第60話
魔法の国のサムライガール
奇怪宇宙人 ツルク星人 登場!
宇宙は戦いに満ち、星の数ほどの戦士たちもいる。
戦士たちの戦う理由は様々で、正義のため、金のため、名誉のため、単に戦うことが好きと、それぞれが覇を競っている。
だが、中には命を奪うことそのものに邪悪な喜びを覚える者もいる。
昔、そんな邪悪なツルク星人が一体いた。殺戮を繰り返した末に宇宙Gメンに討伐され、その凶行は食い止められたかに見えた。
だが、星人の狂気の念はこの世にとどまり、怨霊として宇宙をさまよってきた。星から星へ、血を求めてさまよう怨霊はいつからか時空をも超え、別の宇宙にも魔手を伸ばした。
けれども、怨霊の凶行はある時を境にぴたりと消え失せた。怨霊を討伐できるような者がこの世にいるのだろうか? その疑問も、時の流れの中に忘れられていった。
そして、この物語は、二つの流れ星が時空を超えてハルケギニアに降り立った日の数日後から始まる。
世界を震撼させたガリアの動乱からも日数が経ち、ハルケギニアも落ち着きを取り戻しつつある。
ところで、ハルケギニアと一言で言っても、その中身はかなり細かく分かれている。
まず、ハルケギニアにある国は大きくガリア、ゲルマニア、ロマリア、アルビオン、トリステインの五国に大別できる。
浮遊大陸であるアルビオンを除く四国のある大陸は、北、西、南は海に面し、陸続きの東はエルフの住むサハラにつながっている。人間たちは六千年間、この陸地と浮遊大陸だけで暮らしてきた。
しかし、もっと詳しく目を凝らせば、ハルケギニアのあちこちには小国が点在している。
ゲルマニアの都市国家群や、トリステインの中のクルデンホルフ大公国がそれになる。
そして、トリステインから遠く離れた辺境に、ひとつの小国がある。
そこは小国とはいえ、よく統治されて平和に栄え、トリステインとも国交が結ばれてきた。
そんな国に、数名の少年たちがトリステインからやってきている。レイナールをリーダーにした水精霊騎士隊の数名は魔法学院のオスマン学院長の要請を受けて、この国にはるばるやってきていた。
その目的は、才色兼備で名高いというこの国の姫を魔法学院に留学生として招待する事。
しかし、姫と目通りが叶ったレイナールたちであるが、目的はさっそく暗礁に乗り上げていた。
「帰れ」
開口一発、姫にはそう切り捨てられた。小さな王城の謁見の間で、リボンでまとめた金髪の下の瞳を鋭く光らせて、好感度の欠片もなくレイナールたちを見下ろしている。
「遠路ごくろう。しかしアンリエッタの紹介だから会うだけは会ってやったが、わたしはこの国を離れるつもりは無い。早急にお帰りいただきたい」
とりつく島もない、けんもほろろな返答に、レイナールたちは何も言えずにその場を立ち去るしかできなかった。
城門の前まで戻されて、唖然とするレイナールたち。そう簡単にはいかないと思っていたが、まさかここまで有無を言わさずに拒絶されるとは予想外だった。
「副隊長……」
少年の1人がレイナールに話しかけた。これからどうするのか? あんなにはっきり拒絶されたならもう無理だと彼の目は言ってきた。
しかし、レイナールは眼鏡をかけ直すと、仲間たちを見渡して言った。
「皆、こんなとき、ギーシュ隊長やサイト副隊長ならどうしたと思う? 尻尾を巻いて逃げ帰ったかい? 違うだろう」
「レイナール、お前まだやる気か?」
「もちろんさ。一回断られたくらいで引き返したらオスマン学院長にも申し訳が立たない。なによりトリステイン貴族の名折れだ。みんな、作戦を練り直して出直ししよう!」
レイナールが宣言すると、少年たちもそうだそうだと口々に同意した。レイナールは水精霊騎士隊で一番線が細いが、内に秘めた情熱はギーシュや才人にも劣らない。その情熱が伝わって、仲間たちにもやる気が蘇ってきた。
「よし、やろうぜ。ギーシュ隊長たちをぎゃふんと言わせてやろう」
「うん。まずは情報収集だ。みんな、あの姫様に関することを聞き込んでこよう」
敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言う。同じ言葉がハルケギニアにあるのかは不明だが、あの2人と違ってちゃんと計画立てて行動することができるのがレイナールの強みだ。
