ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第15話  ウルトラ丁半三本勝負!(後編)

 第15話

 ウルトラ丁半三本勝負!(後編)

 

 反重力宇宙人 ゴドラ星人 登場!

 

 

 ガリア王国の秘密を暴くため、ガリアへの侵入を試みたミシェルら銃士隊一行はエレオノールの協力を得て入国に成功し、現地で協力者のヴァレリー女史と合流した。

 そのまま戦争を起こすに当たって流れたであろう金銭の源流を調べるために、地下カジノへ突入したミシェルたちは、カジノのオーナーであるギルモアと対峙する。

 だが、真のカジノの主はギルモアを操っていたゴドラ星人であり、ゴドラは情報と引き換えに自分とゲームをして勝てと要求してきた。

 慣れないギャンブルに困惑するも、情報のために受けて立つ一行。三本勝負の一番手にエレオノールが名乗り出るも、ゴドラはいきなりのイカサマで大差をつけてきた。

 絶体絶命。だがなんと、エレオノールは相手のイカサマに対してさらなるイカサマでねじ伏せるという方法でゴドラに対抗。勝負を一気にひっくり返すことに成功する。

 けれど、勝負はまだ始まったばかり。敵はまだどんな汚い手を隠しているかわからない。

 剣も魔法も使わない戦いは、これからが本番なのだ。

 

 

「コール……651、大のキ、挑戦者の……当たりです」

「これで110対13で、私の勝ちね。なかなか楽しませてもらったわ、ゴドラちゃん」

 力無く結果を報告したシューターに続いて、エレオノールの勝利を告げる勝ち誇った声が響いた。

 この瞬間、三本勝負の一本目は銃士隊チームの勝利が決定し、隊員たちの中からいっせいに歓声があがった。

「やったあ!」

「勝ったのね」

「よし、まずは一勝だわ!」

「さすが、名門ヴァリエールともなるとそこいらの貴族とは違うものね」

 最初は相手のイカサマの前に、どうなることかと思われた勝負であったが、エレオノールのおかげでまさかの逆転大勝利となった。口々にエレオノールを賞賛する声があがり、エレオノールは「当然でしょ」と言わんばかりに会心の笑みを浮かべている。

 しかし、隊士たちと違ってミシェルはまだ喜んではいなかった。その証拠に、負けたはずのゴドラから拍手の音が響くと、余裕に満ちた賞賛が贈られてきたのだ。

「おめでとうございます。素晴らしいゲームでしたわ。まさか、このわたくしがこうも一方的な敗北を喫するとは思っておりませんでした。これで、次からのゲームも楽しみになってきましたわ」

 そうだ。戦いは三本勝負の一本目が終わったに過ぎない。勝つためには、あと一回勝利しなければならない。

 エレオノールはゴドラに目を向けると、挑発しかえすように言った。

「リーチがかかったというのにずいぶん余裕ね。あなたのちんけな仕掛けなんか通じなくてよ。それとももうあきらめたのかしら? ゴ・ド・ラちゃん」

「とんでもない。わたくしはあくまでカジノのオーナー、遊びのついでに、あなたたちがわたくしたちと戦うにふさわしいかどうか確かめさせてもらいましたの。でも、お遊びはここまで。これからは本気でおもてなししてあげますわよ」

 ゴドラの殺気は少しも衰えてはいなかった。やはり、敵はこれ以上の手を隠し持っている。

 必然、二番手の責任は重大だ。ミシェルはためらわずに名乗り出た。

「では、さっそくお手並みを見せてもらおうか。次はわたしが相手をしよう」

「そちらは大将さんですか、相手にとって不足はないですわ。トリステインの銃士隊の勇名はかねがね。ええと、隊長のアニエスさんでしたかしら?」

「それはわたしの姉だ。銃士隊副長、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミラン、参る」

 騎士としての堂々の名乗りをあげ、ミシェルは決戦の卓についた。

 対して、ゴドラも今度は相応の手駒で確実に勝ちに来ようと、思っていた通りの対戦者を出してきた。

「ではこちらは、彼に出ていただきましょう。当カジノの誇る、有望かつ有能な若手ですわ」

「トマと申します。普段はお客様のお相手係をさせていただいておりますが、オーナーのご命により、お相手つかまつります」

 やはり、先ほど手練れの片鱗を見せていた青年だった。一見優男風だが、切れ長の瞳は冷たく輝き、ミシェルが睨みつけても変化がない。

 相当に修羅場をくぐってきた人間と見て間違いないとミシェルは思った。戦って負けるとは思わないが、強い者が勝つとは限らないのが裏社会の戦いだ。

「では、ゲームの選択をお願いします」

「カードで」

 ミシェルは、もっともオーソドックスなタイプの勝負を選んだ。別にそれが一番得意というわけではないのだが、もっともイカサマのネタが豊富にあるゲームだ。向こうがイカサマで来ることがわかりきっているなら、一番やりやすいゲームがいい。

 用意されたカードにエレオノールがディテクトマジックをかけて調べるが、当然反応はない。こんなタイミングでバレるようなヘマをする馬鹿がいるはずもなく、テーブルや近辺も無反応だ。

 しかし、バレないようにするのがイカサマだ。完璧な防止策などあるはずがなく、ここからはミシェルの洞察力が試される。

「では、挑戦者側にシャッフルをお願いします」

 ミシェルは手渡されたカードの束をじっくり観察した。地球のトランプに似た、どこにでもあるようなカードの束だ。

 念入りにシャッフルを繰り返す。手触りにも違和感はなく、細工が施されている気配も見えない。逆に、こっちが仕掛けをするならこのタイミングだ。

 ならば仕掛けてくるのはゲームの途中からか? ミシェルは警戒心を解かないままディーラーにカードを返すと、互いの前に五枚のカードが配られた。

”いい手札だ。だが……”

 ミシェルの手には、同じ炎の柄のカードが四枚揃っていた。ここから互いに山札からカードを交換していき、役が揃えば勝負に出る。才人が見れば、ポーカーのようなゲームだと理解するだろう。

 今の手札なら、あと一枚炎の柄を揃えれば同色の役、ポーカーでいうフラッシュの役が完成して勝負に出られる。強い役ではないが、速攻で出るのも手だ。

 けれど、定石ならばそうだとしても、相手がイカサマを仕掛けてくるとすれば話は変わる。ミシェルは相手の表情を観察してみたが、トマはまったくのポーカーフェイスで何も読み取れない。やはりこの男、かなり場慣れしている。

