ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第86話  開幕!エルムネイヤの舞踏会

 第86話

 開幕!エルムネイヤの舞踏会

 

 放電竜 エレキング 登場

 

 

 ”祭り”が、やってくる。

 祭りはなにも庶民だけのものではなく、貴族の間にもいろいろとかっこうをつけているが祭りのような行事がある。

   

 トリステイン王国。あのメカゴモラとEXゴモラとの戦いから一週間。首都トリスタニアは今日も好天に恵まれ、平和な空気な中で賑わっている。

 二大怪獣の激突で生じたクレーターもほぼ埋められ、市民たちは、もはや東京都民と同じくらいに慣れきってしまって何事もなかったように暮らしていた。

 しかしそのトリスタニアの中心にそびえる王宮はこの日、最高級の緊張感と活気に包まれていた。

 エルムネイヤの舞踏会……トリステインの貴族の他にもアルビオンやガリアなど各国の要人が招待され、仮装して正体を隠したうえで気兼ねなく交流するというものである。

 これは、貴族であればどうしても気にしてしまう身分や立場の壁を超えた上で親交を深めようというものであり、トリステイン魔法学院にも新入生歓迎のためにスレイプニィルの舞踏会という同様の仮装舞踏会が存在する。

 

 そして今年も、アンリエッタ女王陛下主催で、盛大な開催が王宮で予定されている。その縁で、街中でも絢爛な馬車が何台も王宮へと向かう姿が見られ、ちょっとしたパレードのような賑わいを見せていた。

 王宮の門を、見るからに身分の高そうな貴族が通っていく。ただ、そうした大貴族たちに混ざって今回は少し変わった客人たちも城門をくぐっており、その様子を王宮のテラスから楽しそうな様子で見下ろしている目が二対あった。その見下ろす先には、おろおろしている金髪の少年に率いられた一団がおり、その中には遠目でも見間違えようもない桃色のブロンドの髪をした少女も混ざっていた。

「うふふ、やっぱりみんな揃って来てくれましたわね。これで、今年の舞踏会も楽しいことになりそうですわ」

「ふふ、陛下も本当にお人が悪いんですから。さあ、それではお出迎えにいきましょうか。きっと、びっくりしますわよ」

 そう言っている一人は、もちろんアンリエッタ女王。しかしもう一人はアニエスや侍女とは違う、もっと気品があってアンリエッタと対等に近い話し方だ。

 だが、女王たるアンリエッタと対等となるとトリステインの人間ではない。二人がいる部屋のテーブルの上には、束になった羊皮紙がインクも乾いていないメモといっしょに置かれていた。そのすみにはルビーの原石とド・オルニエール産のワイン瓶もあり、ついさっきまで二人はここで貿易に関する話し合いをしていたようである。

 そして、商談の行方は二人の様子を見るに大成功。しかし、二人はそんなことはもうどうでもいいという風に、仲良さげに部屋を出て行った。

 

 さて、そんな風に見られているとは露知らない珍客たちは、やっとのことで城門を通り抜けたところだった。

「はい、招待状は本物ですね。失礼しました。グラモン家のギーシュ様と御一行様、入城を認めます、どうぞ」

「ど、どうも、任務ごくろうさま。さ、さあ諸君、行こう」

 門番の役人の疑わしそうな視線の横を、ガチガチに緊張しきった様子のギーシュに続いてルイズや才人、モンモランシーやキュルケなどの面々がぞろぞろと通り過ぎていく。

 彼らの手には、メカゴモラと戦った日に街を守ってもらったお礼として洋服店ドロシー・オア・オールから贈られた舞踏会の招待状が握られていた。それは間違いなくトリステイン王家の花押が押された本物なのだが、今回ばかりはギーシュだけでなくルイズやモンモランシーも、まるで戦場に出る前の様に緊張しきっている。

 いや、ある意味では戦場以上と言っても過言ではない。なにせ、このエルムネイヤの舞踏会は各国から数多くの招待客が来られる関係で、国内からは特に厳選された一部の貴族しか出席が許されない。具体的に言えば、以前にギーシュとモンモランシーも出席したラグドリアン湖での舞踏会よりも格式は上で、普通ならば当主と配偶者、成人した嫡男嫡女しか出席を認められることはない。

 これは、いくら身分を気にせずとは言っても、国の面子がかかっている以上は未熟者を出して国の恥を晒したくないという意味である。地球で言えば各国首脳や国王や王子だけを集めたパーティのようなものが近いか。

 そのため、どう見ても場違いな彼らの姿は完全に浮いてしまっていた。 

 今回、こちらに参加しに来ているのはルイズと才人のほかに、ギーシュとモンモランシーにキュルケと、ベアトリス一行の姿がある。あのときに招待状を受け取った顔ぶれの中ではティファニアの姿がないが、彼女はこういう席は苦手だということで学院に残っている。

 ただ、ティファニアの分を置いても招待状が余ったので、くじ引きで数人の水精霊騎士隊が選ばれてついてきていた。残念ながら、ギムリとレイナールは今回は留守番である。

 しかし、何度も訪れた王宮の中だが……今日はまるで別世界のように感じられる。国外の貴賓が大勢来ているせいで衛兵たちもピリピリしており、周りを通り過ぎていく国内の貴族たちも万一なにかあったら国辱ものだというので足早に去っていく。

 トリステイン貴族としてこの上ない名誉だと思って後先考えずにやってきたが、実はとんでもなく軽率な行動をしてしまったのではないかと後悔し始めていた。水精霊騎士隊の少年の中にはギーシュに、今のうちに帰らないかと弱音を吐く者もいる。しかし、プライドだけは人一倍のギーシュやルイズが怖気ずいて逃げるなどいう不名誉な選択をできるわけがない。

「な、何を言っているんだね。これはぼくらが一気に社交界にデビューするまたとないチャンスではないかね。いいかね、ここにいる者たちのほとんどはエルムネイヤの舞踏会に一生参加が許されない程度の家柄だ。君たちは、一生に一度かもしれないチャンスをふいにするつもりかね!」

「こ、今回だけはギーシュの言う通りよ。ヴァリエール家はそんな卑しい家柄じゃないけど、三女のわたしが出席するチャンスなんてまずないものね。に、逃げたい人は逃げればいいんじゃない? わたしは逃げないわ」

 と、言いながらもギーシュの足はガクガクと震えているし、ルイズも舌がもつれている。前にルイズは、逃げないものを貴族と言うのよと言ったが、ここまで腰が引けていては説得力は皆無だった。

 けれど、チャンスというものは同時に大きなリスクもともなうのだ。もし舞踏会でポカをしてしまえば、国辱はそのままその者の家の罪となる。もしそんなことになれば勘当ものだ。それでも、ギーシュは父や上の兄たちを見返したいという気持ちがあったし、ルイズも母やエレオノールに対して自分を誇れる手柄が欲しかった。

 平然としているのは、参加するわけではない才人と、ルイズたちを眺めて楽しむのが目的のキュルケくらいだ。

「大丈夫かよ、こんなんで……」

 才人にとってはどうでもいいことだけに、そんなに緊張するならやめとけばいいじゃねえかと思わざるを得なかった。しかし、やめろと言われるとかえってむきになるのがルイズである。

「さ、さあまずは招待状をくれたドロシー・オア・オールの支配人さんにお礼を言いに行きましょう」

「ルイズー、そっちは反対よ」

 先が思いやられるどころじゃないなと、才人もキュルケも呆れ果てていた。いつもならギーシュたちの尻を蹴飛ばすモンモランシーや、強気が服を着て歩いているようなベアトリスたちも固まってしまっているし、ルイズやギーシュは完全に意地になっている。

