「けほっ、けほっ…」
息苦しい。どうやら俺の乗っていた1人乗りの小型宇宙船は攻撃を受けて墜落してしまったらしい。見やると船体に穴が開いている。息苦しい訳だ。この星の大気中の成分はは俺の母星とは異なるため、この星で呼吸をするには船内の装置を作動させるか携帯呼吸器をつける必要がある。
俺は携帯呼吸器を取り付けた。宇宙船の損傷具合をチェックして回る。船体の穴もそうだが推進力もやられている。修理キットはあるが、破損部は今ある予備パーツでは足りない。
それにしても、この星の科学力ではこの宇宙船は捕捉できないはずなのだが…これはどういう事だろう。
俺はこの星の調査で行方不明になっていた同期のカーグの捜索にやって来ていた。奴は昔からお調子者で、おっちょこちょいでドジだった。そんな彼に異星の調査などとても務まらないと進言したのだが、タベル大佐は耳を貸さなかった。
案の定行方不明になり、その捜索に俺が指名された。救護に来た俺が救難信号を出す羽目になるとは…。俺は画面を操作する。コンピュータは生きている。しかしどういう訳か救難信号の操作を受け付けない。
「なんだ。どういう事なんだ」
エラーが出るばかりで救難信号が発信できない。当たり所が悪かったのか?俺は母艦に連絡を取る様々な方法を試みるがまるで駄目だった。プログラム自体詳しくないので画面に表示されてる良く分からない文字も何の事なのか分からない。困った…この携帯呼吸器も長時間は持たないのに…。
コックピットに戻って頭を抱えていると通信が入った。画面に表示されたのは…カーグの乗っていた宇宙船のIDからだった。通信機能が完全に死んだ訳じゃないらしい。俺は縋る思いで通信を繋いだ。
「カーグか!?無事だったのか!??」
『…もしもし、もしもし。あーあー…聞こえるかな』
その声はカーグの物ではなかった。翻訳の機械音声を通してある。相手は俺の知らない言語で話しているが、母星の技術と調査によりこの星のいくつかの言語を自動的に翻訳しボイスライブラリを通して相手の声調を正確にこちらの星の言語に変換できる様になっている。性別は女性、何となく気怠そうな声色だった。
「カーグじゃない??お前は一体誰だ?」
『そうだな。私は人間。便宜上ジェーン・ドゥとでも名乗っておくよ。君は何と呼ぼうか』
「カブランと呼んでくれ。それで、どうしてカーグの通信機器をジェーンが?カーグはどうした?」
『よろしく、パンチュパカブラのカブラン君。聞きたい事は山ほどあると思うけど、まずは私の話を聞いて欲しい。私は君の協力者だ。敵じゃない。君の宇宙船を攻撃した人間は別にいる。私の目的は、君を元来た宇宙へ帰す事だ』
「仮に攻撃したのが君達じゃなかったとして、何のメリットがあって俺を助ける?」
『宇宙国際問題に発展させないためだよ。攻撃された事実は変わらないだろうけど、地球人として君を生きて帰さなきゃいけない責務が私にはある』
「そうは言ってもつい先ほど君の同胞に警告なしに撃たれたばかりだ。どうやって信じろと?」
『君が根からの愛国者で、軍事機密のため殉職を選ぶと言うのなら私に出来るのは冥福を祈るぐらいだ。残念だけど私は君の意思を尊重する。でも可能なら、私は君の家族が待つ故郷へ帰してあげたい』
俺は腕時計のホーム画面にしている両親の写真を見る。俺の母星では徴兵制がある。自ら望んで軍人になる事を志願した訳じゃない。守りたいのは国と言うより家族だ。俺が死ねば親は悲しむ。老後の心配だってある。
母星の同胞には悪いが俺はまだ死ねない。俺はジェーンを信じてみる事にした。
「分かった。恥を偲んで頼む、助けてくれ」
『君が母星に帰るように最善を尽くすよ。まずは宇宙船の損傷部位と異常について報告して欲しい』
俺は言われた通りに損傷個所を伝える。口頭では説明しづらい場所は画像で送った。
