ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第8話  赤い炎の青い女

 第8話

 赤い炎の青い女

 

 人魂怪獣 フェミゴン(フェミゴンフレイム) 登場

 

 

 危機、それは言葉で表せば一瞬であるが、それを解決するためには膨大な努力と時間が必要とされる。

 多くの者の心に深い傷を残したエルムネイヤの舞踏会の事件は、より大きな事件の引き金となった。事件の傷が癒える暇もなく、トリステインを襲ったガリア王国の宣戦布告と怪獣軍団の襲撃は、わずか一日で多くの人々に深刻な衝撃を与えた。

 それだけではなく、クルデンホルフを襲ったメトロン星人やヘドロ怪獣のように、ハルケギニアは常に危険を内包し、それがいつ吹き出すかもしれないということを証明した。

 だがここで、時系列はクルデンホルフから少しさかのぼり、始まりとなった日の終わりから語らねばならない。

 

 トリスタニアが二大怪獣に、トリステイン魔法学院がゾラに襲われ、タバサとシルフィードが激闘を繰り広げた激動の初日。

 

 その動乱もようやく静まり、日付がひとつ増えようとしている深夜のトリステイン王宮。天空から万億の星々が照らし出す宮殿の中では、ある者は眠れぬ夜を送り、ある者は疲れ果てて床で眠り込んでいた。

 王宮からは、すでに先んじて使用人らの退去が命じられていて、明日には大臣ら役人も避難し、最後には女王を連れて全ての人間がここを引き払う予定だ。むろん、戦争が終わるまでの一時的な退避にするはずだが、城門から後ろ髪を引かれる思いでメイドや料理人が出ていくごとに、王宮は廃屋のような静けさに包まれていった。

 そんな夜の中、避難民とは別に王宮から旅立とうとしている者たちがいた。城門近くで二つの集団が馬車に忙しく荷を積み込み、旅立ちの支度を急いで汗を流している。

「各員、偽装に気をつけろ。剣と銃は念入りに隠しておけ、あくまで平民に扮して行動するんだ」

「みんな急いでくれ! 街道が使えるうちにトリステインを出るんだ。早くしないと間に合わなくなってしまうぜ」

 片方は農婦の一団に扮した銃士隊、もう片方は同じく農民に変装した水精霊騎士隊の一団で、彼らはこの夜のうちに、ある特務のために王宮を出発しようとしていた。

 銃士隊小隊長格のアメリーが指揮し、その隣ではギムリが仲間の少年たちを急かして、自分も食料の入った木箱を馬車に積み込んでいた。魔法を使えば軽いが、これから先精神力は可能な限り温存しておく指示が出ている。

 積み込んでいる物資は、しばらく行動するための食糧や様々な衣服、金子などだ。それを水精霊騎士隊と銃士隊が自分たちの馬車に積み込んでいる。ただし、王宮も少なからぬ被害を受けているので、残っている物資をかき集めるだけでも一苦労で、先行きへの不安はこの時点で漂っていた。

 だがそれでも、彼らは行かねばならなかった。けれど、全員が出るというわけではない。先のルビアナとの戦いで銃士隊は死者こそ出なかったが多数の負傷者を出し、馬車に乗る支度をしているのは銃士隊も水精霊騎士隊も全体の二割ほどの人数に過ぎない。

 水精霊騎士隊は頭数だけはあるものの、今回の任務は隠密性が重視される上、隊長のギーシュは腕の怪我がまだ治っていないので、残念そうに準備を進めている仲間を見つめていた。

「残念だ。本当ならこんな重大な任務に、ぼくがでなくてどうするっていうのに。情けない」

「ギーシュ隊長、たまには部下に手柄を譲るのも騎士のつとめですよ。隊長は余計なことは考えずに、残るみんなと女王陛下を守っていてください。でないと、その残った腕も彼女に引きちぎられますよ」

 レイナールが包帯グルグル巻きのギーシュの両腕を見ながら言った。杖も握れないのにこれ以上でしゃばったら、本当にモンモランシーにベッドに貼り付けにされてしまうだろう。

 今回、任務を受けて水精霊騎士隊で出発するのはギムリを暫定リーダーにした若干名でしかない。その中に才人とルイズも入るものの、十人にも満たないだろう。

 けれど、今回の任務は無事に帰れる保証はない。スーパーグランドキングの襲撃が終わった後に水精霊騎士隊を玉座の間に呼び、この任務を命じたときの女王陛下のすまなそうな表情は皆の心に刺さったが、若輩なれど貴族として、水精霊騎士隊は全員が命を捨てる覚悟はできている。それでも、無理に全員で行って全滅したら目も当てられないゆえの、レイナールの苦肉の策だった。

「準備はあと一時間くらいかな。けれど、これがひょっとしたら本当に水精霊騎士隊の最後の任務になるかもしれない……」

 この戦争の相手は、ハルケギニアで一番の大国だ。普通に考えて、トリステインは風前の灯火……それでも、母国の命運を少しでも伸ばすためには危険でもやらなければならないと、皆は心に決めていた。

 

 

 だが、ルイズはそんな彼らから離れて、一人で星を見上げていた。

「こんな時だっていうのに、月や星には関係ないのね」

 ここには荷積みで忙しい声も聞こえてこない。ルイズのいる場所は城門から出て城壁沿いに少し歩いた見晴らしのいい場所だった。トリステイン王宮はトリスタニアの街を見下ろす小高い丘の上に立っており、ここからなら城壁を背にしながらトリスタニアの全景を眺めることができる。

 けれど、ルイズの見下ろすトリスタニアの夜景は、家々に明かりが減り、大通りには夜のうちにトリスタニアを出ようとする人々のカンテラの灯りがうごめいているいびつなものになっていた。それは、ちらりと上を見上げるだけで見える星空が今日も変わらないのとは対照的で、いかに人間というものが宇宙に比べたらちっぽけかという皮肉な証明のようにも思えた。

