第98話
本当のウルトラタッチ
ウルトラマンメビウス
ウルトラマンヒカリ
彗星怪獣 ドラコ
吸電怪獣 エレドータス 登場!
「ウルトラマンが三人がかりで敵わないなんて、なんて化け物なの!?」
空高くまで舞い上がった戦塵で髪と頬を薄黒く染めて、キュルケの叫びがシルフィードの背の上から恐ろしげに響く。
ウルトラマンA、ウルトラマンメビウス、ウルトラマンヒカリの三人は今、たった一体の怪獣によって窮地に陥れられていた。その怪獣の名は彗星怪獣ドラコ、かつて初代ウルトラマンの時代にレッドキングやギガスと戦い、怪獣酋長ジェロニモンによって蘇生して科学特捜隊に倒されたことでも知られる。
だが、いずれも別の怪獣や人間の手によって倒され、強豪というイメージとは程遠い。ところが、ガディバのもたらした生体改造と大量のマイナスエネルギーの投与は、ヤプールにも予想外だった超強化を、この怪獣にもたらした。
「光線技が、跳ね返されるっ!」
「ナイトビームブレードでも切れないとは……」
「以前のドラゴリーのときと同じだ……マイナスエネルギーが付加された怪獣は、元よりもはるかに強化される」
パワーアップしたドラコは、体格が巨大になり、容姿が昆虫然とした凶悪なものになっただけではなく、そのポテンシャル全体が比較にならないほど強化されていた。腕力、瞬発力に優れているのはもちろんのこと、得意武器の両手の鎌はグドンの皮膚すらやすやすと切り裂くほどに鋭く研ぎ澄まされている。
しかし、それらに加えて何よりも恐ろしかったのが、防御力の超強化であった。ウルトラマン三人の格闘技が効かないのはもちろんのこと、メビュームシュートのような光線技、ウルトラスラッシュのようなカッター光線、さらにはナイトビームブレードの斬撃をもってしても傷一つつけることができない。この、まさに不死身といっていい能力を得たドラコには、残存エネルギーの全てを与えたヤプールも大満足した。
「ふははは! まさか、あの怪獣にこれほどの素質が隠されていたとは。とんだ拾い物だが、これで貴様らの最後は決まったな。ウルトラ兄弟、そこで死んでいけ! ウワッハッハッハ!」
もはや勝利は疑いなしと、満足の哄笑を残してヤプールは次元の裂け目に消えていく。
ドラコは、ウルトラマン三人の必殺技をなんなく受けきり、悠々と鎌で反撃をしていく。その悪夢のような光景には、空から見守るGUYSクルーたちも戦慄を禁じえなかった。
「テッペイ、あいつの体はいったいどうなってるんだ!?」
「全身が、リフレクト星人の誘電体多層膜ミラーのような、光線の吸収性のない物質に変わってる上に、強度はキングジョーのペダニウム装甲並です。つまり……」
「つまりなんだ?」
「つまり、僕らの兵器はもちろん、ウルトラマンの必殺技もほとんど通用しなくなっちゃったってことです」
その結論は、リュウをもってしても平然と受け入れるというものではなかった。光線も、打撃もどちらに対しても完全無欠。むろん、ウルトラ兄弟のパワーを集結させたメビウスインフィニティーのコスモミラクルアタッククラスの超々破壊力をもってすれば話は別かもしれないが、今いるのは三人だけで、これにガンフェニックスのパワーをあわせたところで到底及ばない。
「何か弱点はねえのか?」
「フェニックスネストに分析を依頼してますが、はたして間に合うかどうか……」
そのころ、ガンフェニックスからデータを送られたフェニックスネストでは、ゲートが閉じる時間が間近に迫る中、コノミやカナタがうろたえるばかりで役に立たないでいるトリヤマ補佐官の見ている前で、大急ぎでドラコの外骨格に弱点がないかと分析していた。しかし、いくらGUYSのスーパーコンピューターを使っても、残り少ない時間で間に合うかどうか。
そして、GUYSと同様にドラコの頭抜けた強化に悪寒が止まらないでいる才人は、戦いに何の関与もできずにいる自分の無力さに、握ったこぶしに汗をためながら見守り続けていた。
「エース……ルイズ、頑張れ……頑張れよ」
三人のカラータイマーの点滅が響く中で、ただ一匹ドラコの勝ち誇った遠吠えだけが響き渡る。
だが、相手がいくら強かろうとひざを屈するわけにはいかない。自分たちの後ろにはルイズたちの母校、トリステイン魔法学院がある。この国の、ひいてはこの世界の未来をになうべき若者たちの明日を育てる、この大切な学び舎を、壊させるわけには絶対いかなかった。
「テヤッ!」
「ヌゥン!」
一人ずつではだめならと、メビウスとヒカリが同時にドラコの右腕と左腕に掴みかかり、組み付いて動きを封じようとする。
「くっ、すごい力だ!」
「だが、エース今だ!」
六十メートルの今のドラコの巨体の前にはウルトラマンさえ小さく見えた。両側から押さえ込んだメビウスとヒカリを、それぞれ腕一本の力で押し返そうとするドラコは、細かな牙をいっぱいに生やした口を横に開いて、甲高い声で空気を揺さぶって正面に立つエースを威嚇してくる。そのバッタを捕食するときのカマキリのようなドラコの口の奥から垂れる唾液を見て、ルイズは思わず雷に怯える幼児のように無意識に訴えかける恐怖感に襲われた。
(……ひっ!)