 ならば……。

「交換はなさいますか?」

「ああ……全部で」

 その瞬間、観戦していた銃士隊員たちからどよめきが漏れた。わざわざ勝負を捨てに行くようなものだからだ。だがそれ以前に、ミシェルは相手側で観戦しているギルモアの目が光ったのを見逃してはいなかった。

 ミシェルが捨てた手札に代わって五枚のカードが配られる。今度は絵柄はバラバラであったが、数字は22551と、同じ数字が二つ来ている。いわゆるツーペアの役で、さっきよりは弱いが役の完成だ。

 そして今度はトマの交換の番となったが、トマは交換を断って、開札がここで決定した。

「オープン!」

 互いの手札が明かされる。ミシェルはツーペア、対してトマの手には風の絵札の並び数字の役ができている。いわゆるストレートフラッシュである。

「では、まずはわたくしの勝ちですね」

「ああ、そのようだな」

 すました顔で告げたトマに、ミシェルは淡白に答えた。

 ……思った通り、トマの手札には最初からこちらより上の役が完成していた。あのまま慎重にカードを揃えていたとしても無駄だったというわけだ。しかも、ご丁寧にこちらより一つ上の役が。

 観戦している隊員たちも押し黙り、エレオノールも厳しい表情になる。ヴァレリーなどは早々に青ざめているが、ミシェルは冷静に考えていた。

”奴は自分の手札がこちらの手札を上回っていることを確信していた。覗き見られた? いや、最初からそういう並びになるようにカードを配置したとしか考えられない。いずれにせよ、奴はカードを何らかの方法で操れる、それは確かだ”

 まったくもって、ここまで露骨にイカサマを仕掛けてくると笑うしかない。人の良さそうな顔をして、奴は容赦なくこちらを叩き潰しにくる腹だ。

「ご消沈なさらぬよう。まだゲームは始まったばかりです」

 トマが人懐っこい笑顔を浮かべながら言った。もちろん、その目までは笑っていないことをミシェルは見逃してはいない。

 このカード勝負の場合、互いのチップは七枚。つまり先に七勝したほうが勝利となる。確かにゲームは始まったばかりだが、奴のイカサマを見抜くためには時間があるとは言いがたい。

 ただ、黙ってやられるつもりはないのはこっちも同じだ。

「その余裕、いつまで持つかな?」

 第二戦が開始された。

 配られたカードはバラけて役になっていない。ミシェルは三枚取り替えて役になりかけたが、トマが揃えたことでやむを得ず勝負に出て敗北した。

 その際のトマの手札はツーペア。やはりこちらより一つ上で、もはや隠す気もないようだ。

 ただ、どう仕掛けたのかはわからない。ミシェルはトマの動きを観察したものの、特に怪しい動きをした様子はなかった。なら、別の誰かが細工をしているのか? いや、部屋の中には銃士隊の皆が神経を張り詰めて目を光らせている。怪しいそぶりをする者、仕掛けの類があれば誰かが気づく。

”なら、もっと探りを入れていくだけさ”

 ミシェルはあきらめてはいなかった。耐えるのは得意だ。物乞いの頃も、奴隷時代も、間諜をさせられていた頃も、ひたすら耐えに耐えてきた。

 ただ、それらと今で違うのは、耐え抜いた後で相手をただでは済まさないという点だ。

 三戦目で、ミシェルは配られたカードを観察しなおしてみた。やはり、どこにでもあるようなシンプルなカードで、なにかしらのマジックアイテムであるようには感じられない。

”ミス・エレオノールの作品のように、マジックアイテムの反応のないアイテムなのか?”

 可能性としてはあり得る。ギルモアが有り余る財力にものを言わせて、どこかに作らせたか横流し品をかっさらったか、もしくはゴドラが何らかの未知の力を貸しているのか……? もし宇宙人の手助けによるものだとしたら対処が困難だ。

 ミシェルは、鎌を掛けるように、楽しそうに観戦しているゴドラを睨み付けた。しかしゴドラはあっけらかんと嘘を言っている気配なく答えた。

「あら、あたくしをお疑いでしたらハズレですわよ。ゲームというのは、有利な状況は楽しめても、絶対勝てるとなったらとたんに興ざめいたしますもの。あなたが何に手こずっているのかは、私も知りませんわ」

 こいつめ、と思ったが、ミシェルは今のゴドラの言葉からも小さくない情報を得ていた。

 ゴドラはイカサマのタネを知らないのに、さっきのダイス勝負ではゲームをこちらが指定したにも関わらずイカサマができていた。つまり、イカサマはプレイヤーが仕掛けているのではないということだ。

 イカサマのタネは、外部の人間、もしくは部屋か道具の仕掛けにある。後は、その可能性を絞っていけばいい。

「では、四回目に入ってよろしいですか?」

「待て、その前にディーラーを変えてもらおうか」

「は? ええ、では、お客様のご希望通りに。なんでしたら、お客様の誰かがディーラーをつとめてもらってもよろしいですよ」

 ミシェルからのストレートな突っ込みにも、相手側に慌てた様子はなかった。ギルモアも平然としており、ディーラーがタネである線も薄い。

 案の定、今度は銃士隊員の一人がディーラー役を買っておこなったが、結果は同じことになった。

 これで四敗。そろそろ余裕が無くなってきたきたことで、銃士隊の中からも「副長……」と、不安げな言葉が漏れる。だが、ミシェルは恐れを感じさせない言葉で彼女たちに答えた。

「心配するな。まだまだ大丈夫だ」

 その言葉の力強さは、まるでアニエスのように心強い安心感を隊員たちに与えるものだった。

 隊員たちに落ち着きが戻り、彼女たちの顔に自信が蘇ってくると、ミシェルは改めてトマと相対した。その空色の瞳には勇気がふつふつとみなぎっている。

 次からは、後半となる第五戦……しかし、身構えたそのときだった。それまで張り付けた笑みしか浮かべていなかったトマが、ぽつりと話しかけてきた。

「慕われているのですね」

「ん?」

 唐突なことだったので、ミシェルはすぐには彼の言葉の意味がわからなかった。けれど、トマがそれまでとは違い、本音で語りかけてくるような目をしていたことで、ミシェルも少々の警戒を解いて答えた。

