、当然EXゴモラがそれを見逃してくれるわけがない。動きの鈍ったメカゴモラにEXゴモラの体当たりが当たってメカゴモラは倒れ込む。
「きゃああっ!」
「やっ……たわねえ、お返しよ!」
倒れたところからナックルチェーンを撃ち込んでEXゴモラを掴み、そのままアンカーにしてメカゴモラは起き上がった。
よし、まだ戦える! しかし、メカゴモラの体から多量の蒸気が湧いている。またオーバーヒートかといぶかしるルイズやキュルケだったが、モンモランシーがそれを否定した。
「違うわ。今倒れ込んだところがちょうど酒屋だったのよ。見て、酒樽のかけらが落ちていくわ」
確かに、メカゴモラの頭から酒樽の木片が落ちていくのがモニターに映っている。あの蒸気は頭から酒をかぶったのが機体の高温で蒸発したからだったようだ。
紛らわしい。それによく見たらタルブ産などの高級酒も混じっているようで、ベアトリスは「あー、もったいない」とぼやいている。その年のいい酒は引く手あまたで、いくら金があっても運がなければ手に入らないというのに……
しかし、酒を浴びたせいでもないだろうが、ちょうどそのとき兵装の冷却が済んだようで、待ちに待ったビーム兵器の解禁の時がやってきた。キュルケの席の兵装の赤ランプが青に変わり、ルイズに変わってキュルケが凶暴な笑みを浮かべる。
「次はわたしの番ね。ルイズの暴れっぷりを見てたらわたしも高ぶってきちゃった。モンモランシー、そっちのれーだーっていうので狙いを定めるみたいだから頼むわね」
「わかってるわよ。ってもう……なんでこんなに複雑なのよ。もっと単純なのないの?」
ぼやきつつもの、モンモランシーが照準を修正し、キュルケのスタンバイする全兵装にロックオンがかかっていく。そして、派手好きのキュルケにふさわしいパーティの準備は整った。
「さあて、程よくアルコールも入ったことですし、火の本領を見せてあげるわ。酔っぱらうんじゃないわよ、メカゴモラ!」
オール・ウェポン・ファイア! メカゴモラの全火器がいっせいに火を噴いた。
口からの熱線、腕からのメガフィンガーミサイル、胸からの光線、さらに腹からもカッター状の光刃がEXゴモラに叩き込まれた。
それはまさに破壊の奔流。これを花火ととらえるならば、この上ない華やかさと派手さに満ちていると言えよう。ただし、それを目の当たりにした者は、己の肌を叩きつける衝撃と、焼けるような熱波に体を貫かれる破滅の芸術でもあった。
並の怪獣ならば粉砕を通り越して消滅していることだろう。しかし、EXゴモラは並どころの怪獣ではなかった。
「動いてる……あの怪獣、まだ生きてるわよ!」
モンモランシーが絶叫する。EXゴモラはなおも健在で、弾幕の中を執念深く近づいてきているのだ。
キュルケはそれを聞き、悔しそうにしながら撃ち方を止めた。これ以上撃ち続けたらまたオーバーヒートして長時間の冷却が必要になるからだ。
「わたしの炎で燃え尽きない殿方なんて、いつもなら歓迎するところだけど、今回は腹立たしいわね。ルイズ、あなたたちあの化け物と戦ったことあるんでしょ? なにか手はないの?」
「小細工が効く相手ならとっくにやってるわよ。っとに頑丈な奴ね。こうなったら……」
「なにかいい手があるの?」
不敵に笑ったルイズに、一同の視線が集中する。だが、ルイズの作戦は、いい考えどころのものではなかった。
「決まってるでしょ。バカ犬の躾ってのは、音を上げるまで叩きまくるしかないじゃない!」
ああ……やっぱりルイズはルイズだった、と全員がげっそりした。頭はいいんだけれども、根が単純なので追い込まれると発想が一直線に突っ走ってしまう。まあキュルケに言わせれば、そこが恋に一直線で可愛いところでもあるんだけれど。
「まったく、あなたはいつも力技なんだから。そんなだから、ほとんどの先生たちにも嫌われるのよ」
「ふん、先生気にして立派な貴族になれるものですか……ねえ、本当の貴族らしい働きを見せてやりましょうよ」
「やれやれ……わかったわよ」
こういうところもルイズらしいとキュルケは思った。自分の信じる貴族の理想をどんなときでも揺らがせようとはしない。
ほんとに無茶で一本気で可愛いんだから。これじゃ、助けてあげたくてしょうがないじゃないの!
