第85話
不沈の巨人戦艦
宇宙ロボット キングジョー 登場!
ルビティア侯爵家に隠された秘密を知り、トリステインへと急ぐミシェルとタバサ。だがその行く手に、突然謎の巨大ロボットが立ちふさがった。
金色に輝くボディ。太く強靭そうな手足、頭部に当たる部分や胸では内蔵されたランプが規則正しく明滅し、鳴き声のように特徴的な機械音を流し続けている。
そこへ駆けつけたのは我らのウルトラマンダイナ。朝日が輝きだす中で、金と銀の巨人同士の戦いが始まる。
だが、まだ誰もこの巨大ロボットの持つ恐るべき力を知らない。
いや、一人だけ知る者がいた。それは、この朝日差す空には不似合いな姿で浮かぶコウモリ姿の影。彼は眼下のダイナとロボットを見下ろしながら忌々しそうにつぶやいた。
「やはり出してきましたね。宇宙最強とも言われるロボット怪獣、キングジョー……」
そう。かつて、あのウルトラセブンでさえも自力ではついに倒せなかったほどのスーパーロボットだ。
それが目の前で特徴的な駆動音を出しながら動いている。無機質に、重々しく、余裕さえ感じさせるほどゆっくりと。
果たしてこのダイナというウルトラマンは勝てるだろうか? 彼にも確証はない。しかし、なんとかしてもらわなくては困る。
「頼みますよぉ、このままあれの好きにさせていては私の計画が台無しですからね。お膳立てはしてあげましたから、あとは期待していいですよねぇ」
勝手なことを呟きながら、宇宙人はダイナとキングジョーへと視線を向け、戦いは始まった。
「デアァァーッ!」
先手必勝、先に仕掛けたのはダイナだった。大きく振りかぶり、キングジョーのボディへ渾身のパンチを叩き込む。
だが、ダイナのパンチはクリーンヒットしたというのにキングジョーは小揺るぎもせずに立ち続けている。いや、ダメージを受けたのはどちらかと言えば。
〔ってえーっ! この野郎、なんて硬さだよ〕
思わず殴った手を振り回して、ダイナはアスカの素を出しながら叫んだ。
とんでもない硬さだ。以前戦ったロボット怪獣のガラオンなんか比較にもならない強度で、まるでコンクリートの塀を殴り付けてしまったみたいだ。
それもそのはず。キングジョーのボディはペダニウム合金という超金属で作られていて、かつて地球に現れたキングジョーはウルトラセブンのアイスラッガーの直撃を受けても無傷だったという恐るべき強度を誇るのだ。そのときはセブンが殴っていたが、キングジョーははるか昔から強化改良を続けられながら使われ続けており、セブンはその旧型と戦ったことがあるためとも言われる。
しかし、時代は進む。見た目は同じでも、あの頃よりも未来のこのキングジョーが、同じ強度だとは限らない。
そして、このキングジョーを送り込んできた者とは誰か? ケムール人ではない。そいつはケムール人から連絡を受けて、キングジョーに指令を送りながらつぶやいた。
「まあまあ、困った人たち。あれほどお仕事は慎重にするようにと言っておきましたのに。仕方ないですわね、あとはわたくしが引き受けますから安心してください」
優しげに告げてきたそいつの声色に、報告を入れたケムール人はモニター越しに恐縮しながら答えた。
「も、申し訳ありません。とんだ失態をお見せしまして、なにとぞ、なにとぞご容赦くださいませ!」
ケムールの司令官は必死に謝罪した。ミシェルとタバサを犠牲を顧みずに阻止しようとしたように、彼らには是が非でも成し遂げなければならない悲願があり、それが達成できないのなら死ぬのと同じなのだ。
しかし、怯えるケムールを慰めるように、そいつはあくまで優しく告げた。
「顔を上げてください。わたくしは怠け者は嫌いですけれど、熱心に働いている人が少しくらいミスをしても怒ったりはしませんわ。それより、隠さずによく伝えてくれました。わたくしは誠実な方は好きですわよ」
「ファ、そ、それでは……」
