ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第90話  光を追いかけて

 第90話

 光を追いかけて

 

 策略宇宙人 ペダン星人

 宇宙ロボット キングジョーブラック 登場!

 

 

 人間たちの目は、ダンスホールに写し出されたホログラフィーに釘付けになっていた。

 それは、人類が今後数千年を経ても建造することはできそうもない超近代都市群。そしてそこを行き来する住人は……銀色の巨人たち。

 そう、ここはM78星雲のウルトラ戦士たちの故郷、ウルトラの星こと光の国。その光景を誇らしげに見せるルビアナに対して、ウルトラマンヒカリであるセリザワは警戒を向けながら言った。

「貴様、ウルトラの星にやってきたことがあったのか」

「ええ、姿を隠してこっそりと入国させてもらっていました。宇宙警備隊の皆さんにご迷惑をかけてはいけませんので名乗り出はしませんでしたが、いろいろなことを勉強させていただきましたわ」

 ルビアナは懐かしげに答えた。異星人であるルビアナが光の国に侵入していた、それ自体はよくあることではあるが、まさかここで光の国の存在が話に浮かんでこようとは想像もできなかった。

 光の国のあまりのスケールの巨大さに、アンリエッタもルイズも、才人やタバサらも完全に目を奪われて呆然としている。もしここに、エルフのルクシャナがいても同じ反応を示しただろう。そしてまだ光の国へは行ったことのないアスカや我夢らもハルケギニアの人間たちほどではないが衝撃を受けていて、ルビアナはそんな彼らを見渡して楽しそうに話しだした。

「どうですか皆さん? これが宇宙でもっとも平和で繁栄している星、M78星雲ウルトラの星、人は光の国とも呼ぶウルトラマンさんたちの故郷ですわ」

「ここが、ウルトラマンたちの故郷ですって」

「ええ、すべてのではありませんが、女王陛下もよく知っていらっしゃるウルトラマンAさんなどはこの星からいらっしゃった方ですわ」

 そう言って、ルビアナはちらりと才人たちのほうを見た。その視線で、才人は、こいつウルトラ兄弟のことも知ってやがるのかと感じた。いつの時代に潜入していたのかは不明だが、ルビアナの性格からして徹底的に光の国のことを調べ上げたに違いない。

 光の国は人間の都市のスケールをはるかに超えた光景を見せ、ロマリアが自称している光り輝く国などとは次元が違う。遊園地や学校までもが光り輝いている。そして都市は不思議で温かい光に包まれており、ルビアナはそれを楽しそうに説明した。

「美しいでしょう? 彼らの国には、ハルケギニアのような太陽はありませんが、代わりに人工的に作られた太陽、プラズマスパークがすべてのエネルギーをまかなっているのです。これが輝いている限り、光の国には永遠に冬は来ないのです」

「太陽さえも、作り上げたと……? この光溢れる都市を作り上げた、ウルトラマンたちとはいったい……」

「ふふ、皆さん驚かれたようですね。わたくしも初めてこちらを目の当たりにしたときは驚きました。彼ら、ウルトラ一族はこの光の国と呼ばれる星で繁栄を謳歌し、驚くことに何万年もの間、一度の犯罪もなく平和を保ってきたそうです」

「何万年も、一度も犯罪なしで?」

「ええ、宇宙一平和的な種族は間違いなく彼らでしょうね。それに彼らはそれにとどまらず、その強大な力を宇宙全体の平和に活かそうと、宇宙警備隊という組織を作って日夜戦い続けているのです」

 映像が移り変わり、空中に浮かぶ巨大な宇宙警備隊本部の外観から、さらに本部内で指示を出すゾフィーやウルトラの父の姿が映し出される。そしてさらに、ウルトラコロセウムで訓練生たちを指導するタロウの様子も現れる。

 その光景への反応は、才人やギーシュは興奮して目を輝かせ、アンリエッタや銃士隊の面々、ルイズやタバサは、ウルトラマンがあんなにたくさん……と、唖然としている。

 しかし、当事者のセリザワはこれに黙っているわけにはいかない。

「光の国を、ここまで調べあげていたのか」

「ええ、これはごく最近撮影したものですけれど、ウルトラの国の方々は本当にすごいですわ。何万年観察し続けても、一度の犯罪も……いえ、ワイルドなおじさまがやんちゃをしたあれを除けば一度も無かったのは素晴らしいですわ」

