第59話
お腹いっぱいの未来
水棲毒獣 ドグリド 登場!
トリステインの首都トリスタニア。
戦争が終わって後の復興は急ピッチで進み、街は元の賑わいを取り戻しつつある。
ゼットンが暴れて壊されたところも、もう家が建てかけられているところもぽつぽつあり、王宮から見下ろす街の景色が元に戻るのも遠くないことだろう。
しかし王宮の中で働く人々の仕事は少なくならない。国内のことから他国との折衷など、課題は尽きることはない。多忙の最たる人はアンリエッタ女王であるのは言うまでもないが、同じかそれ以上の多忙に身を削っている男がいる。
「ふぅ……」
痩せた老人が、短く疲れたため息をついてテーブルについた。まとっている法衣は清潔だが華美ではなく、彼、マザリーニ枢機卿の実直な人柄を表しているようであった。
時間は昼過ぎ。トリステインの内政の大部分を預かる彼は多忙な午前を過ごし、遅めの昼食をとろうとしていた。鳥の骨とあだ名されるマザリーニは風貌からして愛想がなく、執務室に昼食を運んできた使用人もさっさと出て行ってしまった。
マザリーニは孤独に食事を始めようと、自分でグラスにワインをついで準備をした。もともとマザリーニにとって食事は仕事の一環で、楽しむためにとるものではない。しかし普段なら静かなままの執務室に、珍しい声が響いた。
「おやマザリーニ殿、これから昼食ですかな」
「おお、これはチュレンヌ卿、お戻りになられていたのですな」
現れたのは小太りな貴族だった。マザリーニは疲れていた表情を緩めて、彼を室内に誘った。
彼、チュレンヌは以前は素行の悪い貴族として頻繁に名前が上がる評判の悪い男だったのだが、ある頃から人が変わったように誠実な人柄に変わってしまった。当初はいぶかしがられたものの、今では爵位は低いものの穏健派の貴族の筆頭としてマザリーニとも交流を結ぶ仲となっていた。
「この大変な時期にトリスタニアを離れていて申し訳ありませぬ。遅まきながら、女王陛下のお役に立つために微力を尽くしに戻ってきました」
「いやいや、杖を振るうばかりが貴族ではありませぬ。卿のように、日々堅実にペンを走らせる貴族を戦火に失う方が国の損失というものです。よく避難しておいでくださいました。そして、よく戻ってきてくださいました。これで万人力というものです」
「私などにもったいないお言葉です。おや? しかし枢機卿殿、卿ともあろう方がずいぶんと質素な食事をとられていますな。それでは体がもちませぬぞ」
チュレンヌはテーブルに並べられたマザリーニの食事を見て眉をしかめた。黒パンに乾燥野菜に干し肉とは、およそ身分ある者がいただくメニューとは思えない。しかしマザリーニは首を振ると、チュレンヌに説明した。
「いや、これは女王陛下とウェールズ陛下ご夫妻の提案でしてな。平民の感覚を理解するために、週に一度、平民と同じ内容の食事をとることにしておるのです。まあ、この老骨にはちと固いですが、平民たちはこの固さを噛みしめながら貴族への恨み節を流していると思えば、無駄ではありますまい」
「なるほど、お優しいご夫妻らしいですな。確かに、貴族と平民の間には思う以上の格差があります。いえ、あることが当然なのでしょうが、それが過ぎれば国を危うくしますからなあ」
「そういうことです。飢えは国の衰退の象徴であります。しかし、仮に平民たちにも貴族と同じ食生活をさせようとしたら、トリステイン中を畑と牧場に変えねばなりません。国を富ますには民を食わせなければ、しかし畑はそう簡単に増やせるものではありませんからな」
「難題ですな。私もできれば、平民たちにももっとうまい食事をとってもらいたいと思いますが、残念ながら名案はありませぬ」
「このメニューが、この年寄りにも優しいものになるときが来れば、それが真にトリステインが豊かになったといえるのでしょうな。はは、私の寿命では見れそうにありませんがなあ」
「マザリーニ殿、弱気は禁物ですぞ。さあ、仕事には私もこれから加わりますので枢機卿殿はゆっくり食べていてください。腹が膨れれば気持ちも晴れるでしょう」
こうして、王宮内での小さな雑談を挟んでまた忙しい日々は続いていく。
確かにトリステインは平和を取り戻した。だが平和と豊かは必ずしもイコールではない。
ハルケギニアには、味の変化の乏しい食事を少量いただく生活を一生続けてこの世を去っていく貧しい平民がたくさんいる。トリスタニアの市民やタルブ村は裕福なほうで、地方領には食うや食わずの寒村が数え切れない。
