ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第3話  甘酸っぱい宝石

 第3話

 甘酸っぱい宝石

 

 水異怪獣 マジャッパ 登場!

 

 

〔まさかまたここで戦うことになるなんてな。佐々木さんよ、俺にとっちゃついこないだのことだけど、あんたもうひ孫までいるんだってな。また会えないのが残念だけど、あんたといっしょに守ったこの村はもう一度俺が守ってやるぜ!〕

 ウルトラマンダイナ、アスカ・シンの胸中に三十年前のタルブ村でのギマイラとの戦いの思い出が蘇ってくる。あのときから時空を超えて旅をしてきたアスカとの間には三十年の時間差が生まれ、今のタルブ村はアスカの知っているタルブ村とは大きく変わってしまっているが、それでもここが戦友と命をかけて守ったあの場所なのは変わりない。

 対して、ダイナの前に立ちふさがるのはタツノオトシゴのような頭を持つ水生生物ぽい外見をした奇妙な怪獣だ。細長い鼻と、死んだ魚のような目が特徴的で、アスカも見たことがない奇怪な野郎だ。

 しかし、奇怪な怪獣と戦うのはダイナにとって元の宇宙にいたときからよくあった。変な奴といえば、ゾンバイユやメノーファ、ユメノカタマリみたいな訳のわからない連中に比べればこいつはまだマシなほうだ。それよりも、こいつはタルブ村で一番大事なところを狙っていることが許せない。

〔佐々木さんが心血を注いで育てたブドウ畑をつぶそうなんて。お前! ただじゃすまない覚悟はできてるんだろうな〕

 怪獣はタルブ村の命とも言えるブドウ畑の貯水池を狙っている。水生型怪獣ならば当然と言えるかもしれないが、もし水源が汚染されでもしたらブドウ畑が壊滅してしまう。

 指をゴキゴキと鳴らしながら怒るダイナに対して、怪獣はつぶれたカエルのような聞き苦しい鳴き声をあげながら首を振っている。だが、考えていることが読めない奴ではあるが、貯水池に向かうのをやめるつもりはないようだ。ブドウ畑と貯水池を守って立つダイナに、タルブ村の村人たちからのエールが送られる。

「おおっ、ウルトラマンだ。はじめて見るウルトラマンだぞ!」

「頼むぞーっウルトラマン! 俺たちの村を守ってくれ」

 応援の声を送ってくれる村人たちの中にはシエスタの弟妹たちもおり、ダイナは気取って答えることはしなかったが、心の中で気合を入れなおした。ダイナがここで戦うのは二度目だが、多くの村人たちはそれを知らない。だがそんなことはいい。守りたいという気持ちが変わることはない。

 怪獣は相変わらずとぼけた様子で、こちらを抜く機会をうかがっているようである。そっちがその気ならこっちも容赦はしないと、ダイナはこぶしを振りかぶって攻撃にかかった。

「デヤァァツ、ノワッ!?」

 だがダイナが殴りかかろうとしたとき、怪獣は口を開けて黄色いガスをダイナに向かって吹きかけてきたのだ。そのゲップのような攻撃にさしものダイナもひるみ、ガスを少し吸い込んでむせてしまった。

〔ゴホッゴホッ、なんだこの匂いは!?〕

 黄色いガスは毒ガスではないようだったが、特殊な成分が含まれているらしく、体がしびれてきた。だが、このくらいでまいるほどダイナは繊細な神経はしていない。体のしびれを根性で抑え込んで、怪獣の顔面にストレートパンチをお見舞いした。

「デュワァッ!」

 アスカ必殺の剛速球にも似たパンチが怪獣の左顔面を見事にとらえた。どうだ! しかし、ブヨブヨしたスポンジのような怪獣の体は衝撃にあまりこたえた様子はなく、逆に太い腕を振るってダイナを張り倒してきた。

「ウワッ!」

 けっこう力が強く、ダイナはよろめいて軽く頭がフラフラしてしまった。しかも、この野郎! と思っても怪獣はヘラヘラとするだけで、こっちの怒りも空回りしてしまう。

 

 いったいなんなのであろうかこいつは? 実はトリステインのある古文書に、その名が記されていた。

『その獣はマジャッパ。悪しき意思にて水を独占せんとする、あってはならぬ魔物』

 その古文書がいつの時代に誰の手で書かれたのかは誰にもわからない。しかし、その古文書にはこれの他にも数多の怪獣の記述が細かに記されており、世に出れば多くの役に立つことだろう。

 惜しむらくは、王立図書館の倉庫深くに仕舞いこまれて完全に忘れ去られていることであるが……。

 

 しかし、名前や正体がどうであろうと、マジャッパがタルブ村に災いをもたらす存在であることだけは確かだ。

 マジャッパは、ダイナがあくまで貯水地に向かうのをジャマする気だとわかると、今度は向こうから攻撃を仕掛けてきた。長く伸びた鼻先から高圧水流が噴き出して、鞭のようにダイナに襲いかかってくる!

