第65話
賑やかな昼と穏やかな夜
魔神怪獣 コダイゴンジアザー 登場!
魔法学院に突如として現れたコダイゴンジアザー。
エビス様の木像をそのまま巨大化させた姿はユーモラスであるが、エビス様が福の神だと知らないトリステインの人間たちには奇怪な妖怪に見えてしまって、生徒たちは困惑した。
「なんだあれは?」
ゴーレム? いやあれも怪獣? 異文化というものは初見では得てして理解できないものであることが多いが、これに関しては日本人であっても混乱するであろう。
実際才人も知識としてコダイゴンジアザーは知ってはいても、目の前でエビス様そのものの実物を見せられると、びっくりした後は唖然と目が釘付けになってしまっていた。
「はー、ありがたやありがたや」
元来のんきなのと日本人の本能で、神様を見ると自然と手を合わせて拝んでしまう才人であった。
元になったエビス様がそのふくよかな容姿で人を和ませるように、コダイゴンジアザーは鼻歌のように口ずさみながらひょいひょいと軽快なステップで踊っている。確かになんともありがたい。
もっとも、そんな気の抜けた行為もルイズが光の速さでかっ飛んでくるまでであった。
「なにやってんのよバカ犬!」
ダッシュからの九回転半かかとおとしが才人の頭に炸裂した。頭に風船みたいなたんこぶを作らされてうめき声をあげながらうずくまる才人。
ルイズは息を切らせながらも少しスッキリすると、もだえている才人の首根っこを掴んで引きずりあげた。
「あんたはまたアホなことやってんじゃないわよ! 死にたいの? その足りない頭をかち割られたいの? というか、あんたあのヘンな怪獣知ってんでしょ! さっさと話しなさいよ」
「は、はれはコダイゴンジアザーってひって……」
ボケの代償として頭の周りに星を回らせながら説明する羽目になる才人であった。
そこまでしてやっと怒りの収まったルイズは、桃色の髪をかき上げて呼吸を整え、代わってとび色の瞳に闘志を宿らせた。
「あんたの世界の神様でもなんでも、学院で暴れるものを許してはおけないわ。サイト、戦うわよ」
コダイゴンジアザーは踊るように軽快に飛び跳ねながら、今にも校舎を壊しそうになっている。ウルトラリングを掲げるルイズ。しかし、才人は空のかなたを見つめて不敵に笑った。
「いいや、今回は俺たちの出番はないかもしれないぜ」
才人の見上げる先から、真っ赤な炎のエンブレムをまとった戦闘機が駆けつけてきていた。
「ガンフェニックス・スプリット!」
学院の空を舞う地球の戦闘機。学院の生徒たちには初めて見る者も多いが、才人があれは味方だと声をあげると困惑は歓声に変わった。それだけ才人の皆からの信用も増しているのだ。
いずれ来るヤプールとの決戦に向けてハルケギニアに拠点を作ったCREW GUYS JAPAN。その誇る戦闘機ガンフェニックスが、怪獣出現を察知して急行してきたのだった。
だが、記念すべきとなる初出撃はどうにも彼らの想像していたものとは違うことになりそうだった。
「な、なんですかあれは?」
分離したガンウィンガーのコクピットから、新人隊員のハルザキ・カナタが仰天した声をあげた。
そんなカナタに、ガンローダーからイカルガ・ジョージとカザマ・マリナが落ち着くように告げる。
「慌てるなカナタ。いつまでも新人気分でいるんじゃない」
「そうよ、あなたもあれを資料では知っているはずでしょ」
「は、はい! すみません先輩。レジストコード、コダイゴンジアザーですね」
叱咤されたカナタは冷静に怪獣の名前を思い出した。
元々コダイゴンジアザーはGUYSが戦った怪獣で、その由来はドキュメントMATにある魔神怪獣コダイゴンにさかのぼる。コダイゴンはとある小村で祀られていた武神像に、レジストコード・グロテス星人がグロテスセルという特殊細胞を植え込んで怪獣化させたものである。現代になり、武神像から残っていたグロテスセルを回収したGUYSはメテオールとして利用しようとしたが制御方法が見つからず、廃棄しようとしたが、”ある事故”のせいで大量のグロテスセルが古物店のエビス像に宿ってできたものがコダイゴンジアザーだ。
この状況は通信で地球のフェニックスネストにも中継されており、トリヤマ補佐官がクゼ・テッペイとアマガイ・コノミに”なぜか”ジト目で見つめられている。
「し、知らん! わ、私はなにもやっていないぞ!」