それはトリステインの治世のせいだけではなく、物理的な問題が大きい。例えば収穫量を増やすためには畑を増やさなければならないが、畑を耕す農民をどう食わす? と、行き詰まってしまう。
では貧しい人たちは一生おいしい食事や腹一杯食べられる幸せにはありつけないのだろうか? ほとんどの貴族は「仕方ない」と答えるだろう。
だが、そんな長年の常識に一石を投じるかもしれない事件がこれから起ころうとしていることを、彼らは知らない。
最初の予兆は、人間には感じられない程度の小さな地震だった。だがそれが、巨大な生物が地下で移動したためだと観測できる者たちが今はいた。
小型戦闘機が現地に向かって調査に飛び立つ。しかし操縦席に座る彼も、向かった場所で怪獣以外の何が待ち受けているかまでは、予測のできようはずもなかった。
ある平和な昼下がり……ハルケギニアに無数にいる貴族たちは、ほとんどは伝統と格式を守って生きている。
しかし、中には奇特な変わり者も混ざっている。このお話は、そんな変わり者のひとりが体験したひと夏の冒険の物語である。
「ふぅ、暑いですね……」
トリステインのある地方領。役人でもなければ名を知る者も少なく、小麦とわずかな野菜を出荷して税金を払っているような貧しい寒村しかない。そんな田舎に、一人の少女が訪れていた。
彼女の名前はリュリュ。元はガリアの貴族であるが、美食の魅力に取り憑かれ、家を飛び出して各地を旅して修行をしていた。最近まではトリステイン魔法学院に腰を下ろしてコック長のマルトーから手ほどきを受けていたが、休暇をとって再び旅に出ていたのだった。
「マルトーさんにはまだまだ教わりたいことがあるけど、わたしの夢のためにはずっとあそこにいるわけにはいかないですものね。でも、やっぱりまだ自分の力を試すのは早かったかしら……」
疲れた様子で、リュリュは悪路を歩いてきて駄目になった革靴を取り換えた。彼女の衣服も砂や泥にまみれて薄汚れており、とても貴族の着るものとは思えない。
けれど、改めて歩みだした彼女の足取りは、高貴な生まれの気品ある軽やかな足音をかもし出していた。
田舎道の両脇には麦畑が続き、麦の穂が風に揺れている。リュリュは道をのんびりと歩き続けていたが、鳶色の瞳に農道の縁に腰掛けている老人が映って声をかけた。
「もし、おじいさん。少しよろしいでしょうか」
「おん? 見ないお嬢さんだが、あんた貴族だね。そん振る舞いでわかったよ」
「え? あ、はい。でも領主の見回りとかではありませんので、どうか気になさらないでください」
「ええってことよ。こんな老骨どうなろうと誰もかまやせんて。しっかし、こん田舎には盗っ人も寄り付かんつうんに、お嬢ちゃん何しにきなさった」
物珍しそうにリュリュを見返してくる老農夫の視線は優しげで、リュリュは安心すると老農夫の隣に腰かけた。
「はい。あ、その前によければこれをどうぞ」
「おんや、これは干し肉かい……んむ、柔らかくて、美味い」
「美味しいですか! よかった、実はそれはわたしが作ったんです。ここに来たのも、それに関わることで」
リュリュは、その干し肉が自分が『錬金』の魔法で作った人工肉であることを明かすと、自分の夢を打ち明けた。自分の夢は、美食を貴族だけでなく、平民もいっしょに楽しめるようにすること。そのために、安価で平民の手にも食材が届くように、魔法を使って食べ物を作る研究をしてきた。その干し肉も保存食用の新製品のひとつである。
「ただ、魔法で肉などを作ることはできますが、美味しさにこだわるとどうしても一度に作れる量は少なくなってしまうんです。それに、材料には豆などを使っていますけれど、錬金肉を多く作るために豆が不足することになってしまったら本末転倒ですわ。ですから、作物を育てる方法を学びにやってきました」
それは貴族の園である魔法学院では学べないことだった。農作業という泥くさくて虫が寄ってくる仕事に役人でもないのに近づきたがる貴族は普通いない。そのために地方にやってきているだけで、リュリュが相当な変わり者であるのがわかる。
老農夫はリュリュの熱弁をぼんやりとしながら聞いていたが、ぽんと膝を叩いて言った。
「それは難儀なことじゃなあ。見てゆきたいと言うなら、別に隠すもんはなんもない。しかしのう、ここはそんなに見せられるもんは無いぞ。まあ、そこの麦を見てみんさい」