自分に向けられてくる圧倒的な敵意と悪意に、ルイズの心は氷結してしまったかのごとく熱を失っていく。いや、いつもならば相手がどんなに強大であろうと、臆することはなかった。なぜなら、いつでも襲い掛かってくる恐怖や悪意から、神の盾のように守ってくれた頼もしい人がいたから……なのに、自分はそれが失われた後のことなんかを……
(怖いか?)
(こ、怖くなんてないもの!)
今のルイズには、案じてくれているエースの声もとがめるようにしか聞こえずに、虚勢を張ることしかできず、その怯えがまたエースの力をそいでいく。けれども、メビウスとヒカリの作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。
しかし打撃、光線、斬撃もだめ……ならば!
『エースブレード!』
ウルトラ念力で構成した剣を握り締めたエースは、切り裂くのではなく、切っ先をドラコの腹に向けて構えた。
「テェーイ!」
刃物を使用した攻撃で、もっとも殺傷力の高いのは斬撃ではなく刺突だ。いくら強固な外骨格を誇るとて、その力を一点に集中するのであれば、鉄板をアイスピックの一撃で貫けるように貫通も不可能ではないものとエースは判断したのだ。しかし!
「そんなっ!? エースの剣が、折れた」
なんと、ウルトラ念力で作られた、この世のあらゆる刃物よりも鋭いはずのエースブレードがドラコの外骨格にはじき返されたばかりではなく、柄元から乾いた金属音を立てて真っ二つにへし折れてしまったのだ。
まったく無傷のドラコは、メビウスとヒカリを振り払うと、巨体からは想像しがたい俊敏さでエースに突進し、体当たりだけで大きく弾き飛ばして学院の城壁に叩きつけてしまった。
「グッ、ォォォッ!」
崩れた瓦礫の中になかばうずめられながら、エースは起き上がることさえできずにもだえる。そこへ、ドラコは鎌を殺人鬼がナイフを舌なめずりしてもてあそぶように振り回しながら、とどめを刺そうと近づく。
「エース兄さん!」
「いかん、今のエースにはあれは避けられん!」
グドンの皮膚をもたやすく切り裂いた今のドラコの鎌ならば、ウルトラマンの体でも無事で済むとは思えない。メビウスとヒカリはドラコに後方からメビュームスラッシュとブレードスラッシュを撃ち込み、気を逸らして方向転換させることに成功したが、両腕の鎌を使って二刀流で挑んでくるドラコは、まるで全身を鎧で固めた宮本武蔵も同然で、二人がかりでもまるで太刀打ちすることができない。
それに、かろうじて難を逃れたと思っていたエースにも、次の脅威が迫っていた。瓦礫を押しのけて起き上がろうとするエースに突然襲い掛かる圧迫感、それがもう一度瓦礫の上にエースを押し付け、打ちのめしていく。
「ウォォッ!」
まるで体の上で大岩がダンスしているようなこの感触、間違いない。それに気づいたキュルケとタバサがエースの上に攻撃を仕掛けると、案の定透明化を解除してエレドータスが姿を現した。
「あいつ、逃げたんじゃなかったのね!」
ドラコに恐れをなして、尻に帆かけて逃げ出していたはずのエレドータスが戻ってきたことにキュルケとタバサだけでなく、シルフィードも強い憤りを覚えた。奴は二人のウルトラマンが助けに入れないことをいいことに、抵抗力が衰えたエースにのしかかるだけでなく、口から吐く電撃光線で追い討ちをかけていく。相手が強ければ逃げ出すくせに、自分より弱いと見れば喜んで襲い掛かっていく。しかもこそこそと姿を消してふいまでうって、人間に例えるまでもなく、こういうことをするやつを好きである理由は一欠けらもなかった。
「お姉さま! あんな卑怯者、やっつけちゃってなのね!」
「シルフィードの言うとおりよ。あいつだけは、生かしておけないわ」
タバサも一度だけうなずくと、シルフィードとキュルケに即席で考えた作戦を指示して、自らも精神を集中して呪文の詠唱を始めた。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」
『氷嵐』、現在のタバサが使える最強のトライアングルスペルが、彼女の膨大な魔力を得て節くれだった杖に集中していき、さらにキュルケも可能な限りの熱量を集中させた『炎弾』を構築していく。
だが、普通に放てばハルケギニア最強の幻獣であるドラゴンにさえ致命傷を与えられるであろう二人の魔法でも、相手は生物の常識を超えた存在である怪獣である。ケムラー、スコーピス、ガギら強敵と渡り合ってきたタバサには、これでもたいしたダメージはいかないものと予想していた。かといって、数で勝負しようにも、時間をかければこちらが奴の破壊光線にやられる。
ならば、勝負は一撃でかけるしかない。
「お姉さま、いくのね!」
奴の目の死角から急接近していくシルフィードの背から、まずキュルケが先手をとった。
「炎よ!」
発射された火炎は流星のように尾を引いてエレドータスに向かう。しかし、相手は全身を強固な甲羅に覆った亀の怪獣、胴体を狙ったところで意味は無い。キュルケの炎は亀の最大の急所である首筋にまとわりつくと勢いよく燃え上がった。
「やった! これであいつはもう首を引っ込められないのね!」
亀型怪獣のやっかいなところは甲羅の中に頭と手足を引っ込めると、鉄壁のガードとなって一切の攻撃が効かなくなることだ。けれども首筋に炎のネックレスをあしらわれたエレドータスは、その熱さのあまりに首を甲羅に戻せないでいる。
