ウルトラ5番目の使い魔   作:エマーソン

349 / 356
第55話  接ぎ木はいつか咲く

 第55話

 接ぎ木はいつか咲く

 

 月光怪獣 デルタンダル 登場!

 

 

 ガリア王国での死闘を経て、ルイズたち一行は新女王となったタバサの意向をアンリエッタに伝えるため、早朝から竜籠でトリステインへ急いでいた。

 竜に吊られた籠に乗って空を飛び、町を越え、川を越え、丘を越え、ガリアの国土を見下ろしながらの空の旅は順調に進んだ。

 だが、トリステインとの国境に差し掛かった時に異変が起こった。突如、ルイズたちを乗せた竜籠の周りに数頭の竜が旋回し始めたかと思うと、十数騎の竜に乗った一団が襲撃してきたのである。

「空賊だわ!」

 ルイズがとっさに杖を取り出して叫んだ。

 空賊、すなわち竜などの飛行幻獣を使った強盗団である。ルイズの声に、昼寝していた才人や水精霊騎士隊の面々も飛び起きると、空賊の一団は竜籠のすぐ目の前に迫っていた。

「ヒャッハー、空の藻屑になりたくなけりゃ金目のものを置いてきやがれ!」

 下品に叫んで風竜から矢を射掛けてきた空賊の攻撃に、才人はデルフリンガーを抜いて矢を払い飛ばした。

「空賊だって!? ファンタジー見てきたけど、これは初めてだな。ルイズ、こんな奴らが出るなら最初に言っとけよ」

「知らないわよ! ガリアの国境沿いに空賊が出るなんて聞いたことないわ。ぐずぐず言ってないで、あんたは黙って籠を守ってなさいよバカ犬!」

 ルイズも突然のことで怒りながらも、爆発魔法で矢を反らしつつ、エクスプロージョンを唱えるチャンスを狙っている。

 ほかの水精霊騎士隊の面々や銃士隊も、魔法や剣で竜籠に射掛けられる矢を必死に撃ち落としていたが、竜籠は戦闘用などではないため不利は明らかだった。しかも、高い実力を持つメイジのミシェルやカトレアは『土』系統のメイジであるため空の上ではほとんど力が発揮できない。

 カトレアは『念力』の魔法で矢を防いでいるが、ミシェルはそんなことをするくらいなら剣を振ったほうが早い。銃士隊の双璧の流麗な剣技が宙を舞い、下賤な矢を眼下に叩き落していくものの、その表情は渋い。

「こいつらどこから現れた? アルビオンとトリステインの貿易航路ならいざ知らず、こんな場所に空賊が現れたなんていう事件はこれまで無かったはずだぞ」

 ミシェルは近年のおおむねの事件の情報を国を問わず頭に入れている。けれど、トリステインの報道にもガリアの報道にも、トリステイン・ガリアの国境沿いに近年空賊の出没関連は無かった。油断していたのは確かだが、あるはずのないものに対して警戒をしておくのは不可能だ。こうして防げても反撃はできず、空賊たちは最終的には竜籠を吊っている綱を切り落とすなりすればいい。

 今は空賊たちはこちらをなめて、遠巻きから矢を射かけてくるのみだから持ちこたえられているだけだ。本来ならば竜に対抗するには、こちらも幻獣騎士を繰り出すか、それなりの魔法兵器がないと話にならない。

 ルイズたちを乗せた竜籠はブスブスと矢まみれになって、ゴンドラはボロボロだ。乗っているののほとんどが手練れの騎士かメイジでなかったら、今頃は皆殺しになっていることだろう。しかも、空賊たちは矢が尽きたのか、竜の手綱をピシリと鳴らして竜の口をこちらに向けてきた。

「まずい、竜のブレスが来るぞ! あれを喰らったらひとたまりもない」

 ミシェルが悲鳴のように叫んだ。十頭もの竜のブレスの一斉攻撃はメイジが十数人いても防ぎきれるものではない。

 才人とルイズも歯を食いしばる。こうなったら詠唱が不完全でもエクスプロージョンで薙ぎ払うか? 竜を落とせば乗っている人間もただでは済まないがそれでも……。

 だがそのときだった。西の空からロケットのようなものが無数に火を噴きながら飛んできて、空賊の竜の周りで爆発したのだ。

「ねえサイト、あれって!」

「も、もしかして」

 竜の周りでポンポンと意外にも軽い音を立てて破裂したロケットは、閃光と煙をまき散らした。それは竜の苦手な臭いを発せさせているらしく、空賊の竜たちはパニック状態に陥っている。だがそれ以上に、才人たちは今のロケットに見覚えがあった。というか、この世界でロケットなどを作れる人間はひとりしかいない。

「あれを見ろ!」

 ひときわ目のいい銃士隊員が西の空を指差して叫んだ。西の空から石炭の煙を吹きながら一隻の風石船がこちらに飛んできている。その船の形に一同は見覚えがあった。

「あれって、ミスタ・コルベールだわ」

「東方号、しかも昔の東方号だ」

 現在の東方号はアイアンロックスを改造して作られた二代目だ。しかし、今やってくる船は木造船に翼とエンジンを取り付けた初代のものだ。

 だが初代東方号はラグドリアン湖に沈んだはずでは? 喜色を浮かべながらも、疑問を抱く才人たち。しかし船首にコルベールが金光りするコッパゲを見せながら立っているのが見えてくると、皆が喜びながら手を振って迎えた。

 対して意表を突かれて狼狽えているのは空賊たちだ。

「くそっ、新手だと? 聞いてねえぞ」

「鎮まれ竜ども! くそっ、引けっ! 引けーっ!」

 竜が混乱したままでは船を相手には戦えない。空賊たちは鞭を当てて、無理矢理竜の方向を変えて逃げ去っていった。

「た、助かった……」

 才人たちはほっと息をついた。あのまま竜のブレスが放たれていたらどうなっていたことか。しかしどうしてこんなところにコルベール先生が? 不思議に思いながらも、一行の竜籠は東方号の甲板へと降り立っていった。

 

「諸君、無事でなによりだった」

 いつもの笑顔で迎えてくれたコルベール先生に、一同は礼をすると共に何故ここに現れてくれたのか? この東方号はなんなのかと尋ねた。するとコルベールは持っている杖の先で甲板を軽く叩き、微笑みながら答えてくれた。

「私がここに現れたのは簡単なことだ。私はこの船を使って離れた村落の救助などを行っていたのだが、ある村で最近暴れている空賊の話を聞いてね。探りを入れに来たところ、君たちが襲われているところに遭遇したというわけさ」