『分かった。修理の部品はこちらで用意する。でも、その部品を私の権限で遠くへ持ち出す事は困難だ。ここから遠く離れた聖プディング大学と言う場所に直接取りに行ってもらう事になる。まずは目的地へ向かうための道具を支給するから、ここへ向かってくれ』
やはり部品を渡して終わりとはいかないか…。ある場所の画像と地図上の位置情報が送られて来た。ここから少し離れた公園のベンチの下に紙袋を置いてあるらしい。
『そこに新たな呼吸器と通信機を用意した。着いたら連絡して欲しい』
そう一方的に告げて切った。ここからそう遠くない場所を指定した事といい、どうやら墜落のおよその位置はバレていると考えて間違いないだろう。呼吸器の残り時間といいもうここは安全な場所ではない。俺は電源をオフにしてカモフラージュシートをかけると目的地に向かった。
ここは山の中だ。宇宙船から見下ろす事はあったが自分の足で練り歩く事になるとは…。しかし、俺は非常時に備えて訓練を積んでいる。俺は勉学で積んだ知識と訓練のシミュレーションを元に山を下って行く。
やがて人の気配のまるでない公園に到着した。遊具も1つぽつんとある程度で、明かりはない。しかし最低限の除草作業はしてあるようで紙袋の置いてあるベンチはすぐに見つかった。
辺りを確認するが罠の様な物は見当たらない。公園の辺りを探ってみたが見張りの様な人間も見当たらず、明かりもついてない民家が数件あるぐらいだった。奇襲の心配はない様だ。
俺は中身を確認すると白いブーメランの様な形状の布切れが1枚入っていた。これは何だ?それからインカムも手に入れた。このインカム…俺達の星の製品だ。なんで地球に?登録されている通信箇所は1つしかない。
俺はそれを使って連絡した。
『来てくれて嬉しいよ。私が君を罠にかける気はないと事は信じて貰えたかな?』
「今の所は。それより呼吸器とやらはどこだ?」
『そこの紙袋の中にある白い布だ。それをマスクの様に鼻に当てる様にして被って息をしてみて』
「こんな物で本当に呼吸が出来る様になるのか?」
『疑う気持ちはよくわかる。とにかく使って確かめてくれ』
…本当に罠にかけるつもりなら既に襲われているはずだ。それに山から下りて来て呼吸器の消耗も激しく残りが少ない。半信半疑ながら使って確かめる事にした。
「…できる。呼吸ができるぞ。ただの布切れにしか見えないが、一体どんな作りになってるんだ?」
『その布がその形、本来の機能を備えるまでに長い変遷を経たのは間違いなけど少なくともパンチュパカブラと言う異星人がこの星の地上活動を行う事を可能にするために作られたものじゃない。良く分からないけど何はともあれ君はこれで数時間は呼吸に困らずに済むはずだ』
「なんだこの布、故郷の匂いがするぞ」
『え?』
「兵役もかれこれ3年。まさか異星の布で懐かしの里の匂いを思い出す事になるとは。艦内でする匂いと言えば機械と油と料理の匂いぐらいだからな…。これは一体どこから調達したんだ?」
『え?え?パンツから故郷の匂いがするの???』
「パンツ??パンツってこの布切れの名前か」
『ああ。その布切れの名前はパンツと言う。君達は急所を守るためだけに防具を付ける様に、この星の民の多くは羞恥心から体を衣類で隠す習性がある。パンツと言うのはその衣類の下に更に着込み、二重に恥部を隠すための下着の事だ』
「異星人の文化は良く分からんな」
『まぁ…とにかく、君は目的地に向かう途中でそのパンツを現地調達しながら目的地に向かわなければならない。手段は任せるがあまり手荒な事をして目立ったりはしないでくれ。また、未着用のパンツでは効果が薄い。新品の店の物を盗んで被っても効果は得られないから注意が必要だ』
「了解した。…できれば5枚ぐらい欲しかった」
『…そう言うな。私が履くパンツがなくなる…』
その後、紙袋に入っていたパンツは大切に持参して返す様に指示された。通信を切ると早速と送られて来た地図から次の目的地を確認する。