ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第92話  聖女の怒る時

 第92話

 聖女の怒る時

 

 誘拐怪人 ケムール人

 殺戮宇宙人 ヒュプナス

 策略宇宙人 ペダン星人

 宇宙ロボット キングジョーブラック

 最凶獣 ヘルベロス 登場!

 

 

「では、まずは開幕のベル代わりにこちらをお返ししましょうか。もう一度、この子と遊んであげてくださいませ」

 ルビアナが持ち上げていたキングジョーブラックを無造作に放ると、巨体が重さを感じさせないくらいに軽やかに空を舞っていく。むろん、その飛び行く方向にあるのは三人のウルトラマンだ。

「ウワアッ!」

 巨体を受け止めきれず、ガイアが城の倉庫を巻き込みながら倒れこんだ。もちろんそれだけですむわけがなく、倒れこむついでにガイアのマウントをとったキングジョーブラックは左手をガイアの頭にかけて握りつぶしにかかってくる。

「グッ、ウアアッ!」

〔我夢!〕

 ものすごい握力で頭を締め付けられ、ガイアから苦悶の声が漏れる。だがすかさずアグルとダイナが駆け寄って、キングジョーブラックを引き剥がしにかかった。

〔我夢を離せ〕

〔このポンコツロボット!〕

 アグルとダイナでキングジョーブラックの左腕を押さえ込み、なんとかガイアへのアイアンクローは解除された。

 しかし、アグルとダイナ二人がかりでもキングジョーブラックは振り払い、まったく健在な様子で特徴的な稼働音を鳴らしながら立ち上がってくる。

〔こいつ、どうやったら倒せるんだよ〕

 ダイナの声色にも焦りが混じり出す。それに比例するように三人のカラータイマーとライフゲージも赤く点滅を始め、これ以上の消耗戦が危険であることを警告している。

 もちろんアスカに言われるまでもなく、我夢と藤宮も打開策を考えている。けれど相手は宇宙レベルの天才が数億の時を経て育んだ叡智から作られた存在。自分たちも天才だと自負してはいるが、たかだか二十年そこらの経験しかない知識で、そんな神に近い存在に太刀打ちできるのだろうか?

  

 しかし、物言わぬ相手に相対しているだけウルトラマンたちは楽だったかもしれない。

 なぜなら、この世のものとは思えないほどの力をまざまざと見せつけたルビアナに対し、銃士隊の隊員たちはその威圧感に耐えられずに次々と戦意を喪失していたからである。

「あ、あんな巨大な鉄塊を素手で……」

「ば、化け物だ」

 勇猛さで並ぶ者なく、巨大怪獣相手の戦いでも躊躇なく作戦に望める彼女たちをして、ルビアナの存在は常識を超えていた。いや、なまじ人間と同じ姿をしているからこそ、そこから感じる恐怖は強かったのだ。

 埃を払ったルビアナが、常と変わらぬ姿でしずしずと歩いてくる。しかし、銃士隊は剣を構えながらもその手は自然と震え始めていた。ルビアナが一歩近づくごとに戦士たちは冷や汗とともに後ずさっていく。

「怯むな! 戦列を組み直せ!」

 アニエスが叫んでも、胸の底から湧いてくる恐怖は抑えようがない。隊員の中でも気丈なアメリーや陽気なサリュアも一度怖じけずいてしまった足は頭が命じても前に動いてくれない。

 だが、戦闘のプロたちが尻込みし、誰もが止めようがないと思われた瞬間に、足を震わせながらもルビアナの前に立ちふさがる者がいた。

「る、ルビアナさん、こ、ここを通りたかったらわたしを、た、倒していってください!」

「モンモランシーさん……」

 なんと、モンモランシーが震えながらも杖を握ってルビアナの前に立ったのだ。

 もちろん、この突然の行動にギーシュは血相を変えて叫んだ。

「モンモランシー、君はなにを!」

「あんたは黙ってて! わ、わたしだってルビアナさんと戦いたくなんてないけど、ギーシュが煮え切らなくて迷ってるならわたしがやらなきゃいけない。誰かがルビアナさんを止めなきゃいけないのよ」