 ルビアナは、光の国の上空にぽつんと浮かぶ黒色のキューブを見て呟いた。

 セリザワは、こいつはあのことまで知っているのかと、警戒を強くした。光の国最大の汚点として伝わっているあの事件を……いや、この女の語った年齢が事実だとすれば、直に見ていたとしてもおかしくない。

 ウルトラの国のホログラフィーはその後も、クリスタルタウンやプラズマスパークタワーにも及び、ルビアナが本当にウルトラの国を研究しつくしていたことがわかった。それも相当な昔から……ウルトラの国に宇宙人が入り込むのは本当に珍しいことではないと言っても、これまで誰も気づかなかったとは……いや、それを言い出せば、地球の歴代防衛チームもメンバー内に宇宙人がいるのに気づかなかったのを毎年繰り返してきたわけだから人のことは言えないが。

 要は、あえて目立つことさえしなければ潜入自体はどこが相手でもそんな難しくはないということだろう。問題は、そうまでして調べたことでなにを目論んでいるかということだ。ルビアナは続けた。

「わたくしは、この光の国をモデルにして、宇宙に平和と安定をもたらしたいと願っています。かつて、わたしが故郷を追われたとき、力による支配がいかにもろいか知りました。しかし、光の国の方々は、支配など誰にもされなくとも繁栄を続けています。これに学ばずしてなんとするでしょうか?」

「確かに、光の国の存在は宇宙の歴史の中でもひとつの奇跡と呼べるだろう。だが、お前ほどの科学力があれば、光の国の複製はとうに可能なのではないのか?」

 セリザワは問い返した。同じ科学者同士として、ルビアナの技術力はこれまでのことでじゅうぶん把握できていた。ルビアナがその気になれば、ハルケギニアの空にプラズマスパークを輝かせることも可能だろう。

 しかし、ルビアナは悲しげに首を振った。

「確かに、形だけなら光の国の複製はできましょう。しかし、そこに住まう人間の心は別です。あなた方ウルトラマンさんたちは、宇宙でもまれに見る正義の人たちです。だからこそ、光の国は光の国であるわけで、それ以外の人々に光の国の文明だけを与えてもなんにもなりません」

 それはアンリエッタらハルケギニア人や、才人や我夢ら地球人にとっても耳の痛い問題だった。日々数多くの犯罪が繰り返され、外敵がいなくても真の平和には程遠いのが現実だ。

「だからこそ、わたくしは裏方に徹し、根本から世界を変えていこうとしているのです。すべての人の心を一度に変えることは無理でも、不純物を取り除いていくことで、善き人のみが生きる世界に近づかせていくのです。真なる理想郷とは、善き人が悪に怯えずに済む世界。皆が強きをくじき弱きを助ける正義の心を持つ世界。そうではありませんか?」

 その言い分には、一定の理があることを、皆も認めないわけにはいかなかった。

 悪いことさえしなければ、平和に不安なく暮らせる社会。なまじ物が満たされているよりも、住み良いのは間違いない。

 だが問題は、その手段が非常に強引なところだ。自らの思想を語ったルビアナに対して、口ごもるアンリエッタに代わって前に出たのは我夢の隣に立っていた藤宮博也だった。

「御大層な理屈だな」

 精悍な顔立ちに無表情を張り付けて彼は言った。

「あら、あなたは」

「藤宮博也。お前からすれば、ウルトラマンアグルと言えば早いだろう」

 自分からあっさりとウルトラマンの正体をばらした藤宮に、アンリエッタや銃士隊の中からどよめきが起こる。しかし、それを無視してルビアナは藤宮に礼を返した。

「まあまあ、あのときの青いウルトラマンさんですね。先日はご挨拶もそこそこに、大変失礼をいたしました」

「戯れ言はいい。一週間前、俺たちはそこの黒いロボットと戦い、取り逃した。その時に貴様は同じことを言い残したな? 自分の目的は、この世界から悪を消し去って善人だけの世界を作り上げると。それの手段がこれというわけか」

 あの日、キングジョーを撃破したアグルやダイナは、その直後に現れた黒いキングジョーと戦ったが、ただでさえも消耗していた上にライトンR30も失っていた彼らはまともに対抗することができなかった。

 しかし、黒いキングジョーはこちらの抵抗をあざ笑うかのように、ミシェルとタバサの捕まっている破壊されたキングジョーの頭部パーツを回収すると、あっさりと撤退してしまったのだ。

