ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第83話  宝玉の光と影

 第83話

 宝玉の光と影

 

 誘拐怪人 ケムール人 登場!

 

 

 トリステインの東に、帝政ゲルマニアという国がある。

 ここはキュルケの母国であり、ハルケギニアの国の中でもガリアに次ぐ国力を持つ強大な国家である。

 しかし、その内情は無数の都市国家群の集まりであるため統一感に欠け、特に皇帝一族に始祖の血統がないために、ブリミル教の影響力が強いハルケギニアでは統治者としての求心力が乏しい。

 そのため、必然的に国内は実力至上の群雄割拠となり、その中で敗者となって泣いている弱者の姿も多い。

 ただ、ゲルマニアはガリアやアルビオンなどとは違い、これまでのヤプールをはじめとする侵略者たちからの目標の外にあり、怪獣の出現こそ続いているものの、大きな事件からは免れられていた。

 だが、本当にゲルマニアだけが例外とされているのだろうか? いや、見えないところで、すでに大きな異変は進んでいたのだ。

 

 とある大きな屋敷の絢爛な回廊。しかしそこは今や壁も天井も凍り付いた極寒の地獄となり、二人のメイジがそこを全力で走っていた。

「すごいな、お前の氷の魔法の威力は。ハルケギニアをまとめてさらっても、お前ほどの使い手はそうそういないぞ。噂には聞いたことのあるガリア王国花壇騎士の名は伊達じゃないようだな」

「あなたこそ、さすがは名にしおうトリステインの銃士隊。しかも、魔法と剣技の併用とはたいしたもの」

 ひとりは深い青髪の魔法剣士、ミシェル。もうひとりは澄んだ青髪の小柄なメイジ、タバサ。立場もなにもかも違う二人が、今は共闘して同じ道を駆けている。

 しかし、彼女たちの前に異形の影がいくつも立ちふさがってくる。見た目はヒョロヒョロとして頼りないが、その手にはハルケギニアにはあり得ない武器の数々を持っていて、二人は速攻でこれを叩いた。

『ブレッド!』

『ウィンディ・アイシクル』

 床から作り出した石の弾丸と、空気中の水分から作り出した氷の矢が邪魔をする敵を武器を使う前に打ちのめす。

 だが二人は倒した敵に一瞥もせずに、回廊の奥へ奥へと進んでいく。

「こいつらきりがないな。いったい何百体いるというんだ?」

「だからこそ、この先には絶対に通したくないということの表れでもある。公爵の部屋……すべての謎を解く鍵は、きっとそこにある」

 二人は一心不乱に凍り付いた回廊を駆けていく。ただ、ミシェルの表情には、戦いの緊張感の他にも、ある不安の色が覗いている。今、トリステインを中心に度々起きている不可解な事件の影には、何者かが糸を引いている形跡が見え隠れしている。しかし、その正体について彼女はここに来るまでにひとつの確信に近い予想を得ていた。

 まさか……だが、そうだとすれば。それを確かめるためにミシェルは急ぐ。

 そう、この屋敷とこの地方、そしてこの場所に関わるある人物。それらの情報の真偽を確かめて持ち帰る。そうでなければ、トリステインにかつてない危機が訪れるかもしれない。

 しかし、そうあって欲しくないという気持ちのほうが強い。あれほどの人物が……。ミシェルは、このルビティア領で体験したことを思い出し始めた。

 

 

 それは、一昨日のこと。ミシェルはトリステインを離れて、この地へやってきた。

 大国ゲルマニア。ミシェルも一人で足を踏み入れるのは初めてであり、途中通り過ぎる町並みの規模や繁栄には、小国トリステインから来た者として何度も感心を覚えるものがあった。

 しかし、それらの町々の繁栄も、目的地である地方の平和と豊かさに比べれば田舎町と言ってよかった。

 

 ゲルマニアの中でもトリステインにやや近い、緩やかな山岳地帯にその地方は存在する。

 小高い山の上に領主の屋敷があり、ふもとには町並みが広がって賑わっている。行き交う人々の顔はどれも明るく、清潔に整えられた街路には色とりどりの花も植えられていた。

 そんな町並みの中を、ミシェルは旅人姿で一人歩いていた。しかし、その眼光は鋭く、周囲を注意深く見渡している。

「噂以上に繁栄しているな。これだけ活気に溢れているところはトリステインやアルビオンにもそうはないぞ……ここがルビティア領か」

 通り過ぎる人たちの幸せに満ちた顔並みを見て、コートの中に銃士隊の長剣を隠しながら彼女はつぶやいた。

 むろん、彼女は観光やお使いでこんなところへ来たわけではない。

 以前、エレキングを倒すのに貢献したウルトラレーザーの出所。それを探るうちに、売りさばいている件の行商人が拠点にしているのが、このルビティア領である可能性が高いという調査結果が出て、直接探りを入れるために彼女はやってきたのだ。

「だが、調べを入れるだけならわたしが出張ることまではないんだが。サイトのたっての頼みとはいえ、わたしも甘いな」

 ミシェルは苦笑した。いまだに才人への思いを引きづっている自分にも呆れたものだ。才人に喜んでもらいたいと思うと、つい力が入り過ぎてしまう。

 ただ、それはそれとしてミシェルは仕事に手を抜くつもりはなかった。あのエレキングに大ダメージを与えたウルトラレーザーの出どころはミシェル自身も気にはなっていた。あんなものをこれ以上気楽にばらまかれたらたまったものではない。

 しかし、調査を進めるうちにこのルビティアの名前が挙がってきた時は驚いた。なぜならここは……。

 いや、まずはこのルビティア領のことを詳しく知らなくては始まらない。ルビティアのことはトリステインでできるだけ調べてはきたが、やはり実際に見て回るのとは違うと、ミシェルは銃士隊のノウハウを活かして聞き込みを開始した。

