家はどれも古く床が軋みそうだ。下手に行動すれば家主にバレてしまう。持参してた携帯呼吸器を使い切る頃、人の住んでる気配のないボロ家を見つけた。元いた住人が残して行ったパンツがあるかもしれない。そう思って俺はジェーンのパンツを頭に被って家に入った。まさか、その家が世を忍ぶ影のテリトリー内だとは知りもせずに。
ジェーンからもらったパンツ…これで何時間持つのかは分からない。だが、やはり1枚では心許ない。元よりこのあたりが田舎で過疎っている事もあるが、深夜近くな事もあり住民は外を出歩いていない。月も厚い雲に隠れていて視認性も悪い。誰にも目撃される心配もなくパンツを調達するのにこれほど好条件の整った環境はないだろう。
さて、どの家に入ったものか…。どの家も建築からそれなりに経ってる様で所々が傷んでいる。下手な家行き歩けば床が軋み、音で侵入者を察するかもしれない。こういう時どんな家に入ればいいのかこの星の民であるジェーンなら詳しいかもしれない。俺はインカムのボタンを押してジェーンに連絡を入れる。
「ジェーン、少し聞きたい事がある」
『くー…すぴー…くー…』
聞こえるのは寝息だけだった。少しして通信が切れる。俺からの通信にすぐに出られる様にオートで応答出来る様にしてるのかもしれない。しかし、プライバシー的にはそれでいいのか?
まぁ就寝中なら仕方がない。俺は自分で村を歩いてより盗みやすそうな家を探る。これが意外に時間がかかるもので、緊急用で元より残量の少ない携帯呼吸器を使い切ってしまった。しかし探して回った甲斐あって中にまるで廃墟の様にボロボロで人が住んでいそうな気配のない家を見つける事に成功した。
「いい物件を見つけたな。ここなら住民が置いたままの衣類があるかもしれない」
俺はそう言ってジェーンのパンツを頭に被り家の中に入った。耳を澄ませるが物音ひとつしない。よし、ここなら住民と遭遇せずにパンツを盗めそうだ。まとめて4、5個ぐらい持って行こう。どんどん奥に入り、タンスのある部屋まで来た。人もいないのだから物音に気を配る事もなく気楽でいい。
この辺りは畳と呼ばれる敷物が並べられている。今は荒れているが、昔はどんなに綺麗な作りだったのだろう。貴重品の様なものは見当たらないがボロい人形やどこのものか分からないドアノブ、錆びたマイナスドライバーなど住んでいた住民の生活の想像が掻き立てられる。
物陰から音がして振り返った。あれは確か…猫だ。猫は飛び出しどこかへ去って行った。ただそれだけの出来事だが、誰もいないと思ってすっかり油断をしてしまっている事を自覚して気を引き締め、改めてタンスの中を調べた。
「!!」
タンスに手をかけたところで動きを止めた。物音はしない、影も形も見当たらない。しかし肌にひりつく殺気がこの空間に何者かがいる事を示していた。
振り向いて構えるがそこに人影はない。
頭で疑問に思う頃ら身体は勝手に動きその場を離れて回避行動を起こしていた。俺がいた場所に2本の手鎌が刺さる。遅れて黒ずくめの人間が落ちて来て手鎌を拾う。俺が振り向いていた瞬間、どうやら天井に張り付いていたらしい。
「よくぞ回避なさった。手練れの刺客とお見受けする」
声色は女の子だった。良く見ると長い髪を後ろに垂らしている。身長は低く、愛らしく大きな両目がこちらを向いている。
「何だお前!」
「何だとはご挨拶な。お主、日輪の差し金でこの影忍者、漁火を殺しに来たのだろう」
「日輪…??」
「問答無用!!」
漁火は素早い足技で攻撃を仕掛けて来る。体勢を崩しそうになればすぐに手鎌による追撃が来る。暗闇で四肢を使った鋭い連撃、これを捌くのは容易じゃなかった。月を隠した厚い雲の作る闇は、今は彼女に味方している。
回避し損ねた所に飛んでくる鎌による斬撃を前腕で受け止める。
「ぬう…この手応え、どんな鍛え方をしたらこんなに頑丈になるのだ」
雲に隠れていた月が顔を出し、明かりが入り込んで来た。相手は俺の顔を見るなり驚いて後ろに下がる。
「お、おおおおお主!なして頭に下着を被っておる!」
「突っ込むところはそこなのか…」
俺の容姿ではなく、俺がパンツを被っている事に驚いて攻撃の手を止めてくれた。今なら話せるかもしれない。
「込み入った事情があってやむを得ずパンツを盗みに来た。断りもなく侵入した事も盗みを働こうとしていた事も謝るが、日輪とやらの差し金でもなければ命を狙いに来た訳でもない事は伝えておきたい」
「パンツ…?お主、下着を盗みに来たのか?こんな家に?」
「着用者への深い拘りはない。パンツならなんでも良かった。身勝手は百も承知だが、何卒パンツを譲って貰えないだろうか?」
彼女は顔を真っ赤にして再び手鎌を構える。
「何と破廉恥極まりない…!お主には下着の代わりに六文銭をくれてやる!」
言葉の意味は分からないが戦いが避けられない事は分かった。彼女は顔の前で両手の指を開くと、指の間に小さなガラス玉の様なサイズの何かが挟まれている。彼女は勢いよくその玉を地面に叩きつけると煙が噴き出して辺り一面が見えなくなる。