 その気になればウルトラマンたちをこの場で全滅させることもできたはずなのに、この余裕。すると去り際に、ルビアナは音声で我夢たちに言い残したのである。 

「本日は急につきこれで失礼いたします。後日改めてお茶にお誘いいたしますので、今度ゆっくりとお話いたしましょう。わたくしは、あなた方と同じく、恐怖と破壊無き世を目指しています。悪を追放した終わり無き平和な日々を築くため、あなた方の知恵もお貸しいただけたら幸いです。よければ参考までに、あなた方もわたくしのルビティアをご覧になっていってください。では、ごきげんよう」

 そう言い残してルビアナの声は消え、我夢たちはやむを得ず手掛かりを求めてルビティアを散策し、タバサやミシェルと同じ事を知った。しかし、地球人である彼らはミシェルたちとは違った結論を出し、こうしてルビアナの前に現れたのである。

「お前のやっていることは、地球でも数多くいた夢想家な王や独裁者の手法を規模を変えているだけだ。結局、お前の認めた者しか生き残れない世界になる以上のものではない」

 藤宮の糾弾は鋭かった。彼らアルケミースターズはかつて根源的破滅招来体から地球を守るためにあらゆる手を検証してきており、そのために蓄えた知識は科学分野だけではない。

 しかし、やはりルビアナは顔色を変えることなく答えた。

「そうですわね。確かに、そうした意味では私はかなりのエゴイストかもしれません。ですが、わたくしのやり方でルビティアの方々には大変喜んでいただけたと思っています。これよりも良い方法を、あなたは提示していただけるのですか?」

「俺は政治家じゃない。だが、人が変わるには、すべての人が過ちを理解しなくてはだめなことは知っている。お前の方法は即効性があるが、不満要素を排除して問題を先送りにしているだけだ。排除の論理では、今はよくてもいずれ同じ過ちが繰り返される。俺もかつて、そうした過ちを犯した」

 藤宮は自嘲げに言った。かつて藤宮は根源的破滅招来体の陰謀で、地球を破壊する人類さえ排除すれば地球は救われると考えていた。

 しかし、確かに人類がいなくなれば地球は自然を回復できるだろうが、ガンを切除しても再発するように、また新たに生まれる知的生命体が人類以上に地球を破壊するかもしれない。一時しのぎにしかならないのだと藤宮は気づいた。

 ルビアナは穏やかにうなづいて答える。

「わかりますわ。わたくしがこれまでに導いてきた星でも、善人たちの中から必ず悪い人は出てきました。どんなに豊かになっても、人の心には魔が差すものです。ですから、わたくしは人々の住まう環境を、ある方向に向けて改善していこうとしているのです。そうですわね……ウェールズ陛下、少しよろしいでしょうか? 新しい国作りに邁進している陛下にひとつお聞きしますが、民が心に魔が住まわせたりせず、皆が良心に従って生きられる世とはどういう形が適切だと思われますか?」

「難しい話だね。民が飢えることのない世界だということは前提として……僕は、民の心に常に大きな支えがあることだと考える。かつてレコン・キスタが勢力を伸ばしたとき、民は王家の危機を見ぬふりをした。それはそのとき、民にとって王家が無価値な存在であったということだ。もし王家が民の心を掴めていれば、あんな内乱は起こらなかったかもしれない。いやそれ以前からも、野盗の増加はアルビオンで始まっていた。それも、王家や貴族が民の模範であらなかったせいだ。だから僕は、王として民に誇りと正義を示し続けていきたいと思っている」

 それはかつての傀儡の王が自立し、一人の若武者となっての言葉だった。その若くも気高い姿にアンリエッタは涙し、ルイズやギーシュは貴族として尊敬すべきと胸を熱くした。

「その通りですね。あなた方ご夫婦のような立派な方が王で、国民もさぞ誇らしいことと思います。ですが、もうひとつ、民に良い意味での夢を持ってもらうことも大切なのですよ」

「夢、ですと?」

「ええ、人は漫然と生きるだけでは心がすり減ってしまいます。かといって欲望を満たし続けても底はありません。ならばどうするか? それは欲望を形のないものへと昇華させるのです」

