第95話
最後の夜
ウルトラマンメビウス
ウルトラマンヒカリ 登場
ハルケギニアの夜空は、二つの月がそれぞれ個別に満ち欠けを繰り返し、青い月が一つだけしか見えないときもあれば、どちらの月もまったく見えない新月の夜もある。
そして、あの日食の日は二つの月が完全に満ちる特別な満月であった。しかしそれから二日が過ぎたこの日の空は、青と赤の月が、まるで千千に乱れる才人とルイズの心を象徴するかのように、中途半端な欠け方で、くっつきもせず離れすぎもせずに夕闇に染まりつつある星空の中にたゆたっていた。
「ルイズ……おれ、地球に帰るよ」
エンマーゴとの戦いが終わってしばらくしてからのこと、才人に呼び出されて地球へ帰るという決意を告げられたルイズは、一瞬頭の中が蒼白になってしまったのを感じた。しかしプライドの高いルイズは、理性と意思を総動員して自分を奮い立たせると、高い熱を出しているときのように視界がぐらつき、動悸が押さえようもないくらいに激しくなっていく中で、彼に言葉を返した。
「そ、そう……やっと決意が固まったの……よ、よかったじゃない。これで、あんたも自分の家に帰れるのね」
そのとき才人がはっきりとルイズの顔を見ていれば、作り笑いの中で大量の冷や汗をかきながら震えているのが見えただろうが、あいにくそのときの彼にルイズの顔を直視する勇気はなく。
「ああ、長いあいだ世話になった」
と、視線を逸らして言うのが精一杯だった。
「ふ、ふん、無駄飯食いが減って、せいせいするわ。で、でも、どうして急にそんなこと決めたの? それくらい教えなさいよ」
「……懐かしくなりすぎちまってな……」
「え?」
「レリアさんや、シエスタたち親子を見てると、お袋を思い出しすぎちまう。きっと、すっげえ心配してるだろうな。それに……この村の人は、みんな自分の故郷のために努力してる。おれは、やっぱりこの世界では根無し草だって実感した」
いくらこの世界に長くいようと、才人が地球人であることを動かすことはできない。佐々木隊員のように、この世界に骨をうずめるだけの根は張り巡らせていないし、第一地球にはまだ彼という草を育てた両親という土が、彼の根を離さずにずっと待っている。根は地球に、葉はハルケギニアに……今の才人は洪水に飲み込まれた一本の草のように、ただの草にも、ましてや水草になることもできずに水面で必死に自分を探していた。
「あ、で、でも心配するなよ! 行ったっきり二度と帰れなくなるって決まったわけじゃねえし、きっとまた戻ってくるよ!」
それが気休めであることくらい、ルイズにだって簡単にわかる。それでも、言わずにはいられないのだろう。
「サイト……わ、わたしも……」
ルイズは、自分も連れて行ってと思わず口にしかけて止めた。無理をしてでも才人と離れたくないという気持ちに偽りはないが、それでは二人の立場を逆にしてしまうだけだ。第一、無理に行ったとしても才人にルイズを養う力はない。
しばらくのあいだ、才人もルイズも次の句をつなぐことができずに、沈黙と静寂がその場を支配した。それが破られたのは、二人とも棒立ちで何十分経過したのか、寺院の扉が無遠慮に外から開け放たれたときだった。
「はーいーっ! 探したわよ二人とも、急に消えるもんだから何かあったんじゃないかって……あら? お取り込み中だったかしら」
どうやら、かなり長い時間を無為に過ごしてしまっていたらしいが、キュルケは二人の雰囲気を見て、なんとなくそれを察して訳を聞くと、なるほどとかぶりを振った。
「そう、とうとう覚悟を決めたのね」
思えば、この村には才人の望郷の念を呼び覚ますものが多すぎた上に、レリアとシエスタの親子を見て、国の両親が心配になったというのが何よりも大きいだろう。例えばルイズも、万に一つもないかもしれないが母親のカリーヌが倒れたり、姉の誰かが事故に合ったという知らせが来たりしたら、いくら日頃反目しているとはいっても飛んで帰るし、キュルケもそれは同様。タバサも、もしも病床の母に手を出す者がいたら、即座に殺すつもりでいた。
「で、ルイズはそれでいいわけ?」
「え?」
「え、じゃないわよ。使い魔と主人は一心同体、どちらかが死ぬまで離れることはできないんだって、いつもあなたが言ってることじゃない!」
「……」
それが建前を利用した叱咤であることは明らかだった。才人が故郷に帰るという苦渋の決断をしたことは仕方が無い。だが、ルイズはその”仕方がない”を才人の意思を尊重するという理由で無条件に許容しすぎて、自分の気持ちをいまだにまともに口に出せていない。要するに、キュルケは、
「いいかげんにしろ!」
と、ルイズを言外に怒鳴ったのだった。
しかし、無言で押し黙るルイズに、これまでのじれったさもあってさらに怒鳴りつけようとしたキュルケは、そでを引いてくるタバサに止められた。