 夜風が吹いて、ルイズのブロンドの髪を流していく。そうしてルイズはじっと夜空を見上げ続けていたが、そこにふと聞き覚えのある女の声が響いた。

「一人かな、ミス・ヴァリエール」

「……珍しい客が来たわね。ここにサイトはいないわよ」

 傍らに立っている青髪の女騎士の姿を横目で見て、ルイズは表情を変えずにつぶやいた。だがそんなルイズのそっけない態度に気を悪くした様子もなく、ルイズの恋敵でもあるミシェルは、ルイズの傍らの芝生に腰を下ろして尋ねてきた。

「体は、もういいのか?」

「歩くくらいなら問題ないわ。明日にはなんてことなくなってるでしょうよ」

 強がるルイズを見て、ミシェルは歩くだけでもまだきついだろうにと思ったが、口にはしなかった。

 女王陛下に呼び出されたとき、才人とルイズが異常に疲労していたのは誰の目にもわかった。ミシェルの目から見て、数日程度で全快できるような具合ではない。本来なら、女王陛下の特務からも外されるはずであったが、ルイズはこの非常時に女王陛下のお役に立てないくらいなら死んだほうがいい、置いていくなら一人で馬に乗って行くと固持して参加が決まったくらいだ。

 そんな頑固なルイズのことである、不機嫌なことはミシェルも承知していた。

「何の用よ? サイトはどうしたの?」

「あいつも体がきついだろうに、無理に積込を手伝おうとしていたから魔法で眠らせて馬車に放り込んである。まったく、誰かさんのためには律儀な奴だ」

「……」

 ルイズは、今度も自分の無茶につきあってくれた才人のことを思って胸を苦しくした。しかし、ミシェルはそのことでルイズを咎めるようなことは言わず、間が悪くなったルイズはミシェルに問い返してみた。

「……じゃああんたはどうなの? 指揮官がこんなところでぼんやりしてていいの?」

「水精霊騎士隊の半人前どもと違って、銃士隊にいちいち命令しなきゃ動けないぼんくらはいない。わたしは今のうちに、お前と話しておきたいと思っただけさ」

「わたしに、あなたが?」

 ルイズは怪訝に思ったが、ミシェルはさっきまでのルイズのように星空を見上げながらゆっくりと言った。

「今度の戦争は、勝っても負けてもただですむとは思えない。ガリアの狙いはまだわからないが、多くの命が失われるだろう。わたしもそのことでさっき、姉さ……アニエス隊長と話してきたところだ」

 ミシェルは、今では上官としてだけではなく家族として信頼している義姉の名前を愛しげに呟いた。

 

 これから始まる特務は、可能であればアニエスが指揮をとるべきものであった。しかし、アニエスはギーシュと同じくペダニウムランチャーを撃った反動で両腕に重傷を負ったままで、とても軍務をおこなえる体ではなかった。

 剣を握れないのでは女王陛下の護衛もできないと、負傷兵とともに避難を決められたアニエスに、ミシェルは沈痛な面持ちで別れを告げていた。

「では姉さ、隊長……行ってまいります」

「そうか、ガリアはまだ何を考えているかわからん。気をつけて行くんだぞ」

 両腕をギブスで固定されたアニエスは、副長として銃士隊を率いて出立しようとしているミシェルを気遣いつつ、見送りの言葉を送った。

 アニエスが負傷した以上、隊の全権は副長であるミシェルに移される。しかしミシェルは大役を任されたというのに浮かない表情で、なかなか踵を返そうとしない様子に、アニエスは他の隊員たちを人払いさせてから、優しくミシェルに話しかけた。

「どうした? 恐ろしくなったか?」

「隊長……いえ、そういうわけでは」

「気負うな。ここには私とお前しかいない。ミシェル、お前が私の妹になってもうずいぶん経つな。お前のことは、もうこの世にいる誰よりもわかっているつもりだ。姉に向かって、格好つける必要はないぞ」

 そんなアニエスの諭すような言葉に、ミシェルは声を詰まらせるようにして話した。

「……本当は、わたしは怖いんです。前の戦いでも大勢の仲間が傷ついて、今度の戦いも得体の知れない何かが蠢いています。わたし自身が傷つくなら覚悟はできています。けれど、わたしの指揮で、部下たちを失ってしまったら……」

「部下を失うことを恐れていては指揮官は務まらんぞ?」

「わかっています。ですが……」

 アニエスの言うような指揮官としての基本は、当然ミシェルにはわかっていた。指揮官は兵を駒として扱い、最後の最後まで戦場に残り続けるのが鉄則だ。

 前はそうすることができた。けれど今は、それに迷いが生ずるようになってきている。すると、アニエスはミシェルにこう告げた。

「それはミシェル、お前の中で人間として大切なものが残っている証拠だ」

「え?」

「普通の指揮官なら、部下が死ねば死ぬほどそれに慣れていく。当たり前のことだし、それが望ましいことだ。だがなミシェル、我々銃士隊は騎士などとは言っても、しょせん正規の貴族ではないはぐれものの寄り合い所帯だ。そんな連中が危険を承知で着いてきてくれるのは、女王陛下への忠誠もあるが、私やお前の正義を信じてくれているからだ」

「わたしの……正義?」

「我々は正確には正式な軍隊とは言えん。食い詰めて入ってきた者は多少の無茶も聞くだろうが、もし危険な命令ばかりを連発すれば、たちまち離反者多数になるだろう。だが、隊のみんなはここまで着いてきてくれて、今も危険な任務にも関わらず、旅立とうとしている。それはミシェル、お前が隊の皆の痛みのわかる指揮官だから、皆はついていこうと思うんだ」

