前略 トレセン学園のトレーナーですがブラック労働過ぎて今日もまたロイヤルビタージュース   作:雅媛

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第一話 人間とウマ娘の間に生まれる不思議な絆の力があるならば、種族ウマ娘のトレーナーの需要はどこにあるのだろうか

 そこにないならないですね。

 そんな妄言が聞こえてくるぐらい、種族ウマ娘のトレーナーである彼女は追い詰められていた。

 彼女はウマ娘のトレーナーである。名前はまあどうでもいいだろう。

 トレセン学園出身の彼女は、現役時代未勝利で終わったどこにでもいるモブのウマ娘だった。

 卒業後、一般の大学に進学し、ひょんなことでトレーナー試験に合格し、そしていま、ボッチであった。

 担当が全く見つからないのだ。

 

 新人トレーナーだから、というだけでは理由にはならない。

 なんせ彼女の同期の桐生院葵トレーナーはすでに白毛のハッピーミークというウマ娘を担当にしている。

 彼女は確かに名家出身ではあるが、名家だから担当を見つけられたわけではない。彼女が誠意をもって探し回り、見つけてきたウマ娘だということはそれを見ていたトレーナー自身わかっている。

 だが、それ以上に探し回り、蹄鉄を三つ履き潰し、喉が枯れるまで声をかけた結果が、担当0人である。

 心、折れる。彼女の現状はまさにそのような感じであった。

 

 まだ肌寒い春の夜、彼女は一人、ベンチで倒れこんだ。

 すでに寮まで戻るだけの体力すら残っていない。そこまで疲弊しているのは、勧誘活動のせいだけではない。

 彼女はすでに、3日間寝ていなかった。

 その発端は、生徒会の仕事である。

 もともと彼女は、生徒会の庶務をしていた。生徒会長や副会長と違い、庶務というのは末端も末端であり、成績が良ければそこそこ誘われるお仕事だ。

 トレーナー試験に偶然とはいえ合格できるほどの頭があった彼女は、生徒会庶務に誘われ、無事にその仕事を全うした。

 そして、晴れてトレセン学園に戻ってきたとき、生徒会に顔を出したのだ。

 後輩がどれだけ頑張っているかを確認しに来たのが半分。

 もしかしたら、いい子が勧誘できないかなという下心が半分。

 そんな気持ちで生徒会室を訪れた彼女が見たのは、目を疑う光景だった。

 

 大量に積まれた書類。

 それを捌く現会長シンボリルドルフと副会長エアグルーヴ。

 死んだ顔をして書類仕事をしているナリタブライアン。

 圧倒的な仕事現場だが、彼女は違和感しかなかった。

 なんで、こんなに仕事があるのだろうか? 

 

 彼女が生徒会の仕事をしていたころの仕事はそう多くなかった。

 生徒会長はその時代の代表的なウマ娘が選ばれる可能性が高い。そして当たり前だが、大体まだ現役で走っていたりする。

 だから、生徒会長に基本負担はかけられない。生徒会長になったら、お仕事の負荷で競走成績が落ちたとなれば大問題だからだ。

 彼女の頃の生徒会長など、せいぜい何かの挨拶をしてもらったりするぐらいだ。その挨拶文だって、普段は雑用である庶務の彼女が考えていたぐらいである。

 ちょこちょこある書類も基本全部彼女がまとめ、週何回かある会議という名のお茶会で承認してもらって、それで仕事は済んでいた。

 つまり生徒会の仕事というのはそう大変なものではない、はずだった。

 

 しかし一方で現在の生徒会。

 会長副会長の負荷が大きすぎるのは一目でわかった。

 庶務の子は何をしているのだろう、と思ってよくみたら、書類の山の下から脚が飛び出ている。

 慌てて掘り出し救出する。彼女が庶務なのだろう。

 完全にオーバーワークの現場であった。

 その現状にトレーナーは激怒した。

 シンボリルドルフにエアグルーヴ、ナリタブライアンといえば、現在のトゥインクルシリーズ、ドリームトロフィーシリーズの至宝ではないか。

 それがなぜ、事務仕事に奔走させられているのか。

 

 トレーナーは、懐から『やる気アップスイーツ』の交換チケット4枚を、会長の顔にたたきつけると、皆生徒会室から追い出した。

 成人ウマ娘とは言え、あまりトレーニングをしていないトレーナーでは、現役である若いウマ娘4人に勝てる訳ないのが通常である。

 だが、ウマ娘とは心で走る存在である。過労でやる気絶不調の4人と、怒りでハイパーモードに光り輝きだしそうなトレーナーでは気持ちの面で差があり過ぎた。

 

 そうして追い出したトレーナーは、書類の山へ格闘をし始める。

 もちろん勝手に承認などできないが、書類整理はできるはずだ。

 トレーナーの一人孤独な戦いは始まった。

 

 

 

 生徒会の書類整理から始まり、何故生徒会にこれだけの仕事が回ってきてしまっているのかの調査、その過程で見つかる不正の調査と、その報告を理事長に行うこと。

 トレーナーはそれらの仕事を超特急でこなし続けた。時間など全く足りず、仕事はどんどん押し寄せてくる以上、ずっと徹夜である。

 調べてみて、このような状況になった原因が徐々にわかってくる。

 結局のところ、会長のシンボリルドルフが出来過ぎたのがきっかけであった。

 どれだけ仕事を回しても、軽くこなしてしまう天才肌の彼女は、疑うことなく今まで仕事をこなしてきたらしい。それに、周りもついていけたことが不幸であった。

 それに便乗したのが、一部の学園関係者だ。仕事をすべて生徒会に回し始めたのだ。

 備品発注とか経費計算とか、生徒の仕事じゃないだろ!! 備品の点検とか見回りも生徒会にやらせるんじゃないよ!! トレーナーは怒りを燃やしながら、ある時は仕分け、ある時は会長に承認させ、ある時は理事長に怒鳴り込んだ。もちろん会長が安易に引き受け過ぎたのも原因だが、彼女は学生である。学生の本分を考えず仕事を回した方が圧倒的に問題であった。

 瓶入りロイヤルビタージュースを飲み干しながら、やる気絶不調のままトレーナーは作業を進めていく。

 理事長から信用できる人材として秘書の駿川たづなを紹介されたが、彼女は彼女で非常に仕事が多く、結局ほとんどの作業は自分でやるしかなかった。

 責任感の強い生徒会メンバーも手伝いをたびたび申し出てきたが、それはすべて断った。これは大人の仕事である。生徒にやらせるべきものではない。生徒なんて楽しく走りながら、スイーツを食べて、体重計で悲鳴を上げるのがお仕事であったはずである。

 そして、生徒たちにそう啖呵を切った以上、トレーナーがすべて完璧に仕上げるしかなかった。

 三日間、徹夜で孤独な戦いを続け、ようやく落ち着いてきたのが現状であった。

 さすがにロイヤルビタージュースのパワーでもそろそろ厳しい。

 

 風呂にも禄に入らずにゴミくずのようになりながら、ベンチで横たわるトレーナーに、運命の影が迫っていた。


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