ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第13話  不名誉墓地の騎士道

 第13話

 不名誉墓地の騎士道

 

 怨霊鬼 登場!

 

 

 人を食う山を超え、ガリアへと入った才人たち一行。

 途中、ジルとカトレアが参入するという驚きの事態こそ起きたが、心強い味方を得た一行は歩を進めていた。

 

「いやあ、まさかそれにしてもカトレアさんが来てくれるとは思わなかったなあ」

 ようやく険しい山道を超え、安心して歩ける道を行きながら、才人がしみじみと言った。なかば特攻隊のような気持ちでいたところに、この援軍は本当にありがたい。

 カトレアは事のあらましをざっと語った。戦争が始まった時、ガリア軍を発見したエレオノールは王宮へ通報すると同時に、カトレアにもそれを伝えて守ろうとラ・フォンティーヌ領へやってきた。そこへカリーヌから、ルイズがガリアに向かおうとしているから手助けせよという手紙を受けたカトレアは、ミシェルたちへの手助けをエレオノールに託した後、旧知のジルを誘ってルイズたちの先回りをしていたというわけである。

「ふふ、トリステインの大事に、私もお役に立てることがあるならうれしい限りです。及ばずながら、よろしくお願いいたします」

 カトレアの優しげな笑顔に才人はぽっとなった。ルイズからトゲを抜いて大人にしたようなカトレアの包容力は破壊力ばつぐんで、水精霊騎士隊の中には鼻血をこらえている奴さえいる始末だ。

 だが、カトレアの魅力はその圧倒的な母性力だけではない。まずはおっぱい、ティファニアには及ばないが、豊満で形がよく柔らかそうなおっぱいの美しさは才人のランキングの中でも上位に入る……と、考えるのはルイズが睨んでいるからここまでにして、冗談抜きで土系統の強力なメイジであるカトレアの実力は、あのフーケも軽くしのぐくらいのすごいものであるから心強い。

 そして、カトレアがやってきてくれたことで一番喜んでいるのは、彼女を幼い頃から慕ってきたルイズに違いない。隠しようもなく頬をほころばせていたが、とうとう我慢しきれずにカトレアのそばに寄っていった。

「ちぃ姉さま、わたし」

 けれど、再会を喜ぼうとするルイズの眼差しは、親愛する姉の厳しい一言で止められた。

「ルイズ、私はお母さまの命であなたたちを手助けにやって来ました。あのお母さまが私を手助けに寄こすほどのことがどういうものか、わかっているのですか?」

「え? それは……その、大変なことだと……」

「そう、大変なことです。でもあなたたちは、まだ危機感が足りていません。その証拠に、あなたたちはじゅうぶんな下準備もなしに難所越えに挑みました。もし私たちが来なければどうなっていたと思いますか?」

「はい……」

 厳しい指摘に、ルイズだけでなく、才人やギムリたちも反省してうなだれている。

「ルイズ、一人の力だけではなにもできないのはあなたもよくわかっていますね。けど、仲間の力だけでも限界があるのよ。無理を感じたら、外にも力を借りなさい。手遅れになってからでは意味がないのですよ」

 カトレアが病弱だった頃、父の侯爵はありとあらゆる手段で医者を探してくれた。結局完治にはいたらなかったけれど、なりふりかまわず手を尽くしてくれなければ、延命さえできずにカトレアはルイズが物心つく前にこの世を去っていたかもしれない。

 ルイズはカトレアの助言に納得してうなずき、カトレアは微笑んだ。

「私はこれから、あなたの姉ではなく、一介のメイジとしてあなたたちの仲間に加わります。あなたもそのつもりで、よろしいですね、ルイズ?」

「はい、ち……カトレアお姉さま」

 甘えるための愛称で呼ぶのは戦いが終わるまで封印だとルイズは決心した。優しいだけではなく、筋を通す芯の強さを持つカトレアの姿は、ルイズにとって憧れそのもの。貴族として目指すべき目標だった。

 カトレアは、ルイズの決心を確かめると、無言ながらもそれでいいのですと言う風に、いつもの優しい笑顔を見せてくれている。

 本当に、お母様もお姉さまも強くて、美しくて、気高くて、素敵で、遠く高いところにいる。こんなレディになりたい……いつかはなれるのだろうか?

 けれど、カトレアのそんな優しさと強さを併せ持った気品に魅了されたのは、男どももいっしょであった。

「ル、ルイズのお姉さん! 自分、ジョージアと申します。感動しました。ぜひぼくにもお姉さまと呼ばせてください」

「ずるいぞ抜け駆けすんな! わたしはハンス、水精霊騎士隊でも一二を争う炎の使い手であります。この胸に溢れる情熱を詩にして今すぐあなたに贈りたい」

「ひっこめお前ら! わたし、隊長代理をしておりますギムリと申します。この野獣どもから必ず麗しいあなたをお守りいたしますので、どうかご安心を」

 こんな調子で口々に口説きに当たっている。元々、水精霊騎士隊自体、徒党を組む目的が正義感と忠誠心の次に「モテたい」という不純なものが多々混じっている連中なので、当然といえば当然なのだが。

 もちろん、これでルイズの機嫌が良かろうはずがない。「あんたたち、わたしにそんな態度したことあったかしらぁ?」と、一人でキレかけている。

 一方で、ルイズに巻き込まれたくない才人はデルフとひそひそ声で、「そりゃルイズと違って優しいし、おっぱいの魅力はすげえもん。おれはレモンちゃんもメロンちゃんも大好物だよ。でもプリンプリンの無限の柔らかさにもときめくんだよ、わかるかデルフ?」「ああ、ブリミルの野郎も、大きくなれ大きくなれって毎晩毎晩サーシャのそこばっか攻めてたからな。ほんとおめーらは何千年経っても変わらねーな」などと最低な会話をしていた。

 そんな馬鹿どもを、カトレアはあらあら大変と受け流していたが、見かねたジルが割り込んできた。

「それで隊長代理とやら、ガリアには入れたが、これからどうするつもりなんだ?」

 その一言で、場は水を打ったようにしんとなってしまった。

「それは、リュティスに乗り込んで、ガリア王の秘密を暴こうと」

「どうやって? まさか王宮に乗り込むつもりか? 自殺行為もいいところだぞ」

 呆れ返っているジルに、ギムリたちやルイズも言葉に詰まってしまった。

「けど時間が無くて、真実を掴むにはこれしかないんです。万に一つでも可能性があるなら、命は惜しみません」

 覚悟は皆揃っていることを少年たちは示した。けれど、成功しなければどんな決意も信念も意味がない。

 特に、ルイズはカリーヌの期待もかかっていることを知って気負いすぎているところが見られ、カトレアはルイズといっしょに少年たちも諭すように言った。

「ルイズ、それに皆さん。さっきルイズにも言いましたが、どんなにがんばっても、仲間の力だけでは限界があるのよ。もう一度尋ねますが、もし私たちが来なければ、あなた方は先ほどの山をさえ越えられたでしょうか?」

「それは……」

「わかったようですね。女王陛下は、あなた方に名誉の戦死をさせるために任務を与えたわけではありません。達成して、帰還してこそ陛下はお喜びになられるでしょう。だから無理を感じたら、外にも力を借りなさい。わかりましたね?」

 そして、カトレアはジルとともに、そのために私たちが来たのですよと告げた。

 真剣な表情でカトレアの言葉を聞こうと、ルイズと水精霊騎士隊は身構えた。果たしてカトレアにどのような策があるというのだろうか……?