「そうだったのですか。ですが、一隻だけで空賊を相手にしようとするのは少し無謀ではありませんか?」

「心配には及ばないよ、ミス・ヴァリエール。この船のクルーは船大工上がりの荒くればかり、本職の騎士には及ばなくても空賊などには後れを取らない猛者ばかりさ。それに、この小東方号(リトルオストラント)にも、いろいろ隠し武器があるしね」

「小東方号、この船ですか?」

「ああ、最初に作った東方号は壊れてしまったが、自分で1から作り出したから私にとって思い入れの深い船でね。それに元々東方号は量産と商品化を前提にしてクルデンホルフ家に資金援助してもらった船だ。それで、今の東方号の面倒を見る傍らで初代を元に再設計して建造したのが、この小東方号さ。初代に改良を加える傍らで、設計の簡易化を図って建造費用を抑えている。おかげで東方に行けるほどの航続力は失ったが、それでも従来の風石船に比べたらずっと高性能だ」

 自慢げにコルベールは語り、轟々と回る東方号のプロペラを指さして解説を続けた。その目には、父親が自慢の子どもを見つめるような無邪気な輝きが宿っており、ルイズは「ミスタ・コルベールは変わらないわね」と心の中で呆れたようにもほっとしたようにも感じて肩の力を緩めるのであった。

 しかし、男のロマンにストレートなのが才人ら少年たちである。

「コルベール先生、すげーっ!」

 興奮を抑えきれず、好奇心を露に才人たちは目を輝かせた。さっき竜を追い払ったミサイルはなんなのかとか、他にどんな秘密兵器があるのかなど熱心に尋ねる。

「はは、悪いがそれはまだ秘密だ。だが魔法アカデミーからの新しい研究資料によって、いろいろ改良を加えてある。今の新東方号はサハラへの遠征も果たした素晴らしい船だが、あまりに巨大すぎておいそれとは動かせないからね。小事にはこの小東方号を利用していくつもりでいる」

「確かにあれはでかすぎますもんね。でも、また飛んでるのを見たいですよ」

「調整が終われば新東方号も動かす予定だから安心したまえ。もっと燃料や風石の効率もよくする改造もいるのでな。さあ、諸君も疲れたろう。狭いところだがベッドもある、トリスタニアに着くまでゆっくりしていたまえ」

「ようしみんな、探検しようぜ!」

 休息をすすめたコルベールだったが、才人は水精霊騎士隊を連れて船内に駆け込んでいってしまった。

 それを呆然と見送るコルベール。ルイズはわざとらしくため息をつき、「八つや十の童じゃあるまいし、男っていつまでも子供ねえ」と、アンリエッタが聞いたらおまいうの極みに爆笑するであろうことを呟いた。

「ミス・ヴァリエール、この船なら竜籠よりずっと早くトリスタニアに着ける。君たちも休んでいたまえ」

 そう言われて、ルイズはちぃ姉さまとお話したいからとカトレアを連れて行き、銃士隊の面々もそれぞれあてがわれた個室へと去っていった。一人を除いて……。

 

 小東方号の中は、初代東方号をベースにしながらも様々な工夫が新たに設けられていた。たとえば船内には水蒸気機関から引き込まれた排気のパイプが通っており、空の上だというのに船内は温かい。

 また、通路の魔法のランプも明るくなっており、こちらも改良されているのがわかる。壁に始祖を称える魔法で光る宗教画やプレートも埋め込まれていることからアカデミーがバランス取りに今でも気を遣っているのも察せられるが、これなら将来客船としてハルケギニアの空を行き来するのも夢ではないだろうと才人は思った。

 船員たちも、水精霊騎士隊の才人たちを仕事をしながら気さくに案内してくれた。中には新東方号を改造した港町で顔馴染みの船大工もいて、久しぶりに挨拶をかわした。

 そうして、皆と別れて一人でエンジンルームに足を踏み入れた時である。石炭を燃やして水蒸気でピストンを動かす水蒸気機関が壁一面で動いている。石炭の燃える熱でひどく暑い。しかし『サイレント』の魔法が効いているのか意外にも騒音が小さいことに才人は感心しながら機械を見上げていた。

「コルベール先生、やっぱ天才だな」

 素人目でも、東方号が大きくパワーアップしているのがわかる。俺たちが剣や杖を振り回して騎士ごっこをしている間にも、先生はこんなすごいものを作っていたのだ。

 憧れと尊敬を目に浮かべてエンジンルームを見て回る才人。そんな中で、大きな蒸気釜に一心不乱に石炭を焚いている人を見つけて才人は声をかけた。

「こんにちは……あなたは初めて見る人ですね」

「……」

「こんにちは」

「……」

 話しかけても、その人は才人を無視してかま焚きを続けている。顔は火の粉避けの頭巾で覆われていてわからないが、忙しくてもうんともすんとも言ってくれないので、才人はムッとしてきた。

 無愛想な人だな。まあ仕事の邪魔しちゃ悪いか……才人は怒鳴られる前にと、エンジンルームから立ち去ろうとした。だが、踵を返して数歩歩いたところで背中のデルフがいきなり鞘から飛び出てきて叫んだ。

「おい待て相棒! あいつ倒れたぞ」

「えっ? マジかよ!」

 見るとかま焚きの人が窯の前に倒れていた。才人が慌てて駆け寄って抱き起こすと、手にべったりと汗が染み込んできて、なぜこの人が倒れたのか才人でもすぐに察した。

「熱中症じゃないか。ええっと、こういうときは」

「医務室に運んで水を飲ませるんだよ。急げ相棒、そいつ死ぬぞ」

「わ、わかってるって! 背負うぜおっさん。って、おわ女!?」

 頭巾がずれて顔が見えると、その相手が他の船員とは違って、長い金髪のうら若い女性だとわかって才人は動揺した。

 なんでこんな人がかま焚きなんかを? いや、今はとにかく医務室に運ばなければと思って背負おうとしたが、耐火服を着こんだその人は女性でもかなり重く、才人はふらついてしまった。

「く、くそっ……急がないといけないのに」

 気が焦っても重いものは重く、よたよたとまともに歩けない。大声でほかの船員を呼べばいいのだが焦っている才人は頭が回らず、そんな困って大変なとき、やっとエンジンルームから出た才人に唐突に声がかけられた。