 これじゃわざわざ恥をかきに行くようなもんだぞと才人は思うが、意固地になったルイズが聞き分けるとは思えない。

 だが、そのときだった。ぎこちなく足を踏み出そうとしていた彼らに、聞きなじんだ二つの声がかけられたのは。

「ふふ、そんなに緊張しないでも大丈夫よ、ルイズ」

「ええ、ダンスは楽しく踊るのが一番ですわよ。ねえ、ギーシュ様」

 はっとして皆が振り向くと、そこにはアンリエッタとルビアナが笑いながら立っていた。

「じょ、女王陛下! け、敬礼!」

 自らの主君の前に、ギーシュたちは整列し、ルイズたちも姿勢を正した。

「じょ、ひょうお陛下におきましては」

「女王陛下におきましては、本日も、た、大変ごきげんうるわひぃく!」

 ギーシュが噛みながら挨拶しかけるのを押しのけたモンモランシーも噛みながら必死に挨拶した。温泉のときなどで女王陛下とは顔を合わせてはいるものの、プライベートですむときと違って、ここはピリピリしている王宮の中。無礼を役人に見とがめられでもしたら大罪になる。

 しかしアンリエッタはそんな彼らに、楽にしてくださいと諭すと、にこやかに告げた。

「ルイズとお友だちの皆さま、よくおいでくださいました。待っていましたわ」

「は、はい、参上つかまつりました。えっ?」

 そこで、いち早く不自然なことに気づいたのはアンリエッタと一番なじみの深いルイズだった。『待っていた?』、つまりアンリエッタはルイズたちが今日やってくることをあらかじめ知っていたということになるが、エルムネイヤの舞踏会に参加するということは自分たち以外の誰にも言ってはいない。

 それにどうしてルビアナがここにいるの? いや待って、ドロシー・オア・オールは確かゲルマニアに本店のある店だったはずよね。

 ルイズの頭の中で、目まぐるしくパズルが組み立てられていく。もろもろの不自然なことと、アンリエッタの性格とかけあわせると答えはひとつ。

「ま、まさか、この招待状を用意してくれたのってミス・ルビアナなの?」

「ええ、さすが聡明なルイズさん。お察しの通り、ドロシー・オア・オールの総支配人はこのわたくしです。いつぞやの温泉のお礼にあなた方をぜひ招待したく、一芝居うたせていただきました。でも、それだけじゃないことをもうわかっているのでしょう?」

 そう微笑みつつ告げるルビアナに、ルイズはアンリエッタに震えながら尋ねた。

「じ、女王陛下。いつのまにミス・ルビアナとそんなに仲良くなられたのですか……?」

「友情に時間は関係ありませんわ。ねえ、ルビアナさん」

「おかしいとは思わなかったのですか? どんなにトリステインで懇意にさせてもらっている貴族がいたとしても、十数人分もの招待状を用意できるわけがないではないですか」

 あ! と、ルイズ以外の者たちはそこでやっとカラクリに気づいた。王家の花押が押された招待状を簡単に用意できる人間といえば、この世にたった一人しかいない。舞踏会に出られることで浮かれて、招待状の出どころの不自然さに気づかなかった自分たちのうかつさに、アンリエッタはいたずらを成功させた子供のように微笑みながら言った。

「楽しいイベントは楽しいゲストがいてこそ盛り上がるものですからね。あなたたちが舞踏会でどんなダンスを見せてくれるか、わたくしもこっそり探させていただきますわ」

 完全にはめられた! 一同は自分たちが「誘われた」のではなく「おびき寄せられた」ことを知った。退屈が嫌いでハプニングを常に期待しているこの人によって、堅苦しい舞踏会に放り込む爆弾として用意されたのだ。

 それなら、いかにも場違いな自分たちが呼ばれたのも理解できる。しかし、いくら女王とはいえ国政行事にそんなことをしてもよいのかと、モンモランシーが震えながら尋ねた。

「お、恐れながら女王陛下。わ、わたくしどもは若輩の身にて、もし粗相がありましたら女王陛下の名誉に傷が」

「いいえ、わたくしはエルムネイヤの舞踏会を本当の意味で身分を気にしないですむ場所にしたいと考えています。その点、あなた方は英雄と呼ぶにふさわしい働きを何度もしてくださっていますから参加資格は十分ですし、なにか楽しいことを起こしてくれる可能性も申し分ありません。それに実を言うと、舞踏会の形骸化に対する不満は招待客の側からも年々大きくなっていますのよ。刺激を求めているのはわたくしだけではないのです。ですからむしろ、アクシデントを期待していますわ」

 すごくいい笑顔でそう告げるアンリエッタに、ルイズたちはもう絶句するしかなかった。

 確かに、形式にこだわる貴族は常にストレスを溜めながら生活しているようなものだ。その点、エルムネイヤの舞踏会も最初は貴族たちの息抜きのために始められたのだろうが、それに伝統という重しがついていって堅苦しくなっていったのだろう。

 しかし、伝統と格式ある行事を「ぶち壊せ」と言われて喜んでできるほどルイズやギーシュたちも度胸はない。ベアトリスなど論外で完全に血色を無くしているが、そんな彼らにアンリエッタは優しげに告げた。

「そんな顔をなさらないでください。それでは、ちょっとしたゲームをいたしましょう。言い忘れていましたが、今回の舞踏会にはわたくしもちゃんと参加しますわ。そこで、わたくしがどんなふうな仮装をしていたか、終わった後にこっそりお教えしますので、わたくしと踊ってくださった方には特別に恩賞を差し上げますわ」

「そ、それは本当ですか女王陛下!」

 一転して満面の笑みに変わったギーシュたちに、アンリエッタはどこまでも慈悲深い笑みで答えた。

「ええ、ですから頑張ってわたくしを楽しませてくださいね」

 そしてアンリエッタは、「では、舞踏会までごきげんよう」と言い残して踵を返し、ルビアナもギーシュに優雅に一礼した。

「それではギーシュ様、舞踏会でわたくしも見つけてくれることを期待してますわ」

「は、はいそれはもちろん! 騎士の名にかけてレディのご期待には応えますと、あいででで!?」

「ギーシュ、あなたわたしを一番に見つけるって言ってなかったかしら?」

 相変わらず無意識にモンモランシーの地雷を踏んでいるギーシュ。そんな二人をルビアナは微笑みながら、「わたしは二番でよろしいですわ」と告げてから、アンリエッタといっしょに去って行った。

 後に残されたのは、あっけにとられている一同のみ。その中で、蚊帳の外に置かれていたベアトリスが呆然としながら呟いた。

「わたしたち、女王陛下の手のひらの上で踊らされていたってわけ……?」

 トレードマークのツインテールが力なく垂れ下がっているほど、ベアトリスも今あったことが信じられなかった。温泉のときに直接会って、気さくなお方なのかなと親しみを覚えていたが、まさかこんな手の込んだ悪ふざけをされる方だったとは。

 そんなベアトリスに、ルイズが忠告するように言う。

「覚えておきなさい。あれがトリステインで一番敵に回してはいけないお方よ」

 そう言うルイズの顔もひきつっていた。昔からいたずら好きな性格だったけど、女王になって少しはしとやかになるかと思えば逆に好き放題しだしたしようだ。

 しかし、ルイズの中にあるのは女王への忠誠心だけではない。まんまとしてやられたことで、子供時代に張り合った記憶がまじまじと蘇ってきて、ルイズは怒りで震えながらつぶやいた。