 

 

 そして数刻後、一行の姿はガリア辺境の小さな農村にあったが、一行はそこで思いもしていなかった歓迎を受けていた。

「これはこれはカトレア様、ようおいでくださいました。相変わらずなんにもないところですんが、どうかごゆるりとなさっていってくださいませ」

 村長から親しげに挨拶を受け、ほかの村人たちもよそ者にとても友好的な雰囲気であった。

 普通、こういう村であればよそ者に排他的であろうに、真逆の雰囲気である。宿屋で休憩をとることにした一行は唖然としていたが、それにカトレアは穏和に答えた。

「この村と私は古い付き合いなのですよ。この村では牧畜が盛んなのですが、土地柄なのでしょうか、家畜からのたたりをとても恐れる風習があるもので」

「そうか、お姉さまのラ・フォンティーヌ領で放し飼いにされている牛って、この村のものだったのね」

「ええ、老いた牛や乳の出の悪い牛を私の領地で引き取っているのです。その代わりにヴァリエール領にはミルクやチーズを格安で売っていただいている契約を結んではいますが、こちらの村民の方々とは良い仲なのです」

 カトレアの意外な人脈に、ルイズは「知らなかったわ」と感心していた。

 けれど、村人の歓迎と村の牧歌的な雰囲気に気を緩めかけていた一行に、カトレアは釘を刺すように言った。

「それで、あなた方は、この村のことをどう思います?」

「は? そりゃ、豊かそうでいいところだなと。いでで!」

 のんきな答えを返したギムリの耳をジルがつねりあげた。

 なにをするんだと騒然となる水精霊騎士隊。そんな彼らに、カトレアは呆れたように告げた。

「わからないのですか? ここはもうガリア。そして彼らは、トリステインに敵愾心のないガリア人なのですよ」

 皆が、「あっ!」といった表情で固まると、カトレアはゆっくりと続けた。

「お父様から聞いたことがあります。敵地に入るのなら、まずそこに協力者を求めなさいと。このようなことのために作った友人ではありませんが、女王陛下のために、今は心を鬼にせねばいけないときです。あなたがたにその覚悟はおありですか?」

 その瞬間、ルイズはカトレアの横顔にカリーヌの面影を見た。

 やはり、血は争えない。ルイズは姉が優しいだけの人ではないことを再認識して息を呑み、一行は今が戦争の真っ最中なのだと気を引き閉め直した。

「この村はガリアの中では辺境に位置していますが、酪農を通じて国の中央との交易もなされています。なにか益になる話が聞けるかもしれません。がんばってみてください」

 そう告げられた一行は、才人やルイズも含めて蜘蛛の子を散らすように村中に散っていった。

 今は一刻を争う戦時。体裁など構っていられないのはわかっていたはずだけれど、やはりわかっていたつもりだけだったことに皆は気づいた。祖国トリステインのため、なにより敬愛する女王陛下のため、カトレアが自分の主義を曲げてまでお膳立てをしてくれたのに、自分達が役立たなければ忠義が泣く。

 カトレアはジルといっしょに宿に残って、少年たちの活躍を待った。ほっておいてもよいのかと尋ねるジルに、カトレアはホットミルクを口にしながら答える。

「あくまでも、この任務の主役はあの子たちですから、私は助けなければいけないとき以外は助けませんわ」

「穏やかな顔をして、スパルタなものね」

「お母さまからの伝統ですの」

 少年たちはルイズも含めて、少しでもなにか有益な情報がないかと、村人たちに頭を下げて聴き込みをして回った。

 やがて半刻ほどして、宿屋に帰ってきた一行は聞き込んだ情報を公開しあった。カトレアの言う通り、こんな辺境でも首都からの情報は流れ込んできているようで、ガリア内部の混乱を知った一行は一様に驚いて顔を見合わせていた。

「食料を取り上げられて、王政府に対して暴動が起き始めてるとか……ガリアの王様は何を考えてるんだ?」

「それよりも、あちこちの領主が食料を狙った難民が入り込まないようにって、関所を封鎖してるってよ。これじゃ、リュティスに入れないぜ」

 村人から話をいろいろ聞いたところ、ガリアの中央は相当に混乱しているらしかった。戦争を仕掛けてきた当事者の国がこれとはと、外からではまったくわからなかった。

 そして、大きく気になる噂がひとつ。

「いくらか前から、王様の周りに怪しい人影がうろつき始めたって話があるそうだ。よくわかんないけど、王様は大臣も騎士もそばにおかずに、その怪人となにか話してるのを見たって人がけっこういるみたいだぜ」

「怪人って。まさか、宇宙人か?」

 適当に言ったわけではない。怪獣を次々と繰り出してくるガリアの所業は人間ができることをはるかに上回っている。その影には黒幕がいると思っていたが、ハルケギニアの侵略をもくろむ宇宙人がガリアの王様を傀儡にしているとすれば説明はつく。

 つまりは最悪、その宇宙人をぶっ飛ばせばいいわけだ。

 しかし、このままでは元凶のリュティスに向かえない。何万というガリア軍にトリステイン軍がいかに持久戦に持ち込んだとしてもたいした時間は稼げないという今、足踏みをしているわけにはいかない。

 一行はまだ、アンリエッタがガリア軍に対して出撃を命じたことは知らない。けれどそれを置いても、こんな辺境の農村で遊んでいるわけにはいかないと焦りかけたときだった。水精霊騎士隊の少年の一人が、恐る恐るながらもあることを口にしたのだ。

「なあ隊長代理、情報って言えるかわかんないんだけどさ……」

「どうしたんだ? こんなところで足踏みしてるわけにはいかないんだし、この際なんでも言ってみてくれよ」

「ん、ああ、ちょっと妙な噂を聞いたんだが……」

 こうしている間にも、国に残してきたギーシュたちにも危険が迫ってきているかもしれないと、藁にもすがる思いで一行はその”噂”に耳を傾けた。

 

 

