ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第93話  愛を継ぐ引き金

 第93話

 愛を継ぐ引き金

 

 策略宇宙人 ペダン星人

 宇宙ロボット キングジョーブラック 登場!

 

 

「どうして、なぜ、平和を愛する者同士がこんなにも傷つけあわなければならないのですか……?」

 悲しい戦いが続く中で、アンリエッタは自分の無力さを嘆きながらつぶやいていた。

 王宮は半壊し、敵味方を問わず、傷ついた兵たちが倒れてうめいている。

 思い出すのはあの日のこと……ルビアナと初めて会ったのは、あのラグドリアン湖での舞踏会の夜。あの日、自分たちは水の精霊の前で友情を誓い合い、それからルビアナはアンリエッタにとってよき友人であり続けてくれた。

 そう、女王であるアンリエッタにとって、対等の友人というものはとても得難い。ルイズでさえ、臣下という立場からどうしても一線を引いてしまうが、ルビアナは会えた時間は少なくても穏和に壁なく接してくれて、まるでルイズが姉のカトレアを慕うようにアンリエッタもルビアナを慕ってきた。それは対立した今となっても変わってはいない。

 そして、あの日の誓いを思い出している者がもう一人。モンモランシーは、ルビアナとの思い出の日々や、そしてルビアナと夢を語り合ったあの時を思い返していた。

「私の夢ですか? ふふ、お嫁さんになりたいと言ったら、おかしいですか」

 モンモランシーは、ルビアナが冗談めかして答えたあのときの会話が心にひっかかっていた。ルビアナほどの人間が口にするにしては、あまりにつつましい願い……しかし、ルビアナは嘘は言わない。それに、モンモランシーは女同士、同じ男を愛した女同士だからこそルビアナが心の奥に秘めた本当の想いが見え始めていた。

 ルビアナが本当に欲しているもの。もしも、それが自分の思っているとおりだとすれば、ルビアナの行動のすべてがそこにつながってくる。それならば……ルビアナを納得させ、満足させてあげられる方法は……。

「ルビアナさん……わたし、やっとあなたが分かった気がするわ。あなたは誰よりも優しくて、わがままで、まっすぐで、強くて、そしてきっと……不器用で悲しい人」

 望めばなんでも叶えることができるだけの力を持つルビアナが唯一成し遂げられずにいる願い。恐らくそれが、ウルトラマンたちに敬意を持ち、光の国に執着する理由にもつながっているのだろう。

 だが、それゆえにその願いがルビアナを苦しめ、終わることのない旅路を歩かせ続けている。その無限回廊からルビアナを救ってやれる方法は……モンモランシーは、銃士隊員のひとりが持っているペダニウムランチャーを一瞥し、ギーシュに覚悟を込めて話した。

「ギーシュ……聞いてほしいことがあるの」

 たぶん、ルビアナの願いを叶えてあげられるのは自分とギーシュしかいない。そうしてあげなければ、ルビアナはまた果てしない長い道を歩き続けることになってしまう。

 ただし、そうすることでルビアナとの友情が壊れてしまうかもしれない。だがそれでも……あの人の思いを汲んであげたいと、モンモランシーは思った。もし自分があの人でも、そう願うと思うから……。

 

 

 再び始まったルビアナの攻撃は、これまでの遊ぶように手加減を含んだものから一転して、鬼気迫る苛烈なものへと変わっていた。

「ぐはっ!」

 ひとりの銃士隊員がペダニウムランチャーの銃身で殴り飛ばされ、血反吐を吐いて弾き飛ばされた。倒された隊員はうめきもせずに横たわり、生死は不明だが骨の数本はへし折られたのは確実だろう。

 左腕をもぎ取られて隻腕となったにも関わらず、ルビアナの動きの切れはいささかも衰えてはいない。その銃口を人間に向けこそしないものの、打撃戦だけで完全に銃士隊を圧倒していた。

「どうしました? そろそろダンスもクライマックスなのですから、皆さんももっと力を入れて踊ってくださいませ」

 ルビアナが煽るように言った。だが、銃士隊も長引いた戦いと先ほどヘルベロスが暴れた巻き添えで戦力の大半が負傷者に変わっており、まともに剣を握って立っているのは副長ミシェルをはじめ、もう数人でしかない。

 対して、ルビアナの軍勢ももうルビアナ本人しか残っていない。ペダン星人兵もケムール人もすべてが銃士隊との戦闘かヘルベロスの巻き添えで戦線を離脱しており、数人が負傷して戦いを傍観しているだけだ。あとは城内でヒュプナスがまだいくらか暴れているが、もう増援が送り込まれることはない以上、大勢に影響を及ぼすことはないだろう。

 だが、その残ったルビアナ本人が最大の壁であった。片腕を無くしているとはいえ、ルビアナにダメージを与えられるのはルビアナの手から離れたペダニウムランチャーしかなく、そのペダニウムランチャーは人間が使えば腕を吹き飛ばされてしまうような凶悪な代物だ。チャンスが来た時のために隊員の一人が持って待機しているが、ルビアナも黙って撃たれてくれるわけがない。それでも、わずかに見えた勝利の可能性に賭けるために銃士隊に続いて才人とセリザワも同時に斬りかかっていく。

「この野郎、サーシャさん仕込みの剣技をなめるなよ!」

「もう変身できるエネルギーは残っていないが、ウルトラマンがこのまま黙っているわけにはいくまい」

 デルフリンガーとナイトブレードで斬りかかり、少しでも隙を作ろうと攻め立てる。自らの腕を代償にして、突破口を開いてくれたアニエスの犠牲を無駄にしてはならない。 

 

 そして、ウルトラマンガイアとキングジョーブラックの戦いも佳境へと入っていた。

〔もう出し惜しみをしている場合じゃないな! いくぞ!〕

 ガイアは両手を頭上に上げてエネルギーを集中し、気合いの掛け声とともに地球の大地と海の力を全開にした強化形態に変身した。

『ウルトラマンガイア・スプリームヴァージョン』

 本来ガイアやアグルは自分たちの地球以外の場所では力を発揮しずらいのだが、この世界にやってきたときに水の精霊の都を通ったおかげか、今ではこの世界の自然からも力を取り入れて十分なパワーを発揮できるようになっていた。