「仕方ないわね。見せ場を譲ってあげるから頑張りなさい」
「ふん、メカゴモラ……ガーゴイルのあんたにこんなことを言うのも変かもしれないけど、サイトならこう言うかもしれないから言っておくわね。あんたが誰に作られたにせよ、今はあなたとわたしたちは仲間よ。力を貸して、メカゴモラ」
鉄の塊に情が移ってくるなど、まるで才人かミスタ・コルベールのようだとルイズは内心苦笑したが、この操縦席はまるで自分にあつらえたかのようにしっくりときて、誰かの温かい心を感じられた気がした。
ルイズは考える。このメカゴモラがゴモラを模して造られたなら、ビームやミサイルを撃ち合うだけが能じゃないはず。そうでなかったとしても、調教なら得意中の得意だ。
「はぁっ!」
愛馬の腹を蹴るときのように声を上げ、ルイズの操縦の下でメカゴモラは再び動き出した。
腕が上がり、鉄の顋から咆哮がほとばしる。
“いける!”
メカゴモラの操縦に慣れてきたことで、ルイズは自信を持ち始めていた。良い馬が手綱を握るだけで自分の手足のように動いてくれるのにも似て、どうすればメカゴモラが動いてくれるのかが、文字通り手に取るようにわかる。
がっぷりよっつに組み合うメカゴモラとEXゴモラ。よし、装甲は弱っても、パワーはまだ衰えてはいない!
メカゴモラのパンチがEXゴモラの顔面を打ち、鋼鉄の角が先端を欠けさせながらもEXゴモラの皮膚を切り裂く。その野性味溢れる戦いぶりはティアを歓喜させ、モンモランシーは思わず叫んだ。
「すごいわ。これからルイズのことは『怪獣女王』と呼ぼうかしら」
「それサイトが聞いたら本気にしそうだからやめてよね」
しかし、怒りを増していくのはEXゴモラも同じだ。並の怪力怪獣をはるかに越えるパワーで振るわれる爪はメカゴモラの装甲を火花とともに確実に剥ぎ取っていく。
「くっ!」
ティアとティラが必死にダメージコントロールをしてくれているが、すでにサブコンピューター回路も予備動力源も限界に近い状態だ。
特に装甲はもうあってないようなものだ。EXゴモラもそれを見抜いて、必殺のテールスピアーでメカゴモラの喉を串刺しにしてやろうと狙ってくるが、ルイズはこの瞬間を待っていた。
「同じ手が二度も三度も通用すると思うんじゃないわよ!」
メカゴモラはテールスピアーを装甲を削られるギリギリで回避すると、その尻尾を掴んで力の限りに振り回し始めた。
ジャイアントスイングだ。EXゴモラの巨体が浮き上がり、猛烈な勢いで大回転する!
が、こんなことをすれば、ルイズはよくてもほかの面々はたまったものではない。ベアトリスやモンモランシーは目を回し、ルイズにやめてと懇願するものの、キュルケが諦めたように告げた。
「もう何を言っても無駄よ。ルイズを止めることはできないわ」
そんな! と、二人とも絶望するが、調子に乗っているときのルイズはまさに無敵。
見守っている竜騎士たちも、「なんという豪快な戦いぶりだろうか」と、戦慄しているほどだ。あの鉄の竜を操っているのはオーク鬼のようにごつい男に違いない。
そして、まるで竜巻のように大回転した後、手を離されたEXゴモラは地上に投げ出された。その場所は以前にアボラスとバニラを暴れさせた、対怪獣用に設置された広場で、ここならばトリスタニアへの被害は最小限に抑えることができる。
「逃がさないわよ!」
「自分で吹っ飛ばしておいて何言ってるんですか先輩……」
ノリノリのルイズに、ベアトリスが半泣きで吐きそうになっていながら呟くが、下手に突っ込むと怖そうなのでやめた。ベアトリスも、自分はけっこう横暴な自覚はあったが、この先輩ほんとに怖い。エーコ、ビーコ、シーコ助けて~、もう帰りたいよお。
そしてメカゴモラも損傷した足を引きずりながら怪獣広場に踏入り、いよいよ戦いは最終局面を迎える。
「さて、あまり帰りが遅くなるとバカ犬がメイドに手を出すかもしれないから決着をつけさせてもらうわよ」
なかば以上本気でルイズはつぶやいた。こういうことを考え始めると、自分の留守中に才人がいろんな女子とイチャイチャしている光景ばかりが頭に浮かんでくる。一刻も早く帰らないといけない。