「同じ宇宙人同士、仲間ではありませんか。あの方たちのことはわたくしに任せて、あなた方は今まで通り働いてください。大丈夫、わたくしは約束はちゃんと守りますわ」
その穏やかで温かな声色に、ケムールの司令官もようやく安心したのか、フォフォというケムール人独特の声を残してモニターから消えていった。そしてそいつは、軽くため息をつくと、困ったようにつぶやいた。
「ふぅ、ケムールの方たちは真面目過ぎるのが困ったものですね。そんなに怖がらなくても、ちゃんと働けばそれくらい差し上げますのに。まあそれにしても、この星の方たちは情熱に溢れていて本当に素敵。ただ、少し誤解をなされているようなので、お茶に招待いたしましょうか。でも……」
キングジョーのアイ・カメラには、立ち向かってくるダイナの姿が映っている。そいつはもう一度ため息をついてから言った。
「争いたくはないのですけれど、仕方ありませんわね。後日お詫びに伺いますから、少しだけお休みされていてください」
与えられた指令により、キングジョーの戦闘モードの封印が解かれ、そのターゲットにダイナを定めた。
ゆっくりと、だが確実にキングジョーは両手を上げながらダイナに向かって歩き出す。対してダイナも気を取り直し、パンチやキックで迎え撃った。
「デヤッ! ダアッ!」
ジャブ、ミドルキックの連続攻撃がきれいに決まる。しかし、それでもキングジョーに応えた様子はなく、何事もなかったように前進し続けている。
その要塞とも言えるような防御性能の高さに、ミシェルやタバサも驚愕を隠せないでいた。
「あの金色のゴーレム、なんて硬さだ。ウルトラマンの攻撃がまるで通じてないじゃないか」
「まるでダイヤの硬度……いえ、それ以上かも」
この世で一番硬い物質はダイヤモンドだと言われるが、理論上はそれより硬い物質がいくつか発見されている。もっとも、それらは実験室の中でのみ存在ができるような希少かつ少量しか存在しえないものばかりなので、実質的に最硬がダイヤだと言ってもよいだろう。
ただし、それは今の地球人にとっての常識での話であり、地球人をはるかに超えるテクノロジーを持つ宇宙人は様々な超合金を生み出している。例えば西暦1957年に来襲した宇宙人が使っていたロボット怪獣の装甲金属は鋼鉄の二百倍の硬度を誇るとされ、西暦1974年と1975年に相次いで地球侵略を目論んだ宇宙人が有していた強力無比なロボット怪獣の装甲金属の強度は鋼鉄の十倍だという。また、ダイヤモンドにしても、エネルギーを一万倍にして跳ね返す合成ダイヤモンドミラーや、その発展系でブルーダイヤモンドコーティングというものも90年代に開発されており、今後の発達が期待されるといえるだろう。
それに、ハルケギニアのメイジの使う『固定化』や『硬化』の魔法のように、物質の組成を変えずに強度を増させる手段も存在することから、現実的にどれほどの強度の金属が生まれても不思議ではないと言えるだろう。
打撃をものともせずにダイナに迫ったキングジョーは、腕を上げると無造作に張り手を放ってきた。
「ヌワアッ!」
なんと、軽くはたかれただけに見えるのに、ダイナは大きくふっ飛んで地面に叩きつけられてしまったではないか。むろん、ダイナが非力なわけではない。キングジョーのパワーがあまりにも強すぎるのだ。
キングジョーはそのままダイナを踏みつけようと、巨大な足を振り上げてくる。ダイナはそれを間一髪かわしたが、キングジョーに踏みつけられた地面は大きくくぼみ、まともに食らえばウルトラマンでも無事ではすまないのは明らかだった。
「ウルトラマン、間合いをとれ。接近戦では危険だ!」
ミシェルの叫びにはっとしたダイナはバックステップで距離をとると、腕を回転させて輝く光球を作り出して発射した。
『フラッシュサイクラー!』
光球はキングジョーのボディを直撃した。だが、超合成獣ネオダランビアのバリアーを吹っ飛ばすほどの威力を持つこれをもってしても、キングジョーは紙風船をぶっつけられたかのように平然としている。