 そのモンモランシーの言葉に、ギーシュはうっと喉を詰まらせた。

 もちろん、モンモランシーもルビアナと戦って勝てるなどとは思っていない。涙目のモンモランシーに、ルビアナはすっと銃口を向けた。

「わかっていますかモンモランシーさん。戦うとなれば、あなたが呪文を唱えるよりも速く、私はあなたにあらゆることができるのですよ?」

 指は引き金から離されている。しかし、ルビアナがその気になれば撲殺も射殺も思いのままなのは間違いない。それでもモンモランシーは涙目をルビアナに向けて言った。

「もちろんわかってるわ。けど、いつもギーシュは男はとか男ならとか言ってるけど、女にだって負けるとわかっていても戦わなきゃいけないときだってあるんだから」

「残念ですわ。あなたは私の友人だと思っていましたのに」

「そ、それは違うわ! 友達だから、大切な人だからこそ、流されるんじゃなくて、間違っていると思ったら全力で止めるのが友情でしょう! ねえルビアナさん!」

 モンモランシーの必死の呼びかけに、ルビアナはすっと引き金に指をかけて、そして……。

「あなたも立派な誇り高き貴族ですね。では、私も敬意を込めてお相手いたしましょう……お覚悟」

 その瞬間、ルビアナの銃が火を吹いてモンモランシーの体は宙に舞った。

「モンモランシーぃ!」

 撃たれた!? ギーシュの絶叫が響き、折檻に夢中だったルイズやアンリエッタ、タバサらも愕然として目を見張った。

 そしてギーシュは銃声に弾かれるように飛び出し、モンモランシーの体が床に叩きつけられる前にその体を抱き止めた。

「モンモランシー! しっかりしろモンモランシー」

 ギーシュがモンモランシーの肩をゆすっても、モンモランシーは答えない。モンモランシーは髪を乱して横たわっているだけだ。

「モンモランシー! モンモランシー……そんな……ぐっ、うぅぅぅっ!」

 モンモランシーの体を抱きしめながら、ギーシュはこれまでしたことのないほど鋭い視線でルビアナを睨みつけた。

 しかし、そのとき。

「うっ、うう……」

「モンモランシー? い、生きているのかいモンモランシー!」

「ご心配なく。銃弾が頭をかすめたショックでしばらく体が麻痺しているだけですわ」

 つまり、脳震盪に近い状態を作ったらしい。モンモランシーが生きていたことで、ギーシュはモンモランシーを泣きながら抱きしめて喜んだ。

「モンモランシー……よかった。君を失ったら、ぼくは、ぼくは」

 モンモランシーも意識は戻ったらしく、頬を赤らめている。

 しかし、ルビアナはそんなギーシュを見下ろして冷たく言った。

「それでギーシュ様。あなたはこれからいったいどうされるおつもりですか?」

「え……?」

「モンモランシーさんは、ご自分の意思で私の前に立たれました。それだけではありません。ここにいるものは皆、それぞれの信念に従って戦っています。ギーシュ様は、このまま傍観者として終えるつもりですか?」

「ぼくは……」

「理想を口に出すのは簡単です。けれど、どんな場合でも自分の理想を貫く信念を持ててこそ、理想は現実に輝きます。そして……今あなたが私に対して抱いた怒りと憎しみこそ、戦いの本質です。さっき私がその気であれば、モンモランシーさんの頭を吹き飛ばすこともできました。そう、あなたが決断しなかったせいでモンモランシーさんは死んでいたのです」

 その言葉に、ギーシュは強いショックを受けた。

 ギーシュはこれまで、何度も命がけの戦場に立ってきた。しかしその相手は意思の疎通のできない怪獣だったり、自分と縁もゆかりもない敵兵だったりしたから気がねなく戦えた。

 だが戦場で相対するのはそれだけではない。見知った人、親しい人、場合によっては肉親と敵として会うかもしれない。そんなときにためらえば、死ぬのは自分の隣にいる者なのだ。

 もちろんそんなことは、頭ではわかっていた。しかし実際にそうなったとき、体は理屈では動かないことを嫌と言うほど思い知らされてしまった。

「ぼくは……」

 あと一歩の踏ん切りがつかないギーシュ。ルビアナは、そんなギーシュをじっと見下ろしていた。

 だが、モンモランシーの勇気を無駄にしてなるものかと、無謀にも真っ向から白刃を振りかざしてルビアナに突撃していく者がいた。

「だあああっ!」

 デルフリンガーの刀身がルビアナの銃で受け止められて火花が散る。

「あら才人さん。ふふ、あなたは勇敢なのですね」

「あいにく、こちとらルイズより怖いものなんてないんだよ!」

「そのようですね。ずいぶんルイズさんに鞭で打たれたようで、一瞬誰だかわかりませんでしたわ。と、もう一人恐れ知らずな方がいたようですね」

 反対方向から斬り込んできた杖を受け止め、ルビアナがそちらに視線を向けると、タバサがじっと睨んできていた。

「研ぎ澄ませた『ブレイド』の魔法を使っての急所狙いの奇襲。恐ろしい方ですねシャルロット姫」

「あなたにその名で呼ばれたくない」

「それは失礼、ミス・タバサ」

 才人とタバサが左右から押すが、ルビアナはびくともしない。だがそのとき、「二人とも離れて!」の叫びとともに空間が爆発した。

『エクスプロージョン!』

 ルイズの得意とする爆発魔法。その威力は最大で放てば巨大怪獣にさえ致命傷を与えられ、ルイズもこと戦闘においては信頼を抱いている。

 けれど、爆煙が晴れた後にルビアナは平然と立っていた。

「さすがの威力、感服しますわ。けど、少し惜しかったですね、炸裂する前に少し着弾点をずらしてみましたわ」

 いかに無敵のエクスプロージョンといえども直撃しなければただの爆発でしかない。ルイズは杖をぎりりと握りしめて悔しんだが、目に見えないエクスプロージョンの炸裂点までも回避するとは、ルビアナのレーダーアイの性能は半端ではない。しかし、その程度でめげないのがルイズだ。

「いいわ、なら次は吹き飛ばしてあげるから。サイト、次はちゃんと足止めするのよ」

「はいはい、主の魔法のサポートがガンダールヴの仕事なんだろ。デルフから耳タコだぜ」

 才人もそう言いながら、やる気でデルフリンガーを構えている。そんな二人を見て、ルビアナは「あきらめが悪いですわね」と苦笑したが、ルイズは毅然と答えた。

「逃げ出したら、わたしはその瞬間に貴族じゃなくて負け犬になっちゃうのよ。サイトは何回言っても聞き分けないけど、わたしがその誇りを捨てちゃったら、わたしはわたしじゃなくなっちゃうのよ」

「ああ、おれは貴族のなんたらなんて理解できねえさ。けど、理解できなくても向かい合わなきゃルイズを傷つけるだけだって、いろんな人から説教されたんだ。だからおれはこいつに付き合う。正しいのか間違ってるのか、そうしないとわからねえからな」

 才人も力強く吼える。二人のその堂々とした態度を、ルビアナはにこりと笑って賞賛し、戦意喪失していた銃士隊も勇気を取り戻して隊列を整え直し始めた。

 そして、迷いながらもついに戦場に立とうとする男が才人の横に歩み出てきた。

「ギーシュ……いいのかよ?」

「やりたくなんてないさ。けど、君だって今ぶつからなきゃわからないことだってあると言ったろ。それに、モンモランシーも、友情があるからこそ戦わなきゃいけないことだってあると教えてくれた。なら、逃げるのはルビアナに対する侮辱になるんじゃないかね」