「……まあな、やつらとは短くない付き合いだ。それなりの関係にもなるさ」

「いえ、羨ましゅうございます。私もここの仕事で、貴族や豪商の連れ合いを何組も見てきましたが、あなた方ほど仲が良く見える方々はおりませんでした」

「ふん、闇カジノなんかに入り浸る連中と比べるな」

「ごもっともです。ですが、おっしゃる通り、ここは裏社会のカジノ。あなた方に勝ち目はございません、どうかここは、引いていただけないでしょうか?」

「なに?」

 思いもよらない降伏勧告に、ミシェルは眉をひそめた。しかしトマは冗談ではないという風に続ける。

「今なら、頭を下げれば旦那様もお許しくださるでしょう。ですがこのまま勝負が決まれば、あなた方は二度とここから出られなくなってしまうかもしれません」

 その言葉が脅しとは思えなかった。ギルモアはどうとでもなるが、ゴドラのあの不思議なカプセルに捕まれば脱出はできなくなる。その後で、人間を見下している宇宙人が自分たちをどう扱うのか、考えるまでもなくわかる。

「奇妙だな。なぜ奴らの仲間のお前がそんな忠告をする?」

「あなた方のことは私は存じませぬ。ですが、あなた様たちが悪い人とは思えません。互いのためにも、ここはどうか……」

 その言葉が嘘だとは思えなかった。捕虜の尋問をしてきた経験から、相手が嘘を言っているかどうかの声色の微妙な変化はわかる。いやそれ以前に、圧倒的に有利なこの状況で試合放棄の選択肢を選ばせる理由がない。

 ちらとギルモアのほうを見ると、余計なことを言うなと怒鳴りかけていたところをゴドラにうるさいと黙らされていた。

 こいつは、このトマという青年は本気だ。本気で、善意で自分たちを助けようとしている。しかし……。

「解せんな。なぜカモに情けをかけるようなやつが、こんなところで働いているんだ?」

「わたしは、ギルモア様に拾われたのでございます。以前の主を失い、ごろつきのような生活をしていた私をギルモア様はお救い下さり、読み書きを教え、ここでこうして働かせてくれております。そのご恩に報いるために、私は金を余らせた貴族たちからほんの少しの額をいただいてきましたが、あなた方のような人たちと敵対はしたくないのです」

「……」

 ミシェルは心中で、騙されているなと看破した。ギルモアという男のことはリッシュモンの下にいたころから知っているが、端的に言って金の亡者、人間のクズだ。そんな男が浮浪者を拾うなどとしたら、まずもって手駒として利用するためとしか思えない。

 けれど、トマはギルモアのことを心底から信頼しているようであった。妄信というべきか、そんなトマの姿にミシェルは胸がちくちくとなる痛みを覚えたが、毅然として答えた。

「降参はできん。悪いが我々にも、なさねばならぬ使命がある。こんなところで足踏みしているわけにはいかん」

「それでしたら、私は心を悪魔にしてあなたがたに恥をかいていただくことになりますが」

「できるのならな」

 ミシェルの目から闘志は消えておらず、リッシュモンの手先だった頃と同じ冷徹な眼差しを前に、トマもそれ以上の説得は無理だと感じた。

 五戦目が始まり、カードが配られる。だがこのとき、ミシェルはひとつのイカサマを仕掛けていた。前の勝負に使われたカードを返す際に一枚かすめ取っておき、入れ換える手段だ。手口としては陳腐だが、ミシェルの手並みであれば見破るのは困難だ。

 これにより、本来ならば揃わない高貴なる水の役が完成した。かなり上位に位置する役で、トマが元の役の一段上を持っていたとしても上回る。

 これなら……ミシェルは手札をオープンした。トマも、顔色を変えないままで手札を公開する。その役は、高貴なる風、ミシェルの高貴なる水を一段上回る役だ。

「ちぃっ……」

 初めてミシェルが舌打ちした。カードを取り換えてもこの展開、敵はカードをなんらかの方法で操っている。しかも、ほぼ自動でである。もう間違いない。

 だが、その方法がわからない。それがわからなければ、奴に勝つことは不可能だ。

 やはり何らかの魔法が使われているのか? しかし、魔法アカデミーの英才であるエレオノールも目を光らせているというのに尻尾も掴ませないとは、どんな方法を使っているのか?

 チャンスはあと二回。その中で相手のイカサマの手段を見抜かなくてはならないとは……さっきはああ言ったものの突破口が開けず、ミシェルは焦りを噛み殺して必死に冷静さを保とうとしていた。

 六戦目のカードが配られる。ミシェルの手札は水と風と火の女王のカードが三枚あり、スリーカードの役としては完成している。だが、これまでのパターンからいけば、トマの手にはストレートが完成しているに違いない。カードを入れ換えて役の強さを上げても、向こうはさらに強い役に変わるだけだ。

 あらためてカードを調べてみる。魔力など一切感じない、本当にただのカードだ。しかしどうやってただのカードを気づかれることなく入れ換えているのだ?

 考えてもわからず、そうしているうちに手持ちの時間が過ぎて勝負に出るしかなくなってしまう。 

 やむを得ず、カードを開く姿勢に入るミシェル。そのときだった、それまでハラハラしながら見守っていたヴァレリーが、我慢しきれなくなったようにミシェルに詰めよってきたのである。

「ねえちょっとあなた、負けそうじゃないどうするのよ!」

「まだ負けると決まったわけじゃない。落ち着いてください、ミス・ヴァレリー」

「これが落ち着いていられるわけないじゃない。カジノでバニーガールなんかさせられたのが知れたら、アカデミーでの私の立場が。実家に知れようものなら身の破滅だわ。お願いよ、降参して帰りましょうよ」