「ふ、ふふ……女王になったからと思ってこれまで自重していたけど、そっちがその気ならこっちもその気にならせてもらいますわね」

「ル、ルイズ?」

 突然殺気を放ち始めたルイズに、モンモランシーやベアトリスは怯えて後ずさった。そのとき才人は、「あ、ヤベ」と思って適切な距離を置いたが、それができなかったモンモランシーとベアトリスはむんずとルイズに肩を掴まれていた。

「あんたたちも付き合いなさい。あの高慢な女狐に目にもの見せてやるんだから!」

「ル、ルイズ、女王陛下に対してなんて不敬な。てかあなた目が座ってるわよ」

「いいのよ、あの女の王冠の下にはドス黒いものが渦巻いているんだから。ここで黙っていたら次はどんな無茶苦茶を押し付けてくることか。だから先手をとって、この舞踏会で一泡吹かせてやるのよ。あんたたちも被害者なんだから手を貸しなさい! 売られたケンカは必ず買うのを貴族というのよ!」

「そんなルール聞いたことないわよ!」

 女王に仕返しをするという耳を疑うような計画に動揺するモンモランシーだったが、何かにキレて目を吊り上がらせたルイズは拒否権などないというふうに肩を捕まえてくる。

 アンリエッタの挑発に、ルイズもすっかり子供の頃のおてんば娘に返っていた。そして、ベアトリスもまたルイズから逃げられないでいた。

「あなたも協力するわよね? 温泉の時に同志だって誓い合った仲だものね?」

「すみません先輩、もう帰らせてください! やっぱり名誉よりなによりも命が惜しいです!」

「貴族が命を惜しんでるんじゃないわよ。心配しなくても、弱いものいじめよりずっと楽しいから病みつきになるわよ、強いものいじめってのはね」

「いやああ! エーコ、ビーコ、シーコ、助けてぇぇ!」

 ツインテールを振り乱しながら泣き叫ぶベアトリスに、彼女の忠実な僕である三人の娘も助けたいのはやまやまだけども絶対に助けられないことを本能的に悟って身をこわばらせていた。もちろん、その後おろおろしていた三人もルイズに捕まったのは言うまでもない。

 そんな彼女たちの様子を才人は「おお、美少女同士がくんずほぐれず!」と言って興奮し、キュルケは「なにかおもしろいことになってきたわね」と意地悪そうに見ていた。

 

 そして、諸悪の根源であるアンリエッタ女王はといえば、ルイズたちと別れた後に、またやってくる来賓の車列をテラスから楽しげに見下ろしていた。

「うふふ、皆さま続々といらっしゃいますわ。今年のエルムネイヤの舞踏会は、とても楽しいものになりそうですわね」

 王冠をかぶった髪の下の瞳を子供のように輝かせながら、アンリエッタはつぶやいた。

 日頃退屈な国政行事に飽き飽きしているアンリエッタにとって、前々から楽しみにしてきた数少ないイベントのひとつがこの舞踏会だった。なにせ仮装舞踏会だから女王の立場を気にせずに好きにふるまうことができる。去年まではそれも形式だけだったが、今回は本当に無礼講にするために手は打った。

 それに、アンリエッタにとってそれよりも楽しみなことが今日にはある。そのことを想像して、いわゆるルンルン気分でいるアンリエッタに傍らから声がかかった。

「ふふ、なにせ今日はアルビオンからウェールズ閣下がいらっしゃるものですものね。せっかくのご夫婦ですのに、それぞれの国の国王と女王なのでなかなかいっしょにいれないそのお気持ち、わかりますわ」

「ええ、ミス・ルビアナ。女王なんて本当に退屈。でも、もう少し落ち着きませんと、もしものことがあったときに大変ですものね。それまでは会える機会を大事にしないといけませんわ」

 トリステインとアルビオンは一見平和に見えるが、その内面にはまだ不安定な要素が残っている。今すぐ反乱を起こそうなどという馬鹿はいなくとも、自分の欲望のために国を弱体化させようという輩は尽きることはない。今は二国の王と女王が婚姻したという関係と、二人の強いリーダーシップで抑え込んでいるが、逆に言えば二人がいなくては成り立たないということだ。

 よって、二人が今おこなっていることは仲間を増やすことだ。といっても、古い貴族たちではなく、これからの世代を担える若い者たちだ。旧世代は滅びゆくが新世代はこれから立つ。この舞踏会の改革もその一環で、そのために自分も常に若々しい心を保っていようと心掛けている……というのはほとんど建前だが。

「ふふ、本当に女王陛下とウェールズ様は仲がおよろしいんですのね、うらやましいですわ」

「あら、ミス・ルビアナにもお気になっている殿方がいらっしゃるのでしょう?」

 そう返すと、ルビアナはぽっと顔を赤らめた。

「ええ、残念ながらわたくしの片思いですけれどもね。でも、恋っていいものですわね。思いが届かなくても、思うだけでも幸せになれますもの」

「純粋なのですわね。わたくしなら、思う人が自分のものにならないなら、どんなことをしてしまうかわかりませんわ」

 可憐な中に、ややすごみを感じさせる様子でアンリエッタは言った。彼女は清純に見えて、こと欲しいものを手に入れることに関しては手段を選ばないところがある。以前にトリステイン軍を引き連れて無理矢理アルビオンに乗り込んだときが最たるものである。あのルイズも独占欲の強いほうであるが、ことアンリエッタの前となると後ずさるところがあった。

 しかし、ルビアナはそんなアンリエッタを否定することなくうなづいた。

「女王陛下は情熱豊かなお方。わたくしも陛下のように情熱的な殿方に愛されてみたいですわ」

「あら? ミス・ルビアナほどのお人なら、殿方からは引く手数多なのではありませんか?」

「いいえ、わたくしにだって好みというものがありますわ。わたくしの憧れるのは、優しくて情熱的で正直なお方……そう」

「ミスタ・グラモンですね」

 そう指摘されると、ルビアナは恥ずかしそうに頭を垂れた。

「少しわかりますわ。彼はウェールズ様のような方とはまるで違いますけど、明るくて奔放で、それでいて自由で……わたくしたちにはないものを持っていますわ」

「ええ、でもいつかはあの方も大人になって自由でいられない日が来る。ですから私は、あの方を束縛したくはないのです」

「身分とはつまらないものですものね。玉座の風景など、裸足で駆け回る野々原の風景に比べたらどれほどの面白みがあるというのでしょう」

「でも、野々原を駆けまわる子供たちを守ることはできる。そのためにあなたは女王をやっているのでしょう?」

 ルビアナの言葉に、アンリエッタは照れくさそうにうなづいた。

「お見通しですのね。わたくしにはお祖父さまやお父様のような手腕はありませんが、それでもこんなわたくしに期待をよせてくださっている方々がおりますから……でも、それを言うならミス・ルビアナもそうでは?」

「ええ、あのルビティアの地は私のお父様が愛した土地です。そして、私もあの地で生きる人たちが好きです。あの方たちの笑顔を守れるなら、なにをしてもよいですわ」

 閉じた目をあげて陽光に白い肌を晒すルビアナの横顔は、どこまでも優しく美しかった。

「女王として、ミス・ルビアナからはいろいろ学ばせてもらいたいものです。でも、せめて今日はつまらないことを忘れて舞踏会を楽しんでいってください。きっとすてきな思い出ができますわ」