 どんな形で過ごそうとも、時間は容赦なく関係なく流れていく。

 さらに数刻が過ぎ、太陽は西の空に消えて三日目の夜が来た。そして一行の姿は、村を出て数里を行った街道の先にあった。

「うすっきみ悪い道だな……」

 才人がぞっとしたようにつぶやいた。かろうじて月明かりで前は見えるものの、街道の周りにはほかの家もなく、両脇は森になった真っ暗闇が続いている。本当なら、夜には絶対歩きたくない道だ。

「なによあんた、ここ、怖がってるの?」

「へ、へへっ、やせ我慢するなよルイズ、お前だって震えてるぜ」

 暗い夜道、聞こえてくるのは風で木の葉が擦れる音や、フクロウや獣の声ばかり。肝試しをするならばうってつけのシチュエーションに、才人やルイズだけでなく、お調子者のギムリや水精霊騎士隊たちも落ち着かずにそわそわしている。

 平然としているのはカトレアとジルくらいだ。だが、今さら夜道が怖いなんていう年ではない彼らを怯えさせているもの、それはこの先にあった。

「見えてきたぜ……」

 ギムリが冷や汗をぬぐいながらつぶやいた。

 森の中から姿を現したもの。それはこんな辺境には似つかわしくない、見渡す限りの広大で豪華な霊園……つまりは墓地だった。

 入り口の門には、ガリア王国の紋章が刻まれている。また、霊園の中に立ち並んでいる立派な墓石にもすべて、貴族や騎士のものであることを示す紋章が刻まれており、月光に照らされるその光景を見て、少年たちは戦慄しながら言った。

「これが……」

「ああ、ガリア王国の……不名誉墓地だ」

 一行は息を呑みながら、霊園の中に足を踏み入れていった。

 霊園の中は静まり返り、いっそう不気味な雰囲気を醸し出していた。人の気配はまったくなく、道の左右に立ち並ぶ墓石に見られているような中で、一行の足音だけが響いている。

 ルイズは無意識に才人に体を寄せ、ギムリたちも道の真ん中に寄って、墓石に近づくまいとしている。まったく肝試しそのままだ……そんな沈黙に耐えられなくなった才人が、周りの墓石を見回しながらぽつりとこぼした。

「そ、それにしても変な墓地だな。貴族の墓だっていうのに、供え物も花のひとつも見当たらないぜ」

「あ、当たり前だろ君、ここは不名誉墓地なんだぜ!」

 少年の一人が才人を咎めるように叫んだ。

 不名誉墓地……その名が流れたとき、一行の中に再び戦慄が走る。

 すると、最後尾を歩いていたカトレアが、ひとつの苔むした墓石を指して告げてきた。

「ルイズ、あの墓石の方の名前。わかりますか?」

「は、はい!? え、か、カイン男爵……歴史の教科書で読んだことがあります。トリステイン出身の騎士で、五百年前に当時のガリアの第二皇太子と共謀して簒奪を企み……ざ、斬首になったと」

 ルイズが震えながら答えると、才人や水精霊騎士隊の皆も、一様に顔を青ざめさせた。

 そう、これが不名誉墓地の正体。ここには、ガリアの王族や貴族の歴史上、反乱、犯罪、抗争など、様々な理由で処刑、謀殺による不名誉な死を遂げた人間たちが葬れているのである。

 献花のひとつも無いのも至極当然。しかし、なぜこのような恐ろしいものが作られたのか? 理由はちゃんとある。

「墓石の家紋の周りを見てみなさい。五百年前に使われていた魔除けの刻印がびっしり刻まれています。よほど、カイン男爵の霊に復讐されることが怖かったのですね」

 哀れむように言ったカトレアの言葉には、どこかエレオノールのような嘲りも混じっているようにルイズは感じた。

 これがその答え……不名誉な死を遂げた者は、それが正当であれ不当であれ、必ず怨みを残していく。特に、政争による非業の死へと追いやられた者の怨みは尋常ではなく、その怨霊による報復を避けるため、昔の人間たちは死者を僻地に封印するように弔ったのだ。

 いわばここは、ガリアの数千年の暗黒の象徴……もっと言えば、政争の勝者たちの羞恥心の墓場といえた。

 近隣の村がたたりに敏感なのも、ここの影響だろう。ここには、非業の死を遂げた数え切れない魂が渦巻いている。気丈なルイズでさえ、その怨念の気配を感じ取って身震いが止まらず、平民のジルも吐き捨てるように呟いた。

「ほんとに、貴族ってやつは大昔からつまんないね」

 貴族の跡目争い、そこに何かムカムカとひっかかるものを感じる。だが、それが何かは思い出せない。

 けれど、一行は歴史の勉強をしにこんな場所にやってきたわけではない。『ライト』の魔法で足元を照らした一人が、地面に残った轍の跡を見つけて言った。

「みんな、荷車か何かが通った跡だぜ。まだ新しいみたいだ」

「そうだな、それに轍の深さからしてけっこう重いものを運んだみたいだ。どうやら話は本当だったみたいだな」

 墓地の奥へと続いている轍の跡を見つめながらギムリが言った。

 噂とは、普段は近隣の村の者でさえ滅多に足を運ばないこの不名誉墓地に、数日前に奇妙な一団が出入りしていったのが目撃されたという話だった。

 むろん、それだけならただの埋葬かもしれない。しかし、おかしなことに、入っていくときではなく、出ていくときに大きな荷物を運んでいるような感じだった。それも、何人もの鎧姿の騎士に護衛され、まるで火薬を運ぶような物々しさだったという。

 怪しい……けれど、足を運ぶにはまだひとつ足りなかったところ、話の続きにこうあった。そのとき、好奇心から覗いていた村人は一団の中に、人間とは思えない奇っ怪な風貌をした者がいたと証言していたのだ。

「もしかしたらそいつ、ガリアの王様といっしょにいるっていう宇宙人かもしれねえ」

 才人はそう直感した。まさかこんなところでと思ったけれど、その尻尾を掴んだかもしれない。

 また、その一団を指揮していたのは、若い女のようだったとも聞いた。若い女……? それって、あのときの!

