ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

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第52話  新しいガリアへ

 第52話

 新しいガリアへ

 

 バット星人グラシエ

 宇宙恐竜 ハイパーゼットン 登場

 

 

〔この地鳴りはなんだ! 一体何をしようとしている〕

 不気味な鳴動を続けるハルケギニアの大地。ハイパーゼットンを封印したというのにまだ続く異変。そしてすべての戦力を失ったはずなのに高笑いを続けるグラシエに向けてエースは怒鳴った。

 するとグラシエは笑うのをやめると軽く咳ばらいをして、得意げに解説を始めた。

「失礼、簡単なことですよ。確かにハイパーゼットンの本体はあなた方の光の結界で封じられました。ですが、ハイパーゼットンはこのハルケギニアの大地に深く根を張ってエネルギーを吸い上げていました。そして、私が集めてきた感情のエネルギーを始めとしたパワーの数々……それがまとめて大地に戻ったらどうなると思いますか?」

〔どうなるというんだ!〕

 エースが叫び返す。するとグラシエは待ってましたとばかりに芝居げに答えた。

「決まっているじゃないですか。大爆発ですよ」

〔なっ!〕

「もうあと数分で、ハルケギニアの大地全てが火山のように炎を吹き上げるでしょう。フフフ、ハイパーゼットンの自爆を防いだというのに、母なる大地そのものに引導を渡されるとはなんたる皮肉! ハハハハ」

 高らかに笑うグラシエにエースは光線技の構えをとりかけたが、それをゾフィーが静止した。

〔待てエース。我々のすべきは、一刻も早く暴走しているエネルギーを止めることだ〕

〔ゾフィー兄さん、しかしいったいどうやって?〕

〔……〕

 ゾフィーにもすぐにいい案などあるわけがない。怪獣を相手にするならば、どんな強大な相手でも臆することは無いが、星の爆発を防ぐなどはウルトラマンの力を超えている。

 相手はハルケギニアの底に溜まった膨大なエネルギーそのもの。水を吸いすぎた果実が裂けて弾けようとしているようなもので、これに外から力を加えるのは自殺行為だ。かといってファイナルクロスシールドを解除すればハイパーゼットンが自爆するだけで何も変わらない。

 望みは、情報は全体に共有されているので地球のGUYSも対策に乗り出しているだろうが、あとたった数分でなにができようか

 絶望……打てる手が何も無くなったことに、水精霊騎士隊の皆はがっくりと肩を落として悔しがった。せっかくここまで頑張って奇跡に次ぐ奇跡を起こしてきたというのに、最後の最後はハルケギニアの滅亡だなんて。

 ウルトラマンたちも何もできない。時間さえあればガイアやアグル、我夢や藤宮なら何か打開策を見つけられたかもしれないが、状況を分析する時間さえない。本当に、もう全部終わりなのか……?

 なす術を失い、手をこまねくしかできない人間やウルトラマンたちをグラシエは愉快そうに見渡し、満足すると、うやうやしげにお辞儀をしながら言った。

「さて、爆発に巻き込まれるので私はこのあたりで失礼いたしますよ。名残惜しいですが、お別れです皆さん」

〔待て、逃げられると思うか貴様!〕

 エースがグラシエの逃げ道を塞ぐようにメタリウム光線の構えをとりながら叫ぶ。しかしグラシエは悠々としながら笑うのをやめない。

「私を捕らえても、もう止めることは不可能ですよ。ついでにお教えしますが、このハルケギニアという、若くみずみずしい生命力に満ちた惑星の内部には莫大なエネルギーが秘められていました。それこそ、ハイパーゼットンがいなくても何かのきっかけがあれば、星そのものを粉々に吹き飛ばすほど巨大なエネルギーがね。そんなものの上でのほほんと実験をしていたとは、我ながら冷や汗が出ますよ」

〔まるで、自分は何も悪くないような言い草だな〕

「ええ、もちろん」

 

『メタリウム光線!』

 

 何一つ悪びれることのないグラシエに、ついにエースと才人たちの堪忍袋の緒が切れた。虹色の光波熱線がグラシエを包み込んで突き抜ける。

 しかしどういうことか。メタリウム光線が通り抜けた後、グラシエは何事もなかったようにそこに浮かんでいた。

〔光線が、すり抜けた?〕

〔ホログラフィか〕

「ええ、ウルトラマンが十人以上もいるところに長居するほど私は命知らずではありませんので。適当なところで入れ替わらせてもらいました。まあ、ホログラフィが送れるほど近場に居たら危ないので退散しつつあるのは本当ですが」