「すみません、旅の者なのですが、このあたりのことを教えていただけないでしょうか?」

「おや、ルビティアは初めてなのですね。いいですよ、このルビティア領はとてもよい所です。あなたもきっと気に入られることでしょう」

「ええ、とてもきれいなところで驚きました。この地方の人たちはとても働き者なのですね」

「はい、ルビティアの者たちはとても楽しんで毎日を働いております。こちらの領主さまはとてもよくできたお方で、この地の民は皆あの方を尊敬しているのです」

 通りすがりの老人はミシェルの話に快く応じてくれた。そして彼から様々なことを聞いたところ、この地方がうまくいっている最大の要因は、領主の采配がとても巧みであるということだった。

 しかし、それを聞いたミシェルは内心で複雑な思いを抱いていた。ルビティア領の領主とは、すなわち、あの……。

「このルビティアは昔からルビーの採掘で栄えてまいりましたが、以前の領主様たちは財を独り占めして、町には貧しい者が溢れていました。ですが、今の領主様と、その娘様は、我々のような下々の者にも気配りしてくださる大変お優しいお方なので、我々は皆、あのお方を敬愛しているのです」

「その娘様とは、あの噂に名高い……」

「はい、ルビアナ様でございます」

 老人は心から誇らしそうに語った。そう、ルビティアはあのルビアナの出身国になる。

 ミシェルはその後、いくつかの質問をした後に、老人に丁重に礼を言って別れた。そして、やはり噂は本当だったかと、ミシェルは丘の上に立つ領主の館を見上げて思った。

「トリステインで本人を見た時も思ったが、稀代の天才にして名君の器だという評判のとおりだな……」

 ミシェル自身はルビアナとの直接の交流は少なく、近くで見ていただけではあるが、それでも彼女が非凡な能力者であることは容易にわかった。気品や礼節、人当たりの良さに明晰な頭脳など、単純な才覚ではアンリエッタ女王もはるかにしのぐかもしれない。

 そう……わかっていたつもりだったが、こうして現地での繁栄や評判を見聞きしてみると、改めて実感できた。ただ、素直に感心できないでいるのは、ミシェルにはルビアナに対して、ひとつ引っかかっていることがあるからだ。

「慈悲深い稀代の天才……か。まあいい、ともかく調べを進めてから考えるか」

 ぽつりとつぶやくと、ミシェルは調査を続行した。あくまで怪しまれない程度に、普通の旅人を演じて聞き込みを続けていく。街の人たちは皆親切で、困っている旅人を演じているミシェルの呼びかけに気前よく答えてくれた。

 いや、むしろ誰もが親切すぎるほどで、それに対してミシェルは、民の心に大きな余裕があると感じた。単に豊かなだけではない。毎日の生活や、明日への不安が少ないからこそで、治世が隅々にまで行きわたっている証拠だった。

 聞き込みは簡単すぎるほどに進み、ある程度の情報を集めると、彼女は街の商工会議所にやってきた。

「すみません、トリステインからやってきた者なのですが、こちらへの登録をお願いしたいのですが」

 この時には、ミシェルは旅人姿から商人風の衣装へと着替えていた。もちろん、商人に成りすまして物流の流れを掴むためで、身分証も偽名は使っているがトリステイン発行の本物である。

 ここで、ウルトラレーザーなどの武器を取り扱っている人間の情報を仕入れて、後はそれを辿って大本を探り当てる。諜報を得意とする銃士隊にとっては基本的な作戦だった。

 だが、町民はともかく、さすがに商人たちともなると一筋縄ではいかなかった。

「あなたがルビティアの商人ギルドの元締めでいらっしゃるサン・マルノーセ様ですね。わたしはトリステインのド・モンゴメリー商店からやってまいりましたミリーと申します。我が主がこちらの噂を聞き、ぜひお近づきになりたいという使者として参りました」

「おお、それは遠路はるばるご苦労なことでした。ですが、あいにく我がギルドはハルケギニアのあちこちからの取引の依頼がごった返しておりまして。申し訳ありませんが、先に予約されている方々とのお話が終わるまでお待ちいただきたく願います」

 あいさつまでは行ったが、やんわりと懐に入ることは断られてしまった。ならばと、ほかの商人たちにも当たってみたが、取引相手ではない者に話すことはないと一様に口を閉ざした。

 しかし、何人かの外国から来ている商人からは話を聞くことができた。

「ルビティアの人はみんな親切だけど、商人たちは厳格ですよ。ま、それだけ厳しいからこそ、これだけこの地は儲かってるんでしょうけど」

「でも、取引にまで持っていけたら純度の高いルビーを下してもらえますよ。え、それ以外のもの? そうですねえ、ギルド子飼いの連中が妙な荷物を運んでいたのを見たことがありますが、それ以上は」

