聖プディング大学は小山の上にある。100年近くの歴史があるが、かつて機動隊が出動する事になるほどの激しい学生運動があったり、他国のスパイが情報を盗みに入ったり、教職員が賄賂を貰いながら研究情報を流していたり問題は絶えず警備は厳しくなっている。
そう言った事件もあり校則は厳しく、また警備のための予算について見直しや削減などを野党が批判している。
世間を騒がす汚職事件からやがて8年ほど経つ事や、警備のための施設が充実してて警備員1人あたりの仕事量も負担も少なく、その慢心から勤務態度はお世辞にも良いとは言えない状態らしい。
俺が潜入に使うルートは下水道から入り、大学近くに出る予定だ。監視カメラはジェーンが何とかすると言っていた。問題の下水道は長く暗く道は入り組んでいる。電波も入りづらい可能性があり、ジェーンの助けも期待できない。
そのため、下水道に入るまでに多少の食糧と水とパンツを確保しておかなければならない。
そんな俺が今何をしているかと言うと、橋の下で雨宿りしながら魚を焼いていた。(幸いにも橋の下にはゴミと枯れ葉が落ちてたでそれを工夫して火起こしした)
「雨具さえあればな…」
雨の中は視界が悪くなる。一目につかない様に行動するのにこれほどいい環境はないのだが、パンツが濡れては息ができなくなる。俺はただ雨が去るのを待つだけのこの時間に苛立っていた。
俺は橋に背もたれながら雨音を聞いて気分を落ち着かせる。
『カブラン君…。迷ったが、やはり君には言っておこうと思う』
「ジェーンか。無理に言わなくていい。君の立場を危うくするんだろう?」
『違う。私はただ怖かったんだ。でも黙っていたら、私は後悔すると思うし君は私を恨むと思う。いや、どのみち君から恨まれる事にはなるけど…』
ジェーンは途切れ途切れに、独り言の様に呟いている。
「ジェーン。君はどうか知らないが、俺は君の事を結構信用してるんだ。君は誠実で優しく、友達への思いやりもある。異星での活動で緊張してる俺に冗談を言って和ませてくれる事もある。この星で初めて交流した相手が君で良かったと思ってる。君さえ良ければ話して欲しい」
『カブラン君…。分かった。正直に話すよ』
彼女は大きく深呼吸する。
『カーグは死んだ。私が射殺した。この手で、散弾銃で』
「ジェーンが…射殺した?」
耳を疑った。とても信じられない。
『仕方がなかったんだ。カブラン君みたいに…助けようと思って…、ケースを開けたら…私の事、持ち帰って剥製にして飾ってやるって襲って来て…、そしたら無我夢中で、飾ってあった散弾銃で…』
言葉を紡ぐごとに段々と声がか弱く細くなって行く。俺は何か喋ろうとするが、声にならなかった。
『カーグは私達の事を恨んでた。殺そうとするのも無理はない。でも、私も死にたくなかった…。こんな事話したら、君に信用されなくなる。そしたら君を元の星に帰すのがより困難になる。だから話せなかった』
「ジェーン…」
『最低だよね、私…。こんな事を黙って君に私を信用しろだなんて言うんだから』
「いいんだ。よく話してくれた。俺は君を信じる。ジェーンに殺意はなかった。正当防衛だった。気に病む事はない」
『でも…』
「君の言う事を信じるのは君の人間性だけじゃなく、確信めいた根拠があるんだ」
俺はジェーンにカーグについて話す。彼の生まれは富豪だった。俺の住んでる星、国には徴兵制があり身体能力的にも、チームワークの苦手さから不向きな彼も兵役に服する事になった。彼はドジでおっちょこちょいながらもムードメーカーとして色んな仲間に受けいられていたが、周りに理解を得難い趣味を持っていた。それが剥製の自作だった。
彼は家族と別居していて、自宅に自作の剥製を飾っている。それを写真に撮って自慢する事もあった。俺は自宅に飾る程好きじゃないが特に嫌いでもない。だから彼は特に俺を先輩と慕ってくれた。実際、作りは見事なものだった。
カーグが地球の地質調査任務が決まった頃、俺は気が進まなかったが彼は大変意気込んでいた。地球調査は基本的にエリートしかできない。彼はついに実力を認めてもらえたと喜んでいた。
しかし彼が地球調査に喜んでいたのはそれだけが理由じゃない。以前から彼は『自宅の小さなミュージアムには華がないと』悩んでいた。ミュージアムを彩る華、それこそ異星人の剥製しかないと考えていた。