言われて、畑に降りたリュリュがまじまじと麦を見てみると、茎や葉に細かな虫がついて食い荒らしていた。当然、被害にあった麦は弱って穂も小さくなっている。
「ひどいですね……」
「じゃろう。人間が食って美味いもんは、そりゃ虫にとっても美味いもんじゃ。取り除こうにも、人の手じゃとても追いつかん。人間は虫の食い残しを食っとるようなもんじゃよ」
「そうなんですか……魔法でなんとかはできないんですか?」
「ふむう、そりゃ高名なメイジ様ならなんとかできるかもしれんが、メイジ様にお願いする金なんて我らにはないわい。それにこの広さじゃ、何人メイジ様が必要かわかりませんがな」
「ですよね……」
リュリュは害虫の食害を魔法でどうにかすることの困難さを、見渡す限りの麦畑の広さを見て思い知らされずにはいられなかった。
もし、害虫をなんとかできたらそれだけでも収穫量は何倍にもなるだろう。しかし、本職の人たちが長年かけても名案のないものを、素人がどうできようか? 出だしからの難題にリュリュは頭を悩ませた。そんなリュリュに、老人は腰を上げると、歩み出しながら手招きした。
「お前さん、どうやら本気のようじゃのう。できれば、教えられるもんは教えたいが、来る時が悪かったのう。この土地はもうお終いなんじゃ」
「え、それってどういうことですか!」
「まあ見たほうが早い。来なさんせ」
促されてリュリュは老農夫に着いていった。そしていくつかの水路を越えてたどり着いた畑を見せられて目を疑った。
「な、なんですかこれは!」
その畑は枯れ果てていた。植えられていた麦は一本残らずしおれて倒れて、腐りきっている。
いや、単に枯れているだけではない。黄色くまだらのように汚液が付着しており、よく見ると水路に同じ色の汚液が流れている。
「少し前からかな。山から引いてる水に見たこともない毒が流れ出してのう。それが少しずつ畑を犯しておるんじゃ。このままでは、あと半月もせずに全部の畑がダメになってしまう」
「一大事じゃないですか! なぜ急いで水源を調べないのですか?」
「山を登ろうにも年寄りばかりじゃしな。ご領主さまもお城の騎士たちもお年を召しておるし、どうしようもありゃせんよ」
「若い人はいないんですか?」
「何年か前は少しはおったが、こんなところで腐らせちゃもったいないとよそに移したよ。こげな田舎と運命を共にするのは年寄りだけでええ……」
疲れたような表情を見せる老農夫に、リュリュは胸が締め付けられる思いがした。先の見えない田舎暮らしへの失望感……しかし。
「気を落としちゃダメです! わたしが異変を解決してみせますから、こんな素晴らしい農園を終わらせちゃいけません」
「あ、おお……」
老農夫は、自分の手を取って熱弁してくるリュリュに返す言葉を失っていた。
変わり者の貴族、人の好い貴族はいないわけではないが、ここまで感情的になってくれる貴族はいなかった。リュリュは口調を強めて、さらに熱弁する。
「たとえばこの麦畑ひとつだけで、何百人ぶんのパンが作れるでしょうか! それを無くしてしまうなんて世界の損失です。世の中には、粗末な黒パンしか食べられない人がいっぱいいるんですよ」
「……あんたも変わった人じゃのう。そういやあ、あんたの前にもう一人ここを見に来たお人がおったのう。学者の先生みたいな感じじゃったが……」
その話を聞いたリュリュが飛び上がらんばかりに驚いたのは言うまでもない。すぐに、その人はどこにと尋ねると、老農夫に「待っててくださいね!」と念を押して、呆然と見送る老農夫を背に走っていってしまった。
「近頃のおなごは元気ええもんじゃのう……」
そして走っていったリュリュは、村外れの畑の前で何かを計測している黒髪の青年を見つけた。
「この反応……やっぱり怪獣の可能性が高いか」
彼は被害にあった畑の前で、何かの機械を操作していたが、リュリュは構わずに彼に話しかけた。
「すみません! あなたがここを調べに来たという学者様でしょうか?」
「わっ! な、なんだい君は」
「あっ、すみませんわたしったら。実は……」
驚く青年に、リュリュは自分の事情を説明した。そして、畑の異変を解決するために力を貸してほしいことを頼み込んだ。
「というわけなんです。この麦畑は世界の宝です。なんとか守るために力を貸してください! お願いします」
