第61話
受け継がれる武士道
奇怪宇宙人 ツルク星人
凶剣怪獣 カネドラス
宇宙侍 ザンギル 登場!
「あ、あなたは……」
怨霊と化したツルク星人の攻撃に絶体絶命のクリスの前に、突如として現れた異星人の剣士。彼は緑色に輝く不思議な秘石でツルク星人を実体化させると、右手の剣を向けて宣告した。
「魔物と化して数多の宇宙をさまよい、罪なき人々の血をすすり続けてきた外道よ。今こそ引導を渡してくれよう」
彼は右手の剣を構え、ツルク星人へ向けて斬り込んでいった。ツルク星人も奇声をあげて迎え撃ち、両者の剣が激突して火花が散る。
一瞬の拮抗。競り勝ったのは異星人の剣士のほうだった。ツルク星人は両刀を弾かれ、姿勢を崩されるが、両腕の剣を振り上げてがむしゃらに向かってくる。しかし異星人の剣士は動かず、剣を中段に構えて横一閃を繰り出した。
「笑止!」
異星人の剣がツルク星人の胴を薙ぐ。すると、これまでクリスの剣をまったく受けつけなかったツルク星人の体が斬られて、星人は苦悶でのけぞった。
「やった!」
「見事だ」
レイナールとクリスはそれぞれ息を呑んで戦いを見守っていた。理屈はわからないが、彼ならあの化け物を倒すことができる。
体を斬られてよろめくツルク星人に、とどめを刺すべく異星人の剣士は構える。だが、ツルク星人は斬られる前に煙幕を張って姿を消し始めた。
「逃げるか」
彼が剣を振り、煙幕を切り払う。しかし煙の晴れた先には、すでにツルク星人の姿は消えてしまっていた。
「姑息な」
ツルク星人の姿はすでに無く、剣を納めた彼は踵を返そうとした。しかし、その前にクリスが駆け込んでひざを突き、頭を下げて礼を述べた。
「お待ちを! 命を救われて黙って帰したとあっては王家の恥。ぜひ、お礼をさせていただきたい」
「礼をされるほどのことではない。拙者の成すべき使命に従ったまでのこと」
「ならば、せめて貴公のご尊名だけでも!」
懇願するクリス。宇宙人は頷くと、足を止めて泰然と名乗った。
「拙者の名はザンギル。宇宙をさすらい、星から星へ渡り歩く侍よ」
「さ、侍! 今、侍と申されましたか」
血相を変えてクリスは詰め寄った。
「左様、拙者は星々を渡り、迷える魂を斬る宇宙の侍。そなたも先ほどの刀さばきを見ておったが、若いのに見事な太刀筋であった。良い師に指南を受けたのであろうな」
その瞬間、クリスの目に涙が浮かんだ。
「わたくし、クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナと申します。未熟ながら、師匠から受け継いだ武士道を極めんと日々精進しております。しかし、先は不覚し、危ないところを救われてしまいました。ザンギル殿、貴公を侍と見込んでお尋ねいたします。わたしの剣には何が足りないのでしょうか?」
「頭を上げられよ、オクセンシェルナ殿。武士たる者が、易々と涙を流してはならぬ」
悔し涙と嬉し涙に顔を濡らすクリスと、そんなクリスに手を差し伸べるザンギルを見て、レイナールはクリスの武士道へのこだわりと、ザンギルが善良な人柄であることを理解した。
しかし、浸っている時間はない。レイナールははっとすると、横槍を覚悟でザンギルに尋ねた。
「ちょっとすみません! あなた、あのウチュウジンのことを知っているんですよね。教えてください」
「少年よ、それを知ってなんとする?」
「戦います。さっきはひるんでしまいましたが、あなたやクリスの戦いを見て思い出しました。敵わないと止められても、教えてもらえなくても戦います。平和のために尽くすべく、女王陛下から杖を預かった、ぼくら水精霊騎士隊の名に懸けて」
レイナールとザンギルの視線が交差する。
「少年、お主もすでに一門の侍であるようじゃの。しかし、少々騒がしくなってきたようじゃ」
言われて耳を澄ますと、遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。
「まずい、街の衛士隊も駆けつけてきたんだ。どうしよう、ウチュウジンの姿を見られたら! ともかくこっちへ!」
「いや、拙者は」
事態がややこしくなることを恐れたレイナールは、ザンギルとクリスの手を引いて、急いでその場を離れた。
そして数十分後、レイナールたち水精霊騎士隊が借りている宿にて。
「それを早く言ってくださいよ!」
「すまんすまん、悪気は無かったのじゃ」
後から聞いたら、ザンギルには人間に変身する能力もあったという。それならこんなに慌てる必要はなかったのにと肩を落とすレイナールを、ザンギルはすまなそうにねぎらった。
水精霊騎士隊の仲間は、レイナールがいきなりクリスと宇宙人を連れてきたので面食らったが、そこはこれまで数々の冒険をしてきただけあって受け入れるのは早かった。
一人、クリスはまだ落ち着かない様子だったが、宿から借りてきたティーセットでお茶を立ててザンギルにふるまった。
「師匠から教わりました。心を落ち着けるには、茶を立てるのが一番だと」
「かたじけない。よい茶であるな」
クリスから湯呑みを受け取って飲むザンギル。レイナールたちは(口……そこなんだ)と、妙なところを感心している。
そして一服し、落ち着いたところでザンギルはおもむろに話し始めた。
「先ほど、お主たちが見たツルク星人。あやつは、怨霊じゃ」
「怨霊?」
「左様。昔、ただ命を奪う快楽に憑りつかれた邪悪な剣士がおった。そやつは討たれて肉体が滅んだ後も、魂は怨霊となって星から星へと血を求めてさまよっておる。拙者はあやつを斬るために、あやつを追って、この星に来たのじゃ」
部屋に、ごくりとつばを飲む音が響いたように思えた。怨霊……幽霊ならば、剣も魔法も通じなくて当たり前だ。
「でも、さっき貴方は怨霊のはずの奴に攻撃を当てていましたよね。どうしてなんですか?」