それに、現実的にもう戦いをこれ以上続けられない。ティアとティラが、もうあと何分もまともに動けないと訴えてくる。機体はガタガタでエネルギーは残り僅か。素人ぞろいの中でよくここまでやったと言うべきだが、もう限界だ。
「キュルケ、最後にフルパワーでいくわよ。灰になるまで奴を燃やし尽くしてね」
「誰に言ってるの? どんな形であろうと、微熱のキュルケが生焼けで満足することなんてないわ。あなたに合わせてあげるから、好きなだけ暴れなさい」
ルイズとキュルケは目くばせして笑みを浮かべ合った。そしてルイズはベアトリスとモンモランシーにも告げる。
「ベアトリス、この子はいつ手足がもげてもおかしくないわ。わたしは手加減なんてできないから、あなたのほうで動きを補助してね」
「うう……なんでわたしがこんな目に。始祖ブリミルよ、わたしが何か悪いことをしたのでしょうか……?」
「泣いてるんじゃないわよ。上に立つ者は、烈風とまでは言わないけど、アンリエッタ女王陛下くらいいつでも毅然としてなさい。いえ、あんなのが増えても困るわね……とにかく、後でクックベリーパイ食べさせてあげるからしっかりなさい。それとモンモランシー、あなたのところでこの子の目をつかさどってるわけらしいから、最後まで持たせてよね」
「はいはい、ここまで来たらわたしも付き合うわよ。まったく、ギーシュたちよりルイズのほうがよっぽど無茶苦茶だってよーくわかったわ……そりゃサイトが優しい子にひかれるわけよねえ」
「なにか言った? ふん、サイトみたいなだらしないのに必要なのはわたしの厳しさのほうなのよ。さて……もう少し無茶をさせちゃうけど、頼むわねメカゴモラ……」
そのとき、メカゴモラがルイズの言葉に応えるかのように、その機械の顎から鳴き声をもらした。それは大破寸前のメカの起こしたエラーが偶然に重なっただけかもしれないが、もしかしたら……。
メカゴモラのボディは体中の装甲がはがれ、ショートする火花や煙が関節部から立ち上る満身創痍状態だ。だが、EXゴモラもダメージが蓄積し、状況はほぼ互角。ケリをつけるには今しかない。
対峙するEXゴモラとメカゴモラ。そのわずかな沈黙のうちに、竜騎士隊や、王宮からはアンリエッタ女王も傷つき果てかけた二体の巨獣を見つめていた。
「これが間違いなく最後の戦いになる……」
二頭は互いに引き合うように同時に動き出した。その光景は、かつてのアボラスとバニラの激突を思い起こさせ、誰もが死闘の予感に息を呑んだ。
そして、ついに決戦の幕は切って落とされた。鋼鉄の咆哮と野生の咆哮の共鳴が最終ラウンドのゴングとなり、二大怪獣が激突する。
「ああああああーっ!」
恐怖に打ち勝つためにも、叫ぶ。ルイズの小悪魔然とした声が響き、それを押し潰すほどの轟音が轟いた。
再びがっぷりよっつに組み合うメカゴモラとEXゴモラ。だがメカゴモラは衝突の衝撃だけで破片が飛び散り、さらに激しいショートが舞う。
それでも二体は止まらない。EXゴモラも追い詰められてキレているとみえ、鋼鉄のメカゴモラのボディに噛みついて、装甲ごとメカを食いちぎっていく。
「ルイズ!」
「わかってるわ。ドリルアタック!」
ルイズの叫びとともに、メカゴモラの右手首のマニピュレーターが高速回転し、まるでドリルのような勢いでEXゴモラの傷口に突き立てられた。
皮膚がえぐられ血飛沫が飛ぶ。この攻撃にはEXゴモラも悲鳴をあげ、あまりのえげつなさに仕掛けたルイズも顔をしかめたほどだ。
だが効いている。EXゴモラがいくら頑強とは言っても、それは万全であればこその話。それに、えげつなかろうがなんだろうが、敵の弱点を突くのが戦いの鉄則だ。
たまらず距離を取ろうとするEXゴモラ。しかしルイズは間髪いれずにキュルケに叫んだ。
「今よ! あそこを狙って」
「わかったわ!」
キュルケも武門の貴族の出身。戦うからには容赦はしない。
メカゴモラの胸からの破壊光線がEXゴモラの胸の傷口をさらに穿ち、だめ押しに口からの光線も叩き込まれる。
“いける!”
