ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第18話  血に刻まれた宿命

 第18話

 血に刻まれた宿命

 

 友好宇宙人 ファンタス星人 登場

 

 

 この世に、ミスを犯さない人間などいない。完璧な人間などいやしない。

 そのことを問えば、おそらくほとんど全ての人たちが「当たり前だろう」と、呆れたように答えるだろう。

 だが、こんな間違えようのない常識を、人間たちは『ある特定の人たち』に対しては、当たり前のように例外であることを求める。

 その愚かな思い込みが、その人たちを、ひいては自分たちをも破滅に導くことにも気づかず……。

 

 

「う……」

 タバサが目を覚ますと、そこには見たことのない天井が広がっていた。うっすらと目を開けると、どこかの山小屋のような簡素な部屋の光景が瞳に入ってくる。

「メガネ……」

 窓から差し込んでくる光に目がくらんで、タバサは愛用のメガネを求めた。別に、ないとなにも見えないほど目が悪いわけではないけれど、長年かけているものだから無いと落ち着かない。

 幸い、メガネはベッドの枕元の棚に置いてあり、かけるとさっと視野が広がった。

”ここは……? わたしはどうして……?”

 考えようとしたが、頭がぼんやりしてまだよくわからなかった。ここは自分の知っている場所ではない。なら、気を失う前に自分はどうしていたのか?

 けれど、考えがまとまる前に部屋の入り口の戸が開くと、見覚えのない黒いドレスを着た少女が入ってきた。

「あら、お目覚めのようね。傷はわたしたちの魔法で治しておいたけど、ひどく衰弱してたから目が覚めるのに時間がかかったみたいね。どう、元気になった?」

 無遠慮にまくしたてた黒いドレスの少女は、ベッドに座るタバサに歩み寄ってくると、バイオレットの髪の下に輝く翠眼をタバサに近づけて言った。

「ふーん、後遺症はなさそうね。あれだけのダメージを受けたら、普通は傷はふさがっても体力が戻るのにはかなり時間がかかるはずだけど、さすが元北花壇騎士だけはあるわね」

「っ! あなた、何者?」

 タバサは緊張して身構えた。北花壇騎士の名は、裏社会でも限られた者しか知らないはず。ただ者ではありえない。

 とっさに杖を探したが、手の届くところには見えなかった。杖がなければタバサはただの無力な少女でしかない。だが、目の前の見知らぬ少女はタバサのそんな焦りようをクスクスと笑うと、危害を加えるつもりはないというふうにしながら答えた。

「心配しなくてもいいわよ。わたしはジャネット。あなたと同じ、元北花壇騎士団で、今はただの傭兵をやってるわ」

「傭兵……なら、あの女の?」

 北花壇騎士という忌むべき名を耳にしたおかげで、一気にタバサの記憶がはっきりとしてきた。

 そう、自分はガリアを目指す途中で、シェフィールドに操られたシルフィードの襲撃を受けた。懸命に戦ってシルフィードの洗脳を解くことだけはなんとか成功したと思ったが、その後は気を失って。

 あの後、シェフィールドが自分を見逃したとは思えない。となると、自分はシェフィールドに捕まって……しかし、タバサがそこまで推測したとき、ジャネットは愉快そうに笑った。

「残念ながら、ハ・ズ・レ。わたしはあのシェフィールドとかいう顔色の悪いおばさんとは何の関係もないわ。わたしたちは、元素の兄弟。知ってる?」

 タバサは無言で首を横に振った。

「あら、けっこう名前を売ってるはずなのに、ダミアン兄さんががっかりするわね。ま、花壇騎士なんてみんな自分のことしか考えてない連中だから仕方ないか。あ、わたしたちは家族で傭兵やってるんだけど、外に体のおっきなジャック兄さんと騎士もどきのドゥドゥー兄さんというのがいるわ。心配しなくても、あなたの柔肌はわたししか見てないわよ」

 聞かないことまでしゃべるジャネットの言葉に、タバサは自分が着替えさせられていることに気づいてぞっとした。

「だってしょうがないじゃない。あなたの服、もうボロボロで直せそうもなかったんだもの。女同士だもの、気にしない気にしない」

 その着替えさせた後の服はどうしたのかとタバサは聞こうとしたが、ごちそうさまと言っているようなジャネットの笑顔を見て思いとどまった。この女は危険だ……。

 タバサは、舌を出しながら顔を近づけてくるジャネットを押し返しながら尋ねた。

「どうして、わたしを?」

「ウフフ、そう興奮しないで、可愛い顔が台無しよ。わたしたち、今はあるお金持ちの専属なんだけど、その方は払いはいいけどあんまり仕事を回してくれないのよ。だから、暇を利用してちょっとした小金稼ぎをね」

「ち、近寄らないで!」

 ジャネットはしゃべりながら体をすり寄らせてきて、タバサはぞっとした。やっぱりこの子、普通じゃない。吐息が耳にかかってくるし、片手が胸に伸びてくる。しかも華奢に見えて力が強くてはねのけられない。

 このままだと何をされるかわからない。タバサは必死に抵抗しながら、一番肝心なことを聞き出そうとした。

「あ、あの女の差し金じゃないのなら、誰の命令でわたしを助けたの?」

「あーら、依頼人の素性は傭兵の守秘義務よ。それより、あなた可愛いわ。助けてあげたんだから、ちょっとだけでいいから味見させて」

「やめて!」

 暴れても杖がなければタバサもただの少女でしかなかった。どんな怪物と戦っても怖気づくことのないタバサの背中におぞけが走り、組伏せられたタバサのパジャマのボタンにジャネットの手がかけられる。