 やはり、何かがあるのは確かなようだ。ほかの商人たちはルビーに目がくらんでどうでもいいようだが、ルビーをおいてもよそ者に触れさせたくない商品とは、実に怪しい。

 が、真相に迫る前にこちらも怪しまれたら危ない。ミシェルは、まだ怪しまれてないうちに引き上げようと、商工会議所を後にした。

 時刻はすっかり午後を回り、太陽は西に沈み始めている。それでもミシェルは可能な限り情報を集めようと聞き込みに歩き回ったが、たいした情報は集められなかった。

「本当に平和そのものだな……住民は口を揃えて、領主さまのおかげと言うばかりだし。だがそれにしても本当に……平和すぎる」

 平和で豊かな街。しかしミシェルはなんとなく、居心地の悪いものを感じていた。

 むろん、平和は喜ばしいし、住民にも洗脳されているような気配は一切見えない。実際に治世がよく、豊かで幸福なのだろう。

 だが、あまりに平和すぎはしないか? ミシェルは、この街を警護する衛士隊の詰め所も覗いてみたが、そこでは衞士隊が暇をもて余していた。

「あーあ、やることないってのも苦痛ですねえ、衞士長」

 衞士の一人が事件の一つもないので、退屈しきった様子で呟いていた。すでに毎日の訓練も終えて、待機の間の武器の手入れも飽きてきて、マスケット銃を手の上で玩んでいる。

「銃で遊ぶとツキが落ちるぞ」

「遊んでるんじゃありませんよ。空気で磨いてるんです」

 こういうふうに、緊張感を失うほど事件らしい事件が起こっていないようだった。

 しかし、自らも治安維持の一翼を担う銃士隊の一員であるミシェルには、それが大きく不自然に見えた。いくら平和といっても、他の地方や外国から様々な人間が連日やってくるわけなのに、衛士隊がまったく暇なんてことはありえるはずがない。

 なにかある……自分の経験と勘がそう言っている。ミシェルはそう確信を持ったが、同時にその勘が外れていてほしいという思いもあった。

 なぜなら、ミシェルもルビアナの人柄には好印象を持っていたからだ。アンリエッタ女王陛下からも高い評価を受けているだけでなく、魔法学院の生徒たちや孤児院の子供たちともとても仲良くしていた好人物に裏があるとは思いたくなかった。

 だが、だからこそ、ということもあるのをミシェルは知っていた。そのいい例が、かつての自分だ。

「ともかく、今日はこのあたりが潮時だな」

 あまり長く聞き込みを続けたら怪しまれることになりかねない。ミシェルは、続きの調査は明日に回そうと、適当な宿を探すために街を散策した。

 けれど、さすがに賑わっている街だけあって、運悪く適当な部屋の空きのある宿が見つからない。

 そんな折、ある高い塀のある建物の前を通りがかったときのことである。ミシェルは、ボン、と、頭に何か柔らかいものが上から当たった感触がして立ち止まった。

「なんだ?」

 見ると、すぐそばに布でできた粗末なボールが落ちている。今のはこれが頭に当たった感触かと思うと、塀についている扉が開いて、そこからシワのよった老婆と数人の子供が出てきた。

「おお、これはまあまあすみませんでした。お怪我はありませんか?」

「いえ、このとおりなんともありません」

「わーい、ボールあったあった」

「これ! お姉さんに謝りなさい」

 老婆が叱ると、子供たちはしゅんとして「ごめんなさい」と頭を下げた。

 ミシェルは子供たちにボールを返すと、老婆に尋ねた。

「こちらは、学校ですか?」

「いいえ、しがない孤児院でございます。どうもうちの子供たちがご迷惑をおかけしました。おわびをしたいので、少しお寄りになっていってはいただけませんか?」

「いえ、別にたいしたことはありませんので、おわびなどとんでもありませんよ」

「これは失礼いたしました。ではせめて、少しだけ休憩してはいかれませんか? 東方由来のお茶というものもありますので」

 老婆に親切に勧められて、ミシェルは考えた。確かに歩き疲れているし、ここからも何かの話が聞けるかもしれない。

「わかりました。では少しだけ休ませていただきます」

「それはよかった。では、こちらへどうぞどうぞ」

 老婆に案内されて、ミシェルは孤児院の門をくぐった。そして少し驚いた。

 孤児院の中は意外ときれいで真新しく、数多くの子供たちが遊んだり勉強を教わっていた。

 その奥の、運動場に面したテラスで、ミシェルは簡単な茶と菓子をふるまわれた。

「申し遅れました。わたくし、この孤児院の院長をしておりますメリンダと申します。どうもすみません、騒々しいところで」

「かまいません、子供は思う様に体を動かさせてやるものです。ところで、見たところ百人ほどはいるようですが、彼らはみんな孤児なのですか?」

「ええ……このルビティアはルビーの採掘で栄えた土地ですが、採掘中の事故で親を亡くした子供たちが大勢おりました。かつては彼らは路地裏に放置され、物ごいをして命を繋いでおったのですが、領主様の娘様がこの孤児院を建ててくださり、ようやく人並みの暮らしができるようになったのでございます」

 老婆は、感極まったように涙をこぼしながら言った。その年齢や、子供たちに対する態度から察するに、恐らくずっと以前から孤児たちの面倒を見てきていたのだろう。しかし、個人の力ではどうにもできない現実に直面して苦悩していたところに手を差しのべてくれたのが……。

「ルビアナ嬢ですか」

「はい。ルビアナ様はここにいる子供たちみんなの命の恩人でございます」

 またルビアナか、とミシェルは思った。そういえば、トリステインの孤児院にもゲルマニアの誰かから資金援助があったと聞いたことがある。その誰かというのももしかしたら。

 老婆の感謝に満ちた笑顔を見ながら、ミシェルは思う。ここに来る前に街のあちこちでの評判もそうだったが、誰もがルビアナを褒め称えて感謝していた。彼女の治世者としての評価は百点満点と言ってよいだろう。