レイナールが尋ねると、ザンギルは緑色に輝く美しい結晶を取り出して皆に見せた。
「この石は、この世ならざるものに、かりそめの形を与える力を持っておる。自我の薄い怪獣であれば、そのまま斬ればよいが、あやつのように邪悪な意思を持つ者は簡単にいかぬのじゃ」
「そういう訳だったんですか」
「じゃが、手傷は負わせた。次で必ず仕留める。お主たちには馳走になったが、これは拙者の問題じゃ。奴のことは拙者に任せて、お主らは手を引くがよい」
「いえ、そういう訳にはまいりません!」
クリスは刀を握って、ザンギルの前に立った。
「奴には、我が国の民が大勢傷つけられています。わたしは、この国の王女として、このまま黙って見てはいられません。助力をさせていただけないでしょうか」
真剣にザンギルを見つめるクリス。しかしザンギルは首を振って言った。
「駄目じゃ。クリス殿の剣には迷いがある。それでは、この世ならざるものを斬ることはできん」
「迷い……わたしの剣のどこに迷いがあると言われるのですか!」
たまらず詰め寄るクリス。するとザンギルは上を向き、穏やかに告げた。
「ここは少し狭い。屋上で話すとしよう」
そして一行は宿の屋上に出た。夜空には今日は赤い月が上っている。
「よい景色じゃ。この星は美しい」
「ザンギル殿、わたしの剣にどんな迷いがあるというのですか?」
ザンギルに答えを問い質そうとするクリス。ザンギルはそんなクリスにゆっくりと語り始めた。
「急くでない。そうして答えを急ぐことこそ、クリス殿の心に迷いがある証拠ではないかな?」
「それは……そうかもしれません」
「初めに言っておくが、クリス殿の剣の腕前はすでに達人の域に達しておる。純粋な立ち合いならば、奴を上まっていると言ってもよいじゃろう。しかし、先ほどクリス殿も拙者に尋ねたように、お主にはまだ足りぬものがある」
「それは、それは一体なんなのですか?」
「それは、お主自身の剣に対する誇り、信念と言ってもいい心じゃ」
「心……わたしの剣に、武士道に信念が欠けていると言われますか!」
よもやの答えにクリスは憤慨した。レイナールたちも、クリスが剣に、武士道に向けている思いの強さを知っているだけに、まさかと思った。だがザンギルは静かに答える。
「そうじゃ。先ほどお主は、あやつに攻撃が効かぬとわかったとたんに守りに入ってしまったであろう。己の剣を真に信じておれば、苦境になろうと折れずに突破口を見つけようと戦い抜けたであろう」
「そ、それは……」
「失礼であるが、クリス殿の剣の師匠はいずこに?」
「昨年、老衰で他界されました」
「そうであったか。クリス殿ほどの侍を育て上げた御仁、一度お目にかかりたかったものじゃ……じゃが、それでクリス殿の迷いも見当がつき申した。クリス殿は、目標としていた師を失って、極めるべき武士道の頂がわからなくなっているのであろう」
ザンギルの言葉に、クリスは首を垂れた。
「……その通りです。わたしは、師匠のような立派な侍を目指して努力を重ねてきましたが、どれだけ鍛えてもどれほど師匠に追いつけているのかわからなくて、それが自分自身の剣を信じられなくなっているのだと思います」
とつとつと話すクリスの様子は、日ごろの快活なクリスの姿からは想像できないほど弱弱しいものだった。
レイナールたちはかける言葉が無く、じっと見守っている。するとザンギルは、レイナールのほうを見て思いもかけないことを告げた。
「そういう意味では、そこのレイナールという少年のほうがよほど真の侍に近いのう」
「えっ?」
意表を突かれて驚くレイナール。するとザンギルはクリスとレイナールを交互に見て言った。
「先ほどの戦いで、クリス殿があやつに追い詰められた時、レイナール殿は敵わぬと知りつつもクリス殿を救うために飛び込もうとした。まことに天晴な武士道精神と言える。そして、その礎となったものは、レイナール殿の唱える女王陛下への忠誠心、彼自身の優しさであろう。極限の戦場にあっても、臆せずに己を奮い立たせる芯を心に持っているレイナール殿はまっこと立派じゃ」
まさかの賛辞に目を白黒させるレイナール。ザンギルはもう一度クリスを見てうなづきかけた。
「弟子となった者は、いつか師を超える責務を負う。しかしクリス殿、クリス殿の師はクリス殿に立派な侍になってもらいたいと思っても、自分の写し鏡になってほしいとは思ってはいなかったはずじゃぞ。クリス殿の武士道は、レイナール殿のようにクリス殿のやり方で完成させねばならんのじゃ」
「わたしの、武士道……ですが、わたしはザンギル殿のような人格者ではありません」
自分の未熟さを痛感するクリス。するとザンギルはゆっくりと首を横に振った。
「拙者はそんな立派なものではない。拙者もかつては、あやつと同じような力だけを過信する愚か者じゃった」
「えっ」
驚くクリスやレイナール。ザンギルは夜空を見上げると、静かに昔語りを始めた。
「かつての拙者は、ただひたすらに強者と戦って打ち倒すことに喜びを見出す愚者であった。戦って、戦ってのみの日々。しかしある時、とてつもない剣の達人と戦い、拙者は敗れた……」
今の温厚なザンギルの人柄からは想像できない荒んだ過去の話に、クリスたちは息を呑んで聞き入った。
「すべてが終わったと思った。しかし、達人は拙者にこの石を与え、同時に使命を授けてくれた。この世に迷える108の魂を斬り、救うという使命をな」
「そんな過去があったんですか」
「うむ。そして拙者は一から己を見直した。特に、ある星で学んだ武士道の精神は素晴らしかった。心洗われた拙者は宇宙侍を名乗り、さまよう怪獣の魂を斬る旅に出たのじゃ」
クリスは、自分と同じように武士道に感銘を受けたザンギルのことを、目をキラキラさせて見つめている。