 半分パニックになっているヴァレリーは、よほど恥ずかしい思いをするのが嫌なようだった。気弱そうに半泣きになりながらミシェルの腕に抱きついてくる。

 だが無理もない。常であればエレオノールと並んでマッドな研究者ぶりも見せるヴァレリーだが、あくまで彼女は無理矢理参加させられた一般人なのである。

 ミシェルはだだっ子のようなヴァレリーをなだめながら、エレオノールを呼んでヴァレリーをひっぺがそうとした。

「ほら、ヴァレリー、子供じゃないんだから、あなたも貴族なら腹をくくりなさい」

「いやあだあ! そんな恥ずかしい思いするくらいなら死んだ方がましよお」

「ちょっと、ミス・ヴァレリー、離してください! カードが折れてしまいます」

 カードを取り上げられそうになりながらも、なんとかエレオノールと銃士隊員たちによってヴァレリーはミシェルから引き離されていった。

 ゴドラたちはそんな様子を笑いながら見ていたが、トマは冷たくゲーム再開の宣告をしてきた。

「賑やかでけっこうですが、時間です。お手を拝借」

「ちっ、わたしのカードはこれだ」

 渋々ミシェルは手札を公開した。トマの手を見ると、やはりストレートの役が完成している。

 またダメか。残り少ないチャンスを無駄にしてしまったことに、ミシェルは歯噛みした。残った二枚のチップの一枚が失われてしまう。

 だが、待っても掛け金のチップが持っていかれないことにミシェルは怪訝に思った。

 どうしたんだ? 見ると、ディーラー役の隊員がびっくりした顔をして、ミシェルの手札を指差している。それに、トマもポーカーフェイスを崩して驚愕の表情が漏れており、ミシェルは眼前の自分の手札に目を落として驚いた。

「なっ!?」

 なんと、ミシェルの手札はQQQ37の五枚でスリーカードだったはずなのに、そこにはQQQ77に変わったカードが揃っていた。つまり、トマのストレートよりも強いフルハウスの役が完成していたのである。

「だ、第六ゲーム、しょ、勝者ミシェル副隊長!」

 唖然としているトマの手からチップが一枚取り上げられる。だがそれよりも、ミシェルは今の出来事の意味を考えていた。

”どういうことだ? わたしの手札は確かにスリーカード止まりだったはず。ずっと手に持っていたから入れ替わったはずはない。ならカードの絵柄が変わった? だがどうして? 奴らは完全にカードを操っていたはず、どこでイレギュラーが起きた?”

 今の勝利があちらの想定外だということはギルモアやトマの狼狽ぶりからも明らかだ。奴らにここで勝ちを譲る利点などはない。

 問題はなにが引き金になったかだ。さっきの自分とヴァレリーのやり取りが知らない間に奴らのカラクリのスイッチになっていたのか? どこだ? カードには自分以外触れていない。光? 音? 匂い? だめだ、考えをまとめるには時間が足りない。

 一勝を得たものの、こんなまぐれ当たりでは次が続かない。ミシェルは考えるのは後にして、最低限の手を打っておくことにした。方法はまたもシンプルで、爪でカードに小さな傷をつけて目印にするイカサマである。狙うのは、さっき3だったはずなのに7に変わっていたカードだ。カードをディーラーに返す際に、7のカードに偶然を装って爪を立てた。しかし。

「痛っ!?」

 指に鋭い痛みがして見てみると、血がにじんでいた。ミシェルはカードのふちで切ったのかと思ったが、切れた傷ではなく何かに噛まれたような傷痕だった。

”噛まれた?”

 まさか、とミシェルは思った。だが、指先からは血が滴っている。傷口を口に含んで止血して見ると、確かに小さいが何かの牙のような痕がついている。

 ただ、噛んだと思える生き物はどこにも見えない。なら、この傷をつけた奴はどこから現れてどこに消えたというんだ? ここにはカードしか……。

 非現実的な答えが頭をよぎったが、ミシェルはカードを返した。そうだとすれば……しかし、意図的にカードに傷をつけることは反則負けとなる。リスクが大きい……なら、いや、それならさっきのは。

 ミシェルの前に、次の対戦のカードが配られる。ミシェルは考えながらその手を見ると、今度はなんの役にもならないブタだった。

”奴ら、焦りだしたな”

 まだタネが割れたわけではないが、手の内に異常が生じて平静を失っているとミシェルは見破った。トマはなんとか隠しているけれど、ギルモアは苛立ちが顔を見ればバレバレだ。

 ただ、答えにたどり着くにはこちらも一手足りない。相手に合わせて手札を開いてみると、こちらはブタに対してあちらは高貴なる風が揃っていた。勝負を焦っているのが露骨すぎて笑ってしまうほどだ。

 しかし、ミシェルに残されたチャンスはあと一回。あまりにも余裕が無さすぎる。それなのに、不敵に勝利を諦めていないミシェルの姿に、カードのシャッフル中にトマが再び話しかけてきた。

「まだやるというのですか? なにかを掴んだようですが、残りのチップは一枚、もうあなたに勝ち目はありませんよ」

「……わたしはギャンブルのことは知らんよ。ただ、わたしの恩人が「最後まで諦めず、不可能を可能にする!」と、よく言ってるものでな。あやかってみてるのさ」

「恩人、ですか」

 その言葉に、トマの表情が少し変化したようだった。ミシェルは、話す義理はないと思いつつも、純粋そうな若者に向かって続けた。

「もっとも、リッシュモンのことではないぞ。あいつはとうに見限った。本当の恩人は、わたしを暗い闇の中から引き上げてくれた。こんな地の底ではない、日の当たる明るい場所にな」

「それで、その方のためにあなたは働いているわけですか」

「ああ、その点では貴様と同じかな。だが、わたしは自分の仕事に誇りを持っている。国のため、仲間のために働けることの喜びに疑いはない。貴様はどうなのだ?」

 その問いかけに、トマは一瞬逡巡したようだったが、きっと顔を上げて答えた。

「わたくしも、この仕事には誇りを持っております。お教えしましょう、この賭博場は喜捨院なのです。富める者たちからお金を巻き上げ、貧しい人たちに配る。あなた様が探っている仕掛けも、お金持ちの方から確実にいただくためのものなのです」

「それを、貴様は本気で信じているのか?」

「……はい」

 その答え方に、ミシェルはこの青年の真実を見た気がした。

 正直に言えば、言葉で揺らがしてミスを誘うことはできる。しかしミシェルは、彼に自分に似たものを感じた。恩義のために自縄自縛に陥ってしまっている。昔の自分と同じように。