 見ると、グラシエの姿が少しずつ薄れ、ノイズが入ったように乱れ始めている。この様子からすると、グラシエはすでに惑星上にはいないのであろう。

「せっかくなので、もう一度お礼を申し上げておきましょう。ガリアの王様をはじめハルケギニアの皆さん、本当にお世話になりました。あなた方の素晴らしい感情のエネルギーのおかげで、我々の研究ははかどりました。そしてウルトラマンの皆さん、あなた方のおかげで実戦データもふんだんに取れました。苦労もありましたが、実に有意義な一時でしたよ」

 結局、最後までグラシエのいいように使われただけだったのか。悔しさが湧いてくるが、それを察したようにグラシエは笑う。

「まあまあ、いつものように宇宙人が追い詰められて倒されるばかりではつまらないでしょう。なにより、私が何もしなくてもこの星の滅亡は決まっているのですから」

〔なに?〕

「それは、おおっと、そろそろ限界のようですね」

 グラシエのホログラフィーが乱れ、声にもノイズが入り出す。もうハルケギニアからかなり離れたのだろう。そして、今にも消えそうになるグラシエは、笑いながらある事を言い残した。

「では、最後に皆さんへの謝礼代わりにいいことをお伝えしておきましょう。あの”悪魔”は間もなく活動を再開します。不完全なハイパーゼットンより、はるかに凶悪な存在になってね」

〔あの悪魔……まさか!〕

「ご名答。あなた方の宿敵は、確実にこの星を滅ぼすでしょう。まあそれも、今日ここでハイパーゼットンを止められればですが、もしうまくいったら私もあなた方を応援しますよ。あれとはそりが合わなさそうですし」

〔どの口が言っている〕

「これは傷心。では親愛なる皆さん、ハイパーゼットンが完成する何百年か何千年か先にまたお会いしましょう。アディオス」

 芝居がかったお辞儀を最後に、グラシエの姿は完全にハルケギニアから消滅した。

 ハイパーゼットンの完成には、まだ長い年月がかかる。しかしバット星の科学力ならばいずれ必ず完璧なハイパーゼットンを完成させ、光の国に……いや、全宇宙に牙をむいてくることだろう。

 そのときにバット星人の野望を食い止める者は、ここにいるウルトラマンたちの誰かか。それともまだ見ぬ戦士か……今は神さえも知らないが、それは必ず来る未来だ。ただしその未来にハルケギニアが残っているかは、今日この時にかかっている。

 地の底からの不気味な鳴動に苛まされるハルケギニアの国々。ハルケギニアには人間や動植物の生命エネルギーの他に、精霊の力の結晶である風石や土石も埋蔵されており、以前にシャプレー星人によって大量に持ち出されたとはいえ、それらに一気に火がついたらどうなるかは想像もできない。

 よくてハルケギニアが壊滅。下手をすればサハラや外の世界にも甚大な被害をもたらす。最悪の場合は星自体のエネルギーに誘爆してグラシエの言う通り星そのものが吹き飛ぶだろう。

 トリステインではラグドリアン湖の水が怯えるように波打ち続け、湖畔の森からも鳥たちが飛び立っていく。人々は空が闇に閉ざされた日々のことを思いだし、祈りの言葉を繰り返すしかない。

 浮遊大陸アルビオンは影響を免れてはいたものの、大陸外延部の港町では地上が見たこともないような不気味なオーラに包まれているのを目撃した市民が大勢いた。

 ゲルマニアでは城塞都市を襲っていた怪獣たちが慌てて海へ逃げていき、ロマリアでは教皇の空位を埋めるための入り札が行われていたが、地鳴りに教皇候補者のほとんどが災厄の再来だと恐怖して逃亡した。

 そして、崩壊の中心となっているガリアでは火竜山脈の残った峰々が噴火を初め、凶暴なはずの火竜やサラマンダーなどの幻獣や猛獣もパニックに陥っている。エギンハイム村では翼人たちが精霊の力の異常を感じ、アイーシャとヨシアが手を取り合って不安げな表情を浮かべている。

「精霊たちが、怒ってる……泣いてる。このままじゃ、大地そのものが……」

「アイーシャ、あの人たちを……信じよう」

 異変の根源へ飛び立ったシルフィードを見送ってから、エギンハイム村の人々もタバサたちの無事を祈り続けてきた。あの不思議で勇敢な人たちなら、今度もきっとなんとかしてくれる。彼らはそう信じ、心からの祈りを送り続けた。