「買い被りです。わたしはそんなたいした器じゃありません」

「以前のお前ならそうだったろう。しかし、今のお前は真に守るべきものを知って大きく変わった。私が保証しよう」

 もしアニエスの両手が動かせたら、ミシェルの肩に手を置いて励ましていただろう。ミシェルは、自分自身の変化について困惑した様子だったが、アニエスはミシェルにさらに諭すように言った。

「それになミシェル。お前が皆を想っているように、皆もお前の幸せを願っている。それは、わかるだろ?」

「はい、まあ、過剰なくらいには」

 ミシェルは、隙あらば余計なおせっかいを焼こうとする隊のメンバーのこれまでの悪行の数々を思い出して苦笑いした。

「そういうものさ。隊の上も下も互いを思いやる、こんな部隊はそうはないぞ。だから、お前が皆を傷つけたくない思いはわかる。だがな……私たちの仕事は汚れ仕事だ。そしてこれは、女王陛下直属の比較的自由な立場の我々しかできない」

「それは、わかっているつもりです……」

「そうだな。世の中をきれいにするためには、誰かが手を汚して汚いものを取り除かないといけない。それに危険はつきものだ、私もお前も明日どうなっているかはわからないのが我々の仕事だ……だがな、お前の苦しみはお前だけのものじゃない、銃士隊の誰もが、仲間を傷つけたくないと願っている。もちろんお前のこともな。だからミシェル、肩の力を抜け。お前は一人じゃない、皆がそれぞれを助け合える銃士隊は強い組織だ」

 ミシェルはいつしかぐっと拳を握って涙をこらえていた。

「ミシェル、お前は優しい娘だ。もし貴族の娘としてそのまま育っていれば、花のような可憐な令嬢として女王陛下のように愛されていただろう。お前はその花を鎧で隠して生きてきたが、花は太陽があればどんな過酷な場所でも咲くものだ。お前の鎧を壊して、花を開かせた太陽はなんだ?」

「それは……その」

 今度は赤面したミシェルを、アニエスは楽しそうに笑いながら見た。

 銃士隊ができたばかりのころのミシェルは、それこそむき出しのカミソリのように触れるものすべて傷つけるような人間だったが、今ではこのとおりの乙女らしさも見せるようになった。かといって弱くなったかといえばそんなことはない。そのきっかけになったのが恋であり、ミシェルにそれを与えたあいつの間抜け顔を思うと、さらにアニエスの口元も緩んだ。

「その顔が本当のお前だ。そんなお前を助けたくて、うちの馬鹿どもは張り切っている。だがそれでも、櫛の歯が欠けるように仲間を失う日は必ず来るだろう。だが、その者たちにお前が必要以上に詫びる必要はない。皆、それは覚悟している。それに、私たちはこの体を失ってもそれで終わりではない。力尽きたその後は、先に始祖の元に召された仲間たちが温かく迎えてくれるだろう。そして、皆で空から我々を見守ってくれる。生きても死してももはや銃士隊に孤独はない。いいな?」

「はい、姉さん……」

 死は終わりではない。悲しいだけのものでもない。終わりであり悲しいのは、それがそいつが一人であるから。アニエスはそう語り、ミシェルも言葉を詰まらせながらうなづいた。

「ただし、簡単に死ぬなよ。せめて、お前の結婚式くらいは見ないとあの世の連中への土産話が足りないからな」

「……む、それなら妹より姉のほうが先と相場が決まっていますよ」

「そうさ。だから私の夫が務まるような男を紹介するためにも、立派に行って帰ってこい。ミシェル……私の自慢の妹よ」

 それから数分の姉妹の交流は、他人が詮索するには野暮というものだろう。ただ、覗き見をしていた銃士隊員数名が赤面していたことだけ付け加えておこう。

 その後、アニエスに励まされたミシェルは、危険な旅路へ向かう覚悟を決めてここに来た。

 

 話を語り終え、ミシェルはルイズの隣でふうと息を吐いた。ルイズはその話をじっと聞いていたが、少しほおを緩めて口を開いた。

「変ったわね。あんたたちも、あのアニエスも」

「ああ、サイトの馬鹿がみんなにうつった。そう言うお前はどうなんだ? ミス・ヴァリエール」

 そう言われてはルイズも返す言葉なく目をそらすしかなかった。二人とも、才人がいなければまったく違った人生を歩んでいたことは間違いない。そして、才人と出会わなかった運命を良いと思ったことはない。

 思えば似た者同士ということか。そうして、二人は才人に関する思い出を語り合った。

「サイトったら、わたしがおしゃれをして見せても何も反応しないのよ。顔と胸しか見てないのかしら、ほんと失礼しちゃうと思わない?」

「ふーん、だがわたしと買い物に行った時に古着屋で水兵服を見て妙に興奮していたがな。銃士隊の夏服に採用してみようかと言ったら涙を流して喜んでいたが、サイトはああいうのが好みなんじゃないのか?」

「水兵服? あいつったら何を考えてるのかさっぱりわからないわ……ちょっと待ちなさい。いつミシェルとサイトがいっしょに買い物に行ったのよ。そういえば昨日、サイトが街の見回りだって出て行った後に妙にホクホクしてたのは! いえ、考えてみればド・オルニエールの前後あたりからサイトが水精霊騎士隊の訓練だとか言って夜まで帰ってこないことが度々あったけど、あんた連れ出してたわね!」

「さて何のことやら? だが水精霊騎士隊どもが銃士隊に稽古を頼んできたとき、たまたまわたししか手が空いてなかったことなら何度かあるな。そのときの休憩時間に何をしてもこっちの勝手だろう?」