一瞬、その考えが皆の頭をよぎった。しかしEXゴモラの戦意はまだ消えてはおらず、光線でできた死角からのテールスピアーがメカゴモラの左肩に突き刺さる。
「左腕が吹っ飛んだわ!」
「かまわないっ!」
ベアトリスの叫びにもルイズは動じず、体勢を立て直そうともがかせた。が、EXゴモラはメカゴモラをテールスピアーの先端に突き立てて、そのままメカゴモラの巨体を投げ飛ばしたのである。
「きゃああぁーっ!」
コクピット内に無数の火花が飛び散る。警報音が鳴り響き、さらにレッドランプが増え、ルイズたちも衝撃で全身が痛んだ。
それでもまだメカゴモラは立ち上がろうとするが、EXゴモラは今度こそとどめを刺そうと、EX超振動波のエネルギーを溜め出した。
「ルイズ、避けて!」
「わかってる。っ!? だめよ!」
敵の必殺攻撃が迫っているというのに回避しようとしないルイズ。その様にキュルケやモンモランシーは、早く動いてと急かしたが、ルイズは必死な声で拒絶した。
「射線を見て。こっちが避けたら後ろの王宮が直撃を受けるわ!」
「ええっ!?」
確かに、メカゴモラの背後にはトリステイン王宮がそびえ立っている。元々メカゴモラにはもうまともに動くだけの力も残ってはいないが、もし少しでも弾道が流れたら王宮は木っ端微塵となってしまうに違いない。もちろん、そこにいる女王陛下も。
「動けない……ここだけは避けるわけにはいかないわ」
「ええっ! な、なに言ってるんですか先輩!」
ベアトリスが絶叫する。しかし、ルイズは自身も全身をこわばらせながらも毅然と答えた。
「覚えておきなさい。トリステイン貴族たる者なら、どんなときであろうと王家を守護する使命を忘れてはいけないのよ!」
それは誰にどんなに影響を受けようとも揺るぎはしないルイズの信念だった。
メカゴモラは王宮を守るように仁王立ちになり、残った右腕を広げて、真っ向からEX超振動波をうけとめたのだ。
「うあああああーっ!」
瞬間、コクピットを激震が襲い、モニターが真っ赤に塗りつぶされた。超振動波が直撃し、壁一枚隔てた先は地獄となり、ルイズたちの心は恐怖すらも通り越している。
まるで激流を受け止めるダム。しかしそのダムは大きくヒビが入り、いまにも決壊しそうだ。
「もう、これまでなの……」
終わり、かと思われた。だがそのとき、超振動波が弱まり、視界が開けた。
なにが……? 見ると、EXゴモラも息切れを起こしていた。奴も蓄積したダメージがもはや限界に達しているのだ。
「ルイズ、今なら!」
キュルケが叫ぶ。しかしルイズもそれに応えようとするが、もうメカゴモラは動けるだけでも奇跡的な有様で、装甲の大半は欠損し、スピードもガタ落ちしている。
“動け! 動いて!”
だが、EXゴモラは息をついたことで、再びEX超振動波の体勢に入ってきた。あれを食らえば今度こそ確実にバラバラにされる。
もう駄目なの? ルイズたちが発射寸前のEXゴモラの姿を睨んで諦めかけたとき、突然EXゴモラの頭で爆発が起こった。
「なんなの?」
何が起こったのかわからなかった。自分たちはなにもしていない。しかし、EXゴモラは頭で起きた爆発に驚いて体勢を崩している。
再びEXゴモラの頭で爆発が起きた。そしてルイズたちは、EXゴモラの頭上を乱舞する数十騎の竜騎士たちの雄姿を見たのである。
「隊長、本当によいのですか?」
「構わん」
竜騎士の一人が戸惑いながら質問した。戦闘に参加するのはよい、しかしこれは。だが彼は決意した声で全軍へと通達した。
「火力を怪獣の頭部に集中し、あのゴーレムを援護せよ!」
竜騎士隊の放つ攻撃魔法がEXゴモラの頭部へと次々に襲いかかり、爆発が巻き起こる。それはEXゴモラにダメージを与えるほどの効果は無かったが、意識を反らすには十分な効果を発揮した。
彼は思う。
「貴君のおかげで、我が幼き民と女王陛下が救われた。その借りは返させてもらう」
そして、彼らの援護によって、メカゴモラに本当の最後のチャンスが訪れた。
「ルイズ!」
「やあああぁーっ!」
もう策も何もない肉弾特攻だ。メカゴモラは全身から部品を撒き散らしながらEXゴモラに突撃し、残った右腕を振るって遮二無二EXゴモラを攻め立てていく。