考えてみれば、勢いだけで一国の王女を勧誘できるわけが無かった。水精霊騎士隊は街に散り、一刻後にまた集まって情報をまとめた。
「どうだい? 彼女について何かわかったかい?」
「わかるも何も、彼女、王族なのに市井でもかなり有名人だぜ。まあ、いい意味ばかりじゃないが」
実際、オスマン学院長から渡された資料でもある程度は語られていたが、この小国の姫君はかなりの変わり者のようだった。
フルネームは、クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナ。年齢的には十七といったところ。
メイジとしての二つ名は『迅雷』。文武両道の才女で、平民にも分け隔てなく接する気立てのいい人物で、トリステインのアンリエッタ女王とも個人的な親交がある。
と、ここまでならば問題はない。しかし彼女には明確に普通の貴族や王族とは違うところがあった。
「ブシドー?」
それを聞いたレイナールたちは一様に首をかしげた。聞いたことのない言葉に、顔を見合わせる。
「なんだいそれは?」
「さあ、よくわからないけど、模範と言うか求道というか。とにかく彼女はそのブシドーを極めるために日々鍛錬しているんだそうな」
そう言われてもさっぱりわからない。街の人も詳しく知っている人はいなかったらしく、少年たちは戸惑うばかりだった。
しかし、足踏みしてばかりはいられない。レイナールは、行動することを決めた。
「ともかく、そのブシドーが何かを考えてても仕方ない。もう一度アタックしてみよう」
水精霊騎士隊に後退は無い。レイナールにとってはあまり好きな部隊訓ではないが、今はそれに従う他に道はなさそうだ。
姫殿下は毎日町はずれの森で鍛錬していると聞き、水精霊騎士隊一行は一縷の望みを込めて森へと向かった。
「はぁーっ!」
森に着くと、姫は簡単に見つかった。彼女の鍛錬の掛け声が大きく響き渡っていたからだ。
木陰からその様子を覗き見たレイナールたちは目を丸くした。彼女はモンモランシーのように金髪を後ろでリボンでまとめて、道着を着て刀を振ったり木人に木刀を振ったりしている。とても王族の姫君がする行為とは思えず、理解が追いつかない。
「なんだいアレ? 王族なら、普通魔法の修練を積むものだろ? まるで銃士隊の訓練じゃないか」
「アレがブシドーなのか?」
もしここに才人がいれば、ブシドーが武士道だと察しがついただろう。しかしハルケギニアの人間のレイナールたちにとっては理解の外で、完全にあっけに取られていた。
トリステインでも銃士隊の存在こそ現在では周知のものだが、銃士隊は全員女性であれど平民の部隊である。アンリエッタ女王が剣を振り回しているようなものと言えば、その異常さがわかるだろう。
「はーっ!」
姫は金髪をなびかせ、休むことなく刀を振っている。汗が飛び散り、日光を浴びて輝く。
レイナールは最初、その淑女とは程遠い姿に困惑していたが、いつしか彼女の勇ましい姿に見とれていた。
「きれいだ……」
眼鏡の奥で少年の瞳がキラキラと憧れの灯を灯し、心臓が高鳴る。
他の少年たちが奇異の目で彼女を見る中で、レイナールだけは純粋に見惚れていた。
しかし、鑑賞タイムは長くは続かなかった。レイナールたちの隠れている木に向かって、彼女が突然小太刀を投げてきたのだ。
「そこだ!」
「うわっ!?」
驚いて木陰から飛び出るレイナールたち。彼女はレイナールたちの姿を見て、冷たい眼差しで言った。
「お前たちか、帰れと言ったはずだぞ。それを置いても、女子をのぞき見するとは無粋だな」
見下した目で告げられ、レイナールたちは口ごもる。しかしレイナールも暫定リーダーである以上は代表として勇気を示す必要があり、意を決して一歩前に踏み出した。
「姫殿下、のぞき見していたことはお詫びします。ですが、我々も子供の使いで来たわけではありません」
「ふむ、つまりわたしをトリステインに呼ぶことはあきらめていないと。殊勝な心掛けだが、わたしの考えは変わらん」
「うっ……」
拒絶され、レイナールたちは後ずさった。当然である、まだレイナールたちは彼女に明るい材料を何も提示できていない。