「あ、あのバカ犬! というか、ギーシュたちまでいっしょになってこいつに加担するってどういうことよ! 後で全員粉々にしてやるわ」

 それに関しては、お互いの人望の差としか言いようがない。普段のおこないというものは本人の知らないうちに効いてくるものなのである。

 負けたくないルイズは、自分はこの間サイトに手作りのパイを食べさせたと自慢し、対してミシェルは自分はこの間サイトと密室で長い時間いっしょに過ごした(タバサもいたことは置いておいて)と返してルイズを悔しがらせた。

 二人は互いにポイントを稼ぎ合い、互いが油断ならない相手であることを再認識した。

 単純に才人といっしょにいる時間ならばルイズが圧倒的に上回る。しかしミシェルは会える機会が限定される分、会う毎の時間の密度が濃く、それにルイズに味方がほとんどいないのに対してミシェルは銃士隊のメンバーの強烈なバックアップがついている。

 現状はほぼ互角。まあかといって好感度を稼げていると自信を持てないのが才人という鈍感野郎なのだが……。

 ルイズとミシェルによる乙女談義は飽きることなく続いた。二人とも、対等に恋愛について話せる相手がほとんどいないこともあって、その様子はライバル同士でありながら実に楽しそうなものであった。

 そういえば、こんなふうに二人で話したことがあった……。

「ねえ覚えてる? あの砂漠の日の誓いのこと」

 ルイズは夜空の月を見上げながら、サハラでの戦いの後にミシェルと二人で誓い合ったことを尋ねた。

「忘れるものか。互いに自分を犠牲にしたりせず、二人とも必ず幸せになる……そう誓ったな」

 ミシェルも答えた。見上げれば、夜空には星々の中でひときわ強く輝くウルトラの星が瞬いて見える。

「わたしたち……今、幸せかしら?」

「それは、お互いの顔を見ればわかるんじゃないか?」

 確かにそうだった。ルイズもミシェルも、その顔には誰かを愛し愛されることを知った喜びと充実感が満ちていて、孤独であった頃の影はすっかり消えていた。

 それだけではない。二人とも、今では昔持っていなかった自分の芯を持っていた。

「わたしは虚無の担い手。いえ、それよりも、わたしがいなくなったら誰がサイトたちみたいな馬鹿どもを止められるのよ」

「銃士隊副長、今なら胸を張ってそれを名乗れる。我々が女王陛下を守り、それがトリステインの平和につながる」

 人が一番悲しいことは、世界の中に自分の居場所がないことだという。その人の存在がなくても、誰も困らないし誰も気にしない。昔は二人ともそうだった。だから必死に尖って暴れて、自分の存在を周りに認めさせようとした。

 ……今はそうではない。ルイズもミシェルも、いるべき自分の場所を魂に刻み、そこにしっかり足を下ろしている。

 ただ、いつまでもこの状況に満足していてはいけないとも思う。

「なあ、今度の戦い……生きて帰れる可能性は低い。だが……」

「わたしもあなたも、無駄に死ぬつもりはない。でしょ?」

「お見通しだな。だがそうなると、我々にはやらなければならないことがある……」

 この戦いに生きて帰る。ガリアの野望も粉砕する。それがいかに絶望的な道だとしても。

 そして、ガリアとのいざこざが片付けば、トリステインを巡る国際情勢も落ち着くであろう。その暁には、そろそろ……。

 

「決着をつけようじゃない!」

 

 二人は同時に同じ言葉を相手にぶつけた。

 もう互いに準備期間は十分なはず。ルイズとミシェル、どちらが才人をとるか、白黒はっきり着けるべき時期である。

 そしてそれが決まった瞬間……二人の脳裏に、相手に絶対的な差をつけるためには、一線を越えることも、ある……かもという危機感が稲妻のようによぎった!

「い、言っておくけど、サイトはわたしの使い魔よ。主人に許可なく手を出したらどうなるかわ、わかってるんでしょうね!」

「そ、それならサイトは銃士隊の準隊員だからわたしが好きにする権利がある。いくら主人だからってすべての時間をサイトから奪う権利はないぞ!」

 さっそくつばぜり合いが始まった。これまでは小手調べできたが、次の間合いへ入るとなると一刀で相手を切り伏せられるかの勝負になる。ルイズもミシェルも余裕をかなぐり捨てて、火花をぶつけ合った。

「そそ、それだけは許さないわよ。あ、あ、あの乳メイドのものに触ってもツェルプストーの露出に見とれても許してきたけど、それだけはダメよ。あれはその、貴族たる者は、ちゃんと式をあげてからじゃないといけないものなんだからね」

「ふ、ふん! そうやって理屈をつけて逃げようとしてるだけなんじゃないのか? そっちが貴族の体裁にこだわるというなら、トリステインの民はすべからく女王陛下の僕だということを忘れてはいまいな。女王陛下がよしと言えば使い魔の一人くらい下賜することになっても仕方ないよな?」

「あ、あんた。騎士のくせになりふり構わないつもりね。女王陛下を持ち出すなんて卑怯よ!」

「ふん! 自分の武器を使えるときに使って何が悪い! 女王陛下は臣下の幸福に心を傾けるお優しいお方、きっと暖かいご裁断を下してくれるだろう」

 ミシェルはアンリエッタ女王陛下への信頼を込めた風に語ったが、アンリエッタと幼なじみのルイズにはわかっていた。こういうとき、アンリエッタは絶対にルイズの味方なんかしない。天使のような悪魔の笑顔でこう言うだけだ。

 

「では公平を期すために、ルイズとサイトさんがこれまで一緒にいた時間だけ、ミシェルとサイトさんを二人っきりにしてあげましょう」

 

