私は海鳴市に住んでいる一般人。魔法や超能力といった不可思議なものが存在しないこの世界、けれど生まれ持ったサガゆえに非日常を送っている。その一点だけが一般人ではない。
おおっと、さっそくターゲットがやってきた。
人気のない夜の道、そこが私の生きる道。
普段は足がつかないよう遠出して行為に及ぶのだけど、長年そうしていたせいで海鳴市が空白地帯になりつつある。このまま海鳴市だけに私が出没しなければ警察に眼をつけられてしまうかもしれないので、決行を決意した次第。
さあ、今夜のターゲットは亜麻色の髪の女の子。小学校中学年くらいかな? 黒いリボンでツインテールにした、なんとも愛らしい容姿だ。ああ、あんな短いスカートを履いちゃってまあ……太ももが見えちゃってるじゃあないか!
それともなんなの、風が吹けばパンツが儲かるの?
だから君をターゲットにしちゃうから。
こんな時間まで外出してる君が悪いんだから。
さあ、曲がり角に隠れて……機をうかがって……今ッ!
バッと飛び出した私に驚いて、女の子は眼を丸くして身をすくめる。
その隙を逃すはずもなく、私は、夏に相応しくないロングコートを赤裸々にはだけた。
ああ――肌が外気にさらされる――。
夏の風が剥き出しの胸を撫でる――。
露出狂と人は言う。
でも違う、変質者として世間を賑わしたりしてるけど、性的興奮なんて一切抱いてない。
あるのはただ、透明な――透き通るような――。
あるがままの姿でエデンに回帰する、純真無垢な赤ん坊の気持ち――。
そんな姿と気持ちを他者に見られることで、いっそう、味わい深く透明感を味わう。それが私が生まれ持った姿だから。
女の子は、うっとりとほほ笑む私を見て、表情を引きつらせている。
ああ、そんな、君の瞳の高さは私のおへそ。
でも視線は私の顔を見たり、胸を見たり、申し訳程度のビキニパンツを見たり。
で、指を持ち上げて、指さして、ああ、そういうリアクションなのね。いいよ。
指さして悲鳴……いいさ、分かってもらえないのは慣れてる。変質者の謗りを甘んじて受けよう。
でも悲鳴を上げるのはもう少し待って。
悲鳴を上げられたら、私は逃げないといけないから――。
「あ、あ……アクセルシューター!!」
え?
女の子の指先が光ったように見えて、視界いっぱいに桜色が広がる。
とても眩しくて、ここがエデンなんだなって、私は思ったの。
◆ ◆ ◆
私は海鳴市に暮らす一般人。先日、ツインテールの可憐な少女に肌をさらしたら、なんか知らんけど気絶してしまった。
少女じゃなくて私が。
なんか桜色の光が突っ込んできたような……気がついたら電柱の陰に倒れてたよ。
これはあれか、高みに昇りすぎて失神してしまったのか?
それにしては外的要因でダメージを受けたような気がしなくもない。
にしては特に外傷がある訳でもなく……。
不思議!
という訳で不完全燃焼です。今日も再挑戦。
はてさて、今夜のターゲットはどちら様?
やってきたのは、栗色の髪の聡明そうな女の子。小学校中学年くらいかな?
黄色いバッテンのヘアピンをこめかみのあたりにつけてる。うん、可愛い。
それはそれ、これはこれ。
私が肌をさらすのには関係ない!
純粋で単純な欲求――変質者だの露出狂だのと罵られても、頑なに正体を隠して、これまで築いてきたのだ……肌をさらす悦びを。
という訳で曲がり角でドジャァ~ン!
女の子、驚く。
私、ロングコートをはだける。
裸身、さらされる。
ああ――これよこれ。
爽やかな風がコートの内側に入り込み、恋人のように腰を抱く。
あっ、お尻の割れ目にまで風が流れ込んで……あふぅ。
申し訳程度のビキニパンツがぶるるっと震え、表現しがたい充実感に満ちていく。
夜天の空がこんなにも近い。ほら、手を伸ばせば星さえも掴めそう――。
「いやあぁぁぁあああ!?」
……ああ、悲鳴か。女の子の悲鳴。
うん、昨日のように失神せずにすんだのはいいけど、この女の子が失神しちゃったらどうしようね。
などと思って少女の様子を見てみると、その背後から四つの影が飛び出してきた。
え、なに?
なんかおっぱいをプルンプルンさせる影が剣を振り上げてる。
なんかケダモノが牙を剥いてガルルーと襲いかかってきてる。
なんか人体を貫きそうな手の形が迫ってきてる。
なんかウサギさんパンツとゲートボールスティックが――。
◆ ◆ ◆
私は海鳴市に生きる一般人。
えーと、また、気絶してしまいました。
不思議。不可思議。摩訶不思議。
気づいたら路上に仰向けになって倒れてたよ。しかもロングコートの前をしっかり閉じた状態で。
なんなの、私、どうなっちゃったの。
肌をさらす高みに昇りすぎて昇天失神……という訳じゃあないっぽいよね?