だったらこれならどうだ! ダイナは両手を十字に組むと、必殺の光線を撃ち放った。
『ソルジェント光線!』
数多の怪獣を粉砕してきたダイナのフェイバリットがキングジョーに炸裂する。
だが、ソルジェント光線のエネルギー流は、まるで激流を割る巨石の光景のようにキングジョーのボディに弾かれてしまったのだ。
〔なんだとぉ!?〕
「バケモノか!」
「まったく……効いてない」
まさしく鉄壁の防御だった。打撃でも光線でもまるで効いた様子がない。鉄板に生卵という言葉があるが、まさにそれだ。
しかし、キングジョーは動きは鈍く、特に走るということができないらしく、ゆっくりと歩くペースはまったく変わっていない。
〔なんだ、要するに頑丈だけが取り柄のウドの大木かよ〕
アスカは、強敵かと思ったけど意外とたいしたことないんじゃねえか? と、考えた。それが自分の悪い癖だというのに……。
確かにキングジョーは動きが鈍い。ただし、そんな欠点が欠点にならないところがキングジョーの真の恐ろしさなのだ。
キングジョーの頭部、その点滅部分の下部左右の小さな突起から稲妻状の光線が放たれてダイナを襲った。
〔わっと! あぶねえ〕
ダイナはかろうじてかわせたが、光線は外れた地点の地面をえぐって深い穴を残した。
「あいつ、飛び道具もあるのか!」
「あの機動力なら無いほうがおかしい。それに、あの威力は……」
タバサは戦慄しながら、その光線の本質を見抜いていた。一見、大した威力はないように思えるが、地面に空けられた穴の深さから貫通力に優れているのが見てとれる。
実際、この怪光線は岩を砕き、鉄を溶かし、生き物を殺すという三拍子揃った恐るべき殺人光線であり、神戸港で大惨事をもたらしている。
だがそれでも、これぐらいなら並のロボット怪獣と変わらない。その証拠に、ダイナは光線の発射を見切り、二発目からは余裕を持ってかわしている。
〔ノロマ野郎、一度見せた球がそんなに通じるかよ〕
野球でも、ピッチャーの持ち玉がカーブかフォークか判っていれば打つのは容易だ。ダイナは捕まらないようにしながら、間合いをとってキングジョーを牽制し続ける。
だが、一喜一憂するダイナとは裏腹に、キングジョーはあくまでも無機質にダイナに接近し続けている。右へ左にかわされようと、なんの感情も見せずに淡々と歩を進める姿はまるでキョンシーのようで、最初は余裕を持っていたダイナも次第に焦りを感じ始めてきた。
〔こ、この野郎、いい加減しつけえぞ!〕
しかし、キングジョーはロボットゆえに焦らないし判断を変えない。ただひたすら、与えられた指令通りにダイナを狙うだけである。しかも、キングジョーに備えられた電子頭脳は単純なことしかできない低レベルではない。ダイナをスピードで捉えられないと判断した電子頭脳は、ゆっくりと屈むと、足下の岩盤を丸々引っこ抜くようにして持ち上げたのである。
「デュワァッ!?」
ざっと十万トンはありそうな巨岩がキングジョーの頭上に持ち上げられている。レッドキングでもここまではしないだろうという怪力にさしものダイナも仰天し、ミシェルとタバサもあっけにとられた。
なんという超パワー。だが、これこそがキングジョーのシンプルだが最大の武器なのである。かつて神戸港でも大型タンカーを軽々と持ち上げてセブンにぶっつけている。そして、この小山ほどもある巨岩をどうするかといえば当然。
「な、投げたぁ!」
巨岩が宙を飛び、隕石のようにダイナに飛んでいく。それは破壊光線などとは段違いの迫力で迫り、避ける間もなくダイナをぺっちゃんこにしようとした。
〔じょ、冗談じゃねえーっ!〕
いくらダイナでも、自分の十倍もありそうな巨岩を受け止めるなんてできない。あわや、ダイナもここで、一貫の終わりか?
いや、それはノーマルのフラッシュタイプの場合ならばだ。ダイナの額のクリスタルが輝き、無双の強力を発揮するストロングタイプへとチェンジする!