「どうせ無駄……」
キュルケは彼女らしくもなく、軽く歯軋りをすると怒りをおさめた。長いあいだ他人に心を閉ざし続けたルイズの心の扉を、力でこじ開けさせるのは無理だと、タバサの言葉で気づいたのだ。
「ああ……そういえばそうね。この子の頑固さは、ダイヤモンドより硬いんでしたっけ。ともかく、一度帰るわよ、ここはどうも陰気くさくていけないわ」
扉を乱暴に開け放つと、キュルケはいつもの淑女を装った体ではなく、荒っぽく道の砂利を踏みつけながら歩いていって、才人たちもタバサに無言でうながされて、寺院を後にした。
しかし、タバサの一言は同時にルイズの心にも大きく突き刺さっていた。
”どうせ無駄”
それは、どうせ本当のことを才人に言う勇気なんか、どうしたってルイズにあるわけがないと、この小さな少女からの、冷酷な侮蔑のように聞こえた。しかし、ルイズがそれに対抗できる文句は虚勢の一言も存在しなかった。
二人が戻ったときにはタルブ村での騒動は後始末が一区切りついて、リュウたちも一休みしていたところで、才人は自分の決意を彼らにも伝えた。
「本当に、それでいいんだな?」
「はい、ですが、みんなとあいさつをすませたいんで、もう一日待ってください」
才人の決意を聞いたリュウは、それ以上なにも言いはせずに、彼の肩を軽く叩いただけだった。
「いいのか、何も言わなくて?」
「言ってどうする。ますますあいつを悩ませるだけだろう」
ジョージの問いかけに、リュウはそっけなく答えただけだった。もちろんジョージもミライも、そのとおりだとわかっているので、才人に対しては何も言ってやることはできなかった。
それに、実際問題としてGUYSもいつまでも才人にだけかまっているわけにもいかないのが現実である。次のゲートを開くときにも備えて、この世界のデータの収集など、やることはいくらでもあったし、激しい戦闘を繰り広げたガンフェニックスはどうしてもいったんフェニックスネストに戻して整備を受けさせる必要があった。
そして、別れ際に才人はもう一つリュウに自分の持ち物を託した。
「この銃は?」
「ガッツブラスター、俺より前にこの世界に来た異世界の人が残していったものだそうです。もう弾切れですが、うちにもって帰るわけにもいかないし、引き取っていただけますか?」
かつてアスカ・シンがオスマン学院長に託し、三十年の月日を経て才人の手に渡ったビームガンは、リュウの手に渡されてその役目を終えた。
「いいの、あれあなたの武器なんでしょう?」
何度も肩を並べて戦って、ガッツブラスターの威力を目の当たりにしてきたキュルケが、もったいなさそうに言ったが、才人は首を振った。
「いいさ、俺の故郷には戦いはないし、ここに残していって、誰かに悪用されても困るんでな」
この世界の技術ではガッツブラスターの解析も複製も不可能だが、ライト兄弟の飛行機の発明からゼロ戦が登場するのに、わずか四十年ほどしか必要としていない。ここに残していって、百年後、二百年後に構造を解析されたら、当然のように兵器に転用されるだろう。平和を守るための武器が、戦争兵器にされるのは耐え難いことだった。その点、ゼロ戦も同様だが、さすがにあれを持ち帰るのは無理なので、才人はあのゼロ戦のパイロットの遺体から預かった軍人手帳を向こうの世界の遺族会に届けることにして、機体の破壊をロングビルに頼むことにした。
「だから、その分もうしばらく頼むぜ、デルフ」
「相棒……」
背中のデルフリンガーも、寂しそうにつぶやいた。半年前、武器屋で買われて以来、なんだかんだ言いながらも才人とデルフは常に死線をくぐり続けてきた。才人がいなくなったら、銃士隊にでも引き取ってもらえば使い手には困らないだろうが、彼としてもこんな形でせっかくめぐり合った使い手と別れるのは心苦しいだろう。
「シエスタ、ごめん、さよならだ」
「サイトさん……」
最後に、シエスタとレリアの親子に才人は別れを告げた。シエスタは、エンマーゴに壊されたタルブ村の復旧のために、ウェストウッドには戻らずにここで皆と別れることになったから、必然的に才人ともお別れということになる。
「思えば、ずっと前からシエスタには世話になりっぱなしだったな。ろくにお礼もできなくて、本当にごめん」
「そんな……お礼を言わなきゃいけないのはわたしのほうです。サイトさんが来てから、学院のメイド仲間たちも、貴族の人におびえてばかりじゃなくなりました。それに、サイトさんのお友達の人は、みんないい人ばかりで、ずっと働き甲斐のあるところになって、みんな感謝してるんです。それに、それに……わたしはそんなサイトさんのことがずっと……」