〔おおっとお!〕

 ダイナは右に跳んでかわした。高圧水流はそのまま地面をえぐって、地面に大きな傷跡を残した。

 危ない危ない。水もここまでの水圧をかければ破壊光線と変わりない。

〔こりゃあ、こっちもペースとられてる場合じゃねえな〕

 ダイナも気を取り直し、親指で唇をぬぐうしぐさで気合を入れなおす。白い眼に闘志を込め、前かがみになったダイナは得意の真っ向勝負でマジャッパに体ごと突っ込んでいった。

「ダアアッ!」

 小細工なんかなにもない。肉弾と化してのショルダータックルに、マジャッパは吹っ飛んで背中から草原に叩きつけられた。

 どうだ! 出塁で鍛えたこの脚力と体の頑丈さは伊達ではない。野球は球を投げて打つだけではない、いやすべての球技は殴り合わない格闘技。土と泥と血と汗の中で鍛え上げた体をなめるな。

 ダイナは転倒したマジャッパの尻尾を掴むと、渾身の力を込めて振り回した。

『ハリケーンスウィング!』

 ダイナの青と赤のラインが走る腕の筋肉が張り詰め、グルングルンと豪快にマジャッパの体が回転する。そしてダイナは、暴れるならもっと広い場所でやろうぜと、マジャッパを以前にウルトラマンヒカリとエンマーゴが戦った村の広場へと放り投げた。

「ドリャアッ!」

 マジャッパは宙を舞い、地面に顔面から叩きつけられた。だが、軟体じみた体で衝撃を吸収して、あまりダメージを受けた様子無く起き上がってくる。

 上等! こんなもので参るようなへっぽこ怪獣でないことはもうわかっている。ダイナもジャンプで追ってマジャッパの前に降り立ち、戦いは第二ラウンドへと突入した。

 

 ダイナの額のクリスタルと、マジャッパの金色のとさかが日を反射してきらりと光り、両者は再び激突する。

 至近距離から高圧水流を浴びせようとするマジャッパに対して、ダイナは懐に飛び込んで屈んだ姿勢からフラッシュチョップをお見舞いする。

「ヘヤッ!」

 マジャッパの脇腹に決まったチョップから火花が飛び散り、のけぞって後退するマジャッパ。

 しかしこの程度でまいるわけもなく、再びしびれる効果のある黄色いガスを浴びせようとしてくるが、そうはさせじとダイナはマジャッパの顎を掴んで無理矢理口を閉めさせた。

〔マナーの悪い奴はコウダ隊員に叱られるぜ!〕

 人にゲップをかけるなんてとんでもない奴だ。ダイナはさらにキックをくわえてのけぞらせ、体格で上回るマジャッパに下からアッパーカットを食らわせた。

 そのダイナミックな戦いぶりに、特に村の子供たちはおおはしゃぎだ。

「わーい! すっごいぞ、かっこいいーっ」

「がんばれーっ、怪獣をやっつけろーっ」

 シエスタの弟たちも、近所の友だちといっしょに大興奮している。なにせ、テレビもネットも漫画もない、平民はほとんど文盲だから物語といえば親や祖父母からの語り聞かせしか存在しない彼らの前に、現実の大スペクタクルが繰り広げられているのだ。

 だが、実戦は筋書きのないドラマである。悪者だってすんなりやられてくれるわけがない。マジャッパはダイナ必殺のダイナックルを腹に受けると、げほりと吐いて後退した。そこに追撃のキックを打ち込もうとしたダイナだったが、マジャッパは空気に溶け込むようにして消えてしまったのだ。