 その他の面でも、調べれば調べるほど美点しか見つからない人だ。しかし、そんな人間が本当に存在するのだろうか? どうしてもそう感じて仕方がない。

 けれど、孤児院の部屋の壁を見ると、子供たちが描いたルビアナの絵とおぼしきものがたくさん貼ってある。それを子供たちに尋ねると、彼らは皆うれしそうに言った。

「ルビアナおねえちゃんはね。ときどきここに来て遊んでくれるんだ。とっても優しくて、絵本を読んでくれたりもするんだよ」

「あたしはお勉強が苦手なんだけど、ルビアナさんが教えてくれるとすっごくよく分かるの。お勉強が楽しいってこと、ルビアナさんが教えてくれたんだ」

「ルビアナおねえちゃんはね。いろんなお話をいっぱい聞かせてくれるんだ。どんな難しいことだって知ってるし、みんなおねえちゃんが来るのを楽しみにしてるんだよ」

「わ、わたしが本のページで指を切っちゃったとき、ルビアナお姉さんが手当してくれました。あ、あんな優しくてきれいな人に、わ、わたしはなってみたいです」

 子供たちは口々にルビアナとの思い出や憧れを語った。その純粋な瞳を見ていると、疑っている自分がひどく汚れているような気にもなってくる。

 自分の考えすぎかな。と、ミシェルは思った。仕事がら、疑うことが第一に来すぎているのかもしれない。

 子供たちが、考え込んだ様子のミシェルに「お姉ちゃんも遊ぼ」と誘ってきた。そんな子供たちに老婆は、お客さまに失礼ですよと諭したが、考えが煮詰まっていたミシェルは快諾した。

「ようし、お姉ちゃんが遊んでやろう」

 ひとまず考えることを中断したミシェルは、新しい娯楽に飢えていたであろう子供たちの輪に入っていった。

 子供というものはとにかく新しいものには何でも目がないようで、わっと群がってくる。そして、なにをして遊ぼうかなと思った時である。ガラス張りになっている隣の部屋に、幼げな容貌だが、明らかに孤児たちとは雰囲気の違う少女が孤児たちに絵本を読んで聞かせているのを見つけたのだ。

「そして白いネコさんは言いました。ニャガニャガ、そこのイーヴァルディというお兄さん。そんな剣で私を切れるとお思いですか? ニャガニャガニャガ」

 慣れた様子で絵本を読み聞かせている青い髪の少女を見て、「ん……? あの少女、どこかで……」と、妙に引かれるものを感じたミシェルは、その少女に話しかけてみることにした。傍らに節くれだった大きな杖を置いた眼鏡の少女もこちらに気づき、視線を向けてくる。

「なに?」

「いや、君はここの子ではないと感じてな。わたしの勘違いならすまない」

 色合いは異なるが、同じ青い髪を持つ二人の女が視線を交差させる。すると、眼鏡の少女はぽつりと答えた。

「旅人」

「どうしてこの孤児院に?」

「通りすがりに頭にボールをぶつけられた」

「そちらもか……」

 ミシェルは苦笑した。どうやらここの子供たちは、たびたび塀を超えてボールを道に放り出してしまっているらしい。困った連中だ。

 だがそれはそれとして、こんな幼いなりをして旅人? と、ミシェルはいぶかしんだ。けれど、メイジの証である使い込まれた様子の杖や、つかみどころのない雰囲気に、この相手がただものではないことは察せられた。

「失礼した。わたしはミシェル、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミランという。トリステインからやってきた。以後、よろしく」

「タバサ……ガリアから来た」

 そっけなく名乗った相手の名前に、ミシェルは、まるで犬猫につけるような妙な名前だといぶかしんだ。十中八九、偽名だろう。貴族が事情があって名前を偽ることは珍しいことではない。

 と、そんなことを考えていると、子供たちが「早く遊ぼうよ」と急かしてきた。

「ああ、ごめんな。じゃあ、外で遊ぼうか」

 タバサは絵本を読み聞かせているようだが、自分はどちらかといえば体を動かすほうが性に合っている。

 孤児院の運動場はこじんまりとしていたが、子供が遊ぶには十分な広さがあって、十数人がボール遊びに熱中していた。

 ミシェルもそれに参加し、キャッチボールやドッジボールのような遊びを子供たちと楽しんだ。久しぶりに、余計なことを考えず、ただ体を動かすだけの時間はよいリフレッシュになった。

 しかし、楽しい時間は唐突に奪われてしまった。子供たちが力いっぱい投げあげたボールが塀を越えて道に飛び出ていってしまったが、それが今度は面倒な連中に当たってしまったのだ。