「ま、まあ落ち着いて。異変を解決したいのは僕も同じだから。でも、これは危険なことになるかもしれない。だから、君はここで待っていて」
「大丈夫です。私、土のメイジですから、見てください!」
青年に止められると、リュリュはなにを思ったのか、靴を脱ぎ捨てると毒で汚染された畑の中に飛び込んでしまった。
「危ない! そこには毒が」
「ううっ! だい、じょうぶです。これくらいの毒、錬金でなんとかできますから」
畑の泥にくるぶしまで足を埋めたリュリュは、錬金しきれなかった毒の痛みで脂汗を浮かべながらも、枯れた麦を手にとって訴えた。
「この麦を見てください。平民の人たちが、虫にかじられても一生懸命育ててくれた大切な麦を、腐られてなんておけません。足手まといにはなりませんから、どうか連れていってください」
「わかった、わかったから! だから早くそこから出てください」
根負けした青年に懇願されると、リュリュはようやく泥から上がってきた。水の魔法で泥を落とし、靴を履き直すと嬉しそうに青年に笑いかける。
「ありがとうございます。わたしはリュリュと申します、よろしくお願いします」
「大変なことをする人だね。ここではだいぶ薄まってるけど、それでも害虫さえ全滅するほど強い毒なんだよ。仕方ない、君の熱意には負けたよ。僕は高山我夢、よろしく」
ウルトラマンガイアこと高山我夢。彼は着慣れたXIGの制服ではなく、この世界の学者風の衣装に身を包んでいた。むろん、怪しまれずに調査をするための工夫であったが、世の中には往々にして常識の通じない人間がいるものであった。
しかし、我夢の表情には迷惑だと感じているものはない。向う見ずに突っ走るタイプは彼の友人にもいる。
我夢が差し出した握手の手を、リュリュは喜んでぐっと握り返した。
「はいっ! 足手まといにならないよう気をつけますので」
「いてて、まだそれ握ってるのかい?」
「あ、ごめんなさい」
我夢に痛がられて、慌ててリュリュは手に持ったままの麦を手放した。こぼれ落ちた麦束に目を落とすと、甲虫がしがみついたままで死んでいる。そんなのといっしょに握られたら痛いわけだ。
え? 虫が死んでる? リュリュは手のひらを見た。黄色い毒液がうっすら手のひらに残っているが、手はなんともない。
これって、もしかしたら……リュリュは自分の脳裏におぼろげな何かが浮かびはじめたのを感じた。
「どうしたの?」
「あ、いいえなんでも」
まだおぼろげな閃きに過ぎない。しかしこれはもしかしたら……という感情がリュリュの中に湧き始めていた。
それからリュリュは我夢と同行して、山から村に水を引いている水路をさかのぼり始めた。老農夫の言った通り、山道は険しかったが、若い我夢とリュリュは特に苦にせず登っていく。
「へえ、ミスタ・ガム、いえ、ガムさんという呼び方のほうがよろしいのですよね。ガムさんは怪獣の研究をされてるんですね。ここの異変も、怪獣の仕業なのですか?」
「うん、その可能性はあると思う。それにしても、君は怪獣が現れるかもしれないのに怖くないのかい?」
「うふふ、わたし、実はこういう冒険は初めてじゃないんです」
ただの女の子にしては行動力がありすぎるリュリュに我夢が尋ねると、リュリュはこれまでに自分が経験した冒険や怪獣との戦いの思い出を語った。
その上で魔法学院を飛び出して、ここまで勉強にやってきたこと。感心した我夢から、でも大変なんじゃないかいと聞かれたが、リュリュは元気よく答えた。
「大変です。でもそれ以上に、美食が好きで好きでたまらない気持ちが抑えられないんです。この喜びを、もっともっと広げたいのですわ」
「いい夢だと、僕は思うよ。魔法学院の生徒には僕も知り合いがいるけれど、その子も自分以外の誰かのためにいっしょうけんめいになれる子なんだ。そんな生き方ができるのは、とても素晴らしいことだよ」
「そ、そんな。わたし、そんな立派なものじゃないですよ」
褒められて照れるリュリュ。魔法学院もだいぶ軟化したとはいえ、貴族から平民を見る目はまだまだ厳しい中で、平民と同じ視点を持つリュリュの考えはなかなか理解されるものではなかったからだ。
そうして山道を登りながら、我夢とリュリュは話を続けた。元々勉強家のリュリュは学者の素質もあるようで、我夢とは意外にも話が合った。
だが打ち解けていくなかで、リュリュは自分の中の不安も吐露していった。