兜のような頭部同士がぶつかり、互いの角が吹っ飛んでいく。
メカゴモラの胸からのビームがゼロ距離発射でヒットした瞬間、EXゴモラの爪が発射口を破壊した。
互いが驚異的なタフさを発揮して譲らない。しかしEXゴモラのテールスピアーがメカゴモラの右腕を串刺しにし、メカゴモラは動きを封じられてしまった。
「キュルケ!」
「もうどうなっても知らないわよ!」
ルイズの意図を察したキュルケは、やけくそ気味にスイッチを押した。メカゴモラの口から熱線が放たれて、なんと串刺しにされたメカゴモラの右腕を根本から焼き切る。そして千切れた右腕は内蔵されたミサイルに誘爆し、EXゴモラのテールスピアーを道連れにして吹き飛んだ。
「ははっ、これでもう使える武器はなにもないわ。さあ、どうするのルイズ?」
キュルケがお手上げだと、操作パネルから手を離して言った。今の熱線でエネルギーは尽きたし、使える武装はすべて壊れた。もうキュルケにできることは何も残っていない。
いや、キュルケだけではない。もうメカゴモラの全身はズタズタで、ティアとティラのダメージコントロールでカバーできるレベルを超えている。モンモランシーの席もベアトリスの席もほとんどの操作ができなくなっており、唯一ルイズの席での操縦が残っているだけの状態だ。
自然と、ルイズに全員の視線が集まる。
「やるわ。あいつと戦って倒す。最初に決めたはずよ」
決意に満ちた言葉がルイズから返り、キュルケやモンモランシーは「勝手にしなさい」と苦笑した。
まったく強情極まりない。人は成長することで変わるというが、その人間が”そいつ”であるという芯だけはどんなに生きても揺らがないらしい。
しかしもはや両腕を失い、すべての武装を失い、エネルギーさえろくに残っていないメカゴモラにいったい何ができるというのか? 五人の視線の集まる前で、ルイズはじっと操縦桿をいつもの杖と同じように握っているだけである。
対して、EXゴモラはテールスピアーこそ失ったものの、まだ健在な状態で立っている。しかし、EX超振動波を放つほどの力まではすでに無く、その体を憎悪で燃え滾らせて放つ超振動波の赤い輝きは行き場を失って二体の周囲を燃え上がらせていった。
火炎地獄の中に立つ二体の死にかけの巨獣。竜騎士隊ももはや近寄ることはできずに、遠巻きにしながら見守るしかない。
竜騎士の一人がこうつぶやいた。
「まるで、火竜山脈で二頭の巨竜が決闘をしているかのようだ……」
どんなに傷を負い、血みどろになろうとも、どちらかの死を持って以外に決して終わることのない竜の決闘。噴火口の上で戦い抜き、敗者はマグマに落ちて骨も残さず燃え尽きるという火竜の決闘の光景を彼は垣間見た。
しかし、片方の巨竜は角も牙も腕さえも失い、ただ立って死を待つ以外になにがあるというのか? EXゴモラは今度こそとどめを刺そうと、メカゴモラの首を狙って爪を振り上げた。
火あぶりの中での斬首。敗死の運命がメカゴモラに迫る……だが、そのときだった。
「負けない……わたしはこんなところで絶対負けてなんかやらない!」
ルイズの目に地獄の業火よりも赤い火が点る。その視線は、今まさに自分たちの命を刈り取ろうとモニターいっぱいになりながら迫ってくるEXゴモラの爪に向けられ、しかし一点の恐怖すらも浮かんでいない。
そして、その瞬間……奇跡が起きた。
「見ろ! 炎が!」
戦いを見守っていた全ての者がそれを見た。メカゴモラとEXゴモラを取り囲んでいた火炎が、まるで生き物のように渦を巻いてメカゴモラへと集まっていく。
それは奇跡か、あるいはルイズのまだ見ぬ秘めた虚無の力が発動したのか。しかし、ルイズの闘志に呼応するかのように炎はメカゴモラへと収束していき、炎の鎧となってEXゴモラの爪をはじき返した。
驚愕するEXゴモラ。そしてルイズは、すべてを終わらせるべく渾身の力を込めて叫んだ。
「わたしは勝つ。勝って、勝ってサイトのところへ帰るんだからぁーっ!」
ルイズと共にメカゴモラも吠え、それと同時に炎がメカゴモラの失われた右腕にさらに収束して形となっていく。そう、炎でできた腕へと!
