前略 トレセン学園のトレーナーですがブラック労働過ぎて今日もまたロイヤルビタージュース   作:雅媛

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第五話 アオハル杯それは君が見た光 でも青春時代が良かったなんて言うのは基本陽キャであり陰キャの極みのトレーナーにとって青春時代の思い出は勉強と書類で埋め尽くされている

「ハウディ!! 生徒会の皆さんお願いがあります!!」

 

 皆で掃除を兼ねて、生徒会室に散らばったポン菓子を拾いながら食べていると、扉がいきなり開きタイキシャトルが現れた。

 それを見たエアグルーヴがそっと扉を閉めた。

 

「エアグルーヴ!! なんで閉めるんですか!!」

「BBQの頻度は週1回までだ。それ以上は譲れん」

「なんですか! いつも私がBBQのことばかり話しているみたいに!!」

「いつもBBQのことばかり話をしているだろうが! というか週1度でも多すぎだ!!」

「アメリカンスピリッツです!!」

「お前アイルランド育ちだろうが。そのわざとらしい片言やめろ」

 

 馬のタイキシャトルはアメリカ生まれだが、日本の有限会社であるタイキファーム生産であり、しかも育ち(馴致)はアイルランドである。

 アメリカ要素は結構薄い。

 

「アイルランドも外国ですから、日本語が片言でもおかしくないデース」

「ふむ、なるほど」

「Do You Understand?」

「ではこちらに、アイルランド王家のファインモーションに来てもらった」

「What's!?」

「皆さんごきげんよう♪」

 

 唐突に屋根裏から現れたファインモーションとお供のSPさん。

 エアグルーヴとファインモーションは同室で非常に仲が良いので、こうやって呼ぶことも可能である。屋根裏から出てきたのは単純に、ファインモーションの「ニンジャを体験してみたいの」という無茶振りにSPさんが答えただけである。

 ファインモーションは、タイキシャトルに近づき、正面からその肩に両手を置く。

 

「タイキシャトルさん」

「は、はい」

「アイルランドを無礼るなよ」

「ご、ごめんなさい」

 

 タイキシャトル、流れるように迫真の土下座である。

 その時のファインモーションの表情は、タイキシャトルとSPさんしか見ていなかったが、見てはいけない何かだったらしい。タイキシャトルはその後、このことについて一切語らなかった。SPさんは「殿下はいつも可愛らしい」としか言わないので詳細は不明である。

 

 

 

「それで、BBQなら明後日だろう。そこのたわけトレーナーとゴールドシップも参加させろ。このたわけトレーナー、放置するとロイヤルビタージュースしか摂取しないからな」

「わーい。いや、BBQのことではなくてですね。アオハル杯、のご相談がしたくて来たんです」

「アオハル杯? なんだそれは? 会長、知っていますか?」

「すまないが初耳だ」

「ふむ、アオハル杯ですか」

「知っているのかトレーナー!?」

 

 唐突にタイキシャトルが言い出した「アオハル杯」。

 誰も知らないその謎の単語を、一人トレーナーは知った顔である。

 

「アオハル杯。古代日本から伝わるウマ娘の伝統的な競技法です。個人ではなく、家などの集団の名誉が懸かった際に行われるもので、お互い複数のウマ娘が参加し、1位を決めるという競技です。この競技のポイントは、集団戦ということ。つまり、一人を勝たせるために他のウマ娘はフォローに回ると言ったことも許されます」

「ふむ、チームプレーもアリということか」

「そうですね」

 

 トゥインクルシリーズなどのURAのレースでは、チームプレー、他のウマ娘を勝たせるためにペースキーパーをしたり、壁を作ったりするといったことは禁止されている。

 だが、アオハル杯はチーム戦であり、誰かを勝たせることが目的であるためそういった行為も許されるのだ。

 

「きっとタイキシャトルさんは、その競技法をやってみたいのでしょう。ですよね、タイキシャトルさん」

「え、えっと、多分?」

 

 タイキシャトルが近所のお年寄りから聞いたアオハル杯と、今トレーナーが話したアオハル杯はずいぶん内容が違った。タイキシャトルは単に、チームを組んで他のウマ娘と楽しく走りたかっただけなのだ。

 だが、なんかノリノリな雰囲気になっているこの状況に口をはさむのも難しかった。

 