 彼女の言っている意味がよくわからず、アンリエッタやウェールズは怪訝な表情をする。しかしルビアナは笑みを保ったままで続けた。

「人が生きる上では喜びが必要です。しかし、物質的な喜びは一時ですぐ飽きられますが、精神的な充足は続きます。人は、自分以外の誰かのために役立てたとき、もっとも満たされるものです。それも、家族や友人といった狭い関係ではなく、名も知らない大勢の誰かのために役立てたとき、人は己に存在価値を持てます。例えれば、パンを焼く仕事にしても、毎日漫然と焼き続けるか、焼いたパンが毎日数多くの食卓を支えているのかを思って続けるか、どちらが良いと思いますか?」

「それは、もちろん……」

「でしょう? 自分のやっていることが人の役に立っていると自覚できれば、人は自分自身に価値を見いだせます。そして自分の価値を自覚すれば、自然と人は自分を大切にし、道を外れることは容易にありません。暗愚な王はこれがわからず、ひたすら報酬を吊り上げれば人は満足すると考えますが、金銭欲だけ満たしても、もっともっとと求められ続けるだけです」

「……」

「ですから私はルビティアで事業を起こす際には必ず、この仕事はどういう風に役立つのかと理解してもらってから始め、街を歩くときも、迷える人と会えば自分の価値を知ってもらえるよう話しています。ルビティアを発展させたのは私ではありません。私はただ、ルビティアの方々の本来の力を呼び起こしただけです。そう、光の国の方々が宇宙の平和を守る誇りを胸にして戦い続けているように」

 目から鱗のような話に、執務室で書類を相手に政治をわかったような気でいたウェールズとアンリエッタは恥じ入った。

 だが本当に……まるで授業を受けているような感覚を覚える。誰が何を言っても、ルビアナは怒らないし否定しない。ただ、こちらの意見を肯定し、それ以上の答えを返してくるだけだ。

 そう、ルビアナはなんでも知っているし、すべてに適切な回答を持っている。それも理屈倒れではなく、自ら実践して結果を出している。ルビアナはもう一度手を降り、ホログラフィーは様々な星々の文明の光景に移り変わった。

「宇宙には様々な文明、様々な民族が住んでいます。わたくしはその中で幾億年と過ごしながら、人が平和に生きていける世界を作るにはどうすればよいのかを学んでまいりました。ですから、皆さまがご心配になられるようなことは、すべて織り込んでございます。ご安心くださいませ」

 ホログラフィーの中で、発展し、繁栄していく様々な文明や、そこで平和に豊かに暮らす星人たちの姿が映し出される。

 つまりは、ルビアナにとってハルケギニアでやっていることは、すべて過去の成功例を再現しているに過ぎないというわけなのだ。これでは、いくら我夢や藤宮でも欠点を突くことはできない。

 ルビアナは、アンリエッタをはじめとする一同に対して、これで信頼していただけましたか? という風に微笑んでいる。

 逆に、ルビアナを囲む一同は、ハルケギニア人も地球人も、そしてウルトラマンたちも、彼女の筋の通った信念に付け入る隙が無くて沈黙するしかなかった。

 確かにルビアナのやり方は強引だ。しかし、実際に人々が救われ、すべてが良い方向に動いている。まさに神の所業だが、ルビアナには神に等しいだけの知恵と力がある。

 ルビアナを受け入れ、彼女のやりたいようにやらせるのがハルケギニアの民のためになるのではないのか? アンリエッタやウェールズの心に、そんな考えが浮かんだとき、毅然とルビアナの前に歩み出した者がいた……ルイズだった。

「ルイズ……!」

「心配しないでタバサ、サイト、もう頭は冷えたから」

 そう言ってルビアナに歩み寄っていくルイズの姿に、タバサは胸の鼓動が高まっていくのを感じていた。

“ルイズ、あなたも……” 

 今は覚えていないはずなのに、迷わずに自分のことをタバサと呼んでくれた。その強い意志のこもった言葉に、タバサは罪悪感を感じるのと同時に、ひとつの不思議な期待感を感じ始めていた。

 ルイズはルビアナと向かい合い、頭ひとつ背が高いルビアナを見上げながら話し始めた。

「ミス・ルビアナ、わたしもあなたに友情を感じた一人として、少しだけあなたとお話をしたく思います。それで納得できたら、わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの名に懸けて、あなたに全面協力することを誓います。いかがですか?」