「素晴らしいことだと思います。それで、これまで何体の怪獣の魂を斬られたのですか?」
「うむ、これまでで四体じゃ」
レイナールたちはずっこけた。まだ全然始まったばかりじゃないかというツッコミが湧いてくるが、大人な心でぐっと飲み込む。
「幻滅したかの? クリス殿」
「いえ、そんなことはありません。千里の道も一歩から、むしろすでに四体も魂を救っておられることに敬服します」
「クリス殿は立派な知見を持っておられるようじゃ。ともあれ、拙者はそんなに人に誇れるような者ではない。そんな拙者があえて言うとすれば、クリス殿は己の武士道をすでに見出している。ただ、気づいておらぬか、忘れているだけじゃ」
「そんな、わたしはまだ、己の武士道など」
「そんなことはあるまい。クリス殿の師はきっと、クリス殿に道を示してから逝かれたはずじゃ。そして示された道を行き、己の答えを見つけてこそ、弟子は師を超えて一人前と言える。この試練、師匠からクリス殿への卒業試験と思って打ち込んでみよ」
「卒業試験でありますか。確かに、わたしがいつまでも師匠の影ばかり追っていては師匠も成仏できません。難しいですが……やってみます」
「その意気じゃ。行き詰った時は、クリス殿の歩んできた、大いなる過去が道を示してくれよう。答えを見つけたその時、この世ならざるものを斬ることが可能になるじゃろう」
「この世ならざるものを……斬る、ですか?」
刀を手に取り、クリスは尋ねる。
「そうじゃ、この世ならぬものを斬るには、心で斬らねばならぬ」
「心……」
ザンギルは右手を剣に変え、ゆっくりと大きく円を描くように動かした。
「生命とは、ひとつの輪のようなものじゃ。心でそれを感じ取り、一刀の元に断つ。さすれば、この世ならぬ鬼であろうが亡者であろうが、その実体を見極め、討つことができる。これぞ、斬鬼流星剣」
「斬鬼……流星剣」
クリスはごくりと息を呑み、刀を抜いてザンギルの真似をしてみたが。
「ダメです。なにも感じません……」
打ちひしがれるクリスの姿に、レイナールたちは、刀で幽霊を斬るなんて無茶だと思った。しかし同時に、それができなくてはあのツルク星人の怨霊には勝てないこともわかっていた。ザンギルは、迷うクリスに穏やかに告げる。
「すぐにできなくても、焦ることはない。クリス殿にはすでに充分な素質がある。その時が来れば、おのずと知ることができようて」
「その時……わたしに、それを見つけることができるでしょうか……」
刀をじっと見つめ、物思いにふけっているクリス。彼女の心の中では、師匠との修行の日々が思い返されているのに違いない。
だが、敵はクリスに答えを出す時間を与えてはくれないようだった。はっと北東の方角を見たザンギルが叫ぶ。
「むっ、丑寅の方角に不吉の影あり!」
見ると、街の北東から煙が上がり、風に乗って悲鳴も聞こえる。
「奴め、こんなに早く現れるとは。ごめん、拙者は行かねばならぬ」
「お待ちを! わたしも連れて行って下さい。必ず、お役に立ってみせます」
ザンギルの前に刀を取って立つクリス。わずかな沈黙の後、ザンギルは確認するように言った。
「あやつは強い。しかも、今は手負いの獣じゃぞ」
「わかっております。ですが、ここで逃げたら、わたしはもう二度と師匠の弟子を名乗れなくなる気がするのです」
「うむ、もはや言葉は不要なようじゃの」
刀を合わせるザンギルとクリス。その様子を見て、レイナールも慌てて「ぼ、ぼくも行きます」と名乗りを上げた。
後は戦場に赴くのみ。しかしクリスが馬を回させようとすると、ザンギルは「それには及ばぬ」と言ってクリスとレイナールの腕を取った。
「え?」
「ごめん!」
意味がわからず困惑するレイナール。するとザンギルは北東の方角へと、クリスとレイナールをぶん投げてしまった。
「うわあぁぁぁーっ!」
「でゅわっ!」
「副隊長ーっ!」
空に悲鳴のエコーを残しながら飛んでいくレイナール。ザンギルも追って跳び上がり、水精霊騎士隊の見送る前で、あっという間に三人ははるかかなたへと飛んでいってしまった。
そしてもう一人、街の夜影から一部始終を見守っていた青紫色の髪の少女も、その光景を唖然としながら見ていた。
「あーあ……クリスったら。もう、しょうがないわね!」
少女は背中の悪魔のような翼を広げ、クリスたちを追って飛び立っていった。
一方で、放り投げられたレイナールはクリスとともに自由落下に移りながら悲鳴をあげていた。
「ああぁぁぁぁ!」
「だらしないぞ。お前もメイジだろう。『フライ』の魔法はどうした?」
「飛ぶのには慣れてても、飛ばされるのは慣れてないんだよお!」
落下していくレイナールとクリス。だが落ちる直前に追いついてきたザンギルが空中でキャッチして、三人は地面に軟着陸した。
「うわっ!」
「はっ」
「うむ」
下ろされて尻もちをついたレイナール以外は、着地してそのまま戦闘態勢を取った。
町の一角から、剣を振りかざしたツルク星人に追われて一人の平民が悲鳴を上げながら必死に逃げてくる。ザンギルは風のように跳び、ツルク星人に斬りかかる。
「いやあっ!」
ザンギルの剣とツルク星人の剣がぶつかり合って火花を上げる。クリスは追われていた平民に駆け寄り、無事なことを確認した。
「早く逃げろ!」
背を押されて、平民は礼を叫んで走っていった。
ザンギル、そしてクリスはツルク星人に剣を向けて言い放つ。
「今度は逃さぬ。お主の引導の時じゃ」
「我が民たちの仇、今こそ」
ザンギルの持つ結晶の緑色の光がツルク星人を照らし出す。しかしなんと、ツルク星人の体から黒いオーラが吹き出すと結晶の光を吸収し、黒いオーラは巨大な怪獣となって実体化してしまったのだ。
「なんと!」
「か、怪獣!?」
