悲恋…に近いのかな?
※一人称の語り&重度の厨二病注意。グロ描写とかはないです。
なかなかのノムリッシュ感がすごい。
『―――もし、そこのお方』
ある町のはずれ、人通りもまばらな小さな道で、フードを頭に被った人間が、女に呼び止められていた。
―――ふむ、私ですかな?
振り向き、人間は答えた。そのフードの奥から響いてくる声は、酷く嗄れていて、それでいて低い。これだけで誰もが、この人間が老いた男性であると理解が出来る。
『えぇ。最近は何かと物騒ですから。ご存知ですか? どうやら近頃、巷で噂の吸血鬼が、この辺りで目撃されたようです。襲われない為にも、一人での行動は避けられた方がよろしいかと』
そう言い、女は宿の方向を手で指し示す。
しかし、男はそれを結構、と押しとどめる。けれども女は、それでは納得しない様子だ。
―――では、こういたしましょう。私はこのまま、歩きで町を抜ける予定です。ですので、貴女に途中まで……。そうですね、この先に、確か古くからある教会があったはずです。そちらまで着いてきてはいただけないでしょうか。
『……なるほど。分かりました。私で良ければ、是非ともお供させて下さい。主も、友人たる人類が、残酷な悪魔の手にかかってしまう事は、望まれないでしょうから』
なるほどどうやら、この女は教会に属する者の様だった。しかしそう言われてみれば、女の服装も、修道服のように見えなくもない。
―――ほほ。ありがとうございます。このような老いぼれが、貴女のような御方と共に旅をする事が出来るとは……。私の人生も、まだまだ捨てたものではありませんな……。
『ふふ、ありがとうございます』
こうして、修道士の女と、顔を隠した老人。正反対の2人の、短くも濃密な旅は始まったのであった。
短い行程とは言え、互いに話し続けてしまっていては、直ぐに話題も尽きる。手持ち無沙汰になってしまった女は、ふと気まぐれに、男が頑なに顔を隠している、その理由を聞くことにした。
―――ほう、私が顔を隠す理由、ですか……。いえ、話したくないのではなくて……そうですね、話すのは構いませんが、何分長くなってしまいそうでして。話よりも先に道が尽きてしまうやもしれませんが、構いませんかな?
女は頷く。
―――結構、結構。それでは、話すと致しましょうか。それでは、ゴホン。えぇ、あれは、ハッキリと覚えております、私が四つになったばかりの、夏の事でした……。
―――あれは、私が四つになったばかりの、夏の事でした。ふむ、具体的に……。ええと、確か私が生まれてから、国王が2回は変わったはずなので、それくらいでしょう。
私の住んでいたところは、こことは比べ物にならないくらいの田舎でして……。勉学には困れど、遊び場には困らなかったのを、今でも懐かしく思います。
そんな中、私はいつものように、野を駆け、山を越え、『女神池』等とそこいらでは呼ばれておりました、小さな泉へとやって来ておりました……。
『はぁ、はぁ、っ、ついたーっ!』
その池の周りは、他の子供たちが遊び場にしている場所と比べて、遊ぶものは少なくはありますが、それを差し引いても余りある程の絶景でしてな。
『わぁ……きれい……』
―――子供ながらに、いたく感動したものです。
しかし、その日はいつもと何かが違いました。言葉にする事は難しいのですが、虫の知らせとでも言いましょうか、そんな何かが、私の頭の奥底へ語りかけてきたのでした。
そんなもう1人の自分に従って、泉の周りをじろりじろりと見て回りました。するとそこには、えも言われぬ程の美貌を湛えた、女が寝転がっておりました。
『ねえ、なんでそんなとこでねてんの?』
『ふふ、わたしのことが気になるの?』
どうやら起きていたらしい女は、寝ながらこちらに顔を向けます。その瞬間、背筋からヒヤリとした感覚が、全身を通って足の先まで染み渡ってゆくのです。今思えば、あれが『一目惚れ』の様なものかと、理解出来ます。
そのまま女は、自らの身の上を語り始めました。
曰く、自分は凄い所のお嬢様で、でも家からの強い重圧が嫌になり、この山の泉まで逃げてきた、と。
正直に言って、当時の私は、彼女の話す言葉を、全くもって理解が出来ませんでした。しかし女は、そんな不出来な私に微笑んで、また上を向く作業へと戻ったようでした。
それが何故だか気に食わなくて、私は女の傍に座り込みました。