 アンリエッタはこのエルムネイヤの舞踏会に思い出があった。何年か前に開催されたとき、ウェールズと「互いに相手を見つけ合って、先に見つけたほうがなんでもひとつ言うことを聞かせられる」というゲームをしたのである。その結果がどうなったかについては、当の二人以外に知る者はいない。

 もっとも、そんな無邪気な思い出のころのままならよかったけれど、今のアンリエッタは当時よりもいろいろとたくましくなっていた。

「ふふ、本当にきっと楽しいことが起きますわよ。そのためにわざわざルイズを呼び寄せたんですから」

 アンリエッタが、ルイズの顔を思い出しながら愉快そうにつぶやくと、ルビアナも共感して微笑んだ。

「本当に女王陛下はお人が悪いんですから。あまり困らせるとミス・ヴァリエールがかわいそうですわよ」

「ルイズはいいんですわよ。昔からケーキでもお人形でもわたくしと取り合ってきた仲なんですから。きっと今ごろはどうやって仕返しをしようかと考えてるに違いないです。それを言うのなら、ミス・ルビアナもミスタ・グラモンのびっくりしたお顔を見てずいぶん楽しそうだったではありませんか」

「ふふ、好きな人だから困らせてみたいというではありませんか。わたくしも久しぶりに子供の頃を思い出して楽しかったですわ」 

「ミス・ルビアナの幼少の頃ですか。きっと、珠のように可愛らしい姫ぎみだったのでしょうね。そう、そういえば」

 そこでアンリエッタは表情を引き締めてルビアナに言った。

「ミス・ルビアナ、トリステインの孤児養護施設への援助、ありがとうございます。教会のほうから、ぜひにお礼をと報告が入っておりますわ」

「まあ、お礼などよろしいですのに。少しばかりのお金を寄付しただけで、わたくしは何もしておりませんわ」

「いえ、そのお金が大切なのです。子供というのは様々なことにお金がかかるものだそうで、とても助かったと聞いております」

 アンリエッタの心からの謝意はルビアナの心にしみじみと伝わった。トリステインも豊かになってきているとはいえ、財力には限りがあるし、ひとつ箇所だけをひいきにするわけにもいかない。有志の助力はとてもありがたかった。

「それはなによりです。昔はルビティアも身寄りのない子供が多かったもので、少しでもそうした子供が減ってくれるようにと願っての寄付でしたが、お役に立てたようでうれしいですわ」

「ミス・ルビアナは、本当にお優しい方なのですね」

「いいえ、わたくしはわたくしの目に入るところだけを救おうとしているだけですわ。この世界には、もっとたくさんの不幸な子供たちがいることでしょうけれど、見知らぬところで苦しむ人がいても、それに心を痛められるほど、わたくしは心が広くはないのです」

 悲しそうに顔を伏せるルビアナに、アンリエッタは優しく声をかけた。

「もし、この世のすべての人に慈悲を注げる人がいたとしたら、それは聖人ですらない怪物でしょうね。わたしたちは、人間としてやれる範囲でやればいいと思います。そうでなければ、壊れてしまいますよ」

「……そうですね。女王陛下の言う通りですわ」

「ふふ、ミス・ルビアナにはやっぱり笑顔のほうが似合いますわ。では、そろそろわたしたちも支度に参りましょうか。わたくしはウェールズ様といっしょに後から参りますから、ミス・ルビアナは先に仮装してお待ちくださいませ」

「ええ、では、また後で……」

 まるで昔からの友人の様に親しげにあいさつをかわして、二人はそれぞれの仮装をするために別れた。

 

 

 一方そのころルイズたちも、会場となるダンスホールへ向かって広い宮殿の中を歩いていた。

「王宮の中もずいぶん変わっちゃったものね」

 ルイズが感慨深そうにつぶやいた。バム星人のせいで炎上して以来、事あるごとに修復や改築を繰り返した結果、王宮の構造は数年前とは大きく違っていた。それはもう、新しく別の王宮を作り直したと言っても過言ではないほどの改築ぶりで、例えるならば毎年のように壊されては再建されるたびに高さが上下していた東京タワーみたいなものである。

 とにかく怪獣に壊される建物というものは修復速度がなぜかとてつもなく早い。防衛隊の基地に怪獣や宇宙人が攻め込んで派手に暴れても一週間もすれば何事もなかったかのようになっているくらいは当たり前で、東京なんか何回灰燼に帰したか数えきれないほどだ。

 まあそれはともかくとして、道順を尋ねながらもルイズたちは新築ぽい王宮の中を物珍しそうにしながら進んだ。この頃になると、モンモランシーやベアトリスもなかば諦めてついてきており、どうやってアンリエッタに仕返しをしようかと暗い笑みを浮かべているルイズの後姿をため息をつきながら見ていた。

 しかし、建物は変わっても人間は変わることはない。一行は途中で、会場の警備に当たると思われる銃士隊の一団の横を通った。その際、アニエスの姿も見つけて才人が声をかけたが、「今は仕事中だ」ときつい目で睨まれてしまった。

 ほかにもよく見ると、見知った顔がちらほらと目につく。マザリーニ枢機卿が不健康そうな顔で不安そうに役人たちから報告を受けているし、庭に目をやればド・ゼッサール殿のマンティコア隊が空からの侵入者に対して目を光らせている。

 つまりそれは枢機卿ほどの人が緊張でやせこけ、マンティコア隊が総出で護衛につくほどのイベントだということだ。それをおもちゃにしようというアンリエッタの度胸もすごいが、そこに参加できるのはやはりたいへんな名誉なのだと一行は誇りに思い出し、その先頭を肩を怒らせて歩くルイズの胸中は自信で満ち溢れていた。

「ふふん、見てなさい腹黒女王。小さい頃にあなたにさんざんほえ面かかせた相手が誰だったか、はっきり思い出させてあげるわ。それにエレオノールお姉さまにお母様にも、ルイズがもう一人前の貴族だって証明してあげるんだから」

 ルイズの思い浮かべるビジョンの中には、舞踏会の中で女王を抑えて燦然と輝いて注目を集める自分の姿がありありと浮かんでいた。

 城についた時こそ緊張でガチガチになっていたけれど、アンリエッタにだけは負けたくないという思いがルイズの自尊心を高ぶらせていた。

 あの女王にできることがわたしにできないはずがないわ。トリステインで一番の美少女はアンリエッタ女王ではなく、このルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様なんだってことを思い知らせてあげる。と、ルイズは女王への忠誠心を記憶の井戸の底に放り投げて思った。

 ……もっとも、その直後にすれ違った女王の護衛隊の先頭に立つ鉄仮面の騎士に、仮面の下からちらりと睨まれると一瞬にして心臓を凍らせたが。

「ああああ、もうダメだわ。お母様があの目をしてたら必ずおしおきされるわ、殺されるわ。きっと火あぶりにされたあとで竜巻に放りあげられて宇宙遊泳させられてから砂に埋められたところにワニをけしかけられて血の海に沈められるんだわぁ」

「なにその地獄のフルコースメニューは……?」

 恐怖のあまりとんでもない妄想をしているルイズにモンモランシーやキュルケがドン引きしているが、全部実際にやられたことだと聴いてさらにドン引きした。さらに今が冬だったら新雪に埋められて氷付けにされるコースもあるという。