「今がチャンスよ! タバサ、頼んだわよ!」
キュルケの激励を受けて、タバサは精神を集中させた。そして、首筋を焼く炎を振り払おうとして、悲鳴をあげながら頭を振り回しているエレドータスが、ひときわ大きい叫び声をあげたその瞬間、巨大な口の中に渾身の『アイス・ストーム』を叩き込んだ! すると、極低温の吹雪が口内で荒れ狂い、エレドータスの唾液から、口内の薄い皮膚の下の毛細血管の水分も一瞬にして凍りつかせ、それらは細胞を破壊する無数の槍となってエレドータスを一瞬にして凍死に追い込んだのだ。
「やったやった! さすがお姉さまなのね!」
「やった……すごいわ、タバサ!」
地面に崩れ落ちて完全に絶命したエレドータスを見下ろして、シルフィードとキュルケは躍り上がるようにして喜んだ。
「見事よタバサ、けど硬い体を避けて体内を直接狙うなんて、よく思いついたわね」
「たまたま気づいた」
そう、タバサの立てた作戦とは、体の外からの攻撃に強いのならば、逆に体内から攻撃すればいいというものであった。これまでの戦いから、『烈風』カリンほどの超攻撃力をいまだもてない自分が、怪獣と戦うにはどうすればよいかと考えた結果、行き着いた答えがこれであった。
ようやく起き上がったエースの眼前を通り過ぎて、シルフィードはまた舞い上がっていく。
(すごい友だちだな)
(ええ、認めたくないけど、キュルケたちは強いわ)
手を振りながら飛び去っていったキュルケたちに、エースが惜しみない賞賛を送るのに、ルイズも認めざるを得ないというふうに答えた。
はじめは、ハルケギニアの人間は怪獣に対して軍隊をもってしてもまったくなすすべはなく、累々と死山血河を築き上げるだけであったのに、努力を重ねてかつて初代ウルトラマンを苦しめた怪獣ザラガスを独力で撃破するまでに短期間で成長し、今でもヤプールをはじめとする侵略者と戦い続けている。もしも、彼らの奮闘がなければウルトラマンAだけではヤプールの侵攻は防ぎきれなかったに違いない。それは、ハルケギニアも地球も変わりなく、強大な悪意に対抗し、守るべきものを守るためならば人は限りなく進化を続けていく。
(我々も、負けてはられないぞ)
(ええ、サイトに……みっともないところは見せられないもの)
自分だけが、ずっと同じところにとどまっているわけにはいかない。ルイズはからっぽの心に風を吹き込むように、キュルケたちからもらった一欠けらの闘志を燃え上がらせ、その心を受け取ったエースは力を振り絞って立ち上がり、メビウスとヒカリを相手に暴虐を振るうドラコに立ち向かっていく。
「デャアッ!」
ドラコの背中から飛び掛り、翼を掴んで引っこ抜こうと試みる。しかし、スチールより硬くてビニールより薄くて柔軟なドラコの翼も、同様にパワーアップされていて、奴が軽く羽ばたかせただけでエースは振り払われてしまった。
「エース兄さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ。しかし、このままでは我らの力を結集したとしても、奴には勝てない」
「ああ、何か弱点を見つけなければ……」
ウルトラマン三人と、ガンフェニックスの総攻撃を受けてもいまだドラコにはかすり傷一つつけられていない。それほどに、ドラコの全身をくまなく覆った外骨格の強度は並はずれで、カラータイマーを鳴らす三人とは裏腹に、奴は疲れたそぶりさえ見せていない。
けれど、この世に存在するものに完全無欠などということは絶対にない。金城鉄壁を誇る外骨格に唯一存在したアキレス腱を、フェニックスネストで必死の努力で分析していたコノミたちがついに見つけ出したのだ。
「リュウさん、わかりました。ドラコの右肩の頂上部に、わずかですが亀裂があります!」
「なにっ!? そうか、奴が強化する前にメビウスにつけられた刀傷が残ってたのか。なら、そこを攻撃すればいいんだな」
ギリシャ神話の英雄アキレスは、冥府の不死身の川の水を全身に浴びたときにかかとだけが隠されて浴びそこない、そこを射抜かれて倒されてしまったという。ドラコにとってはメビウスから受けた深手が、ガディバの生体再構築をもってしても再生しきれず、場所は違うがアキレスのかかととなったらしい。
ただ、ドラコの弱点は右の肩だということはわかったが、それには大変な難題がいっしょについていた。
「はい……ですけど」
なんとコノミから伝えられた結果は、そのドラコの外骨格の唯一の亀裂は、ほんの十センチに満たない小ささで、それも時間が経つにつれて徐々に小さくなっていっているというのだ。
「十センチだって、そんなもんカラスの足跡みたいなもんじゃねえか!」
口で言えば簡単だが、相手は全長六十メートルの巨大怪獣であり、しかも当たり前のことではあるが、動き回るために照準は一定することはない。いくらガンフェニックスの性能をもってしても、そこまでの超精密ピンポイント射撃は不可能だ。
期待が大きかっただけに、それに対する落胆もまた彼らを打ちのめしたが、それでも勝率ゼロが、一パーセントにも二パーセントにもなったのは事実である。
「行くぞ、ドラコの弱点は……右の、肩だ!」
「はい!」
「おうっ!」
エースを先頭に、三人のウルトラマンはドラコの唯一の急所をめがけて飛び掛っていく。