「わたしの帰る邪魔をするんじゃないわよぉーっ!」
炎の腕を振りかぶり、メカゴモラが突進する。
これが正真正銘最後の一撃! 灼熱の業火で形作られたメカゴモラの腕が、驚愕するEXゴモラの胴をぶち抜き、そして貫通した。
こだまするEXゴモラの断末魔。それを最後に、解放されたエネルギーが大爆発を起こし、すべては白に染められた。
「……!」
コクピットのモニターもホワイトアウトし、続いて襲ってきた激震でルイズたちはそこで意識を喪失した。
EXゴモラ、メカゴモラ共に、赤を超えた白の炎の中に消えていき、周囲数百メイルに及ぶ大爆発がトリスタニアを揺るがす。後に巨大なクレーターだけを残し、二体の巨獣は完全にこの世から消滅したのだった。
そして、その戦いの終結の振動は、深く地下で戦いを続けている二人の宇宙人にも伝わっていた。
「おや? 上のほうでは決着がついたようですねえ」
「そのようですわね」
剣と銃での激突を経て、両者の決着はまだついていなかった。だが、元工場の壁や天井は弾痕や斬撃で破壊し尽くされ、この場所での戦いも、凄まじい激闘であったことを彷彿させた。
メカゴモラとEXゴモラの最期を知って、いったん矛をおさめる二人。しかし、互いの目にはまだ鋭い殺気を宿したままで、コウモリ姿の宇宙人がまずせせら笑った。
「おやおや、あなたの自慢のロボット怪獣は壊れてしまいましたね。私の怪獣も道連れになってしまいましたが、元々使い捨てで甦らせたわけなので差し引きは十分です。悔しいですかあ?」
「いいえ、私の子は十分に役割を果たしてくれました。産みの親として、むしろ誇らしいですわ」
相手は微笑みながら答えた。その眼には、変わらず慈しみに似た温かい光が浮かんでいる。しかし殺気は少しも収まってはおらず、その気味の悪さに彼は問いかけた。
「あなた、本当に何がしたいんですか? この街では様々な次元の地球の衣装をばらまくとか、ウルトラマンどもを挑発でもしてるんですか?」
「あれは私のただの趣味です。レディがファッションを広めようと思って悪いですか?」
「ああそうですか」
まったく話が合わない。この強大な力にふさわしくなく、やることの目的がはっきりせず、まるで遊んでいるようにさえ見える。
が、そんな食えない態度とは裏腹に、邪魔をしてきた相手への殺意は本物だ。この相手がまだ何かを隠しているという疑念はさらに強くなった。
「ですが私を甘く見ては困りますよ。あなたがこの世界のあちこちに兵器工場を建設しているのは調べがついているのです。本当はこの星の侵略を狙っているのではありませんか?」
「まあ怖い。私はそんな、野蛮なことはいたしませんわ。言ったはずですわ。私はただ、このハルケギニアの人たちが幸せになってくれることだけを願っているだけです。そのためにも、あなたのような人には消えていただきますよ」
相手は再び殺気を高め、二丁の巨大な銃を持ち上げてきた。コウモリ姿の宇宙人も再び迎撃体勢をとるが、そのとたんに相手の銃が二丁ともガチリと鈍い音を立てて真っ二つに折れてしまったのだ。
「あら? あらあら。やっぱり試作品ではこんなものかしらね」
相手はため息をつくと、無造作に壊れた銃を投げ捨てた。しかし、コウモリ姿の宇宙人は、相手が素手になったというのに手に持った剣で斬りかかる気にはならなかった。
なぜなら、相手の放つ殺気は銃を持っているときから衰えていないどころか、むしろ勝っている。ほかに武器を持っている様子もなく、か細い体や腕などは少し殴りかかるだけで簡単に折れそうに見えるが、自分に憑依させているエンマーゴの魂も警告を発してきている。ここで進めば、地獄に落ちることになるのは自分のほうだと。
「あら? 私の首を取りに来られないのですか?」
「……フッ、どうやらこのあたりが潮時のようですね。あなたに飛び道具が無くなったことですし、今日は失礼させていただきますよ」
「まあ、自分からダンスに誘っておいて最低なお方。もう二度と誘わないでいただきたいですわね」
「そうはいきませんよ。あなたに好きにされるとこちらの邪魔になりますからね。それに、今回のことであなたという人が少しはわかりました。やはり、あなたは伝説のあの方で間違いなさそうだ。その殺気なら、あの星を壊滅させたという伝説もうなづけます。そんな殺気を持っているくせに、いい加減にこの星の人のためなんて戯言じゃなくて、本当の狙いを教えていただけませんか?」