「まあそれはともかく、スキャンしたところ、あれは以前僕たちが戦ったコダイゴンジアザーと99.9パーセントの確率で同一のものです。見て下さい、右足についていた傷もあの時のままです」
テッペイの分析に、フェニックスネストで指揮をとっているリュウ隊長が「じゃあまたエビス像が盗まれたってことか?」と尋ねると、新人オペレーターが確認を始めた。
しかし、よく見ると以前のコダイゴンジアザーとは違う所も見える。色合いが以前より古びているし、前は持っていた武器の釣り竿や抱えていた鯛の木像も無くなっている。
どういうことだ? だが真相はどうあれ、コダイゴンジアザーが現れて暴れているのは事実だ。旋回するガンウィンガーがウィングレットブラスターの照準を定める。
「前と本当に同じかどうか確かめてやる」
赤い光線が放たれて命中する。以前のコダイゴンジアザーは表面でそのまま反射するほど強固だったが、光線はコダイゴンジアザーの木目の体に当たって爆発、巨体が揺らいだ。
「効いた?」
ジョージとマリナがあっけなさに困惑する。分析していたテッペイも、おかしさに気づいて説明した。
「あれに使われているグロテスセルの量が、前回に比べて著しく少ないようです。もしかしたら、以前にエビス像を回収した時にグロテスセルは完全に無くなっているのを確認しましたが、検査でもわからないほどの微量のグロテスセルが自己増殖して動き出したのかも。ともかく、防御力は並の怪獣と同程度かと」
「それなら、我々だけで十分に倒せるというわけですか?」
カナタが尋ねると、テッペイは困惑しつつも肯定した。
「恐らくできます。ですが、完全に倒すには像の中のグロテスセルを気化させる必要がありますが、通常のビームでは困難です」
「ならメテオールで」
「待ってください。学校が近すぎます!」
ガンウィンガーに同乗しているミライが叫んだ。コダイゴンジアザーは学院の地下室から現れたために校舎に近すぎる位置にいる。それに、まだ地上にはさして離れてないところに逃げ遅れている生徒の姿も見える。ここでスペシウム弾頭弾のような大火力兵器を使って外したりした時には……キャプチャーキューブを使えればいいが、そのためには一度地上に降りなければならないし、現地住民との必要以上の接触は好ましいものではない。
「僕が行きます!」
意を決したミライの言葉にリュウもうなづく。ミライの腕に現れたメビウスブレスが輝き、今まさに逃げ遅れた生徒に迫りかけていたコダイゴンジアザーの前に光が飛び出した。
「セヤッ!」
ウルトラマンメビウスがコダイゴンジアザーの前から飛び掛かり、千鳥足で跳び回っていたコダイゴンジアザーを押さえつけた。エビス様のふくよかな巨体がメビウスに押されて地面を削りながら後退していく。
「ミライ、大丈夫か!」
『大丈夫です。やっぱり、前の時よりパワーは落ちてます。っ! でも長くは持ちません。避難を早くっ』
パワーダウンしているとはいえ、かつてジャックが戦ったコダイゴンもパワーと頑強さでジャックの攻撃を寄せ付けなかった。コダイゴンジアザーはメビウスの拘束を解こうとヘラヘラした笑い声をあげながらもがいている。
早く生徒たちの避難を。そのとき、声をあげて動き出した者たちがいた。
一方、建物が崩れた粉塵の中から間一髪飛び出してきた者たちもいる。
「ぷはぁ、危なかったな」
「冗談じゃないわよ。生き埋めなんかにされたら普通に死ぬからね」
地下室から危うく脱出したクリスとリシュ。二人は埃にまみれた体を拭く間もなく、眼前で暴れているコダイゴンジアザーと懸命に抑え込んでいるウルトラマンメビウスを見上げた。
「わたしのせいだ。わたしが、あれを目覚めさせてしまったんだ」
「クリスのせいじゃないわ。こんなことになるなんて誰もわかるわけないじゃない」
責任感の強いクリスは自分のミスがこの事態を招いたと己を責めていた。実態はリシュの言う通り、誰のせいでもなく事故でしかない。
しかしリシュの言葉もクリスに届かない中で、一つの叫び声がクリスの耳に響いた。
「みんな早く逃げて! こっちだ、早く」
それは学院の中で避難誘導を行う水精霊騎士隊の、その中で叫んでいるレイナールの声だった。
「レイナール……」
水精霊騎士隊は、相手が人間大ならば勇敢に戦うが、怪獣を相手には避難誘導に徹する。地味だが、これも女王陛下の臣民を守る大切な役割だった。
レイナールはその中で声を枯らさんばかりに叫んでいる。学院の生徒だけでなく、使用人やメイドも彼らの指し示す方向へと走ってゆく。