「デヤアァーッ!」
雄々しい叫び声とともに、筋肉奮い立つダイナの渾身のアッパーカットが巨大岩石に突き刺さり、次の瞬間、岩石に細かなヒビが入ったかと思うと、岩石は轟音をあげて粉々に砕け散ったのだ。
「すごい……」
タバサも思わず呟くほど、ダイナックルのド迫力パワーの一発はすごかった。巨大岩石はバラバラになり、小石の雨となって降ってくる。
しかし、ダイナが意識を岩石にそらした、そのわずかな隙をキングジョーは見逃さなかった。キングジョーの歩行速度は遅いが、背中のバーニアを吹かせて一時的に加速し、そのままダイナに体当たりを仕掛けてきたのである。
「ノワァッ!」
突き飛ばされたダイナに、そのままキングジョーはフライングボディプレスのように一気にのしかかってくる。さしものダイナもこれはかわせず、まともに食らってしまった。
「ヌッ、ウアァァァァーッ!」
巨大な鉄塊に真上からのしかかられてはたまらない。ダイナから苦悶の声が漏れる。
その光景に、ミシェルとタバサは援護の魔法を放とうと構えた。しかしそれを、ダイナは手のひらを向けてはっきりとした態度で拒絶すると、苦しみながらも街道の先を指差し、構わずに行けと訴えてきた。
「ウ、ウルトラマン……」
「早く、彼の思いを無駄にしてはいけない」
タバサは後ろ髪を引かれているミシェルを冷徹に促すと、乗っている馬の腹を蹴った。
しかし、本心で後ろ髪を引かれているのはタバサも同じだ。走り出しながらも、ちらりと後ろを振り返ってダイナをみる。すると、それを察したダイナは、ぐっと力強くサムズアップを見せた。
「心配すんな、こんな奴はまかせてさっさと行けっ!」
ダイナ、アスカはそう告げていた。そしてタバサとミシェルは自分の使命を思い返すと、前を向いて走り続けた。
そしてダイナは押さえ込んでいるキングジョーの腕を掴むと、渾身の力を込めて押し返し始めた。
〔いつまでも、人の上ででかい顔してんじゃねえーっ〕
ストロングタイプの力を発揮して、ダイナはマウントをとっているキングジョーを押し返し、ついに腹を蹴って脱出に成功した。
「ダアッ!」
起き上がったダイナは、そのまま勢いと体重をかけて、必殺の右ストレートをキングジョーに叩き込んだ。フラッシュタイプでは効かなかったが今度はどうだ?
しかし、やはりキングジョーのボディには傷ひとつつかず、キングジョーはダイナの腕を掴むと、ひょいと無造作に投げ飛ばしてしまった。
「ウワアァッ!」
地面に強烈に打ち付けられ、ダイナから悲鳴があがる。しかもキングジョーは倒れたダイナを足蹴にすると、恐ろしいパワーで胸を踏みつけ始めた。
〔ぐぅぅっ、動けねえ。こいつ、なんて力してやがる!?〕
ストロングタイプの力でもはね除けられない。ダイナのカラータイマーが点滅を始め、キングジョーは規則正しい稼働音を鳴らしながら、無情に踏みつけにする足に力を込め続ける。
重すぎる。ダイナはもがくが、キングジョーはビクともしない。ダイナは、こいつがさっき思ったようなウドの大木ではないことを確信し、戦いを見守っているコウモリ姿の宇宙人も、その圧倒的な力に戦慄していた。
「聞きしに勝るものですね。パワーとタフネスだけに見えて、それさえ極めてしまえば十分と言っているような強さ……我々の美学とは相容れませんが、シンプルとは怖いものです」
能力というものは、特別な手段を用いらなければ、なにを高めようとすればなにかを犠牲にする必要がある。車に例えれば、車体を頑丈にすれば重くなってスピードが下がるし、馬力を上げようとすれば燃費が悪くなるようなもので、ダイナのストロングタイプはスピードを犠牲にしているし、多くのウルトラマンのパワーアップ形態は通常時に比べてエネルギー消費が大きくなる弱点を抱えている。