 けれど、ルイズの家庭の事情はともかくとして、賑やかな雰囲気を感じているとだんだんとわくわくしてきた。これは仮装舞踏会であるから、閉会まで誰が誰だか知られる心配はない。それでは多くの貴賓を呼ぶ意味があるのかと思われるが、相手が誰だかわからないからこそ、誰にでも礼儀正しくできる気品が求められ、かつ身分によるしがらみを忘れられるのだ。

 ただし、相手の正体を聞くのはだめだが、自分から名乗ることは許される。この時がお互いに貴族としての礼節をもっとも試されるときであり、格下ながら堂々とした態度で勇名を覇す者もいれば、相手が格下とわかったとたんに尊大な態度に出て評判を落とす者など様々いる。まさしくハイリスク・ハイリターンであり、名乗らずに終わる者も多い。しかし、舞踏会での印象が良ければ身分によらずに好印象を相手に与えられるこのチャンスを狙う者もまた少なくはない。

 そしてこの先の更衣室で仮装の支度をすることになる。学院でおこなわれるスレイプニィルの舞踏会では『真実の鏡』というマジックアイテムを使って仮装するが、こちらではフェイス・チェンジの魔法を応用した特別なネックレスを使う。これを下げると、顔つきや髪の色まで変わってしまうために、見た目ではまず見破られることはない。

 ただし、スーツやドレスのコーディネートや化粧は変わらないため、仮装した後の身だしなみは本人のたしなみがものをいうのである。参加者は二人一組で更衣室に入って、出てきたときには魔法で仮装して誰が誰だかわからなくなる。貴族ではない才人が入れるのはここまでだ。 

 二人一組のペアで仮装の支度をする意味もちゃんとある。万一途中で正体がバレることを防ぐために従者の立ち入りも禁止されるけれど、その相手にだけは自分が誰なのかを知っていてもらえる。つまり、もし何かあってもその相手に助けを求められるようにとの配慮だった。

 だが、ここで問題が出た。男子は才人を除いて偶数でちょうどよかったが、女子はペアにすると一人余ってしまうのである。

 特に、モンモランシーが問題だった。ルイズやベアトリスと違ってモンモランシーの髪型はいわゆる縦ロールという独特の形をしているので、そのままだと顔が変わっても簡単にモンモランシーだとばれてしまうだろう。それを防ぐには丁寧なセットが必要なのだが、これをいったん解いて別の髪型にセットし直すとすれば大きな手間と技術が必要になる。いつもならばモンモランシーが自分でセットしているが、滅多に別の髪型にはしないために髪にくせがついてしまっていて、髪型そのものまで変えるなら誰かの手助けがないととても舞踏会の開幕までに間に合わない。

 ルイズやベアトリスにはとても無理で、キュルケでも、「髪を痛めずにセットしなおすのは難しいわね」と難色を示し、困り果ててしまった。

「みんな、ごめんなさい。わたしは帰るから、みんなで舞踏会を楽しんできて……」

「な、なにを言うんだいモンモランシー! 君がいない舞踏会に、どうしてぼくが出られるんだ。髪のセットの手伝いならぼくにだって!」

「ギーシュ、あなた女子更衣室に入るつもり?」

 さすがに冷たい眼差しで睨みつけられ、ギーシュも口ごもる。それに、勢いで言ってしまっただけで、ギーシュに女性の髪のセットなどというデリケートな作業ができるわけがない。

 ペアのルールを調べてこなかったのは落ち度だった。それにモンモランシーも、自分が特徴的な髪形をしていることを忘れていたのはまずかった。無理に解いて形を変えればデリケートな女性の髪に深刻な痛みを与えてしまいかねない。

 しかし、そこに静かな足といっしょに救いの女神がやってきてくれた。

「あら、皆さま方?」

 そこに現れたのはルビアナだった。なぜ唐突にここに現れたかというと、彼女も招待客のひとりだからというわけで、連れがおらず一人で仮装をするつもりだったという彼女は、モンモランシーのことを聞くと快くペアを請け負ってくれた。

 そして、難題が片付くと、後は仮装に入るだけである。再び意気揚々としたルイズたち一行はドキドキしながら招待状と引き換えに更衣室のカギを案内の役人から受け取り、更衣室のドアに手をかけた。

「じゃあサイト、おとなしく待ってるのよ」

「はいはい、どっかのバカ貴族におだてられて舞い上がるなよ」

「バカね、一流の貴族はどんな時でもうろたえないのよ。むしろ、このルイズ様の高貴な雰囲気に虜になる貴族がかわいそうね」

 と、まっ平らな胸を張りつつ似合わない高笑いをするルイズを見て、才人やキュルケは、さっきまでガチガチに緊張してたり恐怖に震え上がってたのは誰だと内心で呆れ返った。

 都合の悪いことはきれいさっぱり忘れてしまえるのがルイズのいいところかもしれない。かと思えばつまらないことでいじいじしたりもするし、前向きなのか後ろ向きなのかわからない。

 いや、ただ単純で空気に流されやすいだけだな。才人は割とひどいことを思ったが、そういうタイプはもう一人。

「諸君! さきほどの女王陛下のお話は聞いたな? 恐れ多くも百合のように可憐な女王陛下が、この舞踏会には参加されるという。そして、我々のような下せんな身でも女王陛下と踊れるチャンスという素晴らしい恩賞をお与えくださった。このお気遣いに応えなくては臣下の名折れ。誰がその名誉に預かるかわからないが、今日を水精霊騎士隊の決戦だと思いたまえ!」

 相も変わらず薔薇の杖を掲げてきざったらしく語るギーシュの姿は、才人にはもう見慣れたものだった。それにしてもギーシュの台詞のボキャブラリーが貧困なのは知っているが、水精霊騎士隊にはいったい何十回『決戦』やら『正念場』やらあるのだろうか?

 そしてその一方で、どさくさに紛れて逃げ出そうとしていたベアトリスだったが、ルイズにあっさり首根っこを摑まえられていた。

「どこいくの? 女王陛下への礼節を先輩直々に教えてあげるんだから逃げちゃダメよ」

「いやーっ! クルデンホルフ家がお取り潰しになりますーっ! 帰らせてーっ!」

 ルイズは嫌がるベアトリスを引きずって入っていき、やれやれと言った感じでキュルケはエーコと、ビーコはシーコと入って行った。続いてギーシュたちも適当に連れだって更衣室に入っていく。

「また後で会おうぜ」

「会ってもわからねえけどな」

「正体を聞いたらダメなルールを忘れるなよ」

 賑やかな面々がドアの向こうに去ると、あたりは急にしんとして、才人は「終わるまで散歩でもしてっかな」と踵を返した。

 

 しかし、それぞれの更衣室では中で激戦が繰り広げられていたのである。

「痛い痛い痛いです先輩! 髪が抜けちゃう、そんなに引っ張らないでください!」

「おっかしいわねえ、三つ編みってこうこうしてこうすればいいんじゃなかったかしら?」

 壊滅的に不器用なルイズに髪のセットをされているベアトリスが泣き叫んでいる隣の部屋で、ギーシュも水精霊騎士隊の少年のひとりともめていた。

「ギーシュ隊長、もっとまともな服はないのかよ? こんなド派手なの着ていったら大恥かいちまうぜ!」

「なにを言っているのかね? これはぼくが今日のために選び抜いた究極のタキシードなのだよ。舞踏会ではまず注目を集めなければいけないじゃないか!」

「バカ言うな! こんなヒラヒラゴテゴテしたの着ていったら注目どころかドン引きされて誰も踊ってくれねーよ!」

 こういう具合で、舞踏会に参加する以前で無茶苦茶なことになっていた。舞踏会は日暮れと共に始められるのでまだ時間はあるけれど、こんな調子で間に合うのだろうか非常に不安なものである。