その時、レイナールがクリスに気づいて駆け寄ってきた。
「クリス、こんな所でなにをしてるんだい。早く逃げるんだよ」
「い、いや、わたしは」
口ごもりつつもリシュの様子を見ようとすると、リシュはいつの間にかいなくなっていた。どうやら素早く身を隠したらしい。
「クリス、ここは危ない。早く安全な所まで離れるんだ」
「いや、わたしは大丈夫だ。レイナールはそのまま逃げ遅れた人を助けに行ってくれ」
クリスは、例え瓦礫が雨のように降ってきても身をかわす自信があった。
だが、レイナールはクリスが見たこともない強い剣幕でクリスをうながした。
「だめだ! 君も今すぐに逃げるんだ」
「な、なに?」
「君が誰であろうと関係ない。非常時は一人の勝手な行動が大勢を危険にさらすんだ。君から見たら小さいかもしれないけど、一人も取りこぼさないというぼくらのこれも大事な戦いなんだよ。今だけはぼくに従ってもらう。力づくでも!」
それは、あの夜の戦いでクリスがレイナールの中に認めた侍の姿と同じだった。眼鏡をかけたお坊ちゃんのまとった覚悟はクリスに届き、彼女の胸を高鳴らせる。
「すまない、わたしが軽率だった。レイナール、お前も気をつけろよ」
「ありがとう。また後で」
クリスは踵を返した。レイナールはクリスには目もくれず避難誘導に声を張り上げている。クリスは走りながらチラと後ろを振り向き。
「格好いいな……」
短くつぶやくその手は胸元を握りしめ、最奥で高鳴る心音を確かめるように押さえ続けていた。
そうしたレイナールたちの努力が実を結び、コダイゴンジアザーの周囲がついに無人になった。
やるのは今だ。巻き添えを気にしなくてよくなったことで、メビウスは反撃を開始する。
「セヤッ!」
メビウスの鋭いキックがコダイゴンジアザーを打つ。以前は効かなかったが、今の奴の耐久力なら十分にダメージを与えられる。
木片を散らしながら後退するコダイゴンジアザーは、そのふくよかな見た目に反する高速移動でメビウスの背後を取ろうとしてくる。しかし、その手は前に見ている。
「後ろだ、ミライ!」
メビウスは振り返ることなく回し蹴りでコダイゴンジアザーを迎撃する。
置物らしく、ぐらりと揺れるコダイゴンジアザー。メビウスはボガールを倒して間もないあの頃より確実に強くなっている。
しかし、倒れかけたコダイゴンジアザーは、起き上がりこぼしのように重力を無視して跳ね返ってくると、メビウスに頭から体当たりをかけてきた。
「ウワァッ!」
以前よりはダウンしているとはいえ、それでもさすがのパワーにメビウスは跳ね飛ばされる。
もっとも、そんな不意打ちくらいでメビウスは参らない。すぐさま起き上がり、素早く構えを取る。コダイゴンジアザーはメビウスに向かって振り子のように宙を舞って体当たりを狙ってくるが、メビウスは奴を学院から引き離すためにわざと学院と反対方向で構えていたのだ。
コダイゴンジアザーの体当たりをメビウスは受け止め、地面を削りながら食い止めると、それを待っていたとコダイゴンジアザーの背中にガンウィンガーとガンローダーの攻撃が炸裂する。
「ウイングレットブラスター!」
「バリアブルパルサー!」
二機のビームを受けてコダイゴンジアザーが大きく揺らぐ。
「よし、効いたぜ」
「今よ、一気に攻めて」
「ミライ先輩!」
コダイゴンジアザーの背中に亀裂が走り、グロテスセルが漏れ出て行く。コダイゴンジアザーはカチカチ山のタヌキのように背中をかばおうとピョンピョン跳ね回り、邪魔なガンウィンガーとガンローダーを追い払おうと暴れている。だが、今の奴には以前やっかいだった鯛砲も釣り竿もない。
仲間たちの声を受けて、メビウスは怒涛の反撃を開始した。
「ハッ! ハッ! ハッ! セァッ!」
ジャブのラッシュからの強烈な右ストレート。タロウ仕込みのボクシング戦法がうなる。
コダイゴンジアザーが重量級で小回りも利く力士なら、メビウスはさらに素早い空手家となってお相手する。
メビウスのキックがまたも木片を散らせながら炸裂すると、コダイゴンジアザーの全身に亀裂が走った。茶色く乾いた木のボディが耐えられなくなってきているのだ。奴はキックの勢いのまま体中の亀裂からグロテスセルを漏れ出させながら、酔っ払いのように千鳥足でくるくると回っている。いける! グロテスセルを全部気化させてしまえばコダイゴンジアザーはただの木像に戻って止まる。