 たとえそれがルビアナに恩を仇で返すことになるとしても、ぶつかることで何か見つかるなら、じっとしていてもどうにもならない。

「ワルキューレ!」

 薔薇の杖を振りかざしたギーシュの元に、四体の青銅の戦乙女が現れる。ギーシュも消耗しているので今はこれが限界だが、今見せるべきは勝機ではなく戦意だ。

「ぼくの全力でお相手する。ぼくと君と、どちらの正義が勝るか、これは決闘だ!」

「ええ、良い決断ですわ」

 微笑んだルビアナは、目で追うこともできないほどの速さで地を蹴った。たちまち、ワルキューレの一体が銃身で叩き潰されるが、ギーシュも一瞬遅れながらも杖を振っていた。

「やっぱり速いっ、けど」

 ギーシュも銃士隊に及ばないまでも、すくなからぬ量の訓練を積んできている。ワンテンポ遅れはしても、まだギリギリついていくだけの反射神経はあった。

 ギーシュの命令で、残った三体のワルキューレは陣形を立て直した。しかし、これまでのギーシュであれば突撃を命じていたところだが、決意した彼は冷静に、このまま挑んだところで一瞬で残りの三体も破壊されてしまうだろうと判断して間合いを保っていた。

 むろん、ルビアナがその気になればワルキューレが多少防備を固めても蹴散らすことは容易である。けれど、血気に流行らずに冷静に状況を見て行動したギーシュの成長をルビアナは喜び、銃士隊も負けてなるかと包囲陣を張り直す。

「総員、あのバカに後れを取るな! 銃士隊の名を辱しめてはいかん」

 銃士隊も数を減らしてはいるが、まだ戦える者は残っている。しかし、ルビアナの表情から余裕は消えない。

「皆さんの闘志には敬意を表します。けれど、また振り出しに戻っただけで、あなたがたにとって何も好転していないのではありませんこと?」

 アニエスやルイズは歯ぎしりした。確かに、このままでは遅かれ早かれこちらが押しきられる。ペダン星人兵やケムール人を抑えている別動隊も旗色がいいわけではない。ウルトラマンたちも防戦で精一杯だ。

 すぐにでもルビアナを攻略しなくては敗けは確定。だが、数億年に渡って生き続け、戦い続けてきた相手に、そんな明白な弱点などあるものだろうか?

 真っ向勝負では傷ひとつつけられず、拘束しようとしても力付くで抜けられる。どうすればと考えるも、いい案はなにも浮かばず焦燥感だけがつのっていったが……。

 

「ハーッハッハッ! どうやら、そろそろ私の出番のようですね! あなたから受けた数々の屈辱、晴らせるチャンスを待っていましたよ」

 

 誰もいない夜空で高らかに笑い声をあげるコウモリ姿の宇宙人。彼が空に手をかざすと、上空に黒雲状の次元の歪みが発生しだし、その中から蛇のようにうごめく細長いなにかが這い出してくる。

「さあお行きなさい! 私が次元の狭間で見つけ出してきた、とっておきのレア怪獣よ!」

 彼の声とともに、黒雲から現れた触手のようななにかは、鋭い槍のようになっている先端を振りかざして動き出す。その狙いは直下にあったペダン円盤で、勢いをつけたそれは一気に円盤を突き貫いた。

 たちまち爆発が起こり、ペダン円盤はがくりと傾く。その爆発音と閃光は戦闘に集中していたウルトラマンたち、地上で対峙していた人間たち全てに届き、彼らは空を見上げて目を見張った。

「なっ!?」

 円盤が炎上して傾きながら高度を落としていく。一体何が!? ルビアナは円盤の指令室に通信して原因を問いただしたが、通信は指令室からの悲鳴で途絶えてしまった。

 そして円盤の影から現れ、黒雲を背に降下してくる新たな怪獣。

「なんだ! あの怪獣は?」

 才人もその怪獣には見覚えがなかった。ガイアやダイナも同様である。

 犬か狼のような頭をした、肉食恐竜体形の怪獣だ。背中から頭にかけて刺々しい突起や角が無数に生えており、いかにも凶暴そうな印象を受ける。

 皆は当然、ルビアナがなにかしたのかと思って彼女を見たが、ルビアナは不愉快そうな表情をしながらつぶやいた。

「あの人は、よほど私の邪魔をしたいようですわね」

「なんだって! まだ誰かいるっていうのか」

「言ったはずです。この世界は狙われていると……あれは以前、私の力を利用しようと接触してきた者の仕業ですね。いずれ、あなたたちの前にも現れるでしょう」

 吐き捨てたルビアナの口から語られた、才人たちも知らない新たな敵。その存在に皆が戦慄する中で、新たな怪獣は凶悪な唸り声をあげて動き出した。

「あの怪獣の名はヘルベロス。ある宇宙で最凶獣と呼ばれて恐れられている凶悪な宇宙怪獣です。皆さま、お気をつけあそばせ」

 ルビアナの警告に、一同はごくりと息を呑んだ。

 ヘルベロスと対峙するガイア、アグル、ダイナ。キングジョーブラックもターゲットをヘルベロスへと移すが、ヘルベロスはこれだけの相手を前にしているというのに、まるで狂犬のように遠吠えをあげて背中に赤い光をともし出した。

「なにか来るぞ!」

 攻撃の予兆に、ウルトラマンたちが身構える。すると、その怪獣は背中の突起から赤色の光弾を何十発も空に向かって発射し、矢雨のように降り注いできた。

『ガイアスラッシュ!』

『フラッシュバスター!』

 ガイアとダイナがそれぞれの光線でヘルベロスの光弾を空中で相殺する。

 なかなか派手な奴だ。ダイナはヘルベロスに少しながら好感を持ちながら思ったが、この程度の攻撃ならばそこまでの難敵ではない。

 だが、三人がかりでさっさとケリをつけようかと思ったとき、アグルが焦りながら二人に言った。

「おいまずいぞ。円盤がこのまま高度を下げたらちょうど街の上に墜落する!」

「なんだって!」

 見ると、ペダン円盤は煙を吹きながらトリスタニアのど真ん中へと少しずつ落下速度を上げながら落ちてきている。本来ならば自己修復も可能なのだろうし、そもそもヘルベロスの攻撃を受けたりしないだけの防御機構も持っているはずで、実際に1968年に地球侵略を狙ってきた宇宙人の円盤は機体全体に炎をまとい、迎撃に出た国連所属の月ロケットを苦しめたという。が、いかんせん度重なるアクシデントで損傷した状態ではいかんともしがたかった。