エースのパンチが、メビュームブレードが、ナイトビームブレードがドラコの右肩のみを狙って何度も攻撃を仕掛けては、そのたびにハエを払うように無造作に弾き飛ばされる。
「なんて強いやつなんだっ!」
むろん、ガンウィンガー、ガンローダー、ガンブースターの三機もチャンスがあるたびに射撃を繰り返すものの、的が小さすぎるためにいくら撃ってもヒットを得ることができないでいる。メテオールも、今回ばかりはブリンガーファンもスパイラルウォールも役には立たないし、唯一効果がありそうなスペシウム弾頭弾は昨日の戦いで使い果たしてそのままなので、残念ながら使えない。
そのとき、才人は時間ばかりが無意味に過ぎていく絶望的な状況で、これまで戦いをどうすることもできずに見守り続けていたが、ついにたまりかねて意見を口にした。
「ガンローダーの機動性なら、ギリギリまで接近して攻撃できるんじゃないですか?」
確かに、三機中もっとも安定性の高いガンローダーの性能ならば、直接照準ができる場所まで接近して攻撃できるかもしれなかったが、それは大変な危険もはらんでいた。
「つまり、ギリギリまで肉薄してゼロ距離射撃に賭けろってことか」
「ちょっとあんた! それは危険すぎるわよ」
「マリナの言うとおりだ、下手すれば特攻になっちまうぞ」
ジョージとマリナの言うとおり、蜂に刺されるとわかっているのに飛んでくるのを黙っている人間がいないように、奴は暴れて接近しようとするガンローダーを撃ち落そうとしてくるに違いない。
「す、すいません……素人考えで口をだしちゃって」
「いや、このままじり貧でエネルギーを削られていくよりかは成功率がある。悪い考えじゃねえかもしれん」
才人は謝ったけれど、リュウは虎穴にいらずんば虎子を得ず、危険を恐れていてはなにも成し遂げられないと、むしろこの無謀な案に強い興味を示していた。それに、才人は半年ものあいだこの世界で怪獣や宇宙人を相手にエースをサポートして戦ってきたのだ、実戦経験という点では万金の価値がある。
ただし、才人はあくまでも一般人という立場であることを忘れてはならない。ジョージはその作戦は、可能だとすればガンローダーくらいだが、才人を乗せたままで怪獣に肉薄する気かと問うてきたが、才人は決然とリュウより先に答えた。
「おれのことは気にしないでください。だてに怪獣と戦ってきてません! それに、ウルトラマンたちや、ルイズやキュルケたちも必死に戦ってるのに、おれだけ何もしないでいるなんて耐えられません」
「そうか、よく言ったぜ。その勇気、あの嬢ちゃんたちに見せてやろうぜ。さあて一瞬でも、奴の動きを止められれば」
そうすれば、一撃でけりをつけてやるのにと、リュウは才人の案に一筋の光明を見たような気がした。ともかく、一瞬でも奴の動きが止まれば。それができるのは、彼らしかいなかった。
「リュウ、作戦は決まったようだな。なら、そのチャンスを俺たちが作ってやる」
「僕たちが、全力で奴を押さえつけます。その隙にお願いします」
「恐らく、我々の残りの力では数秒も持つまい。チャンスは一度きりだ、頼むぞ」
ヒカリ、メビウス、エースは活動時間のリミットがすぐそばまで迫っている中で、最後の希望を人間たちにたくそうと、残された力を振り絞ってドラコに向かっていく。
「テァッ!」
「ヘヤッ!」
ヒカリがドラコの右腕に、メビウスが左腕に組み付いて、先程と同じように動きを封じようとする。エースもドラコの首筋にねじ上げるように取り付くが、奴の強靭な体は関節技も通じないらしく、三人がかりでも先ほどより消耗した状態では、ドラコのパワーにはわずかな時間で負けてしまう。
「リュウさん!」
「リュウ、いまだ!」
「G・I・G!」
ドラコの動きが止まった。仲間が作ってくれたこのチャンスを逃してなるかと、リュウはガンローダーをドラコに向かって急接近させ、照準をオートからマニュアルに変更し、照準機に映し出されたドラコの右肩にあるという、外骨格の亀裂を撃とうとトリガーに指をかけた。
しかし……
それは、リュウが照準機の中に拡大されたドラコの右肩に、針の穴のようにかすかに見える傷跡を捉えて、意識をトリガーに集中したその一瞬の隙のことだった。メビウスとヒカリに両腕を、エースに首根っこを押さえつけられて動けないでいたドラコの、その昆虫型の赤い複眼だけは接近してくるガンローダーの姿を克明に捉えていた。奴はガンローダーがなにをしようとしているのかを瞬時に把握すると、身動きできない状況からも右腕だけを上に向かって振り、鎌を手先から外して飛ばして、ガンローダーに襲い掛かからせたのである。
「なにっ!?」
思いもよらぬ攻撃に、リュウはとっさに回避しきることができなかった。回転して飛んでくるドラコの鎌はガンローダーの左上面をなめるようにすれ違っていくと、グドンの皮膚をも切り裂いた鋭さでガンローダーの装甲をたやすく切り裂いた。
「うわあっ!」
「ぐあっ!」
被弾の衝撃で左翼から煙を吹き、コクピットの内部にも激しく火花が散ってリュウと才人に襲い掛かる。
「リュウ!」
「サイト!」
GUYSクルーやキュルケたちの絶叫が響き、損傷したガンローダーは煙を吹きながら墜落していく。
「リュウ、機体を立て直せ!」
「ああ、ぐっ! 腕が」