「大きく出ましたね。ですが私は最初から、あなた方に張り合おうとは思っていませんよ。ミス・ヴァリエールのご自由になさってください」

 真正面からルビアナに対してそう言い放ったルイズの、あまりにも無鉄砲な発言にアンリエッタや才人は仰天した。

 やっぱりまだ頭に血が上ってるんじゃないか!? 才人は、一度言い出したらルイズは頑として聞かないものだということを知っていながらも、ルイズを止めようと前に出かけた。しかし、才人の前にふしくれだった杖が差し出されて通せんぼをし、落ち着いた声が才人を遮った。

「……ここはルイズに任せてみよう」

「って! おい、なに言ってんだよタバサ。キュルケとの口げんかにも負けるルイズに交渉とかできるわけないだろ」

「だからルイズなの。理屈であの女に勝つのは世界中の誰でも無理。なら、ここは逆にルイズにかけてみるしかない」

「毒を以て毒を制すってわけかよ。どうなっても知らねえぞ」

 才人はやけっぱちにそっぽを向いてしまった。

 もちろんタバサにとっても賭けであることには違いない。下手をすればさらに話がややこしくなるかもしれないが、相手が話し合いの姿勢を保っている以上はこちらから手を出すわけにはいかない。

 それでも、自分たちにはなくてルイズにはあるもの。才人は身近すぎて気づいていないようだが、それはルイズの欠点でも武器でもあり、タバサは完璧人間であるルビアナの牙城を打ち崩すにはそれしかないと考えていた。

 皆が見守る中、ルイズがルビアナに対して口を開く。しかし、ルイズの唇から飛び出した言葉は、才人やタバサの不安をまさに的中させたものだった。

「ミス・ルビアナ、最初から申します。ルビティア領についてのあなたの治世は前領主からの委任であり、わたしの語る筋ではありません。しかし、トリステインに対するあなたの行為は侵略です。出ていってください」

 一気に場がどよめき、アンリエッタや才人は、「ル、ルイズ!」と、青ざめていた。だがルビアナは怒った風もなく、ルイズに答えた。

「はっきりものを言うのですね、ミス・ヴァリエール。わたくしに悪意はないというのは、きちんと説明したと思いますが、それでも侵略とおっしゃるのですか?」

「思います。ルビティアはともかく、このトリステインはわたしたちトリステイン人の国です。この国が栄えるも滅ぶも、わたしたちの責任ですることです」

 ルイズの鳶色の瞳とルビアナの閉じた眼の間で火花が飛び散っているように見えた。

「貴族のあなたはそれでもよいかもしれませんが、平民の方々はよろしいのですか? 人々が飢えて苦しんでいても、あなたはそれでよいと?」

「もちろんわたしたちの責任です。わたしたち貴族に怠慢なところがあれば、それは反省します。そのための助言や援助であれば、話し合って受け入れるでしょう。ただし、手を加えるのはあくまでトリステインの我らの手で、それが貴族たるものの責任です!」

 ルイズも一歩も引かずにルビアナに渡り合っている。その貴族として毅然とした姿勢に、ギーシュやモンモランシーはごくりとつばを飲み込み、ダンスホールがホログラフィーで覆われて中に入れなくなっていたカリーヌは、外から風の魔法で声を拾いながら頬を緩めていた。

「いつの間にか一丁前な口を聞けるようになって……」

 子供は知らないうちに大きくなる。うれしいが、同時に寂しくもある瞬間だ。

 ルイズとルビアナの舌戦は続く。

「それから、あなたはこれまで数々の文明を繁栄に導いてきたと言いましたわね。ではなぜあなたはそこを離れたのですか? なぜそこにとどまっていないのです?」

「……彼らは、自立したからですわ。文明が発達の極に至り、彼らは私に言いました。この星はもう、あなたの庇護がなくても立派にやっていけます、と。ですから私は再び旅立ち、新たな星に庇護を与えることを繰り返してきたのですわ」

「あなたは善意のつもりで、それを受け入れた人々がいるのは認めます。ですが、ここはトリステインで、それはわたしたちトリステイン人の誇りを踏みにじるものです。この国の悪はわたしたちが裁き、この国の歪みはわたしたちが正します。あなたにわたしたちトリステイン人の正義を無視する権利はないはずです」