 だがそのときだった。外から、ジャックとドゥドゥーが誰かと言い争う声が聞こえてきたかと思うと、部屋の扉が乱暴に開け放たれて、青い人影が現れたのは。

「なにやってるんだい小娘が! その子をお人形にしていいのはわたしだけだよ」

 その顔を見てタバサは驚いた。見覚えがあるどころではない、平民用の粗末な衣服こそ着ているけれど、その傲慢が服を着て歩いてるような目付きは忘れようがない。

「イザベラ、どうしてあなたが?」

「なんだいシャルロット、ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔をしてさ。いいねえその顔、お前のその顔がずっと見たかったのさ! あははは、ほんとはわたしの人形だった頃に見たかったけど、いやあスッキリしたわ」

「イザベラ!」

「ふん、わたしを呼び捨てにできる立場じゃないだろ。誰がお前を助けてやったと思ってるんだ?」

 その言葉で、タバサははっとした。そしてイザベラはジャネットを押し退けると、ベッドの縁にどっかりと腰を下ろした。

「ちょっと、いいところだったのに邪魔しないでよ」

「うるさいよ変態が。そんなに舐めたけりゃわたしの靴下でも口につっこんでやろうか。いいから黙ってな」

 不満げなジャネットを淑女とはほど遠い暴言で黙らせると、イザベラはタバサにニヤリと笑いかけた。

「よう、どうしたよいつもの人形面は? わたしの顔がそんなに珍しいかい?」

「……どうして、あなたがわたしを?」

「おいおい、そりゃないだろ。人に女王になれとか言っておいたくせに。わたしもこれで、ガリアの様子には注意してたのさ。で、少し前から父上がなにかとんでもないことをしでかそうとしてると感じて、北花壇騎士団長だった頃のつてを使ってこいつらを雇ったんだ。お前のことだ、どうせ一人で行き詰まってるだろうと思えば案の定だ」

「……そうだったの。でも、わたしにはまだ何がどうなったのか、まだ」

「ま、こいつがまともな説明なんかするわきゃないね」

 イザベラはジャネットを睨みつけた。ジャネットは退室するそぶりも無く、ふてぶてしくベッドに寝ころんだままでふたりを見上げている。イザベラは外のジャックとドゥドゥーが呆れたようなため息をしたのを聞くと、タバサに事のあらましを語った。

 実は、タバサが操られたシルフィードと戦っていたあの時には、すでに元素の兄弟はそばにいた。しかし、あまりの戦いの激しさに手を出しかねていたが、最後にタバサとシルフィードの攻撃が衝突した時の爆炎を利用して、倒れていたタバサを偽物とすり替えたのだ。

「そうか、スキルニルを……」

「ああ、わたしが隠し持っていたやつをこいつらにね。ただ、いつまでもごまかし続けられるもんでもないから、もうバレてるかもしれないが」

「そうだ! シルフィード、シルフィードは?」

「悪いが、そこまでは手が回らなかったそうだよ。自分の命があっただけ喜びな」

「……」

 タバサは肩を落とした。だが、イザベラの言う通り、自分だけでもシェフィールドに囚われなかっただけ運がよかったかもしれないのだ。それに、主人と使い魔は一心同体、もしシルフィードが死ねば自分にもわかるはず。どこでなにをしているかまではわからないが、生きていることだけは確かなはずだ。

 タバサはイザベラの隣に腰を落ち着かせた。もしシェフィールドの手に落ちていたら、すべてが終わるまで幽閉されて本当に手の打ちようが無かった。だが、まだやれることはある。それを与えてくれたイザベラに、心から頭を下げた。

「……ありがとう、イザベラ姉さん」

「よしなよ……今さら調子が狂うじゃないの。いつもの人形みたく普通にしてろよ」

 まだ頼られ慣れていないイザベラは照れて赤面するしかなかった。その様子を見たジャネットは顔を抑えて「きゃー、尊ーい」と喜んでもだえていたが、二人は意識して無視した。

「けど、城を出た今のあなたに、どうして傭兵を雇えるようなお金があったの?」

「わたしをなめるなよ。現金こそ持ち出せなかったけど、わたしに逆らったバカな貴族どもから没収した預金や不動産なんかはきっちり確保してあるんだ。城が買えるくらいの金ならすぐに用意できるさ」

 高慢そうに告げたイザベラだったが、タバサはそれもかなり無理をしてひねり出したんだろうと察した。城を出たイザベラにとって、金は最後の武器だ。それを、自分のために使ってくれるとは。

「まあそういうわけだ。お前がいないとわたしも身が危ないんでね。あのオルレアン公、どうせ偽者なんだろ、さっさと始末してくれよ」

「オルレアン公!? どういうこと?」

 タバサは愕然として尋ねた。イザベラは怪訝な表情をしたが、タバサが眠っている間に起きたことを知らないと気づくと、オルレアン公と名乗る男が現れて、ガリア軍を掌握してガリアに逆に進撃してきているという現状を教えた。

 顔を青ざめさせるタバサ。小さな唇から「もうそんなところまで……」と、嘆く言葉が漏れた。

「寝すぎた。早く行かないと、本当に取り返しのつかないことになる」

「お、おい待ちなよ。今度はこっちがさっぱりだよ。お前は知ってるんだろう。父上は……ジョゼフ王はなにをしようとしてるんだ?」

「……」

 答えられないでいるタバサに、イザベラは冷たく言い放った。

「何も言えないってなら、お前の代わりに女王になってやるって話もなしだよ」

 突き放すように言われて、タバサはためらいなからもイザベラに向き合った。

「……わかった。ジョゼフは、わたしたちはこのガリアを、あの悲劇が起こる四年前に戻すつもりだったの……」

「戻す? 例の記憶操作ってやつでかい?」

「違う。記憶操作はただの準備のための時間稼ぎ。ジョゼフは、元々前王から王位継承を約束されていた。それなのにわたしの父を殺したのは、二人の間の確執が爆発したから。ジョゼフは元々、王の座が手に入るとは思ってなかったそう……」

