月明かりに照らされ輝く虚の太刀が漁火の居場所を正確に捉える。寸分の狂いも許さぬ白刃の攻防はまるで湖で踊る妖精の様に美しかった。
交わる刃が火花を散らす。両者の視線が空中で交差した。お互いに鬼気迫る表情で、殺意に満ちていた。つい先程まで弱音を吐いていた人格などまるで消え果てた様に果敢に攻める。
痛みも疲れも感じなくなっている2人だが、元の怪我もあり漁火の動きはやや遅れていた。
虚が刀を大きく振り上げる。空いた胴が隙だらけに見えるが、下手に迫って斬ろう物なら刃が彼女の柔肌を割くよりも早く頭骨を叩き斬られる事だろう。
避けるにしてもその射程範囲から離脱するのは至難の業だ。漁火は左手の鎌で頭部を守る。虚の振り下ろした一撃は鎌を刃ごと一刀両断にした。しかし軌道が逸れた事で漁火に刃が通る事はなかった。
空振りに終わり立ちあがろうとする虚の肩を突き飛ばし、重心バランスが取れない隙に虚の首を狙う漁火。安定性を欠く体勢では満足に太刀を触れない。虚は左手で小太刀を抜いて反撃に出る。
漁火の斬撃が虚の首の皮1枚を切り、虚の小太刀が漁火の手首を僅かに斬った。お互いに距離を取って仕切り直した。
「やるな、裏切り者の分際で」
「お主らが私の一族を殺してくれたおかげで満足に技の伝授が出来なかった。私が強いのではない、お主が弱過ぎるのよ」
「あの世でお主の家族が待ち侘びているぞ」
漁火は2枚手裏剣を投げ、煙玉を投げる。虚は左手で2枚共受け止める。目の前に飛んで来た変わり身の人形を右手の太刀で斬る。
背後から攻めて来た漁火に手裏剣を投げ返す虚。手裏剣の1枚は漁火の頬を裂き、1枚は歯で受け止められた。そのまま鎌による連撃で虚を追い詰める。
「その生首、日輪家の玄関に飾ってやる」
漁火は手裏剣を咥えたまま器用に喋る。
「次にお主が渡るのは三途の川よ」
小太刀で鎌を捌こうとすると、口に咥えていた手裏剣を首を振って飛ばし虚の眉間に当てた。虚は目を見開き瞬きを必死に堪えた。血が鼻を伝う。
漁火が振りかぶり虚の首を刈りにかかる。虚は小太刀を捨て左手で漁火の鎌を持つ右手首を掴んだ。
「!!」
虚は半身引いて突きの構えを取る。漁火は無謀にも太刀を素手で止める気だ。
勝負が決まるや否やの時、2人の間に何かが飛んで来た。
「「?!」」
避ける事もままならず2人はそれに当たった。お互いに動揺しながら後ずさる。飛んで来たそれは鉄と皮でできた貞操帯だった。
意味が分からずお互いに見合わせる。
「2人共やめろ!これ以上争うな!!」
肩で息をするカブランがそう2人に言う。
「カブラン殿、どうしてここに…」
「止めるなと言ったはずだ!」
虚はカブランと漁火が知り合いである事に驚いている。
「いいや止める!刃を交える前に言葉を交わせよ!親のために生まれて親のために死ぬ、それが本当にお前の意思なのか?!」
「いいやカブラン、これは私の意志だ!日輪は私の家族を奪った!私の復讐だ!」
「復讐が連鎖を続けてるんだ!赦せとは言わない、せめて少しでも話し合う事はできないのか?!」
「ならん!奴は火の一族!死ぬ理由はそれで充分、馴れ合いなど必要ない!カブラン殿、下がってくれ!」
漁火も虚も戦いを止めようとしない。カブランは間に割って入り、片手にマチェットナイフ、片手に貞操帯で争いを止めようとする。カブラン自身も軍務で格闘の心得はあるが、2人の武人を相手を同時に捌くなど容易な事ではない。
それでも漁火も虚もカブランを斬るつもりなど毛頭なく、真っ当な斬り合いは困難になった。
「よせ、カブラン殿!手元が狂えばお主を斬ってしまう!」
虚が叫ぶ。彼女は得物が長いため誤ってカブランを斬らない様に捨てた小太刀を拾いそれのみでの戦っている。漁火は跳躍するとカブランの肩を蹴って虚ろに急接近した。まずい、あのままじゃ首を搔き切られる。カブランは必死に漁火の足首を掴んだ。勢いあまって一緒に倒れる。
倒れたままの漁火の背中に太刀を振り下ろそうとする虚。カブランが落ちていた貞操帯を拾って彼女の顔に投げる。