『ん? どうしたの、キミ』
『……』
意固地になり、何も喋らない私。しかし女は、それでも私の事を煙たがらず、また追い出そうともしませんでした。
奇妙な二人。それでも私は、彼女とのその歪な関係を、どこか心地よく感じていたらしかったのです。尤も、そう気付くのはもっと先のお話だったのですが、ね。
―――彼女と出会い、何年もの月日が経ちました。何とも言わずとも、自然と女神池の辺りで落ち合い、言葉を交わすことなく……時折、私が一方的に身の上を語るような事もありはしましたが、ゆったりと時は流れてゆきました。
事情が変わったのは、私が生まれてから、二十と少しの季節が回った頃の事です。
その頃、ある大きな知らせが、国中を騒がせていました。少し歩けば、そこかしこからその話題が飛び出てきて、もはやどのような秘境に住んでいようとも、その話題を知らぬほどでありました。
それは、当時の国を治めておりました王様が、冷酷無比な『魔女』の手により、全身の血を抜き取られ、殺されてしまったという物でした。
今ではそれほど酷くはございませんが、その当時は、魔女、と言えば悪い物の代名詞で、そこかしこで魔女狩りと称した私刑が行われていたものでありました。
そんな魔女狩りの波が伝播する中、一体どこから噂を聞いたか、近々憲兵が、私の住む村の近くに潜むという魔女を、神の名のもと、裁きに来るという話が出てしまいました。
『大丈夫なのですか、姫様』
妙な事に、女は、頑なに名前を教えてはくれませんでした。その為、私が呼び名を決めてやる必要がありました。昔の話にはなりますが、私が女と出会った当時は、よく物語を、両親や、その村に居た牧師などから読み聞かせて貰っておりました。その中でも特に私の心を躍らせたのは、心の清らかな、見た目麗しい男性が、騎士として大きな獲物を打ち破り、王国の姫君に見初められる、そんな在り来りな物語でありました。
そんなこともありまして、私は出会った当初から、その女のことを『姫様』とお呼びしていたのです。
『……えぇ、大丈夫よ。そもそも憲兵が来るっていうのは、村の中だけでしょう? こっちまで態々来る理由もないでしょう』
『左様でございます』
それに、もう一つ、奇妙なことがございました。
その女……これからは姫様とお呼び致しましょう、姫様の姿形が、私と出会った頃のあの姿と、何一つの差異もお有りにならないのです。
しかし当時の私は、盲目的と言っても良いほどに、彼女を信奉しておりました。それが為に、たった一つの、大きく、不都合で、残酷な真実に気付くことが出来なかったのです。
―――いつも人と言うものは、唐突な離別を経験せざるを得ないものです。
かく言う私にも、そんな経験をする時節がやって参りました。
切っ掛けは、1枚の人相書きでした。その頃というのは、紙はおろか、絵を描くための画材すらも、高価な物が多分にありましたので、私の知っていた『絵』という物は、大抵が白と黒で出来ていて、色彩豊かな絵など、文字通りの絵空事と思っておりました。
しかし、あくる朝、一人の憲兵が、村にたった一つの教会の、その近くの立て看板に張り出したのは、世にも珍しい色の付いた人相書きでした。
何分小さな村だったもので、他所から新しい物が流れ込んで参りますと、人と言うのは、それを是非とも見たくなるというものでして、御多分に洩れず、私もその張り紙を見に行こうとなりました。
しかし、そこに描いてあったのは、私のよく知る、いえ、私の他に知る者も居ないであろう、姫様の御顔でありました。
私は吃驚仰天し、直ぐ様姫様の下へと飛んで参ります。
そこで仔細を訊ねてみると、これまた驚愕の新事実が飛び出してきたのです。
なにやら、姫様は『吸血鬼』という存在で、彼らは他人の血を喰らわねば生きてゆけぬのだそうです。
しかし、姫様からは血の匂いなどは一切見受けられない。では何故、姫様が王殺しの犯人として嫌疑をかけられたのでございましょうか。
姫様は私を見ながら、切なそうな顔で語ります。
『……ごめんなさい。ほんとは人の血なんて吸うつもりは無かったのだけれど、偶然、吸血衝動に襲われてしまって、それで……』吸血衝動とやらが何なのかは、分かりかねました。が、姫様の王殺しが、本意の物では無いことは確かでありました。
―――姫、共に宮廷へと参りましょう。行って、姫に、何ら過失がないことを証明するのです!