「フッ!?」

 キックが空振りし、ダイナはきょろきょろと左右を見回した。

 まさか、あんな間抜けな面してテレポートか? だがダイナの勘は外れていて、なにもいないはずのところから、いきなりダイナの後頭部に打撃が入った。

「ウワッ!?」

 びっくりして振り向いても何もいない。にも関わらず、またもダイナの真横から強烈な一撃が繰り出されて、ダイナは思い切り吹っ飛ばされてしまった。

「ウワアァッ!」

 背中で物置小屋を潰しながら倒れこむダイナ。見守っている村人たちは何がなんだかわからないでおろおろしていたが、発想が柔軟な子供たちはすぐカラクリを見抜いていた。

「あの怪獣、体を水みたいに透けさせるんだ。水みたいに見えなくなっちゃうんだ!」

 そう、つまりは透明化能力であった。姿を消し、死角から不意打ちをかけてくる。単純だが厄介な能力だ。

 村の大人たちも子供たちの声でそれに気づき、見えない相手なんかどうやって戦えばいいんだと困惑している。しかし、この程度のこけおどしで参るダイナではない。相手が特殊能力で来るなら目には目をだ。

「フゥゥゥン! ダァッ!」

 気合の掛け声とともにダイナの額のクリスタルが輝き、その体の色が青へと変わった。

『ウルトラマンダイナ・ミラクルタイプ!』

 超能力戦を得意とする青い姿。この姿に変わったからには小細工なんて通用しない、ダイナはウルトラアイを集中させて、マジャッパの実体を探した。

『ウルトラスルーアイ』

 ダイナの透視能力が透明になっているマジャッパの実体を見破る。

”そこか!”

 後ろから殴りかかってこようとしていたマジャッパの攻撃を察知したダイナは、逆に目にもとまらぬスピードでマジャッパの後ろに回り込んだ。

 速い! タルブ村一番の猟師の目でもその動きを捉えることはできなかった。ミラクルタイプはスピード戦術も得意とし、並の怪獣では目で追うこともできない。

 マジャッパに振り返る隙さえ与えずの、ミラクルキック、ミラクルチョップの連続攻撃。火花が飛び散り、透明化が解除されて巨体が揺らぐ。

「すげえ!」

 村人たちから歓声があがる。ダイナはさらに追撃をかけようとしているが、村人たちの中で一人だけ心配そうに見守っている女性がいた。

「ああ、ダメダメ、調子に乗っちゃ」

 彼女がそう言ったとたん、マジャッパの尻尾が振るわれてダイナの横っ面を弾き飛ばしてしまった。

「ムワアッ!?」

 不意打ちの一発はダイナも避けられず、クリーンヒットをもらってしまった。ミラクルタイプはスピードは上がるがパワーは減少してしまうため、攻撃に耐えたマジャッパは反撃に出ることができたのだ。

 さらにマジャッパはとぼけた顔とは裏腹にバカではないようで、今のダイナにパワーが欠けていることに気づくと、両手のひらをダイナに向けて、その腕にタコのようについている吸盤から猛烈な勢いの吸引をおこなってダイナを吸い寄せてきた。

〔なんだっ! ひ、引っ張られる!?〕

 踏ん張って耐えようとしても、伸びきったゴムをつけられてしまったようにグイグイ引っ張られてしまう。まるでブラックホールだ、耐えきれない。

「ヌアァッ!」

 ついにダイナは吸引に負けてマジャッパの腕の中に捕まってしまった。マジャッパはダイナを両腕でガッチリと抱き締めて、鯖折りのように締め上げてくる。

「ムアアッ!」

 ダイナの体の骨がきしみ、苦悶の声が漏れる。ギリギリと締め付ける力は強くなってきて、ミラクルタイプの力では振りきれない。

 テレポーテーションを。だけどこんなに締め付けられていてはと、ダイナが焦りを感じ始めたその時だった。

「がんばってーっ! アスカさーん。あなたの力は、こんなものじゃないはずよ」

 その声を耳にしたとき、ダイナの胸に懐かしい思い出が蘇ってきた。あのギマイラとの戦いのとき、短い間でも苦楽を共にした仲間の声。

「あなたは一人じゃない。私だって、おじいちゃんだって今でもあなたといっしょにいるわ。だからがんばって! 本当の戦いは、これからでしょう!」

 ダイナの目に、シエスタを少し老いさせたような初老の婦人がこちらを向いて、アスカの得意なサムズアップをしているのが映った。

〔レリアちゃん……そうか、そうだったぜ〕

 佐々木さんはいなくなったが、まだ君はいてくれたんだな。アスカは、あれから長い時が経っていたことを知り、タルブ村に近づくことを避けてきたが、時が経っても自分のことを覚えてくれている人がまだいたことを知った。