「ええい止めてくれるな!」
「カブラン、その手を離せ!日輪は私が殺す!!」
「いい加減にしろ!!」
虚もう一度太刀を突き刺そうとする。カブランは漁火の足首を引っ張って後ろにずり下げる。虚はよほど力を込めて突き刺したらしく、太刀が抜けなくなった。漁火は高速で身をよじってカブランの拘束から抜ける。
そしてシャチホコの様に体をのけ反らせると両手で地面をついて体を起こす。そして鎌を握り虚に向かっていく。
「ならば!!」
カブランは漁火の背後から頭にジェーンのパンツを被せる。
「うわっ!前が…」
「今斬り殺すと絵面が酷い事になる…」
懇話する虚にカブランは漁火から煙玉を奪いそれを地面に投げつける。あたりが見えなくなった所を正面から漁火のパンツを頭に被せた。
「おわっ!何をする!」
2人共被ったパンツを取ってカブランにどういうつもりなのか尋ねる。
「お前達は今、目先の相手に気を取られて第三者による襲撃を防げなかった!あれがパンツじゃなきゃお前達は既に死んでる!はいこの戦いはおしまい!!」
漁火も虚もポカンとしている。そしてお互いに見合わせると、ため息をついて武器をしまった。俺は虚の太刀を引き抜いて返す。それを漁火に向けたりもしなかった。ひとまずは停戦に成功したようだ。
俺達は少し前に雨宿りした橋の下に向かった。俺が魚を獲り、虚が魚を捌き、漁火が火を起こした。魚を焼きながら皆黙って火を囲む。虚はそわそわと落ち着きがなく、漁火はどこか明後日の方を向いていた。
しばらく黙っていると漁火は貝を取り出し、中のゼリー状の物を傷口に塗る。傷薬の類の物の様だ。
「家系代々殺して殺されていた相手と一緒に火を囲んで食事をするなど考えた事もなかった」
漁火がぼんやりと言う。
「私もだ。気が変になりそうだ、カブラン殿も何か話してくれ」
「実は俺、コスプレとか特殊メイクじゃなくて本当に宇宙人なんだ」
2人して笑う。まぁ普通に暮らしてて宇宙人を名乗る奴がいたらおかしいもんなんだろう。俺がまだ母星で暮らしていたころにノーティアスを名乗るパンチュパカブラがいたら俺も笑ったはずだ。
しかし全く正直な事を言って笑ってもらえるのだからこちらも気が楽でいい。
「漁火、あの事話してくれないか?」
「話してる途中で斬りかかられては堪らんのだが」
「善処する」
「まぁその時は俺が頑張って止めるよ」
漁火は灯火と重里について話した。主君、時実が死んだのは確かに影忍者の毒によるものが原因なのは間違いないが、それを仕込んだのは重里と言う話についてだ。虚が刀を抜くのは今か今かと思っていたが、案外と落ち着いて聞いていた。
話し終えると漁火はため息をついて首を横に振る。
「どうせ信じて貰えないだろうが」
「漁火、何故火の一族の毒が重里の手に渡ったと思う?」
虚は急な質問を投げかける。
「それは、恋仲になった事を良い事に言い寄って…」
「見せしめのための毒だ。用いれば火の一族が使ったことが一目瞭然になる。そんな毒を故意に盲目だったから渡しただなんて本当に思うか?」
漁火は考え込む。確かに考えてみれば変だ。恋仲にあると言えど、そんなものが欲しいと言えば不審がるのが普通じゃないのか。それほどまでに夢中になっていた?いやしかし…。
「更に重里の手記によれば火の一族の本拠地を襲った際にはほぼもぬけの殻で、探し出すのは苦労したと言っている。火の一族を謀るつもりだったなら先手を打って打ち滅ぼす様に仕組んでおくのが普通じゃなかろうか」
「う、嘘を言え!私は確かに祖父から…」
「それに火の一族は凄まじい情報網を使い様々な国を欺き陥れた。恨みを買って回った割には寝返った時に他国に随分とすんなり受け入れられた事を不思議には思わないか?」
「それは…。し、しかしそれなら散り散りになった影忍者が残り私だけなんてどうして分かる?逃げ延びた影忍者がいてもおかしくないであろう。それに、忠誠心が嘘なら代々火の名前を継いだりは…」
虚は深く頷いた。
