俺は下水道を通り、再び聖ブディング大学を目指した。今度は襲撃者…タベル大佐の襲撃を警戒しながら。殺すつもりなら既にやってるはずだ。なのに俺を逃がした。彼の目的は俺の抹殺じゃないのか?
今は食料もパンツもちゃんとある。精神的な余裕もあって下水道は落ち着いて抜ける事ができた。聖ブディング学園へつながるマンホールから外に出た。ジェーンが言うにはカメラの処理はしっかりしているはずだ。
「ジェーン、聖ブディング大学に侵入した。今から中庭の倉庫に向かう」
『いや、作戦を変更する。今君のいる場所から駐車場側に向かい、中庭へ向かう途中にある渡り廊下から壊れかけの胸像がある方の扉に入るんだ』
位置情報のデータが送られてくる。俺はその場所を確認した。
「了解」
俺は言われた通り駐車場へ向かう。物音や光に細心の注意を払うが、人の気配らしいものはまるで感じられない。あまりにすんなりと事が運ぶので罠なんじゃないかと疑わしく思うのだが、結局中庭付近まで警備らしい警備もいなかった。
中庭に向かう途中の渡り廊下を見つけ、近くに頭部への破損具合が酷い胸像を見かけた。その近くの扉から校内に入る。
『そのまま道なりに真っすぐ進むと突き当りに階段が見えてくる。その右側に一見ただの空きスペースに見える場所にエレベーターのドアがある。その前で待機しててくれ』
「了解」
言われる通りに廊下に進みエレベーターのドアの前に来る。よく見るとエレベーターには古い紙に故障中という文字を書いた張り紙がしてあった。
「故障中って書いてあるぞ」
『生徒諸君が悪戯半分に押すのでな。困ったものだ。使えるから安心していい』
「…ジェーン、ひょっとして何か怒ってるのか?」
「なんでだ」
「いや、何か喋り方がとげとげしい気がしてな」
『ふむ…あたしはエレベーターを降りた先の部屋で待ってるニャン♪ご主人様、早くおいでませニャン♪ニャンニャン♪』
ジェーンがおかしな事を口走っている。
「熱があるんだな…すまない、俺が無茶をさせるから…」
『どうして謝る…まるで私がスベったみたいじゃないか』
やって来たエレベーターに乗った。行先は地下1階しかない。…ジェーンの手引きがあるとはいえ、こうも簡単に上手く行くとは。なんだか拍子抜けだったな。とはいえ、元はと言えば俺の宇宙船が撃墜されたのも相手を地球人と思って気を抜いていたからだ。今一度気を引き締めた。
やがて地下1階に着いた。まるで小さな体育館の様な広い場所で、たくさんの機材と紙が置いてあった。宇宙船の模型も置いてある。奥にももう1つ扉があるが、実物はその先だろうか。
「遠路はるばるよく来てくれた。礼を言うぞカブラン」
ジェーンの声が聞こえた。宇宙船の模型が飾ってある台の後ろから、露出度のやや高めの際どい格好をした女性が現れる。身長は高くなってて全体的に凛々しい顔立ちになっているのでわかりづらかったがおそらくジェーンだ。
「随分大きくなったな、ジェーン。人間ってこうも急成長するものだと知らなかった」
「残念だったなカブラン。貴様がジェーン…及びロレッタだと思って通信していた相手は…この私、ミランダだ!!」
「なんだって!??」
声色がジェーンから一転、年相応の凛々しい声色に変わる。なるほど、ミランダ…ジェーンの母親か。
「ジェーンはどうした!!」
「優しいなカブラン、この期に及んで私の娘の心配か。おいたが過ぎるからちょっと縛って私の部屋で大人しくさせている。あの子のためを思うなら、抵抗せず投降するんだ。君に危害を加えては娘も悲しむ」
ジェーンは彼女の娘だ。抵抗すれば危害を加えるなんて事はないだろうし、俺が捕まるのはジェーンにとって本望ではない。捕まるべきではないし抵抗すべきだ。しかし、フィジカル面で俺に勝ち目のないはずの彼女がただ何の対策もなく俺の前に出て来たとも思えない。
とにかく彼女を無力化させ、宇宙船から故障個所のパーツを取らなければ…。
『カブラン君、遅くなってごめん!返事をせずに聞いて欲しい。今、母は特殊繊維でできた強化スーツを着ているはずだ。それは人工筋肉の役割をしてて…えっと…つまり、今はとにかくとっても強い!』
今度こそ本物のジェーンから連絡が来た。焦っているせいかいつもよりも説明がアバウトだったが、大変分かりやすかった。どうにか拘束を解く事ができたらしい。あの変な格好は見た目に反して非常に強力な物らしい。俺は構える。
「抵抗するか…ならば力づくで従わせる!!」
少し屈んだかと思うと凄まじい速度で急接近して俺に攻撃を仕掛けてくる。辛うじて目で追えたため初撃を回避できた。続けざまに攻撃が放たれる。動きはまさに素人のそれだ。しかし威力も早さも半端じゃない。
ミランダの右フックを腕でガードする。強い痛みが走る。とてもまともに受けられたもんじゃない。次の攻撃は辛うじて回避し、距離を置く。
『母の強化スーツの出力は母のパソコンから調整できたはず。パソコンの場所のおよその目処はついてるから、しばらく耐えて欲しい』
拘束が解けただけじゃなく、部屋も脱出できるらしい。ジェーンの天才的なひらめきで状況を脱することができたのか、あるいは単にミランダのやり方がザルなだけなのか…。何はともあれ無事そうで良かった。