しかし、つらつらと言葉を並べても彼女を翻意できないのは態度から明白だ。レイナールは考えて、自分にとっては不本意な方法をとることに決めた。
「ひ、姫殿下。見たところ、かなり武芸に自信がある様子。ですが、我らもオンディーヌの名を冠することを許された水精霊騎士隊を名乗る者。見下されたまま引き下がるのは騎士の名折れ、一手、御指南願いたい」
それを聞いた彼女の目に、かすかに興味の色が灯った。
「ほう、わたしと戦うつもりか。おもしろい……だが、アンリエッタの使いと言っても容赦はしないぞ」
「戦いに女王陛下の名を持ち出しては不忠の極み。もちろん、貴女に合わせて剣だけで戦います。みんな、いいね?」
レイナールの言葉に仲間の少年たちもうなづいた。銃士隊の猛者たちならいざ知らず、同い年の婦女子に臆してはいられない。
投げ渡された木刀を受け取り、レイナールは己を鼓舞しながら問いかける。
「もし僕らが貴女から一本とれたら、話を聞いてもらえますか?」
「いいだろう。武士に二言は無い。どこからでもかかってくるがいい」
彼女は木刀を正眼に構え、真っすぐにこちらを睨んでくる。眼光の鋭さはアニエスやミシェルにも劣らない。
レイナールと仲間たちは、勇気を振り絞って立ち向かっていった。
そしておよそ十分後、水精霊騎士隊は、全員が打ちのめされて地面に転がっていた。
「つ、強い」
自分たちもかなり厳しい訓練を積んできたはずなのに、まったく敵わなかった。対して彼女は息も切らさずに木刀を肩に担いで立っていた。
「わたしの勝ちだな」
「はい、悔しいけど、完敗です」
レイナールは泣きたいのをこらえて負けを認めた。
結局、一太刀も入れられずに負けてしまった。こんな無様な姿では話を聞いてもらえるわけがない。学院長の依頼は失敗だ……だが諦めて立ち去ろうと思った時、彼女の穏やかな言葉がかけられた。
「そう悲観するほどのこともない。剣を持つ構え、太刀筋、身のこなし、ちゃんと稽古をつけている者でなければ身につかんものであった。少しだが、お前たちに興味が湧いてきた」
「え、それじゃ?」
「わたしの考えは変わらん。だが、しばらくわたしの近くにいることを許そう」
「や、やった!」
少年たちは万歳をして喜んだ。これでまだ望みは潰えてはいない。
「ありがとうございます、姫殿下」
「クリスだ」
「えっ?」
「姫という呼ばれ方は、あまり好きではない。この場所に限り、わたしを名前で呼ぶがいい」
「はっ、クリス様」
「様はいらん。クリスとだけ呼べばいい」
レイナールたちは返事に詰まった。いくら許可が出たとはいえ、王族を呼び捨てでよいものか?
だが、もしギーシュや、もし才人ならどうするだろうか? レイナールは決断した。
「うけたまわりました。クリス」
その瞬間、クリスの顔がぱっと晴れた。
「うむ、これからはお前たちを我が友として扱おう。お前たちの名を教えてくれ」
レイナールたちはクリスに改めて名乗った。クリスは満足そうにうなづくと、レイナールたちを値踏みするように眺めてから言った。
「さっきはわたしが勝ったが、お前たちの剣さばきもなかなかだった。トリステインでは、学生の時分から剣の稽古を始めるのか?」
「あ、いえ、そういうわけではなくて」
レイナールは、自分たち水精霊騎士隊は義勇兵に近い学生の集まりで、女王陛下直属の銃士隊から訓練を受けさせてもらっていることを説明した。
「ほぉ、銃士隊の勇名はわたしも聞き及んでいる。平民のみ、女のみの部隊でありながら、赫々たる戦果を上げている精強な部隊だそうだな。アンリエッタの先見の明はさすがと言えるだろう」
「え、えと、姫殿下、いえ、クリスは我らの女王陛下といかようなご関係で?」
女王陛下と懇意だと聞いていたが、平然とアンリエッタ女王を呼び捨てにするクリスに困惑していると、クリスは事も無げに答えた。
「友だ」
「そ、そんな簡単に?」
「ほかにどんな呼び方がある? わたしとアンリエッタは幼少期から、いずれ一国を担う者として、今の悩みや未来の夢を語り合った。共にいた時間こそ長くなかったが、アンリエッタはわたしのかけがえのない友だ」
堂々と語るクリスの言葉には一点の曇りもなかった。王族としての使命感とは別に友情を深めあう度量は凡人のそれではない。しかし、やはり変わり者だ。
