体のあちこちが痛い。腕時計は壊れていない。インカムは…大きな傷は入っていないしおそらく大丈夫だろう。俺は突き落とされたあの時に見た姿を思い出そうとする。しかし、頭を打ったせいかイマイチ良く思い出せない。
俺はズレたパンツを元の位置に戻す。下見に来るつもりでいたが、新たな食料とパンツを調達する時間までのいい日まで潰しになりそうだ。俺はため息をついて元のルートに戻るまでのルートを割り出す。
それなりに歩かなきゃいけない。俺を突き落とした奴がまた襲ってこないとも限らないし、慎重に行かなければ。そう思って立ち上がると、俺が先ほどまで座っていた場所が妙にやわらかいことに気が付いた。
そう言えば何かがクッションになっていたような気がする。はて、何が衝撃を和らげてくれたんだろう。
「!!!」
俺は驚いた。そこには大量のパンツが積み上げられていた。
「なんだこりゃ…」
念のために被って使えないか試してみる。しかし、いずれのパンツも効果はないようだった。新品には見えないが…。
事情はよく分からないが使えないパンツの山にはもう用はない。俺は先に進んで扉の先に行った。扉の先にあったのは…。
「なんだここ…何で下水道の中にこんな部屋があるんだ?」
大量に並べられた棚とファイル。机と資料。よくわからない薬品や、謎の液体と物体の入ったカプセル、空気清浄機の様な何か、パンツが散乱していた。明かりもあるし、電気も生きている。しかし全く人の気配はしない。物音も、機械音が少しある程度だ。
俺はひとまず深呼吸してこの部屋が何なのか調べる事にした。
机の上にあるファイルを開いた。どうせこの星、この国の文字だろうからわからないはず…。
「いや、分かるぞ…」
このファイルに書かれている文字はこの星のどの国の言語でもない。かつてタベル大佐が俺に教えてくれた暗号だった。いつかは作戦の時に役立つだろうからと暗記させられた。なんでこんな所にそんな暗号で書かれた書類が??
俺はファイルを読んで内容を確認する事にした。
『パンチュパカブラは間違いなくこの星を狙っている。幸いにも先にこの星に着陸し、研究を始めたのはこちらだ。問題は連中がこの星の大気に順応できる事。我々は呼吸器を装着せねばこの星での活動ができない。
この星の大気にはノーパニウムという成分が含まれている。我々の細胞はノーパニウムの性質上、呼吸時に本来我々の体内に取り入れるべき成分より優先して体内に運んでしまう。そのため呼吸が阻害され、窒息する。
研究開発が進み、私達は呼吸器を開発した。特殊なフィルターを用いる事でノーパニウムの吸引を阻止する事で一時的に呼吸ができるようになった。それから地球での調査を行っていると、奇妙な遊びをしている研究員がおかしな発見をした。この星の民が恥部を隠すのに使っている衣類、いわゆるパンツを用いて呼吸器の様に扱うと、我々が開発した呼吸器を用いずとも呼吸ができるというものだ。
ノーパニウムとパンツ。この奇妙な発見の謎を紐解くべく我々はこのパンツの調査に着手した』
俺は読んでいてずっと首を傾げたままだった。この著者は何者なんだ??パンチュパカブラはこの星の大気に順応できる??何を言っているんだ??地球に調査に行ったメンバーは呼吸に不自由して多くが死んだ。順応してるはずがない。
しかし、ノーパニウムというのは…。
ガタッ!
何か物音がした。俺はマチェットナイフを構える。見ると古いコップが落ちていた。近くに誰かがいる…?あたりを探し回ったが見つからない。
更に奥に進むとカプセルだらけの部屋に着いた。グロテスクな見た目の謎の物体が液の中で浮いている。なんの研究なんだ?まるで大きな生き物の胎内にいる赤ん坊の様な…。
カプセルのすぐ隣の操作画面の所に失敗と紙に貼ってある。それがいくつも続いていた。
更に奥に進むと狭い部屋があって、大量の紙が部屋に張り付けてあった。更に近くの椅子には机に突っ伏したまま死んでいる…ノーティアスの死体があった。
「!!?!」
俺が連れ去らわれたあの日、確かに俺はノーティアスを見た。だが、医者や看護師、親や周りの誰かに嘘だ、妄想だと言われ続けて自分の中でもどこかそうなんじゃないかと自分の記憶を疑ったりもしてきた。
ミーシャに会った時、もう一度自分の記憶を信じてみる気になった。そして今は本物のノーティアスの死体を見ている。本当にいた…。ここまでの書類、暗号を書き綴っていたのはノーティアスという事になる。ノーティアスはこの星で呼吸するためにパンツを被る必要があった…。
この死体の大きな頭には銃創の様なものがある。死因はこれらしい。しかし変だ。このノーティアスは頭にパンツを被っていない。そういえば辺りに妙な機械があった。あの空気清浄機の様な…いや、見たままそうなのかもしれない。
俺はおそるおそる頭に被ったパンツを取る。
「…できる。呼吸が…」
少しでも情報を得て落ち着こうと思ったが、知れば知るほど頭が混乱しそう情報ばかりだ。これじゃまるで俺が…。
「いや、そんなはずはない」
俺は首を横に振った。
倒れているノーティアスの白衣には刺繍がしてあった。「マクシマス」と書いてある。彼の胸ポケットにはカードキーが入っている。後で使うかもしれないので俺はそれを取ってこの部屋を後にした。
しばらく探索しているとカプセルルームをもう1つ発見した。前に見た部屋とそう変わらないが、いくつか中身が空っぽの物を見つけた。未使用のまま終わったものだろうか。あるいは成功個体なのか。
ガタッ。
また音がした。俺は物音がした方に走る。追いかけると、後ろ姿が見えた。俺を落とした奴か??