しかしコダイゴンジアザーはまだまだ終わらないと、コマのように高速回転しながらメビウスに向かってきた。あれはさすがに受け止めきれない。そのとき、才人の声が響いた。
「真上はがら空きだ。流星キックだ!」
はっとするメビウス。そのアドバイスを聞くのはメビウスにとって二度目になる。すぐさま理解し、高くジャンプすると回転するコダイゴンジアザーの頭上へと急降下してゆく。
『流星キック!』
唯一回転していない頭頂部にキックを浴びせられて、火花と共にコダイゴンジアザーがひっくり返る。
じたばたもがいて起き上がろうとしているコダイゴンジアザーだが、グロテスセルが不足しているのか重力を無視した動きはもうできなくなっているようだ。そのコミカルな姿に、離れた場所から戦闘を見守っていた生徒たちからも笑いが起こる。
そうだ。エビス様、福の神とは本来は人々に笑顔をもたらすものなのだ。グロテスセルは一定量を超えると狂暴性が激しくなるが、微量であれば無害な物質であることがわかっている。地球の科学力ではいまだに制御は不可能とされているが、これがグロテスセルの理想的な使い方であろう。
コダイゴンジアザーは全身のひび割れからグロテスセルを漏れ出させてもうフラフラだ。あと一押しだと、地上からルイズやギーシュたちの声援も響く。今ならどこを狙っても通じると、メビウスはメビウスブレスに手を添えて、金色のエネルギーを頭上に蓄えて十字の構えから撃ち放った。
『メビュームシュート!』
メビウス一番の得意技の光波熱線がコダイゴンジアザーに炸裂する。さらにメビウスはコダイゴンジアザーの全身に光線を長時間照射した。今度こそグロテスセルを一欠けらも残さずに蒸発させるために。
コダイゴンジアザーの全身からグロテスセルが青色の煙になって蒸散してゆく。そしてかつてと同じように、元の木像のポーズをとると「楽しかったのぅ子供たちヨ」と言う風にシュルシュルと縮んで、元の小さなエビス像に戻って草むらの中に転がった。
「や、やったーっ!」
ウルトラマンの勝利に学院から歓声があがる。才人も地上からサムズアップでメビウスを祝福し、メビウスも同じサインで応える。
そして怪獣を倒した以上は長居は無用。メビウスはガンフェニックスとともに空の向こうへと飛び去っていった。
「シュアッ!」
戦いは終わった。しかし、この事件は多くの謎を残した。
その後に回収されたコダイゴンジアザーになったエビス様の木像。持ち主の古物商への確認で、数日前に盗難されていたことが判明した。だが……。
「このエビス像の劣化具合を見ると、数日どころか数十年……いや百年以上は経過していてもおかしくない有り様ですよ」
テッペイが分析結果に首を傾げながら報告した。
また、巨大化した理由は推測された通り、以前の検査ではわからないほど微量のグロテスセルが長い年月を経て増殖したものだと判明したが、それも数日などという短時間では不可能だった。
何より、どうして地球のものが異世界に?
いったいどういうことだろう? GUYSの誰もがさっぱりわからないと、同じように首を傾げていた。
「どこかの宇宙人の陰謀とか?」
「わざわざ弱くなったものを送り込んでどうするのよ?」
どれだけ考えても何もわからず、エビス像はグロテスセルを今度こそ完全に除去されたのをチェックした上で持ち主に返還されて事件は幕を下ろした。
だが、真実は意外と近くに転がっているものだ。その日の晩、この事件の真相を知るクリスとリシュは寮の屋上でバツが悪そうに空を見あげていた。
「本当に、転校早々大変な迷惑をかけてしまった」
「仕方ないわよ。まさかみんなに本当のことを言えるわけないし、事故だと思うしかないわよ」
幸い、学院にも生徒たちにも被害はほとんど無かったのが救いだった。潰れた地下倉庫もガラクタが押し込まれていたくらいで、惜しむ人はいないようだった。
後味の悪さは残るが、クリスはリシュに励まされて割り切ることにした。
しかしまさか、転校一日目からこんな騒動が起こるとは思わなかった。クリスとリシュは見つめ合って「疲れたわね」と苦笑し合った。
「だが、国にいたままではとても体験できなかった。大変だったが、やはり外に出てきたかいがあったというものだ」
「いやあ、今日はだいぶ特殊なパターンだと思うわよ」