そしてキングジョーは、パワーと頑丈さの代償にスピードがない。しかし、スピードを犠牲にしたことによって得たパワーと頑丈さは全宇宙でもトップクラスであり、スピードの不足を補って余りある。なぜなら、何者にも傷つけられない鎧と、何者でも止められない怪力さえあれば、それを誰が阻めるというのだろうか? どんな障害も踏み越え、どんな力も力でねじ伏せる、まるで森林を荒れ地に変える巨象の行進のごとき思想を具現化した、恐るべき金色の要塞こそがキングジョーなのである。
ダイナの見上げる先で、金色に輝くキングジョーのボディには傷一つない。ダイナの攻撃をあれだけ受けながら、ここまで無傷を貫いた敵はこれまでいなかった。
いったいどうすればこいつを倒せるんだ? アスカは戦慄しながら考えた。ミラクルタイプのレボリウムウェーブならば異次元に飛ばして始末することができるが、あれも相手のパワーによっては脱出されることもあり、完璧ではない。つまりダイナの……いや、ウルトラマンの力では破壊することは無理だということか。まだ宇宙にはこんなとんでもない奴がいたとは。
だが、今のアスカは怪獣を倒すことが全ての猪武者ではなかった。ヒーローとして、やるべきことは敵を倒すことではない。ダイナははね除けるのが無理だとわかると、逆にキングジョーの足を掴んで押さえつけにかかった。
「デアッ!」
押さえつけられると、キングジョーは一転して拘束をはずそうともがき始めた。しかしダイナは逃すまいと手に力を込める。
〔どうだ、動けねえだろ! このままここで止まっていやがれ〕
ここでキングジョーを倒せなくても、あの二人を逃せられれば目的は達せられる。この先は山岳地帯で、そこに逃げ込めれば空からでも簡単には見つからないだろう。
アスカはもはや目先のことしか考えられない未熟者ではない。エネルギーの続く限りこいつを足止めしようと、腕に力を込めて耐え続ける。
しかし、キングジョーはロボットの特性を活かしてアスカの想像外の行動に出た。なんと、上下に四機重なっている機体の内、腕と頭部となっている最上部の機体だけを分離させて二人を追い始めてしまったのだ。
〔ふざけんな! そんなのアリかよ!〕
アスカは当てを外されて怒鳴るが、首なしになったキングジョーのボディは変わらず踏みつけてくるので動けない。押さえ込もうとした判断が完全に裏目に出た形だ。
そして、分離したキングジョーの頭部パーツは飛行形体となって、あっという間にミシェルとタバサに追い付いてしまった。
「くっ、まずい!」
「二手に別れて、ああっ!?」
策を弄する暇もなかった。ミシェルとタバサは、キングジョーの頭部のランプから放たれた光線を浴びせられると、光線の中を通ってキングジョーの中へと吸い込まれてしまったのだ。
〔ちきしょおっ!〕
指をくわえて見ているしかできなかったアスカは悔やんだ。しかも、キングジョーはこれで用は済んだと言うように、残ったパーツも分離して空を飛んで逃げに入った。足のパーツだけはダイナが捕まえているが、それだけ持っていたところで意味がない。
そして吸い込まれた二人はキングジョーの中の小部屋に閉じ込められて脱出不能に陥っていた。
「くそっ、出口がない。なんなんだこの部屋は!」
「うかつだった。最初から別行動をとっていれば……」
先日にルイズたちが閉じこめられたメカゴモラのコクピットと違い、ドアや装置の類いはなく、幽閉のために用意されたのだということが嫌というほどわかった。
自力での脱出は不可能。二人は自分達の無力さをなげきながら、一縷の望みをウルトラマンに託した。
このままでは逃げられてしまう。だが、どうしようもないかと思われたそのときだった。空から青い光が舞い降りてきてキングジョーの行く手を阻み、そのまま弾き飛ばして、青い巨人となって大地に降り立ったのだ。
「デュゥワッ」
海の青き巨人、ウルトラマンアグル。そしてその手のひらの上には、高山我夢が小型のバズーカのようなものを持って立っていた。
「ごめんアスカ、遅くなって」
〔我夢、いいところで来るぜ。けど、俺が回り道しながら飛んできたのに、なんでお前たちは真っ直ぐ来れたんだ?〕