 才人とルイズは以前にラ・ロシェールでゾンバイユを繰り出し、ルイズのことを虚無の担い手だと告げていった女のことを思い出した。

「シェフィールド!」

 あのとき、不敵に挑発していった女はそう名乗っていた。そいつが、ガリア王の手足として陰謀をおこなっている役割の奴だとすれば、確証はまだないが、怪しさはさらに増す。

 ギムリたちもあのときのことを思い出し、半死人にされた恨みを晴らしたいと決起した。しかし、勢い込んで来てはみたものの、夜の墓場とは想像以上に気味の悪いところであった。

「……まだ、奥まで行かないとダメか?」

「当たり前だろ。な、なんのためにここまで来たと思ってるんだ?」

 覚悟を決めて、一行は墓場の先へと進んだ。

 轍の跡は墓場のさらに先へと伸びており、それにともなって、葬られている人間の身分も上がっていった。

「おい、この先って……」

「ああ、王族の領域だぜ」

 最奥部、ガリアの王族が葬られている領域まで踏み込むことになり、一行はつばを飲んだ。不名誉墓地でもなければ、本来なら恐れ多くて近づくことなど許されないところだ。

 サムソン三世、アルムート七世、歴史の教科書に出てくるような暗殺された暴君、不意の事故死を遂げた皇太子の名前が彫られた墓石が次々に見えてくる。中には正式な王家の陵墓に埋葬されているはずの王の名前も散見され、ガリアの歴史の裏側を見たようで、一行は吐き気さえ覚えた。

 そして、轍の跡はひとつのさして古くない墓の前で止まった。その墓石に刻まれていた名前は……。

「オルレアン公シャルル……」

 確かにそう読め、没は四年前となっていた。

 誰か知ってる奴はいるか? という問いが流れるが、答えられる者はルイズを含めていなかった。歴史上の人物ならともかく、今のガリアの貴族を事細かに覚えてはおけない。だが一介の貴族ならともかく、隣国の王族に連なる者のことを誰も知らないというのはどういうことだろうか? それにオルレアン……なにかひっかかる名前だ。

 しかし、場所からして王族に連なる誰かということは確かなようだ。どんな経緯でここに埋葬されることになったのかは知らないが、ここに埋められることになった以上はろくな死に方をした人間ではあるまい。

「いったい、ここに来た連中はこの墓になんの用があったのかしら?」

 ルイズがつぶやくと、一行の中に嫌な空気が流れた。そして才人が仕方なく、こういうことには天然なルイズにぼつぼつと答えた。

「そりゃあお前、お墓の中にあるものっていったら、アレじゃないのか?」

「アレって、そそ、そんな不謹慎な!」

「じゃあアレ以外に何があるっていうんだよ?」

「そそ、それを調べに来たんでしょ? サイトあんたちょっと行って見てきなさいよ」

「嫌だよ! いくらなんでもそんなおっかないことできるか! お、おいギムリ、お前ら女王陛下のためならなんでもできるんだろ? ちょっと見てこいよ!」

「ええっ!? い、いやいやいくら他国のものだからって王族の墓に手をかけるのは始祖ブリミルへの不敬になるからしてその」

 こんな感じに、少年たちの間で「お前行け、いやお前が」と、押し付けあいが始まってしまった。勇敢さでは大人の騎士に負けないと自負する彼らであっても、やはり怖いものは怖かった。

 結局、らちがあかないということでジルがやれやれと前に出た。才人たちは、女の平民に勇敢さで負けてどうすんのよというルイズの冷たい視線を前に、ばつが悪くうなだれている。

 対してジルは貴族への遠慮はほとんど持ち合わせておらず、ランタンと短刀を手に墓石に近づいていき、ほどなくして異常を見つけ出した。

「やはり、つい最近墓石を動かした跡があるな。そいつらはここから、何かを持ち出して行ったらしい」

「何かって、やっぱりアレでしょうか?」

「そこまで知らん。だが、墓に財宝を隠すという与太話ならよく聞くし、今から掘り返してみてもからっぽだろう。問題は、ここから何かを運び去っていった連中が何をするか、だろう?」

 ジルがそう言うと、一同もうなづいた。

 宇宙人のような奴にガリア王につながりのありそうな奴が、墓場から何かを持ち去っていった。何のため? どうせろくでもないことだろうが、それが問題だ。しかし、戦争を起こしている真っ最中にいったい何を?

 考えてもわからない。やはり、謎を解くには無理をしてでもヴィルサルテイル宮殿に殴り込むしかないのだろうか。

 せめて、この墓の主であるオルレアン公シャルルという人の詳しいことがわかれば……。

「ほんとに、オルレアンだか誰だか知らないけど、おかげでこっちは大迷惑してるんだぜ」

「まったくだ。どうせほかの墓地の連中みたいに、ろくな奴じゃなかったんだろうぜ。名誉を貴ぶ我らトリステイン人では考えられないよ」

 口々に、そうだそうだと愚痴が流れていった。誰かが口火を切ったことで、溜まっていたガリアへの不満があふれ出してくる。

「そもそも、ガリアがしっかりしてれば世は平穏だったんだ。んっとに、ハルケギニア一の大国のくせして、こんなに不名誉な人間を出すとはみっともない。きっと、墓を暴かれるのだって、ひどい悪党だったからだろう。ざまあみろだ」

 知らないとはいえ、言いたい放題の極みであった。ブレーキ役のギーシュやレイナールがいないために暴言はエスカレートしていき、さすがにルイズも眉をひそめて止めようと思った。

 だが、まさにそのときであった。

 

「我らの主君を、侮辱するものは許さん」

 