「確かにヨーロッパでは、ラビット*1を走らせることが良くあります。日本のウマ娘の身体能力は欧米と比べても遜色ないレベルですが、欧米のレースで勝てないのはそういったチームプレーに慣れていないところもあるでしょう」

 

 海外事情に詳しいファインモーションも賛同を示す。

 実際走ってみてわかるが、日本のウマ娘はかなり強い。それでも凱旋門賞や海外のレースになかなか勝てないのは、単に閉鎖的な環境というだけではないだろう。

 

「日本のウマ娘レースを今後さらに発展させることを考えると、チームプレーに対抗し、時には自分たちもチームプレーをする必要があるということか。タイキシャトルくん。日本のウマ娘の将来を考えてくれてありがとう」

「ア、ハイ」

 

 シンボリルドルフ会長に、キメ顔でお礼を言われると、タイキシャトルは何も言えなかった。

 

 

 

「では、アオハル杯実行委員会の第一回会合を始める」

 

 そのまま流れで、アオハル杯をどうやって実行するか、の話し合いをすることになった。

 参加者は生徒会の3人に、発案者のタイキシャトル、通りすがりの暴れん坊殿下、ゴールドシップとその膝の上から解放してもらえないトレーナーである。

 結婚式三銃士は後ろでポン菓子を食べている。時々爆発音が聞こえて結構うるさい。

 

「ひとまず主催を決めないとな。URAに持っていくのは…… ないだろうな」

「あそこに持っていったら開催まで10年ぐらいかかりますよ」

 

 トゥインクルシリーズなどを管轄するURAは資金も設備も人員もあるが、何せお役所仕事だから動きが遅い。提案をすれば乗ってくる可能性はあるが、いつ開催になるかまるで分らなかった。

 

「じゃあ生徒会開催にしますか?」

「だがそれだとろくな賞品を出せなさそうだな。どうやって参加者を集めるか……」

 

 URA開催のレースには賞金が出る。

 だが生徒会予算ではそれは難しく、レースの楽しみを目的に出てくる希望者だけしか集まらない、なんてことになりかねない。

 日本のウマ娘のレベルアップを目標としているシンボリルドルフとしては、それはいささか不満であった。

 

「参加者を集める方法はおいおい考えましょう。1回やってみないと何もわかりません」

「うん、トレーナーの言うとおりだ」

「時期は7月中旬ぐらいがいいのではないでしょうか。夏合宿が始まっていますし、合宿のイベントという形でやれば参加できる生徒は多いかと」

「じゃあレース会場は合宿場の近くがいいかもしれません。今年の合宿どこでしたっけ?」

「宮崎ですね」

 

 話はどんどん進んでいく。

 タイキシャトルは話についていけず、飽きたゴールドシップはトレーナーの髪を編み込んでいた。

 

 

 

「ということで、次回の打ち合わせは来週末にお願いします」

 

 最低限の段取りが決まり、アオハル杯は動き始めた。

 今は4月。開催予定である7月まであまり時間はない。

 そのための事務手続きは結局トレーナーがやることになった。

 参加者集めなどは生徒にもできるが、会場の申請やイベントの実施、学園との折衝などは結局大人がやるしかなく、トレーナーがすべて引き受けたのだ。

 お仕事がいっぱい増えて、トレーナーはしかし希望に満ち溢れていた。

 ワーカーホリックの気がある上に生徒が頑張っている姿が好きなトレーナーは、新しいイベントでテンションが上がっているのだ。

 一方ゴールドシップのテンションはかなり下がっていた。

 

「なートレーナー」

「なんですか?」

「ゴルシちゃんのトレーニングのコーチングとかも、トレーナーの仕事なの、わかってるか?」

「もちろんですよ。トレーナー契約をしたんですから、レースプランまでばっちり考えます」

「あれだけの仕事引き受けて、アタシのトレーニング見たらどう考えてもオーバーワークだろ」

「勧誘に使っていた時間をゴールドシップさんに回すから大丈夫ですって」

「ちゃんと毎日寝て、お風呂入んなきゃだめだからな。今度襤褸雑巾みたいになったら焼却炉で燃やすから」

「燃やされる!?」

 

 トレーナーはちゃんと約束を守るのか。

 それとも焼却炉で燃やされてしまうのか。

 それは現状では誰にもわからなかった。

*1
レースで最初先頭に立ってペースを作る役割のこと




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