 タバサはぽつりぽつりと、あの日にジョゼフから告白された彼の内心を彼の娘に伝えた。もちろんそれでジョゼフを許したわけでは決してないが、ジョゼフの告げたさらなる計画はタバサの心を揺るがした。

「ジョゼフは王の座を弟が継ぐべきだと考えていた。そうなっていれば、すべてがうまくいっていたはずだと。だから、四年前にほとんどのガリアの民が望んでいた通りの分岐点にガリアを戻そうとしてる。つまり、ジョゼフではなくてわたしの父がガリア王になったように、歴史を修正するの」

「歴史を修正って、お前ら、気は確かか?」

 狂人を見るようなイザベラの眼差しも当然であった。彼女もチャリジャなどを通じて宇宙人の科学力のすごさを目の当たりにしてきているが、時間を戻してやり直すなど、気が触れているとしか思えない。

 以前、才人が過去に飛ばされてしまった例はあるが、それは偶発的な事故である、

 しかしタバサは首を横に振ると、自分は正気だとしながら続けた。

「直接時間を戻すわけじゃない。要は、世界中の見ている前でジョゼフからオルレアン公への王位移譲を果たせばそれでいい。その劇的な既成事実を作るためだけの、戦争はただの舞台装置でしかない」

「そりゃまた大げさな……だけど、嘘はでかいほうが見破られにくいっていう……けど、どんなにうまくこしらえたって、あのオルレアン公は偽者なんだろ? 今は騙せても、いずれなにかでバレるのは時間の問題じゃないか?」

 確かに万能の天才と呼ばれたオルレアン公の才覚はイザベラも知っている。もし彼が王になっていたら、ガリアは今とは比べ物にならないくらい繁栄していたであろうことは、悔しいがジョゼフの娘のイザベラも認めざるを得ない。

 だが、どんなに精巧な偽者を作ったとしても、死者の完全再現なんか不可能だ。多くの人間が見れば、どこかに不自然なところが見つかっていつかはバレる。しかしタバサは苦悩しながら、イザベラにあることを明かした。

「その偽者は今だけの代役。時が来れば、最後には……」

「……なんだって。お前、自分が何を言ってるのかわかってるのか!」

 イザベラは口調を荒くしてタバサに詰め寄った。時を戻すことすら生易しいような狂気、それをこいつは。

「嘘じゃない。わたしたちは、『本物』のオルレアン公を仕立てあげるつもりだった。それができる証拠を、ある人間を使った実験で見せられた。だから」

「だから、世界中を裏切ったっていうのかい!」

 そう怒鳴って、イザベラは大きく後ろめたさを覚えた。自分はそんな立派なことを言える人間じゃない。けど、こいつはそんなことはしないと思っていたのに。

 答えないタバサを、イザベラはカッとして顔に平手打ちを食らわせた。よろめいて頬を赤く染めたタバサに、イザベラははっとして言葉を失い、タバサの暗い声が響いた。

「あなたにはわからない。あなたには、家族を奪われる悲しみはわからない」

「なんだと……? おい、もう一回言ってみなよ!」

「……離して」

「ふざけるんじゃないよ! お前こそ、わたしの何がわかるっていうんだ! 生まれてこれまで、遊んでもらったことも、頭を撫でてもらったこともない。いい子の一言を言ってもらったこともない。お前なんかになにがわかるんだ!」

 タバサの胸ぐらを掴んで激昂するイザベラと、苛立ちをつのらせるタバサ。そのまま二人が殴りあいになろうかとしたとき、止めたのはジャネットだった。

「はあい、それまでそれまでよ」

「っ! 邪魔するな!」

「いいえ、いくら依頼人さまでも見てられませんわ。かわいい子は愛でないと。増して美しい青い髪の乙女はこの世にお二人だけ。ケンカで傷つけるなんてもってのほかですわ!」

 心底もったいなさそうに言うジャネットだったが、タバサとイザベラは頭に昇っていた血が下がって、罪悪感に胸を締め付けられた。

 そうだ、もう王家の血筋を引く者はほとんど残っていない。タバサの母は元気だが、今は陰遁状態。ジョゼフはもう、生きるつもりそのものがない。ここにいるこの二人が、実質最後の家族のようなものなのだ。

「ごめんなさい。つい、我を失って……」

「取り繕うなよ。ふふ、今のがお前の本音か。ちゃんと言えるじゃないか。はっはっはっ、ばーか、わたしのあんな臭い演技に騙されやがって。やったぜ。ついにお前を怒らせてやったよ」

「嘘つき……あなたはそんなに器用じゃないくせに。目が濁っていたのはわたしも同じだけど……それにしてもあなたって、いじわる」

「当たり前だ。泣きもわめきもしない人形を泣かそうとしてきた女だぞ、わたしは」

 憎まれ口の叩き合いであったが、確かに二人の間に敵意は消えていた。

 ジャネットはそんな二人を見て、「うんうん、仲良いのは美しいわ。ついでにそのまま服を脱いでもっと愛を深めてくれない?」などと抜かしていたので、二人揃って「だまれ」と脅しておいた。

 ちなみに部屋の外ではドゥドゥーとジャックが、ため息をつきながら。

「女ってわからないね」

「お前はジャネットとコンビが多いから毒されすぎだ。あれを基準にするな」

 ジャネットのせいで、ろくな女が寄りつかない元素の兄弟であった。

 しかし落ち着くと、タバサの中に再び焦燥感がわき上がってきた。本来ならあのときでもう自分は終わっていたはずだけれど、まだチャンスはある。ただし、もう時間はない。

「イザベラ、わたしの杖と、あれはあるの?」

「あれ? ああ、あの本か。大切に『固定化』のかかった布にくるんであったから無事だよ。で、やっぱり行くのか?」

「行く……行かなきゃ、いけない。その前に、あるだけのパンと水も欲しい」

「ちゃっかりしてるね」

 真面目な顔で食い物を要求するタバサに、イザベラは呆れつつも食事の用意をジャックに頼んでやった。

 本当ならタバサは今すぐに出かけたかったが、丸一日以上眠っていたわけだから、怪我はともかく体力が落ちきっている。空腹のままではとても戦えない。

 タバサが目を覚ましたときのためにと用意してあったパンやチーズ、干し肉やミルクが並べられて、タバサはその小さな体のどこに入るんだという勢いで平らげ始めた。まるで食べているというより口の中に吸い込まれているというような光景にジャックやドゥドゥーも唖然としていたが、ジャネットがイザベラに確認するように尋ねた。