せっかく月が出てもこれでは周りが見えない。一体どこだ、どこから攻めて来る?辺りを見渡すが一向に攻めて来ない。
一瞬、黒い影が過った。俺はそれを掴む。
「!!!」
違う、これは服を着せたただの人形だ。
「忍法変わり身の術!馬鹿め、騙されおって!」
そう言いながら背後から縄を用いて俺を瞬時に縛り上げる。両腕を胴体に結びつけられ自由が効かない。更に蹴り技を出して来たが、俺は彼女の蹴りを蹴りで受け止めて後ろに下がった。訓練で培ったバランス感覚が活きたな…。
「そのまま大人しく倒れておればよいものを、しかしその悪あがきもここまでよ!」
再び煙幕を張った。クソ、今度はどこから来る…。前を影が過った。こっちをフェイントと思って背後を振り向いたが、その影はそのまま襲って来る。彼女は俺の膝関節を後ろから蹴って俺を中腰にさせる。
更に俺の首に飛び乗った。俺の背中の棘に刺さりかけた様で短い悲鳴を上げた。
「ふぎっ!このトゲ本物じゃないか!」
どうやら俺の事を着ぐるみか何かだと思っていたらしい。彼女は背中からトゲのない俺の正面に回り、太ももで俺の首挟んで絞めつけながら自分の体ごと後ろに倒れる。腕が無ければとても立てない。文字通り俺は倒されてしまった。
両腕は使えない。うつ伏せにされたまま漁火の脚で首を絞められていて身動きもままならない。
「ふぅ…手こずらせおって。大人しく観念せい」
彼女は更に太ももに力を入れる。人間と馬鹿にできない筋力で徐々に呼吸が苦しくなる。
「さぁ、下着泥棒から足を洗って改心すると私に誓え」
それはできない。俺は黙って為すがままにされる。息苦しいが我慢する。
「なんだ。何故、何も言わない。頭に下着を被るような変態には、首絞めは返って喜ばせるだけなのか…??」
「…いい匂いだ。お前のパンツ、ますます欲しい」
俺はそう言いながら首に力を入れて気道を確保しながらわざと鼻息を聞こえる様に立てて呼吸をしてみせる。俺の首を絞める足の力が緩み、彼女は蜘蛛の様に脚をバタバタとさせつ後退り俺から距離を取った。
「ぐぬぬぬぬ、この期に及んで私を辱めるか!更生の余地ない変態には死を!!」
俺はバレないように密かに指の爪で切っていた縄を解く。彼女は手鎌を1つぶん投げる。俺は畳を爪で突き刺し、上に持ち上げてめくって盾にした。手鎌は畳に深く刺さった。これで得物は1つ減った。
「畳返し!?ならば!」
三度、煙幕を張る。もう既に2度は食らった、次はその手は食らわない!!
「その首取っ…てない!?」
俺は畳で隠れてる間に人形を拾い、煙幕を張った瞬間に天井に張り付き人形を投げ、人形を俺だと思い襲った彼女の背後に向かって飛び降り、突き飛ばした。
思わぬ不意を突かれた彼女は四つん這いになる様に前方に手を突いて倒れる。俺はその隙に彼女のスカートに手を突っ込み、肌を爪で傷つけない様に指の腹を器用に使ってずり下げ、引っ張って脱がせた。
彼女はすっかり戦意を失い、ただスカートを押さえて目に涙を浮かべ悔し気に俺を睨んでいる。
「術を破られるのも、敗れるのもそう悪い気分ではない。敗北は慢心と傲慢を砕き、漠然としがちな修行に明確な目的を与えてくれるからだ。しかし、しかしその相手がよもや頭にパンツを被った変態とは何たる屈辱。ぐすっ、舌を噛み切って死んでしまいたい…」
「一身上の都合で乱暴で無礼な振る舞いをした事を謝る。しかしこの星での活動はパンツを頭に被らなければ呼吸もままならない異星の身、どうか許して欲しい。しかしあなた程の武人、可能ならもっと違う形で出会い手合わせがしたかった」
このまま放置すると本当に自害してしまいかねない勢いだったので、可能な限りの心からの謝罪をする。俺も母星で暴徒鎮圧のため大佐の指導の元、格闘への心得はある。人間との体の作りの違い、体格差、年齢差も感じさせない熟達の身のこなし。戦った相手として尊敬の念を抱いてるのは本心だ。
俺はパンツをポーチにしまった。
「ふん……」
拗ねた様にそっぽを向いた。俺は少しズレかけているパンツを被り直し玄関に向かう。
「待て」
漁火が俺を呼び止めた。彼女はタンスの横にある小さな葛籠からパンツを1枚取り出すと俺に投げる。
「1枚でも多い方が良いのだろう?餞別だ、持って行け変態」
これだけあれば次のパンツを手に入れるまでに一度仮眠を取る余裕もできそうだ。俺は拳を胸に当て最大の感謝のジェスチャーをしてお礼を言う。
「お心遣い感謝する」
「何やら事情は良く分からんが、お前の旅路の幸運を祈っている。…それから、もしこの山を降った先の町に寄るなら日輪と言う侍に近寄るな」
「分かった。忠告ありがとう」
日輪…。そう言えば漁火は俺を日輪と言う人物の依頼で殺しに来たと勘違いしたのが戦いの始まりだった。彼女がここまで言うのだから、危険人物なのだろう。顔が分からないため意識して避ける事はできないが、そもそも人間と遭遇する事は避けて行くつもりなのでどんな顔でも関係はない。
一応その名前を頭に入れておく事にして、俺はこの村を後にした。