 がっちりとキングジョーブラックと組み合うガイア。これまでは力負けしたが、スプリームヴァージョンならば互角に渡り合える。

「ダアァッ!」

 渾身の力で投げ飛ばし、激しく大地に叩きつける。もちろんこんなことくらいでキングジョーブラックにダメージはないことは承知しているが、我夢は科学者であるがゆえに、実験の反復無しに発展などないことを知っていた。ひとつの理論、ひとつの発明は何万回という失敗の繰り返しの上に成り立っているのだ。

 この程度の反復を恐れているようでは、円盤の墜落を決死の思いで食い止めてくれたアグルとダイナに顔向けができない。あの二人でもきっと同じことをするはずだ。

 それでもやはり無傷で起き上がってきたキングジョーブラックは、右腕のペダニウムランチャーをガイアに向けてくる。砲声とともに放たれた無数の弾丸がガイアに迫る刹那で、ガイアは渦巻くエネルギーの壁を作り出して砲撃を防いだ。

『ウルトラバリヤー!』

 砲弾はバリヤーに弾かれてガイアには届かない。しかしガイアの狙いは単に防御するだけではなかった。バリヤーをそのまま押し出して、跳弾がキングジョーブラックに当たるように仕掛けたのだ。

「デュワアッ!」

 いかにキングジョーブラックの制御コンピュータが優れていても、エネルギー流に乱反射される跳弾の軌道まで計算することはできない。跳弾のいくつかはキングジョーブラックのボディに跳ね返り、大きく火花をあげて巨体が揺らいだ。

〔よし、効いた〕

 ルビアナの体をルビアナの銃でなら破壊できたように、ペダニウム合金のキングジョーブラックの装甲を破れるのは奴自身のペダニウムランチャーだけだった。

 だがそれでも重装甲のロボットだけあって弾丸は装甲を貫通するまでには及んでおらず、キングジョーブラックはかすり傷でガイアに向かい合ってくる。

 だけれども、今はこれで十分だとガイアは思った。

〔この世に完全無欠のものなんてない。決まりきった未来なんてないんだ〕

 ルビアナが99万9999回の実験の末に、文明の滅亡は不可避という結論を出したなら、百万回目でそれを覆す。学説というものは古来から新説の発見で塗り替えられることで発展してきたのだ。それを示すのが、科学者としての自分の義務だと我夢は固く決意した。

 

 ガイアの反撃開始の狼煙は、さらにその下で戦う人間たちにも勇気を送り返している。いままで絶対傷つけられないと思われていたキングジョーブラックにダメージを与えられる手段が存在したということは、闇夜に射した一筋の光明に等しかったのだ。

「でやああっ!」

「はっ!」

 デルフリンガーを振りかぶった才人と、ブレイドの魔法を杖にまとわせたタバサが上段と下段から同時にルビアナに斬りかかる。

「やりますね、さっきまでとは別人のようです」

 ルビアナが称賛しながらその攻撃を右手だけで受け止める。ルビアナが余裕なのは変わらないが、確かに士気はさきほどまでに比べて大きく変わっていた。

 希望を得るためにあきらめないのと、得た希望を信じて頑張ることは違う。人は、明確な目標のあるなしではやはり大きく士気が違ってくるものだった。

 才人とタバサ、それにミシェルや生き残りの銃士隊員も力を振り絞り、セリザワも彼らをサポートしてルビアナにヒットアンドウェイを繰り返している。

 そして、ようやくルビアナと互角に渡り合えているように見えたことで、アンリエッタは望みを込めてもう一度呼び掛けてみた。

「ミス・ルビアナ、もういいでしょう。もう互いに十分に傷つきました。これ以上戦い続ければ、取り返しのつかないことに」

「あなたはまだそんなことを言っているのですか!」

 意外にも、アンリエッタの言葉を遮ってルビアナから飛び出したのは叱責する声だった。

「女王陛下、この戦いには互いの主義主張の全てを賭けているとわかっているはずです。あなたが私だとして、多少追い込まれた程度で宗旨替えするほどあなたの信念は甘いものなのですか?」

「そ、それは」

「陛下の優しさは貴重なものです。ですが、戦争の最中に半端な情けをかければ、逆に味方を殺すことになるのですよ、このように!」

 言い終わるや否や、ルビアナが握ったペダニウムランチャーを棍棒のように一閃すると、その一撃はアンリエッタの声で気を緩めてしまっていた才人の肩口へ叩きつけられていた。

「っだあーっ! ってえーっ!」

「相棒!」

「サイト!?」

 才人が打ちのめされたことで、デルフリンガーとルイズの悲鳴が響いた。才人は相当重い一撃を受けてしまったようで、デルフリンガーを取り落として床に倒れこんで悶えでいる。

 さらに続いて、アンリエッタも「サイトさん!」と、その身を案じて蒼白になったが、ルビアナは落ち着かせるように告げた。

「ご心配なく、骨を砕くほどまではしていません」

 ルビアナの言った通り、才人は打たれた肩を押さえて悶絶していたが、すぐに駆け寄ったミシェルが患部を看て大事には至っていないことを確認した。

「大丈夫だ、脱臼しただけで骨や神経はいためられていない」

 才人が致命傷ではなかったことで、ミシェルとルイズはほっと息をついた。しかし才人がやられてしまったことでルイズは激昂し、とび色の瞳をいからせて杖をルビアナに向けたが、ルイズが呪文を唱える前にルビアナの銃口が唸っていた。

「えっ! つ、杖が!」

 ルイズの杖はペダニウムランチャーの弾丸の風圧に弾き飛ばされて、はるかかなたへ飛ばされてしまったのである。杖がなくてはいかなるメイジも魔法は使えない。愕然とするルイズにルビアナは告げた。

「蒼い髪のお姫さまと違って、ミス・ヴァリエールは隙が大きすぎますね。ミス・ヴァリエール、貴女が先程示してくれた気概は確かに受けとりましたが、この舞台のフィナーレを飾るには、あなた方は役者が違うようです。申し訳ありませんが、あなた方はここで退場して結末を見届けてくださいませ」

 そう告げられたルイズは怒りに震えたが、虚無の魔法が使えないルイズにできることはなく、ウルトラマンAに変身したとしても、才人のダメージがエースに引き継がれてしまってはガイアの足手まといにしかならない。