「ガムさんはすごいですね。まだお若いのに、お一人で怪獣の調査までできて。わたしなんて、さっきは大見得をきりましたけど、本当はどうやってあんな広い畑を救えばいいのか……」
カッとなるとつい無茶なことでも先走ってしまうと、リュリュは自嘲げに俯いて言った。
我夢はリュリュの苦悩に対して、何も答えない。我夢も専門ではないが農業にはそれなりの知識はあるものの、それをこの世界の人間にそのまま教えるのは違うと考えている。
この世界の問題は、苦労してでもこの世界の人間が解決すべきだ。経過を飛ばした歪んだ進歩は必ずしっぺ返しがくるものである。恐らく藤宮でもそうすると、我夢は口をつぐんだ。
そうして山道を歩いていくと、水源は山中の大きな洞窟から流れ出る川に続いていた。
「大きな洞窟ですね。高さだけでも十メイルくらいありますよ」
「この地方は地下水が豊富なんだね。地下水が長年をかけて侵食して、こんな大きな洞窟や川を作ったんだ」
毒水の混じった水は、洞窟の川から流れ出ている。我夢とリュリュは顔を見合わせた。
「この奥らしいね。幸い、付近の木の根が足場になってるから、洞窟の中を進んでみよう」
「そうしましょう。けど、大きな木ですね。てっぺんまで20メイルくらいありそうです。どうしてこのあたりだけ、こんな大きな木が生えてるんでしょう?」
リュリュが、洞窟のそばに生えている巨木を見上げて言った。山道を進んできたが、こんな巨木はなかった。すると我夢が洞窟の天井を指差して言った。
「ほら、きっとあれが理由だよ」
「え? コウモリですか?」
洞窟の天井には巨大なコウモリがぶら下がっている。地球にはいない巨大コウモリで、人間はともかく猫くらいは餌食にできそうなサイズだ。今は昼なので天井でじっと眠っているが、我夢はその真下の川を次に指差した。
「あのコウモリたちの糞が下の川に落ちて、土壌に沁み込んで栄養になっているんだ。鳥やコウモリの糞に含まれているリンが植物の栄養になるんだ」
「へーえ、コウモリの糞ってそんな効果があるんですか」
リュリュは感心したような目で、地面に落ちているコウモリの糞を拾ったりしている。我夢は、その女の子離れした態度に、この世界にもキャサリンや稲森博士みたいな行動派な女子がいるんだなとと感心していた。
「コウモリの糞……これが肥料になるのなら……でも集めるのが」
ぶつぶつとなにかを呟きだすリュリュを見て、我夢は、もしかして口を滑らせちゃったかな、と、少し後悔を覚えていた。
洞窟を進む我夢とリュリュ。洞窟は奥深く続いているものと思われたが、突然途切れて青空が現れた。そこはドームのようになって、大きく空が開けている。
「何でしょうここは。なにか、最近崩れてできた場所みたいですけど」
「怪獣の巣……だったところみたいだね」
我夢は探知機を使いながら、壁を指さした。壁には黄色い毒液が付着して、それが少しずつ川に溶け出している。
「あれは恐らく怪獣の体液だ。ここで生まれるか冬眠していて、大きくなりすぎて洞窟にいられなくなったんだろう」
「じゃあ、怪獣はもう外に!」
「そのようだね……」
怪獣がこの近くに野放しになっているという事実に、我夢とリュリュの顔が曇る。しかも、怪獣はまだこの近くにいるはずだ。
その時、洞窟の外から風に乗って怪獣の声らしきものが聞こえてきた。
「しまった! 怪獣と入れ違いになってしまったんだ」
「今の鳴き声、村の方からです。ガムさん、戻らないと」
リュリュが洞窟の出口を指差して叫ぶ。しかし、我夢は洞窟の開いた天井を見上げながらXIGナビを取り出して呼びかけた。
「PAL、緊急事態だ。すぐにここに来てくれ」
その呼びかけに答え、我夢の専用機であるXIGファイターEXが洞窟の天井に開いた穴から降りてくる。我夢はリュリュを乗せるかは躊躇したが、女の子を山中に置き去りにする危険を考えて後部座席に座らせた。
見たこともない科学技術の塊の戦闘機の座席に乗せられて困惑しているリュリュに、なんとかシートベルトだけはさせた我夢はファイターEXを発進させた。
「飛ばすよ。暴れなければ安全だからね」
「わわっ、ほんとに飛びました。これなんなんですか! 竜なんですか?」
困惑して目を白黒させるリュリュを乗せて、ファイターEXはリパルサーリフトで浮遊して飛行を始めた。一分もしないうちに、山中をふもとの方へと進む怪獣の姿が眼下に見えてくる。
「あれだ!」
「うわっ、ほんとに怪獣ですね。ヌメヌメしてて、おっきなオタマジャクシ? それともイモリですか?」