 あのとき、盗賊に襲われていた時に佐々木さんに助けられ、その後にカリーヌにも会った。そして強敵ギマイラに力を合わせて挑み、ガンクルセイダーを飛ばし、みんなで寄せ鍋を食った。そうした後の死闘……。 

 そうだ、あの日の戦いに比べたらこのくらいなんてことはない。俺にはまだ、超能力よりも先に頼れる武器があるんだった。

「ムンッ、ダアアァァーーッ!」

 ダイナはマジャッパに掴まれたまま、奴の腰をとって全力で力を込めた。

 確かにミラクルタイプはパワーが弱い。だが、限界を超える武器をアスカは持っている。一瞬でいい、その一瞬で全てをかけてこいつを倒す。人間なら誰もが持っている、根性という武器で。

 なんと、マジャッパの体がダイナに吊り上げられて宙に浮いた。そしてそのままダイナは後ろに倒れこむようにして、マジャッパの頭をフロントスープレックスの要領で一気に地面に叩きつけたのだ!

「ドリャアァッ!」

 ミラクルタイプらしからぬ豪快な力技。しかしそのインパクトは抜群で、見ていた村人たちは喝采をあげ、さすがに頭を自分の体重ごと強打されたマジャッパは白目をむいて泡を吐いた。

 そして、起き上がったダイナは、声援を送ってくれた彼女。かつて共にギマイラと戦い、今ではシエスタの母となっているレリアに向けて、グッとサムズアップを見せて返した。

”ありがとう”

 けれど、マジャッパはしぶとくもまだ起き上がって向かってこようとしている。しつこい! ダイナは手裏剣を投げつけるように光弾をマジャッパの頭に向けて発射した。

『ビームスライサー!』

 光弾はマジャッパに見事に当たり、消耗していたマジャッパは今ので痺れたのか、へたりこんで動かなくなってしまった。

〔へっ、まいったか〕

 面倒な怪獣だったが、ダイナがやられるほどの相手でもなかった。カラータイマーはまだ青のままで、あとはレボリュームウェーブで消滅させてしまえばダイナの勝ちだ。

 グロッキー状態のマジャッパを見て、村人たちも勝利を確信して肩の力を抜いている。しかし、いざダイナがレボリュームウェーブを放とうと構えをとったときだった。レリアは突然寒気のようなものを感じて空を見上げ、悲鳴のように叫んだ。

「あっ、あれは何? 何か、何か変なものが近づいてくるわ!」

 はっと皆が空を見上げると、青空を背景に黒い何かが近づいてくる。雲? 鳥の群れ?  いや、黒いもやのような不気味なものが、蜂の群れのように意思を持ってやってくる。しかも、二方向から二つも!

〔なんだありゃ、気味悪い〕

 ダイナも戸惑って空を見上げた。なんだか分からないが、とても嫌な感じがする。一体なんだ!?

 二つの黒いもやは、吸い込まれるようにしてマジャッパに向かっていく。実はそれは、この場にいる誰も知る由もなかったが、先ほどエースとガイアたちによって倒されて霧散したはずのグエバッサーとスーパーグランドキングの邪念の残留エネルギーであり、そして二つのそれは意思を持っているかのようにマジャッパの体に飛び込んでいった。

「ヘヤッ!?」

 ダイナの見ている前で、マジャッパの体が変化していく。それはガディバに寄生された怪獣のようにも思われ、体から青みがかった体色が消え、頭部に赤い禍々しいクリスタルが装着された。

 これは一体!? 戸惑うダイナの前で、マジャッパは元気を取り戻して鳴き声をあげながら起き上がってくる。さらに復活したマジャッパはダイナを見据えると、その口を広げて再び黄色いガスを吹き付けてきた。

〔なんだまたこんなもの……って、なんだこりゃ、臭ぇ!〕

 なんと、ガスには先ほどのマジャッパのものにはなかった強烈な臭気が加わっていた。それは直接吸い込まなくても感じるほど強烈なもので、かなり距離をとっていたはずの村人たちも異臭を感じて鼻を押さえて悲鳴をあげた。