「シエスタ、聞き分けなさい。サイトくん、できれば私もあなたをシエスタの婿にもらっておじいさんの畑を受け継いでもらいたかったんだけど、代わりにどうかおじいさんの魂を故郷に返してあげてね」
レリアはぐずるシエスタをなだめると、才人に佐々木隊員の使っていた隊員服と、メモリーディスプレイ、トライガーショットを手渡した。
「はい、おばさんにもいろいろとお世話になりました。それに、いろんな勉強をさせてもらいました。本当に、ありがとうございます」
それは才人の本音だった。親の心子知らずとはよく言うけれど、実際どれほど自分が親不孝者だったか、嫌と言うほど実感していた。レリアは、祖父や両親から受け継いだ村を、シエスタたち子供たちに受け継がせるために命を懸けていたというのに、自分は生まれてこのかた両親から受けた恩を百分の一も返したことはない。孝行したいときに親はなしとも言うが、もし次の機会があったとしても、それが間に合うとは限らないのだ。
名残惜しむシエスタや、感謝の気持ちを表す村人たちに見送られながら、才人たちは、今度はシルフィードのみに乗り込んだ。そうしてガンフェニックスから分離したガンウィンガーに引かれ、かろうじて動力の残っていたガンクルセイダーはガンローダーとガンブースターの二機に牽引されて、ガンウィンガーはウェストウッド村へ、残りの三機は地球へとそれぞれ飛び立った。
「じゃあ、俺たちはいったん地球に帰るが、ミライ、それまで彼らを見てやってくれよ」
「はい。まかせてください」
「セリザワ隊長も、お気をつけて」
「ああ……俺には、この世界でやらねばならないことがあるからな」
最後に無線で、リュウはガンウィンガーとともにこちらの世界に残ることになったミライとセリザワの二人に別れを告げてこの世界を去っていった。
計算によれば、ゲートが閉じる時間はこちらの世界では明日の昼過ぎ、ガンフェニックスの最後のハルケギニア突入は地球時間で午前九時と決まった。
才人たちに残された時間は、あとおよそ半日程度……ウェストウッド村に戻った才人にとって、それは長いのかそれとも短いのか、他人には判断できない。
「あの二人、どうしたの? 帰ってきてから、一言もしゃべらないけど」
「今は、そっとしておいて」
ティファニアに、戻ってきた才人とルイズがずっと沈黙して、何を言っても無視されることを問われたキュルケは、自分も今はどうしていいのかわからないというふうに寂しげに答えるしかなかった。その後、タルブ村で何があったのかを彼女から伝えられたティファニアは残念そうにうつむき、ロングビルは空を見上げると、憂えげにため息を吐いた。
「二つの満月、二つの月が重なるときに起こる日食が呼ぶ奇跡……ね」
恐らく、過去に日食のときに起こった奇跡と呼ばれている現象も、地球やその他の異世界と一時的にハルケギニアが連結されることによってこの世界に現れた、この世界の人間では理解できないもののことを指しているのだろう。
「ふっ……奇跡といえば、私がここにいるのも何もかも、奇跡みたいなもんだけどね」
これまであの二人が起こしてきた、”奇跡”と呼べるものは数知れない。非情な盗賊フーケが、魔法学院教師ロングビルとしてこうしているのも、それにトリステインを襲った様々な事件を解決してきた背後の多くには、彼ら二人の姿があった。
ただ、奇跡とは神が人間に与えた祝福と言われるが、あの二人にとってこの奇跡は、果たして幸せなものになるのだろうか……
「神様ってのは、いったい人間に何をさせたいんだろうねえ」
鬼や悪魔なら、やることがはっきりしているからいい。しかし、神様というやつは人を救うかと思えば試練を与えたり、罰を下したりと節操がない。さして敬虔なブリミル教徒ではない彼女は、あの二人にこんなろくでもない運命を与えた神という奴がいるとしたら、靴の先っぽを踏んづけてやりたい気持ちになった。
そして、そんな才人たちを、セリザワとミライはガンウィンガーの翼の上にたたずんで見守りながら、テレパシーを通して彼らの心の中にいるウルトラマンAと、精神世界で会話していた。
「エース兄さんは、やはりこの世界に残られるんですか?」
「ああ、ヤプールの大攻勢は食い止めたが、今日のようにそれとは関係ない原因で暴れだす怪獣や、ヤプールに便乗して漁夫の利を占めようとする宇宙人が、いつこの星を狙いに来るかもしれない。今、この星を離れるわけにはいかないんだ」
エースの言葉は、ヤプールをきっかけにしてこの星に怪獣頻出期が訪れるかもしれないという可能性を示唆していた。そうなれば、地球と比べてさえはるかに戦力に劣るこの星など、簡単に滅亡してしまうだろう。
だが、メビウスはエースの言うことをもっともだと思いながらも、それがどんなに危険なことかということを危惧していた。
「しかし、ヤプールはまた力を蓄えて大攻勢をかけてくるでしょう。いくらエース兄さんでも、一人では」