 

 

 しかしもはや、ハルケギニアの崩壊はタバサたちにもどうすることもできなくなっていた。

 ハイパーゼットンのエネルギーが大爆発を起こすのは、人間どころかウルトラマンたちの力でも止められない。もうこのまま最期の時が来るのをじっと待つしかないのか……絶望がすべてを覆い尽くす。

 だが誰も、悪あがきすらできないそんな状況の中で、笑いながら歩みだした男がいた。

「どうやら、貯まっていた人生のツケを払える時が来たようだな」

 青い髪をなびかせながら、ジョゼフは不敵そのものと言っていい笑みを浮かべて言った。片手で杖を弄び、晴れの日にピクニックに行くような気楽な空気に、周りは気が触れたのかと感じて後ずさったが、タバサは知っていた。ジョゼフはどんなことがあっても自棄を起こすような男ではないと。

 タバサはゾフィーに頼み、変身を解除してジョゼフの前に降り立った。それに続いて才人とルイズ、キュルケも元に戻って合流する。水精霊騎士隊の前だが、すかさずタバサが唱えた『スリープクラウド』の魔法で意識を飛ばされていた。

 ジョゼフの前に立つタバサ。ついにウルトラマンにまでなったタバサにジョゼフは感心のような羨望のような目を向けていたが、タバサは簡潔に切り出した。

「いったい、何をするつもり?」

「後始末さ。世界を救ってやろうというつもりだ」

 その言葉に、さしものタバサもびくりと体を震わせた。才人やルイズも、この期にどんな手段があるのだと困惑したが、ルイズははっと気づいた。ジョゼフだけができること言えば、ひとつ。

「虚無の魔法を使うの?」

「そうだ。中枢にいるシャルルのもとに『テレポート』で飛び、最大の『エクスプロージョン』で中枢ごと吹き飛ばす。そうだトリステインの娘、これはお前が持っていくがいい」

 そう言ってジョゼフは手にはめていた土のルビーの指輪をルイズに投げてよこした。これがこの土壇場でジョゼフにテレポートの魔法を覚醒させた……いや、すでにテレポートの魔法を使えるルイズがそばにいるから素質をコピーしたのかもしれないが、そんなことはどうでもいいとジョゼフはルイズたちに語って聞かせた。

「テレポートの魔法ならば、途中の障害物は関係ない。そして虚無の魔法ならば”力”そのものを消し去ることができるはず。そうすれば溢れだしそうな力は縮退を起こして爆発は防げるはずだ」

 おおっ、と才人は興奮した声を発した。確かにそれならば、ハイパーゼットンを爆発を起こさせることなく倒せるかもしれない。

 しかし……それを実行すれば。タバサは悟ったような表情をしているジョゼフに問い質した。

「それをすれば、おとうさまは……あなたもどうなるの?」

「言ったはずだぞシャルロット。もう、シャルルを救い出すことは不可能だ。ならば、あいつがハルケギニアを滅ぼした大罪人になる前に共に逝ってやるのが、兄として俺のやってやれる唯一のことだ。後生だから我が姪よ、もはや止めてくれるな」

「虚無の魔法なら、他に方法は」

「ない。シャルルの元まで正確に跳べるのは俺だけだ。それになシャルロットよ。俺が無能王としてガリアでしてきたことの罪深さは自分でよくわかっているつもりだ。この世にもう、俺の居場所はどこにもない。ならせめて、少しでもよい方向に償わせてから死なせてくれ」

 懇願するジョゼフに、タバサもそれ以上引き留める言葉は浮かばなかった。

 タバサも、もう頭ではシャルルを助けることはできないのだと認めている。完全にハイパーゼットンと融合してしまったシャルルにしてやれる唯一の救いの道は、引導を渡してやることだけ。一度、父を失った悲しみを味わったタバサの胸に同じ痛みが蘇ってくる。

 いや、自分は一度受け入れているからまだマシだ。これから初めて父を失う悲しみを味わわなければならない者がここにいる。タバサはジョゼフを見つめて、一回うなづいて見せてから穏やかに口を開いた。