 やがてカードが配られ、ミシェルは自分の手を見て苦笑した。見事にブタ、対してトマの手札には最強の役が完成しているに違いない。

 トマはカードの交換を選ばず、ミシェルはカードを取り替えを選んだがまったくの無意味だろう。

 しかし、オープンまでの短い持ち時間の中で、ミシェルはトマに呼び掛けた。

「お前はこんな仕事を、いつまで続けていくつもりなんだ?」

「わたくしは旦那様からのご恩を返すまで、そのそばにあり続けるだけです」

「立派なものだ。だがもし、ギルモアがお前の親だったとしたら、お前は同じようにするかな?」

「なにをおっしゃりたいのですか?」

 意味がわからないというふうなトマに、ミシェルは諭すように続けた。

「子供が悪さをすれば叱りつけるのは親の役目だ。逆に、親が道を踏み外したとき止めるのは子の仕事。それは当たり前の世の常だろう。なら、恩人がバカをやったら、貴様はどうする?」

 親子というこの上ない大恩の関係でもそうなのに、考えてみろとミシェルは言っていた。

 これ以上の手の打ちようもなく、オープンされたカードの結果はミシェルの惨敗で終わった。これにより、カード対決はミシェルの敗北となり、三本勝負は一勝一敗の互角となる。

 しかし、ミシェルは負けたという無念さを感じさせない堂々とした姿で席を立ち、その威風堂々とした様に、銃士隊の皆も敬礼で答えた。

 向こうでは、ギルモアが「トマ、なにをやっていたのだ」などと騒いでいるが、目には入らない。ミシェルはそのまま自陣営に引き上げようとしたが、その背中にトマが呼びかけた。

「あなたは義を通すために、大切なものが壊れるかもしれないとしたら、どうなさるのですか?」

「義を曲げなければ守れないものなど、ろくなものではないよ。腐った木を守ってなんになる? 斬り倒した後にこそ、花は咲くものだろ」

 以前、自分が過去を振り切れなくて苦しんでいた時、才人は殴ってでもそんなものに囚われることはないと言ってくれた。後で銃士隊の仲間に聞いたら、そういうときは優しく抱きしめて慰めるのが紳士ですよと呆れていたが、その不器用さが才人らしい。それに、自分で言うのもなんだが、溜め込んでしまうタイプの自分はあれで吹っ切れた。

 トマはそんなミシェルの背中を少しの間見つめていたが、やがてふっと息を吐いてこう告げた。

「あなたはお強いですね。ですが、賭け事は夜の路地のように一足先は何があるかわからないもの。隠れた悪童も脅かせば顔を出すやもしれません。お気をつけて」

 そう言い残して、トマもまた席を立っていった。ミシェルはちらりと振り返ると、ふんと軽く口元を歪めてから仲間たちの元に帰った。

「すまん、負けてしまった」

「副長、頭を上げてください。最高の戦いでした」

「そうです。イカサマにひるまずに最後まで堂々と戦って、かっこよかったでした!」

 古参も新人隊員も、ミシェルを非難する者はいなかった。エレオノールはその様子を横目で見て、甘い連中ねえと呟いているが、表情に暗さはなかった。

 唯一、状況にパニックを起こしているのはヴァレリーだけである。

「ちょっとお! あなたたちが勝ってくれて終わるはずじゃなかったの? これじゃつまり、もしかして」

「ああ、ミス・ヴァレリー、あなたに戦ってもらうしかなくなったようだ」

「無理無理無理! 冗談はよして。私はギャンブルなんてできないし、ましてイカサマを見抜くなんてできっこないわ」

 当然のことであるが、ヴァレリーは完全に怖じ気づいてしまっていた。次の勝負でも敵は必ずイカサマを仕掛けてくるだろうが、素人のヴァレリーには見破る手段がない。

 しかし、ミシェルは泣きべそをかきそうなヴァレリーの耳元で確信深く言った。

「心配しなくても、もう決着はつきました。我々の勝ちです」

「はぁ? あ、あなた何を言って」

「すぐにわかります。あなたはちょっと行って、ケリをつけてくるだけでいい」

 軽くウィンクして、茶目っ気ある笑顔を見せたミシェルにつられて、ヴァレリーはそれ以上言うことができなくなってしまった。

 いったい全体、ミシェルはなにを知っているというのだろうか? するとミシェルはヴァレリーの耳元に顔を寄せて、なにかをつぶやいた。

「えっ? そ、そんなことでいいの?」

「ええ、それだけで十分です。保証しますよ」

 自信ありげに告げたミシェルに背を押されて、ヴァレリーはおずおずと卓に向かう。その向かい側では、すでに相手の大将であるギルモアが笑みを浮かべながら待っていた。

「おや、これはお美しいレディがいらっしゃいました。どうか、お手柔らかにお願いいたします」

 ヴァレリーが素人だと知ってか、侮っている様子がありありとわかった。その態度に、戦意のなかったヴァレリーもカッと怒りを覚えたが、ギルモアが合図をして使用人たちに持ってこさせたものを見てぞっとした。

「ご覧の通り、決着後の準備はもう整っておりますよ。罰ゲーム用のバニーガール衣装を人数分。いやあ、お客様方の中にうちのおもてなし係の衣装を欲しがる人がおりますので、多めに用意していてよかったです」

 好色そうな口ぶりでそう告げたギルモアに、ヴァレリーは心底おぞけを覚えた。

 バニーガール衣装は当たり前なことだが、体のラインを隠すどころか際立たせるデザインで、へそだしの穴や網タイツもきっちりついている。貴族なら絶対に着ないようなものだ。

 銃士隊も、いざあれに着替えさせられるとなったら頬を染めている者も見られた。しかし中にはひそひそと何かを相談してほくそえんでいる者もいる。ミシェルはあえて無視しているが、絶対にろくなことを企んでいないだろう。

 ともかくこれで、完全に退路は絶たれた。ヴァレリーは、負けるくらいなら死んだ方がマシよと開き直り、テーブルを拳で叩いて気合いを入れた。

「も、もう覚悟を決めたわ! さ、さあ、私があなたをこてんぱんにしてあげるわよ!」

「ははは、愉快なお嬢さんだ。では、最後のゲームを選択していただきましょうか」

 ギルモアには自信があった。先ほどは思わぬアクシデントに焦ったが、彼には数多くの貴族をイカサマでカモにしてきた実績がある。まして相手はどう見ても素人、負ける理由はなかった。