「待て、逃がすか!!」
俺はすぐに追いつくと、そいつの手を握った。姿は人間と似ているが、全身はノーティアスの様に青い。眼は黒だった。元は立派だっただろう事を伺わせる破れたマントに、皮と鉄で作られた変わったパンツを履いている。パンツの真ん中には鍵穴がある。
「い、痛い…」
女の子が喋る。俺は強く手首を握り過ぎていた事に気が付いて力を緩める。だが、また逃げられてはかなわない。間違っても振りほどいて逃げられない程度には力を込めた。
「お前は誰だ、俺を突き落としたのはお前か?」
「痛い、怖い顔しないでお兄ちゃん。私、来客がお兄ちゃんか確かめようとしただけで…」
「おに…何だって?お兄ちゃん??」
「だって、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?あたしだよ、覚えてない?ソロルだよ」
「?????」
頭痛が酷くなってきた。下水道に行ったと思ったら突き飛ばされて、その先には何故か研究所があって、そこにノーティアスがいて、今度は妹を名乗る人間の様なノーティアスの様な謎の生命体に会って…。意味が分からない。
敵意はまるで感じない。騙そうとか言う邪気もまるで感じない。俺は掴む手を離した。ソロルは俺に抱き着く。この子は見た目よりも言動がずっと幼い印象を受ける。
「久しぶり、お兄ちゃん!会いたかったよ。お父さんは死んじゃってさ。とっても寂しかったんだ」
「誰だそのお父さんって」
「お兄ちゃん、忘れたの?知らないの?マクシマスお父さんだよ」
「似ても似つかない。何を言ってるんだ。大体俺はお前の兄じゃない」
ソロルはため息をつくと俺の手を掴んでどこかへ連れて行く。マクシマスがいた部屋だ。彼の部屋の本棚の位置を変えていく。すると、本棚が動いて奥の部屋が出現した。
「隠し部屋?」
「うん、こっちだよ」
奥には今までとはまた異なるカプセルが大量に置いてあった。中に入っているのは同族、パンチュパカブラだった。俺は驚く。彼らの顔つきや牙の生え方、背中のトゲは間違いなく地球探索に行ったまま帰らなかった研究員だった。
更に奥には空いたカプセルが2つある。彼女はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「お兄ちゃんは忘れちゃったかな。あのね、私達はここで生まれたんだよ」
「……………」
「覚えてないか。そうだもんね、お兄ちゃんは成長が早くてすぐにあっちに連れていかれたし。あたしお兄ちゃんにいっぱいっぱい話しかけたのに。覚えてないんだ」
そんなはずはない。俺には生んで育ててくれた両親がいた。俺がノーティアスに作られた人工物であるはずがない。俺の記憶に砂嵐がかかる。何か思い出しそうな…。何かが、何かがおかしい。
俺の記憶に蘇ったのはノーティアスに連れ去らわれたあの日の記憶。あの日見たのは…違う。ノーティアスじゃない。同族、パンチュパカブラだった。他の記憶と混同している。それは昔、俺がカプセルの中から見たノーティアス、マクシマスその宇宙人の姿。その2つの記憶が合わさっている。
俺は思い出してしまった。
「うわああああああああああああああああ!!!!!!」
俺の中で何かが崩れ去っていく。
『今日から、彼らが君の両親だ。良く言う事を聞いて、いい子に育つんだ』
両親に手を繋がれた俺の幼い頃の記憶。誰かが俺に話しかけている。
『退役した君らにこんな事を頼むのは心苦しく思うが…』
『いいんです。大佐。私達はあなたの役にさえ立てれば』
『イグゼンプラー―…いえ、カブランは俺達が大事に育てます』
大佐…そうだ、大佐…。俺を一から育ててくれた師、もう1人の親と言っても過言ではない恩人。あの日の記憶には彼がいる。
ああ…やっと思い出した。あの日、俺を連れ去ったのはノーティアスなんかじゃない。同胞だった。マクシマスによって作られた俺の体を調べるために。俺は元々、何度も何度も連れ去らわれてはそうした解析が行われていた。その度に記憶改ざん処理を受けていた。
それに失敗して残ってしまったのがあの日の記憶。それで、見たものをノーティアスだと誤解した。家から200km離れた所にいたのは、些細な事で親に怒って家出をしてしまったからだ。
その俺が誤った記憶改ざん処理を受けたせいであの場にいた理由を思い出せない。親は俺が怒ってた事を知らない。俺が連れていかれて検査されてた事実は上手く隠されていたので、警察の調査の範囲では俺が家を勝手に飛び出てあの場に来た以上の事がわからない。それがあの誘拐事件の事の顛末なのだ。
「俺は………イグゼンプラー。パンチュパカブラを模して作られた、ノーティアス…」
扱ってる題材はアレなのに対して話がやたらと重くなって行くので、ジャンルからコメディを取り除こうか迷ってるこの頃。この作品のジャンルってなんなんスかね…