「それで、元お姫様。わたしたちはこのままお姫様の用心棒をすればよいのかしら?」

「ああ、そのつもりだが?」

「なら、ねえ、お兄さま方?」

 ジャネットが視線を流すと、ジャックが腕組みをしながら答えた。

「そうだな。王家の跡目争いなんてもんに首を突っ込まされるなら、まだ追加料金をもらわないと割に合わないな」

「なっ、お前ら!」

「おっと、悪く思わないでくれよ雇い主様。俺たち傭兵は自分の命を売って金を稼いでるんだ。危険が増すなら高い金を貰うのは当然、俺たちにはそれだけの価値があるからな」

 確かな自信に裏打ちされたプロの物言いに、イザベラは怒りを覚えたが、もうイザベラに追加で報酬を出す余裕がないのはタバサにもわかった。

「追加料金が出せないなら、契約はこれで終わりだね」

 ドゥドゥーもキツネ目を笑わせてイザベラをからかった。それでも無いそでは振れないイザベラが歯ぎしりをしていると、タバサが口元の食べ残しをぬぐって言った。

「なら、今度はわたしがあなたたちを雇う」

「ん? そりゃ構わないが、報酬は前渡しで頼むぜ。王座を取ってからの後払いなんてのはダメだ」

 ジャックはドゥドゥーやジャネットとは違い、現実的な対応を求めた。イザベラはタバサに何か言おうとしたがタバサに止められ、タバサはジャックの巨体を見上げながら、あの本からページを一枚破り取って差し出した。

「この貴族には、前王の死の直前に20万エキューの現金が送られている。ジョゼフの即位後すぐに一家全員が粛清に会ったから、廃屋になっている屋敷の中にまだ隠されているはず。あなたたちならそれくらい見つけるのは容易」

「ほお、20万エキューとは破格に出たね。だけど、それが確かという証拠は?」

「わたしも元北花壇騎士、その場しのぎの嘘はつかない」

「ふむ」

 ジャックは少し考え込んだ様子を見せた。長男のダミアンが司令官なら次男のジャックは現場責任者に当たる。身一つのタバサやイザベラが今すぐに現金を用意できるわけもないのはわかっているが、20万エキューは魅力的だ。問題はそれがリスクと釣り合うか、自分の裁量で決めていいかということだ。彼はジャネットやドゥドゥーのような短絡さはなく、プロの傭兵らしく思慮深かった。

 ダミアン兄さんならどうするか……ジャックがそう考えていると、タバサは続けて訴えた。

「このままオルレアン公が勝てばガリアは平定される。そうすれば、傭兵が稼げる機会も減る。割りのいい仕事なんてなくなる」

「……やれやれ、仕方ありませんな。ただし、報酬と割に合わないほど危なくなったら追加料金をもっといただきますよ」

「構わない。契約は成立」

 タバサは紙とペンを要求すると、素早くサインを羊皮紙に書き込んでジャックに渡した。ジャックも受け取って自分のサインを書き込む。

 ドゥドゥーはジャックの決断に、ダミアン兄さんに聞いてからでなくていいのかい? と、以前に勝手な仕事を受けてこっぴどく叱られた経験から尋ねたが、ジャックは責任は俺が取ると一言だけ返した。

「さて、これで俺たちはしばらくお姫様に従うわけだが、どうするんだい? やっぱり王宮への殴り込みかい?」

 契約金としていただいた紙片を大事に懐にしまいこんだジャックがそう聞くと、タバサはフルフルとまた首を横に振った。

「違う、王宮へはわたしひとりで乗り込む。あなたたち兄弟は、わたしが決着をつけるまでのあいだ、イザベラを助けてあげてほしい」

「ん?」

 ジャックやイザベラがどういう意味かと怪訝な表情をすると、タバサはイザベラに向き合って、真剣な目で告げた。

「あなたにも、やってもらわなければならないことがある」

「なんだい……ま、お前の言うことからしてろくなもんじゃない予感しかしないけどね」

 不安そうに答えたイザベラに、タバサはあることを頼んだ。すると、イザベラの顔色が青ざめてからみるみる紅潮し、カッと食って掛かった。

「わたしに死ねっていうのかい!」

「事態を収めるには、ジョゼフを抑えるだけでは足りない。燃え上がった火を鎮めるために、水をかける誰かが必要。それに、人望の無いあなたがガリアの女王として認められるにはこうするしかない」

「言ってくれるね。だけど、失敗したらどうするんだ?」

「失敗したら、ガリアは人形の国になって、いずれは分裂するか、内乱に陥るかくらいの未来しか残っていない。ゲルマニアのような国にガリアはなれない。正当なるガリアの王として求められる唯一無二のものは始祖の血統。それを受け継いでいるのはもうわたしとあなたしかいない」

「……」

 イザベラは黙りこんだ。ハルケギニアで王が王として認められる外せない条件が、始祖の血脈であるということ。始祖ブリミルの子孫であるからこそ、ハルケギニアを統治する正統性が認められる。それがなければどんなに優れた人間であろうとも、貴族も教会も民も『王』とは認めない。始祖の血脈を持たないゲルマニアの皇帝は格落ちの存在と見られ、力で押さえつけてはいても精神的な崇拝とは無縁で、ゲルマニアの内情は常に不安定だ。