 しかし、静かに粛々と支度を整えているペアもいる。モンモランシーは化粧台の前に座って、後ろに立つルビアナに髪を解かしてもらっていた。

「モンモランシーさんは髪がきれいね。うらやましいわ」

 ルビアナの握るブラシが丁寧にモンモランシーの縦ロールを解かして寝かせていく。その手つきはとても優しく繊細で、プロの美容師にもひけをとらないだろう。

 このまま眠ってしまいたいほどの心地よさを感じながら、鏡ごしにそれを見ているモンモランシーは羨望と少しの嫉妬を覚えていた。

”どうしてこんなすごい人がギーシュなんかを好きになったんだろう……”

 自分には、とてもこんな繊細に髪を扱うことなんてできない。それだけで、ルビアナが女性として高いスキルを持っているのだとわかる。にもかかわらず、どうしてあんなバカで浮気性な奴を好きになったのかわからない。

「ねえ、ルビアナさんはどうしてギーシュを好きになったんですか? あいつ、今でも節操なく下級生に手を出すし、バカでお調子者でスケベで服の趣味は悪くてきざで間抜けで……ルビアナさんだったら、もっと立派な殿方をいくらでも見つけられるでしょう?」

 思いきって、一息にモンモランシーは訊ねてみた。我ながら、よくもまあ好きな男の欠点ばかり一気にあげられるものだと思う。しかしルビアナは笑わずに答えてくれた。

「モンモランシーさんは、ギーシュさまのことをなんでも知っていらっしゃるのですね」

「な、なんでもって、あいつは底の浅いバカだから簡単に全部わかっちゃうだけよ」

「でも、浅くてもとても広い器を持った方ですわ。そして、これから大人になろうとしていますが、少年の自由な心も忘れない方。私にはそれがとても眩しく見えているのですよ」

 しみじみと語るルビアナに、モンモランシーは”なによ、ルビアナさんだってギーシュのことしっかり見てるんじゃないの”と、劣等感を強くした。

 この人にはとても勝てない。家柄や美貌だけでなく、気品や知性、貴族としても女性としても、なんの才能をとっても一つとして勝てる気がしない。ギーシュだって、貧乏貴族の娘の自分なんかよりルビアナといっしょになったほうが幸せに違いないと思う。

 そう思うと、悔しさを通り越して悲しくなったモンモランシーは、思わず口に出していた。

「ねえ、ルビアナさん。もしわたしがギーシュのことを諦めたら、どうする?」

 そう訊ねると、ルビアナは髪をセットする手を止めて、モンモランシーの肩に手を置いた。

「そうですわね。モンモランシーさんがいなくなれば、ギーシュさまは私のもの。それもいいかもしれませんわね……」

 それはこれまで聞いたこともないほど凄みのきいた声で、モンモランシーは思わず体を震わせた。

「ル、ルビアナさん?」

 しかし答えはなく、肩に置かれた手がじわじわと首に近づいてくる。

”まさか、たとえばで言っただけなのに本気にしてないよね! ね!”

 だが問い返すにも喉が固まって声が出ず、体が凍ってしまって鏡を見ることも振り返ることもできない。

 そして、涙目になって震えるモンモランシーの喉にルビアナの手がかかろうとしたとき……。

「なーんて、冗談ですよ」

 笑った声とともに、ルビアナはモンモランシーの肩に顔を乗せてきた。

 モンモランシーがほっとしながら振り返ると、そこにはルビアナが優しい顔を見せていた。そのままルビアナはゆっくりと話し始める。

「モンモランシーさんがいなくなっても、ギーシュさまは悲しむだけ。ギーシュさまの心が私に向くことはありません。むしろ、ずっとモンモランシーさんを思い続けてつらいだけ。なんの意味もありませんわ」

「そんな! あいつは可愛い女の子を見つければすぐ口説こうとするし、わたしなんてそのうちの一人に過ぎないのに」

 自信をなくしてモンモランシーはルイズのようにうじうじとなっていた。そんな彼女に、ルビアナは言う。

「それでは聞きますが、ギーシュさまはその方々に自分と結婚して赤ちゃんを産んで欲しい、とまで考えていたのでしょうか?」

「えっ!?」

 いきなり飛躍した問いかけをしてくるルビアナに、モンモランシーの顔が赤くなる。

「そ、それは……あいつが、そんな深くまで考えてるわけないわ」

「ではギーシュさまに口説かれた人たちは、ギーシュさまと結婚して赤ちゃんを産んでもいい、と考えていたでしょうか?」

「それは……そこまでは、誰も考えてないと思う」

 当然である。いちいち男子に声をかけられるたびに、そこまで想定する女はいない。せいぜい結婚までで、その先など考えない。

「ではモンモランシーさんは、ギーシュさまと結婚して赤ちゃんを産んであげてもいい、と思っていますか?」

「……」

 そばかすまで染まるほどに顔を真っ赤にしての沈黙が、なによりの肯定の答えだった。

 ルビアナはにこりと笑うと、モンモランシーに言う。

「それが答えですわ。あなたのその覚悟に届くほどの思いを、誰も持ってはいません。それはいつか風化して消える遊び、永遠には続きません。あなただけが違う。だからあなただけが残る。もっと自信を持ってください。モンモランシーさんは間違いなく、ギーシュさまにとっての特別なのですよ」

「じゃあ、ルビアナさんはどうなの? ギーシュの赤ちゃんを産んでもいいと思ってるの?」

「喜んで。でも、ギーシュさまは私をそこまでは思ってくれてはいません。残念ですが、モンモランシーさんには勝てませんわ」

 モンモランシーは赤面しながら、本当に大人と子供の差があるなと思った。美しくて優しいだけじゃなくて、恋敵をこんなに応援する勇気や強さまで持っていて……自分にはとてもできない。

”理想のレディって、こんな人を言うんでしょうね”

 魅力的な女性ならアンリエッタ女王をはじめ、いろんな人を知っている。しかしルビアナのように、姉のような母のような、そんな深く広い慈愛の心を持った人はいなかった。

「ほんと、ギーシュなんかにルビアナさんはもったいないわ」

「いいえ、ギーシュさまはとても大きな夢をお持ちの方。水精霊騎士隊を世界一の騎士隊にしたいという夢を。あの方ならきっと、いつか成し遂げてくれますわ。モンモランシーさんには、夢はおありなのですか?」

「わたし、わたしの夢は……」

 言われてみれば、夢と呼べるものはなかったかもしれない。いや、いつか自立して香水のブランドを立ち上げたいと思いはしているけれど、それはまだ夢とさえ呼べない夢想かもしれない。

”そっか……ギーシュは夢を持っているだけでも、わたしより前を歩いてるんだ”

 あんな奴でも、夢を持って前進している。それに比べて自分はどうだろう? 悔しい。

「ルビアナさんには、夢はあるんですか?」

 答えられなかったので、思わず聞き返していた。するとルビアナはふっと微笑んで。

「お嫁さんになりたい……と、言ったらおかしいですか?」

「え?」

「心から愛し合える殿方と結ばれて、お腹を痛め、家庭を作り、家族でいっしょに生きていく。そんな人生を送ってみたい。それが私の夢ですわ」

 それは、一国の政治を動かすこともできる大貴族としてはあまりにささやかな夢で、モンモランシーはすぐに答えることができなかった。

 けれど、ルビアナの少し寂しそうな顔を見て、彼女は気がついた。そうか、この人は女性として自由な恋愛をするには大きなものを持ちすぎている。だから、同じ境遇の女王陛下と引かれあったんだ。