 そうなればルイズは絶望だ。そして、愕然とするルイズの顔を見てアンリエッタは太陽のような笑顔を浮かべるであろう。

 なぜかって? ルイズとアンリエッタの間には不動の友情があっても、二人はライバルでもある。アンリエッタにとってルイズをおちょくって、激昂したルイズと対決することこそが最大の娯楽なのだから。

 もっとも、完全にミシェルの味方というわけでもない。あのお堅いルイズが、本気で崖っぷちに追い詰められたらどうするかという発破も混じっているのである。

 いずれにせよ、既成事実という強制的なゴールを互いが認識してしまった以上、もはや二人に余裕はなかった。しかし、これは決して汚いことではない。恋はその成就のためにはこの世の全ての事柄に優先される。

 アンリエッタもシエスタもキュルケも、本気でその気になればためらわないだろう。あのティファニアやタバサだって、本気で恋をすれば相手を手に入れるために変わるかもしれない。

 恋とは、ある意味もっとも泥臭い仁義なき戦いなのだ。どんなに気持ちが純粋だろうが出遅れてしまえばすべてを失う。今、ルイズとミシェルには覚悟が求められていた。

「わ、わたしは卒業したら小さなお屋敷を買ってサイトと二人で暮らすって決めてるんだからね!」

「それがどうした! わたしなんかもう一度はサイトにこの身を捧げようと思ったくらいだ。あのときは断られてしまったが、仲間たちが教えてくれたんだ。食ってもらえないならこっちから食いに行けばいいとな!」

「い、言ったわね! このアバズレ騎士モドキ!」

「黙れ! そっちこそ万年まな板根性なしのくせに!」

 聞くに耐えないとはある意味このことであった。乙女が純粋に恋を語り合っていたのはどこへ行ったのか? いや、なりふり構わないこの原始的な姿こそ、互いがわかりあった証拠であり、恋愛のあるべき姿……なのかもしれない。

 取っ組み合いのケンカになりかけた二人。だがその二人を止めたのは、ミシェルの胸からこぼれた銀色のペンダントであった。

「あっ……」

「それって……」

 それは、ミシェルが才人に買ってもらって以来、肌身離さず大切に持っているペンダントだった。決して高価なものではなく、銀のロケットの表面には細かな傷がたくさんついているものの、切れたチェーンを何度もつなぎ合わせた跡は、ルイズにもそれが大切に使われていることを察することができた。

 そして、はずみで開いたロケットの蓋から見えた肖像画。ミシェルは慌ててすぐに閉めてしまったが、そこに描かれているのが誰なのか、ルイズにははっきりわかった。

「その絵、あんたとサイトね?」

「……ああ」

 ミシェルは観念したように、一度は隠したロケットを開けて中の絵を見せた。そこには、真新しい絵の具でミシェルと、少し凛々しく改竄された才人が並んで描かれていた。

「ちょっと美化したって、サイトの間抜け面はすぐわかるわよ。その絵、新しいけど……そっか、この間サイトを連れ出したのはそのためだったのね」

「察しがいいな。つい最近まで、このロケットの中身は空で、わたしも当分なにも入れるつもりはなかったんだが、部下たちにもったいぶったままだと幸運まで逃すと言われてな。それでサイトを誘って街の絵師のところまでこないだ行ってきたんだ……」

 ミシェルの横顔が朱に染まるのを見て、ルイズはそのときの光景が容易に想像できた。二人並んだ肖像画が描かれているということは、つまりモデルとして才人とミシェルは長時間くっついていたということになる。そのときにこの二人がどれだけハチャメチャなことになったのか、後でたっぷり才人を絞り上げなくてはなるまい。

 けれど、ルイズはミシェルのペンダントを取り上げようなどという考えは起こさなかった。思い出はその人ひとりだけの宝物。うらやましいという気持ちはあるが、奪ったところでそれが自分のものになることはない。でも……やっぱりうらやましい。

「サイトったら、わたしにプレゼントなんかくれた試しがないじゃない」

「サイトなら、ミス・ヴァリエールがせがめば何でもプレゼントしてくれると思うがな。だが……これはわたしだけのものだ」

 ミシェルは愛おしそうにペンダントのロケットを手の中で弄んだ。銀のロケットが月光を反射して何度も美しくきらめく。

 だが、そうしていると、ふと反射する月光が目を刺した。そして空を見上げると、静かにきらめいていたはずの月が不自然な発光で明滅しているのが見えたのだ。

「月、が? おい、見ろ! あれを」

「なに? え、月が歪んでる?」

 二人は目を疑った。見慣れた大きな月が、そのシルエットを水面に映した影のように揺らいでいるではないか。

 これはいったいどういうこと? 今日は晴れ、蜃気楼が起きるような天気ではない。二人は、自然では起こり得ないような奇っ怪な光景にしばし我を忘れた。

 だが、空間を歪めるような、こんな異常な現象を誰が起こせる? 二人のこれまでの戦いで培ってきた勘が警報を発する。もしや、こんなときに!

「まさか、超獣!?」

 そんなと思いたかった。けれど、歪んだ空間を通って何かがこちらの世界にやってくる。ルイズとミシェルは身構えた。

 二人とも杖を握り、額に汗を浮かばせて臨戦態勢で待ち受ける。歪んだ月からの怪しい光が二人を照らしながら強くなる、果たして鬼が出るか蛇が出るか。

 しかし、空が割れて超獣が出現するかと思った二人の想像は外れた。月の歪みと怪光は唐突に消え、空は何事もなかったように元の静かな姿に戻ったのである。

「は……?」

 二人はあっけにとられてしまった。これまでの経験だと、こういう異常事態が起きた後は、必ずと言っていいほど怪獣が現れたものなのに……。

 目の錯覚だったのか? いや、バケツの水に映った月をかき混ぜたようなあの異常な光景が錯覚や自然現象であるわけがないとルイズとミシェルは思った。

 何かが起こったのは確かだ。けれどそれがわからないのは? まさか見えなかったからとでも。

 そのときである。虚空を見上げる二人の目に、赤く輝く火の玉のようなものが浮かんでいるのが映ったのは。

「なあに? あれって」

 ルイズは怪訝そうに呟いた。火の玉はルイズたちの数十メイル頭上でぽつんと小さく浮かんでおり、ゆっくりメラメラと燃えている。ハルケギニアにはその文化がないのでしょうがないが、才人が見たら墓場に浮かぶ人魂のようだと思うだろう。