 もしガリアから始祖の血脈が途絶えれば、力のある貴族たちが小国を作って割拠する戦国時代となる。その後に残るのはゲルマニアの劣化の強権国家でしかなく、長らく安定を欠いた時代に民は苦しめられる。

「わたしに、英雄になれる才能なんてないよ」

「英雄になろうと思ってなる人なんていない。でも、人はいつか今の自分とは違う何かにならなきゃいけない。今、ガリアの人々に、頼るものの無い空白を与えてはいけないの。自信を持って、あなたにはわたしにない大きな才能がある」

 タバサの言うことは無理難題ではあったが、何度も死地を乗り越えてきた者が持つ強さがにじみ出ていた。

 イザベラは考えた。これからどうする? ふんぞりかえっていれば周りが片付けてくれた時期は過ぎた。持ち出した財産も無くなり、タバサのように一人で生きていく魔法の才もなく、あるものと言えば王家の血筋のみ。

 生きていくために、変わらなければならない、そのときが来たとイザベラは理解した。

「なあ、ひとつ答えてくれよ。わたしが女王になって、ガリアがまともになってくとどうして思えるんだい? 無能王の娘で、こんな無能なわたしを」

 するとタバサはまっすぐにイザベラの目を見て答えた。

「あなたは無能じゃない。人の上に立つ人間として、とても重要な能力を最初から持ってる。それはわたしなんかより、何倍も大きな強さになる。あなたは自分の力を使いこなせば、多くの人を幸せにできる立派な王になれる」

「なあ、お前はわたしの何を見てるんだい? わたしのどこに、そんなすごい力があるっていうんだ?」

「……その答えは、あなた自身が気づかないと意味がない。でも、あなたはもうその力を発揮してる。思い出して、前の時もその力に助けられた」

 そう言われても、イザベラにはこれといって思い当たる節は無かった。産まれてこの方、人に指図するだけの日々を送ってきた自分に、タバサがうらやむような才能なんて本当にあるのだろうか。

 しかし、迷っている時間は無かった。タバサは出された食べ物をあっという間に平らげると、杖を持って旅立とうとしている。

「行く」

「お、おい待てよ。わたしはまだ引き受けるなんて」

「無理を頼んでるのはわかってる。だから、やってくれるかどうかはあなた次第。もしダメだったら、またなんとか考えてみる」

 それだけ言うと、タバサはまたいつものような無表情になって、散歩に出るかのように小屋の入り口まで歩き出した。

 だが、イザベラにもそれが無茶なことはわかっている。なんとかジョゼフを止められたとしても、残るのは王位の空白状態。タバサがオルレアン公の娘として女王に名乗り出たとしても、後ろ楯の無いタバサではどこまで貴族たちを抑えられるものか。

 だからこそ、タバサはイザベラに女王になれる秘策を授けた。しかし。

「わたしは、お前の道具じゃないよ」

「そう、そのとおり……わたしもあなたに花壇騎士の任務を与えられていたころはそう思ってた。でも、たとえ望まないことだったとしても、そこに行くことで見えてくる景色もあった。美しいものも、醜いものもたくさん。あなたは……今と違った景色を見たいと思ったことはないの?」

「わたしは……」

 変わりたいとイザベラは思った。無力で無価値な自分から、タバサのように自分の力で今を変えられる自分に。

 しかし、イザベラが答えを出す前に、タバサは入り口のドアの直前で弾かれたように杖を構えた。それと同時に、ドゥドゥーが窓のそばで外の様子を伺って言った。

「どうやら小細工がバレたみたいだね。外は追っ手でいっぱいさ」

 ドゥドゥーが楽しそうに口元を歪めながら言うと、いつの間にかジャックとジャネットも杖を持って戦闘態勢をとっていた。

「ご心配なく、お姫様。金をもらってる間はきっちり御身はお守りいたします。ドゥドゥー、敵の数と配置はどうなってる?」

「ざっと五十ほどかな。全部ガーゴイルで人間の気配はないね。人型が二十で狼型が三十、ぐるっと小屋を取り囲んでるよ」

 ガーゴイル、つまりシェフィールドの手のものということだろう。恐らくは狼型ガーゴイル・フェンリルに匂いを嗅がせて追ってきたのだ。

 イザベラはごくりと唾を飲んだ。この中で戦闘力が無いのは自分だけ、これから戦いが始まっても、守ってもらわなくては生き残りようがない。

 一方、ジャックは外にまだ気づいていないよう思わせるために気配を殺しながら、外を魔法で探っているドゥドゥーに聞いた。

「ボスの姿は見えるか?」

「いいや、人間の気配はさっぱりだね。ここに来ているのはガーゴイルだけらしい」

 つまり、シェフィールドも今自らが動くことはできない状態というわけで、事態は大詰めに近づいている証拠だ。ドゥドゥーは戦う気満々な様子だが、ジャネットはつまらなさそうに言った。