 できるとすれば才人についていてやるくらいで、肩の脱臼というのは並外れた痛みが走るため、才人はいつもの軽口を叩くことさえできずに脂汗を額一杯にしながら耐え続けている。

 しかし、ルビアナは役者が違うと言った、その意味はなんなんだろうとルイズは思った。ルビアナは、この戦いを舞台に例えた。舞台ならば、終幕を引くのは主演でなくてはならない。ルビアナが主演と認める役者、それは……。

 

 戦いは、才人とルイズも戦線離脱し、ルビアナの前に立っているのはミシェルとタバサ、もう数人に減ってしまった銃士隊のみとなっていた。正確にはセリザワも残っているが、彼は今、あることに気づいてあえて手出しを控えている。

 その残りわずかな手勢を突破されてしまえば、ウェールズとアンリエッタが無防備でさらされるのみである。城内には烈風も残っているものの、連戦で精神力を消耗した状態では満足に戦うことはできまい。

 ペダニウムランチャーを撃ち込む隙を狙っていたが、戦力をすり減らされるばかりで、隙を見つけることができないままでいる。そんな中、ペダニウムランチャーを持っていた隊員までもが倒され、ペダニウムランチャーは乾いた音を立てて床に転がってしまった。

 片腕を失っていても、ルビアナは十分すぎるほど強い。だが、そうして両者が残された力を削り合う中で、.落ちたペダニウムランチャーを拾い上げてルビアナの前に毅然として立った男がいた。

「諸君、すまないが、ここから先はぼくに……ぼく一人にまかせてもらいたいんだ」

「ギーシュ!」

 才人が横目で苦しみながらつぶやいた。ギーシュが、手に余る大きさのペダニウムランチャーを抱えながらモンモランシーといっしょに前に出てきた。

 もちろん他の皆も同様に、今更何しに出てきたんだと怪訝な表情を見せたが、ギーシュは緊張した様子ながらもはっきりと言った。

「みんな、無理を言ってるのはわかってる。けど、たぶんぼくならルビアナを、た、倒せる。だからまかせてくれないか」

 ミシェルやタバサは、何を言っているんだというような表情をした。これだけの手練れが揃って苦戦しているというのに、素人に毛が生えた程度のギーシュになにができるというのか。

 しかし、ギーシュに続いてモンモランシーも皆に向かって言った。

「みんな、お願い。信じられないだろうけど、わたしとギーシュはルビアナさんに勝つ方法を知ってる。だから、あと一度だけチャンスをちょうだい」

「女王陛下、銃士隊の諸君、これでもぼくは貴族の一員、中途半端な覚悟でこんなことは言わない。最初はモンモランシーが撃つと言い出したんだけど、さすがに彼女にそんな役を任せるわけにはいかないからね。ルビアナは……ぼくが止めるよ」

 頭を下げてそう頼むギーシュに、一同は確かな覚悟を感じ、才人やルイズも、ギーシュからいつもの軽薄な感じが消えているのを感じた。

 無言で道を開けた一同の前を通ってルビアナの前に出るギーシュ。ルビアナはそこで、じっと立って待っていた。

「お待ちしておりました、ギーシュさま。やはり、わたくしの最後のダンスのお相手はあなたしかいないようですね」

「ルビアナ……君はぼくたちが初めて会ったあの日から、今日こうなることを見越していたのかい?」

 そう尋ねるギーシュに、ルビアナは微笑みながら答えた。

「さあ、けれど念のために申しておきますが、私に破滅思想や自殺願望はありません。もしこの戦いで私が勝てば、女王陛下を始め王宮の人間全てをアンドロイド……ギーシュさまたちの言うガーゴイルに入れ換えて、トリステインを私の理想とする悪の無い光の国へ近づけていくための計画を続けていくことは断言いたしますわ」

「考え直してくれ、というのはダメなんだろうね」

「ええ、わたくしも昨日今日に思い付いたわけではありません。何万年、何億年も考え続けて出した答えなのです。私のことを間違っていると言うのであれば、私を力でもって打ち倒し、私の数億年よりもあなた方が勝っているということを証明する以外にありません」

 淀みの無いルビアナの言葉に、ギーシュは大きく息を吸い込んで吐き出すと、きっと顔を引き締めてペダニウムランチャーをルビアナに向けた。

「わかった。ぼくも男だ、覚悟を決めよう。本来レディに手を上げるのはぼくのポリシーに反するし、貴族は杖以外の武器を持つべきではないが、他ならぬ君と踊るためならば是非もない。ギーシュ・ド・グラモン、全身全霊を持ってお相手しよう」

「光栄ですわ、では……参ります」

 決意を込めたギーシュの表情に満足し、ルビアナは地を蹴った。すでに屋根も吹っ飛んで夜空に照らし出されるダンスホールの中央で両者は激突する。

 片腕を無くしていてもルビアナの素早さはまるで落ちず、ギーシュに向かってペダニウムランチャーが棍棒のように襲い掛かる。

「いかん!」

 ミシェルが叫んだ。ルビアナのペダニウムランチャーはまっすぐギーシュの頭を叩き割る軌道で飛んでいる。手心を加えるといった甘さは一切なく、一瞬後にはギーシュの頭がザクロのように弾け飛ぶ様が脳裏に浮かんだ。

 しかし、ギーシュは迫る攻撃を見切る動体視力などないにも関わらず、ミシェルの予想を超えた動きを見せた。

「アン……」

 ギーシュが一歩後ろへ下がった瞬間に、ルビアナのペダニウムランチャーがギーシュの頭があった空間を飛び去っていく。

 避けた!? ミシェルやタバサは、ギーシュができるとは思えない紙一重の回避に驚愕した。だがルビアナの攻撃は一撃で終わるわけはなく、次は勢いの軌道を曲げてギーシュの頭上から打ち下ろしてくる。しかし!

「ドゥ」

 なんとギーシュはこの攻撃も左にステップして回避してしまった。ミシェルとタバサ、それに遅れて目が追い付いてきた才人とルイズも目を見張る。

 もうまぐれではない。しかし、訓練を詰んだ銃士隊員でも避けきれないルビアナの攻撃を避けられる動きをどうしてギーシュはできるのだ?