現れた頭に長い一本角を持つ怪獣は、一瞬半透明の姿を見せた。だがすぐに実体となって街を破壊し始め、怪獣の口から放たれる火炎が家々を紅蓮に染めていく。凶剣怪獣カネドラス、ツルク星人と同じく地球ではドキュメントMACに記録される凶悪な怪獣だ。カネドラスが広げるその凄惨な光景を見て、ザンギルは苦々し気に呟いた。
「奴め、己の中に別の怪獣の魂を飼っておったのか。石の力を逆に吸収して実体化してしまった」
「ど、どうするんですか? あんなのいくらなんでも戦えませんよ」
なんの準備もなしに怪獣に挑むなど不可能だとレイナールは言った。それに対してザンギルは苦し気に答える。
「いや、拙者ならば怪獣と戦える。しかし……」
ザンギルが怪獣に向かえば、それはそのままツルク星人を取り逃すことになる。しかし、クリスは毅然としてザンギルに言った。
「行ってください、あやつはわたしが引き受けます」
「しかし……いや、覚悟を決めた武士に言葉は不要じゃな。クリス殿、見事あやつを討ち果たして己の武士道を開眼してみよ」
「はっ、必ずや」
「武運を祈る。では、ごめん」
ザンギルはジャンプするとみるみる巨大化し、進撃するカネドラスの前に立ちふさがった。
「お主も血を欲する獣か。じゃが、この先へは一歩も通さぬ。参れ、迷える魂よ」
襲い掛かってくるカネドラスに対して、ザンギルの剣が一歩も引かずに迎え撃つ。
カネドラスの口から放たれる高熱火炎。ザンギルはそれを右手の剣の一振りで振り払い、カネドラスの胴へと横一文字に斬りこむ。
そして、クリスも覚悟を決めてツルク星人に相対しようとしていた。
「いくぞ、わたしはこの戦いで師匠を超えてみせる」
「クリス!」
「レイナール、手出し無用。見届けよ、わたしの剣が奴を斬る瞬間を。やああっ!」
クリスの刀がツルク星人の剣とぶつかって甲高い音を立てる。ツルク星人はすぐさま受け止められた剣とは反対の剣を振るってクリスの首を狙ってくるが、クリスは刀を滑らせて反対側からの攻撃も防いだ。
「よしっ!」
レイナールはクリスが冷静であることを確認できて安堵した。落ち着いて戦えばクリスにとってツルク星人は充分に戦える相手だ。
クリスはツルク星人の刀を弾き、ツルク星人の体へと斬りつけていく。刀の切っ先がツルク星人の体へとわずかだが切り傷を与えた。
「いける!」
レイナールは喝采をあげた。ザンギルの石の力でツルク星人の怨霊体が実体化している今ならば、クリスの剣でも倒せるはずだ。
「クリス、一気に勝負を!」
「わかっている。畳むぞ」
クリスは刀を持ち直した。勝機がある今、仕掛けるべきだ。
だが、ツルク星人はクリスのような小娘に傷つけられたことに激怒してか、真紅に輝く眼に邪悪な光をたぎらせてクリスに悲鳴のようなおぞましい奇声を浴びせた。
「あ、ああ、あっ」
「クリス? どうしたんだい? クリス!」
「ま、真っ暗な、底の無い沼のような闇が見えた」
クリスの刀を持つ手が震え、顔は青ざめて滝のような冷や汗が流れている。クリスの様子がおかしいとレイナールは焦った。
いったい何が起こったんだ? 震えて力の抜けてしまったクリスに、ツルク星人は容赦なく攻撃を仕掛けてきてクリスは受けるだけで精いっぱいになってしまっている。その時、頭上からザンギルの声が響いた。
「むう、レイナール殿、いかんぞ」
「ザンギルさん? クリスに何が起きたんですか?」
「星人め、これまで殺してきて溜め込んだ犠牲者の怨念をクリス殿にぶつけてきたのじゃ。あまたの亡者の怨念にさらされて、クリス殿の心が折れかかっておる」
「そんな! どうすればいいんですか?」
「クリス殿自身が恐怖を克服するしかない。それには、彼女が揺るぎない信念を見つけなければならん。レイナール殿、お主がクリス殿を助けるのじゃ」
「ええっ!? そんな、ぼくなんかかが」
「拙者はこの怪獣の相手で手が離せぬ。自信を持つのじゃ、そなたの武士道は拙者にひけをとるものではない。そなたの魂の声に従えばよい。よいな」
ザンギルはレイナールにそう言い残すと、カネドラスとの戦いに戻っていった。
カネドラスの最大の武器は、頭部に生えた長大な角だ。それは単純な打撃武器になるだけではなく、もう一つ使い方がある。カネドラスはザンギルに狙いを定めると、頭部の角が分離して白熱化しながらザンギルへと飛んできた。
「むんっ!」
ザンギルは剣で打ち返すが、カネドラスは戻ってきた角を再度投げつけてくる。さらに白熱化した角はウルトラセブンのアイスラッガーのように自在に飛びながらザンギルをしつこく襲う。これがカネドラスの必殺武器ドラスカッターだ。
ザンギルはドラスカッターを見切り、かわしながら反撃の機会をうかがっている。しかしすぐにはクリスたちの助けに向かうことは無理で、心の中でクリスの健闘を祈った。
「クリス殿、お主ならばできる」
しかし、クリスは今まさに目の前に迫る死の恐怖に囚われていた。
「来るな! 来るな!」
思わず怯えた言葉を口走りながら、クリスはツルク星人の攻撃から後ずさりつつ刀を振っていた。
死の恐怖を克服するための訓練は山ほど積んできた。それでも、数え切れないほどの死者の無念の叫びはクリスの魂を冷たい手で掴んで離さないでいる。
「わたしは、わたしはサムライだ。こんな、こんなことくらいで臆するわけがない!」
どんなに自分に言い聞かせて勇気を振り絞ろうとしても、一度心に憑りついた恐怖は簡単にはぬぐえなかった。
それでも、普通の人間なら失神するか発狂するような邪気を受けながらも正気を保てて戦えているのは、クリスの精神力の強さを示すものだ。だが、この恐怖を乗り切るには、それだけでは足りないのだ。
ツルク星人は情け容赦なく、両手の剣でクリスに斬りつけてくる。今のクリスは刀でそれを受けるだけで精一杯だ。
「師匠、師匠……」
クリスはツルク星人の攻撃を懸命に受けながら、今は亡き師へと問いかけていた。