怪獣は我夢も見たことのない姿をしていた。丸っこく黒黒とした体は粘液のような光沢を持ち、まるで頭でっかちのイモリのような容姿を持っている。
「両生類系の怪獣みたいだ」
我夢はそう判断した。リュリュの言う通りにオタマジャクシのような姿や、粘膜に覆われた体の特徴から見て間違いない。
だが、怪獣の正体について考えたのはそこまでだった。怪獣が現れた時、大切なのは怪獣が何を目的に行動しているかを見極めることだ。
「あの怪獣、どこかを目指しているのか?」
怪獣もこの世に存在する以上は何らかの理由で行動している。本能で動く野生の生き物ならばなおさらだ。
そのとき、リュリュがさっきの我夢の言葉を思い出すように言った。
「あの怪獣、さっきの洞窟にいたんですよね。住処が無くなって、新しい住処を探しているのではありませんか?」
「きっとそれだ。あいつがカエルみたいな生物なら、恐らく大きな水辺を求めてる」
「あっ、あの村には南に確か魚を育てるための池がありました」
「南だって。止めないと、村を横断してしまう」
怪獣をけん制するため、ファイターEXからサイドワインダーが放たれる。鈍重そうな見た目通り、怪獣は避けもしないでミサイルの直撃を受ける。
「やりましたね!」
ミサイルの爆炎に包まれる怪獣を見て、リュリュが快哉を叫ぶ。だが、我夢は楽観していなかった。
「いや、効いてない」
そのとおりだった。牽制で放ったミサイルは怪獣の皮膚を通せず、攻撃を受けて怒った怪獣は背中のフジツボのような噴出口から黄色い毒液を吹き付けてきた。
「危ない!」
ファイターEXは急旋回して毒液をかわした。だが飛び散った毒液が周辺の森を枯らしていく。
「森が!」
「あの毒液、洞窟から出てきたのはあいつに間違いないみたいだ」
我夢とリュリュは毒液の威力に戦慄しながら、カエルのような怪獣を見下ろした。この怪獣は、別の世界では水棲毒獣ドグリドと呼ばれ、名前の通り強烈な毒を噴射する能力を持っている。
ドグリドはファイターEXを追い払うと、再び村の養殖池を目指して進み始めた。あんな毒の塊みたいな奴が村に入れば、畑も水源もすべて汚染されて、この一帯は人間が住めなくなる。リュリュは、親切にしてくれた老農夫の顔を思い出して我夢に叫んだ。
「ガムさん、あいつを止めないと!」
我夢はリュリュに無言でうなづくと、ファイターEXを着陸させた。そしてファイターEXを降りると、副操縦席にリュリュを残して走り出す。
「リュリュちゃん、ここから動かないで。PAL、彼女が危なくなったら発進させてくれ」
「あの、ガムさんどこへ!?」
「心配しないで、すぐ戻るから」
我夢はリュリュから見えなくなるまで走ると、進撃を続ける怪獣を見上げた。
あの怪獣は恐らく、古代の両生類の生き残りだ。それが長い冬眠を経て怪獣へと姿を変えた、れっきとしたこの星の生き物だ。だが、その存在が現在の生態系を破壊してしまうのならば、倒さなければならない。誰かが手を汚してでも。
我夢はエスプレンダーを掲げ、地球の守護者の名を叫んだ。
「ガイアーッ!」
赤い光に包まれて、ウルトラマンガイアへと変身する。
地響きを立て、ドグリドの前に着地するガイア。その姿を見て、リュリュは驚きのすぐ後に大きく叫んだ。
「ウルトラマン! 村を守って!」
「デアッ!」
リュリュの声に応えて、ガイアはドグリドへとダッシュしてゆく。ガイアのキックがドグリドの巨大な頭部を蹴ってよろめかせる。
ガイアを敵と認識して睨み返すドグリド。しかし、ドグリドは二足歩行で前腕を持っているが、巨大な頭部に反比例して著しく前腕は退化しており、ほとんど役に立たない。その代わりに肥大化した頭部でそのまま突進してきた。
「フワァッ!」
大質量の体当たりを受けて、ガイアが吹っ飛ばされる。しかしガイアも今ではこれくらいで参りはしない。吹っ飛ばされた勢いで空中でバック転して無事に着地した。
進行を邪魔されて怒るドグリドは、さらに突進攻撃を繰り出してくる。ガイアは、これに正面から立ち向かうのは転がってくるボウリング玉を受け止めるのに等しいと、ジャンプしてドグリドの後ろに着地した。そしてそのままドグリドが振り返る前に、右手に赤く光る光の剣を作り出して背中を斬りつけた。
『アグルブレード!』
光の剣はドグリドの粘液質の皮膚をたやすく切り裂いた。だが傷口から黄色い毒液が吹き出してガイアに降りかかった。
