ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第21話  飛びたて!裸のわんぱく妖精

 第21話

 飛びたて!裸のわんぱく妖精

 

 再生怪獣 サラマンドラ 登場!

 

 

 モニターに灯が点り、聞くだけで癇にさわる声が聞こえてくる。

「ハロゥ、皆さん。私の実況するハルケギニア大乱物語も、もう残り少なくなってまいりました。皆さんとのお別れの時が迫っているのは残念ですが、残りの時間を私が楽しむためにも今回も始めるとしましょう」

 もったいぶった台詞に続いて、モニターにガリアの街の光景が浮かび上がる。

「さて、今宵はあの勇敢な少年たちの冒険譚の続きですね。彼らの奮闘には私も感心してきましたが、今回は脱獄不可能な牢に押し込められて、さすがにチェックメイトでしょうか? あの方々は、人間を陥れることに関してはプロフェッショナルですから、相手が悪かったですねえ、ウフフ」

「……!」

「そうですね。まだ、決まったわけではないですね。ですが、ここからどうやって逆転に持っていくのか。残念ながら私の貧弱な想像力では思いつきません。では、続きを見ましょうか。こうしてのんびり観賞できるのも、あとわずかですからね」

 嫌味っぽく告げるコウモリ姿の宇宙人。奴は見物人を気取りながら何を考えているのか。

 隠謀家の目論見はまだ知れず。しかし、これは演劇ではない。チップも払わないタダ見の観客の期待になんか応えてやる必要はないのだ。

 

  

 人間に化けた宇宙人の策略で、脱獄したら街の人々を犠牲にしてしまう監獄塔に閉じ込められてしまった才人とルイズ。

 再生怪獣サラマンドラから水精霊騎士隊の少年たちを逃がすために、殿として残ったカトレアとジル。

 どちらもこれ以上の打つ手を失い、残された時間の中で詰みに近い状況になっていた。

 しかし、盤上の戦いと違うのは、現実の戦いは、世界の中のすべてに参加する資格があるということだ。

 

 サラマンドラの猛攻にカトレアのゴーレムが防戦一方となり、才人とルイズがその苦戦を見て歯噛みしている頃の少し前に、街の一角で別の騒動が起きていた。

「うわあーっ! ドラゴンだ!」

「逃げろ、食われるぞ! な、なんでこんな街中にドラゴンが!?」

 平和だった街の中に、いきなり空からドラゴンが飛んできて住民はパニックに陥っていた。ドラゴンといえば、奥地に生息する凶暴な幻獣の代表で、火を吹いて人を食うと恐れられている。

 住民は逃げまどい、軍隊がいない街の衛士隊は怯えながらもおっとり刀でドラゴンの現れた現場に駆けつけた。

 だが、衛士隊が現場で見たのは、想像していた暴れまわるドラゴンとはかけ離れたものだった。

「なんだ、ずいぶん弱ってるぞ?」

 青いドラゴンは道の真ん中に座り込んで荒い息をついていた。そのまま動き出す気配も見られず、衛士たちが近づいても襲ってくる気配を見せなかった。

「きゅい……」

「弱った竜が群れからはぐれたのか? ともかく、これなら我々でもなんとかなるかもしれん」

 胸を撫で下ろした衛士隊の隊長は、部下に命じて頑丈なロープを用意させた。今のうちに縛り上げておけば、回復されても動きを封じておくことができる。

 男たちが数人がかりでロープを投げつけ、ドラゴンの体に絡ませていった。メイジがいれば拘束の魔法が使えたろうけれど、主だったメイジは軍隊に引っ張られていって、街にはドット程度のへっぽこメイジしか残っていないから仕方ない。

 ドラゴンはきゅいきゅい鳴きながら抵抗したけれど、ここまで飛んできた疲労が相当なものだったのか、意外とあっさり捕まえられた。

「きゅい……」

「ようし、これでもう暴れられまい。とりあえず、後の始末は竜籠の業者にでも頼むか」

 飼いならした竜で人を運ぶ竜籠の業者なら、野生の竜もなんとかできるかもしれない。金はかかるかもしれないが、それはそれだ。

 ドラゴンはロープを引きちぎって逃げようと試みたものの、身体中をがんじがらめにされたのでは逃げようがなかった。

 これで仕事はだいたい終わりだ。隊長は部下たちに、ドラゴンを運ぶための台車とメイジの手助けを借りに行かせた。そして安堵して、ドラゴンに背を向けてタバコに火をつけて一服し始めたが、そのせいでドラゴンがぼそぼそと小声でなにかを呟いたのを聞き取れなかった。

「われをつつむかぜよ、われのすがたをかえよ……」

「ん?」

 ふっと妙な感じがして、隊長は振り返った。振り返った。そして彼は自分の目を疑った。

「なっ! い、いない?」

 なんと、ついさっきまで縛られていたはずのドラゴンが煙のように消え去っていた。隊長は驚愕のあまり口からタバコを落とし、飛んで逃げたのかと空を見渡すが、どこにも見あたらない。

 そんな馬鹿な、あれだけ弱っていたドラゴンが一瞬で縄脱けして逃げたというのか? 長くても十秒ほどしか目を離してないんだぞ。

 隊長は、夢でも見ていたのかという思いと、逃がした責任をとらされるという恐怖で動揺し、哀れなほどに激しく狼狽し続けていた。

 

 けれど、ドラゴンが煙のように消えるなんてあるだろうか? もちろんタネはある。

 ドラゴンの消えた現場のそばにある狭い路地の中に、青い髪を伸ばした妙齢の女性が立ち尽くしていた。全裸で。

「もう、これだから人間は野蛮で嫌なのね。シルフィみたいな高貴な種族を見て怯えるなんて失礼極まるの。もう、ただでさえ疲れてフラフラだったのに、こんな窮屈なかっこうまでさせて、きゅい……お腹すいたの」

