「カブラン君…」
声が聞こえた。ジェーンだ。彼女は俺の肩に手を置いている。
「終わったよ。全て終わった…」
俺は静かにタベルおじさんの死体を静かに置いた。
「これからどうする」
ミランダが尋ねる。
「俺は母艦に戻り、カーグは見つからなかったと報告する。ここに大佐はいなかった」
「分かった。死体はこちらで埋葬するが…」
「すまない、頼む」
持ち帰る事はできない。大佐はここにいなかったのだから。ここで死んでる男はただのタベルおじさんだ。俺に優しくしてくれた、尊敬する人だ。そして死んだ。俺が殺した。その事実が発覚する事はない。
俺達は協力して宇宙船の故障個所のパーツを取る。元来た山まではミランダが送ってくれるらしい。俺はミランダに大佐が目論んでいた事を話す。
「…知ってても協力関係を解消する事はしなかったと思う。私にはロレッタがいればいい。国にも星にも大して執着がないからな」
「そうか…」
「あるいは単純に彼の人柄?ってやつが好きだったのかもしれない。ミステリアスで危険で、なのにどこか妙な所が人間臭くて。何というか…傍に居てあげなきゃって気がした」
「それは分からんでもない」
パーツを取り終えるとミランダが近くのドアの電子ロックを解除した。その中にもエレベーターがある。こっちの方が早いというので俺達は一緒に乗った。大佐がいない今、ミランダを警戒する理由もない。
地上へ向かう中、俺はぼんやりしていた。ジェーンが俺の手を握る。
「カブラン君、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
俺もジェーンの手を握り返す。
エレベーターは裏庭に続く駐車場付近に出た。ミランダは車のキーを使ってロックを解除すると、パーツを中に入れた。中で揺れ動いては危険なので後部座席に俺が、助手席にジェーンが乗った。
車の窓は外から見えづらいものになっている。今が真夜中なので猶更だ。だから、車窓から外の風景を気兼ねなく見られる。通り過ぎる風景の1つ1つが俺の中で思い出になって行く。つい最近の出来事の何もかもが遠い昔に思える。
そう思うと少し寂しい気がした。
「カブラン君とはもう…会えないんだよね」
ジェーンが俺に言う。
「俺はまだしばらく地球探索の任務を志願する。だが、本来地球人との接触は越権行為になるからな。簡単じゃない」
「そっか……」
「だが、俺はいつかこの星に妹を連れ帰りに来る。その時なら恐らく会える」
「「妹?」」
ミランダとジェーンが尋ねる。
「色々あってな。この星には生き別れの妹がいるんだ。当人たちの生活もあるだろうから、一個人的な裁量で話していいか分からん。気になるならミーシャに聞いてくれ」
ミランダはジェーンの顔を見る。ジェーンは悪戯っぽく笑ってごまかす。あの子達との関わりは母には話していないのか。悪い事をした。
「俺のためにここまでしてくれたジェーンに何もできないのが心残りだ」
「それ、それだよカブラン君」
「?」
ジェーンは振り返りながら不満そうな顔をする。
「私は咄嗟に偽名を使ったけどもう君は私の本名を知っているし、今更他人行儀に偽名で呼ばなくてもいいじゃないか。私だって君を本名で呼んでる」
俺は地球人が俺の本名を知った所で困るような事はないだろうと思って本名を名乗った。ジェーンと言う名前が本名かどうかは大して関心がなかった。どのみち、タベルおじさんと繋がっていたので俺の本名は前もって知っていたようだが。
「これまでずっと君をジェーンと呼んできた。この方が俺にとってはしっくりくるんだ」
「ダメだカブラン君。私の名前を本名で呼ぶ、それが君にできる私への恩返しだ」
「…ロレッタ」
「やっと私の事を本名で呼んでくれた」
ミランダが首のあたりを掻く。
「なんだこの体中の血管が内側からむず痒くなるような感覚は」
それ以降はお互いに何も言わなくなった。俺はただ外を眺める。漁火と虚は今後上手くやっていけるだろうか。また争ったりしないだろうか。俺がその間に割って入る事ができたなら、殺し合いはしなくて済むかもしれない。…いや、信じよう。彼女たちは新たな人生への一歩を踏み出したのだから。
ミーシャは…とても強い子だ。ちょっとドジだけど、俺なんかがいなくてもずっとやっていける。彼女がついているのだから、ソロルだってきっと上手くやっていける。
カラメル町を抜け、少しずつ元来た山に戻って行く。
「本名で呼ぶと情が移ってしまいそうだ」
頭で考えたことが思わず口に出る。
「…移ってしまえばいい。私がいなくて、辛くなってしまえばいいんだ」
ロレッタが俯きながら言った。
「ロレッタ?」
ミランダが尋ねる。ロレッタは落ちる夢を見た時の様にビクッとしてこちらを振り向く。
「あっ、いや、今のは違うんだ!つまりその…」
ロレッタはわたわたてお身振り手振りして何か話そうとするが、結局言葉が思い浮かばず前に向き直す。
「不謹慎なのはわかってる。でも、君と連絡し合って…同じ秘密を共有して…心のどこかで、君と一緒にいるのが楽しいって感じてたんだ」
「俺もだ」
ロレッタから初めてパンツをもらったあの公園の近くで車を止める。ロックをかけて、一緒に宇宙船に向かった。
パーツさえ揃っていれば修理はそう難しくなかった。もとより不慮の事故の際はパイロットがある程度は修理できるように考えられているからだ。まあ今回の故障個所は備品でどうにかならかったから山を下りる事になったが。
無事に宇宙船が起動したのを確認すると、宇宙船の中の大気を整える。これでもうパンツともお別れか。
「母艦に帰るまでに事故を起こさないようにな」
色々あって未だに気持ちの整理ができていない。帰りは上の空にならない様に気を引き締めなければならない。頭では考えていたが、その事を改めて注意してくれるミランダの気遣いがとても嬉しかった。
「ありがとう、ミランダ。達者でな」
ロレッタは後ろを向いたままだった。
「ありがとう、ロレッタ。君に会えて良かった」
彼女は何も言わない。僅かに肩が震えている。俺はポーチの中のロレッタのパンツと頭に被ったロレッタのパンツをミランダに差し出す。
「ミランダ、これ、ロレッタが俺のために貸してくれたんだ。呼吸器として大事に使わせてもらった。地球人にとっては抵抗のある事だったと思う。心から感謝している」
頭には漁火のパンツを被った。もう呼吸器としてはあまり使えないが、宇宙船が近くにあるのでそれまでちょっと呼吸が苦しくなるだけだ。
「持って帰って!!!」
ロレッタが振り返る。涙をぼろぼろとこぼしていた。
「ロレッタ、しかし…」
彼女は俺の元に駆け寄る。俺は膝をついて目線を合わせる。
「それ、貸すから…また返しに来てよ…」
ロレッタの涙の抗議を突っぱねるほどの無粋さを俺は持ち合わせていなかった。ミランダが差し出すので俺はそれを受け取りポーチに入れる。
「ああ。必ず」
俺とロレッタはどちらからともなく抱き合った。時間が許す限りそうしていた。
やがてお互いに離れると、俺は宇宙船に乗ってドアを閉めた。そして、2人が少し離れたのを確認してから出力を上げる。彼女らが手を振るので、俺も同じように手を振った。
それからは、振り返らずに空に帰った。
ここまでの内容を1話にしようと思って書き出して、今ここに至る←
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