 だが、ヴァレリーの選択を聞いたときに、ギルモアの中に動揺が走った。

「カードよ」

「な、なんですって?」

「カードよ。二度もいわせないで、さっきと同じやつで勝負するの」

「う、うむ」

 ギルモアには意外だった。このカジノでできるゲームは多岐に渡るが、カードの駆け引きは素人には難しい。むしろ運任せのダイスなどのほうがまだ勝ち目がある。もちろんギルモアはそれらでもイカサマを仕掛けるつもりであったが、同じゲームを選択するということはつまり。

”まさか、わしの仕掛けが見破られた? いいや、そんなはずがない。あれは人間には暴くことができないはず”

 けれど、選択権は挑戦者にある以上、ギルモアは受けるしかなかった。そして卓に着いた以上、仕掛け人のギルモアといえども一人で勝負せざるを得ない。ゴドラはどっちが勝ってもおもしろいというふうににやにや笑いで見ているだけだし、トマやほかの部下たちは銃士隊が目を光らせていて近づけないようにさせられている。

 やがて、先ほどと同じカードが用意されて、先ほどと同じように配られる。そして、ギルモアの手には強力な役が自動的に完成した。

”あとはこれを公開すれば勝てる。わしの仕掛けに間違いはないはず!”

 不安を圧し殺すようにギルモアは手札を公開した。相手の顔色をうかがってみると、自分の手札を見つめたまま目を白黒させている。これなら勝てると開いた役は水のカード四枚からなるフォーウォータ、相手の手は役になっていないブタのはず。

 しかし、ギルモアはヴァレリーの公開された手札を見て愕然とした。

「ほ、炎のエースの五枚で、こ、これって役になるの?」

「ば、ばかな!」

 思わず叫んでしまったが、それも当然である。トランプでもエースは四枚あるが、四種類の四枚であって、ダイヤのエースもクラブのエースも一枚しかない。なのに、同じ絵のエースが五枚など、あり得るわけがないのだ。

 ギルモアは、イカサマだと叫びかけたが声に詰まった。こんなでたらめな目にするイカサマなどあるわけがない。第一、イカサマはイカサマを証明しなくては意味がない。

 なら、何が起こったというのだ? どうして仕掛けが狂った?

「お前、いったい何をした!」

「し、知らないわよ。私はただ、本当に普通に」

 狼狽しているのはヴァレリーも同じだった。彼女はただ、ミシェルからカード勝負を選択して後はなにもせずにいればいいと言われただけで、小細工もなにも身に覚えがないのだ。

 イカサマを疑われたヴァレリーは、いったん卓に置いたカードを取り上げた。まじまじと見つめるが、特に変わった様子はない……いや、なんとヴァレリーの見ている前で、カードの絵柄が狂ったように動き出したではないか!

「いゃあっ!」

 驚いたヴァレリーはカードを放り出した。舞い散ったカードは卓上に散らばるが、カードはなおも絵柄を変えながら、さらに風もないのにピクピクと動いている。その異様な姿はもう誰の目にも明らかで、ギルモアは青ざめ、銃士隊員たちは「カードがひとりでに動いてる!?」と、戦慄している。

 このカードはいったいなんなんだ? だが、誰も動けないでいる中でミシェルがヴァレリーの傍らに歩み出ると、卓上のカードに手をかざしながら残酷な笑みを浮かべた。

「おやおや、カードのくせに勝手に動き回るとはいけないやつらだ。そんな不良品は、燃やしてしまおうか!」

 瞬間、ミシェルの手から紅蓮の炎が吹き上がった。昨日の夜に身につけたフェミゴンの炎だ。

 炎はカードを舐めるように燃え、その瞬間カードは次々に小さなイタチのような動物に変わると、悲鳴をあげて逃げ出したのである。

「きゃ! な、なんなの!?」

「やっぱりな、カードそのものが変身した別の生き物だったというわけか」

 うろたえるヴァレリーをなだめながら、ミシェルは手の炎を消して言った。

 カードはすべて小さな動物に変わり、部屋中を悲鳴をあげながら逃げ惑っている。そのうち一匹が椅子の足に頭をぶつけて気絶すると、見下ろして観察したエレオノールが思い出したように告げた。

「これ、幻獣の図鑑で見たことがあるわ。確か、エーコーだかエコーだかいう小型の幻獣の一種よ。小さくても知能が高くて、先住魔法まで使えるそうだけど、カードに化けるよう調教してたってわけね」

 なるほど、それならいくらでもカードの柄を変えられる上に、先住魔法はメイジの魔法と根本から違うからディテクトマジックにも引っかからないはずだ。

 ギルモアが絶対の自信を持つのもわかる。こんなタネのイカサマなんて、普通は想像もできないだろう。しかしまだ謎は残る。ギルモアはミシェルに睨まれて、屈辱で顔を真っ赤にしながら問いかけた。

「な、なぜだ。なぜ、こいつらはミスを犯したんだ? これまで何人の貴族を相手にしても、役を間違えたりしなかったのに」

「ああ、それはたぶんこういうことだ」

 ミシェルはエコーの一匹をわしづかみで捕まえると、そのままヴァレリーの近くに持っていった。すると、エコーは狂ったような悲鳴をあげながら首を振って暴れまわり、毒を吸い込んだように激しく咳き込んで苦しんだのだ。

「どうやら、ミス・ヴァレリーの香水はこいつらにはきつすぎるらしい」

 それを聞いて、ぽかんとしているヴァレリーに代わってエレオノールが合点して答えた。

「そういうことね。ヴァレリーは水の秘薬を得意にしている研究員。常日頃から様々な秘薬を扱うヴァレリーの体には、その匂いがたっぷり染み付いてる。人間にはなんとも感じない匂いだけど、動物の鼻には耐え難い悪臭になるってことなのね」

「ご名答、わたしの近くにミス・ヴァレリーが近づいたときにカードの柄が変わったのも、その匂いに苦しんで判断力がなくなったからでしょう。まして、匂いの大元のミス・ヴァレリーの手に持たれたら、息をすることさえできなかったでしょうね」

 そう言われて、ヴァレリー本人も、自分がよく犬に吠えられるのはそのせいなのねと納得した。

「だが、どうしてカードが生き物だなどと確信できた? カードへの意図的な損壊行為は、お前のほうが反則負けになるリスクもあったのに!」

「わたしたちは常識の通じない生き物と頻繁にやりあっているんだよ。あとはそう……女の勘かな」

 ミシェルはトマにちらりと視線を流して、そうごまかした。タネの割れた手品同様、バレてしまったイカサマは商売道具にはならない。ギルモアがイカサマ師として荒稼ぎするのは当分無理になるだろうに、それでもヒントをくれたトマの胸中を語るのは無粋であろう。