「うわっ、なんだこりゃ! 夏場のオヤジの手拭いみたいな匂いだ」

「いいや、洗ってない馬のケツみたいなひでえ匂いだ」

「いやいや、生乾きの煙草を燃やしたみたいな匂いだよ!」

 要するに、様々な腐敗臭や刺激臭が混ざり合った悪臭ということで、村人たちは口と鼻を抑えて一目散に逃げて行った。

 レリアもせき込みながら必死に耐えているが、目から涙もあふれて苦しんでいる。ダイナは、これは臭がっている場合じゃねえと、強化されたマジャッパに向かっていったが、近づいたときの奴の臭いはさらに半端ではなかった。

「グ、グエェェッ……」

 ウルトラマンでも吐きそうになる臭さ。以前にゴミの塊から生まれた怪獣のユメノカタマリと戦った時も多少は異臭がしたが、これは比べ物にならない。眩暈がしてくる。

 ダイナは組み付くのをあきらめた。とてもじゃないが嗅いでいられるもんじゃない。

 距離を取り、臭いから離れるともう一度ビームスライサーを放った。しかし、奴は防御力も相応に強化されているらしく、ビームスライサーを体のヒレではじき返すと、反撃に鼻から水流を放ってダイナを吹っ飛ばしてしまった。

「ノワアアッ!」

 水流の威力も上がっている。銃弾で撃たれたようだ。ダイナはすぐに起き上がれず、さらに時間経過でカラータイマーまで赤く鳴り出してしまった。

〔く、ちくしょう、こんな臭いなんかにやられてたまるか〕

 アスカは気合を入れるが、痛みに耐えるのとは違って、臭いというのはたとえばタマネギを切っているときに涙をこらえようと思っても無理なように、感覚にダイレクトに来るものだからこらえられない。人によっては単なる悪臭でも体調を崩す人がいるように、強烈な臭いはウルトラマンの体さえもマヒさせてしまった。

 思うように体を動かせないダイナに、奴は悠々と近づいて蹴り飛ばし、ダイナは地面の上に転がった。

「グウゥゥ……ッ」

 いくらダイナでも、毒ガスの中にいるような状態ではまともに戦えず、奴の悪臭でめまいはするし視界は歪むしで避けることもできなかった。

 このままだとやられるっ! しかし、さらに追い討ちをかけてくるのかと思われた強化マジャッパはダイナをぷいと無視すると、またもブドウ畑の貯水地に向かい始めたのだ。

「けほけほ、い、いけない。あんなのに近づかれたら村のブドウが売り物にならなくなっちゃうわ!」

 レリアは咳き込みながら走り出した。タルブ村のブドウ畑は村の生命線、あれをやられたら税金も払えなくなって村がつぶれてしまう。

「怪獣! こっちよ、こっちに来なさい!」

 レリアは怪獣に向かって大声で叫んだ。もちろん、その無茶な行為に村人たちはやめろと叫んでいるがレリアはやめず、うるささに気づいたマジャッパはレリアのほうを向いて立ち止まった。

 まずい! 奴はレリアに狙いを定めている。あの高圧水流を受けたら人間なんか粉々で欠片も残らない。ダイナも「逃げろ」と叫びそうになったが、それを遮ってレリアの声が響いた。

「行かせません! タルブのブドウ畑はおじいちゃんが精魂込めて育てた人生の結晶。そして、これからシエスタたちに受け継がされる大切な財産です。あなたなんかの近づいていい場所じゃありません。出ていきなさい!」

 怪獣相手に啖呵を切るその姿は、村人たちや彼女の子供たちも一瞬圧倒されるような迫力を秘めていた。

 そしてアスカは、あのときは幼かったレリアが年月を経て大人に、立派な母親になっていたことを知って胸を熱くした。

〔じいさん、あんた死んでなんかいなかったんだな。へっ、かっこいいぜ〕

 まるであの日の佐々木さんが生き返ったみたいだ。あの人の勇敢な魂は、確かに孫娘に受け継がれていたのだ。

 しかし、強化マジャッパは感情を感じさせない目をぎょろりとさせると、無情に高圧水流の狙いを定めた。

 危ない! 村人たちは叫び、ダイナは体の痺れを振り切って走り出そうとしたその時だった。突然、無風の青空に突風が吹きすさび、台風のような空気の奔流が強化マジャッパを横から吹き飛ばしたのである。