 このまま、数百メートルの規模のある巨大円盤が市街地に落ちたら大惨事は間違いない。ガイアは迷ったが、すぐに円盤をどうにかする方が重要だと判断した。

〔藤宮、僕とアスカで円盤を安全な場所まで誘導する。君は怪獣を頼む〕

〔いや、ここにはお前が残れ。お前は少しでも余力を残しておくんだ〕

 アグルは、切り札を持っているガイアを残すことを強調し、ガイアもそれが正論であることを理解して不本意ながらも頷いた。

 そして、アグルとダイナは落下中の円盤に向かって飛び立っていく。

「シュゥワッ!」 

「デュワッ!」

 その間、ガイアはキングジョーブラックを牽制していたが、どうやらキングジョーブラックに二人を追撃する気配はなさそうだった。ならば、まずはヘルベロスをなんとかしなければならないと、ガイアは構えをとる。

 しかし、その一瞬の隙を突いてヘルベロスは動いた。ヘルベロスの頭部が鈍く輝き、稲妻状の光線がガイアを襲って吹き飛ばす。

「グワァッ!」

 不意討ち気味の一撃でガイアも対応しきれず、続いてヘルベロスの背中からの光弾が再び降り注いでくる。

〔しまった。間に合わないっ〕

 撃ち落とそうとするにも体勢を崩され、キングジョーブラックもペダニウムランチャーを空に向けて放っているが、連射速度が足りなくて撃ち落としきれない。

 誰かが「伏せろ!」と叫ぶと同時に、赤い光弾は王宮に次々と降り注いで周囲を朱に染め上げた。

 

 一方で、ダイナとアグルは墜落中の円盤に下から飛びついてなんとか持ち上げようと試みている。

〔ぐうぅっ、お、重えっ〕

 ストロングタイプのダイナのパワーをもってしても、巨大円盤の重量を跳ね返すのは無理だった。眼下の街では、トリスタニアの住人たちが必死に逃げ惑っているのが見える。

「うわあぁっ、鍋ぶたのお化けが降ってくるぞぉ! 逃げろ!」

「ぎゃあぁっ、潰されるぅ!」

 悲鳴が上がり、街はパニックに陥っている。この角度で墜落を許せばブルドンネ街もチクトンネ街も火の海だ。

 ダイナとアグルは懸命に、せめて市街地に落とすのだけは避けようと力を込め、アグルが南の牧草地を望んで言った。

〔おい、こいつを押し返すのは無理だ。なんとか、あそこに着くまで墜落を引き伸ばすぞ!〕

〔うおおぉっ、このフライだけはグラウンドには落とさせねえぇーっ!〕

 エネルギーを振り絞り、渾身の力を込める二人。カラータイマーが激しく鳴り続ける中で、二人の目に炎上する王宮の姿がちらりと映りこんできた。

〔我夢、悪い、後でそっちを助けに行くのは無理そうだ。せめてこっちはなんとかするから、後は頼んだ!〕

 巨大円盤は墜落寸前で落下角度を緩め、市街地から城壁を越えて郊外へと轟音とともに飛び去って行った。

 

 そして、王宮はいまや炎に包まれ、ヘルベロスの咆哮が無情に響き渡っている。

「皆さん、ご無事ですか?」

 アンリエッタが周りを見回しながら呼び掛けた。ダンスホールは先程のヘルベロスの攻撃で崩れ落ち、アンリエッタ自身はウェールズの魔法でかばってもらったおかげで無傷だったが、銃士隊やペダン星人兵はいくらか爆風を受けてしまって倒れている。

 ああ、また勇敢な戦士たちが……。アンリエッタは悲嘆し、元凶の怪獣を睨み付けた。ヘルベロスは狼が駆け出す前に前足で土を掻くように体を震わせ、ガイアとキングジョーブラックに向かって突進していく。

「デヤァッ!」

 まず迎え撃ったのはガイアだった。ヘルベロスの突進をキックで押し留め、さらにアッパーを顎に打ち込んでのけぞらせた。

〔よし、いける。戦えないほどの相手じゃない〕

 ガイアはヘルベロスのパワーやスピードが一般の怪獣のレベルを逸脱するものではないと判断した。油断できるものではないが、ガイアの力でなら十分に渡り合える。

 するとヘルベロスはガイアが強いことを知ると、狡猾にもキングジョーブラックへとターゲットを移した。

 が、これはヘルベロスにとって知らないことだったとはいえ、あまりにも無謀な判断だったと言えよう。

 ヘルベロスが振り上げた爪も牙もキングジョーブラックの装甲にはかすり傷もつけられずに跳ね返され、逆にキングジョーブラックが繰り出した張り手は無造作にヘルベロスを弾き飛ばしてしまう。

 当然のことだが、ウルトラマンが三人がかりで手に余るような相手を、少々強かろうが一匹の怪獣が太刀打ちできるはずがなかったのだ。

 しかし、ヘルベロスが真っ向勝負では不利になることくらいはコウモリ姿の宇宙人は最初からわかっていた。奴がヘルベロスに求めたのは、宇宙に悪名を轟かす悪辣な頭脳なのだ。

「さあ見せてくださいよ。最凶獣と呼ばれるその残虐性をね!」

 その宇宙人も悪党であるがゆえに、ヘルベロスが次に何を企むのか手に取るようにわかっていた。

 ヘルベロスの腕に赤い光が発生し、三日月型の光のカッターが生成されていく。ヘルベロスが得意とするヘルスラッシュという技だ。

 当然、攻撃を予想してガイアは身構える。キングジョーブラックは攻撃などはお構い無しで前進していくが、ヘルベロスは思いもよらない方向へヘルスラッシュを放ってきた。

「なっ?」

 ヘルスラッシュはガイアとキングジョーブラックを大きく外れ、王宮の建物に当たって爆発した。その勢いで大量の瓦礫が撒き散らされ、地上の人間たちの上に降り注いでくる。

「伏せろーっ!」

 アニエスの叫びが響き渡る。小さな破片でも、レンガ一つが当たるだけでも人は死ぬ。それが散弾のように降ってくる。

「ダアッ!」

 ガイアはとっさに跳んで自分の体を人間たちの盾とした。ガイアは以前超空間波動怪獣メザードが爆破された破片からも人々を守っており、人間にとって危険な破片もウルトラマンにとってはそこまででもない。