「わかった、あなたにお父さまをまかせる。でも行く前に、あなたに死んでほしくないと思っている人が、ひとりここにいることを知ってほしい」

 タバサに促されて前に立った少女を見て、ジョゼフの顔が目に見えて曇った。

「父上……」

「イザベラ……」

 親子の目が交差する。しかしそれは一瞬で、先に目をそらしたのはジョゼフだった。そのまま踵を返そうとするジョゼフだったが、タバサが杖をかざして道を塞いだ。

「死に逃げは許さない」

「むぅ……」 

 きっぱりと言い切ったタバサの前に、ジョゼフはため息を吐くしかできなかった。

 再びイザベラと向かい合うことを余儀なくされるジョゼフ。イザベラはジョゼフのコートの裾を掴み、歯を食い縛りながら長身のジョゼフを見上げていた。

 そんなイザベラの群青の瞳を、ジョゼフも無言で見下ろしている。以前までのジョゼフであれば、お前になど興味はないと無造作にイザベラを振り払っただろうが、以前の単なるわがまま王女ではなくなったイザベラの目の強さはそれを許さなかった。

 互いに何も発することなく見つめ合うジョゼフとイザベラ。今日にいたるまでろくに会話もしてこなかった親子の間で、いったい何を口火にすればいいのかどちらもわからないのだ。そんな二人を見かねて、タバサはイザベラにささやいた。

「迷うことはない。あなたがその人を、なんと呼びたいのかを言えばいい」

「……ち、父上……父上、父上!」

「父……お前はこんな俺を、まだ父と呼びたいと言うのか」

「そうさ! 悪いか! あなたがわたしのことをどう思ってるなんてわかってる。娘とさえ思ってない……愛してなんか、いないってことも。それでも、父上はたったひとりの父上なんだよ!」

 思う様に、滝のように涙を流しながらイザベラは吐露した。そして、そのまま拒絶されることも覚悟していたイザベラだったが、頭上からかけられたのは今まで聞いたことの無い優しい声だった。

「そうだな。すまなかったイザベラ」

「えっ?」

 思いもよらない言葉にイザベラが顔を上げると、ジョゼフは屈んでイザベラと同じ目線になってから言った。

「イザベラよ、俺は最低な男だ。父親としても失格で、親というものは子に何をしてやればいいのか皆目わからん。お前を娘とも思っていないというのもその通りだ。だが、そんな俺をまだ父と呼ぶのなら、俺も正直に話そう。俺はなイザベラ……お前のことが、うらやましかったのだよ」

「うら、やま……わたしを?」

 涙も引っ込むようなまさかの言葉。だがジョゼフは真面目な様子で言葉を続ける。

「ああそうだ。お前は、俺が欲しいと思って手に入らなかったものをみんな持っている。狭い王宮の外へ踏み出せる足、困難に立ち向かえる勇気、苦難に折れない心、どれも俺が持てなかったものだ。俺はそんなお前を、ずっとうらやましく見ていた」

「わたしを……見てた?」

「ああ……初めは不出来なお前がどうなろうとどうでもよかった。しかしお前は逆境の中でも何度も立ち上がり、乗り越えていった。そして困難を乗り越える度に、お前はさらなるものを手に入れた。シャルロットとの信頼、対等な友人……ついには伝説の力にまでお前は認められた。俺はそんなお前にいつしか感心するようになっていった。たいしたものだ、お前というやつは」

 それは父から娘に初めて送られた誉め言葉だった。頬を染めるイザベラに、ジョゼフは言葉を続ける。

「俺の人生はそうではなかった。俺はしょせん、あの狭い宮殿の中で一人踊りしていただけだというのが、外の世界で生きるお前を見てわかったよ。俺は抗っていたつもりで、実は何とも戦っていなかった。イザベラ、ただ八つ当たりを振り撒くだけだった俺を恨んでいような」

「恨んだんじゃない、怖かったんだよ。父上が、わたしに興味がないことが。でもそんなのもういいから、行かないで! わたしを一人にしないで!」

 泣きじゃくりながら懇願するイザベラに、ジョゼフは困った顔をするしかなかった。しかしジョゼフはイザベラの涙をぬぐってやり、しっかりと告げた。

「泣くなイザベラ。お前はもう、俺よりも知恵も勇気もずっと優れている。お前はもう、この父を超えたのだ。もう、お前に俺は必要ない。それにお前はもう一人ではない。シャルロットがいる、お前自身が縁を築いた者たちがいる。お前はこれから、その者たちと生きるがいい」

「うう……じ、女王の命令だぞ。死ぬな! 誰がなんと言ってもわたしが父上を守るから」

「聞き分けのない子だな。だが、優しい子だ。よくまあ俺の血からこんなできた娘が生まれたものだ。俺がこの世に生まれたことに意味があるとしたら、お前をこの世に残せたことだろう。だから俺は行かねばならんのだ。俺の唯一誇れる娘の、お前を死なせるわけにはいかん」