「!?」

 誰も、なにが起きたのかわからなかった。こんないい天気の日に、急に突風が起きるわけがない。

 何故? 理由を求めて風上を見た人々は一様に愕然とした。そこには、タルブのブドウ畑を背にして、一羽の巨大な怪鳥が翼を羽ばたかせていたのである。

「ま、また別の怪獣かあ!」

「いえ、違うわ。あれは……カリーヌさんの」

 驚く村人たちとは別に、レリアにはわかっていた。あれは、カリーヌの使い魔のラルゲユウス。そう、間違いない。

 ラルゲユウスはその翼を大きく振り、強化マジャッパに突風を送り続けている。強化マジャッパも反撃しようとしているが、ガスも高圧水流も吹き返されてしまうだけだ。

 そして、ダイナ……アスカもすべてを察していた。カリーヌはあの頃より重い地位につき、今ごろはトリスタニアから動けないはず。けれどタルブ村と親友の危機を黙って見過ごせず、使い魔だけでも助けに差し向けてくれたのだ。

〔なんだ、あのときと同じじゃねえか……〕

 アスカは、目頭が熱くなる思いを感じた。あのときから一世代ほどの時間が過ぎているというのに、あのときと同じ者たちが形を変えてもここに揃っている。

 いや、正確にはエルフの少女ティリーだけはいない。しかし彼女もこの世界で信念を貫いて生き抜き、今は娘が立派に頑張っていると聞いている。意思は受け継がれ、決して消えることはない。

 突風で悪臭も吹き飛ばされ、ダイナも新鮮な空気を吸って元気を取り戻した。今だ! ダイナ!

「デュワッ!」

 ダイナは力強く立ち上がると、腕を組んで残ったエネルギーを解放した。額のクリスタルが輝き、ダイナの力をフルに使える基本形態に立ち返る。

『ウルトラマンダイナ・フラッシュタイプ』

 ミラクルタイプで失っていたパワーを取り戻したダイナは、ラルゲユウスの風に乗って走った。体が軽い、それに風が守ってくれている限り悪臭も怖くはない。

「ダアアッ!」

 ダイナは強化マジャッパに組み着くと、風の勢いのままに押し倒して足を掴んだ。もう一度この技を食らえ! ダイナは怒りの全パワーを発揮して強化マジャッパをぶん回した! 

『ハリケーンスゥイング!』

 風で勢いを増し、まるで風車のように凄まじい速さでマジャッパの六万トン超の体が振り回される。マジャッパは目を回し、ダイナは最後に渾身の力で奴を上空目掛けて放り投げた。

「ダリャァッ!」

 遠心力のままに、マジャッパは見上げる村人たちの首が痛くなるほどの高さまで風に乗って飛んでいく。そして、奴がタルブ村に影響を及ぼさない距離にまで離れると、ダイナはその手を十字に組み、青い稲妻のような必殺光線を撃ち放った!

 

『ソルジェント光線!』

 

 光の軌跡は一直線に強化マジャッパを貫き、紅蓮の大爆発とともにその身を消し飛ばしたのだった。

 勝った……しかし、喜びにわく村人たちとは裏腹に、ダイナは消し飛んだマジャッパから、三つの邪悪なエネルギーが抜け出して空に消えていくのを確かに見ていた。あれはマジャッパを含めて倒された三匹の怪獣の残留思念か……いったい何の関連性があったのかは分からないが、まるで何かに呼ばれていったかのように、次元のかなたへ消えていった。

 別の宇宙のどこかに、あいつらを利用しようとしている邪悪ななにかが存在するのかもしれない。この宇宙から消えていった以上、もう追うことはできないが、少なくともこの宇宙で暴れるのはあきらめたのかもしれない。

 ダイナは気持ちを切り替えると、笑顔で手を振ってきているタルブの村人たちに、得意のサムズアップのサインを見せて礼をし、空を見上げて飛び立った。

「シュワッ!」

 銀色の光があっというまに雲のかなたへと消えていく。その颯爽とした姿に、村の子供たちはいつまでも手を振り続けていた。

 

 そして、少し経ったタルブ村の草原に、変身を解いたアスカは大の字になって寝転んでいた。

「あーっ、疲れた」

 実質、怪獣と二連戦したのはきつく、体力バカのアスカもさすがに汗だくになっていた。

 もうしばらく、動ける気がしない。本当なら、我夢たちのところにすぐに戻らなくてはいけないけれども、少し休ませてもらいたい。

 寝転んでいると、晴れた空に涼しい風が吹いて額を心地よくなでていく。怪獣のまき散らした悪臭は風がすべて運んで行ってくれて、青草の暖かい香りが鼻孔をくすぐって、遠くには無傷に済んだブドウ畑が見える。そうしていると、平和なタルブ村をもう一度守り通せたんだという実感がわいてきた。