 そう、ドラゴンの正体はシルフィードであった。翼人の里を飛び立ってから、昼夜兼行でリュティスを目指して飛んで、ようやくここまでやってきたのだ。

 しかし、傷が癒えていないシルフィードではいつものようにひとっとびにリュティスに着くことはできずに、やっとの思いでかなり遅れて隣街に飛んできたまでで力尽きてしまったのである。

 ちょっと休ませてもらったらすぐ出ていくつもりだった。それなのに、野蛮な野生の竜なんかといっしょにされて網を打たれたことを、シルフィードはプンプンに怒っていた。

「でも、この姿ならあんな縄なんかすり抜けられるの。あの偉そうな人間、ざまあみろなのね」

 シルフィードは物影から思い切りあかんべーをしてやった。このかっこうなら捕まらない、しばらく休んであいつらがいなくなったら風韻竜に戻って飛んでいこうと、シルフィードはほっと息をついた。

 けれど、裸に抵抗のないシルフィードは、自分の今のかっこうが人間の社会ではいかに非常識かを忘れていた。

 たまたま通りかかった通行人が、全裸のシルフィードの姿を見て叫んだ。

 

「痴女だぁーっ! 痴女が出たぞぉーっ!」

 

 その叫び声を聞いて、周囲の人間たちも続々集まってくる。

「なにぃーっ、痴女だと、許せねえ!」

「あまつさえ、靴もはいてないでやがるぞ」

「げぇーっ、ほんまもんの痴女だぜ。逃げたぞ、追えーっ!」

「きゅいーっ!?」

 こうして、不幸なシルフィードは街の人々に追いかけられて全裸で逃げ惑うはめになってしまった。

「変態だ変態だ、ぶっ殺せーっ!」

「変態は殺しても罪にならねーぞ!」

「待ちたまえ、私も変態だ! いっしょに茶でも飲まんかね?」

「なにをゆーとるんじゃ、お前は!」

「うぇーん、なんでシルフィばっかりこんな目に」

 泣きながら懸命に逃げたシルフィードであったが、元々ヘトヘトだったこともあって逃げ切れるものではなかった。

 そもそも人間の姿で走り回ること自体に慣れてないのであっさり捕まり、す巻きにされて担ぎ上げられてしまった。

「きゅいーっ! シルフィをどうするつもりなのね?」

「安心せい、ゲルマニアや東方に売り飛ばしたりはせん。だが変態は変態にふさわしい変態の都に連れていってやろう」

「な、なんなの?」

 意味はよくわからないが非常に悪い予感をシルフィードは覚えた。

 そして神輿のように男たちに担がれて、放り込まれたのは牢獄塔であった。本当ならばよほどの罪人しか入れられないはずのところだが、痴女はよほどの罪人に当たるらしく、えっほえっほと塔の階段を登った後で、最上階の空いている牢屋に投げ入れられてしまった。

「ここでしばらくおとなしくしてろ」

「きゅう! 冗談じゃないの。シルフィはこんなところにいる暇はないの。出すの、出さないなの! もーっ!」

 暴れたシルフィードだったが、やはり牢屋の鉄格子は人間の体ではどうにもしがたい。

 こうなったら、本当の姿に戻って牢屋をぶっ壊してやろうと思ったが、空腹で腹が鳴ってへたりこんでしまった。

「きゅう……おなかへったの」

 翼人の里を飛び立ってからろくにものを食べていなかった。運の悪いことに途中には大きな川もないので魚も捕れず、獣を狩るだけの元気もなく、もちろん人や家畜を襲うことはタバサに頭の底まで厳禁されていた。

 理不尽に捕まえられた上に腹も減って、シルフィードはだんだんと頭にきはじめた。元に戻る力は無くても、シルフィードの中でイライラが膨れ上がっていき、ついにシルフィードは牢屋の中でこれまでのうっぷんを思い切り吐き出し始めた。

「もう! これというのも全部あのおちびのせいなのね! シルフィがいっつも心配してるのに勝手なことばっかりして、おまけに高貴な風韻竜のシルフィをこきつかうなんて生意気なのね。シルフィは優しいから我慢してきたけど、今度という今度は反省させておにくをいっぱい食べさせさせるの! おーにくおにくにくにくにくにくなのーっ!」

 あまりに大声で叫んだので、隣の牢屋から「うるせーっ!」と、文句を言われてしまった。

「? きゅい、今の声、どこかで聞いたような……」

 はっとしたシルフィードは、鉄格子から頭を乗り出して隣の牢屋を覗いてみた。すると、間が抜けてそうな少年がやはり鉄格子から顔を乗り出してこちらを見ていた。

「うるさいんだよ、こっちは今大変なとこなんだから静かにしてやがれ!」

「なにお、それはこっちの言う台詞なのね。シルフィだって今たいへ……あ、あれ、お前、どうしてこんなところに?」

 シルフィードは才人の懐かしい顔を見て驚いた。しかし、対する才人の反応はシルフィードの思うそれとは違っていた。

「なんだよお前、おれとどっかで会ったっけか?」

「な、なんなの失礼ね。このシルフィの顔を見忘れ……あ……!」

 そこでシルフィードははっとした。

 そういえば、付き合いは長いけれど、こいつの目の前で人化したことがあったっけ? いや、知らなくても知っていても今は……。

 シルフィードは才人がきょとんとしたことで皮肉にも冷静になることができた。そして、聞くのが怖いと思いながらも、恐る恐る才人に尋ねた。

「お前、タバサおねえさまのことを覚えてるのね?」

「タバサ? 誰だよそれ、聞いたこともねえよ」

 ああ、やっぱりこいつらもまだ”治ってない”のね。と、シルフィードは胸が締め付けられる思いをした。あんなに何度も冒険をしたこいつらでさえ、まだタバサおねえさまのことを忘れたままでいる。