だがレイナールたちが感心していると、クリスは彼らを厳しい目で見て告げた。
「それにしてもお前たち、アンリエッタの手足を名乗る割には実力がともなっておらん。よし決めたぞ。お前たちがアンリエッタの部下にふさわしい腕前になるよう、わたしが稽古をつけてやる」
木刀を突き付けて宣言するクリスの剣幕に、レイナールたちはビビって尻込みした。しかし逃げ出す前に、彼らの後ろに茶色い大きなネズミのような生き物が通せんぼしてきた。
「わっ!なんだこいつ」
「わたしの使い魔だ。ガレットという」
大きなネズミ、地球でいえばカピバラだろうか。ガレットはキュキュと鳴きながらレイナールたちの前に立ちふさがっている。
「ふむ、ガレットもお前たちをしごくのに賛成のようだ。喜べ、わたし直々にたっぷり武士道を叩きこんでやろう」
「い、いやいや、けっこうですから!」
「ほお、もし腕を上げてわたしから一本取れたなら、トリステイン留学を受けてやるぞ」
「ほ、本当ですか!」
「わたしより強い者がいるかもしれんなら武者修行の一環で行く価値はある。さあどうする?」
思いもよらない好条件に、レイナールたちは戸惑ったが、答えは決まっていた。
「やります。受けて立ちます」
「よく言った。ならまずは森を全力で一周。その後にスクワット百回、腕立て伏せ五百回」
「ええーっ!!」
「なにがええだ! これはわたしが毎日やっている準備運動だ。さっさと行け!」
「はぃぃ!」
アニエスに勝るとも劣らない剣幕で命令され、少年たちは走り出すしかなかった。
そして日が傾く頃、レイナールたちはことごとくへたばってしまっていた。
「も、もう動けない」
「ミス・アニエスみたいな女傑が他にもいたとは……」
銃士隊にしごかれた時と大差ない特訓に、こんな過酷なトレーニングを一人で毎日こなしていれば、強くなって当然だと納得せざるを得なかった。
「やれやれ、軟弱者め。武士たる者、このくらいの鍛錬で音を上げてどうする」
クリスが呆れたように、倒れているレイナールたちを見下ろしてくる。
「クリスは、こんなことをずっと続けているのですか?」
「当然だ。侍になるためには、一日たりとも己を磨くのを怠るわけにはいかん」
「その、サムライとかブシドーって、なんのことなんですか?」
「む? まだ話していなかったか。武士道とは、今は亡きわたしの師匠から教えられた、東方に伝わる誇り高きもののふの道だ」
クリスは昔話を始めた。
幼少の頃、森で魔物に襲われた時、侍だと名乗る男に救われた。見返りを求めず、己を飾らないその男の生きざまに感銘を受け、彼を城に招いて師匠として彼の武士道を学んできた。惜しくも昨年、師匠は老衰でこの世を去ってしまったが、師匠の強さと気高さに追いつくために武士道の追及を続けてきたのだと。
「それで、そんな妙な格好を?」
「む? これは師匠がこーでぃねーとしてくれたのだ。師匠の国の女子は、このいでたちで太刀を振るという」
「は、はぁ……」
レイナールたちは感想に困った。クリスの召し物は、着崩した着物のようなもので肩をむき出しにして、よく言えば動きやすそうな、悪く言えば少々はしたない姿だった。もし才人が聞けば「絶対ちげー」と否定したのは間違いない。
「ともかくそういうわけで、わたしの武士道は道半ば。そう簡単にお前たちの誘いに乗ってやることはできん」
「……いえ、その話を聞いたら、なおさら引き下がるわけにはいかなくなりました」
レイナールは砂ぼこりに汚れた眼鏡をかけなおし、疲れた体に鞭打って立ち上がった。
「もう一勝負、お願いします」
仲間の少年たちが、木刀を構えるレイナールに、やめとけよと忠告する。しかしレイナールは不思議な決意を秘めた目でクリスを見つめ、クリスも応えるように木刀を構えた。
「ええーいっ!」
「たあっ!」
レイナールの木刀とクリスの木刀がぶつかり、レイナールの木刀が弾き飛ばされた。レイナールは地面にひざを突き、悔しそうにうなだれる。
「く、くそう」
再度の敗北に、レイナールの眼鏡が悔し涙で曇る。しかしクリスは彼に明るく告げた。
「なにを落ち込むことがある。最初の太刀合わせでは、お前はわたしと切り結ぶこともできなかった。しかし今度は一太刀を合わせることができた。立派な進歩ではないか」
「姫……クリス」