「父上、父上ぇ……」

「弱ったな。親とはこんなときどうしてやればよいのか俺にはわからん」

 べそをかくイザベラを前に、ジョゼフは心底困った様子で言った。するとタバサがささやいた、「抱きしめればいいと思う」と。

「こうか?」

「あ、あ……父上……」

 不器用ながらも優しくジョゼフはイザベラを抱きしめた。初めて感じる父の武骨な暖かさ……イザベラは自分の中にあった不安や悲しみがすっと溶けていくように感じた。

 最初で最後の親子の抱擁。ジョゼフは我が娘の体を抱きながら、イザベラの耳元でそっとささやいた。

「こんなにも柔らかく、いい匂いがするのだな我が子というものは。俺が今感じているものが愛情というものなのか確信は持てんが、この胸の安らぎはなんだ? シャルルのため以上に、お前を守りたく思える」

「ちちうえ……おとう、さん」

「礼を言うぞイザベラ。お前は俺の空虚だった心を埋めてくれた。お前は本当に素晴らしい娘だ。はっはっはっ、おかげであの世でシャルルに、娘の出来では俺のほうが上だったなと自慢してやれるわ」

「ばか……」

「その通りだ。だからなイザベラよ、俺たちの世代がやらかした愚行は、俺たちが地獄まで持っていく。俺たちが作れなかった、皆が幸福に暮らせるガリアを作ってくれ。さあそろそろ行かねばならん。お前は俺の分まで生きるのだ」

「うん……ねぇ、父上」

「なんだ?」

 もうわがままは言わないと覚悟を決めたイザベラの目をジョゼフはまっすぐに見た。イザベラは少し躊躇した後、赤面しながらたどたどしく言った。

「最後に……あ、愛してる、って、言って」

「愛しているぞ、我が最愛の娘イザベラよ。お前に愛されて、俺は幸せだった」

 堂々と、一切のためらいなくジョゼフは宣言した。イザベラは感極まって顔を抑えてひざから崩れ落ち、タバサにささえられた。

「シャルロットよ、すまぬがイザベラを頼む。イザベラよ、シャルロットと仲良くな。決して俺たちのようになるではないぞ」

 タバサも目に涙を浮かべながらうなずいた。

 ジョゼフは杖を持ち、呪文を唱えようと身構える。だが、はっとしたように才人が叫んだ。

「ちょ、ちょっと待てよ。ハイパーゼットンの中にジャンプしたら、呪文を唱える前にエネルギーの海で溶かされちゃうんじゃ」

 そうだとしたら大変なことだ。しかしそこへ、絶え絶えな呼吸で飛び込んできた者がいた。

「ジョゼフ様は、私がお守りいたします!」

「ミューズ……生きていたか」

 現れたのは、傷だらけで満身創痍のシェフィールドだった。タバサとの戦いで負った怪我が痛々しいが、そんなことには構わずにシェフィールドはジョゼフに寄り添った。

「あなた様がわたくしを忘れても、私はあなた様を忘れませぬ。それが使い魔としてではなく……私の決めた、ジョゼフ様への愛の形であります。私がマジックアイテムで結界を張れば数秒は持ちましょう」

「たわけものめ。そんなに死に急ぎたいか」

「ジョゼフ様のいない世界など、わたくしには何の価値もありませぬ。それにお忘れですか? 私に与えてくださった命令を」

「余の最期を看取れだったな……いいだろう、地獄まで共をいたせ」

「はい!」

 喜色を浮かべてシェフィールドは死出の道連れを受け入れた。他者から見たら異常でも、愛の形に貴賤などない。共に地獄に落ちれるならば、地獄の悪鬼どもからジョゼフ様をお守りして思いをお伝えする。シェフィールドの笑顔はそう言っていた。

 そしてシェフィールドはタバサに向かって一個の水晶球を投げつけて言った。

「それには私の知るこれまで全ての事が記録されている。お前たちの作る歴史で私たちを敗者と呼ぶも愚か者と呼ぶも自由にするがいいさ。だけど、世界を相手に戦ったジョゼフ様という偉大なお方がいたことだけは、忘れるではないよ」