 突如、背筋も凍るようなおどろおどろしい声が響いた。

 空耳ではない。全員がびくりとし、罵声の波はぴたりと止んだ。

 だ、誰だ? だが、そう問いかけるまでもなく、声の主は姿を現した。不名誉墓地の無数の墓石から不気味な光の塊が飛び立ち、群れをなして宙を舞い出したのだ。

「ひ、人魂だぁ!」

 才人が腰を抜かしながら叫んだ。同じようにルイズも顔を真っ青にしてへたりこみ、ギムリたちも腰を抜かしたり悲鳴をあげたりしている。

 かろうじて杖を握り、気丈にしているのはカトレアと、弓を空に向けているジルだけだ。その二人も、この世のものとは思えない光景に戦慄して顔色をなくしている。

 数十の人魂は彼らの頭上で生き物のように旋回し続けている。

 いったいこれはなんなんだ!? 震える彼らの前で、人魂たちは宙で集まって巨大な塊になっていく。

 彼らは忘れていた。この墓地には、粛清され葬られた王族と同様に、その家臣たちも埋められていることを。

「我らの主君を侮辱したな」

「許さん」

「許さん」

「許さん」

 怨念に満ちた声が響き、人魂の塊は少しずつ形を成していく。そして、怨念の塊はついに見上げるばかりの巨大な鎧姿の騎士の亡霊となって、この世に現れ出でたのである。

「この怨み、晴らさでおくべきかぁ……」

 巨大な騎士の兜の下の骸骨から、身も凍るような声が響く。

 墓場の中に立つ、数十メイルはあろうかという巨大な騎士の怨霊。その骸骨のくぼんだ眼窩から殺意に満ちた視線が足元の少年たちに注がれ、絶叫が轟いた。

「ば、バケモノだあ!」

 まさしく怨霊の鬼。闇の底から呼び覚まされた亡霊は、現世への怒りのままに雄叫びをあげる。

「この怨み、晴らさでおくべきか!」

 怨霊鬼の腰からレイピア状の杖が抜き放たれ、ギムリたちの頭上へと振り下ろされた。

「逃げろ!」

 才人が叫び、我に返ったギムリたちは必死でその場から飛び退いた。その次の瞬間に、巨大なレイピアの先端が地を打ち、墓石が粉々に吹き飛ばされる。

「あいつ、おれたちを殺す気だ!」

 確かめるまでもなかった。怨霊鬼の眼光は怒りと怨みで満ち、一人も逃がさないと輝いている。

 死ぬ、バケモノに殺される。軽口を叩いていた少年たちは恐怖で縮こまり、今にも泣き出しそうな有り様だ。

 だが、少年たちが恐怖に押し潰されそうになったとき、毅然とルイズの声が闇に響き渡った。

「杖を取りなさい、あんたたち! 仮にも騎士を名乗るなら、女王陛下のために命を捧げた誓いを最後まで果たしなさい。い、いくわよサイト! お化けでも妖怪でもかかってらっしゃい! わたしたちには、やらなきゃならないことがあるんだから」

 腰が引けているのを必死で奮い立たせてはいるが、ルイズの叱咤は皆に勇気と使命感を思い出させた。

 ギムリたちは杖を握り、才人もルイズを守りつつデルフを引き抜く。そしてルイズも杖を掲げて戦いのはじまりへと吠えた。

「お姉さま、お下がりください。トリステイン貴族、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール、参ります!」

 亡霊とはいえ相手は貴族。作法に乗っ取って名乗りをあげ、仲間たちも続く。

『エクスプロージョン!』

 さっそく、ルイズの得意の爆発魔法が飛んだ。怨霊鬼の頭部で爆発が起こり、兜が爆炎に包まれる。

「やったか?」

「さすがルイズ」

 歓声があがり、ルイズも唇を歪ませた。頭へのクリーンヒット、これは効いたはず。

 だが、カトレアの「油断してはいけません!」という声とともに、怨霊鬼は爆炎の中から何事もなかったかのような姿を現した。

 レイピアを振り上げ、ルイズを叩き潰そうと狙ってくる。愕然としているルイズを、才人が抱き抱えてかろうじてかわした。

「あぶないルイズ!」

「きゃあっ!」

 腕のなかで可愛らしい悲鳴をあげるルイズに才人は動悸を上げ、ルイズは才人の腕のなかで額を赤くした。

 エクスプロージョンが効かない!?  ならばと、ギムリたちはいっせいに魔法を放つ。

『エア・ハンマー!』

『ファイヤー・ボール』

『ジャベリン!』

 夜の闇を裂き、十数の魔法のつぶてが怨霊鬼へと撃ち上がった。

 今度こそ! しかしなんということか、魔法は炎の玉も氷の矢も、まるで雲に触れたように素通りしてしまったのである。

「魔法が当たらない!?」

 どういうことだ? さらに、ジルが狙いすませた矢を放つけれども、それも怨霊鬼の体を素通りしてしまった。

「あいつ、実体がないのか?」

「ひっ、ひえええ! やっぱり幽霊なんだよぉぉ!」

 だが、怨霊鬼の振り下ろしたレイピアは、そのまま地をえぐって石くれを撒き散らしてくる。

「畜生! 向こうの攻撃は通るのかよ。インチキだ!」

 どういう理屈かはともかく、怨霊鬼の攻撃は物理的にこちらにダメージを与えられるようであった。

 対してこちらはルイズの虚無の魔法でさえ通じない。相手が幽霊なのだから、普通の攻撃は通じなくても当然と言えばそうなのだが、あまりの理不尽さに才人はデルフに愚痴をこぼした。

「くそっ。おいデルフ、お前も剣に宿ったお化けみたいなもんだろ、なんとかしてくれよ」

「バーロー、それを言い出せば、お前らだって肉に宿ったお化けだろうに。あれはお前らの将来のお化けの先輩みたいなもんだろ、頑張って先輩に追いついてみやがれ」

 さすがはデルフ、毒舌も才人より一枚上手であった。

 才人は言い返す暇もなく、ルイズに向かって飛んできた石くれをはじいているけれど、ガンダールヴの力なしではいつまでも持たない。

 いや、それ以前に、本物の幽霊なんかどう倒せというのだ? 怪獣の中にはエンマーゴなど妖怪じみた奴はいるけれども、ちゃんと実体は持っていた。触れることもできないのでは打つ手がない。

 こうなったら、ウルトラマンAに変身して活路を開くべきかと、才人とルイズは視線を合わせた。やっと回復しかけたエネルギーをここで使ってしまえばまた後がきつくなるけれども……いや。

「サイト、苦しい相手だけど、まだやれる?」

「ちぇっ、まだおれたちはギリギリまで頑張ってないってんだろ? しょうがねえな、お前のお姉さんにいいところを見せようか」

 かなわないように見える相手でも、知恵と勇気を振り絞れば活路への扉が開く。先のアリンドウの戦いではそう教わった。カトレアは、そんなふうに励まし合う二人を見て、にこりと笑みを浮かべるのだった。

 幽霊に対抗するにはどうすれば? 塩でも撒くか? だが考えをまとめるよりも前に、怨霊鬼の口から唸るような呪文が唱えられたのだ。

「らぐ、ウォー……イサ、じゅーヌ」

 まさかこの怨霊は魔法まで使えるのか!? 才人たちの間に戦慄が走る。しかし、怨霊鬼はレイピアをそのまま一行の頭上に振り下ろしてきた。

「だああ! 普通に殴ってきやがったあ!」

「ありゃあ生前に使ってた呪文をただ繰り返してるだけだ。もうまともな理性なんか残ってないんだよ!」

 よく聞けば呪文のスペルは様々な系統の呪文がごっちゃになって、声色も呪文の節ごとに違う。複数の人間の怨霊が一体となっているために、本能にまかせて暴れるしかできないのだろう。

 けれど、怨霊鬼の口から漏れる恨み言は、一致していた。

 

「我らの主君は、オルレアン公こそ王にふさわしいのだ。侮辱する者は許さない、許さない」

 

 発する言葉はオルレアン公に関するものだけで、断片的な言葉から少しずつ事情がわかってきた。

「よっぽど臣下に慕われた君主だったのかね。臣下が死んでもここまで尽くしてくれるなんて」

「さあな、ガリアの騎士道なんて知らないよ。けど、王にふさわしかったとか、おいおい、おれたちひょっとしてとんでもない当たりを引いたんじゃないか?」

 追い詰められた状況でも軽口が出てくるのは、彼らの隊長の精神的汚染あってのものだろうか。もはや恒例と化してきている光景ではあるが、彼らが粘ったおかげで少しずつ情報が集まってきた。