 一方ミシェルも、人魂の正体を掴もうと目を凝らして見上げていた。どこかのメイジが打ち上げたファイヤーボールかと思ったが、宙でじっと浮かんでいるのは妙だ。

 人魂の方も、揺らめきながらこちらを見下ろしているような気がする。そう、まるで生き物のようにと思った瞬間だった。人魂が輝いて、空に怪獣のシルエットを映し出したのだ。

「あれは!」

「か、怪獣!?」

 それは、赤いとさかと竜のような頭を持つ怪獣であった。正式名称は人魂怪獣フェミゴン。ドキュメントMATに記録を持ち、GUYSとも交戦した宇宙怪獣の一種である。

 愕然とするミシェルとルイズの前で、フェミゴンは空中に浮いていた。いや、半透明の姿は存在感がなく、浮遊するというよりも重力を無視して空中に止まっているというほうが正しいだろう。

 フェミゴンの目が下を向き、ルイズと目が合う。その視線を感じたルイズは反射的に杖を振り上げていた。

「こ、この、驚かすんじゃないわよ!」

 ルイズは先制攻撃とばかりに無詠唱の爆発魔法をぶつけた。けれど爆発の爆風はフェミゴンのシルエットをすり抜け、なにもない空間に飛び散ってしまった。

「魔法が効かないわ!?」

「あの怪獣、幻影なのか?」

 ミシェルの推測は半分正しかったと言えるだろう。なぜなら、フェミゴンは人魂怪獣の名の通り、自分の肉体を持たない霊体怪獣なのである。そのため自分自身だけではなにもできず、他の生物に憑りつくことで初めて実体を持つことができる特異な生態を持っているのだ。実際、過去二回の例ではそれぞれ人間の女性に乗り移ることで怪獣として活動を始めている。

 そう、フェミゴンは人間を狙ってくる。フェミゴンの幻のシルエットが薄らいで消え、再び赤く燃える火の玉になった。そして人魂化したフェミゴンは降下を始めると、まっすぐルイズに向かってきたのである。

「えっ、えっ? なんで、どうしてこっちに来るのよ!」

 戦慄するルイズに向かって、人魂は一直線に降りてくる。慌てたルイズは爆発魔法をぶつけるが、やはり実体を持たない人魂には効果がない。

 魔法が通用しないとわかったルイズはきびすを返して逃げ出そうと試みた。テレポートの魔法の詠唱を始め、少しでも時間を稼ごうとするが、人魂のほうが速い、間に合わない。

「あっ、あっ、助けて、サイトーッ!」

「危ない! ミス・ヴァリエール!」 

 人魂がルイズに憑りつこうとした、まさにその瞬間、ミシェルがルイズを突き飛ばして間に割り込んだ。そして人魂はミシェルの体に飛び込み、次の瞬間ミシェルは全身を真っ赤な炎に包み込まれたのである。

「うっ、あぁーっ!!」

「ミ、ミシェル!」

 ミシェルは体内に飛び込んだフェミゴンの霊体の放つ炎に包まれて、まるで松明のように全身を燃やしていた。だがすぐそばにいるルイズに熱さは伝わらず、ミシェルの衣服にも焦げる気配もないことから、それは霊的な炎であると察せられた。

 しかし、熱量はなくともミシェルは体内に入り込んだ異物が暴れて悶え苦しんでいた。必死に異物を拒絶しようとするが、炎はミシェルの体に染み込むように浸透してくる。

「ミ、ミシェル……」  

「ぐあぁ……ま、負けるか……え? こ、これって……?」

 恐怖に顔をひきつらせるルイズの前で、炎がミシェルの体の中に戻っていく。その刹那で、ミシェルの表情が和らいだように見えた気がしたが、すぐにミシェルからただならぬ気配を感じてルイズは身構えた。

「ミシェル……あなた、ミシェルよね?」

「……」

 立ち尽くしたミシェルから返事はない。だが、ミシェルの目から人ならぬ妖光が漏れ出しているのを見て、ルイズはとっさに杖を突き付けた。

「う、動かないで」

 冷や汗を流しながら杖を構えるルイズ。ミシェルは棒立ちのまま動かない……と一瞬油断した瞬間だった。ミシェルはその鍛えぬいた雌鹿のような脚力で地を蹴って、一足飛びにルイズに飛び掛かってきたのだ。

「うあぁっ!」

「ひゃ、あぁ!? エクスプロージョン!」

 自己防衛の本能に従って、ルイズは弾かれるように魔法を放った。悪く思わないでとは思うが、ミシェルを傷つけたくはなくとも、今は自分の身を守ることが先決だ。

 だが、ルイズの魔法の発動を見たミシェルの青い瞳が赤く染まった。そして腕を振ると炎の壁が巻き起こり、エクスプロージョンの爆発を受け止めてしまったのである。

「うそ! 魔法を弾き返した!?」

 今度の炎には実体がある。さらにルイズが動揺した瞬間、炎の中からミシェルの手が伸びてきてルイズの肩を捕まえてしまったのだ。

「し、しまった!」

 やられたと思った瞬間には、ルイズの両肩はミシェルの手でがっちりと押さえ込まれてしまっていた。こうなると杖を振ることもできず、腕力で劣るルイズにミシェルを振りほどく術はなかった。

 ルイズから見えるミシェルの表情は炎が照り返して、まるで悪魔の用に恐ろしげに見えた。普段薄い青に輝いている瞳も赤く染まり、ルイズを睨み付けてくる。

”やっぱりあの火の玉の怪獣に操られているの?”