「すてきな夢だと思います。きっとルビアナさんなら、世界一すてきな花嫁になれますよ」

「ありがとう、モンモランシーさん。ギーシュさまとの結婚式には是非呼んでくださいね」

「う、あ、はい」

 ギーシュとの結婚式を想像して、また赤くなるモンモランシーであった。

 そんなモンモランシーを見て、ルビアナは再び優しく笑う。

「さあ、支度を続けましょう。早くしないと舞踏会が始まってしまいますよ」

「あ、は、はい!」

 すっかり忘れていたモンモランシーは、せっかくの舞台に遅刻したら大変と、気を引き締めて鏡に向かった。

 肩には、ルビアナのつけている香水が残り、ほのかな香りを漂わせている。その香りを嗅いで、『香水』の二つ名を持つモンモランシーは思った。

”淑やかで、とってもいい香り……どこのブランドかしら? もしかしてルビアナさんのオリジナルかも……いいなあ、わたしもいつかこんな香水を作ってみたい。あれ? でもこの香り、最近どこかで嗅いだような……どこだったかしら……”

 モンモランシーは思い出そうとしたが、髪をセットしてくれるルビアナの手がとても心地よくて、しだいにどうでもよくなっていった。

 やがて二人は化粧とドレスの着合わせを終え、フェイスチェンジの魔法のかかったネックレスを下げた。すると、ふっと二人の姿が映画のシーンを切り越えるように変化した。

「わあ」

「あらあら」

 目を開けると、モンモランシーはそばかすがすっかり消えて、きりっとした学者風な姿に。ルビアナは逆に童顔の容姿となっていた。

 これなら、たとえ家族でも本人と気づくことはできないだろう。世の中にはたいした魔法があるものだと感心するが、巷に流れれば盛大に悪用されるだろうから普段は厳重に管理されているのだろうと想像できる。

「さあ行きましょうか。もし私になにか困ったことがあったら助けてくださいね」

「ルビアナさんが困るようなことがあったらわたしじゃ手に負えないと思います。それより、わたしは急いでギーシュを探しますから、あいつが馬鹿やったときに助けてくださいね」

 まるで姉を頼るようにすがると、ルビアナは優しくうなづいてくれた。

 そしてカーテンをくぐってダンスホールに入ると、そこはきらびやかな別世界であった。楽団が美しい音楽を奏で、すでに入場していた数十人の男女が軽やかに踊っていた。

 あの中にギーシュやベアトリスたちもいるだろうか? いや、それを探るのがこの仮装舞踏会の醍醐味なのだ。

 素晴らしい時間がこれから始まる。きっとアクシデントもあるだろうけど、最後には楽しい思い出が残るだろうと、二人はその世界に足を踏み入れていった。

 

 

 しかし、舞踏会の賑やかさを一歩離れた会場の外では、しんとした中でのんびりした空気が流れていた。

「ふわーぁ」

 通路を歩きながら才人は大きなあくびをした。

 舞踏会が始まってみれば、城内は嘘のように静まり返っていた。才人もできればルイズと踊りたかったし、ルイズが自分以外の誰かと踊ることになるのはしゃくに触ったが、そこまで聞き分け悪くできるほど才人ももう貴族の常識を知らないわけではなかった。

 それにあの女王様のことだ。どうせ何かにつけてルイズをおもちゃにしようとするに違いない。ルイズには悪いがとばっちりはごめんだ。

「腹減ったなあ」

 従者に対してはもてなしがあるわけではないので、才人は腹を空かせていた。まったく、お付きは自分の食べるものは自分で持ち込みなどと、貴族も意外とケチなんだからなと愚痴りながらも、銃士隊の屯所で干し肉でももらおうかと向かうと、そこで聞き捨てならない話を聞かされた。

「ミシェルさんが、戻らない?」

「ええ、二週間ほど前にある特命を受けて出かけたんだが、いまだに何の連絡もないのよ。副長のことだから心配ないと思うんだけど……」

 待機していた隊員の一人がそう教えてくれた。

 才人は、まずいことを頼んでしまったかなと後悔した。宇宙人が絡んでいる以上、自分でなんとかするべきだったかもしれない。

 舞踏会が終わったらアニエスさんにも相談してみよう。そう考えるとじっとしておれず、才人はうろうろと城内を歩き回った。

 普通なら、王宮の中を平民が一人で歩いていたら牢屋ものである。しかし才人は銃士隊の準隊員のような扱いであるし、戸籍上は銃士隊隊長アニエスと副長ミシェルの身内である。ヴァリエール家息女の従者という名目上の立場を含めても、かなりの特権持ちと言えた。

 もっとも、当の才人は自分の身分の特殊さについて何の興味も抱いておらず、いつもどおりにアホ面を下げて深く考えずに歩いているだけである。

「早く帰ってシエスタの料理を食いてえなあ」

 そんなことも思いながらダンスホールの近くまで戻ってきたときである。従者の控え室のひとつから、暴れるような物音といっしょに悲鳴のような叫びが聞こえてきた。

「おい、そっちを持ってくれ! くそっ、おとなしくしろ」

「もう、お嬢様がいないとすぐこれなんだから! お願いだから暴れないでっス」

 なんだなんだ? と、才人が駆けつけると、そこでは二人組の若い男女が暴れているなにかを必死に捕まえようとしている姿があった。

「どうしたんですか? うわっ、エレキング!?」

 そこで暴れていたのは、子犬ほどのサイズのエレキングの幼体だった。

 捕まえようとしているのはルビアナの従者で、、ルビアナがド・オルニエールで保護した奴がいることを忘れていた。才人はそのままお人よしにも助けに入ると、さっとエレキングの逃げ道に立ちはだかって通せんぼした。

「大丈夫ですか? 手伝いますよ」

「ああ、あなたはミス・ヴァリエールのところの! ですが、こいつは触るとしびれさせてくるんで危ないッスよ」

 若い女のほうが助太刀に感謝しつつも妙な口調でそう教えてくれた。エレキングは幼体でもかなりの放電能力があり、CREW GUYSのマスコットキャラであるリムエレキングでさえ人間を気絶させるくらいのパワーは持っている。よく見たら二人ともゴム手袋のようなものをはめていた。

 才人も、エレキングの電撃の怖さは知っていたが、かといって引っ込むのもカッコ悪い。すると、背中のデルフがやれやれといった様子で教えてくれた。

「周りをよく見ろよ。そっちに予備の手袋が置いてあるだろ」

 はっとして見ると、確かに予備のゴム手袋が置いてあった。それを急いではめると、才人は暴れているエレキングに飛びかかっていった。

「このっ、おとなしくしやがれっ!」

 才人もなかなか体は鍛えているほうだが、エレキングの力はさすが小さくても怪獣で、才人が加わってもなかなか押さえつけることができなかった。

 だがそれにしても、こいつはこんなに凶暴だったかと才人は思った。そういえば、以前に見た時よりも少し大きくなっている気がする。いや、のんびり考えている暇はない。才人はなんとか隙を見てエレキングの尻尾を掴むことに成功した。

「ようし、これでもう暴れられないぞ!」

 いくらエレキングでも、三人がかりで押さえつけられたらもう動けなかった。そのまま三人はエレキングを絶縁体のガラスでできた檻の中になんとか放り込んで、ほっと息をついた。