「だからだ、メビウス、お前は向こうの世界に戻って、ゾフィー兄さんやウルトラの父にこの世界で起こっていることを直接報告しろ。そうして、皆を連れて必ずここに戻って来い」
「兄さん、それじゃあ」
「ああ、これはもはや私一人で解決できることではない。我らウルトラ兄弟全員で当たるべき問題だ。お前が次のゲートを開いてくるまでの三ヶ月、私が何としてでも持ちこたえていよう。いいな」
「兄さん……」
「心配するなメビウス、ここには俺も残る」
「ヒカリ!」
「ナイトブレスを持つ俺ならば、この世界でも行動に支障はない。それに、ボガールがこの世界で隠れ潜んでいるのならば、奴を倒すのは俺の仕事だ」
ヒカリにとってボガールの殲滅は宿命と呼んでいい。食欲のおもむくままに惑星アーブを始め、数多くの命あふれる星を滅ぼしたあの悪魔が、この世界に潜んでいる可能性が少しでもあるなら、絶対に見逃すわけにはいかなかった。
「わかりました。でも、無茶はしないでくださいね」
「ああ、俺はもう、二度と復讐の闇に囚われたりはしない。ボガールは、あくまで宇宙警備隊員として倒す」
それを聞けば、メビウスにもう言うことはなかった。
「よろしくお願いします。僕も、必ずソフィー兄さんたちと共に、もう一度ゲートを開き、この世界に戻ってきます! ですが、エース兄さん……」
「わかっている。メビウス、人間の命は我々に比べて短く、そしてその生涯には常に試練がともなうものだ」
「はい、才人くんとルイズちゃん、ぼくらに何かしてあげられることはないんでしょうか?」
メビウスは、深く沈みこんでいる二人を心配して言ったが、エースはそんな迷える弟に、人間、北斗星司として教え諭した。
「残念だが、我々には何もしてやることはできん。だが、人間には自分の力で試練を乗り越えていける力がある。お前の仲間たちがそうであったように、彼らがどんな答えを出すにせよ。信じて見守ってやれ」
「はい!」
ウルトラマンは決して万能の神ではない。怪獣を倒し、宇宙人の侵略を阻止することはできても、一人一人の人間が、その中でどんな人生を歩むかは、その人間自身の選択しかないのだ。
しかし、残された時間は、過ごす方法が無為にせよ有意義にせよ、完全に平等に流れていく。太陽が地平線上に消え去った後でも、才人とルイズはろくに会話をしようともしていなかったが、夕食後に才人から皆に頼まれたことは、一同を驚かせた。
「今夜のうちに、学院に帰るですって!?」
「ああ、せめて学院長くらいにはあいさつしておきたいからな」
ガンウィンガーに牽引してもらえば、学院までは一時間半もあれば充分だろう。夜半に飛べば地上から目撃されても流星と間違えられるかもしれない。しかし、ルイズはそれでいいようだったけれど、それがこの世界への未練のためではないのかとキュルケに問われると、才人はため息をついて答えた。
「正直に言うと、そうだろうな。てか未練がないなんて言ったら、おれはどんだけ人でなしなんだよ」
「そうね……でも、やっぱり帰りたくなくなったからこっちに残るって、気が変わってもあたしは全然歓迎だからね、ダーリン」
色っぽくウィンクしてきたキュルケに、才人は思わず赤面してルイズに無言で蹴り飛ばされた。
「ってえなあ、何するんだよ!」
「足がすべったわ」
それっきりお互いにそっぽを向いてしまった二人に、キュルケとタバサは顔を見合わせて、やれやれと首を振った。ほんとに、この期に及んでもなお、素直になれずに嫉妬を燃やすとはたいした強情さだ。
「ちょっと、はっぱをかけてやるつもりだったんだけどねえ」
「あの二人の場合、逆効果」
タバサに、論文の内容を酷評されたようにつぶやかれて、キュルケは軽く苦笑いすると、ごまかすようにタバサの肩を叩いた。上っ面だけの恋愛ごっこなら奪い取ってやりたくなっても、本当に大事な気持ちで思っているのなら、下心なしで応援したくなる。それもまた、彼女の系統である『火』の情熱のなせる業かはわからないが、才人と恋愛感情がなくなっても、ルイズと家柄では宿敵同士でも、友情まで砕けることはなかった。
「まあともかく、学院に帰るのならわたしたちも同行するわ。もう付き合いも長いし、ここでお別れなんて、つれないじゃない」
「ふんっ! 勝手にしなさいよ」
嫌そうに振舞っているものの、それが照れ隠しなのは見え見えなので、キュルケは笑いをこらえるのに苦労した。
今度の飛行では、ガンウィンガーにミライとセリザワが乗らねばならないから、シルフィードに残りの全員が同乗することになった。しかし、才人、ルイズ、タバサ、キュルケが乗ったところで、ロングビルが同乗を断ってきた。
「ロングビルさんは、行かないんですか?」