 だが、それはそうとしてどうやって怨霊鬼を倒す? こちらの攻撃は通用しない。墓場から逃げ出せれば簡単なのだろうが、怨霊鬼が現れたときから墓場に結界のようなものが張られてしまったのか、墓場の外に出ようとすると押し返されてしまう。

 ルイズのテレポートでも全員は連れ出せない。このまま朝を待とうにも、まだ日付すら変わっていないのに無茶だ。

 幽霊を相手にするという非常識な出来事に、ルイズたちもなかなか打つ手が浮かんでこない。すると、苦悩するルイズたちを見て、カトレアがルイズにこうささやいた。

「ルイズ、ルイズ、力で征するだけが騎士の在りようではありませんよ」

「お姉さま、そんなこと言われたって。あの亡霊に交渉を持ちかけろとでも言われるのですか?」

「そうです、話し合ってみなさい」

「はえっ?」

 思わずルイズの口からすっとんきょうな声が出た。そんなバカなと話を聞いていた才人やギムリたちも思うが、カトレアは彼らを諭すように告げる。

「もとはと言えば、あなたたちが彼らの主君を侮辱したから怒らせてしまったのでしょう? 怒る正当な理由はあちらにあります。そういうとき、潔く謝罪するのが立派な騎士道ではありませんか?」

 う……と、調子に乗って無駄口を叩いていた少年たちは返す言葉に詰まった。

 しかし、正論で悪いとは思っても、彼ら水精霊騎士隊は誇り高さの反面、若さの悪癖として同じくプライドが悪い意味で高すぎるところがある。自分が悪くても、自分から謝ろうとするのは自分を許せなかった。

 そうしているうちにも怨霊鬼の攻撃は彼らの頭上に落ちてくる。そんな、ギムリたちが踏ん切れないなか、真っ先に頭を下げたのは才人だった。

「すみませんでした! 許してください!」

 深々と頭を下げ、大きな声で才人は謝った。この姿に、ルイズやギムリたちはあっけにとられたが、才人は頭を上げない。

「こいつらちょっとバカなだけで悪い奴らじゃないんです。おい、お前らも謝れって!」

「さ、サイト。ぼくらはトリステインの名誉を背負っているんだぜ。君には誇りはないのか?」

「下げたくねえ頭なら死んでも下げねえけど、下げなきゃいけない頭ならおれのでよければいくらでも下げるさ。使い魔が頭下げて主人が助かるなら安いもんだろ!」

 それは才人なりのプライドの発露だった。才人にだって譲れないラインはちゃんとある。けれど、それでルイズを救えるなら答えは決まっている。

 そして、そんな才人の覚悟の詰まった言葉は、怨霊鬼にも届いた。なんと、才人に向かってレイピアを向けていた怨霊鬼の動きが止まっていたのだ。

「マジか……は、話が通じるっていうのかよ」

 信じられないことだったが、本当に攻撃は止まっている。怨霊鬼の眼光はいまだ鋭く、レイピアは止まったままでいつでも振り下ろせる状態のままだが、暴れ狂い続けていた怨霊鬼が止まっているのだ。

 迷いが水精霊騎士の中に生じる。プライドを捨てるか否か、だが一番最初に小さなプライドを切り捨てたのは、意外にも一番プライドに固執しそうな者であった。

「ガリアの騎士よ、我々の非礼をお詫びします。どうか、お怒りをお静めください」

 なんとそれはルイズだった。貴族としての気品と礼節にそった上品なふるまいに、いつものルイズを知る者たちにも胸の高鳴りが走る。

 けれどルイズは感動の目を向けてくる才人に、照れながらいつものように言った。

「べ、べつに、あんたに合わせるわけじゃないんだからね。これはわたしの誇りの問題なんだから」

 それでも、あのルイズが自分から頭を下げるなんてよほどのことだ。しかし、やはりこの二人だけでは弱かったのか、怨霊鬼は唸り声をあげながらレイピアを振り下ろしてきた。

「いけない! 『クリエイト・ゴーレム』」

 頭を下げていた才人とルイズの反応が遅れていたところに、カトレアが作ったゴーレムの手が割り込んで二人をかっさらった。怨霊鬼はなおも呪詛の言葉を吐きながら、足元の人間たちを叩き潰そうとレイピアを振り上げてくる。

「砕かれた、ワレラノ夢。セモテモノ眠りであったのに! オノレ、忌まわしき無能王メ! カエセ! オルレアン公を返せ!」

 記憶が錯乱している!? このままでは、暴走が大きくなるばかりだ。カトレアのゴーレムの腕に抱かれながら、ルイズの目がギムリたちに走る。

”あんたたちはまだ煮え切らないの?”

 しかも、怨念の力が周囲の関係ない悪霊をも活発化させているのか、邪悪なオーラが周囲に渦巻き、魔法の力までもが弱まり始めた。

「ゴーレムを、維持できないっ」

 カトレアほどの力の持ち主であっても、何百何千という悪霊の力には抗いがたく、ゴーレムがぼろぼろと土くれに戻っていく。才人とルイズはなんとか逃げ出せたが、もう魔法で反撃することも不可能だ。

 そしてなんということか、怨霊鬼は怒りのままに、カトレアに向かって手を伸ばしてきたのである。

「お姉さま!」

「危ない!」

 ルイズが悲鳴をあげ、ジルがカトレアをかばおうと割って入った。だが、怨霊鬼の手はジルの矢も体を張った盾も煙のようにすり抜けると、むんずとカトレアの体をわしづかみにして持ち上げてしまったのだ。

「ああっ!?」

 魔法が使えなければカトレアはただの人間だ。戦いの経験はあっても、彼女の生まれついてのふくよかな体は戦いのダメージに耐えるようには向いていない。体を締め付けられて、カトレアの口から苦悶の声が漏れる。

「うああっ!」

「お姉さま! やめて! あなたたちそれでも貴族だったの? 貴族は、決して卑劣に手を染めないから貴族と名乗れるんじゃないの?」

 ルイズの叫びが響き、怨霊鬼がびくりとする。だが手を離してくれる様子はない。さらに、怨霊鬼は今度はルイズに手を伸ばしてつかみ上げてしまった。

「きゃあっ、サイトぉ!」

「ルイズ!? ちきしょお、その手を離しやがれえ!」

 激怒した才人は怨霊鬼の足に斬りつけるも、怨霊鬼の体はデルフさえ素通りしてしまってまるで効果がない。

 これではウルトラマンAへの変身も不可能だ。手が届かず歯噛みする才人の見上げる前で、怨霊鬼はルイズに呪詛を吐いていく。

「ワレラガ卑劣? 違う、これはガリアをヨイ国ニスルタめに必要なのだ。我らは悪くナイ! ワルクない!」

「な、なにを言っているの?」

「我らの誇りを汚したのはオマエタチ、死ね! まずは邪魔なお前たちからつぶれろ」

「ぐぅあぁっ! わ、わたしは負けないわ。死んでもわたしの誇りは曲げない。女王陛下と祖国のために己を捨てても尽くすのが、わたしの信じるトリステイン貴族なのよ! だからお願い、あなたたちにも貴族の誇りが残っているなら、わたしたちの言葉を聞いて!」