 二回攻撃を避けられたルビアナは、今度は銃口をそのままギーシュに向けた。あれを受ければ人体なんて形も残らない。だがギーシュは落ち着いた様子でルビアナの動きを見ると、くるりと体をひねらせた。

「トロワ」

 ペダニウムランチャーの弾丸はギーシュの体をかすめ、彼の派手すぎる衣装の一部を千切っていくが、少なくとも彼自身にはたいしたダメージにはなっていない。

 今の一連の攻撃、ミシェルやタバサでさえ完璧に避けきれる自信はない。どうしてギーシュなんかが? しかし、ギーシュの動きを見るうちに、アンリエッタはあることに気づき始めていた。

「ミスタ・グラモンのあの動き……まさか」

 そしてモンモランシーも、それを肯定するように悲しげにつぶやく。

「避けかたを知っているんじゃないの。教えてもらったのよ……」

 その言葉の意味を皆が吟味しきれない前で、ギーシュは嵐のようなルビアナの攻撃を確実にさばいていく。

 その動きを、ミシェルたちは最初はただ避けているだけだと思っていたが、次第にギーシュとルビアナの動きに共通点があることに気づいてきた。

「あの二人……まるで踊ってるみたい」

「やはり、あれは舞踏会でミス・ルビアナとミスタ・グラモンたちが踊っていたダンスと同じ」

 アンリエッタが真っ先に気づき、ルイズやタバサもはっとした。

 そう……ギーシュとルビアナの動きは、武器を持っているかの違いこそあるが、舞踏会のダンスのリズムそのものだったのだ。

 連続攻撃を繰り出すルビアナを、ダンスのリズムで回避し続けるギーシュ。だがルビアナが手加減しているなどということは決してなく、ミシェルやタバサから見ても隙はまったく見えずに動きに無駄はない。

「もしかして、これまでの戦いも全てダンスのリズムに合わせて動いていたというの」

 タバサが信じられないという風につぶやいた。すると、それを聞き止めたルビアナはくすりと笑って答えた。

「ええ、ミス・タバサ。わたくしは最初から、いっしょに踊りましょうと皆さまに言っていたではありませんか」

 ミシェルやタバサは愕然とした。そんな言葉、ものの例えだとしか思わなかった。本当に言葉の通りだなんて、誰が思うだろうか。

 しかし、現実にルビアナの攻撃をギーシュは完全に回避できている。もはや疑いようはない。けれど……アンリエッタはその意味が矛盾することをルビアナに問いかけた。

「ですが、それですとあなたは自分を倒せる方法をわざわざ教えていたということですか? なぜ、なぜそんなことを?」

「ふふ、なぜでしょう? モンモランシーさんは気づき始めているようですが、女王陛下には少し早かったでしょうか」

 謎めいた言い回しをするルビアナに、アンリエッタは困惑したような表情を見せた。

 意味がわからない。そうしながらも、ルビアナとギーシュは対峙しながら言葉を交わしている。

「さすがはギーシュさま、もうこんなに見事に踊れるとは素晴らしいですわ」

「教師がいいからさ。けど、君とはもっと楽しく踊りたかったよ……」

「わたくしもそう思います。ですが、この秘密に気づいてくれたのはあなた方が初めてです。わたくしは、とても嬉しくもあるのですよ」

「自分を滅ぼされる方法を見破られて、嬉しかっただって?」

「ええ、この方法を知るには、わたくしの心の深奥に触れなければなりません。そして、人の心に共感し、自らの心に反映させることができる人こそ、うわべだけではない優しさを持ち、真なる理想郷を築き得る素質を持つと私が確信する者。私はそんな人を探し、そんな人を育てたいと願ってきました。そして、ついに見つけたのですよ」

「そんな、ぼくは君の心の奥底なんて……」

「ふふ、殿方のギーシュ様には少し難しいかもしれませんわね。けれど、モンモランシーさんはわかってくれました。そして、ギーシュ様はモンモランシーさんの願いを実現できる力を持っています……それでよいのですよ。男と女が違うように、それぞれの良さを組み合わせて完全に近づいていけば」

「ルビアナ、ぼくは君ほど完璧な人間を知らない。そんな君がぼくらを完全になれると言ってくれるのか?」

「ええもちろん。いえむしろ、あなた方だからこそ、私のような不完全な者などよりも、より高い完成に近づいていくことができると思っています」

「君が、不完全だって?」

「そうですよ。私は一人、ギーシュ様たちは二人。それだけでもあなたがたにはわたくしを超える可能性があるのです。さあ、もう少し難易度を上げますよ。ついてこられますか?」

 ルビアナの真意を聞ききれないままで、ルビアナの攻撃はさらにスピードを増していく。ギーシュは必死にリズムをとってかわしながら、ルビアナの言葉の意味を考え続けた。

 

 ギーシュとルビアナのダンスは続き、激しさを増していく。

 そしてそれに呼応するかのように、キングジョーブラックは主人を守ろうというのか、動きを増してガイアとぶつかり合っていた。

「ジュワッ!」

 ガイアとキングジョーブラックが組み合い、正面から押し合っている。互いにパワーを全開にして譲らず、筋肉のきしむ音と金属のこすれる音が共鳴している。

 両者の力はほぼ拮抗。ガイアのスプリームヴァージョンは変身時間が短い代わりに強大なパワーを誇るが、ガイアが力を増すにつれてキングジョーブラックもさらに力を増してくるように思えた。

〔こいつも、そうなのか……〕

 我夢は、キングジョーブラックが最初の無機質な動きから少しずつ生き物のように変わってくるように感じていた。どこと説明するのは難しいが、腕の振りがせわしなくなり、独特な稼働音にも焦っているかのようなリズムの乱れが生じている。

 もちろん、常識的に考えてロボットのキングジョーブラックにそんな変化が表れるわけがない。しかし、ルビアナが片腕を失ったときからキングジョーブラックに表れ始めた変化を、我夢は認めていた。

〔そうか、お前も主人を守りたいんだな〕

 我夢は科学者であるが、科学だけがこの世の全てだと思ってはいない。例え電子頭脳しか持たない冷たい兵器であっても、ルビアナと果てしない時を共にしてきたこのキングジョーブラックにもプログラム以上のものが芽生えても不思議ではないかもしれない。かつて、我夢の作った人工知能PALが我夢の危機に自らの判断で戦いに望んだときのように。