 しかし、そんなガイアに対してヘルベロスは口から火炎弾を吐いて攻撃をかけてきた。

「ヌワアッ!」

 避けられないところに攻撃を受けてガイアから苦痛の声があがる。もちろん、ガイアはすぐに反撃を試みようとし、キングジョーブラックもペダニウムランチャーの照準をヘルベロスに合わせるが、ヘルベロスはヘルスラッシュを人間たちの多くいる場所へと乱射してくる上に、わざと逃げ遅れた人間たちを背にして攻撃も封じてきた。

〔くっ、これじゃ光線は撃てない〕

 外してもヘルベロスを撃破しても確実に近くの人間を巻き込んでしまう。ガイアはヘルベロスの卑劣さに憤り、ルビアナも無言でキングジョーブラックの射撃を中止させざるを得なかった。

 ヘルベロスの攻撃は続き、ガイアは人間たちを飛び散る瓦礫から守るので精一杯で、瓦礫はさらにペダン星人兵やケムール人にも無差別に襲いかかり、その狂乱の光景を見下ろしてコウモリ姿の宇宙人は愉快そうに笑っていた。

「ハッハッハッ、いいですねえ実にいい。他人の舞台を台無しにしてやるというのはこの上ない面白さですねえ」

 これだけ人間がいるのだから人質に使わなければもったいない。正義を振りかざす人たちには、古今東西この手は有効なものだし、”正義”の意味が変わらない限り未来永劫使われ続けるだろう。

 自分は安全なところから高みの見物で、恨み重なる相手の大事なものが燃えていくのを眺めながら、彼の哄笑は続いた。

 だが、彼はまだ理解していなかった。自分がとてつもない虎の尾を踏んでしまったということを。

 

 ヘルベロスの悪辣な攻撃は続き、ガイアも反撃の糸口がつかめず、鈍重なキングジョーブラックではヘルベロスを捕らえることもできない。

 才人とルイズは、ガイアを救うためにウルトラマンAへ変身しようと試みたが、瓦礫といっしょに城内から飛ばされてきたヒュプナスがルイズに襲い掛かってきたのでやむなく防戦に入らざるを得なくなっていた。それも一匹だけではなく、セリザワやタバサもこのやっかいな怪物にからまれて自由に動くことができない。

 さらに降り注ぎ続ける瓦礫。アンリエッタとウェールズは自分の魔法で身を守れるからよいが、銃士隊の大半はそうはいかない。アニエスとミシェルが「総員退避」と叫び、負傷者に肩を貸しながら瓦礫の届かない物陰へと連れていく。

 そんな中で、ギーシュもモンモランシーを抱きかかえながら走っていた。

「モンモランシー、少しの間辛抱してくれ」

「ギ、ギーシュ、せめておんぶするくらいにして、は、恥ずかしいわ」

 お姫様抱っこで運ばれていくのを衆目にさらされてモンモランシーが赤面している。ワルキューレに背負わせれば簡単だと誰もが思うだろうが、愛しのモンモランシーを他人の手に預けるなどということがギーシュにできるわけがなかった。

 それに、お姫様抱っこにもそれなりの理由はある。瓦礫が降り注ぐ中で背負ったらモンモランシーに瓦礫がもろに当たる。実際、ギーシュの背中には細かな石つぶてがいくつも当たって、小さくない痛みが走っている。

 が、そんなギーシュの気づかいを無用にするような不幸が彼らに襲い掛かってきた。ヘルスラッシュの一発が王宮の尖塔に当たって、尖塔がそのまま二人の上に崩れ落ちてきたのだ。

「ギーシュ、後ろ!」

「あっ、あああ!」

 振り向いたギーシュは愕然とした。何百万リーブルもの重さがありそうな巨大な尖塔が自分たちに向かって降ってくる。

 とても避けられない。かといってギーシュの力ではモンモランシーを抱えたままフライの魔法で速く飛ぶことはできない。ワルキューレを呼び出して、だめだなんの魔法でも詠唱が間に合わない。それなら、できることはひとつしかないとギーシュは決断した。

「モンモランシー!」

「ギーシュ、あなたまさか! ダメ!」

 ギーシュが腕に力を込めるのを感じてモンモランシーは叫んだ。間違いない、ギーシュは尖塔が落ちてくる前に自分だけを放り投げようとしているのだ。

 でも、そうしたら確実にギーシュはつぶされる。モンモランシーの悲鳴にガイアも気がついたが、別の場所で人間たちを守っていたガイアでは間に合わない。才人とルイズも同様で、モンモランシーはギーシュのそでにしがみついて投げられまいとしたが、ギーシュは力づくでモンモランシーを投げようと振りかぶった。

 だが、そのときギーシュとモンモランシーに優しい声がかけられた。

「だめですよギーシュさま、若い人がそんなに命を粗末にしては」

 いつの間にか、ギーシュの後ろにはルビアナが立っていた。ふたりに背を向けたルビアナはちらりと微笑を向けると、二丁のペダニウムランチャーを崩れてくる尖塔に向けて構え、次の瞬間尖塔は粉々の石くれになるまで粉砕されていた。

「伏せてください」

 砕いたとはいえ、まだ一抱えほどもある岩が雨のように降ってくる。ルビアナはギーシュとモンモランシーを押し倒すと、ふたりに覆いかぶさるようにして瓦礫を一身に受け止めた。