「師匠、わたしは師匠の与えてくれた鍛錬は全て乗り越えてきました。何がまだわたしには足りないのですか? わたしの武士道には何が必要なのですか? 教えて下さい、師匠」
死者は何も答えてはくれない。それでもクリスは師匠から教わった日々は決して無駄ではなかったはずだと自分に言い聞かせる。
夜の街角に響き渡る剣と刀のぶつかり合う乾いた音はクリスに答えを教えてくれない。
「師匠、どうしてわたしを置いて逝かれてしまったのですか……」
思わず口から零れてしまった悲しみと弱音。そして、クリスの心が弱り切ってしまったとき、彼女の剣にもそれが伝わったかのように限界が訪れてしまった。クリスの刀とツルク星人の剣との何十回目になるかの激突の末、クリスの刀が真ん中から冷たい音を立ててへし折れてしまったのだ。
「しまった!」
折れて飛んでいく刀の切っ先を視界の端に映しながら、クリスは悲鳴のように叫んだ。折れた刀ではとてもツルク星人の二本の剣の攻撃を防ぎきることはできない。もちろんツルク星人は狂喜の叫びをあげながら斬りかかってくる。
迫りくる刃を前に、クリスは死を覚悟した。だが、そのときである。
「クリスーっ!」
レイナールが飛び込んできて、『ブレイド』の魔法をまとわせた杖でツルク星人の剣を受け止めたのだ。
「お前……」
「ぐぅっ!」
ツルク星人の剣圧は重く、レイナールの膂力では本当に受け止めるのが精一杯だった。クリスはこんな相手と切り結んでいたのかと、レイナールはぞっとした。しかもツルク星人はさらに、二撃、三撃目を放ってくる。
「ぐうっ!クリスにしごかれたおかげで、なんとかぼくでも受けられるみたいだ。クリス、今のうちに逃げてくれ!」
「なにを言っている。お前の腕でそいつに勝てるわけがない。お前こそ逃げろ」
本職の騎士団でも歯が立たずに全滅させられた相手だ。レイナールに勝ち目は絶対にない。しかしレイナールは震えながら拒絶した。
「いやだ」
「なんだって」
「クリス、君の言うブシドウがなんなのかぼくにはわからない。けど、ぼくにだって意地があるんだ。女の子に戦わせて自分だけ逃げるなんてできない」
「馬鹿者! そんなことを言っている場合か」
ツルク星人は邪魔をされたことに怒り、標的をレイナールに変えて奇声をあげながら剣を振り下ろしてくる。『ブレイド』の魔法で杖はかろうじて耐えられても、腕力がまるで違うのでレイナールは一太刀ごとに大きく揺さぶられる。
あれではあと一分も耐えられないだろう。それでもレイナールは眼鏡の下の目を半泣きにしながらクリスに言った。
「悪いけど、ぼくにとっては”そんな場合”なんだ。うちの隊長とうちの隊のポリシーでね。女の子の前でかっこつけられないなら、死んだほうがマシなんだ!」
とてつもなくみっともなく恥ずかしい動機。それでもレイナールは杖を立てて凶悪な星人と戦う。
「来い、化け物! オンディーヌ騎士隊副隊長のひとりのぼくが相手になってやる」
精一杯の勇気で、絶対に勝てない相手に立ち向かう。レイナールにはザンギルが託してくれたことの意味はわからないけれど、クリスを見殺しにすることだけはできない。
そんな、懸命に杖を振ってツルク星人と戦うレイナールの背中を見て、クリスは強い既視感を感じ始めていた。
「師匠……?」
そう、あれはまだ子供の頃に師匠と初めて出会った時。森で一人で魔物に襲われた時、たまたま通りかかった師匠が助けてくれた。
あの時、あの時に見た、一人で魔物に立ち向かっていく師匠の背中。レイナールの背中が師匠の背中と重なる。
そして、魔物を倒して助けてくれた師匠が、礼をしたいと言って引き留めた自分に告げた言葉。
「この刀の届く範囲が俺の国で、俺が王様なんだ。そして、王様の俺が俺の国で困っているお嬢ちゃんを助けると決めた。だからお嬢ちゃんは気にすることはない。それが、俺の武士道なのさ」
その言葉の意味は、幼い頃の自分にはわからなかった。けれど、理屈ではない何かを感じて、自分は師匠を押し止めて武士道を学んできた。そう、すべてはあの出会いの日から……そうだ。
「どうして忘れていたんだ……わたしはずっと、あの背中を追い続けてきたんじゃないか」
クリスの目に光が戻る。刀を握る手に力がこもり、心に熱い炎がたぎり出す。
「師匠が見せてくれた、理不尽な暴力から誰かを守るあの背中こそ、わたしの原点、わたしの追い求めてきたサムライの姿! 今、わたしの迷いは晴れた」
力強く地を蹴るクリス。その時、レイナールはツルク星人の攻撃を受けきれなくなって喉元に刃が迫っていたが、そこに疾風のようにクリスが割り込んだ。
「うわぁぁぁ!」
「レイナール!」
「あぁぁ? ク、クリス!」
折れた刀の根元部分を使ってツルク星人の剣を受け止めるクリス。そのまま渾身の力で星人を押し返すと、金髪をなびかせてレイナールの隣に立った。
「クリス……もしかして、答えを見つけたのかい?」
澄んだ瞳を輝かせた凛々しいクリスの横顔に、レイナールはクリスの中で何かが変わったのを知った。クリスはこくりとうなづき、レイナールに笑いかける。
「レイナール、お前がわたしをかばって戦う背中が教えてくれた。サムライの剣は自分のために振るうものにあらず。この刃が届く中にある誰かを守るためにある。守るための剣、それがわたしの武士道だ!」
毅然と宣言したクリス。その気高く自信に満ちた勇姿に、レイナールは見惚れ、ザンギルは満足そうにうなずいた。
「見事じゃ、クリス殿。今こそ、そなたは真の侍」
ザンギルは剣を振り、ドラスカッターをはじき返しながら隙をうかがう。ドラスカッターは強力で、宇宙パトロール隊MACも煮え湯を飲まされたことがある。しかし、強力な武器は隙も大きい。かつてのカネドラスはドラスカッターをウルトラマンレオに真剣白刃取りされて敗北を喫したが、このカネドラスは武器返しも警戒しているようだ。