 けど、それはまだチャンスが残っている証だともシルフィードは思った。なぜなら、皆の記憶が戻ってないということは、あの計画は完了していないということでもあるからだ。こんなところになんで才人やルイズがいるのかはわからないけれど、これがチャンスならタバサは必ず生かすはずだとシルフィードは思い立った。

「お前、シルフィはすぐここから出ないといけないの。ちょうどいいから助けるの!」

「はあ? なんで今会ったばっかの奴の言うこと聞かなきゃいけねえんだよ!」

「今会ったばっかりじゃないの。お前は忘れてるかもしれないけど、シルフィは何度もお前たちを助けてやったことがあるの! 大恩人のシルフィのために尽くすのはお前たちの義務なのね!」

「なに言ってんだ、こいつ?」

 才人はおかしなものを見るように顔を背けるばかりだった。無理もない、今の才人とルイズはタバサもシルフィードのことも忘れたままでいる、話が通じるわけがないのだ。

 ルイズは言い争いを続ける才人に、「そんなことしてる場合じゃないでしょ! はやくなんとかしないとちぃ姉さまたちが」と、牢の奥に引っ張り戻した。 

 やっぱり話を聞いてもらえない。シルフィードは悲しくなった。どうして、どうして、シルフィは正しいことを言っているのに聞いてくれないのね? ……いいえ、それは甘えなのねと、シルフィードは思いなおした。せっかく、誰にも頼らずに強くなろうと誓ったばかりじゃないの。あんな頭の固いとんちんかんたちには頼らない。自分の力でこんなとこ出ていくのね!

 シルフィードは決意すると、人間の体のままで思いっきり鉄格子に体当たりした。

「どりゃあなのね!」

 激しく金属がきしむ音が鉄格子から響く。もちろんそんなことで壊れるようなことは絶対にないが、シルフィードにとってはまず実践することが大事なのだ。

 だが、その音を聞いて血相を変えたのは才人たちだった。隣の鉄格子から震えた声で叫んでくる。

「おお、お前! なにとんでもないことしてんだよ!」

「ふん、お前たちみたいなわからずやなんて知らないのね。見てるのね、こんなせまっ苦しいところ、すぐに出ていってやるのね!」

「だめだめ止めなさい! この牢屋は無理にこじ開けようとしたら爆発するんだから」

「きゅい爆発!? お前の魔法みたいになっちゃうのかね!」

「なんで惨劇でわたしの魔法を一番に連想するのよ! って、なんでわたしの魔法が爆発だって知ってるの?」

 シルフィードからしたらもはや見飽きた光景だったが、ルイズは初めて会う相手に自分の魔法について言い当てられて怪訝に思った。

 本当に、この妙な青髪の女とどこかで会ったことがあるんじゃないのか? でも、こんな一度見たら忘れられないような変な女とどこで?

 頭をひねる才人とルイズを、シルフィードは「しょせん百年も生きてないお子ちゃまはそんなもんなのね」と、小馬鹿にして才人とルイズは「なにを!」とむきになる。もちろんそんなことをやっている間にも、街の郊外ではカトレアがサラマンドラを必死に食い止めているのだが、二人とも持って生まれた地の性格は変えがたかった。

 しかし、不毛な言い争いが続くかと思われたとき、いつの間にか牢の前にひとりの少女が盆を持って立っていた。

「あのぉ……お食事をお持ちしたのですが……」

「あん?」

 困った顔で立っている少女は囚人の給仕役らしく、手に持った盆にはパンなどの食べ物が並んでいた。

 だが才人たちはとても食べている余裕なんかはない。けれどシルフィードは別で、食べ物を見ると目の色を変えて飛びついていった。

「やった! ごはんなのね、ごーはーん!」

 引ったくるようにして盆を取りあげ、食べ物にかぶりつくシルフィード。その行儀も知ったことではないというふうな態度にルイズはあきれ返ったが、本当にシルフィードは空腹だったのだ。

 一心不乱に出された食事をほうばるシルフィードを才人とルイズは呆れた眼差しで眺めていたが、ふと食事を運んできた給仕の少女がシルフィードの顔を見つめてつぶやいた。

「あの……以前にお会いしたことがありませんか?」

「きゅい? お前なんかシルフィは知らないのね」

 今度はシルフィードが首を傾げる番だった。すると少女は恐縮しながらシルフィードに告げた。

「お忘れなのも無理はないです。わたしはナーニャというのですが、一年ほど前に、わたしが人さらいに売り飛ばされそうになったとき、あなたが竜に変身して助けてくださいました」

「あ、ああ、思い出したのね。あのときの娘たちの中にいた子なのね」

 シルフィードはパンと手を叩いて笑みを浮かべた。

 もうかなり前のことになる。シルフィードがタバサに使い魔として召喚されてすぐの頃、お使いに出されたシルフィードは人間社会のことがわからずに、迷った末に人さらいの馬車に乗せられて連れ去られてしまったことがあった。

 そのとき、馬車の中には同じようにさらわれてきた少女が何人か乗っていた。さすがに名前も聞いていないし顔も覚えていないのだけれど、トリステインからガリアまで国境を超えようとしたとき、賄賂で人さらいの一団を見逃したガリアの関所の役人たちの悪辣さに怒って、シルフィードは人化を解いて大暴れした。そのときのことを、この少女は見ていたのだろう。