若く、青二才でありました。当時の私は、その行動に欠片も間違いはないと、信じ切っていたのです。
……しかし、しかしそれは、遅すぎたのです。
突如山の向こうから、煙がもくもくと立ち上って参ります。私には、俄にその光景が信じ難い物でありました。
これは後から聞いた話になりますが、捜索を続けても中々見つかることの無い姫様に苛立ちを抱き、村ごと……いえ、山1つをまるまる燃やした、それも当時の憲兵の隊長の独断であったという事実が、そこにはあったそうです。
姫様はその光景を見、静かに立ち上がり、歩き出しました。
―――姫様……?
姫様は、何も話されません。ただゆるゆると、どこか儚げな笑顔で、こちらを見るのみです。姫様はそのまま、未だ火の手が勢いを増し続ける、その渦中へと進みます。
止めなければ、その思いとは裏腹に、体は一切を拒絶する。気がつけば私は、燃え盛る山々を背に、ただひたすらに、無心で走り続け……、逃げ続けていました。
そしてそれが、姫様と私の、
男は一通り語り終えると、また静かに歩き出した。
その姿に戸惑いながらも、女は男に声をかける。
『それで……その後、貴方はどうなさったのですか?』
男はどこか遠くを見ながら、懐かしむような声で答える。
―――そうですな……。こうも長く生きておりますと、様々な生き物に出会うものでして……。そうすると、心のどこかで、まだ姫様は生きていらっしゃるのでは無いか……そう考えてしまうのですよ。
そして頭のフードを今一度、深く被り直す。
―――だからこそ、私は彼女との思い出を語るのです。例え我が身が、外道に堕ちようとも、姫様と過ごしたその思い出は、消して偽物ではございませんので、な……。
その言葉に反応した女は、弾かれたように男の顔を、改めて見る。その視線に気がついたのか、男は観念したように、またはそれすらも自らの話題の一部であったのか、フードをゆっくりと下ろす。
そこから現れた顔は、到底先程までの語り口調、声とは似ても似つかないものだった。
肌は若く、外套に紛れていたその躯体は、所々に薄らと、それでいて実用性を損なわない程度の筋肉が付いている。女はそれだけで、男の正体に気がついた。
『まさか、最近の吸血鬼の出現情報は……!?』
―――いえ、それは私ではありません。むしろ私は、その情報を追って、この地へと来た身。ですが、世のため人のため、その命を差し出せと仰られるのであれば、私も抵抗をしなければなりません。
その声は柔らかい。しかしその奥には、消して熱では溶けない様な、鋭い氷の芯が隠れている様。男は続ける。
―――私は追い続けるのです。姫様が、本当に王を殺した魔女であるのか。そして、今巷を騒がす、あの吸血鬼であるのかを。その先に待つものがなんであれ、私は進みます。それが、あの時何も出来なかった私の、唯一の贖罪であり、私を私たらしめる、理由なのですから……。
その背中を、女はただ見続けた。否、見続けたのではない。……見つめて、逸らせなかったのだ。男の背負う覚悟、そして罪、その重さに、女は呑まれていた。
そんな女を置き去りにして、男は歩み続ける。元々の目的地であったはずの教会も、今は遠い過去。
ただゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるように歩き抜く。
男は、在りし日の幻影を追い続ける。たとえその幻影が、自らの妄執の果てに生み出された物であったとしても。
男はただ、あの日愛した女に追いつく為に、歩き続けるのであった。
提出用にしては短いのは、夏休みの間にパッと出せそうなのが原稿用紙10枚分まで(ガチ)の新聞用の高校生小説だったから。削るときゃ削る。
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