 ルイズは怯えながら思った。人間に怪獣が憑依した例はこれまでにもあった。ルイズは、才人に助けを求めるために声を張り上げようとしたが、その前にルイズの唇を柔らかいものがふさいでいた。

「んっ!? んんんんーっ!」

 ルイズは一瞬なにが起こったのかわからなかったが、すぐにミシェルの顔が自分の目の前に来ているのが見えてすべてを悟った。さらにいつの間にかミシェルの両手はルイズの後頭部に回って逃げられないよう押さえつけられていた。

「んーっ! んんーっ! んーっ!」

 ルイズは顔を真っ赤にして、目を見開いてもがいた。やめて、わたしにそんな趣味はないと言おうとしても、力でルイズがミシェルに勝てるわけがない。

 もしここに才人がいたら鼻血を吹いていたかもしれない。美少女同士の熱烈な接吻、ミシェルはおかしくなってしまったのだろうか? いや、ルイズは最初はパニックになったものの、ミシェルから唇を通して何かが自分に流れ込んでくるのを感じた。

”なに? 熱い、わたしの中に何かが? これってあの怪獣の炎の一部? やだやだ、入ってこないで!”

 自分もおかしくなってしまうのかと、ルイズは必死で抵抗しようとした。けれど、ふと目に入ったミシェルの表情に、ルイズは心が穏やかになるものを感じた。

”あれ? ミシェル、微笑ってる……? それに、この炎、少しも嫌な感じがしない。いえ、それどころか何か聞こえてくる……これ、これって”

 炎を通して、ルイズの中に声が伝わってくる。それは怪獣の鳴き声ではなく、はっきりとした人の声だった。

 

 

《よって、先に打ち上げたカプセルからの信号により、ハルケギニアのある異世界の座標はほぼ推定できています。ですが、今あちらへの空間トンネルは……によって閉鎖され、いかなる物質、エネルギーであろうと進入は不可能となっています》

 

《それはわかってる。物質もエネルギーも送り込めないんじゃ、どうやって助けに行けばいいっていうんだ?》

 

《そこです。物質もエネルギーも通れないけれども、それ以外のものだったらどうでしょう。例えば、霊体とか》

 

《霊体って、幽霊ならってこと? ちょっと、非科学的な冗談はやめてよ》

 

《ちっちっちっ、冗談ではありませんよ。みんな、忘れましたか? 僕らの戦った怪獣の中に、そういうやつがいたでしょう》

 

《わかったぜアミーゴ。そいつには手こずらされたものな、しかも、そいつ用のメテオールならもうあるってわけか》

 

《でも、その怪獣はすでに僕が倒してしまってます。いったいどうすれば?》

 

《心配無用です。レジストコード、最強超獣ジャンボキングの例から、大気中には倒された怪獣の残存エネルギーが滞留していることがわかっています。その粒子をスピリットセパレーターを逆転させることによって集め、バーニングブレイブの炎で増幅再生させます》

 

《待ってください。それだと復活したフェミゴンに取り付かれてしまう危険があるんじゃないですか?》

 

《僕を信頼してください。僕と、君の先輩みんなの絆の炎は、怪獣の邪念なんかに負けたりはしません》

 

《すみません。後輩として、しっかり勉強させていただきます》

 

《おっほん。では、作戦の続きを説明しますね。バーニングブレイブで再生させる過程で、増幅した霊体にはミライくんの記憶を通じてメッセージを刻み込みます。そしてメビュームバーストの応用で発射された霊体は一切の妨害を無視してハルケギニアに到達。再生に使われたエネルギーと同質の存在、つまりウルトラマンを見つけて寄っていくというわけです》

 

《ううん、でもそれってあっちからすればすごくビックリしちゃわない? 目の前にいきなりオバケが現れて襲ってくるってことでしょ》

 

《そ、そこまでは配慮できませんよ。普通にメッセージを送れないからの苦肉の策なんですから。それでこの作戦、どうですか総監》

 

《私はここではオブザーバーだ。私に気を遣う必要はないよ。さて、あまり分のいい賭けとは言えなさそうだが、どうするかい? 隊長》

 

《やる。幽霊だろうとなんだろうと、俺たちの炎はきっと他の世界にだって届く! やるぞみんな!》

 

《G.I.G!!》

 

 それは、フェミゴンの霊体に刻まれた強い記憶だった。そして、それに続く異世界からのメッセージをルイズは受け取り、呆然としながらもミシェルと離れた。

「そうか、わたしが狙われたように思えたのは、そういうことだったのね。あんたも、それで……」

「さあ、わたしはあの炎が消える前に、お前にあれを伝えなきゃと必死になっただけさ。見えたイメージの意味はわたしにはよくわからん。だが、お前にならわかるんだろう?」

 口を拭いながら答えたミシェルに、ルイズはその気遣いは自分には難しいなと苦笑した。

 しかし、これで絶望的な明日にわずかな光明が見えた。自分たちには、倒さなければならない敵がいる。そして、送られてきたメッセージを、この世界で戦っているほかのウルトラ戦士たちに届けなければならない。

 ただし、ルイズはこのメッセージが幸か不幸か自分にやって来た意味を考えていた。

”このことは、サイトにはまだ秘密にしておいたほうがいいわね”

 むしろ才人だからこそ秘密にしておいたほうがいいとルイズは思った。しかし、ほかのウルトラマンたちに知らせるにはどうすればよいだろう? 自分たちはこれから、重要な任務で出発しなければならないというのに。