「その進歩は偉大な前進だ。千里の道も一歩から、師匠もそう言っていた。何度でもかかってこい。わたしは逃げも隠れもしない」
クリスの力強い言葉に、レイナールは涙をぬぐってクリスを見返した。眼鏡ごしの彼のクリスを見る眼差しには、憧れと、彼自身もまだ理解していない感情が混じっていた。
「また明日、挑戦してもいいでしょうか?」
「いつでも来い。友に閉ざす扉をわたしは持ち合わせておらん」
クリスがにこやかに笑うとともに、その日の夕日は沈んでいった。
そして翌日、そのまた翌日も、レイナールたちはクリスに挑み、返り討ちに会っていった。
「いやーっ!」
「とぉーっ」
少年たちも腕を上げていったが、クリスはそれにも増して強かった。魔法を使わないという条件ではあるが、その強さはすでに銃士隊の上位クラスに匹敵するだろう。
そんな達人にしごかれるのだから、彼らも無事であろうはずがない。しかし、辛さに勝る見返りも待っていた。
「うむ、鍛錬はここまでだ。今日はたくさん握り飯を作ってきたから、たんと食ってくれ」
「やった、飯だ!」
鍛錬の後にはクリスがお手製のおにぎりを用意してくれていて、これがまた美味かった。ハルケギニアでは稲作はほとんど行われていないが、クリスが師匠のために米を少量だが作らせていた。もちろんレイナールたちもずっとパン食で米にはなじみがなかったが、鍛錬で疲れた体におにぎりの塩味は格別だった。もちろん、女の子の手作りというのも最高である。
「今日の具は魚なんですね」
「うむ、シャケだ。師匠の国では聖人の誕生日にシャケを食うというから、わたしもよくおかずにしている」
「そ、そうなんですか?」
なんだその習慣? と思わざるを得なかったが、確かめる方法もないので受け取るしかなかった。ひとまずシャケおにぎりは普通に美味いし。
「ちなみにシャケも好きだが、わたしの推しはおかかだ」
クリスがどやっと自慢してくるのを見て、レイナールたちは愉快そうに笑った。
そうしてレイナールたちとクリスは共に鍛錬し、時にクリスはレイナールたちからトリステインの話に耳を傾けながらも時は流れた。
しかしクリスの鍛錬の厳しさは緩まず、そのうちに少年たちは一人、また一人と耐えられずにギブアップしていき、五日も経つ頃にはレイナール一人だけになっていた。
「もう一本、お願いします」
「来い!」
レイナールとクリスの木刀が打ち合い、数回の打ち合わせの末にクリスの木刀がレイナールの肩口を打って勝負が決まる。
「痛……またダメか」
地面に倒れて仰向けに空を仰ぐレイナール。その傍にクリスが歩み寄ってきてレイナールの顔を見下ろしながら言った。
「これでわたしの38戦38勝だな。正直、最初に脱落するのはお前だと思っていた。お前はどう見ても、武より知に才が傾いている者だ。なのに、城の正規兵でもついてこれた者の少ない、わたしの鍛錬に耐え、あまつさえわたしに食いついてくる。そんなにわたしを連れ帰る任務を果たしたいのか?」
レイナールの根性の源泉がわからないと言う風に問いかけるクリスに、レイナールは起き上がって答えた。
「確かに、オスマン学院長からの依頼は大事です。でも、クリスにこだわるのはぼくの個人的な考えです」
「個人的?」
腕組みをして興味ありげにレイナールを見つめてくるクリスに、レイナールは顔を赤らめながら答えた。
「ぼくはこの通り、体格には恵まれてません。目も悪いし、魔法で戦うのもそんなに得意じゃない。武の才が無いっていう、クリスの見立ては正しいと思う。それでも、憧れるんです。強さに! クリスは強い! 強くて美しい! クリスはぼくにとって理想の人なんです」
「そ、そうか。うむ、そう褒められるのも悪くない」
熱弁するレイナールに、クリスも赤面しながら答えた。
沈着な優等生タイプのレイナールの熱くなりっぷりには、仲間の少年たちも「あいつあんなに燃える奴だったか?」「ボコられすぎてハイになってるんだろ」「いいや、我らのお堅い参謀どのも、とうとう春が来たってことだろ」などと勝手なことを言い合っている。
しかしレイナールは決してテンションに任せているだけではなかった。