「おらあ、なにを人にぶつけてくれてんだコラァ!」

 ドスのきいた声で、十数人のがらの悪い男たちが孤児院の中に乗り込んできた。

「こ、これは申し訳ありません。なにとぞお許しを」

「あんだあ? 人の頭にきったねえもんぶっつけといて、なめてんのかオラァ?」

 老婆や、ほかの教師たちが謝罪に行ったが、男たちはおさまらない。

 子供たちは怯えて、ミシェルは不快に目を細めながら男たちを見た。薄汚れた山賊のような風体から見て、この土地の者ではなく、よそから流れてきたならず者どものようだ。

 ミシェルは、他人の揉め事にはなるたけ関わらないつもりだった。しかし、ならず者どもはますます調子に乗っていき……。

「ああ? すみませんすみませんって、謝っただけでなんでも許されると思ってんのかあ?」

「申し訳ありません、申し訳ありません。なにとぞ、なにとぞご容赦を」

「わからねえババアだな。侘びを入れるってんなら、出すもんがあるだろ、ああ?」

「そ、そんな。うちはしがない孤児院でございます。お金なんて」

 とうとう金銭を要求しはじめた。そして、こちらが金を出せないとなると、奴らはついに暴れ始めたのだ。

「野郎共! こんなボロ小屋ぶっ潰して、金目のもんをかっさらえ!」

「お、おやめくだされーっ」

 ゲスな本性をむき出しにしたならず者どもは、孤児院の中を壊し始めた。子供たちを追い散らし、子供たちが作った絵や小物を容赦なく荒らしていく。

「おらおら、邪魔だガキども!」

「わーん、やめて、やめて!」

「助けて、怖いよお」

 逃げ惑う子供たち。そして、ならず者の一人が振り上げた足が、転んだ子供を踏みつけにしようとしたときである。

「がぶぅ!?」

 うめき声を漏らしたのはならず者のほうだった。その顔面にはミシェルの手が食い込んで、片腕だけで吊り上げている。

「おい、貴様ら。子供のやったことに、大の大人がぎゃあぎゃあと、恥ずかしいと思わんか?」

 ならず者どもよりはるかに威圧感のある声でミシェルが告げる。しかし、ミシェルは足下で踏みつけにされかけて震えていた子供に対しては、優しく穏やかに言った。

「危ないから離れていなさい」

 自分でも驚くほど優しく告げたミシェルは、子供が離れるのを見届けると、銃士隊員としての冷徹な目に戻って、吊り上げているならず者を見上げた。

「さて、できるならわたしが手を下したくはなかったが、お前たちはやり過ぎた。覚悟しろ」

「こ、このアマぁーっ!」

 ならず者は暴れてミシェルの手を振りほどこうとするが、ミシェルは容赦なく、ならず者の頭を掴んだままで後ろへ倒れこむようにして頭を地面に叩きつけた。

「貴様ごとき、腕一本で十分だ。食らえ!」

 高所から一気に頭を叩き落とす、ワンハンド・ブレーンバスターが炸裂し、ならず者は「がふぇ」と泡を吹いて失神した。

 これで一人片付いた。しかし、残ったならず者どもは仲間が倒されてしまったのを見ると、激昂して手に手に棒やナイフを持って向かってきた。

「ぶっ殺せ!」

 一度に襲いかかってくるならず者たちに、老婆や子供たちは「逃げて!」と絶叫するが、ミシェルは慌てもしていない。

 なぜなら、ならず者の動きくらいは銃士隊員として鍛え上げたミシェルから見れば止まっているようなものだ。

「遅い」

 あっさりと身をかわすと、ミシェルは一人の頭をわしづかみにし、アイアンクローで頭蓋骨を締め上げながら超特急で後頭部を床に叩き付けた。 

「げぼはっ」

 一瞬で白目を剥いて気絶するならず者。しかし、ミシェルの背を、ならず者が降り下ろした棒が襲う。

「お姉ちゃん危ない!」

 子供の一人が叫んだ。だが、ミシェルは背中に目がついているかのように軽々と棒を避けると、勢い余ったならず者の頭をまたも掴まえた。

「薪割りがしたいか? だが腰が入ってないな。手本を見せてやる」

「やっ、やめ!」

 だが、いまさら哀願しても無駄なこと。ミシェルは掴まえた男の頭を、立てた自分の膝に向かって叩きつけ、額を真っ二つに割って昏倒させた。

 崩れ落ちるならず者。そして、こうなると唖然とするのはならず者どもだけではない。

「お、お姉ちゃん、すごい……」

 子供たちは羨望の眼差しをミシェルに向けるようになっていた。怖い人たちを次々にやっつけてくれる。

 しかも、子供たちの中にミシェルを怖がる者はいない。それは、ミシェルが殺気を絞ってならず者どもにだけ恐ろしい姿を見せているからで、その様は研ぎ澄まされた一本の刀を思わせた。刃を向けた者に対しては恐怖を与えるが、他の面では美しい姿を見せるのみで、何物も傷つけることはない。かつての、触れるものを皆傷つける剣呑なナイフのようだった頃のミシェルとは明らかに違う。

「子守りとか手加減なんて、わたしの柄じゃないんだが……ふふ、サイトの甘さがとことん移ったな」

 しかし、ミシェルが強いことを知ったならず者どもは、まだ往生際悪くあきらめてはいなかった。ミシェル本人に歯が立たないことがわかったならず者のひとりが、棒立ちで戦いを見守っていた少女を人質にしようと、その首筋にナイフを突きつけながら脅迫してきたのだ。

「てめえ、それ以上抵抗しやがると、このガキがどうな、がふぅ!?」

 が、ならず者は脅迫文を言い切ることができなかった。一瞬で振られた大きな杖がハンマーのように男の頭を殴り飛ばしたのである。よりにもよってタバサを人質にしようとしたのが運の尽きであった。

「ゴミ掃除なら、手伝う」

「助かる。子供たちが遊ぶのに、こうも生ゴミが転がっていたのでは邪魔で仕方ないからな」

 それからの流れはまさに一方的なものだった。しょせん山賊くずれのならず者がいくら束になったところで、ミシェルとタバサにかなうわけがない。そんな二人を、子供たちは声を大にして応援しだした。

「がんばれー! お姉ちゃんたち」

「悪者なんかやっつけちゃえ」

 その声援に答えないミシェルとタバサではない。

 ミシェルは剣を使うまでもなく、体術だけでならず者を倒していく。特に、できるだけ子供たちに血を見せたくないと、さきほどのアイアンクローやココナッツクラッシュのような締め技や激突技を多用しているおかげで、下手に殴られるよりならず者たちには悲惨なことになっていた。

「お前がボスだな? さっきは金が欲しいと騒いでいたな。安心しろ、すぐに金なんか必要ないところに行かせてやる」

「ま、待て! 俺が悪かっ、うぎゃぁぁぁ!?」

 ならず者の首と足を掴んで、体を肩にかけるようにして一気に背骨を引き裂いた。悪党の悲鳴といっしょに背骨が鳴る小気味いい音がノックアウトを知らせ、ならず者のボスは泡を吹いて失神した。

 そして、残りの雑魚どももタバサに片付けられていた。こちらも、孤児院の中を魔法で荒らしてはいけないと、タバサは杖に『硬化』の魔法をかけて打撃で相手を黙らせていた。ナイフなど、ダイヤモンド並みの硬度になった杖の敵ではない。