それでも、勝機は必ず来る。一方でカネドラスはその前にザンギルを倒そうとドラスカッターを縦横に操ってザンギルを狙う。
小国の城下町は、初めての怪獣の出現で逃げ惑う人々でパニックに陥っている。しかしザンギルがカネドラスを食い止めているおかげで、人的な被害はまだ大きく出てはいない。
けれど、元凶であるツルク星人を倒せなければ意味がない。もしツルク星人が勝てばツルク星人はカネドラスと二対一でザンギルを襲うだろう。そして、クリスとレイナールの旗色はなお悪かった。
「クリス、大丈夫かい!」
「まだまだ。レイナール、危ない!」
レイナールに向かったツルク星人の剣を危ういところでクリスは折れた刀ではじいた。
怨霊であるために疲れることを知らないツルク星人に対して、レイナールとクリスの額には大粒の汗が浮いている。いくらクリスが己の武士道に覚醒しても、素人に毛が生えた程度のレイナールと、折れた刀のクリスでは不利は明らかだった。
なんとか二人がかりで互角に持ちこたえているだけだ。なにか打開策をすぐにでも打たなければ負けると二人に焦燥感がつのる。しかし激しく打ち合いながらではどうしようもない。
そのときだった。二人が戦っている場所の近くの家の屋根の上に、あの青紫色の髪の少女が翼を羽ばたかせながら降り立ったのだ。
「やっと追いついたけど、大変なことになってるじゃない。クリス、今助けるわ!」
少女はクリスの窮地を見ると、白い銃のような道具を取り出した。それはハルケギニアの物とは思えないメカニカルな外見をしているが、同時に神器のような神秘的な雰囲気もまとっている。
その銃を片手に持つと、さらに少女はもう一方の手にUSBメモリーに似たキーを握った。キーの表面には体に赤と青のラインを持ち左目に青い炎のような結晶をまとったウルトラマンが描かれている。
「……あんたがくれたゴクジョーなお宝、使わせてもらうわよ」
『Ultraman Blazar bootUP!』
キーの側面のスイッチを押し、白い銃の銃床に装填すると電子音が鳴る。
そして少女は銃口を戦っているクリスのほうへ向けると、引き金を引いた。
「クリス、受け取って!」
『Supairaru Baredo!』
銃口から飛び出した光はクリスたちとツルク星人の間に落ち、そのまばゆい光に驚いてクリスたちも星人も動きを止める。そして光が消えた後、クリスの前には青と赤のスパークをまとった白い光の槍が突き立っていた。
「これは……」
「こ、今度はなんだい? クリス、うかつに触ったら危ないよ!」
「いや、大丈夫だ。あいつめ……味な真似を」
レイナールが止めたが、クリスはためらうことなく光の槍を手にした。それは何か知っているのかとレイナールが尋ねると、クリスはその眼に熱い炎をたぎらせて答えた。
「友からの贈り物だ。わたしの二人目の、かけがえのない友からのな!」
言い放ち、光の槍を引き抜くクリス。そしてクリスは大きく振りかぶってツルク星人に突撃した。
「うおぁぁーっ!」
これまでの洗練されたクリスの剣技とは打って変わったワイルドで大胆な一撃。ツルク星人は両手の剣を合わせて食い止めたが、足元の石畳がひび割れて吹き飛ぶ。
むろん、これで終わりなわけはない。クリスは光の槍を両手で持ち、息もつかせぬ連続攻撃を加えていく。
「すごい……」
レイナールはクリスの戦いぶりに圧倒されてつぶやいた。これまでのクリスの戦いぶりを戦乙女に例えるなら、光の槍を縦横に振り回して打ち付ける今のクリスは南国の伝説にある女部族だ。
「うおらあっ!」
クリスの振り下ろす光の槍がツルク星人の剣とぶつかり合って光の火花を散らす。その光景に、屋根の上から戦いを見守る青紫色の髪の少女も興奮して叫んでいた。
「いいわよクリス。そのまま、情熱的にやっちゃいなーっ!」
光の槍によるクリスの猛攻に、今度はツルク星人が防戦一方になっている。上から、横から、青と赤の光の残像を残してクリスの斬撃がツルク星人を追い詰めていく。
「いけーっ、クリス。そのままやっつけろ!」
「ああっ!」
レイナールの声援を受けて、クリスは跳んだ。誰かに応援されるのがこんなに心躍るものだとは知らなかった。一人で強さを追求してきたときとはまるで違う。
胸の高鳴りをばねにして跳んだクリスは、ツルク星人の肩から腰までを袈裟懸けに切り裂いた。
「やった。いや!」
まだ途切れぬ殺気を感じたクリスはとっさに光の槍を頭上に持ち上げた。そこにツルク星人の刃が降ってきて、光の槍に食い止められる。
「ちっ!」
クリスは星人の刃を押し返して間合いを取った。構えなおして見ると、ツルク星人は生きているなら即死確実なほどに体を切り裂かれながらも、目を赤く光らせながら立っている。
「化け物め」
このツルク星人が怨霊だということを、クリスは改めて意識した。これでもまだ倒せないとは。
「一体、どうすればこいつにとどめを刺せるんだ?」
クリスに向かってツルク星人はじりじりと間合いを詰めてくる。だが、クリスの心に焦りが浮かびかけた時、レイナールの声がクリスの耳に届いた。
「クリス、心で斬るんだ!」
「っ! 心で、斬る?」
「そうだよ。ザンギルさんが言ってたじゃないか。この世じゃないものを斬るためには心で斬らなきゃいけないって。ぼくにはわからないけど、今のクリスなら必ずできる!」
「そうか、そうだな。ありがとう!」
クリスは心を落ち着けて、目の前の星人に意識を集中した。
こいつは怨霊、斬るためには目に見えるものではなく、心で実体を見極めて討たねばならない。
「師匠、見ていてください。今日ここでわたしは、あなたを超えてみせます」
光の槍を居合のように構え、目を閉じるクリス。目に映るものはまやかしだ。こいつの本体はどこにある?