「人間が竜に変わるなんてあるわけないとみんな言いますけど、わたしは信じます。あのとき、あなたが助けてくださらなかったらわたしは奴隷として売り飛ばされて、どうなっていたか」

「そ、そう頭を下げられると困っちゃうのね。きゅう……あのときは、本当は……るーるーるー」

 実際のところ、シルフィードは感謝されて気恥ずかしかった。確かに暴れはしたけれど、そのあと人さらいの一団の中にいたメイジの魔法で捕まってしまい、結局駆けつけたタバサが一団を捕まえてくれたのだ。

 この子はタバサに助けられたこともシルフィードのおかげと思うようにされているのかもしれないが、やってない仕事で得意気になるほどシルフィードも図々しくはない。褒め殺しのような居心地の悪さに気まずくなったシルフィードは、とっさに話題を変えようといた。

「そ、それでナーニャ、あのとき捕まってた子はみんなおうちに帰ったはずだけど、どうしてあなたはこんなところにいるのね?」

「はい、わたしもトリステインへ返されるはずだったのですけれど。わたしはある商家の妾の娘で、売り飛ばされるのも嫌ですが、家に帰るのもためらわれていたとき、彼が声をかけてくれたんです」

「彼?」

「はい、こちらの……」

 すると、階段の影から若い看守が現れて、シルフィードに向けて頭を下げた。

「はじめまして、ぼくはここで働いているチボーといいます。実はあのとき、ぼくもあの関所に見習いとして居ました。あの関所で不正がおこなわれているのは知っていましたが、勇気のないぼくは見ているしかできない日々が続いていました。けれど、ぼくもあきらめて腐り始めていたあの時にあなたが教えてくれたんです。正義は必ず勝つんだって」

 若い看守が眼を輝かせながら言うのを、シルフィードはあっけにとられながら聞いていたが、それで事の次第を理解したルイズが続きを言った。

「ふーん、それであなたは困ってるこの子に声をかけたってことなのね」

「はい、もう役人には嫌気が差しました。ですが、正義のために働くのはぼくの夢だったんです。ですからこうして、この街でナーニャといっしょに一からやり直しています」

 そうして幸せそうに肩を寄せ会う二人を見て、ルイズはぷいっとほっぺを膨らませてそっぽを向いてしまい、シルフィードは「熱々なのねーっ」と、体をよじらせながら興奮している。

 しかし、思出話にひたってばかりはいられない。彼らは牢に入れられているシルフィードに、鍵を取り出しながら告げた。

「今なら、誰にも気づかれずにここから出してあげられます。逃げてください」

「きゅい? あ、ありがとうなのね!」

 出られるとわかったシルフィードは飛び上がって喜んだ。だが、それを見たルイズは怒ったように遮った。

「ちょっと待ちなさいよ。いくら恩人だからって、こんな怪しい奴を簡単に外に出していいの? あなたたち、自分の仕事に誇りを持ってないの!」

 その訴えはもっともなものだった。看守という大事な仕事に私情を持ち込んでいいはずはない。それでは形は違うが賄賂を受けていた役人たちと同類だ。

 ルイズの糾弾に、シルフィードはこんなときに余計なこと言うんじゃないのねとプリプリ怒っているが、筋を通さないことはどうしても許せないのがルイズという人間なのだ。

 すると、チボーはこう答えた。

「ぼくはここをクビになるかも、もしかしたらぼくが投獄されるかもしれません。けど、この人が投獄されなければならないような罪を犯したとはどうしても思えないんです。ぼくは、たとえこの仕事の役割からは背くとしても、ぼくに戦うことの大切さを教えてくれたこの人を信じます」

 一途な少年の眼差しは、恐れを知らない若々しさで満ち満ちていた。

 ルイズは、はぁとため息をついた。なんのことはない、この少年も才人やギーシュたちの同類らしい。本当にもう、男というやつはどいつもこいつも、まともなやつはいないんだろうか。

 チボーの鍵で牢の扉は開けられた。だがシルフィードはそのまま外に出る前に、ルイズと才人の牢も指差して言った。

「お願いなの、こいつらも出してあげてほしいのね」

 その頼みに、二人は戸惑った。彼らにとって才人とルイズはオルレアン公の臣下を暗殺しようとした極悪人である。しかしためらう二人にシルフィードは言った。

「大丈夫なの、こいつらは変な顔してるけど中身は正義の味方なの。頭が悪いからきっと悪いやつの罠にはめられちゃったから、助けてあげるの。ほら、お前たちもお願いするの」

「ぐ、ぐぐぐ……」

 言いたい放題言われてキレかかる才人とルイズであったが、一部は本当である。それに、こうして出してもらう以外に脱出の方法はない。二人は理不尽さに腸が煮えくり返る思いをしながらも、頭を下げて頼み込んだ。

「お、お願いします」

「わたしたちは、決して悪人ではありませんから出してください」

 屈辱を呑んで、二人はおとなしく頭を下げた。土下座とまではいかないが、かなり角度をつけて頭を下げており、その必死な様にはチボーとナーニャが驚くほどであった。本当ならそこまで頭を下げなくてもよかったかもしれないが、ちょっとでも頭を上げたらシルフィードのドヤ顔を見てしまいそうで本気でイヤだったのだ。