「藤宮はこういうことが得意なんだ。それより、完成したよ、ライトンR30爆弾。あの宇宙人の言ったとおりなら、これならあのロボットを破壊できるはずだ」
アグル、つまり藤宮博也はアグルの力を使って不法入出国を繰り返していた過去をほじられて複雑だったが、我夢に悪気はないと思って我慢した。
それより、今はあのロボットを倒すほうが先だ。見たところ、ガイアとアグルが加勢したとしても簡単には破壊できそうもない装甲をしている。破滅招来体が送り込んできたロボット怪獣と戦ったことは何度かあるが、こいつはそれらにひけをとらなそうだ。
だが、そのためにこれを作ってきた。あの宇宙人は自分たちの前に現れてタバサたちの危機を知らせた後で、急ごうとする我夢たちを引き止めて、今から行こうとしている場所で待ち構えている相手が持っている兵器はウルトラマンの力でも破壊できないだろうと警告し、ある兵器の製造方法を伝えた。それが、このライトンR30爆弾、キングジョーの装甲を成すペダニウム合金を破壊できる唯一の手段だ。
つまり、我夢と藤宮がここに来られなかったのは、切り札であるライトンR30を作っていたからだった。ただ、いくら超天才の二人が揃っているとはいっても当時のウルトラ警備隊の総力をあげて完成させたライトンを完成させるにはこれだけ時間が必要だった。
けれど、ダイナはライトンの仕込まれたバズーカを構えようとする我夢を止めた。
〔さすが我夢だぜ、こんなに早く完成させてくるなんてな。でもちょっと待ってくれ、あのロボットの中にお前のとこの嬢ちゃんが閉じ込められてるんだ〕
「わかってる、間に合わなかったけど見てた。だけど、それをどうにかするために僕らウルトラマンがいるんだろう?」
〔へっ、そうこなくっちゃな〕
アスカと我夢は違う世界から来たはずなのに、まるで昔からの馴染みであるかのようにうなづきあった。
やるべきことは二つ。キングジョーの内部からミシェルとタバサを救出し、その上でキングジョーにライトンを叩きこんで倒す。
が、やるとなったら実際どうするべきか? アグルが加わったとはいえ、エネルギー切れ寸前のダイナに何ができるというのか。するとダイナは、いいことを閃いたというふうに我夢とアグルに言った。
〔ちょっとでいいから奴の動きを止めてくれ。俺があいつから二人を取り戻してやるから、そうしたらその新兵器でとどめを刺してくれ〕
その自信ありげな言葉に、我夢とアグルは怪訝に思ったが、問い返しはしなかった。ダイナのどんな攻撃でもビクともしなかったキングジョーに、この上どんな対抗策があるというのだろう? いや、アスカの考えは考えるだけ無駄だ。それに、アスカはやると言ったら何があってもやりとげる男だ。
アグル、藤宮はアスカとの親交はまだ浅いが、その心は決まっている。
「俺は我夢を信じている。ならば、我夢が信じた奴を信じるだけだ」
藤宮にしては軽薄な考えとも見れたが、それは親友への深い信頼があるからこそだった。アグルもダイナを信じ、我夢を地上に下ろすとファイテングポーズをとった。キングジョーは、腕を上げた特徴的なポーズをとりつつ、行進するようにアグルに迫ってくる。
「ハアッ!」
構えたアグルは右手から光の剣、アグルセイバーを引き出して切っ先をキングジョーに向けた。こいつとダイナの戦いはざっとだが見ていた、アグルの力でも真っ向からでは歯が立つとは思えない。動きは鈍いが、油断は禁物だ。
そんなウルトラマンたちの姿を、ミシェルとタバサはキングジョーの中から、たったひとつだけあるモニターごしに見ていた。
「……すまない」
「……」
もう、二人にはウルトラマンたちに頼るしかどうにかする手立てはない。しかも、自分たちが人質になって迷惑をかけていることも嫌というほどわかる。
けれど、二人にはあきらめるつもりはない。今の二人にとって、一番大切なのは生きて帰って真実を伝えることにある。それに、ギリギリまでがんばって、ギリギリまでふんばって、それでもダメなときに誰かを頼ることは恥ではない。