リュウの利き腕は被弾のショックで負傷し、とても操縦桿を握れる状態ではなくなっていた。このままでは地面に激突して粉々になってしまうだろう。そのとき、才人は自らも火花で負った火傷をおして操縦桿を手にした。とたんに、もう二度と使うこともあるまいと思っていたガンダールヴのルーンが輝き、ガンローダーの操縦方法が頭の中に流れ込んでくる。
「操縦切り替え完了! 上がれぇぇぇっ!」
渾身の力で操縦桿を引いた才人のルーンの輝きに応えるように、ガンローダーは地面とほんの数メートルのところで機首を立て直し、地面をはいずるようにして機体を持ち直させた。しかし、才人の力をもってしてもそこまでが限界で、メビウスとヒカリと、エースを弾き飛ばしたドラコは、今の投げナイフのように使えるようになった鎌をさらにガンローダーに向けて投げつけてきた。
「くそぉぉっ!」
ちょっとでも操作を間違えばすぐ失速してしまう状態で、才人はなんとかドラコの左腕からの鎌を回避することに成功した。だが、それすら予測していたらしい右腕からの鎌は一直線にガンローダーのコクピットに向かって飛んでくる。
「サイト!」
「リュウ!」
シルフィードの背から、ガンウィンガーとガンブースターからの仲間たちの声が響くが、もはやどうしても間に合わず、才人も自分に向かって回転しながら飛んでくる鎌を振り返って、見つめるしかできない。
”ああ……草刈りで、すっぽ抜けた鎌が飛んでくるのってこんなもんなのかな”
死神が肩を叩きに来るときまで来ているというのに、才人の脳裏にはそんなつまらないことしか浮かんでこなかった。ちくしょう、おれは結局最後までみんなに迷惑かけっぱなしかよ。
だが、最後の瞬間に才人に届いたのは、死の宣告ではなかった。
「サイトーッ!」
「っ!? ルイズ?」
耳にではなく、頭の中に直接響いてきた声は、才人にとって忘れようとしても忘れられなかった彼女のものに、間違いはなかった。
そして、眼前に迫った死神の鎌の前に立ちはだかってさえぎった銀色の影。
「グアアッ!」
あの瞬間、ただ一人エースだけが驚異的な瞬発力を発揮して、跳ね飛ばされた状態から起き上がり、ドラコの鎌からその身を盾にして、ガンローダーを守ったのだ。そう、その身を盾にして。
「ウルトラマンA!」
「エース兄さん!」
人間たちと、メビウスの絶叫が響いたときエースはゆっくりと前のめりに倒れた。その背には、ドラコの鎌が深々と突き刺さっている。ガンローダーの身代わりとなったエースは、彼らの死を自らを犠牲にして防いだ代わりに、その力を全て使い果たして、カラータイマーの点滅を消した。
「あっ……あああ!」
才人の、皆の見ている前でエースの体が透き通っていき、やがてその巨体が空気に溶け込むように消滅したとき、そこには草原の上に倒れているルイズの姿だけが残っていた。
「ウルトラマンAが!」
「エネルギーを、使い果たしたんだ……」
ジョージの、テッペイの悲嘆にあふれた声がガンフェニックスに、さらにフェニックスネストに流れ、CREW GUYSに絶望が流れる。
「エース兄さん!」
「エース……くっ、おのれえっ!」
カラータイマーの点滅を早めさせ、息苦しそうにひざを突くメビウスとヒカリも自分の無力さをなげく。
「ル、ルイズ? な、なんであの子が!」
「まさか……ルイズが」
キュルケとタバサも、目の前で起きた信じられない出来事に自分の目を疑い、そして……
「ルイズ……ばかやろうが……」
涙で襟元まで濡らしながら、才人はルイズへの感謝と、自らへの怒りで身を焼いていた。あの瞬間、ウルトラマンAが飛び込んできてくれなかったら、自分たちは間違いなく死んでいた。けれど、力を失っていたはずのエースが発揮したにしては信じられない速さ、それを呼び起こしたのはあのときのルイズの声に違いない。
「ちっきしょうおっ!」
ドラコの急所を狙った瞬間、奴の鎌攻撃を、照準に集中していたリュウはともかく、自由だった自分は気づくことができたはずだ。もしも半瞬早く気づいて、リュウに知らせていたら、結果は逆だったかもしれない。結果的に勝利を逃してエースとルイズに迷惑をかけたのは、おれのせいなんだと、才人は自分を責めた。
「おい! 悔しがるのはあとにしろ、まだ戦いは終わってねえぞ」
無理矢理止血して、我を取り戻したリュウが才人を激しく叱咤して、はっとした才人はどうにかコントロールをある程度回復させたガンローダーを上昇させた。
しかし、残酷なヤプールは倒れ消えたエースに歓喜の声をあげるだけでなく、勝利と、復讐をより完璧なものにするために、さらに残虐な命令をドラコに下した。
「ふっはっはははは! 勝った、とうとう我らはエースを倒したぞ。だが、まさかそんな小娘に憑依していたとはな! さあ、ゆけ怪獣ドラコよ、その小娘を踏み潰し、エースに完全にとどめを刺すのだぁーっ!」
異次元からの凶悪な思念波がドラコを動かし、ドラコはヤプールの命令に従って倒れ伏しているルイズを、その巨体の下敷きにしようと前進を始めた。
「まずいっ!」
「行かせるか! ウィングレッドブラスター!」
ドラコの意図を悟ったGUYSは阻止しようと正面から攻撃を加えるが、やはりまったく通用しない。
「ルイズ! 起きるんだ、ルイズーッ!」
才人の必死の叫びが、喉も枯れんとばかりにコクピットに響く。普通に考えたら、そんな声が届くはずは無く、二人だけに通じていたテレパシーも今はない状態では、才人の叫びも無駄でしかなかっただろう。なのに、奇跡は起こった。
「う、ううん……サイ、ト? ひっ!?」