「ははは、だろうな。しかし、ザンギル殿のおっしゃった通りだ。外の世界には無理をしてでも見るべきものがある。こうでなければアンリエッタに口添えしてもらってまで家出してきたかいがない。これからが楽しみだ」
吹っ切ったらすぐにポジティブになれるクリスに、リシュは少し嫉妬も交えながら話題を変えた。
「それにしても、今になってまたアレの迷惑を受けるとは思わなかったわ。多分、わたしの棺をここから盗み出したときにあの木像を落としていったんでしょうね。本当に、宇宙のどこへ行っても迷惑をかける宇宙人だわ」
「ああ、宇宙のあちこちから宝物を強奪している連中だそうだな。まったく不埒な。もしわたしの前に現れたら斬り捨ててくれる」
「クリスらしいわね。でも、そのおかげで遠い世界でわたしは自由になる術を手に入れられたわけだし、あいつはもう倒されてるから気にしないで。正確には”今”じゃないけど……まあ、腹の立つ話はこれくらいにしましょう。わたしはこれからトリステインの地に取り残されてる同胞がいないか見て回るつもり。クリスは学院生活を送るの?」
「そのつもりだ。なにより……普通の学生生活というものも体験してみたかった。ここでなら、存分に己を磨いていけそうだ」
「あんな愉快な連中と切磋琢磨してたらなんとかが伝染る気がするけど、まあクリスがいいならいいわ。それにしても、わたしが封印される前とはハルケギニアもだいぶ変わったわ。貴族がこんなに気安いなんて、あの頃じゃ想像もできないわ」
感心したようにつぶやくリシュ。実際はトリステイン魔法学院もほんの少し前までは堅苦しい因習に囚われていて、水精霊騎士隊のような破天荒な連中が自由に動けるようになったのは、この一年来の最近のことに過ぎない。その原動力となった才人の活躍をまだクリスとリシュは知らないが、すぐに知ることになるだろう。
やがて夜は更けて、リシュは背中の翼を広げた。
「じゃ、わたしはそろそろ行くね。クリスも遅くならないうちに寝なさいよ」
「わかっているよ。じゃあ、またなリシュ」
クリスはリシュの飛び立っていった空を見上げ、その影が月の中に見えなくなるまで見送り続けていた。
その頃、男子寮では水精霊騎士隊の面々が泥のように眠りこけていた。
昼間の大暴れ、避難誘導と今日は彼らはよく働いた。そんな中で、レイナールも自分の部屋で疲れ切って眠っていた。
「うーん、うーん、ギーシュ隊長、それはいけませんよぉ……」
夢の中でもギーシュの無茶振りに悩まされてそうな寝言を漏らしているレイナール。
水精霊騎士隊実務担当レイナール。実質参謀兼副隊長格な彼であるが、その肩書ほどいい思いをしてきたわけではない。
言うに及ばず、ギーシュを始め個性派ぞろいな水精霊騎士隊。元々は超獣ベロクロンの強襲で大打撃を受けたトリステイン正規軍を補完するための義勇軍的なものであったが、その後の維持拡大の隊士たちの動機の多くが「女の子にモテたい」であることからマトモな軍隊並みの統制があるわけがない。さらにそんな中の頭脳労働できる人材が暇でいられるわけがない。
それでもレイナールが居続けるのは、もちろん王国への忠義心があるからと、彼自身にもモテたい願望はあるからだった。
眼鏡をかけて誠実な性格の彼。そんなレイナールの好みを他人が想像すれば「大人しくて温和な女の子」と思われるだろうが、実際は「凛々しく強い女性」だった。具体的にはアニエスのようなタイプであるが、レイナール自身も無理だろうなとは思っていた。そんな時に紹介されたクリスにレイナールは雷に打たれたような衝撃を受けた。一目惚れであった。
クリスは誰かから守られるような女の子ではない。自分で戦う力を持った戦士だ。だからこそ、レイナールはクリスと並び立てるように頑張った。けれど、クリスにちゃんと認められているのだろうかという一抹の不安は常にある。
「クリス、だ、誰だい、その男は……」
不安が実現した悪夢にうなされるレイナール。そのとき、部屋の扉が音もなく開いて金髪の人影がレイナールの枕元に立った。
「おやすみ、いい夢を……わたしのサムライ。わたしの……勇者」
レイナールの唇に柔らかいものが触れられる。惚れているのはレイナールだけではない。ただしそれを双方が認めるには、まだもう少し時間がいることだろう。
月明りがカーテンの隙間から差し込む寝室に、安らかな寝息のデュエットが緩やかに流れる。
今はゆっくり眠れ若者たちよ。またすぐ賑やかな朝がやってくるのだから。
続く