「わ、わかりました。わかりましたから、頭を上げてください」

 チボーは戸惑いながらも鍵を開けてくれた。

 鉄格子の扉が開くとき、二人は一瞬息を呑んだが、牢屋は爆発して崩れ始めることもなく静かにたたずんでいる。才人とルイズは喜色を浮かべてガッツポーズをした。

「やった! ざまあみろ」

「ちゃんと鍵で開けたら仕掛けは発動しないのね。あいつらも、外から開けられることまでは考えてなかったんだわ」

 なんのことかわからないチボーとナーニャは首を傾げるばかりだが、才人とルイズが凶悪犯らしく暴れることもないとわかると、ほっとしてうながした。

「さ、早く。ぐずぐずしていたら誰か来るかもしれません」

「あ、待ってくれ。その前にデルフ……おれの剣とルイズの杖を取り戻さないと」

 それなら下の倉庫にあるだろうと言われ、才人は真っ先に走り出した。ルイズも続き、シルフィードも「出してやったのにお礼もなしなのね?」と、騒ぎながら追っていく。

 そして願った通り、脱出不可能だと奴らは自信を持っていたのか、デルフとルイズの杖はそこにあった。

「うかつだぜ相棒。俺も今回はダメかと思ったけど、おめえは本当に運がいいらしいや」

「ああ、ブリミルさんのご加護かもな。ともかく急ごう」

 そのまま監獄塔を駆け降り、才人たちは外に出た。さすがに入り口には見張りがいるかもと思ったが、遅ればせながら街の郊外に現れたサラマンドラのことが知れ渡ったようで、役人たちは出払ってしまっていた。

 ラッキーだ。才人とルイズはうなづきあった。今なら追手がかかることもない。

「よし、急ごうぜルイズ」

「待ちなさいよ。走ってたらとても間に合わないわ。ここはわたしの『テレポート』で……」

「おい待て待て、怪獣と戦う前にお前の精神力が切れたら元も子もないだろ」

 才人の言う通り、対怪獣戦となったらルイズの虚無の魔法は切り札だ。精神力の消耗は少しでも避けておきたい。しかし、間に合わなかったらそれこそ意味がない。

 だが、ルイズが才人の反対を押しきってテレポートを唱えようとしたとき、シルフィードの高笑いが詠唱をさえぎった。

「あっはっはっなのね! お困りのようなのねチビ人間ども、今こそこのシルフィードさまの出番なのね!」

 高らかなシルフィードの宣言に、才人とルイズは当然嫌な顔をして、今はそれどころじゃないんだと怒鳴った。

 しかし、シルフィードは怯みもしないで胸を張っている。お腹も膨れて元気いっぱい、そして今こそ自分の働くべき時なのだから。

「見るのね、このシルフィードさまの本当の姿を!」

 変化の魔法を解除したシルフィードの姿が光に包まれ、才人たちが目をつぶった一瞬のうちに、そこには元の風韻竜の姿に戻ったシルフィードが座していた。

「うわぁっ、ドラゴン!?」

「ふっふーん、驚いたかのね?」

「ド、ドラゴンが、ドラゴンがしゃべったぁ!」

「むふふ、いいねいいのね。本当なら高貴な韻竜種のわたしへの無礼に怒るところだけど、そのびっくりした顔に免じて許すのね。おっとっと、こんなことしてる場合じゃなかったのね。早く乗るのね」

 愕然としている才人とルイズにシルフィードは背中を見せた。けれど、シルフィードとともに戦った記憶を無くしている二人がためらっているところに、シルフィードは喝を入れるように叫んだ。

「なにしてるのね! いくらお前たちがシルフィのことを覚えてなくても、タバサお姉さまといっしょに戦った日々が無くなってしまったわけじゃないのね。お前たちを何度も助けたタバサお姉さまのことを、本当に全部忘れてしまったというのかね!」

「誰よタバサって……って。タ……バサ?」

 初めて聞く名前のはずなのに、異様に胸がざわつくこの気持ちはなんなんだろう。ルイズの脳裏に、風竜に乗って空を飛ぶ誰かのビジョンが一瞬走り、才人も同じように頭を押さえていた。

 これはなに? タバサ……まるで犬猫につけるようなおかしな名前だが、この名前の誰かが、自分たちのそばにいた。けど、どうしてそれを思い出せないの?

 動揺するルイズと才人。しかし、悩んでいる場合じゃないと、シルフィードはさらに叫んだ。

「ああもう、ぐずぐずしてるんじゃないの! シルフィも忘れてたけど、だったら自分を信じればいいの!」

「自分を……わかったわ。サイト、このドラゴンを信じましょう」

「ルイズ、いいのか?」

「サイトもわたしと同じものを感じたんでしょう。タバサって子が誰なのか思い出せないけど、悪い気はしないわ。それに、人が自分を信じれなくなったら終わりじゃない!」

 才人を召喚する以前、学院で孤立している時でも、貴族の誇りを胸に決して自分を見捨てることだけはしなかったのがルイズだ。それが虚勢であっても、自分で自分を支え続けたからこそ今の自分がいる。

 ルイズの決意した眼差しに才人もうなずいた。この目、この気高い目をしたルイズが才人の心を震わせるのだ。

「よし、乗せてもらうぜ。ええっと」

「シルフィードさまと呼ぶがいいのね」

 才人が先にシルフィードの背中に登り、ルイズに手を貸して引っ張り上げた。

 その様子をシルフィードは黙って見ていたが、ふとチボーとナーニャの二人が自分を見上げているのに気がついて首を動かした。

「風竜さま、あなたはやはりあのときの風竜さまだったのですね」

「そうなの。本当は風韻竜という偉くて特別な種族だけど、今回はあなたたちに助けられたのね。チボー、ナーニャ、ありがとうなのね」

「そんな、わたしたちは、そんなたいしたことなんて」

「ううん、たいしたことなのね。二人とも、お幸せに。そして誇るといいのね。お前たちは今日、世界を救ったんだからね」

 そう告げると、シルフィードは力強く翼を広げた。まだ傷が癒えきっていない鈍痛が走るが、今は気にもならない。

「行くのね!」

 翼を羽ばたかせ、シルフィードは疾風と砂ぼこりを残して飛び上がった。その弾丸のように空へと消えていく後ろ姿を見送って、チボーとナーニャは不思議そうにつぶやいていた。