 タバサは無言でうなづき、水晶球を懐にしまった。

 シェフィールドが額のミョズニトニルンのルーンを輝かせ、手に持った宝石を光らせ始める。恐らくは風石や土石などの精霊石を加工したマジックアイテムであろうが、ハイパーゼットンの中では本当に数秒持つかどうか。行ったきりで絶対に帰れない片道切符……しかし恐怖の色はまったく見せず、ジョゼフは最後にタバサとイザベラに向けて笑いかけた。

「さて、これ以上シャルルを待たせるわけにはいかんな。イザベラよ、シャルロットよ、ガリアを頼むぞ。迷ったときは、俺たち兄弟を思い出して反対のことをするがいい。さらばだ」

「ち、父上!」

「どうした?」

「あ、あ……ありがとう!」

「ふ、ふふ、はーっはーっは! 百年はこちらに来るでないぞ。生きて生きて生き抜くがいい我が子よ!」

 満足げな笑みを残し、ジョゼフはシェフィールドとともに『テレポート』の魔法で消えた。

 かつてシャルルを手にかけて以来、ぽっかりと開いた心の穴を埋めようと、埋められるものなど無いことを知りつつ虚しい凶行を続けたジョゼフ。その果てがないだけの旅路もようやく終わる。それも、想像もしなかった最高の形で。

「俺の人生は無駄ではなかった。そう思える日が来るとはな。ミューズよ、これまで俺を支えてくれたこと、礼を言うぞ」

「そのお言葉だけで、千年の人生に勝る喜びですわ。さあジョゼフ様、持って10秒です。お急ぎを」

 ハイパーゼットンの中枢部、そこは恒星の中にも似た莫大なエネルギーの塊だった。目にはひたすら明るい空間が映るだけで形のあるものは何も見えない。しかし、ジョゼフは確かにここにシャルルの意識を感じていた。

 おもむろに虚無の呪文を詠唱するジョゼフ。シェフィールドの結界もどんどん侵食され、破られたら一瞬で二人とも塵も残さず消滅する。そんな地獄の中で、ジョゼフの胸に燃えるのは虚無ではない熱い魂だった。

「シャルルよ、聞こえているだろう。俺たちの子供たちはすごい奴らだったぞ。歪みきった俺の魂さえ叩き直すほどにな。まあ俺の子のほうが天才だったが、それは後でゆっくり聞かせてやるさ。さてシャルルよ、久しぶりに二人揃って親父どのの雷を食らいにいこうぞ」

 ジョゼフは杖を振り下ろし、全ての力を解放した『エクスプロージョン』を唱えた。

 あらゆる物質の最小の粒に影響を与える虚無の光が膨れ上がってエネルギーの海を飲み込んでいく。対消滅が空間ごと刹那の間に万物を破壊して、真空の空間がジョゼフとシェフィールドごとブラックホールのように、膨れ上がる一方だったエネルギー流を逆に吸い込み始めた。

 ハルケギニアの地下で飽和状態になっていたエネルギーが栓を抜かれたプールのように引いていく。その影響で、うなりをあげていた地鳴りが急速に消えていくのをタバサたちは感じた。

「これは……やったのね」

「父上……っ」

 タバサはひざを折って涙にくれるイザベラを抱きしめながら、自分も父の死を確信して空を見上げた。

 空は何事もなかったかのように青さの中に雲が流れてゆき、太陽が輝いている。

 その時であった。タバサの耳に、父シャルルの声が響いたのは。

「シャルロット、私のせいで長い間苦しめてしまってすまなかった」

「おとうさま? おとうさま、どこなの!」

「シャルロット、これは奇跡かな……少しだけ神が、お前と話す時間をくれたようだ。だけどすぐに行かなければならない」

「待って! おとうさま、わたしはおとうさまにたくさんお話したいことがあるの」

「ごめんよ。もっとシャルロットといっしょにいて、誕生日のたびにいっしょにケーキを食べてあげたかった。だけど父さんは、父さんが犯した罪を償うために行かなくちゃいけない。少しの間だったけど、お前ともう一度会えて幸せだった」

「わたしもです。好き、大好きなおとうさまだから……」

「ありがとうシャルロット。わたしも、世界の誰よりもお前を愛している。だからよく聞きなさい。父は愚かにも、王位に目がくらんだあまりに、愛するお前たちをないがしろにしてしまうという罪を犯した。それが兄を狂わせ、お前たちを苦しめることになってしまった。愛する者に後ろめたいことをして手に入れるものに、何の価値があるものか! 私はそのことに気づけなかった。だからシャルロット、お前は愛する者のために生きなさい。愛する誰かが悲しむようなことは決してしてはいけない。そのことを誓ってほしい」