「クリスのお師匠様は、違う世界から来たと言っていたそうですね。トリステインには今、違う世界からいろいろなものがやってきています。いいものばかりじゃないけど、きっとクリスも新しい世界を見れると思う」
その言葉に、クリスの胸が高鳴る。
「違う世界、師匠のいた世界を覘けるかもしれないのか」
「そうですよ。それに、クリスみたいなかっこよくて美しい人は、放っておいたら周りが黙ってません。なら、ぼくがクリスの一番になります」
「なっ、お、おい」
ギーシュほどではないが、歯の浮いたことを言うレイナールに、クリスは顔を紅潮させ、仲間の少年たちは「ありゃ相当マジだぜ」とささやきあっている。
水精霊騎士隊副隊長兼参謀レイナール。年齢イコール彼女いない歴。隊内きっての真面目なお堅いメガネ君。しかし、その内面は立派なむっつり君であることをみんなは知っている。
そんなレイナールがここまで言うとは本気に違いない。果たして吉と出るか凶と出るかと仲間たちが見守る前で、クリスはこほんと咳払いした。
「お前、レイナールといったか」
「は、はい!」
女の子に名前を呼ばれてレイナールは顔を真っ赤にした。そしてクリスはレイナールを見つめ、おもむろに告げた。
「お前……ウザい」
その瞬間、レイナールは石像のように固まってしまった。
「あーあ……」
見事な玉砕に、仲間たちもかける言葉を失って、同情を込めた眼差しを向けるしかなかった。
結局その後、レイナールは誰が何を言っても真っ白な灰のままで、気がついたのは周りが夜になって誰もいなくなっていた頃だった。
「ぼくは……そうか」
玉砕の記憶が蘇り、涙を流しながら帰ろうとするレイナール。
しかしそこに、どこからかダンディな渋い声がかけられた。
「ちょっと待ちな、お兄さん」
「っ! 誰だ」
「俺のことなんてどうでもいいさ。すぐ終わる話だから、そのまま聞いておくれよ」
初めて聞く声の主を懸命に探すレイナール。しかし声の主は穏やかにレイナールに語り掛けた。
「ありがとうな。お嬢の友達になってくれて」
「お嬢? クリスのことか?」
「そうさ。お嬢はあれでも王族だ。しかも、とびきり変わり者ときてる。下心なしでお嬢と付き合ってくれる同年代の人間は少ないのさ。まして、男友達なんて初めてだ。まぁ、君はずいぶんと大それたことをしてくれたが、最近のお嬢はとても楽しそうだ。それだけを伝えたくてね」
「ま、待って! あなたは誰です?」
呼べど、もうその声が答えることはなかった。
一方で、王城ではクリスが自分の部屋でうなだれていた。
「ひどいことを言ってしまった。せっかく、師匠以外で初めて武士道を語り合えそうな友だったのに」
失言に後悔で頭を抱えるクリス。すると、クリス以外誰もいないはずの部屋の中に風が吹き、楽しそうに笑う少女の声が響いた。
「クスクス、見てたわよクリス。けっこういい感じだったのに、あのメガネ君かわいそうだったわ」
クリスが見ると、窓が開いて窓枠に青紫色の髪をした少女が座っていた。
「お前か、窓から入ってくるのはやめろと言っているだろう」
「いいじゃないの、門から入るといろいろ面倒くさいし。それより、さっきはけっさくだったわね。クリスったら、ああいう軽薄なのは嫌いなタイプなのに、照れちゃって可愛かったわ」
少女がクスクス笑うと、クリスは怒ったように反論した。
「先ほどは不意を突かれて驚いただけだ。あのレイナールという奴め。見どころがある奴だと思ったら、あんな恥ずかしいことを言うからだ」
「うふふ、でも仮にも姫君ともあろうお方が「ウザい」は、ないでしょ。メガネ君、すごく傷ついたみたいよ」
「あ、あれは、お前がよく言ってるのが移ってしまって、つい言ってしまったんだ」
「ひどーい、わたしの恩人の口癖なのに。でも、過ぎたことでウジウジするのはクリスらしくないよ。次に謝ればそれでいいじゃない。ほら、笑って、スマイル・スマイル」
ニコニコしながら諭してくる少女の言葉に、クリスも肩の力が抜けていった。
「確かにな。後悔していても何も解決するわけじゃない。わかったよ」
「そうそう、クリスはかっこいいんだから、凛としてたほうが似合うわよ」
笑いながらそう言って、少女はクリスの前に立った。少女の頭には羊のような角が生え、背中にはコウモリのような翼が生えている。一目で人間ではないとわかる悪魔のような姿を見せていたが、クリスは気にした風もなく言った。