「もう、無粋なガーゴイルの相手なんて、せっかくのドレスが汚れてしまいますわ。ジャックお兄さま、相手が陸戦型のガーゴイルだけなら、飛んで逃げてしまいましょうよ」

「いや、ジャネット、面倒を避けたいのは俺も同じ考えだが、敵もそこまで馬鹿じゃないな。空をよく探ってみろ」

「あら、なにかしら? 蝶が、たくさん?」

「小型のガーゴイルの一種だ。飛んで逃げようとすれば、あれが寄ってきて『ボンッ』ていう寸法だろう。やっかいだな」

 つまり、逃げ道は塞がれたということらしい。切り抜けるなら、正面から包囲網を破るしかなさそうだ。

 だが、敵の動きはこちらに作戦を立てる隙をさえ与えてくれなかった。フェンリルが鋭い牙をむき出しにして小屋に迫り、そこかしこに噛みついてかじり出したのだ。

「おおっと、これじゃこんな小屋なんか、あっという間に食い尽くされちゃうよ」

「はしゃぐなドゥドゥー。仕方ないな、小屋がつぶれる瞬間に飛び出して応戦するぞ。ジャネットはお姫様を守ってやれ。で、雇い主様はどうしますね?」

 タバサは杖を構えながら、迷いの無い声で答えた。

「あれを全滅させない限り、どのみち道はない」

 捕まれば王宮まで連れていかれるかもしれないが、事が終わるまで幽閉されるのが落ちだ。ジョゼフの元には自分の足で乗り込んでいく。

 小屋は柱がきしんで天井が揺れている。これまでだと、一行は天井が落ちてくるのを合図に壁を破って飛び出した。

『エア・ハンマー!』

『ウィンドブレイク!』

 強力な魔法がフェンリルを吹き飛ばし、狼型のガーゴイルは粉々になって飛び散った。

 しかし、フェンリルは心を持たないガーゴイルらしく、仲間の残骸を浴びながらも飛びかかってくる。ジャックやジャネットの魔法がそれも打ち砕くが、さらにその後方から次が向かってくる。

「面倒だな。ダミアン兄さんのアレがあれば、むう」

 ジャックは愚痴ながら魔法を放った。護衛は元素の兄弟にとって、専門外に当たる仕事だ。イザベラはジャネットがドレスでかばいながら戦っているが、足手まといがいるのはやりづらい。本職の謀略や暗殺なら得意なのだが。

「まあ、仕事を選んでいるような贅沢はできんか」

 ジャックは気持ちを切り替えた。彼ら元素の兄弟は、ある目的のために大金を求めている。これまでにも、貴族の資産の二、三件分の金は稼いだが、まだ足りない。

 迫り来るフェンリル、槍や剣を振りかざしてくるスキルニル。しかし、元素の兄弟は魔法や体術を使って危なげなく敵をさばき、撃破していく。

 メイジとしても、戦士としても、タバサも元素の兄弟もハルケギニアで有数の使い手だ。いくら高性能なガーゴイルでも、相手が悪かったと言えよう。数だけの雑兵など、恐れるほどではない。

『ウィンディ・アイシクル!』

『ライトニング・クラウド』

 強力な魔法が炸裂し、十数体がまとめて吹き飛ばされた。

 すでに敵の数は半減している。しかし、スキルニルは動かさないときは手のひら大の人形、フェンリルは花びらのような種として持ち運べるので、倒した個体の残骸から新しいものが出現して襲ってきだした。

「やっぱり、物量戦で来た」

 タバサはぽつりとこぼした。シェフィールドはタバサの実力を知っている。この程度のガーゴイルでは歯が立たないのを承知だから、数で埋め合わせに来るのは当然のことだ。

 もちろん、元素の兄弟のことは想定外であっただろう。それにしても、一体を倒したら三体が現れるような手駒が枯れ果てるような使い方は、シェフィールドの焦りを象徴するものかもしれない。

『ライトニング・クラウド!』

『ライトニング・クラウド』

 タバサとドゥドゥーの雷撃がフェンリルをまたまとめて粉砕する。いくら数を揃えようと、元素の兄弟が加勢した時点でスキルニルたちの勝ちはないと決まっていた。

 しかし、勝ちが決まっているようなこの状況で、イザベラは焦りを感じ始めていた。

「まずい、まずいんじゃないか、これは」

「あら、どうしたのお姫様? どう見ても優勢なのに、なにを心配してらっしゃるのかしら?」

 緊張感なく答えたジャネットの言う通り、タバサたちはなんの苦戦もなくスキルニルやフェンリルを破壊していっている。だが、イザベラは脂汗を浮かべながら叫んだ。

「おおいバカ野郎ども! お前ら、これから大仕事をしようってときに、そんなにバカスカ上級呪文を連発してどうする! それじゃすぐに精神力が尽きちまうだろ!」

 言われて、さらに上級魔法を使おうとしていたタバサたちは手を止めた。遊び半分のドゥドゥーはまだしも、タバサにとって魔法の使用残量は重要な問題だ。いくらスクウェアクラスでも、湯水のように吐き出せばあっという間に精神力は尽きる。

 タバサは急ぐあまり、手間を省いて一掃しようとした自分を叱った。一方のジャックも、タバサほど真剣ではないが、無駄遣いを指摘されたことで舌打ちして攻撃を止め、イザベラに嫌味っぽく問い返した。

「それは申し訳ない。ですが、メイジに魔法を使うなとは酷なこと、それともお姫様がこいつらと戦いますかな?」

 ジャックはスキンヘッドの強面の巨漢で、そんな奴にドスのきいた声で話されたら、普通の女の子なら縮み上がってしまうだろう。しかし、イザベラは普通ではなかった。

「うるさいよ! デカブツのくせに屁理屈をこくな。精神力を節約できる魔法なんていくらでもあるだろ。『ブレイド』で切り捨てな! 大事の前に草刈りで働いてるアピールしてんじゃない。それでもプロか!」

「……く」

 ジャックの目尻にしわが浮いた。ここまで言われては適当にあしらうわけにはいかない。それに、イザベラの言っていることは正論だ。こちらの内心にある、リスクを抑えて仕事をしたいという魂胆を見抜かれた。

 そしてイザベラはタバサにも遠慮なく怒鳴る。

「お前もだ! 前は面が人形、今は頭が人形かい? 肝心なときに魔法が使えなくなって、それで国をひっくり返そうなんてバカを考えてるのか!」

 その叫びは、タバサの体を一瞬固まらせるほどの威厳に満ちていた。以前の、プチ・トロワでふんぞり返っていたときとは違う、自分の意思を込めた声に、タバサは無言で杖を構え直した。

『ブレイド』

 杖を剣に変える魔法を唱え、タバサの杖の一撃がフェンリルを縦に両断した。魔法の力は本人のクラスに比例する。タバサほどの力のあるメイジの唱えたブレイドならば、鉄すらも軽々と切り裂くのだ。