「ヌワッ!」
「ウルトラマン!」
毒液が体にかかってひるむガイア。ドグリドは体液すべてが毒液なのだと知って、リュリュは毒液を浴びてしまったガイアを見て心配の声をあげた。
しかしガイアは体にかかった毒液を振り払うと、近づいてきたドグリドをアッパーでなぎ倒した。その様子を見たリュリュはほっとすると同時に、あの毒液はそんなに強くないのでしょうか? と、いぶかしんだ。
だがそれでも、木々を一瞬で枯らしてしまう程度には毒性のある毒液だ。森への悪影響を考えて手を出しかねているガイアを見て、リュリュはなんとかできる方法はないかと考えた。
「わたしにできること。わたしにできることと言えば……!」
リュリュの目に決意の光が宿る。そして、ファイターの操縦はできないリュリュはコンソールに映るPALに向かって呼びかけた。
「あ、あの、パルさん! この鉄の鳥を、毒を浴びた森の上まで飛ばしてもらえませんか!」
「我夢の命令が優先です。その命令には、どんな意味がありますか?」
「ウルトラマンを、助けるためです」
「わかりました。離陸します、しっかり掴まっていてください」
PALはただのAIではない。リュリュの意思を汲んでファイターEXは離陸し、毒液を撒き散らされた森の上でホバリングする。リュリュは風防を開けてもらうと、ドグリドに手を出しかねているガイアをちらりと見てから、杖を取り出した。
「きっとできる。そのために、魔法学院で勉強してきたんだもの……『錬金』!」
リュリュの杖から魔法の光が放たれ、木々にまとわりついた毒液に降り注ぐ。すると、毒液はリュリュのイメージしたとおりに毒性を消されて、ただの色水となって流れ落ちていく。
これがリュリュの魔法。貧しい人のために、粗末な材料からでも美味い食材を作れるように磨いた錬金の魔法は、毒を浄化する力に変わってガイアの助けとなった。
「やりました! ウルトラマンさん、毒はわたしがなんとかします。怪獣をやっつけてください!」
リュリュの叫びに、ガイアはうなづいた。ドグリドの正面からキックを打ち込んで、ドグリドの巨大な頭部をへこませる。怒ったドグリドは背中から毒液をジェット噴射のように吹き出して突進してきたが、ガイアは突進の勢いを利用し、ドグリドの小さな腕を掴んで放り投げた。
「ダァーッ!」
投げられたドグリドから毒液が撒き散らされるが、それにはリュリュが錬金をかけて被害を抑えていく。そして、周囲への被害を気にしなくてよいなら、ガイアにとってでかいだけの毒ガエルなど敵ではない。
我夢はドグリドの性質を観察して分析した結果、この怪獣は死体を残すだけでも危険だと判断した。やるならば、一撃で欠片も残さず焼き尽くさねばならない。ガイアはエネルギーを腕に集め、火花のようにほとばしるエネルギーを増幅すると、L字に組んだ腕から金色の光線を発射した。
『クァンタムストリーム!』
光線はドグリドの頭部から口部を貫き、ドグリドは一瞬風船のように膨れて大爆発した。
「や、やりました!」
火の粉になって飛び散るドグリドの最期を見て、リュリュが喜色を浮かべた。
ドグリドの体内の毒素は完全に焼き尽くされたようで、破片や煙がかかっても木々が枯れたりはしていない。ガイアは事態が鎮静したことを確認すると、空へと飛び立った。
「シュワッ!」
ガイアはファイターEX上のリュリュにサムズアップを見せて飛び去っていき、リュリュは手を降ってガイアを見送った。
やがてファイターEXはPALの操作で着陸し、操縦席から降りたリュリュの元に我夢が駆けてきた。
「おーい」
「あっ、ガムさん。どこに行っていたんですか?」
「ごめん、怪獣を村から離れたところにおびき出そうと思ったんだけど、必要なかったみたいだね」
バツが悪そうに笑う我夢に、リュリュは怒ったように言った。
「まったくもう、無茶はしないでください」
「ごめん。でもなんとか、水源の汚染は食い止められた。あとは怪獣の残した体液を処理すれば、この村の作物がダメになることはないはずだよ」
我夢が、枯れ木に付着しているドグリドの毒液を見上げて、安心させるように言った。リュリュの錬金の魔法を使えば、残ったすべてを無毒化することは可能なはずだ。
しかし、リュリュの表情は晴れなかった。
「ガムさん、怪獣はやっつけました。でも、元に戻っても、この村の未来が危ないのは変わらないんです。なんとか、農民の皆さんに希望を持ってもらうことができないと……」