「いやあ助かりました。お嬢様がいない間の世話を頼まれてたんですけど、こいつなかなか凶暴で。あなたは確か水精霊騎士隊のサイトーラさんでしたっけ?」

「サイトっす」

 日本人の名前はトリステイン人には発音しにくいのはわかっているが、なんだその怪獣みたいな名前はと才人は思いながら訂正した。

 それと、妙な口調が移ってしまった。もう一人の若い女のほうが、ポリポリ頭をかきながら謝ってきた。

「いやーごめんなさいっス。自分、最近やっとお嬢様のお付をさせてもらえるようになったんスけど、うっかり檻の鍵を開けちゃって。ほんとすまんかったっス」

「いや、別にいいですよ。それより大変な仕事ですね、まだお若いのにすごいです」

 見る限り、女のほうは才人より若そうだった。中学生くらいとまではいかないが、才人より少し背が低くて、八重歯が目立つ活発そうな田舎娘といった感じである。

 それに性格も純朴なようで、才人に褒められると照れくさそうに笑いながら答えた。

「いいえ、お嬢様のおそばにいられるなら苦労なんかへっちゃらっス。自分みたいなドジのノロマをちっさいときからかわいがってくれたのはお嬢様っス。ご恩返しができるなら、自分なんでもやるっスよ!」

 元気よく答えるその姿に、才人はルビアナが従者もとても大切にしているのだなと思った。

 まったく、その百分の一でいいからルイズも自分に優しくしてほしいもんだ。世の中不公平であると才人は思った。

「じゃあおれは行きますけど、お仕事がんばってください。あ、えーと……」

「あ、自分ラピスっス!」

「ぼくはジオルデです。よろしくお願いします」

 あいさつをかわし、才人は二人の従者の邪魔になってはいけないと去ろうとした。

 しかし、踵を返しかけたところで、才人はラピスが首から下げているペンダントに視線が吸い込まれて立ち止まった。

「すみません……そのペンダント、えっと、きれいですね、どこで買われたんですか?」

「あっ、これっスか? 最近うちのうちゅ……いや屋敷に住み込みしてる人からもらったんス。あー、なんスかなんスか、彼女へのプレゼントでも考えてるんスか?」

 ラピスは調子よく聞いてくるが、才人はそれどころではなかった。

 なぜなら、そのペンダントはそっくりだったからである。以前、才人がミシェルにプレゼントして、ミシェルが肌身離さず身に着けているものと。

「ちょっと、見せてもらえますか?」

 まさか、と思いながらも才人は無視できなかった。似たデザインのペンダントなど世間にごまんとあるだろう。しかし、そのペンダントの形や鎖の種類は自分の記憶にあるものと完全に一致する。

「いいっスよ。でも壊さないでくださいね」

 意外にも簡単にラピスはペンダントを手渡してくれた。

 緊張での手の震えを抑えながら受け取った才人は、爪を立ててロケットの部分を開けてみた。普通なら、家族の絵などを入れておく部分は空で、銀の土台だけが覗いている。

 ただし、このロケットには才人とミシェルしか知らない秘密がある。もしものときのためにミシェルが土の魔法で細工して、土台の部分も薄い蓋になっているのだ。

 爪を立てると、やはり二重底の蓋が外れた。その下からは一枚の紙片が出てきて、こう急ぎ書かれている。

『ウチュウジンニツカマッタ、キュウジョモトム、ミシェル』

 その一文を見たとたん、才人とラピスの顔色が変わった。

「そ、それは!」

「おい、お前ら! ミシェルをどこへやった!」

 激昂し、反射的に才人はデルフリンガーを抜き放っていた。頭に一気に血が上り、ミシェルにさん付けをすることも忘れているほど才人の怒りは凄まじく、今にも斬りかかりそうな殺気をラピスとジオルデに向けている。

「せ、先輩……っ」

「バカ! ヘマをやったな」

「す、すみません」

 蒼白になっているラピスを庇うようにしながら、ジオルデは才人の剣先の前に立っていた。

 そのジオルデも、才人が言い訳を聞いてくれる状況ではないことを感じて冷や汗を流していた。才人がここまで怒る相手は、他にはルイズだけだ。

「このままだと騒ぎになる。仕方ないが、やるぞラピス」

「ひいいい、ごめんなさいぃ」

 意を決したジオルデが合図すると、二人の姿が発光し、次の瞬間には二人はヘルメットを被った宇宙服のような姿に変わっていた。

「やっぱり宇宙人か!」

「悪いが少し拘束させてもらうぞ。今、我々の正体を知られるわけにはいかん」

 ジオルデの手にいつの間にか握られていた光線銃が才人を狙う。しかし才人は、まるでその銃口が見えないかのように突進していった。

 

 

 王宮からは明るい光が漏れ、城下町の平民たちも、今日は王宮で賑やかにやっているなと酒の肴にしている。

 しかし、平穏に見える街の空を、厳しい視線で見上げる男がいた。

「いる……見えないが、この空に」

 人間の目では見えない。しかし、ウルトラマンの透視能力をもってすれば見抜くことはできる。

 ギャラクトロンを改造した金属は、あの星人が使っていたもののはずだ。それの足取りを追ってきたが、なにかしらの異変があるごとに、かなりの確率で空に巨大な気配が存在していた。

 だがそいつは相当に高度なステルス機能を有しているらしく、これまで気配はあっても実体を捉えることはできなかった。恐らく、自分以外の者は気配に気づいてさえいないだろう。

 ただ、見えない宇宙船……バルタン星人の円盤やクール星人の円盤などいろいろいるが、こいつはそのどれとも違う。恐らくは、あの星の者だとしても、相当な知力と技術力がある者が作ったのだろう。そのために自分も、これまで気配を察知するだけで直接手出しをすることはできなかった。

 けれど、それも今日までだ。彼一人では無理でも、この世界に知恵者は彼だけではない。

「君たち、もう体はいいのか?」

「平気です。あの子がさらわれて、もう一週間も経つっていうのに、休んでられません。それに、あなた一人ではあれの相手は危険です」

「ああ、それにあれを動かしている奴の思想は危険すぎる。間違って、あれに感化されるやつが出てくると危ない。ここで止めるしかない」

 次元は違えど、天才科学者の肩書を持つ三人の男たちが並び立つ。彼らは、この夜で決着をつけるつもりでいた。

 少し離れた場所では、ファイターEXの整備をしているアスカがいる。この日のために、体調は万全に整えてきた。今度は……負けない。

 作戦開始の時間が迫る。しかし、負ける気はなくとも、絶対の勝算を持っている者はいなかった。なぜなら、敵にはキングジョーをも超える、あれがあるのだから。

 

 

 ダンスホールに煌めく輝きが満ち、美しい調べが流れる中を着飾った男女が楽しそうに舞踊っている。

 弾むステップ、途切れない笑い声。しかして、その素顔は魔法の仮面で隠され、誰も自分の前で踊っている相手の名前も知らない。

 これは仮装の舞踏会。誰もが本当の姿を隠して踊り、見知らぬ相手と一夜の夢を楽しんでいる。

 彼らは楽しく笑い合い語り合いながらステップを踏み、そこには身分やしがらみにとらわれる貴族の姿はない。

 こんな夢のような時間が続けばよかった。こんな楽しい日々が、明日からも続くと思っていた。

 けれど、夢はいつか終わる。仮面はいつかはがれる。そして、悪夢ならば目覚めれば消えるが、時として現実は悪夢よりも残酷なことがある。そのとき……。

 

 

 続く


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