 すると、ルイズの考えを察してミシェルが言った。

「心配することはない。この世界の危機を見過ごせない者たちは、自然とあの地に集結することになるだろう。我々はただ、今を全力を尽くせばいい」

「そうね。けど、その時が来るまでにわたしたちが全滅している可能性だってまだ大きいわ。道は厳しいわね」

 希望は見えた。けれど、敵はそれを全力で潰しにくるだろう。こちらの勝機は乏しいままだ。

 それでも、自分たちは進むしかない。このまま座していても、ガリアによってトリステインが滅亡させられる未来が待っているだけなのだから。

 が、それはそれとして……。

「ねえミシェル、さっきのあれ。急いでたのはわかるけど、キ、キスまでする必要は、あああ、あったの?」

 ルイズがさっきのことを思い出して赤面しながら尋ねると、ミシェルは不敵に笑いながら答えた。

「ん? ああ、必要なら手を握るだけでもよかったかもな。だがせっかくだし……サイトのはじめてを奪った唇というのを確かめておきたくてな」

「ミ、ミシェル、ちょっと目が怖いわよ。わたしたち、女同士じゃない」

「女同士だからこそわかる世界もあるさ。銃士隊は女だけの組織だからな、いろんな奴がいろんな世界を教えてくれる。わたしにとってサイトが一番なのは変わりないが、お前も可愛いな。どうだミス・ヴァリエール……わたしの二番になってみないか?」

 冗談めかして言ってはいるが、ミシェルの吸い込まれるような眼差しに、ルイズは背筋に寒気が来るものを感じた。

 そういえば聞いたことがある。銃士隊の夜の怪しい話を。ただの愚にもつかない噂だと気にも止めずにきたが、まさか本当に女だけで夜な夜な……まさかまさかと考えると冷や汗が止まらなくなってくる。

 だが、ミシェルは舐めるような眼差しから一転して、おもしろそうにルイズを笑った。

「ぷっはっはっ、サイトもそうだがお前たちは本当に乗せやすいな」

「あっ、むむむ、からかったのね!」

 ルイズは今度は別の意味で顔を赤くしたが、ミシェルはニヤニヤと笑うばかりだった。ルイズはカッカッと怒りながら、どうして自分の回りにはキュルケといいシエスタといいアンリエッタといい、腹の立つ女ばかりなのかと憤慨した。

 けれど、それがいい。張り合う相手がいるのは楽しい。それで自分を高めていける喜びは何にも代えがたいものだ。

 ルイズとミシェルは互いに目を合わせて笑いあい、改めて「死ぬな」と誓った。決着は生きてつける、死人から譲ってもらうようなみっともない勝ち方はしない。

 

 二人は、そろそろ馬車の支度もできる頃だと歩き出した。空にはまだ、月と星々が美しく輝いている。

 だが、この星空の下のどこかには悪が息づいている。夜明けと共に、また長い一日が来るに違いない。ルイズは、ウルトラマンAの回復がまだの今は自分の虚無の魔法が切り札だと気合いを入れ直した。虚無の魔法は不安定だが、使いこなせばウルトラマンたちに劣らない威力を発揮することができる。

 一方でミシェルは優れた魔法騎士であるとはいえ、しょせん人間の域を越えているわけではない。ガリアの一個軍団にでも当たればひとたまりもないだろう。

 けれど、ミシェルはルイズのそんな心配を見透かすように、指を鳴らして手のひらに炎を浮かび上がらせて見せた。

「わたしのことなら心配いらない。この通り、お前に負けない”力”なら備わっている」

 ミシェルの手から凄まじい勢いで炎が立ち上り、それは固まって不死鳥のような燃え盛る鳥の形へと変わったのだ。

 驚くルイズ。熟練した火のメイジでも炎の形をこうも簡単に操ることは難しい、ましてミシェルは土のメイジなのだ。これは、まさか。

「あの怪獣の力は、わたしの中にまだ残っている。無尽蔵に使えるというわけではなさそうだが、気休めくらいにはなるだろう」

 なにが気休めだとルイズは思った。一部とはいえ、怪獣の力を人間が使えることが弱いわけがないではないか。

「あっちの連中、とんだプレゼントをよこしてくれたものね」

「ああ、会ったら礼をしなければな。そのためにも、わたしたちは行かねばな。そして、この王宮のこの月夜の元に帰ってこよう」

 ミシェルは小鳥を放つように、炎の不死鳥を空に飛ばした。

 不死鳥は火の粉を振り撒いて羽ばたきながらゆっくりと空に舞い上がり、やがて空に吸い込まれるようにパッと火の粉を散らして消えた。

「きれいね……」

 ルイズは無意識にそうつぶやいていた。

 かつてのフェミゴンがまとっていたのは邪悪な青い炎だった。だが、今は清んだ赤い炎を放っている。

 力は使う者次第で変わる。ミシェルの胸に輝くペンダントにはいつの間にか、才人との絆を示すように燃える炎のエンブレムが刻み込まれていた。

 

 

 だがその一方で、夜の闇に隠れて暗躍する者も手を緩めてはいない。

 トリステインから遠く離れたある地で、月光を背にしてコウモリ姿の宇宙人が浮かんでいた。

「フッフッフッ、順調順調……と、思っていたところですが、あの方々が余計なことをしてくれましたね。ちゃーんと後で出番は用意してあるというのに……ま、こっちはこっちで次の役者の招待を済ませてしまいますか」

 彼は遠い地で起きた異変を察知したようだったが、特に慌てた様子を見せずに眼下の古戦場を見下ろした。

 大勢の兵士が戦った跡がまだ生々しいそこには、大きな爆発でできたクレーターの中に、パラボラを空に向けた兵器の残骸が静かに横たわっていた。

 

 

 続く

 


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