「漁火、私が言いたいのは火の一族が間違ってて日輪が正しいと言う事ではない。お互いに話す事実には食い違いがあって、必ずしもどちらかが言ってる事が全て正しいという事はなく、私達には確かな事実関係を知る術はないと言いたいのだ。お互いの先祖が事実に嘘を盛ってる可能性は充分にある」
「うむぅ…まぁ、そうだな」
虚と漁火は同じタイミングで焼き魚の串を取り食べ始める。俺も同じように焼き魚を食べ始める。
「…もっと早く話し合う事があれば、数百年もかけて殺し合う事もなかったかもしれないな」
漁火はため息をつく。
「恐らくそれはない。少なくとも私はどちらの主張が正しいなどお構いなしに火の一族を滅ぼして永らく続く因縁を断つ事にしていた。戦いの手を止めた理由とてカブラン殿の一飯の恩あってこそだった」
虚は魚を器用に食べて次の魚を食べる。頭から食べて骨だけ出す芸当に漁火が二度見した。漁火も真似しようとしてむせた。邦国なら誰でもできると言う訳でもないのな。少し安心した。
「…食事が終わったら戦いを再会しようとか言い出さないよな」
俺は2人に尋ねる。漁火と虚はお互いに顔を見合わせる。漁火は頭を掻いて笑った。
「私はカブランに殺されたからな。死体は復讐できん。これからは第二の人生を送ろうと思う。虚が襲って来た場合はそうも行かんが」
「火の一族の漁火はもう死んだ。私も役目を終えた。後は死に場所を探すだけだ」
この国の言葉は分からない。金を稼ぐ手段も知らない。今日まで辛うじて生きて来た程度に飢えていて、もう母国に帰る手段もなくなっている。元より生きて帰る様には考えられておらず、片道切符でここへやって来た。そんな状況に彼女がいる事を俺は漁火に伝えた。彼女は頬にできたカサブタのあたりを掻いた。
漁火は2本目の焼き魚を食べ終える。
「逃げる算段を立てる過程でこの国の言葉は学んだ。ボロ家だが住まいはある。稼ぎはいいとは言えないが一緒にやって行く事はできるだろう。野垂れ死ぬぐらいなら私の元に来い」
虚は驚いて漁火を見る。
「いや、しかし…」
「私はただの漁火。お主はただの虚。それでよかろう。過去は変えられないが忘れる事はできる。それに、異郷で1人過ごす夜は寂しい」
「かたじけない、言葉に甘える」
2人はそれぞれ生き方を見つけた様だ。彼女らなら、きっと力強く生きていける。俺は安心してここを離れられる。そろそろ行かなければ。俺は立ち上がった。
「カブランはどうだ?住む場所はあるのか?」
歩き出す俺に漁火が話しかける。
「ここにはない。でも帰るべき場所がある。君達はもう争ったりはしないはずだ。安心してここを発てる」
「そうか、残念だ。…カブラン殿、最後に素顔を見せてくれないか?またどこかで会えたなら、ゆっくりお茶でもして語らいたい」
虚の言葉に漁火が頷く。2人して俺の素顔が気になるらしい。俺はミーシャのパンツを取った。
「俺が宇宙人だと言う話、あれは冗談じゃなく本当なんだ。これが俺の素顔だよ。騙す様で悪かった」
そう言ってジェーンのパンツを頭に被った。ミーシャのパンツは虚に渡した。今の彼女は下に何も履いてない。虚はお礼を言いながら受け取った。手持ちのパンツは漁火のパンツ1枚にジェーンのパンツ1枚。次の食料調達とパンツの調達は何とかなるだろう。
2人は未だに半信半疑の様だが、まあ信じろと言う方が無理がある。
「もう会えないのか?」
漁火が肩を落とした。
「またここへ来る用事がある。運が良ければまた会えるだろう。それまでのお別れだな」
来た所で知らせる方法がない。おそらくこれが今生の別れになる。奇跡の様な偶然で会えたならそれも縁、そうじゃなかったらそれまでの縁だ。お互いに分かっているだろうからそれ以上は言わなかった。
「達者で、カブラン殿」
「左様なら」
「元気でな」
2人は手を振る。俺も同じジェスチャーをしてその場を去った。
物陰に入りジェーンに連絡するが、やはり返信はなかった。
身内が星砕きのラダーンと激戦を繰り広げるので執筆活動に身が入りませんでした。まだかかりそうです。気長にお待ちください。