ルイズは、すぐそばまで迫ってきていたドラコの巨体を見上げたとき、奴から明らかな自分に対する悪意と殺意を感じて、全身を貫く寒気に襲われた。
「逃げろぉ! ルイズ」
「サイト? ひっ、ひゃぁぁっ!」
聞こえるはずのない才人の声に突き動かされたように、ルイズは眼前に迫ったドラコから逃げ出した。それこそ、泥にまみれて、涙と鼻水を垂れ流して、無様に、みっともなく。
「助け、たすけてぇぇっ!」
嬉々として蟻を踏み潰す幼児のように迫り来るドラコから、ルイズは何度も転びながら、それでもときには四つんばいになりながらも逃げ続けた。死にたくない、死にたくない、死にたくない! 生への純粋な渇望が、ひたすらに彼女を突き動かしていた。
「ヘヤァッ!」
「セアッ!」
メビウスとヒカリが特攻同然で体当たりをかけ、押しとどめようとしてもドラコは軽々と彼らを退け、一時の時間稼ぎにしかならない。だが、そのわずかな隙をついて、キュルケとタバサがルイズを救い出そうと、シルフィードを急降下させた。
「ルイズ! 今助けるわ」
「キュルケ、タバサ!」
そのときのキュルケには、いつものルイズをからかって遊ぶ小悪魔的な雰囲気は微塵もなく、タバサとともに友達を助けたいという一心のみがあった。降下するシルフィードからタバサの杖が伸び、ルイズに『レビテーション』をかける用意に入る。しかし、複眼でシルフィードの姿を捉えたドラコは、口を大きく開くと、そこから壊れたスピーカーの音を数百倍にしたような破壊超音波を放ってきた。
「きゃぁぁっ! あ、頭がぁっ!」
「うぁっ! いゃああっ」
「いっ!? ああぐっ!」
キュルケとタバサは耳を押さえてもだえ、シルフィードも頭を万力で締め上げられるような激痛に耐えられずに、きりもみしながら墜落していった。
「やろう、まだこんな隠し技を!」
宇宙空間でも飛行できるガンフェニックスの各コクピットの中はまだ無事だが、常人がこれを聞き続けたら聴力を失ってしまうかもしれない。最後の希望が打ち砕かれたルイズは、耳を押さえて苦しみながら、あと数歩で間違いなく自分を踏み潰して跡形もなくするであろうドラコの足を、地面にあおむけに倒れて眺めていた。
「あ……ぅ、た、た」
あと二歩、ドラコはぼやける風景の中でゆっくりと迫ってくる。舌ももつれて、悲鳴さえもまともに発音することはできない。なのに、ルイズの心はある一点に集中して恐ろしいまでに研ぎ澄まされて、確実にやってくる死にあらがうかのように、たった一つの言葉を吐き出させた。
「助けて、サイトぉ!」
それが、メイジと使い魔につながるという魔法のせいなのかはわからない。
分離したとはいえ、長期間ウルトラマンAを通じてつながっていたなごりがあったのかもわからない。
いや、無粋な詮索をやめて一言でそれを表現するのならば、『奇跡』と、人は呼ぶだろう。
「ルイズーッ!」
はじかれたようにガンローダーの操縦桿を握りなおした才人は、リュウの静止も聞かずに機体をドラコにめがけて降下させていく。なぜなら、才人は聞いたのだ、ルイズが助けを呼ぶ声を、ルイズが自分を呼ぶ声を。
そして、才人はコクピットの下にある黄色いレバーを手に取った。けれどそれを握り締めたとき、一瞬のとまどいが才人の心をよぎった。
”父さん、母さん、じいちゃん、ばあちゃん、みんな……”
才人の家族や地球の友達の顔が脳裏をよぎる。会いたい、会って「ただいま」と言ってやりたい。しかし、これを引いてしまえば、それはもうかなわない夢になってしまう。
”でも、ごめん。おれには、どうしても守りたい人ができたんだ!”
意を決してレバーを引いたとき、ガンローダーの風防が吹き飛び、才人の体が空中に投げ出される。
「ばっかやろーう!」
リュウの叫びを背中にわずかに聞いて、空中に飛び出た才人の体は重力に引かれてまっすぐに舞い降りていく。そう、彼が引いたのはガンローダーの脱出レバーだった。
猛烈な風圧が全身を襲い、等加速度直線運動の法則に従って、才人は絶対に助からない速度にまで加速しながら頭から落ちていく。なのに、背中に背負ったパラシュートを才人は開かない。いや、あえて開かずに、ガンダールヴの力で計算されて飛び出した彼の体の行く先には地面ではなく黒い壁が聳え立っていて、そしてパラシュートから、ロープがからんだときにそれを切断するためのナイフを取り出した才人の左手にルーンが輝き。
「でぇぃやぁぁっ!」
ナイフは深々と、ドラコの肩にほんの五センチだけ残されていた傷口を貫いていた。とたんに、激痛が全身を走ってドラコは苦しみだす。当然だ、人間とてつまようじで刺しただけでも痛い。
「よくもルイズをやりやがったな、この野郎」
ガンダールヴで強化された肉体でドラコの肩口にナイフを握り締めてとりついた才人は、なおも傷口をえぐる。しかし、猛毒を持った蜂の一刺しは大熊を絶命させることもあるが、才人のそれはまったくの自殺行為でしかなかった。
「あの馬鹿! なんてことを」
「サイト、やめて、逃げて!」
ジョージとキュルケの悲鳴が響いたとき、まとわり付く害虫に怒りを燃やしたドラコの鎌が、才人の前に迫っていた。
「えっ……?」
空中に投げ出されたとき痛みはなかった。ただ、自分の体を妙な無重力感が包んだかと思ったあとで、目の前が空の青から真っ赤に染まり、その後全身の骨が砕ける不快な感触が伝わってきたあとで、彼の世界は真っ黒になった。