「節操のない奴だな。ちょっと見ないうちにもう新しい女を引っかけたのか?」

「げっ、ミシェルさ、姉さん。違う違う、これはそんなんじゃなくて」

「わかってるさ、見たら熱中症なことくらいはな。よこせ、わたしが運んでやる」

 ミシェルは才人から女性の体を預かると、背負って軽々と運び始めた。さすが銃士隊副長、鍛え方が違うと才人が感心している前で、あっというまに医務室に着いてしまった。

「命に別状はありません。倒れたのをすぐに発見できたのは幸いでした」

 船医はしばらく休んでいれば治ると言って、才人はほっとした。

 そして、やがて意識を取り戻した彼女と才人は話してみた。しかし彼女は沈痛な面持ちのままで。

「助けていただいたことにはお礼を申し上げます。ですが、どうか私には関わらないで」

 その物言いに才人は頭に血が上ってくるのを感じた。

「なんだよ、あんたほんとに危なかったんだぜ! だいたいなんであんたみたいな人が窯焚きなんかしてたんだ? そんなの、もっとごつい男の仕事だろ」

「別に、忙しければなんでもよかっただけです」

 そう言って、彼女はそっぽを向いてしまった。才人は憤慨しているが、ミシェルはなんとなく察していた。船員として働くには不似合いすぎる線の細さ、恐らくは貴族か元貴族……そんな女性がこんなところで働いているにしても、医者やシスターでもなく力仕事の船員となれば。

 そのとき、医務室に知らせを受けて駆けつけてきたコルベールが顔を見せた。

「これ、無理はしないという約束だったでしょう」

「……申し訳ありません」

「やれやれ、大事にいたらなかったから良かったですが、窯焚きはやはり他の者にやらせますよ。すみませんサイトくん、このミス・リュシーは少し訳ありなものでして。あとは私が診ますから、君はミス・ヴァリエールたちと休んでいてください」

 そう言われて、才人はしぶしぶ医務室を後にしていった。しかしミシェルはリュシーの横になったベッドの傍らに立ったままで、コルベールにどうしたのかと尋ねられると苦笑しながら答えた。

「本当はサイトとゆっくり話すつもりだったが、それより気になることができたのでね。ミスタ・コルベール、すまないが彼女と二人にしてくれないか? 悪いようにはしない」

「……わかりました。では、何かあったら呼んでください」

 コルベールも立ち去ると、医務室にはミシェルとリュシーだけ残った。相変わらず不機嫌そうなリュシーは、反対を向いたままミシェルに言う。

「なんですか? あなた」

「トリステイン王立銃士隊の副長、ミシェル・シュヴァリエ・ド・ミランだ。まあ肩書などはどうでもいいが、わたしは没落貴族の出でね。暇だから昔話でも付き合ってもらおうかな」

「ご随意に」

 そうしてミシェルはリュシーが向こうを向いたまま、自分の過去を話し始めた。

 つまらない政争と陰謀で家族と家を失って孤児になったこと。国への復讐のために陰謀に加担したが、それが間違いで、才人や仲間たちに死の淵から救われたことを包み隠さず語った。

 リュシーはミシェルの独白をじっと聞いていたが、ミシェルが話し終わると、すっと振り返って顔を見せた。

「……大変、興味深いお話でした。次は、わたくしの話を聞いていただけますでしょうか?」

「もちろん」

 ミシェルを前にして、リュシーはとつとつと懺悔するように話し始めた。

 自分はガリアのオルレアン公派の貴族の家の娘でしたが、それが災いして家は潰されて家族は散り散りになって、ガリア王政府への復讐を誓ったこと。

 だが例の世界規模の記憶操作の影響を受けて、なにに復讐すべきかわからなくなって、それでも復讐心に煽られて無差別破壊をしていたのをコルベールに止めてもらったこと。

 すべきことがわからないまま、復讐心をごまかすためにひたすら過酷な仕事を自分に課していたこと。

 記憶を取り戻した時には王政府は滅んでしまっており、復讐する相手のいなくなった自分はからっぽになってしまったことまでを。

「私は、唯一の拠り所であった復讐さえも奪われてしまいました。それでも、激務に打ち込んでいるうちは不安を忘れることができましたが、大恩あるミスタ・コルベールに迷惑をかけてしまいました。わたくしは、罪深い女です」

「そうかもしれないな。けど、拾われたのがミスタ・コルベールで運が良かったよ貴女は。言っては悪いが、あの男は変わり者だがまれに見るお人好しでもある。さっきのことも、心配しても怒ってはいるまい」

「ではあなたはなぜ、わたしに構うのですか? ミス・ミシェル。あなたもわたしと似たような境遇だからですか」

「まあそうだな。昔のわたしのように、自分で考えるのに疲れたという目をしてたから他人に思えなかった。わたしは聖職者とはほど遠い身分だから救いを説くなんてできないが、貴女の苦しみをわかってやることはできる。ミスタ・コルベールには言いにくいことでもわたしには言えることがあるのではないか?」

「優しいのですね、あなたは。ミスタ・コルベールもわたくしを励まし続けようと、無理をしてこの船での仕事をくださいました。その恩にだけは報いたいと思っています」

「わたしはそんな優しくなんかない。あるお人好しな大バカ者の受け売りさ。わたしもそいつからもらった優しさに応えるつもりで戦っているが、どうもうまくいかなくてね」

「心中お察しします。あなたほどの騎士に想われるとは、よほど凛々しい殿方なのですね」

 リュシーはさっきの少年がミシェルの思い人だとは気づかずに述べたが、その表情には少し笑みが戻っていた。ミシェルも笑い返し、リュシーはやつれた頬が自分でも気づかぬうちに緩んでいたことに、指で顔をなぞって驚いてからミシェルに頭を下げた。

「ありがとうございます。あなたのおかげで、少し気が楽になったように思いますわ」

「なんのこれしき。ミス・リュシー、わたしたちは見てきたから言うが、ガリアはこれから新しい女王の元で良い国に生まれ変わる。新しい祖国で復讐に代わる生き甲斐を見つけてくれ」

「新しい生き甲斐ですか。今は何も思い浮かびませんが……前向きに考えてみることにします」

 リュシーの顔に少し生気が戻ったのを見て、その金髪から覗く気品ある笑みにミシェルは彼女が貴族だった頃はさぞ格式高くて立派な家柄だったのだろうと思った。

 同じ過去の傷を持つ者同士。傷をなめ合うわけではないが、同じ痛みを知る者でなければ癒せない傷もある。ミシェルは、忌まわしい自分の過去が誰かを助ける役に立てるとはと、運命の皮肉を感じて天井を見上げた。

 と、そのときである。船が急に地鳴りのように揺れて、外から騒ぎ立てる声が聞こえてきたのは。

「これは、まさか? 様子を見てくるからミス・リュシーはここに」

「いえ、わたくしも行きます。じっとしているほうがつらい。外の騒ぎは尋常ではないようです。わたくしもメイジ、お役に立てるはずです」

「わかりました。ご無理はせぬよう」

 二人は剣と杖を持ち、医務室を駆け出した。

 