相手がジェーンの母親となれば殺すわけにはいかない。自己防衛のために多少危害を加えるぐらいは仕方ないだろうが、傷の程度によっては無事じゃすまない。これは骨が折れそうだ…。
ミランダの攻撃をどうにか捌きながら彼女と会話を試みる。
「おい、大佐に何を唆された!」
「フフフフフ…セックス。セックス、セックス!」
ミランダはそう叫びながら凄まじい蹴りを入れて来る。
「正気か!?」
「真夜中に何もかも投げ出したくなって、1人泣いた事があるか?」
俺を壁際に追いやったミランダが頭突きをしてきた。何とか回避したが、頭は強化スーツで強化されてる部分ではない。何を考えているんだ…。
「何もかもが嫌になった時、私は大声で下ネタを叫んだ。何かから解放されたみたいでとても気持ちが良かった」
「お、おい…ちょっと休めよ…疲れてるんだよ…」
「家じゃ母親を!生徒の前じゃ先生を!職員の前では社会人を!休む場所などどこにもありはしない!!作られた上っ面を演じるたびに、抑圧された私がどこまでも膨らんでいく!やっと来たチャンスを前にお前と言う存在が私を搔き乱す!!どうにかなってしまいそうだ!セックス!!」
回避した先にある机を真っ二つに叩き割った。感情が高ぶるほどに威力は増していっている。あんなものに当たってしまっては無事じゃ済まない。強化されているとは言え、体の負担が全くない訳ではないはず。本当にやばいのは強化スーツ以上に彼女の内に溜まり過ぎたフラストレーションかもしれない。
彼女の俊敏なパンチを腕で軌道を変えて何とか回避して逃げる。
「私には同じ師を持つ兄弟子の様な存在がいた。心から信じていたのに、研究成果を横取りされた!!夫は本当に辛い時に限って他の女とドロン!!学生時代に仲良くしてた友達は疎遠になって、SNSでパリピしてる!!」
「お、おおう…」
「こんな事になるならもっと遊んでおくべきだった!!研究なんて馬鹿真面目にやるべきではなかった!!!人間社会、やったもんがち!真面目な奴ほど損をする!人仕事が忙しくて、構ってなかったから、ロレッタが最近やけに甘えて来る!!!私だって誰かに甘えたっていいじゃないか!!!!私だって望んで大人になったんじゃないんだよ!!!!!」
内心同情しているとまともに彼女のパンチを左手首に受けてしまった。しびれて動かなくなった。これはまずい。痛みで今が戦闘中である事を再認識しながら回避に専念する。
『ぐずっ…お母さん…』
やばい、ジェーンが泣き出した。このインカム、自動で声と認識した音を拾うから聞かせない様に配慮もできないんだよな…。ジェーンほどじゃないが俺も辛い。
「宇宙人のテクノロジーの解明が進めば、生態について分かれば!世界をあっと言わせる研究成果があれば!!私の灰色の人生に彩りが戻る!大佐が私を助けてくれる!!私のために、ロレッタの将来のために、お前はここで捕まるべきなのだ!!!」
「お母さん!!!」
俺が乗って来たエレベーター側のドアからジェーンが入って来た。ミランダはその場で飛び上がって物陰に隠れる。パソコンは見つからなかったのか、あるいはもうここへ飛び込んでくる方が早いと思ったのか…。いや、本音を聞いて会わずにはいられなかったんだろう。
「何故だ?!縛ってたしパスコード入力しないと外には出られないはず!!」
「縛りは緩すぎるし、パスコードも想像通り私の誕生日だったし…」
「う……痕が付いたりしては可哀そうだと思ったのが仇になったか…」
誕生日をパスコードにするのはやめようね。
何だかんだ不満はあっても自分の娘を愛する気持ちは本物のようだ。ジェーンは半泣き顔で隠れている母親の近くまで歩み寄る。
「お母さんがお金の事で苦労してるのは知ってたよ。私がお母さんの足枷になってた事も。いっぱい迷惑をかけて私、親不孝な娘だと思う。それでもこんな事間違ってるよ。私今に勉強してお金を沢山稼ぐから。暮らしを楽にさせるから。こんな事はもうやめにしよう…」
物陰に隠れたミランダは床を強く叩く。
「お金を稼ぐ事がそんなに容易ならこんなに私は困ってない!お前は知らないだろうが、世の中はどんな手段を使ってでも結果を残したものが勝者になる!大人同士のビジネスの話だ、子供は子供をやって大人の事は大人に任せておくんだよ!!!」
「お母さんがその気なら、私も手段を選ばない」
そういうとジェーンは自分のパンツを脱いで頭に被る。
「セックス!!」
「言うな!」
「おっぱい!!!」
「よせ!!やめろ!!!」
「おちん…」
「私が悪かった!!もういいやめてくれ!!!」
ミランダが飛び出すと泣きながらジェーンが頭に被ったパンツを取って抱きしめる。
「分かった…私の負けだ…だから下ネタを言うのはやめてくれ、頼む…」
「うん…うん……お母さんもね…」
俺は目の前の不器用過ぎるな親子愛を眺めながら立ち尽くしていた。
まあ何はともあれ今の彼女たちの世界に踏み入るべきではない。この辺にある機材は宇宙船について調べるための物のはず。とすれば肝心な宇宙船はこの先にあるはずだ。奥にある部屋に入った。
先ほどの部屋と同じように広い部屋があり奥には宇宙船があった。カーグの物で間違いないだろう。しかし、宇宙船の前には見知った男がいた。その男はこちらを振り返る。
「正直気まずくてどうしようか迷っていた所だ。来てくれて嬉しいぞカブラン」
「大佐…」