「ええ、元々もう少しここにいる予定だったし、それにせっかく戦争が終わったんだから、この際あちこち見て回りたくてね。こんなとこでも、一応私の故郷だし」
ティファニアをかくまうようになってから、お尋ね者扱いされるようになったマチルダ・オブ・サウスゴータも、レコン・キスタも壊滅し、旧体制で彼女の敵だった貴族がほぼ廃滅か没落した今なら、もうこそこそ逃げ回る必要はないだろう。むろん、本名こそ名乗ることはできないが、今更その名を名乗る気はないし、商人からの速報でレコン・キスタの残党も、ロンディニウムに王党派が入城したとたんに完全に降伏したそうだ。王権の再生がなった今、それがどういう方向に向かうのか、それぐらいは自分の目で確かめてみたかった。
「それに、ま、一応教師みたいなもんだし、世界情勢ってやつにも詳しくないと生徒のためにならないし、ね……しっかし、一時の宿と日銭稼ぎのつもりであのじいさんに取り入ったのに、いまや本職、人生ってのはわからないもんだよな?」
言外に、裏家業から抜けさせてくれたことへの感謝をにじませつつ苦笑いしたロングビルに、才人は「いえいえ、ロングビルさんは面倒見がいいし、ほんと天職ですよ」と答えて、さらに苦笑させた。
「言ってくれるわね。けど、私はあくまで給料に見合うだけの分は働いてやってるだけってのを、忘れてもらっちゃ困るよ」
そう、あのホタルンガ事件の終わりで、彼女は盗賊をやめて学院長秘書として正式に雇われるときに、オスマンに通常の五倍もの給金をふっかけ、その一部はルイズが出しているとはいえ、その分に見合うだけの仕事はしているのだ。
「だがまあ、子供の面倒をみるのは嫌いじゃないし、給料日を待って過ごすのも思ったより悪くはない。だから、私はまたあそこに帰るよ。だからあんたも人のことには構わずに、自分の思ったように行動しな」
彼女は不器用なりに才人を激励すると、あとは心配するなと眼鏡の奥の瞳を緩ませて、昔からティファニアたちに見せてきたのと同じ笑顔で、早くいきなとうながした。
「じゃあ、さようなら、ロングビルさん、テファ」
「元気でな。体に気をつけていくんだよ」
「さようなら……また、またいつでもいいですから、遊びに来てくださいね」
ぐすりと、涙をこらえながら手を振ってくるテファを見ると、また罪悪感がこみ上げてくるが、それも自分で決めたことであるから仕方がない。テファとロングビル、アイや子供たちに手を振って見送られながらシルフィードは飛び立ち、ついで離陸したガンウィンガーが、今度はゆっくりめに加速して夜のアルビオンの空を流星のように飛び去っていった。
やがて機体は大陸から洋上に出て、黒一色で塗り込められた中を速度をさらに上げて疾走していく。学院までは、およそあと一時間ほどといったところだろう。
相変わらず、誰も一言も発しない。そんな中で、キュルケは才人が昼間の疲れからか、うつらうつらとし始めているのに気がついた。そうして、彼が眠っているのを確認すると、隅のほうで向こうを向いたままひざを抱えてうずくまっているルイズの肩を軽く叩いて声をかけた。
「ルイズ、サイトに何か言うことはないの?」
「……」
「大丈夫、サイトは眠ってるわよ」
「……話せば、別れがつらくなるだけよ」
ぽつりと、しぼりだすように答えたルイズの言葉に、キュルケは話せばつらくなるのは、自分ではなくてあくまで才人を指していることを感じ取った。しかし、自分と話すことで才人の決意を鈍らせてはいけないというルイズの決意の中に、本当に才人に言いたい言葉を、それは言ってはいけないことだと自分の中に押し込めてしまっている、彼女の頑固で愚直すぎるほどの真面目さが生んでしまった苦しみも、同様にキュルケにはわかっていた。
「あなたって、本当にどうしようもないくらいに馬鹿なのね」
「……うるさい」
「でもね、同じくらいに純粋で、とても優しい心を持ってる。まるで、天使のようなきれいな心をね」
「え……」
思いもよらない宿敵からの優しい言葉に、ルイズは振り返りこそしなかったが、少しだけ頭を上げた。
「サイトの気持ちを尊重してあげたいあなたの気持ちはわかるわ。けどね、おそらくサイトはあっちに戻ったら、当分のあいだ、いいえ悪くすれば二度と帰ってくることはできないわ」
キュルケの言うことに反論の余地はなかった。仮に三ヵ月後に再度のゲートを作り出すことに成功したとしても、どう考えても一般人である才人が渡航させてもらえるとは思えないし、彼の両親をはじめとする人々がそれを許すまい。だが、この機会を逃せば、今度は二度と才人が帰ることは不可能になるかもしれないのだ。
「わかってるわ……でも、サイトをずっと待ってるご両親を、これ以上苦しめるわけには……いかないでしょう」