 そして果たして、甲板で起きていたのはミシェルの予想した通りの事態であった。

「右舷より火竜の編隊の接近を確認。数は5!」

 見張員の声が小東方号の甲板に立つコルベールの耳にも入る。苦渋の表情で杖を握るコルベールの見る先には、小東方号の行く手を遮るように飛ぶ複数の風竜がいる。あの空賊団が戻ってきたのだ。

「風竜で足止めして火竜で落とすつもりか。しかし、あれだけ痛い目に合わせたのに、この船を狙うとは」

 金目当ての賊なら面倒な獲物はあきらめて目標を変えるはずだ。なのに目標を変えないということは、意地や面子にこだわっている。

「やはり貴族崩れの連中か……」

 コルベールはあたりをつけた。それならば、突然空賊が現れ始めたのにも説明がつく。貴族が飼っていた竜ごと賊に転身したのなら、盗賊行為に慣れていないわけである。しかし、いくら家が没落なり取り潰しに合ったとしても、そこまでする者はめったにいないのだが。

 そうしているうちに甲板に才人たちも現れた。皆、状況をすぐに飲み込んで戦闘態勢を取っており、成長が著しい。

 だがその間にも風竜に乗った空賊たちは小東方号のマストや舵を狙って攻撃をかけてくる。

「先生、東方号は大丈夫ですか?」

「なあに、この小東方号はめったなことでやられはしないよ。しかし、進路がそれるのはどうしようもない。操舵手! 上昇だ。低空ではこちらが不利だ」

「アイ・サー。上げ舵、ようそろう」

 小東方号は船首を上げ、上昇に転じていく。

 逃がすまいと追ってくる風竜たちを見て、才人は苦々し気にコルベールに尋ねた。

「しつこい奴らめ。先生、さっきのミサイルはもうないんですか?」

「ううむ、なにせ、この船も新兵器も試作品だからね。あの『ビックリヘビくん』も一回分しか積んでいないんだ。他のものは今は使えないし、仕方がないが一番古典的な方法で迎え撃つしかあるまい」

「古典的な方法?」

「簡単さ。乗り込んできたところを捕まえるのだよ」

「よっしゃ!」

 才人は手を叩いた。ケンカは好きではないが、殴られっぱなしで大人しくしているほど平和主義者でもない。それに相手は明白に悪党、気を遣う必要はなく、才人は勢いよくデルフリンガーを抜いた。

「おう、出番だな相棒!」

「頼むぜデルフ。今度の相手はメイジ崩れらしいから、ちゃんと魔法を吸ってくれよ」

 才人に続いて銃士隊は剣を、水精霊騎士隊は杖を抜き、ミシェルが全員に指示を出した。

「間もなく火竜も追いついてくる。だが上空では火竜の炎も弱まるから、敵は必ず乗り込んで白兵戦を挑んでくるはずだ。銃士隊は船の出入り口とマストと操舵手を死守。乗り込んできた敵はわたしとオンディーヌが迎え撃つ」

 その命令に、少年たちは「オレたちだけで空賊と戦うんですか?」と仰天したが、「怖いか?」と笑われると「ギーシュ隊長への土産話が増えて光栄であります」と、気合を入れた。

 ルイズは、こんなのたちといっしょにされたくないんだけどと愚痴っているが、それはそれ。休んでいるカトレアの手をわずらわせないためにも頑張らねばならない。

 そして数分後、合流した火竜と風竜の空賊団は読み通りに小東方号の甲板に降りて直接戦闘を挑んできた。

「しゃあーっ!」

「さっきはよくもやってくれたな。皆殺しにしてやるぜガキども!」

 汚い言葉を叫んで、荒々しい身なりの空賊どもが襲い掛かってくる。数はざっと十人。さすがに全員メイジではなく、剣や短刀を持った者がほとんどであったが、魔法をかわして斬りかかってくる空賊たちの戦い方に、少年たちははっとした。

「こいつら、メイジ相手の戦い方を心得てる!?」

 やはりただの空賊ではない。しかし水精霊騎士隊はメイジ殺しの達人集団である銃士隊に鍛えられた男たちだ。相手がメイジ殺しだとわかると、対メイジ殺しの戦法に切り替え、囮の魔法を相手がかわしたと思ったところに本命を撃ち込んで倒してゆく。

 そして数人いるメイジは才人やミシェルが難なく倒した。デルフリンガーで魔法を吸収して相手が驚いているところに渾身の峰打ちを叩きこむ。ミシェルは秒も相手を持たせずに切り伏せており、端のルイズもすでに一人を倒していた。

「なによ、見掛け倒しじゃない」

 つまらなさそうにルイズはぼやいたが、突然爆発するルイズの魔法を知らずに防御するのは至難の業だ。コルベールが自分の出番が無くて、気まずそうに禿頭をかいている。

 また、意外だったのはリュシーもミシェルに続いて一人を倒していたことだ。空賊の男が杖を振り上げた格好のままで倒れて高いびきをかいている。魔法をかけられたことも気づかぬうちに眠らされたのだ。恐るべき精度の水魔法を使うことに、ミシェルは戦ったら自分でも危ないかもしれないなと、彼女が敵でないことを感謝した。

 乗り込んできた空賊たちはほぼ倒され、ミシェルは倒した空賊の男の襟首を掴んで問いただした。

「言え、お前たちはどこの何者だ?」

「ひ、ひひ、終わりだ。オレたちは団長に殺される。お前たちも殺されろ」

「なに?」

 男が震えながらそう言ったときであった。甲板に轟音が鳴り、水精霊騎士隊が吹き飛ばされる悲鳴とともに、最後の火竜から一人の女が降り立ってきた。

「あーあー、せっかく用心棒をクビになるところを竜まであげてやったってのに、使えないわね。この雑魚、役立たずのざぁーこども」

「エ、エノラ団長……ど、どうか、命ばかりは」

「ばぁーか、命乞いってのはもっと頭が床で擦り切れるくらいやるもんよ。後でたっぷり教えてあげるから、そこで寝てなさい」

 現れたのは銀髪の小柄な女だった。顔立ちはぱっと見で幼女かと勘違いしたほど丸みを帯びて幼さを残しており、愛らしいと言ってもいいが目つきが非常に悪いことが全体を台無しにしている。よく観察したら年のころはざっと17か8あたりだろうか。

 こいつがこの空賊団の団長か。小東方号の一同は団長が若い女だったことに驚いたが、今の魔法の威力、ふてぶてしい態度から見て間違いない。

 負傷者を下がらせて、才人と残りの水精霊騎士隊で女団長を包囲する。エノラと呼ばれた女団長は彼らを見回してケタケタと笑った。

「きゃははは、あんたたち騎士ごっこのつもり? こんな雑魚どもを倒したくらいで調子に乗ってるの? バーカバーカ、笑っちゃうわ。わたしに勝てると思ってるの? ざーこざーこ、雑魚ばーっか」