「鉄はダイヤを砕けない」

 冷徹に言い捨てたタバサは、へし折れたナイフを持って絶望に染まっているならず者を、ダイヤとなった杖を振って容赦なく地に沈めていった。それはまるで時代劇の殺陣にも似て、華麗に舞うように杖を振るタバサに吸い込まれるようにして、ならず者たちが打ち倒されていく。

 やがて数分後、ならず者たちはことごとく叩きのめされて、うめき声をあげながら床に転がっていた。

「これで全部か?」

「数人外に逃げたよう。追う?」

「いいや、こういう連中は無駄に逃げ足だけは速いからな。それより、こいつらを縛り上げて衛兵に引き渡そう。あの腑抜けた連中でもそれくらいできるだろう」

 辛辣な言い様だが、タバサも否定はしなかった。

 その後、完全にのされたならず者どもは、荷車に山積みにされて衛士に連行されていった。もっとも、牢屋より医者のほうが先かもしれないが、そんなことを心配してやる義理はない。

 ならず者どもを引き渡して、ミシェルとタバサはほっと息をついた。見ると、早めに鎮圧したおかげで孤児院の中はたいして荒れていないし、ふたりが手加減したおかげで血の汚れもない。

 そして、孤児院を救ったふたりは子供たちからヒーローとして迎えられた。

「お姉ちゃんたち、すごーい。ありがとー」

「かっこよかったよ。お話で聞いたウルトラマンみたーい」

 多くの子供たちに囲まれて、ミシェルとタバサはもみくちゃにされてしまったが悪い気はしなかった。特に、ウルトラマンみたいと言ってもらえたことはなかなかに悪くはなく、こんな自分が誰もが認めるヒーローと同じに見てもらえたことは、明るくない世界で戦い続けてきた二人にとってはむずがゆかったものの、少し心が温かった。

 それからは、老婆や孤児院の教員たちからも厚く礼を述べられた。特に老婆のうれし泣きはこちらが恥ずかしくなるほどで、ミシェルもなだめるのに苦労した。

「何度も申し上げますが、礼を言われるほどのことはありません。強いて言えば、あなたからいただいた一杯のお茶のお礼にやったまでです。つまり貸し借りはこれでなしです。それでいいじゃないですか」

「おお、なんと心の広いお方なのでしょう。異国にも、このような方がおられたとは感激で感激で」

 かなりオーバーだが、それでも感謝してくれている相手を無下にもできなくて困った。それでも時間が経つとどうにか落ち着いてくれて、二人はそろそろお暇することにした。

 ところが、また困ったことに外はいつの間にか真っ暗になってしまっていた。これから新しく宿を探すにはまた骨が折れる。すると、老婆が親切に提案してくれた。

「よろしければ、お二人とも今晩はこちらにお泊りください。寝床だけはたっぷりとありますので」

「わかりました。では、お世話にならせていただきます」

「ありがとう」

 こうして、ミシェルとタバサは一晩を孤児院で過ごすことになった。

 それから夕食から寝静まるまでの間、ミシェルとタバサが子供たちにアイドル扱いされて大変な目に会ったことは言うまでもない。

 

 ただし、その気になれば野宿も苦にならない二人が、あえて容易にここに泊まることにしたのは、単に老婆に配慮したからだけではなかった。

 子供たちも皆寝静まり、日付も変わり、さらに夜も深く静かに更けた時間。孤児院は誰も起きておらずに静まり返り、皆が安心して夢の世界を楽しんでいる。そんな平和な時間。

 だが、そんな時間の中で、ミシェルとタバサは密かに目を覚ましていた。

「……おい、起きているか?」

「とっくに」

「やはりお前、普通のメイジじゃないな。後で話を聞きたいところだが……どうやらお出ましのようだ」

 ミシェルとタバサは素早く身支度を整えると、誰にも気づかれないように静かに孤児院を出た。

 むろん、別れがつらくなるからなどの感傷的な理由ではない。二人とも静かに殺気を押し殺しており、足音を消して孤児院の裏手に出た。

 物陰に隠れて気配を絶ち、様子をうかがう。すると、夜の闇の中からゴキブリのように数人の男が現れた。

「来た」

「さきほどの残党どもで間違いないな。思った通り、姑息な復讐にやってきたか」

 これが、二人が孤児院に残った本当の理由だった。散々痛めつけてやったはずだが、こういうクズどもの執念深さを二人ともよく理解していた。二人がここに残ったのは、それを阻止するためであった。

 ならず者どもの残党は、孤児院の壁にゴミや木片を積み上げている。放火をする気なのは一目瞭然で、二人は今度は手加減抜きでこいつらを始末することに決めた。

「芯から腐った奴らめ、今度は生かして帰さんぞ。ん? どうした」

「待って、なにか妙」

 そのとき、タバサが飛び出そうとしたミシェルを抑えた。ならず者どもは今にも火をつけそうだというのにどういうことだ?

 だが、すぐにミシェルもタバサの意図に気づいた。かすかだが、ならず者どもとは違う得体のしれない気配がする。しかも、すぐ近くだ。

 再び身を潜めて周囲を探るミシェルとタバサ。そして、最初に気づいたのは、優れた風の使い手であるタバサだった。

「あれ、塀の上」

「む……なんだ? 何かが動いている」

 二人とも目に『暗視』の魔法をかけてじっと見つめた。ならず者どもがゴミを積み上げている塀の上で、なにかが蠢くようにして確かに動いている。

「スライム……?」

 そのように見えた。ゲル状の奇妙なものが、じわじわと動いている。流れているわけではない証拠に、塀の上を水平に動いて、ならず者の上へと近づいていっている。

 そして、スライムがぽとりとならず者の頭上に落ちたと思った、その瞬間だった。

「おい、火だ。ん? アジュー? ど、どこ行った!」

 なんと、火種を手渡そうとした男にスライムが落ちた瞬間、男はフッと消滅してしまったのである。 

 ならず者は仲間が突然いなくなってしまったことで動揺して辺りを探し回るが、危険は彼にも迫っていた。塀の上からまたスライムがぽとりと落ちると、残った男もミシェルとタバサの見ている前で消滅してしまった。