「どうしてだろう……あの日あの時に、もう一人誰かがいたような、そんな気がする」

「うん、わたしもよ。あの日、わたしたちをさらった傭兵団の団長を倒したのって、もしかして。ううん……ご武運を」

 二人も胸に渡来する違和感を感じながら、今はただシルフィードの無事を始祖に祈った。

 お前たちは世界を救ったというシルフィードの言葉の意味を、この二人が理解できる日は来るのか? だが、いずれにせよ遠い日の話ではない。そして、タバサにとっては行きがけの成り行きでおこなったにすぎない善行がシルフィードと才人たちを救った。その人の世の縁が生み出す力がどれほど強いのかを、これから彼らは証明しなくてはならないのだ。

 

 

 飛び立ったシルフィードは馬などとは比べ物にならない速さで空を飛び、あっという間に郊外で暴れているサラマンドラの近くへとたどり着いた。

「速い速い、すごいなお前」

「当然なのね。本当ならお姉さまの許した人しか乗せないのに、このわたしの背中に乗れるのを光栄に思うといいのね」

「はしゃいでる場合じゃないわよ。よかった、ちぃ姉さまたちはまだ無事よ」

 カトレアの作り出した土ゴーレムはかろうじてサラマンドラの攻撃に耐えていた。しかし、すでに形を保つのが限界なくらい全身がボロボロにされており、ジルもカトレアをサラマンドラの放つミサイルからかばって息も絶え絶えに疲弊している。

 飛翔するシルフィードにサラマンドラの注意が移ったことで、ジルは背負っていたカトレアを下ろして息をついた。

「どうやら、少しばかり命を長らえたようだね。竜……? あの竜は……」

「ルイズ、気をつけて……その怪獣には、どんな攻撃も効かないわ」

 精神力の限界にきていたカトレアは、いつもは温和な美貌をやつれさせながら弱々しくつぶやいた。カトレアは土のスクウェアメイジとしてトリステインでも有数の力を持つが、その彼女の巨大ゴーレムの放つ打撃も束縛もサラマンドラには通じなかったのだ。

 まさにギリギリの瀬戸際で間に合った。シルフィードから見下ろすカトレアの姿は、何度もサラマンドラの火炎攻撃を受けたと思えてひどく汚れており、一刻の猶予もないことを覚悟した。

「すぐに助けなきゃ。サイト、あの怪獣の弱点って」

「ああ、喉だけだ!」

 再生怪獣サラマンドラは強固な皮膚で全身を覆っているだけでなく、喉から発せられる再生酵素がある限りは木っ端微塵にしても蘇る不死身の能力を持っている。

 つまり中途半端な攻撃はまったく無駄。カトレアのゴーレムは相当な力を持つのに追い込まれているのはそこにある。

「じゃあ喉にエクスプローションを当てられればいいけど、ここからじゃ見えないわ」

 サラマンドラはシェパードのように尖った頭を持ち上げてこちらを見上げてきている。しかし、喉だけはたくみに隠してこちらに見えるようにはしていない。

 こいつのさらにやっかいなところは、喉が自分の唯一の弱点であることを知っていることだ。敵に対しては常に喉を隠すようにし、攻撃のチャンスを得るのは至難の技と言える。

 今回は前のように超兵器もない。やはり戦うには変身するしかないのかと才人とルイズは覚悟した。だがそんな二人の決意に水を差すように、シルフィードが茶々をいれてきた。

「おまえたち、なにをのろのろしてるのね。あんな怪獣、お姉さまならちゃちゃっとやっつけちゃうのね。シルフィは忙しいんだから、早くかたづけてくれないと困るのね」

 その言いぐさに才人たちもカチンとくる。

「こいつめ、あの怪獣がどれほどやっかいな奴か知らないからそんなことが言えるんだ。前におれたちがサラマンドラを倒すのに、どれだけ苦労したか」

「ふん、そんなのお前たちがへっぽこだからいけないのね。タバサお姉さまは、自分よりずっとでっかい怪獣だってやっつけてきたすごい人なのね。『雪風』ってかっこいいあだ名まで持ってるのね、悔しかったら頭を使うといいのね」

 才人はぐぬぬと殴りたくなる気持ちを抑えた。お前にだけは頭を使えとか言われたくない。

 それに『雪風』だって? かっこいいじゃないか! かっこいいあだ名は男子の憧れなんだぞ。ん……雪……風?

 才人はふとピンとくるものを感じた。雪と風、それぞれ違うもの……頭を、頭を使う?