 さらに、それを見たジャックとドゥドゥーも、ためらいながらも『ブレイド』でタバサに続いた。彼らにもプライドがある。タバサほど若いメイジが杖一本で戦っているのに、こちらだけドンパチやるのは恥があった。

 だがそれも、慢心を打ち砕いたイザベラの一喝あってのことだった。声は凛として眼差しは鋭く、無視しようという気持ちを貫いて頭の奥に響いてくる。

“この小娘、以前とはなにか違う”

 ジャックはダミアンといっしょに何度か王女の頃のイザベラから依頼を受けたことがある。その頃は単に威張り散らすだけの世間知らずのお嬢様そのもので、ただの金づるとしか思っていなかったが、今のイザベラには空威張りとは明らかに違う凄みがあった。

 ジャネットも、毅然としたイザベラの姿を見て、驚きの表情を見せている。イザベラは戦い方を変えた元素の兄弟に、にやりと笑みを見せて告げた。

「ようし、やればできるじゃないか。ああ、おいでかいの! お前は力があるんだからスキルニルを叩き潰せ。キツネ目のお前はフェンリルを刈り取っちまえ!」

「むう、あまり仕事に口出しをしないでもらいたい!」

「誰がキツネ目、失礼だな! くそっ、仕事でなければ首を飛ばしてやるところなのに」

 ジャックもドゥドゥーも悪態をつかれて腹を立てるが、イザベラの言うことが正しいのはわかっている。あえて無視してやるのも手だが、仕事に手を抜いたことがダミアンにばれたら後が怖い。

 やむを得ず、二人はイザベラの言う通りに戦った。イザベラはそれだけではなく、やれ腰が浮いているだの足元に注意しろだのうるさく怒鳴ってくるが、それ以上に腹立たしいことは、プロの視点からしてもそれらのすべてが正しいということがわかってしまうからだった。

 イザベラの命令で、ジャックとドゥドゥーは不本意ながらも精神力の消費を最小限にした上で、効率よくガーゴイルを撃破でき始めたことを認めざるを得なかった。その様子をすぐ近くで見ていたジャネットも。

「この子、お兄様たちを手足みたいに操ってる……どうなってるの?」

 そう戦慄しながらつぶやいていた。どうして、素人のはずのお姫さまに戦いの的確な指示ができるのか?

 だが、それを目の当たりにした者たちの中で、タバサだけはそれがイザベラの本当の力の一端だということを見抜いていた。

「そう、それがイザベラあなたの力。あなたの歩んできた道は無駄じゃない。王女として、北花壇騎士団長として、あなただからこそ得て来たものがあなたを守ってくれる」

 そしてそれは、自分には無いもの。だからこそ、タバサはイザベラを次期女王としてふさわしいと確信していた。あとは、イザベラにそれに気が付くきっかけがあれば。

 イザベラの指揮で、タバサと元素の兄弟は消耗を抑えながらガーゴイルを駆逐していった。けれど、敵はどうせ今度が最後の捨て駒だからと、ガーゴイルの数はきりがない。よく見ると変形が不完全で手足の欠損したものも混ざっていて、本来なら廃棄される不良品までかき集めて送り込んできたことが察せられた。

「こりゃあめんどくさくなってきたね。いくら精神力を節約しても、これだけ長引かせられたんじゃ元も子もないってね」

 ドゥドゥーがうんざりしてきたというふうに吐き捨てた。苛ついているのがはっきりわかるくらい、もう何十体フェンリルを切り捨てたか覚えていない。一方のジャックもで、こんなに張り合いの無い仕事はないと毒ずいている。

 タバサも息を切らし始め、イザベラは際限の無い物量作戦がいかにやっかいかを噛み締めていた。

「こんなところで足止めを食ってる場合じゃないってのに」

 間に合わなくなってもすべては終わる。そう焦り始めたときだった。

 

「ふふ、お困りのようでしたら、手伝って差し上げましょうか?」

 

 突然、不気味な声が響いた。その瞬間、タバサは背筋に氷の棒を差し込まれたようにびくりとし、続いて新たな敵かと身構える元素の兄弟の見ている前で、空間転移で次々とジャガイモのような頭の怪人が転送されてきたのである。

「な、なんだいこいつら!?」

 ドゥドゥーは狼狽した。見たこともない亜人、いや亜人と言っていいのか? 平民とは違うメイジの感覚で探るが、こいつらには生き物の気配がしない。それはジャックも感じていたようで、敵かどうかと即断できずに手を出しかねている。

 すると、奇っ怪な怪人たちは油の切れた時計のように聞き苦しい音を立てながらスキルニルやフェンリルに突貫し始めたのである。

 唖然と見守るイザベラや元素の兄弟の前で、スキルニルやフェンリルは襲いかかってくる怪人から身を守るために剣や牙を振るった。けれど怪人たちは反撃を体に浴びてもひるまず、組み付いて殴り付けていく。だが動きは圧倒的にスキルニルやフェンリルのほうが上で、一体の怪人が数体のスキルニルに槍で突き刺されて動きを止めた。するとなんと、怪人はスキルニルを巻き添えに自爆して、機械部品を辺りに撒き散らしたのだった。

「こいつらもガーゴイルか!」

 見ると、他の怪人もスキルニルやフェンリルを道連れに次々と自爆攻撃をかけていた。辺りには両者の金属片や魔法粘土の残骸が飛び散り、凄惨な景色へと変わっている。

 しかし我が身を省みない自爆攻撃の乱発で、スキルニルやフェンリルは急激に数を減らしていった。

 いったい誰がこんなことを? けれど、タバサは最初に声が響いたときにわかっていた。この人を馬鹿にしきったような声は忘れようもない。

「出てきて、いつまで悪趣味な見せ物を続けるつもり」

「おや、これはご無体な。せっかく助け船を出してあげましたのにねえ」

 すると、宙からあのコウモリ姿の宇宙人が手品のように現れてタバサの前に降り立った。

 すぐさま身構えるジャックとドゥドゥー。二人もこいつがただ者ではないことを見抜いて殺気をぶつけたが、宇宙人は元素の兄弟は無視して愉快そうに残骸の山を見渡して言った。