「誓う、誓います。わたしは、シャルロットは、愛するもののために人生を捧げます。だから、もう少しだけ待って」

「すまない。だが、お前の誓った正しい愛する心が、私の代わりにお前の未来をきっと明るく照らしてくれることだろう。母さんにもよろしく伝えておいておくれ。私はお前たちを心から愛していると……さようならシャルロット、私はお前をいつでも見守っているよ」

「待って! おとうさま! おとうさまーっ!」

 呼べども虚しく、シャルルの声は遠ざかっていった。

 止まらない涙に頬と服を濡らし続けるタバサとイザベラ。幼子のように泣き続ける二人を止める者は誰もいない。

 だが、その時だった。ふと空を見上げたルイズが、雲の切れ目を見上げて叫んだのだ。

「タバサ、見て! あそこ、あそこの人たちって」

 ルイズの指さす先に、才人やキュルケ、水精霊騎士隊の少年たちやカトレアにジルにミシェル、そしてタバサとイザベラも目を見張った。

 それは夢か幻か、光指す雲の切れ目へ向かって昇っていく大勢の人間たちの姿だった。

 ジョゼフにシェフィールド、シャルルに続いて、才人たちの見覚えのある貴族たち。それらの人々が一様に安らかな表情で天に昇っていく。

「あの人たちって、確か不名誉墓地で怨霊になっていた」

「そっか、みんな解放されたのね」

 縛られていた魂たちが、やっとあるべき場所へと旅立っていく。それはこのガリアに吹き溜まっていた因習の終わりを告げるべき福音であった。

「父上、わたし……生きるよ」

「おとうさま……さようなら」

 ジョゼフとシャルルの霊は、最後に娘たちに優しく微笑みかけ、多くの魂たちを連れて天へと消えていった。

「これで……終わったのね」

 キュルケが魂が抜けたようにつぶやいた。ゼットン軍団も怪獣兵器たちも、ハイパーゼットンも消え去った。もうハルケギニアを脅かすグラシエの手下はいない。

 嘘のように静寂に包まれる、瓦礫と化したリュティスの街。耳をすませば郊外からの音も聞こえてこないので、ヒカリが戦っていた怪獣兵器も完全に鎮圧されたようだ。ルイズたちは、今だけはタバサたちをそっとしてあげようと、静かに見守っている。

 しかし、タバサは涙をぬぐい、悲しみをこらえてイザベラに毅然として言った。

「行こう。わたしたちは、ガリアを託されたから」

「そうだな。王族の……責任か」

 何をする気だと困惑する才人たちの見守っている前で、タバサは指笛でシルフィードを呼び寄せた。そしてシルフィードの背に乗るタバサとイザベラ。二人の目はまっすぐにリュティスの外へと向かっており、その眼差しに秘められた強い光を見たルイズは、二人のやろうとしていることを知った。

「それが、あなたの選んだ運命なのねタバサ……いいえ、陛下」

 自然と、国王に対する最上位の礼をとるルイズに、水精霊騎士隊の少年たちも察して続いた。そしてジルは遠い眼差しをして、「あんたもあっという間に高いところに飛んでいっちゃうんだね。がんばりなよ、シャルロット」と、少し寂しげに呟くのだった。

 

 

 リュティスの郊外……そこでは、怪獣兵器の脅威からなんとか脱したガリア軍が命を繋いでいた。

 ウルトラマンヒカリはすでに去り、負傷者の救護が急がれている。陣形は乱れ、武器は尽きて兵は疲れ果て、もはや数日前にガリアを出陣した輝かしさや、まして戦力などはどこにも残っていない燦々たる有り様である。

 しかし、彼らの関心は自分たちの軍には無かった。貴族も平民の兵たちも等しく、リュティスに向かったシャルルとイザベラがどうなったか? それだけを彼らは心から心配していた。

 リュティスにそびえ立っていた巨大な怪物は消え去り、街からは物音ひとつ聞こえてこない。

 お二人は勝ったのか? 勝ったとしてもご無事なのか?