「あなた方の了解を得ずに始めたことは重ねてお詫びいたします。けれど、あなた方の正義が履行されるまでにどれだけの時間がかかるのですか? 会議を始めて、実際に動き出すのを待っていたら、どれだけの取りこぼしが出ると思います?」

 迂遠な体制の問題点を指摘するルビアナ。しかし、ルイズも負けてはいない。

「それも改善点ですね。ですが、それを聞いた女王陛下は必ず制度を作り直してくれるはずです。ミス・ルビアナ、終わってしまったことを今更どうこう言っても仕方ありませんが、この国の正義を担うのは我々の使命です。批判も忠告も受けますが、手を下すのは我々であるのがトリステインのルールです。その領域に立ち入るのならば、いかなる理由があろうとも侵略です」

 ルイズはちらりとギーシュとモンモランシーにも鋭い視線を流して言った。

 貴族であるなら、どんなに薔薇色の提案をされても、自分の責任と正義から逃げるな。貴族は意味なく君臨しているわけではなく、国を守る正義と秩序の象徴なのだ。無能を指摘されたなら、かえって奮起するくらいでなくてどうする?

「理屈じゃないのよ。わたしたちはトリステインで貴族として生まれた。だからこの国を守る責務があるの。それに手を出されたらトリステインの秩序が崩れるわ。だから決して、わたしはあなたを受け入れられません」

 貴族であること。それがルイズをルイズたらしめている根幹だった。その領域に踏み込むならば、迷わずにそれを侵略と呼ぶ。

 アンリエッタやウェールズも、ルビアナの完全無欠な力の前に揺らいでいた誇りをルイズの言葉で思いだし、ルイズに賛同する様子を見せている。ルビアナに賛同する意思を見せていたギーシュやモンモランシーも、再び迷う表情を見せていた。

 トリステイン人としての正義を胸に、皆の誇りを取り戻させたルイズ。するとルビアナは、こくりとうなづいてから言った。

「そのとおりですわね。トリステインの誇り……私はあなたがたにとって大切なものを踏みにじっていたようです。すみません」

「ミス・ルビアナ、わかっていただけましたか……?」

「ええ、ミス・ヴァリエール。では、私からも最後に聞かせてください。例えば、あなたが異国に行って、飢えて死にそうな子供を見かけたとしましょう。あなたの手にはパンがひときれ、誰かを呼びに行っては間に合わない。あなたはどうしますか?」

 その問いかけに、ルイズは少し考えてから答えを返した。

「正直、その時にならないとわからないとしか言えませんが、わたしはあえて見捨てる判断も必要だと思います。そうしなければ、その国の将来のためにはなりません」

「そうですね。ですが私はそういうときにパンを差し出さずにはいられない人間なのです。それを、おわかりになっていただけますか?」

「はい……それならば残念ですが、答えはひとつですね」

 ルイズは一瞬目を伏せるとルビアナから一歩下がり、杖を取り出してルビアナに向けた。

「トリステインの秩序を乱す者として、ミス・ルビアナ、あなたを敵と認識いたします」

 ルイズの目にもう迷いはなく、いつでもエクスプロージョンを放てる姿勢に入っている。アンリエッタらも同様で、すでに銃士隊がペダン兵士と対峙しながら包囲陣形を組もうとしていた。

 唯一、まだギーシュはルビアナへ杖を向けることができずにあたふたしている。しかし、彼に構わずにアニエスはルビアナに剣を突きつけて宣告した。

「ミス・ルビアナ、申し訳ありませんがあなたを拘束させていただきます」

「ええ、とても残念ですわね……」

 ルビアナは微笑しながら立ち尽くしたままである。

 抵抗する素振りも見せないルビアナの左右から銃士隊員が挟んで、その腕を掴もうとする。だが……。

「なっ!?」

「う、動かないっ!」

 なんと、銃士隊の二人に腕を抑えられているというのにルビアナの体は石像のようにビクともしなかった。

「ごめんあそばせ」

 逆にそれは一瞬だった。ルビアナが二人の銃士隊員の腕をそれぞれ掴んだかと思うと、二人の隊員は紙人形のように宙に舞い上がり、そのままパーティ用のテーブルに放り投げられてしまったのだ。

「うわぁぁぁーっ!」

 テーブルの天板が砕け、料理を乗せた皿が派手に舞い散る。しかしテーブルがクッションとなったことで二人の隊員はたいしたけがもなく、それを確認したルビアナはにこりと笑った。