「なんだとこのクソガキ!」

 最初にキレたのは才人だった。いまだにルイズと口げんかが絶えないほど煽りに弱いのはなんとかならないものかという才人の欠点だが、それでもデルフリンガーの峰を向けて斬りかかってゆく。

「おい相棒、落ち着けって!」

「落ち着いてるよ! ケガさせない程度に加減してやるから感謝しろ」

 才人は一撃で身動きできない程度に打ち倒して終わらせるつもりだった。魔法で迎撃してきてもデルフがいれば大丈夫。今の才人の実力なら十分にそれが可能なはずだったのだが……。

「ばぁーか」

「んなっ!」

 なんと、エノラは小柄なその身に似合わぬ大きなレイピアを振りかざしてデルフを受け止めてしまったのだ。

「ばーか、団長ともあろうものがしたっぱより弱いわけないじゃない」

 レイピアを振ってエノラは才人を弾き飛ばした。才人が手加減したとはいえ、デルフを受け止めるとは並の女の膂力ではない。

 ならばと、水精霊騎士隊が魔法を放つがこれも魔法を帯びさせたレイピアを振って防いでしまう。

「あはは! へなちょこばっか。じゃあ今度はこっちの番だね」

 エノラは甲板を蹴って跳んだ。そのまま突進して、少年のひとりの首をレイピアで狙ってくるが、彼もとっさに『ブレイド』をまとわせた杖で防ぐ。

「くっ!」

「へえ、少しはやるんだあ」

「なめるなクソガキっ!」

「バーカ、ガキって言う方がガキなんだよ」

 エノラは相手が反撃してくる前に蹴りを入れて距離をとり、別の相手へと向かっていく。明らかに戦闘慣れしていて、銃士隊相手に訓練を積んだ水精霊騎士隊でも手こずっていた。

「あの子、強いじゃない」

 ルイズが感心したようにつぶやいた。クッソ生意気な態度は気に入らないが、確かに大口を叩くだけの実力はあるようだ。今の才人や水精霊騎士隊を苦戦させるのは並のメイジでは不可能である。

 一方、ミシェルはエノラの顔を見て奇妙な既視感を覚えていた。

「あの顔立ち、どこかで……?」

 会ったことは無いはずだが、なにかひっかかる。すると、エノラはミシェルのほうをふいに見ると、レイピアを振りかざして斬り掛かってきた。むろんミシェルも剣で受け止め、二人の顔が間近で拮抗する。

「あんた女なのに騎士なんだ。なんかお姉ちゃんみたいでムカつくから死んじゃいなよ!」

「銀色の髪にその顔立ち……思い出したぞ。貴様、一年前にガリアの国境付近で逮捕された傭兵団くずれの盗賊の……」

「へえ、お姉ちゃんを知ってるんだ」

「ああ、人さらいを繰り返して人相書きが出るところだったからな。貴様は妹というわけか」

「ええ、お姉ちゃんはおバカで騎士試合にはまって家を飛び出しちゃったの。それだけならいいけど、罪人として顔が割れちゃって実家もお取り潰し。家を受け継げるはずだったわたしはいい迷惑だわ!」

「それで、姉と同じく盗賊に身を落としたというわけか」

「わたしはお姉ちゃんみたいにバカじゃないわ。国に取り上げられる前に財産も領地で飼ってた竜もいただいたわ。わたしはお姉ちゃんみたいに傭兵や人さらいなんて安いことはしない。この空賊を元手に稼いで貴族の身分を買いなおすのよ」

 そう言ってエノラは鍔迫り合いから後ろへ飛び、レイピアでミシェルに斬りかかってきた。

「ほんとにバカなお姉ちゃんだったわ。騎士試合なんかに興味のないわたしを無理矢理鍛錬に付き合わせて、この杖だっておさがりだし、出て行ってくれた時はせいせいしたわ。けど、本当はわたしのほうが強くなってたなんて知ったらどんな顔するかしら? きゃははは」

「確かに、なかなかの才能のようだ」

 ミシェルは連続して斬りかかってくるエノラの剣激をさばきながらつぶやいた。スピードも重さも並みの騎士のそれではない。ただ……。

「なかなか止まりだ」

 冷たい目で小さくミシェルはつぶやいた。エノラ自身は気づいていないようだが、我流が激しくて隙が多い。才能に頼りすぎて基礎がおろそかになっているため、ミシェルほどのレベルから見たら、じゅうぶんにあしらえる。

 だがエノラは攻めるのに夢中でミシェルにすでに見切られているのに気づいていないようだ。傲慢さを露出して、目の前の相手が狩人ではなく獲物だと信じ込んで斬り込んでくる。

「あはは、わたしの『ブレイド』にどこまで耐えられるかなあ? 弱い奴は黙って這いつくばってればいいのよ。何もしなくてもそれができるのが貴族なのに、自分から貴族をやめちゃうなんてほんとバカなお姉ちゃん。それにお姉ちゃんを止められなかったお父さまもほんとバカ」

「お前、家の財産を盗んできたと言ったな。お前の両親はどうしたんだ?」

「知らないわよ。いまごろは牢屋の中なんじゃない? グズなのが悪いのよ。お父さまだってオルレアン派から散々奪ってきたんだから、文句を言われる筋合いはないはずじゃない」

「貴様、自分の家族をなんだと思っている!」

「家族ぅ? 何言ってるの? 貴族にとって他人は利用するもの、人のものは奪うものでしょ! 誰だろうと負ける奴が悪い、それがジョーシキじゃない。だからわたしは必ず貴族に戻ってみせるわ。だってわたしは強いんだもの!」

 それはある意味正しい貴族像ではあった。貴族の世界は陰謀の世界、それは紛れもない事実だ。しかし、"それだけではない"貴族を目指して研鑽を積んできた水精霊騎士隊の少年たちやルイズは、傲慢極まるエノラの言葉に心から憤慨した。

 あの女は許せない。それはミシェルも同じで、どん底に落ちても人としての一線は守って生きてきた自負がある彼女も内心では腸が煮えくり返っている。

「そんなに貴族はいいものか?」

「もっちろん! 王様のご機嫌さえうかがってたら、王様の敵に適当な疑惑をかけて焼き討ちして大儲けとかお父さまもよくやってたわ!」

 その瞬間、ミシェルの中でなにかが切れた。この女は斬る! エノラの顔に自分の家族の仇のリッシュモンが重なって、エノラを真っ二つにするべく一瞬剣を引いた、そのときだった。