来る! 闇を裂いて、殺意と悪意の塊が。
「見えた! そこだあぁぁぁっ!」
開眼し、裂帛の気合と共にクリスは光の槍を一閃させた。
レイナールの目には、クリスとツルク星人のシルエットが一瞬重なっただけのようにしか見えなかった。しかし一瞬の静寂の後に乾いた金属音が鳴り、クリスの迷いない声が響いた。
「斬った……師匠、長い間、ありがとうございました」
亡き師匠への最大限の感謝を込めた卒業の言葉。それに遅れてツルク星人の絶叫が響き渡る。ツルク星人の両手の剣の片方が叩き折られ、折れた剣から赤黒い瘴気が立ち上っていた。
ツルク星人は残った剣をでたらめに振り回し、悲鳴を上げながら狂ったようにのた打ち回り始めた。レイナールは、剣を1本折られただけで何故あんなに苦しんでいるのだと不思議に思ったが、クリスは折れて石畳に落ちたツルク星人の剣からも、血のようなオーラが漏れ出ているのを見下ろして言った。
「この血塗られた剣に取り憑いた怨念が、奴の正体だ」
「剣? 剣のほうが本体だっていうのかい!」
「文献で読んだことがある。あまりに人の血を吸いすぎた刀剣は、自ら意志を持つインテリジェンスソードと化すことがあると」
「じゃあ……そ、そうか。だから最初から奴の剣だけは実体があったんだ!」
「そういうことだ。その血塗られた因果、今ここで断ち切る!」
クリスは光の槍を構え直した。そして、ツルク星人が大ダメージを受けたことで、同調していたカネドラスも苦しみだして、ザンギルは潮目が変わったことを知った。
「クリス殿、見事にやったのだな。ならば今こそ、さまよえる魂たちに引導を渡すべき時じゃ」
ザンギルは剣を引き、カネドラスを正面から見据える。
同時にクリスも光の槍を逆手に構え、腰を沈めて足を引いた。
「鬼に会っては鬼を斬り」
「亡者に会っては亡者を斬る」
今、怨霊どもに引導を渡す時。お前たちがどんなにこの世に未練を残そうとも、ここはお前たちのいる場所ではない。
クリスとザンギルに対して、ツルク星人とカネドラスは絶叫をあげながら悪あがきのように襲い掛かってくる。
ツルク星人は残った剣を振りかぶり、カネドラスはドラスカッターを全力で投げつけてくる。
夜の街の最終決戦。ザンギルは真正面から向かってくるドラスカッターに、避けたら背後の街に被害が出ると感じて突っ込んだ。
「信念なき剣など、笑止」
ドラスカッターと相対したザンギルは、刃物のようになった頭部で真っ向から受け止めた。そしてそのまま矢のような勢いで弾き飛ばしてしまったのだ。ザンギルが待っていたのは、ドラスカッターを弾けるだけの勢いをつけるための溜めの時間だったのだ。
カネドラスはドラスカッターを失って驚き慌てるが、もう遅い。ザンギルは急接近してすれ違いざまに大剣の横一文字に斬り捨てた。
「むうんっ!」
一瞬で胴を両断されたカネドラスは、上半身と下半身をずれさせた後に大爆発して四散した。飛び散った破片は光となって消えていく。
「これで、あと103体……」
残心とともに、ザンギルは長い旅の行く末に思いをはせる。
そして、クリスの戦いも終焉を迎えようとしていた。
「来い!」
やぶれかぶれに突進してくるツルク星人を、クリスは光の槍を構えて待ち受けた。
もう、恐れも迷いもない。ツルク星人の狂気に満ちた目を、クリスの澄んだ目は真正面から見据える。
真上から振り下ろされてくるツルク星人の剣。クリスは光の槍の中央部で受け止めると、光の槍が真っ二つに折れた。
「クリス! いや!」
レイナールは、光の槍が折れたことで慌てかけたが、すぐにそれが折られたのではなく、折らせたのだと気がついた。なぜなら、クリスはすっと身を引いてツルク星人の剣をかわし、折られた槍を両手で構えなおしたのだ。
「に、二刀流?」
両手に光の槍ならぬ、光の剣を構えたクリスは、大振りをして隙だらけのツルク星人を見下ろす。
「士道曰く、切り結ぶ刃の下、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……すなわち肉を切らせて、骨を断つ!」
クリスの気迫の前にツルク星人の目に恐怖の色が浮かぶ。だが、大きく隙を晒してしまった星人にもはや逃れる術はない。クリスはすべての気力を込めて二本の光剣を振るった。
「たあぁぁっ!」
青と赤の残光を引く十文字のクリスの斬撃。
一太刀目がツルク星人の残った剣を折り、二太刀目が星人の体を縦に切り裂く。
「眠れ、二度と覚めない悪夢の果てへ」
ツルク星人に背を向け、目を閉じて祈りを捧げるクリス。その背で、星人は断末魔の絶叫を上げて光になって消滅していく。そして、光の剣も同時に役目を果たしたように消滅していった。
立っているのはクリス。しっかりと地を踏み、金髪をなびかせて勇壮な姿を月明りに照らしている。
クリスは振り返ってレイナールに、ニッと笑みを見せた。その笑顔を見て、レイナールも笑い返す。
「やったね、クリス!」
「ああ、わたしたちの勝利だ」
完全に星人の怨霊は消滅した。クリスの迷いない剣が、星人の怨念を上回ったのだ。
近くの屋根の上では、青紫色の髪の少女もガッツポーズをしている。
そして数分後、二人は等身大に戻ってきたザンギルとともに月明りの下で別れの前の言葉をかわしていた。
「ツルク星人の怨念がその剣に乗り移って、妖刀として活動しておったのか。これは拙者も見抜けなんだ。クリス殿、見事じゃ」
いまや地面に転がる鉄くずと化したツルク星人の剣の残骸を見下ろして、ザンギルはクリスを称えた。クリスもザンギルに頭を下げ、礼を返す。
「いえ、わたしが己の武士道を見つけられたのはザンギル殿のおかげです。貴方のお言葉の通り、わたしの武士道の真実はわたしの過去がすでに知っていました。これで、天国の師匠に胸を張ってわたしはサムライを名乗れます。本当にありがとうございました」