「さて、イカサマのタネが割れた以上、貴様の反則負けだなギルモア」

「ぐ、ぐぐっ! くそっ」

「おっと、その鉄砲は使わないほうがいいぞ。この距離なら、ノロマなお前が狙いをつける前にわたしの投げナイフがお前の好きなところに突き刺さる。目を潰そうか? 耳を切り落とそうか? 鼻を二つにしてやろうか?」

 ミシェルの言葉は脅しでもなんでもなく、ギルモアは脂汗を流して固まるしかなかった。悪知恵が働くだけの小悪党と、本気で血風を浴びてきた者の差である。

 自力では逃げられなくなり、追い詰められたギルモアはトマに助けを求めた。しかし。

「と、トマ、こいつらをやってしまえ!」

「旦那様……もう無理です。あきらめてください、我々の負けです」

「な、なんだと! お前、この私を見捨てるのか。この裏切り者が!」

「裏切るつもりはございません! ですが、こんなことを続けていたのでは遅かれ早かれ破滅は訪れたでしょう。わたくしもお供いたしますゆえ、どうか罪を償う道を」  

 トマは懸命に説得したが、ギルモアは逆上してトマに銃口を向けた。しかし、引き金が引かれるより早く、透明なカプセルが一瞬でギルモアを試験管の中の小虫に変えてしまった。

「うるさいですわね。償いなら、させてあげますわよ。わたくしのもとで一生タダ働きという形でね」

「ゴドラ……」

 ゴドラカプセルに閉じ込めたギルモアに冷たい視線を向けると、ゴドラはミシェルたちへ向き直って優雅に拍手を贈った。

「おめでとうございます。お見事な戦いぶりに感服いたしましたわ。主催者として、あなたがたの勝利を心から祝福させていただきます」

 ゴドラの手はハサミだったが、任意に人間の手にすることもできるようで、パチパチという音が部屋に響いた。

 人間の少女に変身したゴドラ星人は、楽しかったという風に、笑顔でミシェルたちを見つめている。しかし、ミシェルたちが欲しいのは賞賛ではなく、それを察したゴドラは椅子にゆるりと座ると、率直に告げた。

「では、約束通り、勝利者の権利として、なんでもお尋ねになってくださいな」

「その前にゴドラ、そのクズを口をきけるようにしろ」

「ご心配なく、今度はちゃんと音が通じるカプセルにしてありますわ。それと、ゴドラちゃんと正しく呼んでくれなくてはお話を聞いて差し上げなくってよ」

 じろりと睨んできたゴドラ……もとい、ゴドラちゃんに、ミシェルはめんどうくさいなあと思いながらも訂正した。

「じゃあ、ゴドラ、ちゃん。その男に質問させてください、ませ」

「おっほっほっほ、よろしくてよ。さて、あなた。その中で一生を終えたくなかったら、ハキハキ答えなさいな」

「ひっ、ひぃっ!」

 水槽の中のメダカに等しくなったギルモアに、選択の余地は残されていなかった。

 

 そうして、ミシェルはギルモアから聞き出せる限りの情報を引き出した。

 やはり、ガリアのトリステイン侵攻は、水面下で入念に準備されたことだった。ギルモアは思った通りそれに乗じてカジノの収益を利用して物資を買いあさっては軍に売り飛ばしてさらに巨額の利益を得ていたわけだが、話を聞くうちに、ミシェルたちは奇妙なことに気づいた。

「それで、その女に買い集めた武具を渡したのだな?」

「そ、そうだ。言い値で買ってくれたから、思いつく限り集めて売った」

「ほかの食料や医薬品などは?」

「その女が買い取ってくれた」

「……その女のほかは誰がいた?」

「い、いない。どんな取引の時でも、顔を見せるのはその女だけだったわい。本当だ!」

 いくら話を進めても、ギルモアの口からガリア政府の要人や軍の将軍の名前は出てこなかった。代わりに出てくるのは、ガリア王の代理と名乗る奇怪な女の存在一人であり、そいつが物資の調達から各部への根回しまですべてやっていたというのだ。

 どういうことだ? 王につながる中心人物の動向を知りたいと思ったが、たった一人とは解せない。まさか、戦争準備をたった一人でできるとは思えないが。

 いや、常識は捨てろ。今の異常な状況で、普通の反応を期待するほうが間違っているとミシェルたちは思いなおした。

「それで、そのガリア王の代理と名乗った女の名は?」

「本名は知らん。ただ、シェフィールドと呼べとだけ聞いていた。青白い顔の不気味な女で、わしは言われた通りにしただけで、それ以上のことは知らん。信じてくれ!」

 必死に哀願するギルモアの言葉に、いまさら嘘が混じっているとは思えなかった。なら本当に……。

「ここに来るまでのガリア軍を見ても思ったが、ガリア軍は操られているだけで、王政府の者も無関係なのか? すべては、ガリア王と側近だけで計画したこと?」

 まさか……と、ミシェルや銃士隊の皆も思った。ガリア王政府はそこまで機能不全になっているのか? いいや、ヤプールにほぼ完全に掌握されていたアルビオンの前例もある。

 一行は、エレオノールやヴァレリーも含め、ガリア王国が予想以上に蚕食されていたと感じた。となれば、シェフィールドとかいう女を探し出して締め上げるしかないか……そう思った時だった。それまで他人事のように見守っていたゴドラが、愉快そうに割って入ってきたのだ。

「うふふ、だいぶ真相に近づいてきたようですわね。さすが名高い銃士隊の方々。でも、そんなにのんびりしていてよろしいのかしら?」

「どういう意味だ?」

「あなた方の推測はほとんど当たっていますわ。ガリアの王様は独りぼっち。この国のすべては、孤独な王さまのための箱庭なのですわ」

「なに? それはどういう……」

「わたくしも、この茶番の賑やかしに呼ばれたと言ったでしょう? 趣味に合わないのでお断りいたしましたが、触りの内容くらいなら聞いてますのよ。ゲームの勝者の権利でそれも、ふふ、教えてほしいかしら?」