「申し訳ありません。わたくしもまだ、牢につながれるわけにはいきませんもので」

 それはいつものルビアナの笑顔だった。しかし、大の大人を片手で放り投げる怪力。アニエスは、やはりこの女は見た目通りの人間ではないと背筋を震わせた。

「抜刀を許可する! 油断するな」

 素手のルビアナに対して剣を手にした銃士隊が取り囲む。先ほどエレキングにとどめを刺した銃はいつの間にかルビアナの手から消えているが、その気になればいつでもあれを呼び出せるのは容易に想像できた。

 才人もデルフリンガーを抜き、セリザワもナイトブレスからブレードを抜き、ほかのウルトラマンらも臨戦態勢に入る。

 しかし、その前に両手を広げてギーシュが立ちふさがった。

「待ってくれ! 女王陛下、皆さん、ちょっとでいいから待ってくれ!」

 ギーシュの必死な呼びかけに、アニエスたちの足が止まった。

「グラモン、そこをどけ」

「いくらレディの頼みでも、今回だけは受けられません。ルビアナ、君がどこの人間であろうとぼくは気にしない。それに君の誠意もみんなに伝わったはずだ。ぼくらが争うなんて間違ってる。みんなはぼくが説得するから、今日のところは引いてくれ、頼む」

 黙っていれば美形のうちに入る顔が動揺で大きく歪んでいるが、ギーシュの訴えは真剣だった。忠誠、正義、道義、情、様々なものの中でどれにするかを決められなくて揺れ動いているが、それでもここは動かねばならないという強い意思が彼にはあった。

 それはモンモランシーも同じで、彼女もルビアナをかばうように前に出て来る。

「みんな、ギーシュの言う通りよ。わたしたちが争ってもなんにもならないわ。今は折り合えなくても、少しずつ擦り合わせていけばいいじゃないのよ!」

 モンモランシーも本気だった。いつもの彼女なら、女王陛下に意見するなど考えられないことだが、それほどモンモランシーにとってもルビアナとの思い出を嘘にしたくはないという強い思いがあったのだ。

 懸命に、我が身を張って争いを押し止めようとするギーシュとモンモランシーの姿に、銃士隊も足を止めざるを得ず、その隙に二人はルビアナを説得しようと試みた。

「ルビアナ、君には君の主義があるんだっていうことはよくわかった。だけど、ここはルイズの言う通りトリステインなんだ。残念だけど、ルイズの言うことは正しい。ぼくは女王陛下の臣として命に従わなくちゃいけないけど、君とは戦いたくない!」

「ルビアナさん、わたしの頭じゃ難しいことはわからないけど、ここで無理を押し通さなくてもいいじゃない。ゆっくり話し合って、お互いに受け入れられるところから始めていきましょうよ。わたしたち、ルビアナさんから教わることがまだいっぱいあるんだから」

 ギーシュもモンモランシーも、最悪の事態だけは避けたい一心でルビアナに訴えた。しかし、ルビアナは柔らかい口調で二人に告げた。

「ありがとう、ギーシュさま、モンモランシーさま、あなた方お二人と出会えただけでも、わたくしはこの星に来たかいがありました。ですが、ダメです。わたくしにも、どうしても引けない理由があるのです」

「なんです? その訳というのは」

 ギーシュとモンモランシーにはわからなかった。ほんの少しルビアナが譲歩すれば、争う必要なんかなくなるというのに。

 するとルビアナはこれまでの微笑から悲しげな表情に変わって、ホログラフィーをひとつの惑星に切り替えた。

「お二人とも、先ほど私が、多くの惑星の自立を見届けてきたと言ったのは覚えておいでですね?」

「はい……えっと、でもそのワクセイはみんな平和に繁栄して、ルビアナさんは安心して旅立ったんじゃないんですか?」

「そうです。ですが、私は旅立った後も、その星がその後にどうなったかをずっと見守り続けていたのです。しかし、彼らの自信に反して、真に自立を果たせた人々はいませんでした……」

 映像の中で、繁栄していた文明が次第に衰退し、やがて争いが起き始めた後に滅亡していく姿がいくつも再現された。そう、いくつも……無数に。

 文明の滅び行く様の凄惨さは目を覆わんばかりで、煌々と輝いていたビル群が廃墟となり、人々が死に絶えた後には何も残らない荒野だけが広がる。その残酷な光景に皆が愕然としている中で、ルビアナは深い悲しみをたたえながら言った。