「今の、見たか?」

「消えた。間違いない」

 二人も、自分の目を疑ったが、今起きたことは間違いなかった。空気の流れや地面の振動を追っても何も感じ取れない。ならず者たちは、この場所から霞のように消え去ってしまったのだ。

 いったい何がどうなっている? 二人はなおも意識を張り巡らせて周囲を探り続けた。まだ、怪しい気配は消えていない。

 冷や汗が流れ、一秒が一時間にも感じられる沈黙を経て、気配を殺し続けた二人の努力は報われた。闇の中から、明らかに異様な気配を撒き散らすやせぎすな男が現れたのだ。

「くく、排除完了。汚物はさっさと消してしまわないと街が汚れてしまうからな」

 短く笑いながらつぶやいた男は、服のすそから例のスライム状の液体を出して、今度はならず者どもが積み上げたゴミを消していった。

 もう間違いない。そして、これが普通の魔法や魔道具でできることではなく、さらにこのルビティアの街の何かに関わっている手がかりだとわかったとき、二人は間髪入れずに飛び出していた。

「おい、そこで何をやっている!」

「ファッ!?」

「聞きたいことがある」

 突然姿を表したミシェルとタバサに問いかけられ、男は大きく動揺した。

 さらに二人は左右に展開して、男を逃すまいとする。だが、男は二人を振り切って走って逃げ出した。

「待てーっ!」

 当然二人は追って走り出す。だが、健脚には自信のある二人が軽く引き離されていく。

「速い!?」

「あれは人間じゃない」

 タバサはそう呟くと、呪文を唱えて杖を降った。だが、特に攻撃魔法が発動した気配はなく、男は夜の闇に消えていってしまった。

「くそ、逃げられた」

「心配はいらない。逃げた先はわかる」

 そう言うタバサの手には、鈍く輝く細い糸がつままれていた。

「お前、いったい何者だ?」

「たぶん、あなたの同類。けれど、今は敵じゃない」

 タバサは、疑いの目を向けるミシェルに軽く答えると、行こうと促してきた。信じるか信じないかは任せる。タバサらしい簡潔な解決方法だった。

 ミシェルは少し考えると、走り出したタバサについていくことにした。危険な賭けだが、危険に飛び込むのは銃士隊の十八番だし、せっかく掴んだ手がかりを逃すわけにはいかない。なにより、子供たちを守ろうとしていたあの姿をわたしは信じる。

 そして、数十分後。二人はある建物の裏口にたどり着いていた。

「商人ギルドの商工会議所……か」

 まさかと思ったが、どうやら望んだ答えに行き着きそうでミシェルは苦笑した。

 一方でタバサは無表情のままで、扉を打ち破ろうとしている。そんなタバサに対して、ミシェルは問いかけた。

「待て、この先に何が待っているかわかっていて進む気か? お前の目的はなんだ?」

「わたしがあなたにそれを聞いたら、あなたは答えるというの?」

「もっともだな。しかし、お前こそ、わたしをそんなに簡単に信用していいのか?」

「かまわない」

 タバサの不思議な自信に、ミシェルは「まさかこいつ、わたしのことを知っているのか?」と、疑念を抱いたが、すぐに余計な考えを頭から追い出した。

 どのみち、尻尾を掴んだら、後は力付くで穴から引き釣り出すのが銃士隊流だ。ミシェルは、戦士の表情になって剣を抜いた。

 タバサの魔法が施錠された扉をぶち破り、二人は商工会議所の中に飛び込む。中で深夜の仕事をしていた人間の驚く顔を横目に通り過ぎ、二人がたどり着いた場所は、なんとギルドマスターの大会議室であった。

「いたな」

「ひっ!」

 二人は、ギルドマスターの横で縮こまっているさっきの男を見つけた。室内にはギルドマスターのほかに、数人のギルドの元締めが顔を並べている。そして、さっきの男はギルドマスターの秘書らしいたたずまいをしていた。

 無遠慮に室内に飛び込んできた二人の暴漢に対して、元締めたちの驚愕の顔が並ぶ。しかし、ギルドマスターと見られる壮年の男はさすがに威厳のある様子を崩さずに、紳士的に二人に問いかけた。

「これは、突然のお客様。本日はすでに業務を終えていますが、なんのご用ですかな?」

「そこで隠れている男に用がある」

 タバサが杖を突きつけて言った。男は震えるばかりで、それに対してギルドマスターはあくまで穏やかに答えた。

「お嬢さん、誰かとお間違いではありませんかな? この男は私どもの優秀な一員として懸命に働いている者です。後ろ暗いところなど、なにもありませんぞ」

 人違いだと語るギルドマスター。周りの元締めたちも、これ以上無礼を働くなら衛兵を呼ぶぞと詰めてくる。

 しかし、タバサは落ち着いて、その杖の先から伸びている極細の糸を見せつけ、ついで男に対して短く告げた。

「背中」

「なに!? あ、ああっ!」

 男は愕然として、自分の背中に小さな氷の破片が刺さり、そこから糸がタバサの手元にまで伸びているのに気付いた。そう、タバサはあのとき氷の破片に蜘蛛の糸の魔法をつけて飛ばし、発信機代わりにしていたのだった。

 動かぬ証拠を突き付けられて、男だけでなく元締めたちも驚愕が流れる。そして今度はミシェルが告げた。

「とうとう尻尾を出したな。その男が奇妙な術を使ってならず者を消したのが、お前たちがただの商人なんかではないことの証拠だ。やはり、トリステインに武器を流していたのは貴様らだな」