しかし、相手は困ったように首をかしげてつぶやいた。
「はぁ、物分かりの悪い方は困りますわね。私は嘘は嫌いですのよ。仕方ありませんので今回は見逃してさしあげますが、これだけは覚えておいてください。もし、また私の大切な人に手出しをするようなことがあれば……」
そのとき、コウモリ姿の宇宙人は、燃え盛る工場の炎に囲まれているというのに、まるで極寒の雪原に放り出されたような寒気を覚えた。
「あなたには、その首で私の部屋のインテリアになっていただきますわ」
どこまでも明るく朗らかな笑みで、この上なく残忍な言葉を吐くこの相手。そして、この寒気を幻覚ではなく現実とさえ感じる殺気を身に受けて、彼ははっきりと背筋の震えを覚えた。
「……仕方ありませんね。私もまだ命が惜しいですから。しかし、あなたの存在にはいずれウルトラマンたちも気づくことでしょう。そのとき、どうするつもりですか?」
「そのときは、私の理想をお話してきちんと相談いたしますわ。わたしの理想は、あなたのような野蛮な方とは違ってウルトラマンさんたちにとても近いんですの」
「理解できませんね……では、失礼いたしますよ」
これ以上の会話は埒が明かないどころか命にかかわると、コウモリ姿の宇宙人は撤退していった。
そして、燃え盛って崩壊していく兵器工場の炎の中に、もう一人のそいつも笑い声を残していつしか消えていった。
トリスタニアの人々は、この日に繰り広げられた二体の巨獣の激闘が、二人の宇宙人の小競り合いであったことを知らない。しかし、宇宙人同士の争いには一応の蹴りがつき、トリスタニアは平和を取り戻した。
メカゴモラとEXゴモラの戦った後は焦げたクレーターが残り、今ごろ王宮では復旧予算のために大臣たちが頭を痛めていることだろう。
しかし、そのクレーターの一角に、黒焦げになりながらもしっかりと原型を保っている一個の脱出カプセルが転がっていた。カプセルのドアはすでに開けられ、周辺には大勢の人間が行き来した形跡が残されている。
そして、日も落ちてしばらくした頃、トリスタニアの大病院の一室にルイズたちの姿はあった。
「う、うぅん……」
病室のベッドの上でルイズは目を覚ました。ぼんやりした視界が次第にはっきりしてくると、そこには自分を心配そうに見下ろしてきている、よく知った少年の顔があった。
「ルイズ……大丈夫か?」
「サイト……? いったいどうしたの?」
「どうしたのじゃねえよ! お前がトリスタニアで怪獣と戦って病院に運び込まれたって知らせがあって、慌てて飛んできたんだぜ。医者の先生は問題ないって言ってたけど、体はもういいのか?」
ルイズは体を起こして確かめた。どうやら痛むところなどはないようだ。しかしそれより、目の前の才人のこの情けない顔はなんだろうか。
「ほ、本当に心配したんだぜ。魔法使いのお前がロボットを使って戦うなんてなんて無茶するんだよ。あのばかでっかいクレーターを見たときは背筋が凍ったぜ。ほんと、ほんとによ」
相当不安だったんだろう。才人がこんなにみっともない顔をしているのは見たことがない。おかしくなったルイズは、ぎゅっと才人の鼻をつまんでやった。
「バカ、このわたしがそう簡単に死ぬわけないでしょ。えいっ」
「いててて! や、やめろってルイズ」
「やめないわ。主人の前でだらしない顔を見せる使い魔にはおしおきよ。えいえいっ」
笑いながらルイズは才人の鼻をつまみ続けた。
それに、周りのベッドを見回すと、モンモランシーのもとにはギーシュがやってきていて号泣しているし、ベアトリスの周りにはエーコたちが来ていて、もう元気になっていたティアたちから百倍に誇張した武勇伝を聞かされていた。
また、キュルケはティファニアと談笑していた。コスモスがやられてティファニアの身を心配していたが、どうやら大事にはいたらずに済んだようでホッとした。二人はのんびりと話を続けていたが、こちらが視線を向けると「よかったわね」と言う風にウインクをしてきた。
そしてルイズは思った。せっかく買った服はなくなってしまったけど、それでよかった。なぜなら、自分たちには本当に危なくなった時には誰よりも心配してくれる人がこうしていてくれる。才人やギーシュの様子を見れば、どんなに鈍くたってどれだけ思ってくれているか丸わかりだ。それをこうして確かめられたのだから、もうなんの未練もなかった。