「私は、私の手から離れた人々が自分たちの力で平和と繁栄を作り上げていくことをいつも期待していました。ですが残念なことに、私がどれだけ愛情を込めて人々を導いても、私の手から離れたら悪がはびこりだし、遅かれ早かれ衰退と滅亡の運命を辿ってしまうのです」

「どうして、あんなに平和だった世界がこんなことに」

「私も悩み続けました。そして、どれだけ清浄に整えたとしても、人々の心から悪を消し去ることはできないと悟りました。残る方法はひとつ……私が守ってあげなくては滅びるのであれば、私が永久に守り続けてあげればよいのです。そう、億年でも兆年でも永遠に私はあなた方を守護し続けましょう」

 どこまでも深い慈愛をたたえた笑みでルビアナは言った。それはまさに、神となるに等しい所業。それをなんの迷いもなく言い放つルビアナに、アンリエッタやルイズは一瞬「狂ってる」と思いかけたが、それは違うと思い直した。

”そう、たとえるならまさに『善意の怪物』ね……”

 正気でいて悪意はなく、どこまでも清らか。だが、だからこそおぞましい。そんなルビアナに、モンモランシーは髪を振り乱しながら首を振った。

「違う! そんなの絶対違うわ。ハルケギニアの人間が未熟なのはわかってるけど、わたしたちは自分で自分を滅ぼしてしまうほどに愚かじゃない。ルビアナさんから見れば未熟かもしれないけど、わたしたちは自分の力でも生きていける。豊かで平和なだけが、幸せじゃないはずよ」

「……わたくしが見てきた星々の方々もそう言っていましたよ。自分たちの力だけで生きていける、自分たちの力で未来を切り開いていける、だから安心してくれと。そう言い残して私の愛した99万9999の文明は塵となっていきました。私はこのハルケギニアを、100万目の墓標にしたくはないのです」

「で、でも、でも」

 納得できないが、かといってルビアナを説得する言葉も思い浮かばないモンモランシーは幼子のように涙ぐむしかできなかった。

 するとルビアナは慰めるようにモンモランシーの頭を優しくなでると、緊張してこちらを睨みつけてきているアンリエッタらに顔を向けた。

「それに、ハルケギニアを狙う巨大な闇はもうじき動き出します。待っている時間はもうありません。それまでの間に、ハルケギニアの人々にもっと力を持ってもらわなければなりません」

 巨大な闇、それがなにを意味するのか、わからない者はいなかった。アンリエッタは悔しさをにじませながら答えた。

「わたしたちの力では、あの悪魔には勝てないと……?」

「太刀打ちはできるでしょう。しかし大きな犠牲も生まれることは確実です……さて、お話はそろそろよろしいでしょう。あなた方がトリステイン人としての『誇り』と『正義』にのっとって生きたいというのでしたら、方法はひとつです」

 そう言うと、ルビアナは大きく手を広げた。ホログラフィーが消え去り、元のダンスホールの光景が蘇る。

 だがそれと同時に、ルビアナの両手には二丁の長大なマスケット銃が握られていた。その威圧感に全員がいっせいに殺気立ち、そしてルビアナは鈴のような声色で全員に対してこう告げたのである。

「私と戦い、打ち倒してごらんなさい。私の庇護が必要ない、私以上の存在であることを証明してみなさい。それができないのであれば、私はあえて侵略者となりましょう。あなたたち全員をアンドロイドと入れ替えてでも、私は今度こそ光の国をこの地に作り上げます。それが嫌だと言うなら、戦って私を超えてみせるのです!」

 ルビアナが叫ぶと同時に、静止していた黒いキングジョーも動き出した。独特の機械音をあげながら、のしのしとダンスホールに迫ってくる。

 それを見て、アスカ、我夢、藤宮の三人はそれぞれの変身アイテムを構えた。さらに、才人はデルフリンガーを構え、銃士隊も剣と銃を抜いてルビアナに向ける。

 話し合いで解決しようとする時間は過ぎた。これからは、力で存在を勝ち取らねばならない。

 無力感にひしがれるギーシュとモンモランシーの見守る前で、ルビアナの二丁の銃がガチリと鳴る。

「では、舞踏会の続きを始めましょう。ただし、今度はどちらかが倒れるまで終わらない死の舞踏をね」

 

 

 続く


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