「サイト、なにをぶつぶつ言ってるの?」

 ルイズが突然考え込み始めた才人にいぶかしんで話しかけた。今は一刻を争う時なのだ。

 だが、才人はなにかを閃きかけていた。

 そう、サラマンドラの弱点は本当に喉だけなのか? 確かにサラマンドラは喉を潰さない限り、どんな攻撃も無意味だ。

 しかし、それはミサイルやレーザーで攻撃する場合の話。ここはハルケギニア、地球ではできない戦い方がある。

 サラマンドラの特徴を才人は思い出す。サラマンドラはただの怪獣ではなく、宇宙人が一体化して操っているタイプの怪獣だ。もし融合している宇宙人を攻撃することができれば……地球の武器では無理だが、ここでなら。

「ルイズ、確かお前のエクスプロージョンって……」

「え? ええっ! そんなの、いくらなんでも。わたしの虚無でも、やったことないし、そこまでできるかはわからないわ」

 ルイズは才人の提案してきた作戦の突拍子もなさに驚いて自信無げに答えた。それは、確かに理論上は可能だが、あまりに無茶ぶりが過ぎるように思えたからだ。けれど、才人はルイズを励ますようにまっすぐにルイズの顔を見据えて言った。

「できるさ。ルイズの魔法がハルケギニアで一番すげえのはおれが誰よりもよく知ってる。それに、おれのガンダールヴの力はおれが心を震わせるほどに力を貸してくれた。なら、なら虚無の魔法だってそうに違いないぜ。だろ? デルフ」

「ああ、虚無の魔法も感情が鍵だってことには変わりねえさ。やってみろよ娘っこ、おめえに眠ってる力を呼び起こすのは、おめえの勇気以外にねえ」

 デルフにも励まされ、ルイズはぎゅっと杖を握りしめて決意した。

「わかったわ。や、やってみる」

 しかしサラマンドラは悠長に待ってはくれない。旋回するシルフィードに向かって、尖った鼻から放射する真っ赤な高熱火炎が延びてくる。

「ひゃわわわ! お前たちいつまでごちゃごちゃしゃべってるのね。危うく丸焼けにされるところだったのね!」

 寸前で火炎を回避したシルフィードが悲鳴を上げた。さらに、サラマンドラは鼻からミサイルを放ってこちらを撃ち落とそうとしてくる。シルフィードは必死に身をよじってかわすが、シルフィードの機動力でなければとても避けきれなかっただろう。

「は、早く、本当に早くなんとかしてなのねーっ!」

 シルフィードが叫ぶ。乗っている才人とルイズも、自分たちが狙われているのを理解して叫んだ。

「やべえ! 奴め、おれたちが逃げ出したことに気づいたな。ルイズ、魔法が完成するまで絶対呪文を途切れさせるなよ」

「誰にもの言ってるの? あんたこそ、呪文が完成するまでにドジ踏んだら殺すからね」

 二人は目配せしあい、それぞれの役目へと移っていった。ルイズは呪文を唱え、そして才人はシルフィードの耳元で告げる。

「おい、シルフィードって言ったよな。いいか、あの怪獣はこっちを狙うときでも自分の弱点の喉だけは絶対にこっちには向けないはずだ。そこが死角だぜ」

「きゅい、簡単そうに言ってくれるのね。でも、見せてやるのね。雪風の相棒の『風の妖精(シルフィード)』の速さを」

 シルフィードの誇り、タバサからもらった名前に恥じないためにも、こんな奴に撃ち落とされるわけにはいかない。瞳を鋭く光らせ、サラマンドラの放つ攻撃の射線を先読みしてかわす。

「右なの!」

 高熱火炎がシルフィードのすぐそばをかすめて行った。その間に、ルイズは精神力を込めて虚無の呪文を詠唱する。

「エオルー・スーヌ・フィル・ヤルンクルサ・オス・スーヌ……」

 天使の旋律にも似たルイズの詠唱が流れる。才人はそれを聞き、ガンダールヴの力を失って久しくとも胸の奥が熱くなるのを感じた。

”頼むぜ、ルイズ”

 けれど相手は巨大怪獣。詠唱を完全にして精神を狙いに集中した一撃でなければ効き目はない。しかし虚無の詠唱は長く、完成するためには時間が必要となる。

 そこへ、サラマンドラは今度は鼻先からのミサイルを放ってきた。シルフィードはそれを懸命にかわすが、今度は弾幕が濃くて避けきれない。そこへ、才人がシルフィードの耳元で叫ぶ。

「上だ! 奴の上に逃げろ!」

「きゅい? なに言ってるのね。真上なんて、すぐ狙われちゃうのね」

「いいから、そこしか逃げ場はねえ!」

「えーい! もう破れかぶれなのねーっ!」

 シルフィードは才人の言う通りに、いちかばちかサラマンドラの真上へと飛んだ。

 むろん、サラマンドラは真上へきたシルフィードに対して、首を持ち上げてミサイル弾幕を放って……こなかった。

「きゅい? ど、どうしてなのね?」

「やっぱりな。真上を向けば、奴は弱点の喉をおもいっきり晒すことになるからな。言っただろ、奴はトラウマになるほど自分の弱点を晒すことを嫌がってるんだ」

 普通の怪獣ならば多少のダメージを受けるリスクを覚悟で攻撃に来る。だがサラマンドラはなまじ不死身ゆえに、さらに今はかつて唯一の急所を狙われて倒されたことから臆病すぎるほどに急所を守ってしまう。その精神的な落とし穴がサラマンドラのもうひとつの弱点だったのだ。

 そして、才人とシルフィードの稼いだ時間のおかげで、ついにルイズの虚無の魔法の詠唱は完成した。ルイズは詠唱とともに研ぎ澄ませた意思を込めて、サラマンドラに向かって杖を降り下ろした。

 

『エクスプロージョン!』

 

 ルイズのもっとも得意とする破壊の爆裂魔法の魔力がサラマンドラに吸い込まれる。

 刹那、その内部に浸透した破壊のエネルギーが漏れだし、サラマンドラはイルミネーションのように輝いた。フルパワーの虚無の魔法の威力は系統魔法の威力を大きく越えており、その巨大な魔力の奔流には、スクウェアクラスのメイジであるカトレアでさえ戦慄して見とれてしまったほどだ。