「サイト……? い、いゃああーっ!」
引き裂くようなルイズの悲鳴がすべての惨劇を物語っていた。
ルイズの目の前に落ちてきた才人の体は、両手両足がありえないところから曲がって、愛用してきたパーカーとズボンの一箇所たりとも、赤く染まっていない場所はないと見えるほどに、鮮血に彩られていた。
「畜生! おれたちがついていながら」
「なんて……こと」
GUYSクルーたちや、超音波攻撃からようやく起き上がってきたキュルケたちも、才人の惨状にがっくりと肩を落とした。彼らからは、二人は小さな人形のようにしか見えないが、六十メートルもの高さから転落して助かる人間などいない。
いない、はずだった。
「ル、イズ……か?」
「はっ? サイト、サイト!」
わずかに漏れた頼りなげな声を聞き取ったルイズは、才人の手をとって顔を覗き込んだ。
「お、まえ……そこに、いる、のか?」
「そうよ、わたしはここにいるわ! わかる、聞こえてる?」
生きている、才人はまだ生きているという喜びにルイズは才人の手を握り締めたが、才人の手からぬめりとした生暖かい感触が伝わってきて、それがルイズのひじから袖に達して、白いシャツを真紅に染めていく。
「ああ……お前の、手の、感触だな……けど……わりい、もう、目が見えねえんだ」
「バカ! なんて無茶をするのよ。ああ、血が、血が止まらないっ!」
無駄とわかっていながら、ルイズはハンカチを取り出し、制服をズタズタの布切れにしながらも才人の傷口に当てていく。だが、簡易の包帯は吸血鬼のように才人の血液を吸い上げるだけで、いっこうにおさまる気配を見せない。
「やだ、やだやだ。止まって、止まってよお!」
とび色の瞳から涙をこぼれ落ちさせながら、ルイズはこのときほど魔法の力がほしいと思ったことはなかった。百万の敵を倒すような、誰よりも速く空を飛ぶような、黄金を錬金するようなものでなくていい。ただ一つ、才人の傷を治せる魔法があれば、もう一生魔法なんて使えなくていい。
けれども、もうどんな治療をしても手遅れと悟ったのか、才人は数回血反吐交じりのせきを吐き出した後で、さっきより弱弱しい声でルイズに語りかけていった。
「もう……いい、それよりも、早く、逃げろ」
「バカッ! あんたをおいて逃げられるわけないじゃない。なんでよ……なんで、故郷に帰って家族と平和に暮らせるはずだったのに、なんで戻ってくるのよ!」
「そりゃ……お前が心配ばっかり……かける、からだろう。だ、第一……た、助けてって、言ったのは誰だよ?」
「うう……でも、そのせいであんたは……なんで、なんでここまでするのよ! 死んだら、死んだら意味ないじゃない!」
それは、半年前のルイズならば絶対に出てくるはずのない言葉だった。
才人はルイズが、命の大切さに気づいてくれていたことに、しびれていく顔の筋肉をわずかに動かして微笑を浮かべたが、あえてそれを否定する言葉をつむいだ。
「命より、大切なものが……ある、からな」
するとルイズは涙で顔をずぶぬれにしたままで、烈火のごとく怒った。
「なによそれ! ウルトラマンとの誓い? 平和を守る決意? ばっかじゃないの! 誇りのために死ぬなんてバカらしいって言ったのはあんたじゃない! 誇りより、命より大切なものってなによ! 答えなさい、このバカ犬ーっ!」
そのとき、ふっと才人は悲しげな表情を見せて、ゆっくりと答えた。
「お前が……好きだから」
「えっ!? 今、なんて……」
思いもかけない才人の言葉に、ルイズの心音が高鳴っていく。
「ルイズ、おれは……お前が好きだ……それじゃ、だめかな?」
「えっ! ええっ!?」
それが、才人の最後に出した答えだった。
ルイズが好きだ、だから守りたい。
どんなにわがままを言われようと、どんなにつらくあたられようと、それでも守ってやりたいという単純で純粋な願い。
何もかも捨てても、これだけは手放したくないというどうしようもない思い。
ただ、その気持ちにはずっと前から気づいていたが、告白する勇気だけが、この土壇場にくるまで、情けないが湧かなかった。
「サイト、あなた」
「あーあ……とうとう、告っちまった……がっ! で、でも……おかげで、なんかすっきりしたぜ」
才人は肺から血と、口の中で折れた歯を混ぜ合わせたものを吐き出した。もはや彼の命が急速に失われていっているのは、誰の目から見ても明らかだったが、意外にも才人の心はこれまでにないくらい晴れやかだった。
はじめから、こうしておけばよかった。なんでこんな簡単なことが、いままでできなかったんだろう。まったく自分はどうしようもない臆病者だ。おかげで、もう誰にも会えないところに行っちまう。でも、ルイズを助けられたんだから、まあいいか……あと、思い残すことがあるとしたら。
「サイト、サイト……」
才人は、どう答えていいのかわからずに、顔をぐしゃぐしゃにしながらあたふたしているルイズの気持ちが、握られた手から伝ってくるのを感じた。そうして心の中で苦笑しながら、全身を覆う寒気と、急速にやってくる眠気に耐えて口を開いた。
「ルイズ」
「なに? なによ」
「答え……聞かせて、くれねえかな?」
ルイズの心音が最大規模になるのと同時に、心を押し付けるような圧迫感が包んでいく。
「そ、それは……」
「なん、だよ……おれにだけ、告らせといて、ずるいぜ……」