「礼を言われるほどのことはない。拙者も、お主たちのような立派な若者たちを見れて良かった。達者でおるのだぞ」
うなづくザンギルにレイナールは残念そうに尋ねる。
「もう、行ってしまうんですか?」
「うむ、拙者にはまだあと103体の怪獣の魂を鎮める使命がある。この星にはあやつを追ってきたが、この星にはすでに多くの守り人がおるようじゃし、拙者は必要あるまい。拙者は旅に戻る。お主らとはもう会うことはないであろう」
レイナールもザンギルの人柄には信頼を置くようになっていたので、残念そうにうつむいた。するとザンギルはクリスとレイナールの肩に手を置いて言った。
「お主らには、これから多くの出会いが待っていることじゃろう。その者らと力を合わせて、お主らの武士道を貫きながらこの世界を守っていくのじゃ。拙者は、この空のどこかでお主らを見守っておるよ」
「ザンギル殿……」
「クリス殿、もっと広く世界を見よ。まだ見ぬ知を得、武を極め、武士道を磨き続けよ。そうすれば、お主はまだまだ強くなれる」
「しかし、わたしはこの国の王女の身。勝手に国を離れるわけには」
「父王は健在なのであろう。王女が多少国を開けたところで傾くようなことはあるまい。むしろ、見聞を広めるためにわがままを言えるのは、今しかないのではないかな?」
「今……今」
「そう、今は確実に過去に変わっていくものよ。お主が王女だというなら、後悔せぬ選択をせよ。お主を支えてくれる相棒もおるしのう」
ザンギルはレイナールを見ると、肩をぐっと掴んだ。
「レイナール殿、クリス殿を頼むぞ。お主も男なら、クリス殿の顔を曇らせてはならぬぞ」
「えっ! ええっ! ぼ、ぼくらはそんな関係じゃじゃ!」
慌てるレイナールに、ザンギルはからからと笑った。そして二人から離れると、空を仰ぐ。
「では、そろそろ行くとしよう。クリス殿、レイナール殿、お主らと会えて本当によかった。拙者のこれからの旅は孤独なものになるじゃろう。だがいつの日か、お主らのような勇敢な誰かと仲間として肩を並べて戦える日も来るかもしれんと思えてきた。礼を言う、さらばじゃ」
「お達者で」
「旅の無事を祈っています」
クリスとレイナールに見送られ、ザンギルは光になって夜空へと飛び去って行った。
それから数日後……レイナールは水精霊騎士隊の仲間たちと共に国境の峠を歩いていた。
「……」
「なあ副隊長、元気出せよ」
「無理なものは無理だったんだって。王女様なんだから」
仲間たちが意気消沈しているレイナールを励まそうとしてくれているが、レイナールの顔はかすんだ眼鏡のように曇っていた。
あれから、クリスは水精霊騎士隊に同行してトリステインに留学したいと国王に申し出ていた。しかし、どうしても許可を取ることができず、今日ついに追い返されるように国を出ようとしていた。
仕方ないのはレイナールにもわかっている。これ以上ごねればトリステインとの国際問題にもなりかねない。
でも、だからといって、あんなに仲良くなれたのにこんな別れ方なんて飲み込めるわけが無かった。
足を引きずるように国境の峠を登るレイナール。しかし峠の上では、信じられないものが彼らを待っていた。
「遅いぞ! 待ちくたびれてしまったぞ」
「ク、クリス!?」
なんと峠の上では旅支度のクリスが使い魔のガレットを連れて待っていたではないか。
「クリス、ここへ来たってことは、国王陛下から留学の許可が下りたのかい?」
「いいや、下りなかった。だから『家出』をしてきた!」
「ええっ!」
一同は仰天した。しかしクリスは悪びれた様子なく言う。
「ちゃんと考えた結論だ。わたしが一人の人間としてわがままを通せる時間は、これを逃せばもう二度とないだろう。だから【ひとまわり大きくなって帰ってきます】と書置きをしてきた。これはわたしが王女として決めた武者修行の旅なのだ」
「は、はは、かなわないなあ」
レイナールは放心したように腰を落とした。
すると、クリスはレイナールの顔を覗き込んで不思議そうにした。そこに水精霊騎士隊の仲間から「こいつ、クリスにもう会えなくなるからって落ち込んでたんだよ」と聞かされて、なるほどとうなづくと。
「レイナール、顔を上げろ」
「えっ? んぐっ!」
顔を上げたレイナールは、自分の唇が柔らかいものでふさがれたのを感じた。すぐ目の前にはクリスの顔がある。何が起こったのかレイナールがわからないで目を白黒されていると、クリスがぷはっと顔を離して言った。
「どうだ? 元気は出たか」
「な、ななな、なにををを?」
「ん? 師匠が言っていたのだ。サムライの国では落ち込んでいるときにキスをすればよいと」
笑いながら答えるクリスに、レイナールはやっと自分がクリスにキスされたのだと気づいて顔を真っ赤にした。レイナールにとってはもちろんファーストキスである、しかしそんなことを考える余裕なんかあるはずもなく、舌をもつれさせながらしどろもどろの彼に、クリスは首をかしげて。
「足りなかったのか? お前にはこれから、わたしがトリステインにいる間のエスコートをしてもらわねばならんのだからな。早く元気になれ」
クリスはレイナールの頭を抱くようにして、もう一度キスをした。クリスの唇の柔らかい感触が今度は意識できる形で伝わってきて、頭が茹で上がる。
「ああ、始祖ブリミルよ。ぼくは今日死ぬのでしょうか? こんな幸せなことがこの世にあるなんて……」
周りからは仲間たちの「レイナールこの野郎」という罵声が響いているが、レイナールの耳にはまったく届かない。
果てさて、トリステイン魔法学院に一人の仲間が加わろうとしているが、先が思いやられることである。
そんな賑やかな彼らの様子を、あの青紫色の髪の少女が翼を羽ばたかせながら近くの空で見守っていた。
「行ってきなよクリス。きっとあなたにも、人生を変えてくれるような出会いが待ってるよ。そう、わたしがはるかな時のかなたの赤い星で出会った、あの人たちみたいにね」
続く