「ル、ルビアナ!」

「大丈夫です。わたくしの体はギーシュさまたちとは違いますから」

 普通の人間なら即死するほどの岩に体を打たれても、ルビアナはふたりを守りながらじっと耐えていた。たとえ痛みがないにせよ、その我が身を顧みない強い意思を目の当たりにして、モンモランシーは心に強くあるものを思い浮かべてルビアナを見上げた。

「ルビアナさん、あなたやっぱりわたしたちのことを……ルビアナさんの夢って、本当は」

「ふふ、いけませんよ。いくら女同士だからといって、勝手に人の心を読んだりしては」

 そのとき、モンモランシーはルビアナの作り物であるはずの顔に、とても深い悲しみがよぎったように見えた。

 やがて瓦礫の雨も終わり、粉塵も風に流されるとルビアナは身を起こし、ギーシュとモンモランシーも顔を上げると、そこは瓦礫の海と化していた。

 ルビアナが砂塵にまみれたドレスをはたくと、雪のように砂煙が舞い散る。その姿はまるで雪原に立つ冬の妖精のように儚くも美しかった。

 と、そこへひとりのペダン星人兵が駆けてきた。ギーシュはとっさに身構えたが、そのペダン星人兵は銃を持ってはおらず、背中に負傷していると思われる小柄なペダン星人兵を背負っており、彼はルビアナの前にひざまづいてヘルメットを外すと頭を垂れた。

「申し訳ありません、お嬢様。怪獣の攻撃を受けて、我がほうは散り散り、宇宙船とも連絡がつきません」

「謝る必要はありません、ジオルデ。あなたたちはよくやってくれました。それより、その子は?」

 ルビアナが促すと、彼は背負っていたペダン星人兵を下した。ヘルメットを外すと、そこからはあどけなさを残した少女が苦しそうに息をついている顔が現れた。

「ラピス……」

 少女は瓦礫の破片をどこか急所に受けてしまったようで、才人と初めて会った時のような天真爛漫さは失われ、青ざめた顔で荒い息をつき続けている。

 ルビアナはラピスの頭をそっとなでると、ジオルデからラピスの体を受け取ってモンモランシーの前に横たえた。

「モンモランシーさん、勝手なお願いですが、この子の傷をあなたの魔法で治してあげてください」

「ええ……ルビアナさん、どこへ?」

「少し”野暮用”ができましたわ。ジオルデ、お兄さんとしてラピスを守ってあげなさいね」

「は、はい!」

 そう言い残し、ルビアナは歩いていく。しかし、その進んでいく先にヘルベロスがいるのに気が付くと、ギーシュは驚いて叫んだ。

「ルビアナ、なにをするんだい! いくら君だって、怪獣を相手になんて無茶だ!」

「ご心配なく、ギーシュさま。すぐ終わらせてまいりますから」

「やめろ! 戻ってくるんだ」

 ギーシュは叫び、薔薇の杖を握ってルビアナに駆け寄ろうとした。だがルビアナはすっと手のひらを向けてギーシュを止めると、寒気さえ感じる声で告げたのだ。

「ギーシュさまはここでお待ちください。いえ、しばらくわたくしに近づかないでくださいませ……わたくしにもたまに、怒りたいときがあるのですわ」

 ぞっとしたギーシュは、その言葉のすごみに体を動かすことができなくなっていた。

 ルビアナのこんな姿を見るのは初めてだ。ギーシュの見守る前で、ルビアナはヘルベロスの正面へと歩んでいく。

 

 城中の人間を人質にとりながら暴れるヘルベロスの前に、ガイアも反撃の糸口が見いだせず、誰もその暴虐を止めることはできないかに見えた。

 だが、アンリエッタがついに城を放棄する決断をしようとしたとき、ヘルベロスの前にひとりの人影が現われて目を見張った。

「あれは、ミス・ルビアナ? 危ない、逃げてください!」

 敵として争いはしたが、憎しみがあってのものではなかった。アンリエッタが叫び、ほかの者たちの視線もそちらに集中したとき、ついにヘルベロスが眼前のルビアナに気づき、コウモリ姿の宇宙人は喝さいをあげた。

「おやおやとうとう血迷いましたか? あなたの体の持つ力には驚きましたが、それもここまでです。さあヘルベロス、やっておしまいなさい!」

 彼の命令を聞いたわけではないが、ヘルベロスは眼下に立つ命知らずな小さな獲物に目がけて、円盤を串刺しにしたあの尻尾を降りたてて、槍のように突き刺してきた。

「危ない!」

 多数の人間の口から同時に同じ絶叫がほとばしった。いかにキングジョーブラックの巨体にのしかかられても無事であったとはいえ、今度は怪獣の本気の攻撃なのだ。

 だが、ヘルベロスの尾が巨大な槍のようにルビアナに迫った瞬間、ルビアナは無造作にヘルベロスの尾に手をかざし、そして受け止めてしまっていた。

「え?」

 今度は誰もがそんな間の抜けた声を漏らすしかできなかった。ルビアナに向かって音速で飛んでいたヘルベロスの尾は、ルビアナが軽く手を添えただけで静止画に変わってしまったかのように止まってしまったのだ。

 唖然、ないしは呆然、驚愕の表情が並び、ヘルベロス自身でさえもなにが起きたのかわからずに凶悪な顔を固まらせた。だがルビアナはまだ攻撃を受け止めただけで、彼女の”攻撃”はまだ始まってもいなかった。

「暴れるなら、場所をわきまえなさい」

 冷たく言い放ったルビアナがヘルベロスの尾を掴んだまま振った瞬間、ヘルベロスの巨体は宙を舞っていた。

 ルビアナが、あの細身の体でヘルベロスの巨体を投げたのだと皆が理解した時には、ヘルベロスの体は無人の城壁に叩きつけられ、ルビアナはさらにそれを追っていく。

 むろん、我に返ったガイアは怪獣と戦うのは自分の役目だと立ち上がるが、その前にキングジョーブラックが立ちふさがってくるではないか。それはまるで、邪魔をするなとでも言う風に。