不愉快そうに才人はつぶやいたが、ルイズにとってその言葉は、これまで絶対に言ってはならない禁忌であった。貴族と平民、メイジと使い魔、体裁、意地、家名、誇り、ルイズにとって捨て去ることのできない様々なものが強固なダムとなってそれを押さえつけ、本当の思いが流れ出すのをせき止めてきた。
「わたしは、あんたのことを最高の……」
使い魔だと言おうとしたところで、ルイズははっと気づいた。
「サイト……?」
今まで荒い息を続けていた才人が、いつの間にか静かになっていた。
「ねえ、サイト……」
返事はなかった。
「冗談でしょ、ねえ」
肩を揺さぶると、横向きに転がった才人の口から大量の血が吐き出された。
「あたしをからかってるんでしょ。ねえ、起きてよ、起きなさいよ。ねえ、ねえ、起きなさいって! 起きなかったら殺すわよ!」
どんなにルイズが揺り起こそうとしても、もう才人の口から息が吐かれることはなかった。そして、涙と血で赤黒く汚れた才人の左手の甲から、契約の日以来ずっと存在してきたガンダールヴのルーンが、一瞬鈍い輝きを放って消えたとき、ルイズはその意味を知った。
「ルーンが……そんな」
使い魔のしるしが消えるとき、それは主人か使い魔か、そのどちらかが死んだときしかありえない。
「いや……いゃぁーっ! サイトぉーっ!」
平賀才人は死んだ。
彼のなきがらを抱いて、ルイズの慟哭が遠く響いても、もう才人の心臓に鼓動が蘇ることはない。
しかし、泣き叫ぶルイズにまでも彼のあとを追わせようと、悪魔の手は残酷にも迫りつつあった。
「ルイズ! 逃げてぇ!」
キュルケの声がルイズに届いたとき、ルイズの姿は才人ごと暗い影に覆われた。才人によってルイズの抹殺を妨害されたドラコが、今度こそその命を餌食にしようとやってきたのだ。
巨大な足が頭上に迫り、キュルケの血を吐くような叫びが響くが、もうルイズの耳には届かない。
「ばか、ばかばかばかサイト……いくらわたしを助けても、あんたが死んだら意味ないじゃない……あんたのいない世界に、わたしの生きる意味なんてないじゃない……だって、だって」
確実に迫ってくる死など、もうどうでもいい。ようやくわかった。失ってようやく。
こんなことになるくらいなら、言えばよかった。
自分は、なんてバカだったのか、誇りや名誉など、才人とてんびんにかける価値自体、ありはしなかったのに。
涙といっしょに、自分の中のどろどろしたものが流れ出していくようにルイズは感じた。もう、ほかのことなどどうでもいい。全部捨ててしまってかまわない。
そのかわりに、今なら言える。
才人に伝えたくて、伝えたくて、何度も胸をこがしたあの言葉を。
もうどうしようもなく手遅れだが、今ならそれが言えた。
「わたしも、サイトのことが好きなんだからぁーっ!」
その瞬間、ルイズと才人ごと、ドラコの足がすべてを踏みにじっていった。
翼を広げ、両腕を広げたドラコの勝利の雄たけびが残酷に学院にこだまする。
「ふっはっはっははは! 勝った、とうとう我らは勝ったのだぁ! 見よ、人間どもよ、ウルトラ戦士どもよ。ウルトラマンAの死を! さあドラコよ、あとはメビウスどもと、目障りなものどもにとどめを刺すのだ」
ヤプールの狂気に満ちた哄笑が、これほど残忍に人々の心を打ちのめしたことはなかっただろう。メビウスもヒカリも、GUYSも、キュルケたちも、絶望と悲嘆に打ちのめされていた。
しかし、どんなに絶望の闇の中が深く濃く世界を覆い尽くそうとも、人がいる限りどん底からでも、希望の光は生れ落ちる。
それに、最初に気づいたのはメビウスだった。ルイズを踏み潰したはずのドラコの足の下から、木の葉の隙間から木漏れ日が森の中に降り注いでくるように、はじめは鈍く、やがてだんだんと金色の光があふれ出してくる。
「あの、光は……」
金色の輝きは、急速に膨れ上がると、まるで足元に太陽が出現したようにドラコを照らし出し、さらに輝きを増していく。
「これは……いったい!?」
ドラコもヤプールも、何が起こったのかわからない。
「テッペイ、いったい何が!?」
「わかりません! 分析不能です」
GUYSのスーパーメカニックをもってしても、解析結果はエラーを出すばかり。
「な、なんなの! なにが起こってるの?」
「わ、わからない」
キュルケもタバサも、うろたえるしかできない。
ただ、メビウスとヒカリだけはその輝きに確かな希望を見始めていた。
「メビウス……?」
「はい……あのときと、同じです」
マイナスエネルギーが人間の心の闇の象徴ならば、この光はそれと対を成す希望の光。かつてエンペラ星人との決戦のとき、フェニックスブレイブの奇跡を生み、そして時空を超えた闇との決戦で、超八大戦士に究極の力をもたらした輝き、それは!
「ウルトラ・ターッチ!」
二つの声が一つに重なり、爆発した光芒がドラコを吹き飛ばす。
「なんだっ!」
「ジョージさん、見てください、あれは!」
それはたとえるならば、古き星が滅び、新たな星の始まりを祝する超新星爆発。
「ウルトラマン……エース」
「生き返り、やがったのか」
思いはめぐり、とまどい、やがて答えにいきつく。
「ルイズ」
「サイト……」
仲間の思いを背に受けて、迷いを断ち切った願いは一つ。
「エース兄さん」
闇を打ち払い、未来をつかむために、今こそ蘇れ光の戦士!
「ショワッチ!」
光よ輝け、闇よ怯えろ!
心の光と共に、超戦士立つ。
『ウルトラマンA・グリッターバージョン!』
続く