「うっふっふっ、中古で買ったファンタス星人のサイボーグボディも少しは役に立つものですね」

 笑いながら彼はファンタス星人の残骸を踏み砕いた。友好宇宙人ファンタス星人、かつては知的で平和的な文明宇宙人として名声を知られていたが、実は自ら作り出した自分達に似せて作った労働用アンドロイドの反乱で滅ぼされ、今ではアンドロイドのほうがファンタス星人を名乗って君臨している。

 しかし、奴隷狩りとして地球侵略を目論んだ作戦がウルトラマン80に阻まれて、ロボットの星であるという正体が知れ渡ってからは他の宇宙人からは快く思われておらず、想像力を持つ人間を失ったアンドロイドたちの文明は衰退の途にある。そんなアンドロイドたちの老朽化したボディはスクラップとして他星に売却されて、アンドロイドたちに必須なレアメタルの購入にあてられているという。

 だが、そんなことはタバサにはどうでもいい。彼に杖を突きつけながら尋ねた。

「どういうつもり?」

「どういうつもりもなにも、あなた方の望みを叶えることが私の約束ですからね。そのために手を貸すのは当然のことです」

 うそぶく宇宙人。タバサは警戒を緩めずにさらに告げた。

「わたしはもう、あれをあなたに頼むつもりはない。ハルケギニアから手を引いて」

「それはいけません。あなたはそうでも、王様は私を必要としていますからね。約束を守るのがあなたたち人間の美徳でしょう?」

「実力でも、それを阻止すると言ったら?」

 タバサの杖に魔力がこもる。だが宇宙人はせせら笑った。

「あなたは撃てませんよ。なぜなら、まだあなたはあれの実現を心の中で望んでいるからです」

「……」

「うふふ、つらいですねえ、人間の情というものは。王宮で待っていますよ」

 そう言い残して、コウモリ姿の宇宙人は消えていった。タバサは杖を下ろしてうなだれ、そんなタバサにイザベラは背中から声をかけた。

「撃てなかったな、お前」

「……わたしは」

「言い訳なんか聞きたくないよ。でも、奴らを止められるのはお前だけなんだろ。ならさっさと行くがいいさ、それでどうなろうと、ガリアはわたしがもらってやる」

「……ごめん」

 タバサは振り返らないまま、リュティスを目指して駆け去っていった。

 残されたイザベラは、ジャック、ドゥドゥー、ジャネットの三人の元素の兄弟を見渡して告げた。

「さて、これから先は地獄だけど、お前らも逃げるなら今のうちだよ」

「……これは馬鹿にされたものだな。元雇い主様なら知っていよう、俺たち兄弟は報酬を受けて引き受けた以上は、しくじった仕事はないぜ」

「ぼくの趣味じゃないけど、やめたらジャック兄さんにもダミアン兄さんも叱られそうだからね。やるよ、やりますよ」

「おもしろそうだからわたしは着いていくわよ。ジャック兄さんがいるなら大抵のことは大丈夫そうだし……少し、お姫様に興味が出て来たわ」

 信用できる連中ではない。しかし、味方であるうちはこの上なく頼もしい者たちを得たイザベラは、自らの怯えをも嘲笑するように大きく口元を歪めて笑いながら言った。

「なら、行くよ。ふふ、あははははは!」

 イザベラは笑った。これまで、タバサに数々の困難な仕事を押し付けてきた自分が、最後になにより困難な仕事をタバサに押し付けられる。これを笑わずにいられようか。

 

 

 そして数刻後、場所はガリアの軍港サン・マロン。海沿いに作られた巨大な軍港では、百隻を超える大艦隊が出港を間近にしていた。

 その中心となるのは大型戦艦『シャルル・オルレアン号』。正確にはシャルル・オルレアン二世号だが、以前にタルブで沈没したものは無かったことにされ、密かに二番艦に名前を襲名することで将兵にはタルブでの汚名を隠されていた。

 甲板では、艦隊司令のクラヴィル卿と艦隊参謀のリュジニャン子爵が出撃の話し合いをしている最中である。

「物資の積み込みはほぼ完了しました。火薬と砲弾が間に合わなかった旧型艦を置いていっても、反乱軍を打ち砕くには十分な戦力があります」

「うむ、ご苦労。祖国に反旗を翻すとは忘恩の徒らめ。だが、空の守りの無い陸兵がどうなるかを教えてくれる」

 この大艦隊。海を圧し、風石で空に昇れば大空を支配するガリアの力の象徴は両用艦隊と呼ばれ、無かったことになっているロマリア攻撃で多数の艦を失っているとはいえ、まだ相当の戦力を保持していた。

 彼らは王宮からの命を受け、オルレアン公に寝返って反乱を起こした陸軍を討伐に出発するところであった。もっとも、それも最初から記憶をジョゼフに仕組まれていることで、オルレアン公の前に出ればたちまち記憶の鍵が外れてオルレアン公の傘下に入るようにされている。

 だが、まさに全艦隊出港を命じようとしていたときだった。クラヴィル卿の下に一陣の風が吹き込むと同時に二人は床に引き倒された。そしてクラヴィル卿は這いつくばりながら動かぬ体から顔だけを上げると、自分を見下ろしてくる翠色の眼差しを見たのだった。

「お、お前は……い、いや、その髪とお顔。あ、あなた様は!」

「悪いけど、この艦隊はわたしがもらうよ」

 人生最大の勝負に挑もうとしているイザベラ。その行く先の空には、嫌味なまでの快晴がどこまでも続いていた。

 

 

 続く


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