 そして、ヘルベロスに向かってルビアナはまるでカーペットの上を歩むかのように優雅に進んでいく。だが、その手にはペダニウムランチャーもなく、立ち直ってきたヘルベロスは怒りの咆哮とともに火炎をルビアナに吐きかけた。

「ああっ!」

 再びあがる悲鳴。しかし、炎の中からルビアナは何事もなかったように歩みでて、ヘルベロスはさらに腕からのヘルスラッシュや頭部からの電撃をルビアナに浴びせかけていく。

 しかし、しかし……爆発の嵐、立ち上る炎。人一人を焼き尽くすにはあまりにも過剰な破壊の渦に包まれながら、ルビアナは平然と歩いていた。

 そして逆に、ルビアナが一歩一歩近づくごとに、ヘルベロスの唸り声には焦りと怯えの色が混じり始め、ついにヘルベロスの正面にまでルビアナが歩み寄ったとき、ヘルベロスはその手を大きく掲げてルビアナに爪を振り下ろし、その爪はルビアナの手に軽く受け止められていた。

「愚かな野獣。報いを受けなさい」

 そう言ってルビアナが爪を握ったまま手を引くと、次の瞬間ヘルベロスの腕は肩からもぎとられて宙を舞っていた。

 鮮血と悲鳴が同時にヘルベロスからあがり、目の当たりにしていた人間たちは目を疑った。いったい、どれほどの力と速さで引き抜けばあんなことができるというのか。

 さらにルビアナは両手にペダニウムランチャーを召喚すると地を蹴った。そのままヘルベロスの頭まで跳躍すると、銃身を振るってヘルベロスの頭部に生えている二対の刃物のような角を粉々に叩き割ってしまった。獣にとってプライドの象徴ともいうべき角を粉砕されたことで、ヘルベルスの目から春の雄鹿のように闘志が抜け落ちていく。しかし、ルビアナから立ち上る殺意はいささかも衰えてはいない。

「許してもらえると思いましたか?」

 哀願するような視線に応えたのは二つの黒い銃口だった。ヘルベロスの真上に跳躍したルビアナはそのまま真下に向かってペダニウムランチャーを乱射し、ヘルベロスの背中の突起を一つ残らず撃ち抜いた。

 そしてそのまま落下の勢いでヘルベロスの背中を踏みつけると、背骨がきしんで破壊される音と共にヘルベロスの口から血泡が噴き出す。それだけでも凄惨な光景だが、倒れ込もうとするヘルベロスにそうはさせないと、ルビアナはヘルベロスの下に跳んで、ペダニウムランチャーでヘルベロスの頭をかちあげるようにして殴りつけて無理やり立たせると、腹に蹴りを叩きこんで大量に吐血させた。

 もはやヘルベロスは死に体で、対してルビアナは無傷で息一つ切らしている様子はない。そんなルビアナの戦いぶりを見て才人やルイズ、タバサに銃士隊すら寒気を覚えた。

「あの女、我々と戦うときはまったく力を出してなんかいなかったのね……」

「まるで、人間の姿をした怪獣だ……」

 ミシェルは、以前ヒュプナスと化したトルミーラが怯えながら言い残したことを思い出した。

 才人やルイズも変身することをすっかり忘れ、ガイアも手出しなどとてもできる状態ではないことにただ立ち尽くしている。ギーシュとモンモランシーも、鬼神のようなルビアナの戦いぶりに呆然とするばかりだ。

 だがルビアナは瀕死のヘルベロスへの攻撃をいったん止めると、だらりと伸びているヘルベロスの尻尾の先端を手に取り、尻尾を腕同様に無造作に引きちぎった。そしてちぎった尻尾の先端を空に向けると、投擲槍のように思い切り投げ上げたのだ。その先には……。

「わっ、ひっ、わあーっ!」

 コウモリ姿の宇宙人は、自分に向かって猛速で飛んでくるヘルベロスの尾に度肝を抜かれて無様に叫びながら必死に身をよじった。しかし、こんな形での反撃はまったく予想していなかったので反応が遅れ、尻尾は彼の体をわずかにかすめて削り取っていった。

「ぐっ、くぅぅ、おのれぇぇぇ!」

 彼は怒りを込めてはるか眼下のルビアナを睨みつけた。まさか、いくらなんでも人間大のままで怪獣を倒すなんてことはできまいと思っていたのに、ルビアナの力は彼の予想をはるかに超えていた。そして、自分を冷たい笑顔で見上げてくるルビアナの唇が紡いだ言葉を読み取ったとき、彼の憤怒は頂点に達した。

「わたくしと遊びたいなら、もっと自分自身を鍛えてからいらっしゃい……貧弱な坊や」

 かつて感じたことのないほどの屈辱。母星のエリートとしてのプライドをズタズタにされ、彼は憎悪のままに叫んだ。

「おのれおのれぇっ! 私を、この私を侮辱したこと。決して許しませんよ。私は必ずいつか最強の肉体すらも手に入れて、必ず貴様をぉ!」

 奴はそう吐き捨てて消え、ルビアナはふっとつまらないものを見たかのように踵を返すと、横たわって虫の息のヘルベロスのほうを振り返った。

 ヘルベロスがもう長くないのは誰の目にも明らかであり、ルビアナを見るヘルベロスの目には恐怖と絶望の色がありありと浮かんでいる。だがルビアナは二丁のペダニウムランチャーの銃口をヘルベロスの顔に向けると、ためらいなく引き金を引いた。

「懺悔の時間は過ぎましたよ」

 重なる銃声ともに、無数の弾丸がヘルベロスの口に叩き込まれ、喉裏から破裂するように爆発した。

 舞い散る血飛沫が紅葉のように風に流れていく。ヘルベロスは絶命し、誰もあまりにも凄絶だった戦い……いや、惨殺の光景に言葉を失い、石像のように固まってぽかんと口を開けたままでいる。

 ルビアナの力がここまですさまじいものだったとは……彼女がサイボーグだと判明した時からある程度は予測はつけていたが、才人はもとより我夢の推測も大幅に超えていた。事実上の不老不死に加えて怪獣を力づくでねじ伏せるパワー……こんな化け物、人間の力でどうやって倒せばよいというのか。

 銃士隊の中から再び急速に戦意が消えていく。気丈にふるまおうとしていたアンリエッタや、彼女を支えようとしていたウェールズも人知をはるかに超えたルビアナの戦いぶりを目の当たりにして、膝が震え、心が折れかけていた。

 ヘルベロスを倒したルビアナは、それで怒りが収まったかのように二丁のペダニウムランチャーを傍らの地面に突き刺して、ふぅと息を吐いて立ち尽くしている。

 黄昏ているルビアナはうつむいたまま無表情で、なにかを考え込んでいるようにも、もしくは祈っているようにも見えた。その姿はまったくの無防備で、斬りかかっても撃ちかけても確実に命中するように思えたが、先の戦いの恐怖から誰も動くことは出来なかった。だが!