 そうしていくらか体を休めていると、アスカの頭の上から草を踏みつける足音が近づいてきて、見上げるとそこには懐かしい顔がこちらを見下ろしていた。

「お久しぶりです、アスカさん。お変わりないですね」

「よう、レリアちゃん。君も変わらないね」

 再開を軽く済ませられるだけ、二人ともすでに子供ではなかった。まるで昨日ぶりだったくらい簡単にあいさつを交わすと、レリアはアスカの隣にすっと腰を下ろした。

「ありがとうございます。あなたのおかげで、またタルブ村は救われました」

「俺はたいしたことはしてねえよ。それよりも、この村はずいぶん大きくなったなあ。君たちのやったことのほうがずっとすげえって」

「ええ、あれからいろいろなことがありました。私もすっかりおばさんです。でも、一番はやっぱりおじいちゃんです。山を切り開いて畑を起こし、木を植え……この村は、おじいちゃんの姿見です」

 しみじみと語るレリアに、アスカもそれらの日々を想像してうなづいた。

 この世界に骨をうずめることを決めて、この村に残った佐々木さん。あんたはきっと、最後まで走りぬき、そして満足してあっちに行ったんだろうな。

 思いにふけるアスカに、レリアは傍らに持ったかごからひとふさのブドウを差し出した。

「どうぞ。きっとおじいちゃんも、あなたに食べてもらいたかったと思います」

 アスカはそのブドウを受け取ると、一度日にかざして眺めてみた。色合いも形も鮮やかで、陽光を浴びて一粒ずつが紫色の真珠のように輝いている。

 いただきます。口に含んだアスカは、一粒を噛み潰して出てきた果汁のあまりの甘さに思わず叫んだ。

「うめーっ!」

 脚色ないストレートな表現しかない、疲れた体に染み渡ってくる瑞々しい甘さだ。タルブ村のブドウを使ったワインは名産品だと話には聞いていたが、なるほど納得である。

 これが佐々木さんの人生の結晶……これだけのブドウを育てるためには、どれほどの改良や工夫をこらしたことだろうか。まさに、ダイヤで研磨されたダイヤのように、このブドウは佐々木さんの人生で研磨された宝石なのだろう。

 そう、人生は磨き砂だ。人はその一生でなにかを磨き続けている。それが石ころで終わるか宝石に磨きあげられるか、アスカの父も宇宙飛行士として、宇宙に羽ばたくネオフロンティア時代の道筋を輝かせた。アスカの道のりは、まだまだこれからだ。

「佐々木のじいさん、あんたの輝きはしっかり受け取ったぜ。だから、俺もいつか追いつくその先で待っててくれよ。俺も、まだまだ走り続けるからよ」

 未来は無限だ。しかし、人にはそれに手を届かせる可能性が秘められている。諦めず、夢を追い続ける限り。

 だが、疲れたときは立ち止まり、足を休ませることも大切だ。レリアは、アスカにもうひとふさブドウを差し出して笑いかけた。

「もう少し食べますか? それと、あれから後にカリーヌさんたちとなにがあったか、お聞きになりますか?」

「おっ、もちろんいただくぜ。それにカリーヌのやつ、今じゃすっかり偉くなったみたいだけど、あいつのことだからあれからもいろいろあったんだろ?」

「ええもちろん、秘密だって言われてますけど、特別に教えちゃいます」

 そうして、二人はブドウをつまみながら何十年ぶりの思い出話に花を咲かせていった。

 アスカに変身する力が戻るまでにはまだ時間がかかる。しかし、焦らずに今は体と心を休めるがいい、君にはその資格がある。

 談笑するアスカとレリアの頭の上を文鳥サイズに戻ったラルゲユウスがくるくると回り、やがてトリスタニアの方角へと飛び去っていった。タルブ村とその周辺に、もう怪獣の気配はない。

 

 