彼は地球人に捕まり心から焦っていただろうが、いざ母星へ帰れると分かった時に欲を出してしまったのだ。剥製のミュージアムを彩る異星人の剥製、それに選んだのがジェーンだった。
「君の言う通り、実験動物にされてカーグは君達を恨んでいただろう。しかし君に襲いかかったのは恨みからじゃない。誰にも理解されない自分の作品に華を添え、皆から共感や理解を得たかったんだ」
『そうだったんだ…。私を模した蝋人形とかだったなら、喜んでモデルになったけど…』
「カーグの趣味にそこそこ理解ある奴が似た様な意見を言った事がある。当人が言うには『欲しいのはリアリティじゃない、リアルだ』と言って聞かなかった」
ジェーンは何を言っていいか分からない様子で口をつぐんだ。
「カーグの事は残念だった。機械を通じてとは言え意思疎通ができる知的生命体を殺害すると言う経験が心に深い傷を負わせるのも無理はない。同胞の死は俺にとって辛い事だが、君が正直に話してくれたのは嬉しい。ありがとう」
『カブラン君…。そうだ、もう一つ言わなきゃいけない事があ…』
そこまで言って通信が途切れた。何度試しても応答がない。何か機械の不具合でもあったんだろうか。よく分からないが、また連絡はあるだろう。俺は少し焦げた魚を食べる。中々美味しい。
2匹目を食べる頃、影が近寄っているのが見えた。暗さと雨音に紛れて気付くのが遅れた。一度下がって腰を低くし、マチェットナイフを構えた。橋の下に入る前に倒れた。
恐る恐る近寄る。紫と紺色の袴に菅笠を被り、髪を後ろで止めた女性だった。手には杖が握られている。足で僅かに肩をつついた。
「…もし、そこの御仁。誠に恐縮ながらそこの焼き魚を1つ分けてもらえないだろうか」
「構わんが…」
よほどお腹が空いていた様で、魚を頭から骨ごと食べている。喉や口内に骨が刺さると注意したが、彼女は口を開くと魚の骨と内臓だけ綺麗に吐いた。どんな芸当だ。もう1匹やると同じように丸呑みにする様に食べて、骨と内臓のみ吐き出す。
口内で何をどうしたら肉だけ剥ぎ取れるのか、何度見ても分からないので結局残りの4匹は全部あげてしまった。
「かたじけない。世の中奇特な方もいるものだ。ありがたやありがたや」
「…俺を見て驚かないのか?」
「よく出来た特殊メイクだ。時代の技術の進歩には目を張るものがあるが、慣れて驚かなくなった。あれだろう、近日行われる仮装大会に向けての仕込みなのだろ?」
よく分からないが騒がれたりする心配はなさそうだ。しかしその仮装大会とやらは出任せか?本当にあるイベントなのか?時と場合によっては堂々と町中を歩ける事になるが…。
「しかしそのパンツはナンセンスだ。顔の造形美が素晴らしいのにパンツで隠れてしまう」
「力作だから仮装大会までは顔は見せないことにしてるんだ」
「なるほど」
俺だって好きで異星人のパンツを頭に被ってる訳じゃないんだが。彼女は一向に止まない雨にため息をついて火に当たる。
「失礼、まだ名乗っていなかった。私は虚(うつろ)と言う。名前を伺ってもよいか?」
「カブランだ」
「よろしく、カブラン殿。して、この一飯の恩に報いたい訳だが私に何かできる事はないか?」
「パンツをくれ」
それを聞くと虚は一瞬きょとんとしたが、やがて吹き出して笑った。
「頭にかぶるほど好きだものな。今すぐにでもそうしてやりたい所だが、不思議な事にパンツは履いた後に売るとより高く売れる。食い扶持に困って売り捌いてしまって、手持ちにパンツがない。すまん。他に力になれる事はないか?」
気持ちだけ受け取っておくと断ると、そこを何とかと言って聞かない。彼女にして欲しい事はこれといって思い浮かばないが…。しばらく考え込んだ所で妙案が1つ浮かんだ。
俺はポーチからジェーンのパンツを取り出して虚に差し出す。彼女は目を輝かせてそのパンツを眺める。
「お、おお…魚に加えパンツまでくれるのか!」
「違う。まず雨が止むまでパンツを履いててくれ。雨が上がれば俺はここを出る。その時にそのパンツを返してくれ」
「うむ、心得た」
彼女はパンツを履いた。
これで使えるパンツが1つ増える。次の行動は夜になる。俺はそれまで寝ておく事にした。