 その言葉に、それまで紳士的な態度を貫いてきたギルドマスターも、観念したように息をついた。そして、震えている男に向かって、怒りを表しながら言った。

「ヘマを踏みましたね。『悪人ではない者に、決して仕事を見られてはいけない』と、あのお方に厳命されていたのを忘れましたか?」

「も、申し訳ありません! 申し訳ありません!」

「謝ってすむものではありませんよ! この作戦には、我ら種族の悲願がかかっているのを忘れたのですか?」

 ギルドマスターの怒りに、男はひたすら縮こまった。しかし、元締めたちが叱責を遮るように言った。

「マスター、それよりもこやつらをどういたしましょう? どうやら完全に我らの作戦に気づいているようですが」

「むう、仕方ありませんね。非常事態ですので、この者たちもあそこに送り込んでしまいなさい」

「はっ」

 ギルドマスターの命令によって、元締めたちがミシェルとタバサを囲むように動いた。それに対して、二人は背中合わせに構える。

「本性を表してきたな。どうせ貴様らも人間ではないのだろう? 正体を見せろ!」

「ふぁっふぁっふぁっ、ならばこの世の見納めに見せてやる。ふぁっファッファッファッファッ!」

 元締めたちの声が不気味に変質し、その姿がぼけて変わっていく。

 二人が見たこともない亜人、いや宇宙人。黒々とした肌に長い頭部と頭頂の触覚、縦につながる黄色いラインと、斜めにずれた両の目。

 かつて地球でも人間消失事件を起こした、誘拐怪人と異名をとる宇宙人。ケムール人だ!

「我らの秘密を知った以上は生かしては帰さぬ。覚悟するがいい」

「まさか、ギルドの主要メンバーすべてが星人だとはな。本当に、サイトの予感はこういう方向によく当たるものだ」

 ミシェルは嘆息するとともに、外れていて欲しいと思っていた予想が確信に変わっていくのを感じていた。やはり、このルビティアには自分の想像を超える何かの陰謀が隠されている。しかも、ギルドが丸々隠れ蓑になっていたほどの規模の大きさから考えても、領主やその関係者が無関係とは思い難い。そう、つまりあの女とも。

 そしてタバサは、以前にフック星人から聞き出した情報を思い出していた。あのフック星人の隊長が言い残した、”あのお方”の名。それを頼りにしてこのルビティアの調査に来たが、予想通りこのルビティアにも同じような宇宙人が入り込んでいた。しかも、トリステインにまで影響を及ぼしているということは、敵の勢力はすでに相当に拡大しているのかもしれない。

 しかし、敵の目的がどうにも不明瞭なのは気にかかる。単純な侵略を目論んでいるわけではなさそうで、それにしては不可解な行動が目につき、ここでもケムール人に奇妙な厳命を与えている。だがこのまま放置しておけば、知らないうちにハルケギニア全体がそいつに乗っ取られてしまうかもしれないのは確かだ。そしてこうなると、”あのお方”の正体も明確に突き止めなくてはならない。でなければ、間近に迫ったガリアの命運を左右する最後の時を迎えることができない。

 

 背中合わせに構えるミシェルとタバサ。ケムール人は二人を囲み、不気味な笑い声を漏らしている。

 ガリアからもトリステインからも離れたゲルマニアのルビティアの地で、誰も気づいていないが、誰にとっても重大な戦いが始まろうとしている。だが、その果てに隠された秘密に迫るには、まだ多くの障害が待ち受けているに違いない。

 それでも、ひとつ確かなことがあるとすれば、真実に迫ろうとしている二人の意思を阻むことは、昇る朝日を押し返すことよりも難しいということだろう。

 ただし、その先に待っている真実がどんな残酷な形であったとしても。

 

 そしてその一方、ルビティアの地に急行している者がもう一人いた。

 高空を飛ぶ一機の戦闘機。そのコクピットに座るのは、ウルトラマンダイナに変身するあの青年。

「おいもっと速くいけないのかよ? せっかく我夢が貸してくれたってのに、これなら俺が飛んでいったほうが早いぜ」

「落ち着いてくださいアスカ。あまり人里の近くを飛んでは騒ぎになってしまいます。目的地はインプットしてあります。あなたが変身して行って、ついたとたんに時間切れになってしまっては意味がありません」

 XIGファイターEX。その目的地は帝政ゲルマニア・ルビティア領。敵の所在と、タバサの危機を知ったアスカはトリステインから急行の途にあった。

 しかし、なぜアスカがこれを知ることができたのだろうか。その答えは、さらに高みの空からファイターEXを見下ろすコウモリ姿の影にあった。

「フフ、私は手を出さないという約束ですからね。手は出していませんよ、口は出しましたがね。ま、あれの相手をするのはこちらもリスクが大きいですしねえ。地球ではこういうのを、火中の栗を拾わせるとか言うんでしたっけ? フフフフ」

 楽し気に笑う宇宙人。しかし笑っていたのは少しだけで、不安をこぼすようにつぶやいた。

「しかし、今回は私ともあろう者が本気で人助けをすることになりそうで非常に不愉快ですね。ですが、もしあれが出てきた場合には、あのお姫様は確実に殺されてしまいますからね。ウルトラマンさんには頑張ってほしいところですが、あの方どうも頭悪そうで不安ですねえ……ほんとはもう一組の知的そうな方たちのどちらかに来てほしかったんですが」

 自分の主義に反することでも止むを得ないと思うほど、彼は自分が戦ったあの星人の存在を警戒していた。

 果たして、ルビティアの地に隠されている真実とはなんなのか。そして、すべての根源とされる星人は、いったい誰にとっての敵で味方になるのか。

 

 

 続く


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