「頼む」
期待を込めて二人はウルトラマンたちを見つめた。
そして、戦いはいよいよファイナルラウンドを迎える。いかなる攻撃にも動じない金色の不沈艦キングジョーを撃沈することは果たしてできるのか。
なにか策を用意しているはずのダイナのために陽動を果たすべく、アグルはキングジョーを正面から迎え撃つことに決めた。その際、二人が捕らえられているのは頭部のパーツ。ならばと、アグルは胸部と腰部を狙って、小手調べもかねてアグルセイバーで斬りかかった。
「ドゥアッ!」
一瞬のうちに五連撃の斬撃がキングジョーを切り裂く。しかし、普通の怪獣なら微塵切りになるような斬撃は、五回の乾いた金属音で跳ね返されてしまった。
「ヌオッ!?」
アグルセイバーが効かない。むしろ、斬りかかったアグルのほうが手が痺れるほどの反動を受けている。
こいつは強い。ほとんど無防備に近づいてくるだけはある頑強さだ。しかし、これで怯むアグルではない。
「ハアッ! デェヤッ!」
アグルセイバーの連撃がキングジョーを襲う。胴体だけでなく、腕や足の間接部など、比較的弱そうな部分を選んでの攻撃で押し返し、流れるような光の剣閃が薄暗い朝焼けの中で美しく煌めいた。
それでも、キングジョーのボディにはやはり傷ひとつつかない。しかし、五月雨のようなアグルセイバーの乱打でキングジョーのセンサーにも死角が生じてきた。
「藤宮は無駄なことはしないさ」
我夢は確信を持ってつぶやく。
そう、石灯籠を刀で切るのは愚かに見えても、その衝撃は精密機器には天敵だ。さらにアグルはキングジョーの正面から渾身の一刀を叩きつけ、その衝撃で飛び散った火花はキングジョーのセンサーを一瞬だが完全に麻痺させ、動きが止まったところについにダイナが組み付いた。
〔よっし捕まえた! もう逃がさねえぞ〕
キングジョーの背後からダイナが羽交い締めにする。もちろんキングジョーも暴れてダイナを振り払おうとするが、ダイナもここぞとばかりにしがみついて離れない。
だが、ここからどうするつもりだ? 捕まえただけでは解決にならない。我夢とアグルは、なにか策があるはずのダイナの次の行動を見守る。キングジョーはさらに暴れるが、ダイナはキングジョーを全力でうつぶせに押し倒した。
轟音をあげて倒れ込んだキングジョーの上にダイナが馬乗りになる。まさか、これが作戦か? しかし、ダイナはキングジョーの頭を掴むと、そのまま逆ぞりにひねり上げ始めたのだ。
「ジュワアッ!」
これは! 我夢とアグルは目を見張った。なんと、あの無敵に見えたキングジョーのボディが反り返ってミシミシと言い始めている。そして、逆エビ固めで極めるのを足から頭に変えたようなこの攻撃を、我夢は見たことがあった。
「この技は、確かキャメルクラッチ!」
我夢は以前、ウルフファイヤーの事件でプロレスのジムに通っていたことがあり、その中で関節技のひとつとして見たことがあった。
「うまい! これなら相手にいくらパワーや頑丈さがあっても関係ない!」
キャメルクラッチは、相手の背中に乗って首を引き上げるだけという簡単な技だが、相手は関節の構造上まともに反撃することができず、そのままだと背骨をヘシ折られてしまうという恐るべき残虐技なのだ。
実際、キングジョーは手足をもがかせて抵抗しようとしているが、完全に背中から技を決めているダイナには手も足も出ず、ボディは無事だが機体の結合部からきしむ音を漏らし始めている。そしてダイナは、感心している我夢たちをちらりと見ると、得意げに言って見せた。
〔どうだ、お前らは頭が固すぎるんだよ。もっと俺のように柔軟にならなきゃな。さあ、このまま頭をもぎとってやるぜ!〕
確かにキングジョーのボディは硬い。しかし、連結している機体同士の接合部分はそうはいかない。かといって分離しようすればこちらの思う壺だ。
あのキングジョーのボディが悲鳴をあげている。この光景には、見守っている二人の宇宙人もさすがに驚いた様子を見せていた。