「当然だ! すぐに教え……うぐ……お、教えてください、ゴドラちゃん、様」

 ゴドラの挑発的な視線に、ミシェルは屈辱を感じながらも頭を下げた。するとゴドラは気をよくして、高飛車に笑いながら答えた。

「おっほっほっほ、よくってよ、よくってよ。では、教えてさしあげますが、あなた方はこの戦争を止めようと必死なようですが、王様には戦争をするつもりなんて最初からないのですよ。ですから、放っておいてももうじきおさまりますわ」

「なんだと? こんな、こんな大規模な兵力を動かしておいて、兵を引くというのか?」

 冗談にしてもひどすぎだった。いくらガリア王が狂人だとしても、無駄使いにもほどがある。

 だが、ゴドラはかぶりを振って続けた。

「もちろん、無意味に騒ぎを起こしたわけではありませんわ。あのガリア王さんは、我々ほどじゃありませんけど頭のよさそうなお方でした。第一の目的は「できるだけ大きな騒ぎを起こして世界の耳目を集めること」。それに都合のいい手段が戦争を起こすということだったというだけですわ」

「そんなことのために……いや、戦争を起こしてまで注目を集めたいこと?」

 ミシェルはエレオノールやヴァレリーにも視線を送って尋ねた。すると、二人は顔を見合わせて考えてから答えた。

「注目を集めて起こすことといえば、要は大道芸人みたいに、見られることで何か自分が得をするための『宣伝』かしらね」

「あとは、大勢に何かを伝えるための『宣言』ということも。うーん」

 アカデミーの才女でも、そこまで推測するのがやっとだった。しかしゴドラは再び嬉しそうに手を叩いて二人を褒めたたえた。

「素晴らしいですわ。まさに、中核を射抜いてますことよ。そう、ガリア王の本当の目的は、宣伝と宣言……で、なにを人々に見せようとしているかというと……」

 ゴドラは楽しそうに、自分がなにをガリア王に求められたのかを語った。

 そして、その恐るべき計画が明かされた時、ミシェルもエレオノールも震えるほどの戦慄を抑えることはできなかった。

「ガリア王は、本当に狂っているのか? そんなことをして、自分はどうなると」

「さあ? 私が聞いたのは途中までで、お断りしたから最後にどうするかまでは聞いてませんわ。でも、彼は本気でそうするつもりですし、彼にはそれができるだけの協力者がおります。たぶん今頃は私の代わりになる誰かを雇って計画の第二段階へと進めているのではないかしら」

 ミシェルはぞっとした。もし、今聞いた話が本当だとすれば、一刻も早くアンリエッタに知らせなければならない。

 いや、それだけでは足りない。ガリア王がこれから起こそうとしている嵐はアンリエッタだけでは止めきれないかもしれない。なら、これから宮殿にガリア王を暗殺しに向かうか? 不可能だ。

 どうするべきかと自問自答するミシェル。けれど、そこへエレオノールが胸倉を掴まんばかりに詰め寄った。

「考えてる場合じゃないでしょ! このままじゃ、私たちのトリステインはいい道化じゃない。すぐに引き返すのよ!」

「ああ、しかしガリアをこのままにしては……」

「この国にはルイズたちも来てるんでしょ。あっちには私の妹が助っ人についてるはずだから、ちょっとやそっとのことなら大丈夫よ」

 そうだったとミシェルは思い返した。才人たちもこの国に来ている。彼らなら、きっと自分たちにできないこともやり遂げてくれるはずだ。

 急いでトリステインに向かおうと踵を返すミシェルたち。しかし出口から、外の見張りについていた銃士隊員が息を切らせて駆け込んできた。

「ふ、副長、大変です! トリステインで、トリステインでとんでもないことが。街ではもう、信じられない騒ぎになってます!」

「なっ!」

 遅かったか! 蒼白となるミシェルたちを横目で見ながら、ゴドラは愉快そうにつぶやいた。

「うふふ、おもしろいことになってきましたわね。あなたたちの命運が吉と出るか凶と出るか、本当の勝負はこれからですわね。わたくしはここでこの下僕どもをこき使いながら、楽しみに見せてもらいますわ」

 

 

 風雲急を告げる陰謀の嵐。トリステインとガリアの運命をもてあそびながら、邪悪な計画は加速度を増していく。

 混乱に陥っている街の人々の声をグラン・トロワで聞きながら、ジョゼフは計画の本番がトリステインで発動したという報告を聞いていた。

「そうか。すべては予定通りというわけだな。トリステインの小娘は、うまく乗せられているのか?」

 彼らしくもなく真剣な面持ちで尋ねた言葉に、あのコウモリ姿の宇宙人は軽く答えた。

「ご心配なく。ゴドラ星人さんには断られてしまいましたが、あの方々もその道では知られた宇宙人です。それに、今度はちゃんと首に縄を付けてありますから、ご心配なさいますな」

「ならばよい」

 これから始まることは、ジョゼフにとって決して愉快なことではない。それどころか、傷口をえぐるようなものといえるが、それもこれから果たそうとしていることに比べれば、些細な痛みであろうとジョゼフは思った。

「おや、もしかして緊張しておいでですか?」

「まさか、楽しみでしょうがないだけよ。だが、酒の味がわからなくなったのはガキの頃以来かな」

 強がりではない。だがあの日以来、自分にはもう心から楽しめることも、悔やめることもないと思っていた。それなのに今、それらとも違う、ヂグヂグとこの胸に走る感触のなんと不快なことよ。

 けれど、それももうすぐ終わる。これが成功すれば、もうガリアや世界を使って一人遊びをする必要もなくなる。そのときにこそ、すべてが終わった最後の時に。

「そのときにこそ再び、俺は心の底から歓喜できるかもしれん」

 そうつぶやき、ジョゼフは一息にグラスの酒を飲み干した。

 自分には今さら、希望や奇跡にすがる資格などないことはわかっている。しかし、それでも手の届かないものを握れるチャンスがあるなら、なんでも喜んで捧げようではないか。

 終わりが始まろうとしている。ジョゼフの傍らに控えていたシェフィールドは、次なる報をじっと待つジョゼフの横顔を見つめながら、心の中で告げていた。

「ジョゼフ様、たとえなにが起ころうとも、私だけは最後までお供いたします……」

 

  

 続く

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