 だが、だからこそこちらも負けるわけにはいかない。守るべきものを背負っているのはこちらも同じなのだ。

「ジュワアアアァ!」

 ガイアは渾身の力を振り絞ってキングジョーブラックを持ち上げると大地に叩きつけた。その激震でギーシュとルビアナも一瞬宙に浮かび上がったが、二人はリズムに乗ってなお舞い続けている。

〔来い! お前の信念、僕が全力で受け止めてやる〕

 誰もが大切なものを背負い、己の信念に従って戦っている。そこに善悪の違いはなく、主張の差でしかない。

 そして、もはや戦ってでしか互いの優劣を決められないのであれば、敬意を持って全力で叩き潰すしかない。

「ダアッ!」

 なんとしてでもルビアナの元へ向かおうとするキングジョーブラックを、ガイアは残り少ない全エネルギーを振り絞って食い止める。ライフゲージの鳴りは限界に達し、もうあといかほども時間は残っていないはずだが、ガイアは一歩も下がらない。

 

 誰もが死力を尽くし切り、決着はギーシュとルビアナに託された。二人は躍りながら互いをぶつけ合い、ダンスはクライマックスへと近づいていく。

「こうしていると思い出しますわ。ギーシュ様たちと再会したド・オルニエールでの日々を。あの時はとても楽しかったですね」

「そうだね、ぼくもはっきりと覚えているよ。君と過ごした日々は、一日だって忘れてはないさ。本当に、毎日が輝いていた」

「女湯を覗こうとしたことも覚えておいでですよね?」

 リズムを少し崩したペダニウムランチャーの一撃が、かわしたはずのギーシュの金髪を少々削り取っていく。

「ぶはっ! い、今そのことは言わなくていいんじゃないかい?」

「殿方の不埒をいさめるのもレディの大切な役目ですわ。うふふ、ご覧になりたいならおっしゃっていただければ隅々まで見せて差し上げましたのに、きっとモンモランシーさんも拒みませんわよ」

 うっ、と、隅々まで……ということを想像して赤面するギーシュとモンモランシー。紙一重で死が待っているというのに、彼らの空気はいつもと変わりはなかった。

 思い出は色あせず、消えず、二人の口から語られる愉快な日々の記憶は、モンモランシーやアンリエッタ、才人やルイズの脳裏にも、あれらの日々の懐かしい思い出を蘇らせた。

 ド・オルニエールで再会し、エレキングと必死に戦った時。

 温泉を作るために血へドを吐きながら奮闘し、ルビアナの差し入れてくれた弁当に皆で舌鼓を打った日。

 温泉につかりながら、女同士で恋ばなを時間を忘れて語り合った時。サーカスで席を並べて興奮した時。

 どれも大切で、懐かしい。時は流れても、思い出は消えない。

 そして、思い出は人間たちばかりではない。ルビアナは語り口を変えると、ダンスを見守っている傷ついたペダン星人兵とケムール人を見渡してにこりと微笑んだ。

「本当に、ハルケギニアにやってきてからは色鮮やかでいろんなことがありましたわ。そうですわ、せっかくですから、ギーシュ様たちの知らないところでわたくしたちが体験したこともお聞きくださいませ」

 そう言ってルビアナは、宇宙人としてハルケギニアで暮らした思い出を語り始めた。

 ルビティア領での領民との触れあい、彼女の仲間のペダン星人たちも一生懸命働いてくれて、その中でドジな新人の子がいていろいろと手を焼いたこと。

「お嬢さま……うぅっ」

 ダンスホールの傍らで、一人の傷ついたペダン星人の少女が苦しそうに声を漏らした。その傍らでは、兄貴分のペダン星人が彼女を守っている。

 ルビティアでの様々な人たちとの出会いと触れあい。そんな中でケムール人の侵略を察知して、彼らを説得して仲間に加え、共に夢に向かって邁進していこうと誓ったこと。

 その他にもルビアナはハルケギニアのあちこちを飛び回り、時に破壊を、時に救いをもたらしてきた。その奔走ぶりはとても言葉では語り尽くせないもので、ルビアナが口だけではなく、本気でハルケギニアを守ろうとしていた姿が目に浮かんでくる。

  

 世界を愛し、人々を愛し、人々から愛されたルビアナの有り様に嘘はないことを誰もが信じた。

 

 しかし、ルビアナの提示する未来は若者たちの求める未来とは相容れないものであり、その決着をつけねばならない。

 ギーシュとルビアナのダンスは続く。だがそれは永遠ではなく、終局は必ずやってくる。

 そして、幾百にも及ぶ死と隣り合わせのステップを経て、ついにギーシュとルビアナの舞踏はその全ての幕を閉じて、二人は同時に歩を止めた。

「終わったね……ルビアナ」

「ええ、ええ、わたくしのダンスに本当に最後までついていらすことができるなんて、さすがギーシュ様。わたくし、心の底から感動いたしましたわ」

 ルビアナが、ダンスを終えたギーシュに喜びに満ちた賞賛の言葉を贈った。もし今ルビアナに両手があったら、迷わずに拍手を贈っていることだろう。

 だが、やり遂げたギーシュの表情に喜びや達成感はなかった。ギーシュの持つペダニウムランチャーの銃口は、まっすぐにルビアナの胸の中央……心臓にあてがわれていたからだ。

「勝負あり……だね」

「はい、わたくしの負けですわ、ギーシュ様」

 あっさりと口にしたルビアナに、死を前にした緊張感はなかった。むしろ、待ちに待った時がやって来たという安堵や喜びの色が浮かんでいた。

「君は、死ぬのが怖くないのか?」

「いいえ、そんなことはありませんわ。死んで、もうギーシュ様と会えなくなると思うと胸が張り裂けそうに恐ろしいです。ですが、死ぬことでこの幾億年の間に先に逝ってしまわれたお友だちや仲間にまた会えると思えば、寂しくはないのですよ」