「関節技とは恐れ入りましたね。いやあ、これは痛そうな」
「あら、まあ」
まさかキングジョーを関節技で破壊しにくる奴がいるとは誰も想像もしていなかったに違いない。しかし実際ダイナのキャメルクラッチは見事にきまっており、いくらもがけど脱出できないキングジョーの接合部からついに煙と火花が漏れだした。
「あとちょっとだ。ファイト、アスカ!」
「ダアァーッ!」
我夢の声援を受けて、ダイナはストロングタイプの最後の力を振り絞った。
キングジョーの頭部のランプの点滅が乱れて消える。そしてとうとうキングジョーは頭部機と胸部機の結合部から、巨木の倒れるような激しい音を立ててへし折れたのだ。
「やった!」
ダイナはもぎ取ったキングジョーの頭部パーツを抱えて飛び退く。
そして残るはキングジョーの胴体のみだ。頭部を失って停止しているキングジョーのボディをアグルが抱え起こすと、我夢はライトンの込められたバズーカの照準を定めた。
〔我夢、外すなよ〕
「わかってる。梶尾さんに笑われないくらいの腕は持ってるつもりだよ。発射」
引き金を引いた我夢の狙ったとおり、ライトンR30爆弾は見事にキングジョーの胴体のど真ん中に炸裂した。
「やったぁ」
爆弾は見事にキングジョーの装甲を貫き、全身から火花が吹き出し始める。そしてアグルが離れると、キングジョーはぴしりと足を揃えた姿勢をとり、そのままゆっくりとあおむけに倒れて爆発した。
燃え上がるキングジョーの炎が我夢とアグル、そしてダイナを照らす。恐ろしいロボットだった……三人のウルトラマンたちは心底そう思った。これまで様々なロボット怪獣と戦ってきたが、ここまで単純に強さを突き詰めて作られた奴はいなかった。ただ頑丈さを極限まで高めるというだけでこれほどの強敵となるとは……あの宇宙人が教えてくれたライトンR30がなければどうなっていたか……。
矛盾という言葉がある。最強の矛と盾は並び立たないと言う意味だが、裏を返せば最強の矛がなければ最強の盾は決して破れないということになる。不死身と無敵は同義ではないとも言われるけれど、こいつは限りなくそのどちらにも近かった。
しかし、そいつも今はこうして燃え盛る鉄くずと化している。戦いは終わった……ダイナは肩で息をつくと、抱えていたキングジョーの頭部を地上に下ろした。
「アスカ、大丈夫かい!」
〔ああ、これくらいへっちゃらだぜ。見ててくれたろ、今日のMVPは俺だぜ。さあ、あとはまかせたぜ、我夢〕
「ああ、まかせておいてくれ」
ミシェルとタバサの捕まっている部分は無傷で残った。後はこいつを解体して中の二人を助け出すだけだ。きっと中では、あまりに荒っぽい救出方法で二人とも目を回していることだろう。
ダイナのカラータイマーはすでに限界で、飛び上がろうとしてふらついたところをアグルに支えられた。言葉はないが、ダイナの奮闘をアグルもきちんと認めてくれたようだ。
戦いは終わった。あのコウモリ姿の宇宙人もその光景を空から見下ろし、ほっと息をついていた。
「やれやれ、なんとかすみましたね。これで、私の計画もなんとか続行可能に……はて?」
そのとき、彼は自分に一瞬かぶさった影に、ふと空を見上げた。
太陽の方向からなにかが降ってくる。そして、それの姿がはっきりしてくると、彼は普段の余裕ありげな声色を凍り付かせてつぶやいた。
「ちょっと、うそでしょう……」
巨大な影が彼を素通りして落ちていく。そいつは大破したキングジョーの傍らに轟音をあげて着地すると、愕然としているウルトラマンたちを前にして、その冷たく輝く黒色の装甲から禍々しい機械音をあげながら動き始めた。
モニターごしに戦慄するミシェルとタバサ。アグルは再びアグルセイバーを展開して構えを取り、我夢もエスプレンダーを取り出す。さらにダイナもエネルギー切れ寸前の身をおして立ち上がる。
この日、トリステインとゲルマニアの国境の関所を、二人組の若い女性が通過したという記録は残されていない。
続く