確かに、そのとおりだ。半年ものあいだ、子供と無理矢理に引き離された親がどんな気持ちになるか、レリアとシエスタの親子に才人が感じたようにルイズにだってわかるに違いない。しかし、キュルケにはそれも、ルイズが『正論』という盾の影に隠れて、本当の気持ちを吐き出すことに怯えているように見えて、力づくで無理ならばと一計を案じることにした。
「ねえルイズ、こんなお話を知ってる? 昔々、あるところに戦争ばかりしている二つの国がありました……」
キュルケはルイズからの返事を待たずに、彼女のかたわらに座りながら、とくとくと子供に子守唄を歌う母親のように、よく通る声で語り話を始めた。
”二つの国は、ずぅっと長いあいだ戦を続けて、大勢の人が傷つき死んでいました。そんな中で、片方の国に一人の少年兵士がいました”
”彼は、戦いの中で家族を殺され、自分も大勢の敵を殺してきました。けど、あるときに彼は戦場で一人の傷ついた少女の命を救いました。けれど実は、その少女は敵国の兵士で、彼はこんないたいけな少女を戦争に駆り出すとは、敵国はなんてひどいところなのだと怒り、献身的に彼女を介護しました”
”初めは、単なる同情や、失った家族の代償だったのかもしれません。しかし、共に過ごすうちに戦いに明け暮れていた少年は、誰かを守るということの喜びを、死に怯えていた少女は守られることで生きることへの希望を持っていきました”
”そして、少年と少女は次第に惹かれあい、愛し合うようになっていきました”
”けれど、少女が負った傷はあまりに深く、少年の献身的な治療だけでは治癒させることはできず、日を負うごとに少女は衰弱していきました”
”さらに、二人のことを知ったその国の軍隊は、少年にその少女を引き渡すように要求してきたのです”
”少年は悩みました。いつまでも、愛する少女といっしょにいたい。けれども、ここにいれば彼女は軍隊に殺されるか、それでなくとも衰弱して死んでしまいます。助けるには、敵国に彼女を帰して治療を受けさせるしかありません。ですが、少女の敵国の人間である自分は、いっしょに行くことはできない。そうしたら二度と自分は彼女に会うことができなくなってしまう”
”少女の死期が迫る中で、少年は悩み悩んだ結果、ひっそりと彼女を敵国に送り届けました。あの国なら、彼女の家族も仲間もいる。自分なんかといるよりも、そのほうが彼女の幸せなんだと、自分自身に言い聞かせて……”
”しかし、少年の願いはかなえられませんでした。国に戻された少女は、確かに傷の治療を受けさせられましたが、敵国に囚われていたということで激しい尋問を受けさせられ、身も心もボロボロのままで、口封じのために再び戦場に送り込まれました”
”さらに、国に残った少年にも、選択の代償はやってきました。これまでの功績から死罪はまぬがれた彼でしたが、さらに過酷な戦場に送り込まれ、少年は少女のことを忘れようとしているかのように戦いにのめりこんでいきました”
”そして、最後のときはやってきました。ある戦場で少年は敵軍を追い詰めます。しかし、逃げようとしている敵を追撃している最中、少年は立ちはだかってくる敵を殲滅した中に、あの少女が倒れている姿を見出して愕然としました”
”残酷なことに、少女は仲間からぼろくずのように使い捨てにされ、背中から杖を突きつけられて、時間稼ぎのための捨石にされていたのです”
”少年は狂ったように少女の名を叫びます”
”少女も、少年の姿を見つけて閉じかけていた目を開けました”
”ですが、少女の体は少年の見ている前で、彼の仲間の手によって恐ろしい魔法の餌食になり、血まみれの無残な姿に変えられていたのです”
”傷ついた少女を抱き上げたとき、彼は少女が仲間から受けた仕打ちを知り、彼女の流した涙で、その地獄の中でずっと自分に助けを求めていたことを知りました”
”ごめん、ごめんと少年は血を吐くように謝りました。あんなところに帰したこと、自分が非力なこと、助けを求められたのに気づきもできなかったこと、そして守ってやることができなかったことを”
”けれど少女は恨み言の一つも言わずに、「どうして泣くの? もう一度会えて、わたし本当にうれしいよ」と言って微笑むのです”
”そのときになって、ようやく少年は少女が何を求めていたのかを知りましたが、すべてはもう手遅れでした”
”愛してる、その言葉を最後に息を引き取った少女の亡骸を抱いて、少年は泣き崩れました……そのときに、少年の心もまた、死んだのです”
物語を、「おしまい」の一言で閉じたキュルケは、うつむいたままのルイズに「どっかの誰かさんたちみたいねえ」と、からかうように言った。すると、
「だから、なんだっていうのよ」
「あら、居眠りしないで聞いてたのね。さてねえ、実は言ったわたしもよくわかってないのよ。けど、いろんな悲恋の話は聞いたことがあるけど、なぜかこれだけは忘れられなくてね」