「君はそうして、数えきれないほどの生と死に立ち会ってきたんだね」

「ええ、そうして通り過ぎ続けてきたわたくしは、もう壊れてしまった人間なのかもしれませんわね。それよりギーシュ様こそ、今になって引き金を引くのが怖くなったということはありませんか?」

 ギーシュは悲しげに首を横に振った。

「君とともに最後まで踊って、君が一番望んでいるのはこれなんだって確信できた……ぼくも男だ、二言はないよ」

「ありがとうございます、ギーシュ様。それから、アンリエッタ女王陛下」

 ルビアナはそっと顔をアンリエッタに向けると小さく頭を下げながら言った。

「この国、この世界の行く末はあなた方にお任せします。わたくしが届かなかった光の国の夢も、あなた方ご夫妻に託しますわね」

「……ミス・ルビアナ、わたくしの微力にかけて努力していくことを、約束します」

 アンリエッタとウェールズは、為政者として果てしない理想を追い求めたルビアナの志を継いでいくことを誓った。

「ミス・ヴァリエール、才人さん、いつまでも仲良くね。すみませんが、皆さんにはよろしくお伝えくださいませ」

 ルイズと才人は、最後まで優しさを失わなかったルビアナの姿を目に焼き付け。

「ジオルデ、ラピス、お別れです」

「お嬢さま、早まらないでくださいっ」

「心配しないで、あなたたちはもう私なしでもちゃんとやっていけます。これからは、私のためではなく、それぞれみんなのやりたいことのために生きなさい。でも、できればルビティアのこともよろしくお願いしますね」

「は、はいっ……お引き受けします」

「おっ、お嬢さまぁぁーっ!」

「あらあらラピス、あなたは最後まで泣き虫ね。私がいなくても、がんばるのですよ。そうそう、私のお部屋、片付けておいてくださいね」

 ペダン星人の若い二人は、ルビアナの最後の言葉を聞き止め、決して忘れまいと涙を流した。

「ケムールの皆さん、あなた方に必要な生体細胞の老化改善の化学式はあなた方の宇宙船に転送しておきました。ですが、種の寿命を回復した後に繁栄も取り戻せるかはあなた方の努力次第です。頑張ってください」

 ケムールの指揮官は無言でルビアナに対して敬礼した。

 そして、ルビアナは最後にモンモランシーとギーシュを交互に見て言った。

「モンモランシーさん……ギーシュ様を、お願いいたしますね」

「わ、わかってる! わかってるんだから……」

 モンモランシーは涙を浮かべながらうなづき、そして最後にギーシュとルビアナは視線を交わし、微笑を浮かべ……。

「ギーシュ様、あなたを……心から愛しております」

「ぼくもだ」

「ありがとう……そして、さようなら」

「さよなら、ルビアナ」

 その瞬間、ギーシュは引き金を引いた。

 轟音と閃光。ペダニウムランチャーが火を吹き、ペダニウム合金製の弾丸はルビアナの胸を穿ち、瞬時に背中までを突き抜けたばかりか、その衝撃でルビアナの身体を宙に舞いあげた。

 夜空に舞う妖精のようにペダニウム合金の破片の尾を引いて飛ばされたルビアナは、城の尖塔の壁に叩きつけられて、磔のようにめり込まされた。

「ルビアナーっ!」

 ギーシュの絶叫が響いた。ペダニウムランチャーの反動でギーシュの腕もへし折られてアニエスのとき以上にひどいことになっているが、痛みなどどうでもよかった。

 尖塔の石壁にめり込まされたルビアナが最後ににこりと笑ったかのように、ギーシュと、彼の腕を治そうと駆け寄ってきたモンモランシーは見た気がした。だが次の瞬間、尖塔の石壁に大きく亀裂が走り、尖塔はルビアナごと轟音をあげて崩れ去ったのである。

「ああ……」

 誰もが一歩も動けずに、巨大な尖塔が瓦礫の山に変わっていく光景を見ていた。

 そして、ガイアと押し合いを続けていたキングジョーブラックのランプから光が消え、駆動音もぴたりと途絶えた。

 ガイアはそっとキングジョーブラックから離れ、最後まで主人のために動き続けた忠実な機械に敬意を込めてXIG形式の敬礼を送った。

 しかし、完全に動力を喪失したかに見えたキングジョーブラックが、信じられないことにそのまま数歩動いたのだ。ガイアはこれに反応するのが遅れ、キングジョーブラックはふらりとバランスを崩すと、ルビアナの消えた瓦礫の山に向かって倒れこみ、大爆発を起こした。

「危ない!」

「伏せろ!」

 爆風と爆炎が迫ってくる。誰かが叫び、ウェールズやタバサが魔法の障壁を張り、ガイアが人間たちをかばってバリアを張った。

 だが、ギーシュとモンモランシーにとってそんな危険など視野にはなかった。立ち上がる炎に向かって、二人の届かない声が空しく響く。

「ルビアナーっ!」

「ルビアナさーん!」

 炎は天まで焦がすほど燃え盛り、何も答えてはくれない。

 その夜、赤々と燃える炎は王宮を照らし続け、戦いに疲れはてた戦士たちはその光景をいつまでも見つめ続けたという……。

  

 

 ……そして、三日の時が過ぎた。

  

 

 その日は雲一つない快晴で、トリスタニアの街もすでに落ち着きを取り戻していた。

 そんな平和な昼過ぎ時のこと。トリスタニアから少し離れた郊外に日当たりのよい墓所があり、ギーシュとモンモランシーはその端にある真新しい墓を訪れていた。

「ルビアナ、君に墓なんて一番似合わないものだと思うけど、一応これも礼儀だ。許してくれ」

 ギーシュが寂しげに小さな墓石に向かって告げると、傍らに控えていたモンモランシーが、花束を墓石のたもとに下ろした。

 墓石には墓碑銘もなく、無地の大理石が陽光を反射して輝いている。その磨かれた表面には、ギブスと包帯で両腕をぐるぐる巻きにしたギーシュの姿が写っていた。

「あの日のことを、夢だと思いたかったけど、この傷の痛みが現実だと教えてくれたよ。君はもう、本当にいないんだね」

 ペダニウムランチャーの反動はギーシュの腕をめちゃめちゃに破壊していた。魔法を用いてもとてもすぐに治すのは不可能で、あの戦いが終わった後にギーシュは三日間昏睡状態に陥り、モンモランシーはつきっきりで看病し続けた。手術にあたった医者が言うには、腕を切断せずにすんだのは奇跡だったらしい。