「うおぉぉーっ!」

「隊長!?」

 たった一人、誰よりも困難に挑み続けてきたアニエスだけは恐怖をねじ伏せていた。むろん、背後から狙ったとしてもルビアナにはすべて見えているし、当たったとしても効かないのは承知の上だ。

 それでも、アニエスは無謀な特攻を選ぶような女ではなかった。シュヴァリエのマントを翻し、真っ向切って突進していくその目には冷静な輝きが消えてはおらず、振り下ろされた剣は確実にルビアナの首を狙う。

 対してルビアナは動かずにアニエスの剣を待ち受けている。当たっても効かないのはわかっているはずなのに、それでも闘志を失わないのを讃えているのか? いや、アニエスは寸前で剣を手放すと、ルビアナの傍らに突き立てられているペダニウムランチャーの一丁を手に取り、その銃口をルビアナに向けて引き金を引いた。

 刹那、銃声に続いて。

「ぐああぁぁーっ!」

 響き渡った悲鳴はアニエスのものだった。生半可な苦痛では怯みさえしない女騎士が激痛のあまりのたうち回り、ミシェルをはじめとした銃士隊員たちが血相を変えて駆け寄っていく。

 だが、それと同時に。

「……久し振りですわ。痛いなどと感じたのは何万年ぶりでしょう」

 ルビアナの左腕が千切れ飛び、くるくると宙を舞いながら芝生の上に落ちた。

「ルビアナーっ!」

 ギーシュの絶叫が響く。ルビアナが傷を負った驚きよりも、心配が彼の口を動かさせ、ルビアナの傷口を注視する。

 しかし、ルビアナの左腕の傷口からは一滴の血も流れ落ちてはいなかった。代わりにギーシュの見たこともない機械部品が覗き、パチパチとショートの火花を立てている。その有り様で、ギーシュはあらためてルビアナが人ならざる者であることを認識させられて再び言葉を失った。

 けれど、ルビアナは片腕を奪われたというのに、喜び讃えるように笑ったのだ。

「お見事ですわ。ペダニウム合金で作られたわたくしの体を破壊できるのは、同じペダニウム弾頭の弾丸だけ。さすが名にしおう銃士隊の隊長様……ですが、その代償は大きかったようですね」

 ルビアナの視線の先ではアニエスがなおも苦痛に悶えていた。すでに隊員の中で応急手当に長けた者が駆けつけているが、アニエスの両手の有り様を見て愕然としていた。

「こ、この傷は。いったいどうしたらこんなことになるというの!」

 戦う度に死傷者を出している銃士隊隊員でも、今のアニエスの腕の傷は見たことがなかった。皮膚はめちゃめちゃに裂けて血塗れになり、関節はあらぬ方向へへし折られている。もし常人ならショック死してもおかしくないだろう。

 止血と鎮痛が精一杯で、とても治療などはできる状態ではない。するとルビアナはすまなそうな面持ちで告げた。

「そのペダニウムランチャーはサイズこそ小型ですが、反動はさほど軽減されてはいません。わたくしが撃つならともかく、普通の人が撃てば腕ごと吹き飛ばされてもおかしくない代物ですよ」

 つまり、文字どおり手持ちする大砲というわけらしい。そんなものを小枝のように振り回すルビアナが異常なのだが、ルビアナはアニエスの傍らに転がるペダニウムランチャーを奪い返そうともせずに、さらに問いかけてきた。

「けれどこれで、あなた方はわたくしを殺せる武器を手に入れたことになりますね。さあ、まだ挑んできますか?」

 その口調は煽るわけでもなく、かといって自殺願望をほのめかすわけでもなく、単に聞いてみたというだけのような淡々としたものだった。

 才人たちや銃士隊は、手酷い傷を負わされたというのに、今度はまったく怒る様子もなくこちらの出方を待っているルビアナの考えを図りかねて困惑した。

 それでも、ルビアナを倒せる可能性を見つけられたのは確かだ。ただし、アニエスでさえ腕がいかれてしまったほどの銃を誰が撃てるというのか? 皆が躊躇する前で、ついにルビアナが動き出した。

「決まりませんか? では名残惜しいですが、そろそろ終幕にいたしましょう。わたくしがあなた方全員を倒す前に、誰かがわたくしの心臓にその銃弾を撃ち込んでご覧なさい。期待していますよ」

 ルビアナの真意はわからない。しかし、ルビアナから放たれる殺気は傷ついてなお衰えず、キングジョーブラックもさらに激しい駆動音を鳴らして動き出す。

 

 猶予はもう残されていない。そんな中で、モンモランシーはギーシュに手を握られながら、ぐっとえぐられるような胸の痛みに耐えていた。

 モンモランシーだけが気づいてしまったルビアナの心の深奥。それはとても切なく、果てしなく悲しく。そして、永遠に等しい時間をかけても求めるほどに価値があるほど尊く。

 そのためにルビアナは生きてきたのだとすれば……それを叶えてあげるには……そして、自分の考えが正しいのだとすれば、ルビアナの心臓にあの銃弾を撃ち込むただ一つの方法を自分とギーシュはすでに知っている。

 モンモランシーは、自分の目からとめどなく涙が溢れてくるのを止めることはできなかった。

 

 

 続く


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