「凛と、か。確かにわたしは最近気が緩んでいたのかもしれん。お前のおかげで、わたしは我が一族の使命から解放された、あの日から」
「もう、クリスったらお固いんだから。昔がどうでも、わたしたちはもう友達でしょ」
「そうだな。わたしはまだどうも人付き合いが苦手だ。心配して励ましてくれたんだな。ありがとう」
「フフ、でもわたしといるより、あのメガネ君とトレーニングしているほうが楽しそうなのは妬けちゃうな。クリスもやっぱり男の子が気になるお年頃なのね」
「斬る!」
激高して刀を抜くクリスに、冗談よと笑いながら、数歩距離を取った。
「それはともかく、例の件、わたしも調べてみたわ。どうも、ただ事ではなさそうよ」
真剣な表情に変わった少女の視線に、クリスも王族としての使命感を瞳に宿して呟く。
「ああ、最近、領内で頻発している辻斬り事件だな」
「この国の騎士団も調べているけど、犯人はまだ不明。目撃者の証言では、両手が剣になった悪魔のようだったというだけ。で、わたしが調べてみたけど、やっぱり、この世界の外から来た存在、宇宙人の可能性が高いわ」
「そうか、我が国にはこれまで出現の報告が無かったが、とうとうか」
宇宙人という単語を聞いても特に気にした様子もなくクリスはうなづいた。
「ええ、でも正体や目的はわからなかったわ。宇宙船の降り立った形跡もないし、ただ毎夜現れては貴族も平民も切り殺すだけ、まるでただ殺戮を楽しんでいるだけみたい」
「許せん……」
クリスは怒りを込めて呟いた。
ここ最近、謎の辻斬りの犠牲者は増え続ける一方だ。それでも小さな国ではあるが、本来王族までが出る必要のある問題ではないのだが、日ごとに城下町に増え続ける不安と悲しみの声に、クリスの義憤は限界を迎えつつあった。
「それとね、クリス……」
だが少女が話を続けようとした時だった。窓の外からけたたましい物音と悲鳴が聞こえてきて、クリスは窓に駆け寄った。
「まさか!」
見ると、王城からそう遠くない城下町に戦塵が上がって月明りを汚している。
城下町には、この国の騎士団が見回っていたはずで、魔法の光も見える。しかし聞こえてくるのは騎士の悲鳴ばかりで、とうとう怒りが沸点を超えたクリスは刀を取った。
「ついにわたしの目の前で狼藉を、もう許さん!」
クリスは刀を手に、少女が止めるのも聞かずに窓から身をひるがえらせた。
風がクリスの着物をなびかせ、金髪が月光に輝く。その背中に、窓から身を乗り出した少女の声が追いかけてきた。
「クリス! 生存者の夢を覗いたら、襲われた時にもう一つの影を見たって人がいたの。もしかしたら相手は一人じゃないかもしれないわ。気をつけて!」
クリスは走った。魔法を使うよりも速く、カモシカのような脚を駆けさせ、今や戦場となってしまった街の一角へ急いだ。
そして、もう一人。騒ぎを聞きつけている者がいた。レイナールは森の鍛錬場から皆で泊っている宿に戻る途中で戦いの魔法音を聞き、反射的に走り出していた。
「みんなを呼びに戻るべきかな? いや、時間を無駄にするほうが、後から悪いことになるのが多いってアニエスさんも言ってた」
この国の問題に、外国人である自分は極力関わるべきではない。しかし、レイナールの胸中には、数日とはいえ寝食を与えられ、クリスの母国でもあるこの国に愛着が湧き始めていた。
最初に魔法の音が聞こえてからおよそ数分。しかし、わずか数分で何の音も聞こえなくなった夜の路地をクリスは走り、現場への角を勢いよく曲がった。
「お前たち、大丈夫か! うっ!」
現場にたどりついたクリスは息を呑んだ。そこには血の海に転がる騎士団と、その中心で血の滴る二本の剣を揺らしている怪人が立っていたのだ。
「あ……なっ」
気丈なクリスも、初めて見る凄惨な光景に青ざめて声を失った。
そこに遅れてレイナールも駆けつけてきて、クリスと怪人の姿を見て叫んだ。
「クリス!? えっ! あ、あいつは、そんな!」
「レイナール? お前、あれを知っているのか」
「一年前にトリスタニアに現れて、殺戮を繰り返したヤプールの手先です。でも、銃士隊のアニエス隊長たちが倒したはずなのに、二体目がいたのか」