苦悩するリュリュを見て、我夢は胸が痛んだ。しかし、地球の知識で安易に助け舟を出してはいけないと、ぐっと出かかった言葉を飲み込む。
「あ、落ち込んでる場合じゃないですよね。わたしはわたしの仕事を果たさないと」
リュリュは気を取り直して、枯れ木に付着している毒液に錬金をかけた。しかしリュリュが気落ちしていたせいか、毒液は色が薄まった程度で無害化しきれずに地面に落ちた。
「あっ、いけない!」
失敗したことで、リュリュは慌てて駆け寄った。そして草の上に落ちた毒液を見下ろすと、毒液を浴びた虫が苦しんでいるが、同じく毒液を浴びた草は枯れずに青々としたままなのが見えた。
「これって、もしかして」
リュリュの頭の中に、先ほど畑でも虫が毒液を浴びて死んでいた光景が蘇る。ひらめきが生まれたリュリュは、思い切って毒液に手を突っ込んでみた。それを見た我夢に止められるが、リュリュは毒液に染まった手をかざして力強く答えた。
「大丈夫です。なんともありません。ガムさん、もしかしてなんですが、この毒液を薄めて使えば、人や作物に害を出さずに虫だけを駆除できる薬を作れるんじゃないでしょうか」
リュリュの言葉を聞いて我夢は驚いた。それはまさしく、農薬の概念だったからだ。しかし、地球で農薬の概念が浸透して大規模に使われるようになったのは、18世紀以後のほんの最近のことだ。それを、ヒントがあったとはいえ自力でひらめくとは。
我夢は残った毒液を小瓶に入れて保存し始めたリュリュを見て、息を呑みながらも話しかけた。
「それを、どうするんだい?」
「どれくらい薄めれば一番効果があるか、いろいろ錬金をかけて確かめてみます。もしうまくいけば、村を悩ませている作物の害虫を一気に減らせるかもしれませんから」
「でも、怪獣が死んだ今は毒液の残りは少ないよ」
「それなら、錬金を使ってオリジナルを増やします……そうです。増やせばいいんです!」
喜色満面に叫んだリュリュは、驚いている我夢へ熱弁を続けた。
「食べ物を増やすのは難しくても、薬なら成分を分析できれば増やせます。人間が飲む薬なら緻密な計算もいりますが、撒いて使う薬なら多少の不純物が混ざっても大量生産できますよ……それに、洞窟で見たコウモリのフンも錬金で増やすことができれば肥料として役立てられるかも!」
次々に浮かぶアイデアを楽しそうにリュリュは我夢に語った。恐らく、こうした発想に至ったのはハルケギニアの歴史の中でもリュリュが初めてだろう。過去のメイジたちも、錬金で物を増やそうと考えた者は星の数ほどいたであろうが、貴金属などの希少品などの価値あるものにだけ目が行って、平民のために肥料を増やそうなどと考えた者は皆無であったろう。
しかしリュリュは違う。よりよい錬金を成すためになら、毒液だろうが動物の糞だろうが手に取り、口に運ぶくらいの情熱と信念を持っている。型破りな貴族は多々いても、ここまでする貴族はリュリュくらいだ。
「わたし、必ずこの地方の農業を蘇らせてみせます。誰もが、お腹いっぱい食べられる未来を創るために!」
決意に目を輝かせるリュリュを前に、我夢は彼女は天才かもしれないと思った。いや、天才という呼び方は少し違うかもしれない。リュリュの原動力は才能ではなく、シンプルな親切心でしかない。しかし我夢も所属する天才集団アルケミースターズでも、研究を前に進めてきたのは生まれ持った才能だけでなく、地球のためになろうという使命感だった。
科学と魔法で違っても、歴史を動かす発明や発見をしてきたのは、常に情熱を忘れない魂の躍動だった。平民にも美味しいものを食べさせてあげたいという素朴な発想から始まり、その情動に従って生きてきた彼女は、農業というものを丸々変えるかもしれない発明の入り口に立っている。
我夢は短くリュリュに言った。
「頑張って、応援してる」
「はい、必ずやり遂げてみせます」
表立って手助けすることはできないが、我夢はリュリュの夢が叶うことを心から願った。
リュリュは薄汚れた服を気にもせずに、子供のようにはしゃいで新たなアイデアに身を焦がしている。
彼女の研究がハルケギニアを動かすか動かさないか、まだ誰も知らない。彼女の前には、数多くの挫折や困難が立ちふさがるに違いない。それでも、リュリュはきっと止まらずに歩み続ける。人間の熱い魂こそが、不可能を可能にできる、ウルトラマンよりも強い力なのだから。
続く