 しかし、不死身のサラマンドラにはこれでも致命傷にはなり得ない。ただし、今回のエクスプロージョンはサラマンドラを直接倒すことを狙ったものではなかった。

「やったか?」

 才人が叫ぶ。その手には精神力を使い果たして疲れきったルイズの肩が抱かれている。今の一発でルイズの力は使いきった。これでだめならば後はない。

 そのときであった。それまでどっしりとそびえ立っていたサラマンドラの体がゆらりと揺らぐと、目が白目にひっくり返り、悲鳴のように叫びながら倒れこんだのである。

「やった!」

「す、すごいのね。いったいなにをやったのね?」

 サラマンドラはそれまでの不死身ぶりが嘘のように倒れこんで泡を吹いている。死ぬほどではないようだが、すぐには動けないくらいの大ダメージを与えたのは確実なようだ。

 でも、あの不死身の怪獣にどうやってダメージを? すると、いぶかしんでいるシルフィードに才人が得意気に説明した。

「ルイズのエクスプロージョンは、ただぶっ壊すだけの魔法じゃないのさ。サラマンドラの細胞の中に隠れた、操っている宇宙人を狙って攻撃したんだよ」

「きゅいっ? よ、よくわからないけど、すごいのね」

 戸惑うシルフィードに、ルイズも誇らしげに口元を歪めてみせた。

 虚無の魔法は始祖ブリミルいわく、小さき粒を成すさらに小さな粒に影響を与える力だと言う。初歩の初歩であるエクスプローションもその内に入り、単純な攻撃魔法としての使い方の他に、ルイズの意思に応じて狙った対象物だけを破壊するという隠れた効果を持つ。これを使えば、たとえば船の中にある風石だけを狙って消し去るという芸当も理論上は可能なのだ。

 今回も、サラマンドラの細胞と融合した宇宙人だけを狙って攻撃したわけだ。司令塔である宇宙人がダメージを受ければ、いくら入れものであるサラマンドラが不死身でも動けなくなる。地球の科学力でもウルトラマンの力でも不可能で、ルイズの魔法ならば可能な攻略法。ルイズを信じた才人のひらめきの勝利であった。

 けれど、サラマンドラは死んだわけではない。サラマンドラの体内の宇宙人たちもダメージでの混乱が収まれば再生能力で復帰してくるだろう。

 ならば、こちらがとるべき道は一つしかない。

「奴がグロッキーのうちに逃げるぜ!」

「きゅいっ!?」

 シルフィードは驚いたが、才人は今度はルイズといっしょにシルフィードの耳元で叫んだ。

「今は怪獣退治をしてる場合じゃねえ。あいつがオルレアン公の使者なら、今ガリアでこれ以上暴れられねえだろ」

「そうよ。逃げるのは悔しいけど、あいつはただの尖兵だわ。倒さなきゃいけない親玉、陰謀を巡らせている黒幕はリュティスの王宮にいるはずよ!」

 その言葉に、シルフィードもはっとした。そうなのね、王宮、あそこにきっとお姉さまも。

 シルフィードは納得すると、下降して着陸してカトレアとジルも背中に乗せた。そしてそのまま離陸し、眼前に見えるリュティスの街へと翼を向けた。

「へへーん、追いつけるものならやってくるがいいのね」

 ここぞとばかりにシルフィードが勝ち誇るが、サラマンドラはまだ倒れて痙攣したままで追ってくる様子はない。けれど、もうすぐすれば回復して撤退していくだろう。

 ただし、今回は引き分けに終わったが、次に会うときには戦わねばならないだろうと才人とルイズは覚悟した。ここまでして準備された陰謀の結末がただで済むとは思えない。奴らは必ず立ちふさがってくるに違いないのだから。

 リュティスの街の目立たない一角に着陸体勢に入ったシルフィードの背で、ルイズはつぶやいた。

「ついに敵の足元まで来たわね。ここまで来たら、必ず無能王の陰謀を暴いてみせるわ。本物のオルレアン公の名誉のためにも……」

 民を守るべき王族が、死んだ弟まで利用してなにを企んでいるのか。ルイズは憤りを禁じ得ない。家族を自分の欲のために利用するなんて、ルイズには想像もできないことだ。

 許せないという強い怒りがルイズの胸に再来する。そんなルイズの胸中を察してか、カトレアがルイズに優しく告げた。

「焦ってはなりませんよルイズ。敵は一国の王、本来なら私たちなどではとても太刀打ちなどできません。あなたには、どんな力があるのか、よく考えてから挑みなさい」

 そう諭すカトレアの顔にルイズは、母カリーヌや姉エレオノールの面影を見た気がした。家族の中では一人だけ雰囲気が異なるとよく言われるカトレアであるが、やはり魂の根っこの部分ではよく似ている。

「わかりました、ち……お姉さま。大丈夫です。わたしにあるのは虚無の魔法だけではありません。サイトやお姉さまたちや、それにトリステインにも頼りになる仲間がいるのですから」

 国に残ったアンリエッタ女王らも、何かの行動を起こしていることだろう。それに才人も、別行動しているミシェルたちのことを思い出していた。

 また、シルフィードはタバサのことを思っている。このリュティスに来れば、必ず会えるはずだと。そのために、来たのだから。

 

 

 そうだ。どうなろうと、ガリアの未来を決めるための決着は、このリュティスでつけることになる。

 オルレアン公の軍勢は一直線にリュティスを目指し、ジョゼフはそれを待ち受けている。

 果たして数日もせずにリュティスに起こることとは何か? ただ一つわかることは、陰謀を進めようとする者も、止めようとする者も、このリュティスに集結するに違いないというのみだ。

 ガリア王国にとって、その瞬間が新たな日の出となるのか、滅亡という日没となるのか、知る者はまだ誰もいない。

 

 

 続く


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