 毅然とした姿をあくまで崩さず、ルイズは吠えた。

 そして、ルイズのプライドを殺して頭を下げ、それでいて誇りを捨てていない光景に、ギムリたちもついに決意した。

「ギーシュ隊長、これは決してトリステイン貴族の名を汚す行為ではないと信じます。す、すいませんでしたぁ!」

「すいませんでした! 悪口言ったりして、ごめんなさい!」

「おれたちが悪かったです。だから、その二人だけは助けてください! お願いします」

 口々に、軽はずみな侮辱を述べたことへの謝罪が口を出る。その悲鳴にも近い声が届いたのか、怨霊鬼の動きが鈍くなっていく。

 聞こえているのか? これで、やっと……。

 怨霊鬼の骸骨の目の光から狂気が薄まり、ルイズとカトレアを締め付ける力が弱くなっていく。

 しかし、甘かった。怨霊鬼はおとなしくなったと思った瞬間、またも雄叫びをあげて暴れ始めたのだ。

「ぐぅおおお! おがあぁぁぁ!」

 自分たちのものであるはずの墓石さえ踏み潰して荒れ狂っている。ギムリたちも闘牛場に転がり落ちた観客のように逃げまどい、もうなにがどうするとかいうレベルではない。

 せっかくうまくいきかけていたのに? 才人は逃げ回りながらデルフに問いかけた。

「おい、どうなってんだよデルフ? 謝って許してくれそうだったじゃねえか」

「ありゃあ、時間をかけすぎちまったようだな。墓場中の関係ない霊まで集まってきて暴走してやがる」

「なんだって! じょ、冗談じゃねえぞ。こんなの、いったいどうしろっていうんだよ」

 荒れ狂う無数の悪霊の渦。こんなもの、ウルトラマンでさえどうにかできる次元の話ではない。

 気を抜くと、無数の人魂として辺りを飛び交う悪霊たちに取りつかれてしまいそうだ。ギムリたちは、もっと早く謝っておけばよかったと後悔したが、もうどうすることもできない。

 このまま悪霊にとり殺され、墓場を舞う怨霊の仲間入りをすることになるのだろうか? ルイズやジルも強い精神力で耐えているが、長くは持ちそうもない。

 悪霊の邪悪なオーラにあてられて、次第に気が遠くなっていく。皆が倒れていくなか、カトレアは祈るように呟いた。

「始祖ブリミルよ、未来ある子供たちをお守りください。そして、怒れる先人の方々よ。どうか、この私の魂で彼らを許したまえ……」

 自らの命と引き換えに、カトレアはルイズたちの助命を願い出た。だが、錯乱する怨霊鬼には届かない。

 それでもカトレアは祈った。そして、カトレアがまさに握りつぶされようとしたとき、突然カトレアの体がまばゆく光輝き始めたのだ。

「ぎゃあおぉっ!?」

 墓場を照らし出す神々しい光に、怨霊鬼がひるんで悲鳴をあげる。

 なんだ? なにが一体? 悪霊にとり殺されかけていた才人たちも、カトレアから湧き出す光で悪霊たちが吹き飛ばされ、我に返ってカトレアを見上げた。

「ちぃねえさま……? この光、とっても暖かい」

 ルイズは怨霊鬼の手からこぼれ落ち、才人が寸前でキャッチした。

 カトレアは祈りながら、不思議な光を放ち続けている。その輝く姿は天使……もしくは女神。

「この……光は?」

 カトレア自身にも、溢れる光がなんなのかはわからない。しかし、なぜかとても懐かしいような感じがする。

 そして、輝きの中からカトレアを守るようにして、一羽の巨大な鳥が姿を現したのだ。

「あの鳥! いや、怪獣はまさか!」

 才人は驚いた。カトレアの光の中から現れたその鳥は才人も知っている。かつて地球にも現れ、人々を守るために戦ったという怪獣頻出期最初期の怪獣。

 カトレアは涙を浮かべた顔でその鳥怪獣を見ていた。なぜなら、それはカトレアにとって忘れることのできないあの。

「リトラ……」

 そう、かつてフォンティーヌ領でカトレアといっしょに過ごしながら、凶悪怪獣ギャビッシュからカトレアを守って散った、あのリトラだったのだ。

 リトラは火の鳥のように輝きながら、カトレアをゆっくりと地上に下ろすと、その全身から光を放った。その輝きはまるで昼間のようで、傍若無人を誇った悪霊たちが溶けるように消えていく。

「お、おおぉぉっ!」

 怨霊鬼もまた、光を受けて溜め込んだ怨念を浄化されていった。

 そう、怨霊に対して現世の力は通じなくとも、同じ霊魂の力ならば効く。そしてリトラはひときわまばゆい光を放っていななくと、不死鳥のように輝く全身で怨霊鬼に正面から突っ込んだのである!

「ヌグワアァッ!」

 リトラの光の特攻を受けて、怨霊鬼の騎士の鎧のどてっぱらに風穴が空けられた。

 こうなってはさしもの怨霊の集合体もたまらない。バラバラの人魂に戻って、飛び散って消えていく。

 そしてリトラはカトレアの頭上でくるりと旋回すると、懐かしそうに一声鳴いてから空へと昇って行った。輝く翼から光がこぼれ、濁っていた夜空を晴らしながら天へと消えていく。カトレアはその後ろ姿を見送りながら、感極まっていた。

「あなたはあのときからも、ずっと私を守っていてくれていたのですね……」

 リトラが成仏し、天に帰っていく。それは、カトレアにはもう共に歩める仲間がいることに安心して、役目を終えたかのように穏やかで幸せそうな羽ばたきだったように、ルイズたちにも見えたという。

 すべては幻だったかのように怨霊鬼の悪夢は消え、不名誉墓地に静寂が戻った。

「みんな、無事か?」

 才人が尋ねると、ギムリたちも皆、悪夢から覚めたように集まってきた。どうやら幸い、呪われたりした者はいないようだ。

 ルイズは、リトラの消えた空をじっと見上げ続けているカトレアに歩み寄って話しかけた。

「ち……カトレアお姉さま」

「ルイズ、私は大丈夫、ええ、大丈夫よ」

 涙をぬぐって、カトレアは凛として答えた。ルイズはそんな姉の表情を見て、なにがあったのか聞くのをやめた。肉親といえど、無遠慮に踏み込むのは野暮でしかない。

 リトラのおかげで怨霊は飛び散り、墓場を囲っていた結界も消えたようだ。これで先へ進める。しかし、あの怨霊鬼の言っていたことは……ギムリは隊長代理として、頭をひねって考えた。