「うわああーっ!」

「っ!? ミス・リュシー?」

 なんとリュシーが獣のような表情で飛び込んできて、エノラの顔を張り倒したのだった。

 顔面を弾かれ、甲板に叩きつけられるエノラ。なにが起こったのかわからないでいるエノラは鼻血を吹きながら起き上がろうとするが、そこにリュシーがまた飛びかかっていく。

「うおあぁーっ!」

「くっ、来るなぁーっ!」

 女とは、いや人間とは思えない凶暴な絶叫をあげて飛びかかってくるリュシーに、エノラは恐怖を覚えてレイピアを振り回した。だがリュシーがレイピアを素手で掴んだ瞬間、レイピアは赤茶けた錆の塊になって朽ち果ててしまったのだ。

「ひっ、わ、わたしの杖が」

 刀身が無くなってしまったレイピアを見て怯えるエノラ。

 あれは錬金か? と、才人が驚く。だがルイズは自分も驚愕しながらそれを否定した。

「違うわ。水魔法で一瞬で鉄を錆びさせたのよ。でもあんなの、スクウェアメイジでもできるかどうか」

 時間をかけてならともかく一瞬でなんて普通は無理だ。その疑問に、デルフリンガーが「同じ剣として身震いする光景だが、そりゃあれだ。虚無の使い手ほどじゃなくてもメイジの力は感情で高まるやつだ。あの姉ちゃん、とんでもなく怒ってるぜ」と答えた。

 そう、リュシーは怒っていた。かつて自分から全てを奪った貴族の暗部の塊のようなエノラに。

「お前のような、お前のようなやつがいるから」

「くるな、くるな、来ないで……」

 怒り、いや憎悪を本来なら清楚な顔に貼り付けた悪鬼の形相で迫るリュシーに、エノラは腰を抜かして懇願するばかりだった。杖を失ったメイジ、剣を失った剣士は無力。

 リュシーは怯えるエノラの襟首を掴むと、その顔を平手で思い切り叩いた。乾いた音が鳴り、エノラの顔が歪んで鼻血が飛び散る。

「お前みたいな、お前みたいな奴がいるせいで!」

「ぎゃっ! がっ! あっ! やめ」

 リュシーの平手が何度もエノラの顔を往復する。その度に美しかったエノラの顔は醜く崩れていくが、リュシーは殴るのをやめない。

「も、もうダメ、ゆ、ゆるじで……」

 エノラの顔が腫れ上がって血まみれになったところで、やっとリュシーは手を離した。リュシーの手も赤く腫れ上がり、双眸からは涙が溢れ続けている。

 やっと解放されたと安堵するエノラ。だがリュシーはまだ目に憎悪を光らせたまま、何かの呪文を唱えて手のひらに小さな水の塊を作り出すと、それをエノラの口に押し込んだのだ。

「がはっ!?」

「あ、あれってまさか!」

 その行為にルイズが血相を変えた。才人たちはわからずに見ているが、エノラが喉を抑えて苦しみだした。

「かはっ、あっ? い、息が、息ができないぃっ!」

 エノラは呼吸しようと口を開けてもがいているが、いくら吸い込もうとしてもできないようだ。それを見て、ルイズは戦慄しながら唖然としている才人たちに説明した。

「恐ろしい、禁忌の拷問の魔法よ。喉に詰まった水の魔法の効果で、しゃべることはできても呼吸することはできなくなるのよ」

「なっ……」

 才人たちもぞっとした。つまり、意識を保ったままじわじわと死んでいくことになるのだと。

 エノラは必死に呼吸しようともがいていたが、それが無理だとわかると、這いつくばりながら懸命にリュシーに懇願した。

「お、お願い、許して……もう、悪いことはしないから」

「……」

 リュシーは這いつくばるエノラを冷たく見下ろしたまま、何も答えない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、許して、た、たすけ……」

「……」

「し、死にたくないよぉ……」

「死ね」

「……っ」

 冷酷に死を宣告され、エノラの目が絶望に染まってすがるように伸びていた手が落ちる。

 エノラの体がけいれんし、数十秒後の死が確定した。しかし、そこでリュシーの肩を掴んで止めた者がいた。

「そこまでだ。ミス・リュシー、そのくらいにしておきたまえ」

「ミスタ・コルベール? 止めないでください。この女は、死すべき人間です」

 復讐者の怒りの目のままエノラを見下ろすリュシーだったが、コルベールは穏やかな声で彼女を諭した。

「確かに彼女は悪人だ。だが、これまで自分より強い相手と戦ったことのない世間知らずでもある。今、彼女は君という絶対にかなわない相手に打ちのめされて、その間違ったプライドをへし折られた。本物の恐怖を思い知らされた彼女には、もう空賊などしていく力はないだろう」

「こんな女を許せと? 空賊ができなくなっても、必ず人に害を成すに決まっています」

「そうだろう。だから、君が誠意を込めて彼女たちを正しい道に更生させるのだ」

「は?」

 リュシーの目が困惑に歪む。するとコルベールはリュシーの怒りが弱まったその隙を逃さずに告げた。

「君は私に「忙しければなんでもいい」と言ったね。これはとても忙しく大変な仕事だ。こんな連中の性根を叩き直すなんて気が遠くなる、君の望む通りの激務となるのは間違いない。それとも、めんどうくさいかい?」

「……」

 リュシーは一瞬考えこんだが、ふうと息を吐くとエノラに向けて杖を振った。

「がっ、ごぼっ、は、はああああ……」

 エノラの口から水が吐き出され、せき込んだ彼女は大きく息を吸い込んだ。

 リュシーはエノラの呼吸が落ち着くまで待つと、その胸倉を掴んで鬼のような形相で言った。

「いいですか? あなたたちに、本当の貴族のありようというものを教えてあげます。真人間になるまで決して逃がしません。あなたのご両親に代わって、一から礼節を叩き込んであげましょう」

「は、はい……」

「声が小さいです!」

「はいぃっ!」

 泣きながらリュシーに答えるエノラの顔には、もう先ほどまでの傲慢さは欠片も残っていなかった。

 これならもう、彼女が悪事を働くことはないだろう。ルイズは、カリーヌやエレオノールに教育を受けていた頃の自分を思い出して、ご愁傷さまと同情した。

 エノラの部下の空賊たちは小東方号のクルーが縛り上げて船倉に放り込んだようだ。彼らも目が覚めた時には自分たちの処遇に仰天することだろう。

 しかしこれから大変だ。これだけの空賊の面倒を見て、更生させていかねばならないなんて。どこからそんな金を持ってくればいいのやら。それでも、誰も殺さずに済んだことをコルベールは陰ながら喜んで、笑みをこぼしていた。

 