「……」
「だってそうでしょ、わたしなら恋人が死に掛けてるなら、敵国だろうが始祖の御前だろうが殴りこんでいって腕づくででも治療させるわ。そうでなくたって、誰が愛する人を他人の手に任せるものですか! そう考えたらもう、腹が立って腹が立ってねえ」
ルイズにも、キュルケの言いたいことはなんとなくだが理解できた。彼女らしく不器用なやり方だが、才人をこのまま帰していいのか? それで、本当に後悔しない自信はあるのかと言っているのだ。
ルイズは、さっきの物語でもしも少年の立場だったら、少女を国に帰しただろうかと自分に問いかけた。そのときに、少女の命を第一に考えた少年の判断も、もちろん間違ってはいない。しかし、少年と別れることで生き延びたとして、少女に幸せは来たのだろうか? いや、これは自分の思い上がりだろう。なぜなら、才人が自分を愛しているなどあるわけが……
「あ……っ!」
そこでルイズは、無意識に少年を愛した少女を才人に置き換えて、自分が何を才人に望んでいるのかを気づかされた。
「わたし……どうすればいいの……?」
才人のために、自分はどうするのが正しいのか、ルイズの心はさらに乱れた。
そして深夜、日付が変わる時刻になったときに、ガンウィンガーとシルフィードは、魔法学院に到着した。
「変わってないな」
学院は静まり返り、大型戦闘機が着陸したというのに人っ子一人出てくる様子もない。ほとんどの教師や生徒が里帰りしているから、当然といえば当然なのだが、フーケ事件の際に露呈した無用心さは改善されていないようだ。
「そうか、帰るのか……ここもまた寂しくなるのう」
学院にほとんど誰も残ってない中で、ロングビルの残していった書類の山にうずもれながら暇をかこっていたオスマンは、気が抜けた酒を飲んだときのようにがっくりと安楽椅子に体を沈めた。
「すみません、お世話になりっぱなしのままで、それでわがままついでに、おれがいなくなった後のことをお願いしたいんですが」
「ああ、それはかまわん。元々君はこの学院の生徒ではないから、手続きも必要ないしな。しかし惜しいもんじゃ、君もようやくここになじんできたばかりじゃというのに……おっと、余計なことを言ってすまんかった。コルベールくんも悲しむじゃろうが、まあわしから話しておくわい」
「よろしくお願いします」
ルイズたちのクラスの担任教師のミスタ・コルベールは、ホタルンガと戦ったときに助けに来てくれたことから親交が深まって、平民扱いである才人と対等に付き合ってくれる数少ない先生だった。だが、残念ながらこのときはどこかに旅に出ていて、いつ帰ってくるのかも定かではなかった。
才人たちはそうして、オスマンの恩人であるアスカ・シンが、その後タルブ村を訪れていたことを話して、ミライとセリザワに部屋を一つ貸してもらえるように頼むと、感慨深げに水パイプを手に取ったオスマンに一礼して退室していった。
それからの二人は、自分の部屋で休むというキュルケとタバサや、ガンウィンガーの整備をしておくというセリザワとミライたちと別れると、何気なく人気のなくなった深夜の学院をぐるりと一周して回った。火の塔、水の塔、中庭や食堂、ホール、生徒たちや使用人たちもほとんど里帰りし、最低限の警備員しかいない今はどこも人気なく、唯一使い魔の厩舎を覗いてみたときに、ルイズのクラスメイトの灰色の髪の女子が使い魔にエサをやっていたので声をかけていった。
「そっかぁ、サイトくん帰っちゃうんだぁ……寂しくなるねぇ」
彼女は、実家がかなりの貧乏貴族で、なかば口減らしのために学院に押し込まれて、自分で秘薬とかを調合して売ることで生活費と学費を稼いでいるという苦学生だった。おかげで、長期休暇でも帰るわけにもいかず、寮に残って自炊しているそうだが、健気にもそれを感じさせない明るい性格の持ち主で、才人も召喚当時の右も左もわからないころは、いくらか助けてもらった思い出がある。
最近は色々あったせいもあって疎遠になっていたが、訳を話すと「別れに涙は禁物だよ。はい、これ餞別だよ」と、手作りの傷薬をくれてはげましてくれた優しさが身にしみた。
そうして、明日の朝一番で街に薬をおろしに行かなきゃいけないから、ここでお別れだねという彼女と別れると、二人はもう一度学院の散策に向かった。ギーシュと決闘したヴェストリの広場、ルイズが失敗魔法で大破させた教室、行くところどこも、良くも悪くも半年間ここでつむいできた思い出をありありと思い出させてくれた。
「人のいない学院って、こんなに広かったんだな」
「ええ、一年半も過ごした学院だけど、こんな景色もあったのね」
教室の窓を開けて見渡した学院は、一枚の絵画のように幻想的な雰囲気に包まれており、まるで二人が天空に聳え立つ神の城の王子と姫になったような、そんな気分にさせた。