「ほんとにあんたは肝心な時にいないんだから。ご主人様を苦労させた罪は重いわよぉ、このこのっ」
「いででで! 来るなって言ったのはルイズだろ! なんでおればっかり!」
「いいのよ、元はと言えばサイトのせいなんだから。もっとつねらせない、このこのっ!」
こんなルイズと才人の様子を見て、ベアトリスやモンモランシーたちも笑っている。病室に明るい笑い声がこだまし、それは医者に怒鳴られるまで続いた。
「もう、サイトのせいで怒られちゃったじゃない」
「いや、誰が見たってルイズのせいだろ」
「わたしがサイトのせいって言ったらサイトのせいなのよ。あら……?」
頭をかいたとき、ルイズは髪の中に硬い何かが紛れ込んでいるのに気づいた。取り出して見ると、それは小さなネジで、それを見るとルイズは微笑みながらそっとつぶやいた。
「……ありがとう、メカゴモラ」
今回、メカゴモラがいなければ自分たちはどうなっていたかわからない。コスモスを攻撃したことから全面的に感謝することはできないが、今思えば物の記憶を読み取る虚無の力が自然に発動したのか、操縦桿を握ったときにメカゴモラを作った誰かが、自分たちを絶対に守ろうとしてくれていた意志を感じ取れた。
いや、もっとじっくり思い出してみれば、自分たちはというよりも……。
「モンモランシー、あなたメカゴモラに乗っていたとき、なんていうかその……懐かしさみたいなものを感じなかった?」
「えっ? 確かに……よく知っている誰かが近くにいるみたいな感じはしてたけど。でも、わたしの知り合いにあんなすごいものを用意できる人はいないわよ」
「そうよね。わたしの思い違いかしらね」
だといいのだと、ルイズは思った。どこかに、自分たちのことを見ているものがいるのだろうか? 侵略者につけ狙われるなら望むところだが、自分たちを助けようとするのはわからない。
しかし、今回に限っては一応は味方で、命の恩人には違いない。コスモスの件は言いたいことがあるが、もし顔を合わせることがあれば礼を言わなければなるまい。
と、そのとき病室に清潔な衣服を着た男が入ってきた。
「失礼します。こちら、トリステイン魔法学院の生徒の方々のお部屋で間違いありませんか?」
「はい、そうですが?」
モンモランシーが返事をすると、男は分厚い封筒を取り出して言った。
「初めまして、私はドロシー・オア・オール・トリスタニア支店の店長です。我らの店の総元締めから皆さんにお届けものがあってまいりました。我らの店とトリスタニアを守ってくれた皆さんを、今度トリステイン王宮でおこなわれる仮装舞踏会にご招待させていただきたいのです」
「えっ?」
ルイズたち貴族全員の目が丸くなった。それはそうだろう、王宮での舞踏会となれば当然選ばれた貴族と一部の貴賓しか出席を許されない、ルイズやベアトリスから見てさえ雲の上の舞台だ。
それへの招待? 目が覚めたばっかりなのに夢でも見ているのか? しかし、「お忙しいなら辞退されますか?」と聞かれると、キュルケを除く貴族の全員が即決で答えた。
「出ます! 出させてください!」
「わかりました。では、招待状をこちらに置いていきますね。日時は一週間後で、王宮で総元締めがお待ちしております。それでは」
置いていかれた封筒にルイズやモンモランシーは飛びついた。中には人数分以上の招待状が収められており、トリステイン王家の花押も押されている。間違いなく本物だ。
舞い上がるルイズたち。こうして、ルイズたちは王宮の仮装舞踏会への出場を決めた。そこで何が待っているのか、まだ誰も知らない。
一方で、この世界の闇でなにかが起きていることを気づき始めている人間たちもいる。
トリステインから遠く離れたゲルマニア。そこで、二人の人間が秘密に迫りつつあった。
「ちっ、やはりこの屋敷は普通じゃないな。まさかトルミーラの件にこんなところで行きつくとは思わなかった。ところでお前、やっぱりどこかで会ったことがあったか?」
「気のせい。それより、お出迎えがまだ来る。あなたの言う通り、この館の主はただの人間ではないらしい。一気に突っ切るけど、助けている暇はないからそう思って」
不気味な館の中を、二人の魔法騎士が突き進んでいく。その行く手を異形の怪物が遮り、ふたりの剣と杖が閃く。
なにがこの先に待っているのだろうか? ただひとつわかっていることは……戦いはまだ、終わってはいない。
続く