 だがそのときだった。突如、風魔法に守られているはずの甲板に突風が吹いたかと思うと、小東方号にかぶさるように巨大な影が覆ったのだ。

「あれは!」

「怪獣だぁ!!」

 現れた怪獣は小東方号をかすめるように体をぶつけていった。船体が激しく揺れ、木材の破片が宙に舞い散る。『固定化』の魔法をかけていない素材だったら、いまごろ船体がバラバラにされていたことだろう。

 かすめていった怪獣は、遠方で旋回してこちらにまた向かってこようとしているようだった。その姿は、まるでステルス戦闘機のような金属質の三角形をしており、目はこちらを真っすぐに睨んでいる。

「今度は怪獣!? サイト、あれはなんていう怪獣なのよ?」

「あれは……いや、あんな怪獣初めて見るぜ!」

 才人もその怪獣の正体はわからなかった。ステルス戦闘機が怪獣化したような姿は才人の知識にはなく、才人の地球にはいない怪獣なのは確かなようだ。

 この世界では誰一人知る由もないことだが、月光怪獣デルタンダル、別世界ではこの怪獣はそう呼ばれている。

 デルタンダルは再び小東方号に迫り、必死に舵を取った同船をかすめていった。巨大なデルタ機型の胴体が猛烈な速度で才人たちの頭上を飛び去ってゆく。もはや完全に小東方号をターゲットにしているのは間違いなく、コルベールは冷や汗を流しながら言った。

「まずい、上昇しすぎてあの怪獣のテリトリーに足を踏み入れてしまったんだ。操舵手、全力で逃げるんだ!」

「ア、アイ・サー! 全速前進」

 小東方号は舵を切り、二基のプロペラを全開で回してデルタンダルから逃げ始めた。

 しかし逃げきれない。東方号の速度は通常の風石船をはるかに超えるのだが、怪獣の速度はそれを軽々と上回っているのだ。

「コルベール先生、なんとかならないんですか?」

「うむ、殺傷力が高いから人間には使いたくなかったが、怪獣なら問題あるまい。空飛ぶヘビくん改、発射せよ!」

 小東方号の船首から、火薬式のロケットが発射される。それは魔法装置で自分の前を飛ぶものを自動的に捉えて追尾するので、必ず当たるはずだった。

 しかし、ロケットはデルタンダルの速度にまるで追いつけずにあっという間に失速してしまった。コルベールは苦い顔をするが、相手がそれほどに速すぎるわけだ。

「あの怪獣、軽く音速を超えてやがる!」

 デルタンダルが通り過ぎた後から轟音がやってきて才人の顔を叩いた。デルタンダルの速度は火薬式のロケットなど足元にも及ばない、なんと実にマッハ9。まさに怪獣戦闘機。

 小東方号の甲板はデルタンダルの連続した体当たりのおかげで、激震で立ってられないほどになっている。デルタンダルは接近と旋回を繰り返して小東方号を削ってゆく。東方号がなんとかしようにも、速度差がありすぎて空中戦が成立しないのでは手の打ちようがない。

「これじゃなぶり殺しじゃない。わたしたちはあいつのオモチャってわけ?」

 ルイズが悔しそうにつぶやいた。周りでは水精霊騎士隊がマストや手すりに必死にしがみついている。小東方号はコルベールがこれまでの戦訓から怪獣との戦いも想定して建造したおかげですぐに墜落する心配はないが、空賊の竜たちはデルタンダルに恐れをなして逃げていってしまった。

 なんとかしないといずれ小東方号はバラバラにされる。ルイズは才人に目配せした。昨日の今日だが、ウルトラマンエースの力を借りるしかない。

 だがふと手すりに掴まって地上を見下ろした才人の目に、見覚えのある風景が映った。

「ここは確か……コルベール先生! おれの言うほうに舵を取ってください」

「サイトくん? どういうことです?」

「説明してる時間はないです。うまくいけばあいつを追っ払えるかもしれないから早く!」

「う、うむ!」

 コルベールは才人の言葉を信じて小東方号を転進させた。むろんデルタンダルも追ってくるが、才人の考えた目的地まではそう遠くない。

 しかし猛禽の眼前の雀も同然の小東方号にはさらにデルタンダルの攻撃が加えられた。小東方号が頑丈で粘るので、興味を持ったようだった。鼠を弄ぶ猫のように、野生動物は好奇心が強い。

 鼻先で突っつかれ、揺れる小東方号の上でルイズは才人に怒鳴った。

「あんたねえ、こうまでしといて失敗したなんて言ったらひどいわよ!」

「いててて、もうじゅうぶんひどいだろ。蹴るなおい!」

「鞭を落としちゃったんだからしょうがないでしょ。ちゃんとご主人様を守りなさいよ!」

 理不尽に怒られながらも、才人はルイズが船から転落しないようにかばい続けた。

 才人は地上を見下ろして、あと少しとつぶやいた。だがデルタンダルは嬲るのに飽きてきたのか、胴体の中央にある青い光球から無数の光弾を発射してきたのだ。

「うっそだろ!?」

「くっそ! 撃ち落とせーっ!」

 ここまで来てやられてたまるかと、メイジたちはそれぞれの魔法でデルタンダルの光弾を相殺していった。

 しかし撃ち落としきれなかった一発が甲板に横たわるエノラに迫ったとき、悲鳴をあげたエノラをかばって光弾を撃ち落としたのはリュシーだった。

「あ、あんた……」

「レッスン1、自分より弱い者を守るのが貴族です。それから私のことはリュシーと呼んでください」

 すでに教育は始まっているのだった。そんなリュシーの目には、復讐者とは違う光が宿り始めていた。

 そしてついに才人の望んだ空域にまで到達した。

「さあ、あんたの狙い通りなんでしょサイト! いったいどうやってあいつを追い払うのよ?」

「まあ待てって、もうすぐ……来る」

 才人の視線の先には、噴煙を吐く火山の山並みが連なっていた。この場所は、そう。

 デルタンダルは小東方号にとどめを刺そうと、胸の光球にエネルギーをチャージし始めた。この特大のエネルギー弾を受ければ小東方号は木っ端みじんになってしまう。

 だがデルタンダルは小東方号に注意を向けるあまりに、その背後にさらに巨大な影が迫ってきているのに気づかなかった。

「来た!」

 才人の声に、全員の視線がデルタンダルの背後に集中する。遅まきながらデルタンダルも背後の気配に気づいたが、その時には背面を巨大なカギ爪でがっちりと掴まれていた。

「あ、あれは、あの翼竜は」

「お、おれたちがガリアに入る時に見た」

 少年たちは震える声で言った。あの山脈越えの旅路で見た、あの巨大翼竜が再び彼らの眼前に現れたのだ。

 巨大翼竜は怒りに満ちた目でデルタンダルを睨んでいる。自分の縄張りである山脈上空を別の怪獣に侵犯されて怒っているのだ。

 才人は作戦成功だとニヤリと笑った。才人の作戦は、巨大翼竜のテリトリーにデルタンダルを誘い込むことだったのだ。

 デルタンダルは巨大翼竜を振り払おうともがくが背中を強靭なカギ爪で掴まれていては逃げられない。そして巨大翼竜は鋭いくちばしをデルタンダルの頭へ向けて振り下ろしたのだ。花火のような火花が飛び散り、デルタンダルの口から悲鳴が響き渡る。