レイナールは、かつてトリスタニアで倒されたツルク星人には顔にウルトラマンAから受けた火傷の跡があるはずなので、別個体だと判断した。
しかし、かつての個体と同じく両腕に鋭い剣を装備している。レイナールはじりじりと向かってくるツルク星人と、刀を構えるクリスを見て、クリスを止めに入った。
「クリス、無茶だよ。あれは普通の人間が敵う相手じゃないんだ」
「侍が、一度刀を手にした以上は逃げるわけにはいかない。それにあいつは、我が国の民を傷つけた。絶対に許すわけにはいかん!」
「クリス、やめるんだ!」
レイナールは叫ぶが、クリスは刀を振りかざしてツルク星人に突進していった。振り下ろされてくるツルク星人の剣を、クリスは刀を盾にして受け止める。
「やった! 止められた」
宇宙金属でできているツルク星人の剣は、並みの剣では受け止めることもできずに切り裂かれてしまうはずだ。
「師匠の刀を参考に打たせたこの業物、簡単に折れはせん。いくぞ」
クリスは騎士たちの弔い合戦とばかりに猛攻をかけていく。ツルク星人の人知を超えた速さの二本の剣に対して、クリスは一本の刀で渡り合っている。剣と刀がぶつかり合う火花が散り、身をかわすクリスの肢体が舞うように動く光景に、レイナールはこんな時だというのに見とれてしまっていた。
「きれいだ……」
戦の女神というものがいるとしたら、クリスのようなものかもしれないなとレイナールは思った。
しかし見とれていられたのも数秒で、一瞬の隙を突いたクリスの刀がツルク星人の体を袈裟懸けに切り裂いた。かに思えた。
「やった!」
「いや、違う!」
レイナールの喜びの声から一転して、ツルク星人の剣をギリギリでクリスは受け止めた。ツルク星人の体にはなんの傷跡もない。
「そんな! 確かに斬ったように見えたのに」
「そうだ。確かにわたしの刀は奴を斬ったはず。なのに手ごたえがなかった」
クリスは油汗を流しながら、なんとかツルク星人の剣を押し返した。そして、刀を中段に構えて、星人の胴を横なぎに斬り払った。しかし。
「くっ、そんな馬鹿な!」
「す、すり抜けた!?」
今度はレイナールもはっきり見た。クリスの刀は空気のように、ツルク星人の体をそのまますり抜けてしまったのだ。
「化け物め! こいつは実体が無いのか? くうっ!」
戸惑うクリスに、ツルク星人はあざ笑うように攻撃をかけてくる。体に実体はなくても剣には実体があるのだ。
クリスは精鋭揃いであるはずの騎士団が、なぜ数分で全滅してしまったかを理解した。攻撃が通じない相手に勝てるわけがない。
「あのれ、どうすればいいんだ!」
「クリス!」
防戦一方となってしまったクリスに、ツルク星人は傍若に剣を振り下ろしてくる。いくらクリスが強くても、このままではいずれ疲れたクリスは斬り殺されてしまう。
ツルク星人の二本の剣の攻撃を刀で必死に受けるクリスの額には、重い攻撃を耐え続けたことで大粒の汗が浮かんでいる。
レイナールは杖を握って決意した。このまま黙って見ているくらいなら、敵わなくても飛び込んで星人の気をそらす。それで自分がやられてしまっても、クリスが逃げる時間が稼げれば十分だ。
「クリス、今助けます!」
レイナールは杖を構えて呪文を唱え始める。だがその時、その肩がぐっと握られた。
「待たれい、若き益荒男よ」
「えっ、だ、誰だ。あ、ああ!」
いつの間にか、レイナールの隣にツルク星人とは別の宇宙人が立っていた。
肩を掴まれて恐怖するレイナール。しかし宇宙人はレイナールの肩から手を離すと、諭すように穏やかな声色で言った。
「良い勇気じゃが、あやつ相手には無謀じゃ。ここは、拙者に任せよ」
「えっ……?」
敵ではないのか? レイナールが動揺する前で、その刃物のような頭部をした宇宙人は数歩踏み出すと、左手に緑色に輝く結晶体を乗せ、ツルク星人に結晶の光を浴びせた。
「な、なんだ!?」
結晶の緑色の光を浴びたツルク星人はうろたえたように後退し、やられる寸前だったクリスは、刀を地面に突き刺してひざを突いた。
荒い息を吐きながら、刀を杖にして顔を上げるクリスの横を宇宙人がゆっくりと通り過ぎてゆく。
そして宇宙人は右手に巨大な剣を装備し、その切っ先で円を描きながら勇ましく言った。
「鬼に会うては鬼を斬り、亡者に会うては亡者を斬る。斬鬼流星剣、参る!」
続く