 しかし、ギーシュにとって腕の痛みなどどうでもよかった。腕の痛みはいつか消える。けれど、胸の奥には大きな穴が空いてしまっていたからだ。

 長い眠りから覚めたとき、ギーシュはモンモランシーからすべてが終わっていたことを聞かされた。

 

 戦闘終了後、残ったペダン星人兵はすべてが投降し、アンリエッタからの丁重に扱うようにとの厳命の下で現在拘禁されている。

 ルビアナが宇宙人であったことは、銃士隊を含めその場にいた者すべてに箝口令が敷かれ、ルビアナはルビティアに帰ったことにされたらしい。ルビアナがいなくなった後のルビティアをどうするのかについては、まだ検討中だそうだ。

 郊外に墜落したペダン星人の円盤も、今はどうこうする余力がないので周囲を立ち入り禁止にして放置されている。調査が行われるようになるには、まだしばらくかかることだろう。

 半焼した王宮も、再建は後回しにされることとなった。それよりも、女王にはやるべきことが多かったし、ウェールズも帰国を延期して助力してくれている。

 また、仮装舞踏会に集まった数多くの貴賓に対する詫びも山積している。アンリエッタとウェールズが毅然とした態度を示したおかげで表立って文句をつけてくる者はいなかったが、今後の外交にも影響を及ぼしてくるのは間違いない。

 そのほかにも、細かなものまで含めれば眩暈がするような問題が積みあがっていた。少なくとも、あと一週間は騒動は続くことだろう。聞くところによると、ルイズたちや水精霊騎士隊の皆も自発的に動いているらしい。

 だが、不謹慎ながらギーシュは後始末に追われるそんな人たちをうらやましいと思えた。多忙であれば、その間だけは胸の奥の喪失感を忘れることができるからだ。

 

 ルビアナは……もういない。ギーシュは目を覚まして真っ先にモンモランシーにルビアナの消息を尋ねたが、モンモランシーは悲しげに首を振った。一晩中燃え続けたキングジョーブラックの残骸が鎮火した後、瓦礫の山の底まで掘り返されたが、とうとうルビアナの遺体は見つからなかったのだそうだ。

 完全に燃え尽きてしまったのか、それとも……。確かなことは、あの夜以降、ルビアナの姿を見た者は誰もいないということだけである。

「今でも、君がどこかで生きているんじゃないかって、淡い期待を抱いてるよ。ルビアナ……でももう、君がぼくたちの前に現れてくれることは二度とないのだろうね」

 ギーシュの見下ろす先で、墓石に備えられた花束が風を受けて小さく揺れている。自然と目からは涙がこぼれてくるが、ぬぐいたくても手が動かない。

「ルビアナ、ぼくは本当に、こうすることでよかったんだろうか?」

 流れる涙を、モンモランシーがハンカチでぬぐってくれた。モンモランシーも墓石を見下ろしながら、寂しげにつぶやく。

「きっと、ルビアナさんは満足してくれているわ。ギーシュ、あなたがルビアナさんの願いをかなえてあげたのよ」

「ぼくにはわからないよ。ルビアナがそれを望んでいたのはわかるけど、どうしてぼくに討たれなきゃいけなかったんだ?」

「そうね……きっとそれが、ルビアナさんが何億年も生きてきて求め続けていた本当の理由。理想の世界、光の国、ルビアナさんは果てしない夢を追っていたように見えたけど、きっとそれらは本当に欲しかったもののための代わりだったんじゃないかしら」

「それこそわからないよ。ルビアナほどの人が求めても手に入らないなんて、そんなすごい宝があるのかい?」

 ギーシュは心からモンモランシーに尋ねた。永遠の命さえ手に入れ、全知全能に等しい力を持っていたルビアナでも手に入れられなかったもの。どれだけ考えても、ギーシュにはわからなかった。

 するとモンモランシーは目を伏せると、次に空をあおぎながらゆっくりと言った。

「ルビアナさんはきっと……お母さんになりたかったんじゃないかしら」

「え……?」

「ルビアナさんが教えてくれたの。自分の夢は、お嫁さんになることだって。あの人はずっと、なにかを愛し、育てることを続けてきたわ。それは、母としての在りようそのもの……だけど、ルビアナさんは自分の子供だけは持てなかった……あの人はずっと、産むことのできない自分の子供を探し続けていたんだと思うわ」

「そんな、ルビアナほどの器量なら婿になりたい男なんていくらだって」

 ギーシュが戸惑ったように言うと、モンモランシーはぎろりとギーシュを厳しい視線で睨み返した。

「子供のためだけに好きでもない男に抱かれろって言うの? わたしなら死んでもごめんだわ」

「う、それは……」

「覚えておきなさい。男はともかく、女にとって結婚は自分のすべてを捧げることなのよ。男の汚れた理屈なんかで女を軽く計らないで」

 モンモランシーから浮気した時でもこんなきつく言われたことはなかったので、ギーシュはひやりとしながらうなづいた。そういえば、アンリエッタ女王陛下も昔に政略結婚でゲルマニアの皇帝と縁談が上がりかけたことがあったが、そうして思えばどれほどの苦悩だったのだろう。

 だが、考えてみればそのとおりだ。ルビアナは、子供を産む体は残していると言っていたが、それだけ長い時を生きたにも関わらずに子供はいなかった。そして、ルビアナはその全能ゆえに、伴侶となりえる男子とだけは巡り合えなかったのかもしれない。それはきっと、とても悲しいことなのだろうとギーシュは思った。普通の人間なら誰しも持てるはずの幸せを、彼女は逆に手に入れられなかったのだ。

「すべてを愛していたけれど、本当に愛し愛されたい人にだけは巡り合えなかったのか……ルビアナ、君は本当に純粋な人だったんだね。一度でも、君を思いきり抱き締めてあげたかった。けれどモンモランシー、それとどうしてルビアナがぼくに討たれることがつながるんだい?」