 タルブ村の危機は去った。しかし、トリステインに迫る危機はまだ去ってはおらず、今こうしている間にもガリア軍はトリステインの領土を蹂躙し続けている。

 もはや戦端が開かれるのは時間の問題。その破局を前にして人々は慌て、諦め、あるいは抗おうとしている。

 だが、この戦争が単なる戦争の枠に収まるものではないことに気づいている者も現れ始めていた。

 トリステイン王宮の謁見の間に、才人とルイズを含む水精霊騎士隊は突然呼び出されていた。そして今、玉座に座るアンリエッタの前に、ギーシュらは訳もわからないまま恐縮してひざまづいている。

「じょ、女王陛下におきましては、ご、ご機嫌うるわしく」

「ミスタ・グラモン、あなたの怪我は存じておりますから楽にしていただいて大丈夫です。他の方々も、時間がありませんのであいさつは省略します」

 アンリエッタの切羽詰まった様子は鈍い彼らにもよくわかった。けれど、戦争が始まっているのだから当然とはいえ、なぜ自分たちのような二軍三軍の者たちが呼ばれたのか、緊張しているギーシュたちに代わってルイズが尋ねた。

「女王陛下、火急の事態につき、わたしも無礼を承知でお尋ねいたします。この非常時にあって、陛下は我々に何をお求めでお呼びになられたのですか?」

「ルイズ……その前に、どうしたの? ずいぶん具合が悪そうに見えるのだけれど」

「す、少し疲れただけです。すぐ治ります。それよりも、ご用件のほうをお願いします」

「……わかりました。では、単刀直入に申します。この中の誰でも、今からする質問に答えられる人がいれば手を上げてください」

 そのアンリエッタの真剣な表情に、ルイズたちは何を問われるのかと息を呑んだ。だが……。

「ガリア王国の、その王の名前を答えられる方はいますか?」

「は……?」 

 意味がわからなかった。いくらまだ学生だからといって、隣国の王の名を知らないなどとなれば馬鹿にも程がある。

 当然、すぐに全員の手が上がるかと思われた。しかし……。

「どうしました? なぜ誰も手を上げないのですか?」

 アンリエッタの問いに、答えられた者はいなかった。ギーシュもモンモランシーも、レイナールもギムリも目を白黒させて頭を抱えている。

 もちろんルイズもで、顔を手で覆って思い出そうとしているが、脂汗が流れるばかりで何も浮かんでこないのだ。

「な、なんで……思い出せない」

「……やはり、皆さんもなのですね」

「陛下、それって……」

 沈痛な面持ちのアンリエッタに、ルイズたちはなぜ自分たちが呼ばれたのかを悟った。

 頭の中にあって当たり前と思っていたところにぽっかり穴が開いている。しかもそれは自分だけではなく、皆の記憶の一部がまるで何者かに狙って削り取られたような。

 そして、自分たちはこのことに何の違和感を感じることなく何ヵ月も生活してきた。それはつまり、記憶に異常をきたしているのはここにいる面々だけではなく、まさかトリステイン、もしかしたらハルケギニア全土で……。

「なんなの……気持ち悪い」

「ルイズ、皆さん、お気を確かに。信じたくないことですが、言葉にできないほど恐ろしい何かが起こっているのは確かです。しかもこれは、ガリアの侵攻と無関係とは思えません。そこで、あなたたちに折り入ってやってほしい仕事があるのです」

 アンリエッタは水精霊騎士隊を見渡し、ある任務を言い渡した。

 そして、自分も記憶の一部が欠落していることに気づいた才人は、大勢の記憶が同時に同じように改竄されているこの状況に、強い既視感を覚えていた。

「これって、もしかして……」

 才人はエースバリアの疲労とは違う冷や汗で背中が濡れていくのを感じていた。

 

 

 だが、才人たちの不安をよそに、敵の手はさらに先手をとって動いていた。

 トリステインとガリアの国境を越え、深夜になってもリュティスに向かって馬を急がせるタバサ。一刻も早くジョゼフに会って戦争を止めさせようと焦るタバサを、双月を背にした空からシェフィールドが狙っていた。

「フフ、お姫さま。悪いけれど、今ジョゼフ様はとても忙しいの。あなたには時が来るまでしばらくおとなしくしてもらうわ……力ずくでもね」

 エイ型のガーゴイルに乗って夜空に浮くシェフィールドのさらに上空では、大きな何かが月を背にしながら翼を羽ばたかせている。その目は殺意と狂気に満ち満ちて、タバサを見下ろしながら怪しく輝いていた。

 

 

 続く


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