 だが巨大翼竜は容赦しなかった。デルタンダルの頭へ向かって、何度も何度もくちばしを突き立てる。そのたびに苦しんででたらめに飛び回るデルタンダルと、逃がすまいとする巨大翼竜が翼を振るせいで小東方号にも猛烈な風が吹き込んでくる。

「い、今です先生。今のうちに逃げましょう」

「わかった。エンジン全速前進! 石炭が無くなっても構わん。全力で窯を焚いて回せーっ!」

 小東方号はプロペラをいっぱいに回して逃走していった。今はより大きいデルタンダルに巨大翼竜の気が向いているが、侵入者なのは小東方号も同じなのだ。巨大翼竜がこっちに向かってきたら、今度こそ小東方号は空の藻屑となってしまう。

 全速で逃げる小東方号の後ろで山脈と、血みどろの戦いを繰り広げるデルタンダルと巨大翼竜の姿が小さくなっていく。そしてハラハラしながら後方を注視していた彼らの視界から完全に怪獣たちの姿が消えると、一同はようやく安堵して息をついた。

「どうやらもう追ってはこないようだ。水蒸気機関を通常運転に戻してくれ。進路をトリスタニアへ」

 コルベールも胸をなでおろして操舵手に命じた。小東方号は速度を落として、トリスタニアへと舳先を向けた。

 そして数時間後、傷ついた小東方号の舳先の先にトリスタニアの街並みと、王宮の尖塔が見えてきた。才人たちは疲れて船室で眠りこけているが、そろそろ起こさねばならないだろうとコルベールが甲板で苦笑していると、そこへリュシーがやってきた。

「やあミス・リュシー、エノラくんたちはどうかね?」

「すっかり牙ももげてしまったようでおとなしくしていますわ。自分たちの行く末が不安なようです」

「だろうね。彼女たちはこれまで、道を正しく教えてくれる大人に恵まれなかったから、戸惑っているんだ。大丈夫、君ならうまくできるよ」

「それなのですが、私も本音では不安なのです。私のような罪深い人間が、人を導くなどということが許されるのでしょうか……」

 うつむいて話すリュシーに、コルベールは優しく微笑んで言った。

「リュシーくん、君は接ぎ木というものを知っているかい?」

「接ぎ木……?」

「うむ、生命力はあるが実を成らせない木に、実を成らせるが病気に弱い木の枝を繋ぎ合わせる農法だ。こうすれば、生命力があって美味い実を成らせる木を作ることができる。リュシーくん、人間も同じなんだ。欠点の無い人間などいない。だが欠点を人と人とで補い合うことで、より完璧な存在へと近づくことができる。君には一流の貴族として十分な教養がある。それは彼女たちにとってなによりの栄養だよ」

 最後にコルベールが「こんな私でも教師をやれているんだ。大丈夫大丈夫」と笑うと、リュシーも肩の力が抜けたように笑い返してくれた。

「ありがとうございます。ミスタ・コルベール、私、よい接ぎ木になれるようにがんばりたいと思いますわ」

「それはなにより。ですが、気負っていじめてはいけませんよ」

「努力いたします」

 これは本当にエノラたちは性根を叩き直されることになりそうだと、コルベールは苦笑した。

「さて、にぎやかになって来るから、私もいい加減に身を固めたいんだがなぁ……どこかにいい人はいないだろうか?」

「ふふ、コルベール様ならきっとすぐに素敵なレディが隣に現れますわよ」

 ぼやきながら禿頭をかいて嘆息するコルベール。その隣にリュシーは長い金髪をなびかせながら穏やかに立ち続けていた。

 

 そしてトリスタニアに到着した小東方号は王宮の桟橋に接舷し、ルイズたちはさっそくアンリエッタに謁見した。

「女王陛下、ルイズ・フランソワーズ以下家臣団。ただいま任務を果たして帰還いたしました」

「ルイズ、ああルイズ、よくぞ無事で帰ってくれましたね。心配していたのですよ、皆さんもよく誰も欠けずに戻ってきてくださいました」

 女王陛下直々のねぎらいを受けて、ルイズはガリアで体験したことのすべてをアンリエッタに報告していった。

 アンリエッタはルイズからの数々の報告を驚きながら聞いていたが、ひととおり聞き終わると決意を新たにするように顔を上げた。

「大冒険でしたわねルイズ。あらためて、よくぞ無事で帰ってきてくださいました。新生ガリア王国のシャルロット陛下とイザベラ陛下との同盟は、すぐにでもウェールズ様と検討することにいたします。大義でありました」

「そのお言葉だけで、千の労苦も報われる喜びです」

 ルイズは完璧な貴族の気品をまとって一礼を返した。

 アンリエッタはうなづくと、全員に「肩の力を抜いてください」と言ってから語りかけた。

「本来ならここで皆さんに恩賞を与えなければならないところですが、先んじてやらねばならないことが多すぎて保留にせざるを得ないことをお許しくださいませ。けれど、これできっと世界は安定に向かうことでしょう。ハルケギニアに平和をもたらす我らの宿願が大きな前進を見ました。皆さん、今はゆっくりと体と心を休めてください。必ず来る……最後の戦いのために」

 窓から空を見上げるアンリエッタの言葉に、ルイズや才人たちは息を呑んだ。

 そうだ、戦いはまだ終わっていない。このハルケギニアに混沌をもたらした最大の元凶との決着がまだ残っている。そしてその戦いは、決して避けられるものではない。

 ただ、緊張し続けていても始まらない。アンリエッタはいたずらっぽくルイズたちに笑いかけた。

「ではルイズ、後でわたくしの部屋に来てください。久しぶりにケーキでもいただきながらお話をしましょう。オンディーヌと銃士隊の皆さんも、隊長さんたちが首を長くして待っていますよ。お酒のお代はわたくしのポケットマネーで出しますので、今宵は存分に再会を喜んでください」

 玉座の間に若者たちの歓声が響き渡った。

 大冒険を終えた若者たち、今は平和をかみしめて休むがいい。君たちの力を必要とする時は必ずやってくる。それまでたっぷりと遊び、学べ。

 青春の日々が待っている。

 

 

 続く

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。