「どうやら、オルレアン公という人物が鍵みたいだな。だけどいったい……」

 と、そこまで言ったときだった。完全に散ったと思っていた人魂のひとつがまた現れて、わっと驚く一同の前で止まると、人魂が揺らめいて、半透明の初老の貴族の姿が現れた。

「ありがとうございます、勇敢な少年たちよ」

「わっ、お化け!」

 一同は驚いて身構えた。しかし、貴族の幽霊からは敵意はなく、杖を下ろした彼らを前に、彼は穏やかに話し始めた。

「ありがとうございます。怨霊の塊となってしまい身動きがとれなかったところ、あなたがたのおかげで解放されることができました。慎んで、お礼申し上げます」

「あ、いや、それは元はおれたちが……」

 気まずくなったギムリたちは言葉を濁らせた。しかし、ルイズは貴族の幽霊の前に歩み出すと、毅然とした態度で尋ねた。

「礼をしてくれるというなら教えてほしいの。今、ガリア王国はトリステインに攻めこんで戦争になっているわ。しかも、ガリア王の後ろには人間とは思えない何者かが糸を引いているの。このガリアで、なにが起こっているのか知っているなら教えて!」

 すると、貴族の幽霊は悔しげにうなずいて答えた。

「そうですか、あの愚か者め、とうとう……お教えしましょう。事のはじまりはかつてこの国の前王が亡くなられたときのことです。当時、王位継承候補は二人おりました。二人の兄弟、兄のジョゼフと弟のオルレアン公シャルル……我々は、オルレアン公に仕えていた者だったのですが……」

 幽霊から、ルイズたちはかつてのガリアで起きた血みどろの王位継承争いのことを聞いた。

 当時、次期国王は優秀で人望があったオルレアン公だと誰もが思っていた。しかしオルレアン公は謀殺され、ジョゼフが王位についた。その結果……。

「我々、オルレアン派の重鎮は粛清の憂き目に会い、公と同じこの不名誉墓地に葬られました。おのれ、あの無能者め……ですが、せめて眠りだけは安らかにあろうとしていた我らのもとに、きゃつらが現れたのです」

「奴ら?」

「奇っ怪な連中じゃった。そいつらは突然やってくると、オルレアン公の棺を掘り出して持ち去っていったのじゃ。わしらは抵抗しようとしたが、強い魔除けの護封印を持ったあやつらには手が出せず、見送るしかできなかった……」

「それで、そいつらはどこへ行ったの? ほかに何か言ってなかった?」

「そやつらが何者かはわからぬ。だが、率いていた女はジョゼフのもとへと運ぶと言うておった。異国の人よ、恥を忍んでお頼み申す。我らは魂をこの地に縛られて動けぬ身。あの愚か者ジョゼフは必ずやよからぬことを企んでおります。どうか、どうか我らの主を取り返してくだされ」

 幽霊の貴族は頭を下げて頼み込み、ルイズはギムリに目配せすると、彼に力強く答えた。

「わかったわ。わたしたちはあくまでトリステインのためにジョゼフ王を止めに行くけれど、あなたたちの見せてくれた忠義に、貴族としてできる限り応えてあげる」

「おお、おお、あなたがたに始祖ブリミルのご加護があらんことを」

 貴族の幽霊は安堵したのか、少しずつ消え始めた。だが消え行く彼に、カトレアが前に出て、もうひとつ質問をした。

「お待ちを、さきほどのあなた方は、少し気になることも言っておりましたわね。自分たちは悪くない、と、もしかしてあなた方も?」

「……申し訳ありませんが、それは我らの主君の名誉のために答えられませぬ。ですが、我らの主君オルレアン公は、ガリアの国の行く末を心から案じていた善き方だったのは間違いありません。そして、いくら怨もうとも、もはや我らはこの世にあらざる者……せめて、安らかな眠りだけが望みであります。どうか、どうか」

 彼の姿はゆっくりと消えていく。ルイズたちは彼が消えていくのをじっと見つめていたが、ギムリが思いきったように飛び出した。

「あ、あの。さっきはおれたち、あなたたちの主君を悪く言ってすみませんでした。貴族としてあるまじき醜態です。どうか、許してください!」

 オルレアン公の悪口を並べていた他の少年たちも、ギムリに並んで口々に謝罪し、頭を下げた。

 彼はそんな少年たちの姿を見回すと、ふっと微笑んで最後にこう告げていった。

「もう、いいのですよ。あなたがたは己の過ちを悔いて、それを形にした。私たちはそれで満足です。人は誰しも過ちを犯すもの……ですが、過ちを認めてそれを正すということの、なんと難しいことでしょう。その気持ち、ゆめゆめ忘れなきよう……さもなければ、いずれ我々のように……」

 彼の姿は消え去り、今度こそ墓場に静けさが戻った。

 顔を見合わせる一同。完全ではないが、いろいろなことがわかった。

 ガリア王国の王の名はジョゼフ。かつて弟を謀殺して王位を奪ったろくでもない奴で、今度はその弟を利用してなにかを企んでいる。

 それがトリステインに戦争を仕掛けるのと、どういう関係があるのかはまだわからないが、どうせまともな神経で思いつくようなことではあるまい。しかし、これでジョゼフのもくろみを潰せるかもしれない可能性が生まれた。才人が視線で促すと、ギムリが隊長代理として、ギーシュを真似たしぐさで皆に宣言した。

「諸君! ぼくたちの目的は決まった。ガリア王ジョゼフの野望を砕くために、奪われたオルレアン公の棺を奪還する。困難な道だが、行こう、奪われた棺のあるリュティスへ!」

「おおっ!」

 皆は杖や剣をいっせいに掲げ、決意を固めあった。

 自分で殺した弟の遺体を使って悪事を目論む、顔も見たことはないが、ガリア王ジョゼフへの怒りが皆の心にふつふつと沸き上がってくる。

 必ず野望を砕いてやる。そして、才人は月を見上げて、別行動をとっているはずの銃士隊の皆のことを思った。

「ミシェルさん、無事だといいけど……」

 あの人に限って万一の事はないとは思うが、やはり心配でしかたない。けれど才人は不安を振り払うと、おれたちよりずっと強くて頭もいい人たちなんだからきっと大丈夫、おれたちはおれたちのできることをしようと自分に言い聞かせた。

 

 更けていく夜道を、一行はリュティスに向けて歩み始めた。夜空だけはいつもと変わらない美しい姿を見せて、彼らを見守っている。

 しかし、変わらなく輝き続けているように見える月の影から、得体のしれないなにものかが近づいてきていることを、まだハルケギニアの誰も知らない。

 

 

 続く


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