 そして、ついに彼らの不安と心配が極限に達し、命令を待たずにリュティスに突入しようとし始めた時である。

「おっ、おいあれを見ろ! 竜だ」

「乗っているのは、イザベラ陛下と……もう一人は?」

 ガリア軍の前にシルフィードで現れたイザベラとタバサは、まるで敗残兵のようにボロボロになったガリア軍の将兵たちを空から見下ろしながら、かろうじて間に合ったことを悟った。

 将兵たちは困惑した表情でシルフィードの上のイザベラたちを見上げている。そしてイザベラは息を吸い込むと、タバサの風の魔法で増幅された声で全軍に話し始めた。

「聞け、皆の者! 諸悪の根源であるジョゼフ王は、オルレアン公シャルル殿下によって討たれて滅び去った。ここに、ガリアは解放されたことをわたしは宣言する!」

 その瞬間、全ガリア軍から天にも轟くような凱歌が上がった。

 続いて響く万歳の声。しかしイザベラは表情を変えることなく、タバサをうながして全軍に今度はタバサの声が響き渡った。

「ガリアの皆さん、わたしはオルレアン公の一子、シャルロット・エレーヌ・オルレアンです。長年の間幽閉されてきましたが、イザベラ様と父上のおかげで解放されることができました。ですが、我が父シャルルはジョゼフと相打ちになり……亡くなられました」

 全軍に今度は動揺のどよめきが走る。オルレアン公が心の支えだった彼らの統制が乱れてゆく。

 だがガリア軍の瓦解は雷鳴のようなイザベラの声で防がれた。

「静まれ! お前たちにオルレアン公の遺言を伝える。ガリアの王権は、わたしとシャルロット姫との共同統治として受け継ぐ。ガリアは二人の女王によって治められるのだ」

 またも動揺が将兵たちの間に走る。女王が二人? そんなことは前例がない。そんなことをすれば統治は混乱し、次代の王を決める際にも混乱する。しかし、そんな心配を吹き飛ばすように、タバサの強い意志のこもった声が走った。

「そして! あなたたちに父上の、オルレアン公の最期の言葉を伝えます。”すべての争いをやめよ”。父上は最後にそう命じられました。ガリアのすべての臣民は聞きなさい。この戦争は、ジョゼフ王ひとりによって起こされたわけではありません。このガリアという国に何百年と溜まり続けた悪習がジョゼフという王を通じて噴き出したのです。心当たりのない者は貴族にも平民にもいないはずです」

 その言葉に、権力争いに関わりのない者はいない貴族、そんな貴族を見てきた平民に、そのおこぼれに預かってきた平民たちがぎくりとする。その間隙をついてイザベラとタバサの声が貫いてゆく。

「だからこそ、わたしたちの代でガリアを作り直す。そのためには、もう出自がどこかなどというものは一切切り捨てる! もはやオルレアン公派だったかとかジョゼフ派だったかなどはすべて捨てろ! 今後のガリアには、ガリアのために働く者以外はいらん」

「ガリアは多くのものを失いすぎました。今、古いものを捨てなければ今度こそガリアは滅びます。すべての人と人とが融和するなどとは夢かもしれません。だからこそ、わたしたちふたりがまず手をつないだのです。もう一度父の言葉を伝えます。すべての争いをやめよ! その上で、まだ争いを続けたい者がいるのならば……」

 たった二人の少女に圧倒される何万という人間たち。そしてイザベラとタバサは剣と杖を交差させ、青い髪をなびかせながら全軍に宣言した。

「「こい! わたしたちが相手になってやる!」」

 タバサもイザベラに合わせて叫んだ言葉がすべての人間の耳朶を貫いた。

 二人の言葉が通り過ぎた後、数万人がいるはずの空間は信じられないほどの無音に包まれた。

 それは何秒、何十秒続いたのだろうか。静寂を破ったのは、ひとりの兵士が剣を捨てる乾いた音だった。

 その兵士に続いて、兵士たちは次々に剣や槍などの武器を手放してゆく。やがてただの平民の兵だけでなく、傭兵たちも銃などを捨ててゆき、最後にはメイジたちも迷いながらも杖を捨てていった。

 そして代わって巻き起こる天にも届く大歓声の渦。イザベラとタバサは片手で手をつなぎ、もう片手で剣と杖を頭上に掲げた。

「始祖ブリミルよ。ここに我らガリア王国女王の戴冠を宣言する!」

「新生ガリア王国に、栄光を!」

 新しい女王の即位、新しいガリア王国の誕生。

 この瞬間、いつ始まったのかもわからないガリア王国の表と裏の闘争の歴史はついに終わった。

 

 新しいガリアの歴史がここから始まる。

 二人の新女王の栄光を称えるように、地上から見るふたりの女王の頭上には、太陽がまるで王冠の代わりのように黄金に輝いていた。

 

 

 続く

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