「……わたしが魔法学院に入る前、お母様に言われたことがあるの。「モンモランシー、魔法学院で勉強して立派なメイジになるのよ。あなたが母よりも優れた人間になることが、母にとって一番の喜びであり恩返しだと思いなさい」って……親にとって最大の願いは、子供が自分を超えていくこと。ルビアナさんも同じ気持ちだったとしたら、きっとギーシュに倒されることで、この世界の人間が自分より優れているということを証明してもらいたかったのよ」

「……悲しいね。望みが叶う瞬間が、自分が死ぬ時だなんて。フッ、でもそれじゃぼくはルビアナの子みたいじゃないか」

「そうね。たぶんルビアナさんにとって、あんたは愛しい男性であると同時に手のかかる息子みたいなものだったんでしょう。それを、歪んでると思う?」

 モンモランシーが聞くと、ギーシュはさっきモンモランシーがやったのと同じように空を仰いで答えた。

「人間なんて多かれ少なかれ歪んでるもんさ。レディは、そこが愛しいんじゃないか。だけど、ぼくもまだまだレディに対する勉強が足りないね。モンモランシーだけがルビアナの思いに気づけたのも、きっとルビアナは君のことも妹や娘のように思っていたからなんだろうね」

「ええ、本当に誰よりも愛の深かった人……だからこそ、もっとも愛するものを突き放さなきゃいけなかったのよ」

 人は愛するものをずっと自分のそばに置いておこうとする。だが、親は子供のためにあえて試練を与えて親離れをうながさねばならない。

 ルビアナはこれまでにも、心血を注いで育ててきた星の人々が自立し、自力で繁栄できるように願ってきた。だが、皮肉なことにルビアナは優れすぎるがゆえに、星々の人々はルビアナの手を離れて生きることができなかった。

 籠の中のカナリアは、どんなに羽つやが良く、美しい声で鳴けたとしても籠の外では生きていけない。そう気づいてしまったルビアナは、籠の中を理想の世界、光の国にして、永遠に守り続けていこうとしていた。けれどルビアナは本心では待っていたのだ。籠の外に飛び出して、鷹やカラスとも渡り合っていけるような強いカナリアを。

 自分たちはそうして、ついに自立の証を立てた。ルビアナはそれを見届けた以上、親として退場しなければならなかったのだ。それが正しかったのかどうか、もう確かめる術はない。それでもルビアナは最後の最後まで、自分以外のもののために尽くそうとしていた。それだけは間違いない。

 最後にギーシュたちは目を閉じてルビアナのために祈りを捧げた。

「さようならルビアナ。君のことは永遠に忘れない」

「わたしたちがあなたの期待にどこまで応えられるかはわからない。けど、できるだけやってみるわ。あなたも愛してくれたこのハルケギニアを、守り抜いて見せるから」

 ルビアナの存在は確かにハルケギニアに混乱を招いた。しかし、同時に多くの人を救い、様々なことを学ばせてくれた。

 せめて、空のかなたからハルケギニアを見守っていてくれと二人は願った。ルビアナが夢見た、幸福な未来を築いていくためにがんばるから。

 祈る二人の傍らを、誰かの吐息に似た優しい風が通り過ぎていったような感じがした。

 

 そうして祈りの時間が過ぎると、ギーシュはモンモランシーを伴って帰路についた。

「さ、そろそろ帰ろうかモンモランシー」

「転ばないでよ。あなたの腕、これ以上痛めたら本当に切るしかなくなるんだからね」

 当分の間ギーシュは両腕が使えないため、日常生活でも食事でもモンモランシーの介助が必要になる。貴族のギーシュならば専属の看護婦を一人つけるくらいはできなくはないが、モンモランシーがぜひ自分がと譲らなかった。

「あんたみたいなのを一人で置いとけば病院の迷惑になるわ。このわたしが治るまでついていてあげるから感謝しなさい」

「モンモランシー! 君はなんてすばらしい人なんだ。さすがのぼくでもそれだけは恥ずかしくて言えないと思っていたのに。ああ、こんなバラ色の入院生活を送る患者なんてこの世にいていいのだろうか!」

 ギーシュは歓喜でモンモランシーの提案を受け入れた。もっともモンモランシーにとっては、ギーシュが浮気できない上に否が応でも自分に頼らなければならないなんていう状況、そうそうあるものではない。こんな大チャンスを逃す手はなかった。

 朝から晩までお互いにいっしょ。考えただけで二人とも興奮するが、モンモランシーは内心で、「待ってなさいよギーシュ。この機会にじっくり調教して、わたしのことしか見られないようにしてあげる」と、野心を燃やしていた。

 恋愛はあらゆる手段が正当化されるという。男を我が物にする最終手段として、両手両足ぶっちぎってその女なしでは生きられないようにしてやれという怖いものがあるが、その機会が向こうからやってきてくれたのだ。

「もしかしてルビアナさんはここまで見越して、わたしにギーシュを落とせと言ってくれているのかも。ルビアナさん、見守っていてください。わたし必ずギーシュをものにして見せますから!」

 ギーシュの肩を支えながら、モンモランシーは心の中で誓った。青空の上でルビアナが、そんな二人を応援するように優しく微笑んだ気がした。

 失った人は帰らない。しかし、いつまでもメソメソしてはいられないと、二人は努めて明るく今を生きようとしていた。

 

 

 だが、ハルケギニアのはるかな空の上から全てを見下ろして高笑いする影が一つ。

「アッハッハッハ! コォンプリートゥ! ついに手に入れましたよ。高純度で量もバッチリな『悲しみ』の感情のエネルギーを。ペダン星人さん、あなたには何度も煮え湯を飲まされましたが、最後だけは感謝しましょう。これで、私の実験を開始するには十分な数の素材が集まりました。あとは、あの感情さえ採集できればフル・コンプリート! そのためにも、最後に最高の茶番を期待しますよ。その暁には……フフフ、アーハッハッ!」

 我が世の春が来たと、コウモリ姿の影が揺れる。

 ついに邪魔者がいなくなった今、彼が狙うものとはなんなのか? グラン・トロワのはるか地下で、途方もなく巨大な何かが脈動を始めていたことを知る者は、まだ誰もいない。 

  

「フフフ、これからさらに賑やかになりますよ。そろそろ、あの方々にも登場していただきますか。フフフ、フッフハハ……」

 

 

 

 続く


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