「おれがいなくなった後も、お前はここで過ごすんだよな」
「そうよ。これまでと変わらず、朝起きて、食事して、授業を受けて、宿題して寝る。それだけよ」
「お前、おれがいなくてちゃんと朝起きられるのか?」
「……そろそろ夜も遅いわ、部屋に帰りましょう」
久しぶりに帰ったルイズの部屋は、あの終業式の大掃除のときのままで、整然と片付いていて、なんとなく他人の部屋のようで違和感があった。しかし、カーテンを開いて窓を開けると、二つの月が部屋の中を照らし出し、懐かしい光景がそこに現出した。
「ねえサイト、あの日のこと覚えてる?」
「ああ、何度も忘れようと努力したが、ぜーんぜん忘れられなかった、あの最初の日のことだろ……」
異世界ハルケギニアにやってきた最初の夜、この部屋でルイズから使い魔の心得とやらを教え込まれ、二つある月にびっくりして、そして硬い床の上で寝かされた散々な日のことを、才人は頭を抱えつつ思い出した。
「あ、あのときのことは、悪かったと思ってるわよ。だからほらっ! 今日は特別に、わたしといっしょにベッドで寝ることを許可するわ」
「へいへい、ありがとうございます……ん? こいつは、そうか忘れてた」
才人はベッドに入ろうとしたところで、隅のほうに何か固い感触があるのでまさぐってみると、そこから出てきたものを見て思わず微笑んだ。
「それって、あんたがここに来たとき持ってた」
「ああ、おれのノートパソコンだ。すっかり忘れてたぜ、懐かしいな」
それは、才人が召喚される前に修理に出していて、電気屋からとりに行った帰りに召喚されてしまったのでいっしょに持ってきてしまった彼のパソコンだった。その後、電池残量が乏しくて封印していたのだが、どうせ明日にはこれも持って帰ることになるのだからとスイッチを入れると、OSの名前に続いて、立ち上がった画面が浮かび上がった。
「うわあ、きれいな絵ね」
「だろ、親父のツテで、中古だがかなり年式の新しいやつをもらったからな。使いもしないのに、南極でも見れる衛星LANなん、て……!」
画面を才人の肩越しに見入るルイズの前で、才人は思わず固まってしまった。そこには、修理に出す前と同じ壁紙の画面の隅に、この世界で最後に立ち上げたときには確かに無かったウィンドウが、『新着メールを359件保存しています』と、表示しており、まさかと思ってメールブラウザを開くと、数秒の読み込みの後に、自分宛てのメールが次々と表示されてきた。
「これは……そうか!」
才人は、地球にいれば今日までの日付で止まったその大量のメールが、どうして届いたのか思い当たった。考えられる可能性はたった一つ、GUYSの開いたゲートを通して、インターネットをするための衛星回線がこのハルケギニアにつながったのだ。しかし、それにしたってなんという奇跡か、考えてみればウィンダムを作るための大量の分子ミストを送り込めた時点で気づいてもよかったのだが、こんなどこにでもあるパソコンが地球とハルケギニアをつなげてしまうとは。
恐る恐ると、才人はスライドさせてメールの送り主の名前を見ていった。友人のものもあった。ダイレクトメールがあった。
だが、一番多かったのは母からのメールだった。
最後の、つまり今日のメールを開いた。
《才人へ、あなたがいなくなってから、もう半年が過ぎました。
今、どこにいるのですか?
いろんな人に頼んで、捜していますが、見つかりません。
もしかしたら、メールを受け取れるかもしれないと思い、料金を払い続けています。
今日は、あなたの好きなハンバーグを作りました。
タマネギを刻んでいるうちに、なんだか泣けてしまいました。
生きていますか?
それだけを心配しています。
他は何もいりません。
あなたが何をしていようが、かまいません。
ただ、顔を見せてください》
次々にメールを開いていく。文面はほとんど変わらない。いなくなった才人を案じるメールが、たくさん並んでいる。才人は、それらのメールを読んでいくうちに、画面とキーボードの上に無数の涙を垂らして、パソコンの電池残量がとうとうゼロになって、警告音に続いて電源が落ちたときには、もう何も見ることができなくなっていた。
「サイト、どうしたの? ねえサイトったら!?」
突然、ルイズには読めない文字の前で黙り込んで、とうとう泣き出してしまった才人に、慌てたルイズが彼の肩を揺さぶりながら問いただすと、才人は鼻水をすすってぽつりと答えた。
「メールだ……」
「メール?」
「手紙だ。母さんからの」
ルイズは蒼白になって息を呑んだ。そして、今才人が目を閉じていることを神に感謝すると同時に、もう絶対に彼をこの世界に引き止めてはいけないんだと、才人と同じように涙のしずくを垂らした。
続く