病気? いいや、私は春夏秋冬を問わず肌をさらすべくしっかり鍛えてるからね。真冬に氷風呂に入ったって風邪引かないもん。
だとすると我が故郷海鳴市で肌をさらしていることが、何かしら神の怒り的なファンタジーに触れて天罰?
ああ、だめだめ、分からない……まったくもって状況不明。
でも、だからといって、肌をさらすことをやめられるかしら?
否、否、否! 断じて否!!
私が肌をさらすのをやめるのは、この命、尽きる時。
尽き果てるまで私は、こんな生き方しかできないんだ……。
だから肌をさらして悟りの境地に達するのが私の宿命と受け取っている。
さあ、今宵もターゲットがやって参りました。
今宵は絶対失神なんかしたりしない!
意気込みながらターゲットの姿を確認する。
なんと、またしても小学校中学年くらいの女の子だった。
また同じパターンになってしまうんじゃあと不安になったが、この女の子は今までと違った。
Tシャツにショートパンツという動きやすそうな格好は、私の普段着そっくり。うん、こういう子って相性いいのよね。
でも注目すべきはツインテールの髪。一昨日の子と違って髪のボリュームがたっぷりあるだけじゃあなく、なんと綺麗な金髪さん。明らかに西欧人の血筋と分かる。瞳もなんか綺麗な色してるし。
さて。
相変わらず曲がり角で待ち構える私。
タイミングを見計らって、少女の足音、もうそこまで来てる。今だ!
飛び出し、ロングコートをガバッと開く。
さらされる首筋、鎖骨、胸、腰、申し訳程度のビキニパンツ。
さあ、見て! もっと見て、自覚させておくれ!
私は原初に限りなく近い姿で世界に存在しているの!
金髪の少女は目を丸くして驚いたものの、すぐに表情を厳しくし、意を決したように何かを握りしめる。
防犯ブザー!? いけない、こういう時は電光石火で逃げなくちゃ。
《Barrier jacket,Set up》
え、誰の声? 男の人……外国人? お父さんとご一緒?
こちらがギョッと驚かされて、慌てて周囲を見回すも、他に人影はない。
というか、なんかすぐ手前がチカチカ光ったんだけど、最近の防犯ブザーって光るの?
金髪少女に視線を戻してみると、なにこれ、黒い水着のような服に、バッテンになるよう巻いた革のベルトとフリフリのスカート姿。それに黒いマントを羽織ってる。なんかごついグローブもつけてる。
コスプレ? 一瞬で着替え? Tシャツとショートパンツの下に着ていて、そのふたつをすばやく脱いだ?
こちらが混乱していると、少女は斧のような形をした道具を振り上げた。
あっ、これ、反撃されるパターンかな? また失神コース?
と思いきや。
《Sonic Form!》
また男の声がしたかと思いきや少女の着ていた黒マントが光の粒子となってパージされ、さらに腰のベルトが減り、スカートも消える。
肩や脇を大きく露出し、首から太ももの上半分までをピッチリと包む謎のスーツ。水着のようでもあり、スパッツのようでもあり、奇妙な質感のそれは、肌のラインを100%表現している。ああ、そんな、ちょっと動けば股間の食い込みがバッチリ浮かんじゃうぞそれ。私もそういうの着たことあるから分かる。君もノーパンだったのか。
というかむしろ。
私と少女は、そのまま無言で見つめ合う。
互いの肌のライン、肌のきめ、肌の色合いを、街灯の明かりで確かめ合う。
初対面でありながら、すでに心はひとつであった。
私がほほ笑めば、少女もやはりほほ笑み返してくれる。
溢れ出る悦びに打ち震えながら、私は少女をロングコートの内側へといざない、抱きしめた。
「幼き同士よ。茨の道、大人になっても歩き続けられますよう――」
「あなたが道を切り拓いてくれているから、私もきっと歩けます――」
◆ ◆ ◆
その後……やはり地元でやらかしたのが悪かったのか、変質者の正体が私ではないかという噂話がほんの少し広がった。
警察が家まで事情聴取に来たけど、ダメモトでチェックしてみるかって程度のものだったのでバレずにすんだのは不幸中の幸い。
けれど、これでは海鳴市で肌をさらすのはもう不可能。恥じるべきものなどなにもないけれど、日本の法律で裁かれてはもう肌をさらせなくなってしまいものね。
幼き同士もいることだし、海鳴市は彼女に任せて、私は新たなるステージへ旅立つとしよう。
次なるエデンを目指して、飛べ!