G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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78 無敗の三冠/燃え、尽き

 ゴールの瞬間、声が全て消える。重く広がっていた雲が晴れ、一筋の光が降り注ぐ。いまだ駆ける緑色の勝負服が鮮やかに照らされ、携えた三つの勲章が眩い輝きを周囲に散らす。

 まだ最終直線を走る他のウマ娘の音が響きだし。

 

 

 爆発よりも大きな歓声が轟いた。

 

 

「三冠だ! 三冠獲った!」

「シービーに並んだ!」

「最強はシンボリルドルフだ!」

「おめでとう! 無敗の皇帝!」

「死神を倒してくれてありがとう!」

 

 次々にかけられる声を、当のシンボリルドルフは真面に聞いていないようだった。

 後続の邪魔にならぬよう何とか少し先まで走ったところで限界を迎え、その場に膝を付いていたからだ。

 

「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ……!」

 

 ダービー以上の距離を走った分の消耗があるのは間違い無い。それを遥かに凌駕する疲労が気力を削り落としていた。

 

 芝に手こそついていないが、それでも尚動くには時間を要しているようだ。

 表記上、二着との距離の差はハナ差だった。たった20センチ。実際にはそれよりも更に小さな差が勝敗を分けたのだろう。

 それがどれほどに小さな差であろうとも、結果は覆らない。勝ったのは『皇帝』シンボリルドルフ。その事実に、観客から惜しみない賞賛の雨が降る。

 

 

 そんな彼女の少し後ろで、スタートワンがふらふらと歩いていた。

 よろめき、芝の小さな窪みにさえ足を取られて大きく体を揺らす。

 

「きっかしょう……かたなきゃ……かって、かって……」

 

 ぶつぶつと何かを呟きながら、その瞳が虚空を彷徨う。

 

『なんということでしょう! この日本のウマ娘レースにおいて、誰も成し得なかった偉業が打ち建てられました! 無敗、そして三冠! 最強のライバルをも打ち破り、今後の歴史においても大きな、大きな蹄跡を刻みましたっ!!』

「……む、は、い……? ……さん、か、ん……」

 

 目の前を通り過ぎて行った出走者達の後ろ姿を見て、響く歓声と賞賛を聞いて。己の敗北を理解して。

 目の前に居る、勝たなければならなかった勝者の後ろ姿を見て。

 

 膝から崩れ落ち、スタートワンは地に伏した。

 

 その光景すら、見ている者は数えるほどだった。

 殆どの目は勝者に。それ以外のものはレースを終え、二人と同じように全力を出し切り蹲る各々に。菊花賞を走った者の中に、ゴール板を越えて尚立ち続ける者は居ない。

 数多居るうちの一人、スタートワンは彼女達の中に紛れる存在でしかない。

 

「スワちゃん……」

「……。」

 

 息を切らしたまま動けずにいる勝者に視線の大半が向かう。

 

「……ほし姉、まけちゃった……」

「じーわん、またまけちゃった……」

 

 姉妹が父母に抱き着き、両親は眼下の光景を険しい表情で見つめる。

 

 全員が倒れ伏す中、最初に動き出したのは――スタートワンだった。

 

 シンボリルドルフさえ疲労困憊の中、座り込み上半身だけが起こされたスタートワンは俯いたまま微動だにしない。焦点の合わない瞳はパドックの姿を彷彿させるが、あの時と同じ圧倒的な姿は無かった。指先が触れようものなら、それだけであっさりと消えてしまうような、頼りなく希薄な存在感。

 

 数秒間その場に留まると、その体をぎこちなく動かしながら観客の方へ向いた。頭が下がり、倒れ込むように蹲り、その前に手をつく。

 再び動かない間があった後、頭が上がった。立ち上がろうとしてついた手を支えにするが、力が抜け再びその場に倒れる。それでも起き上がり、俯いたまま覚束ない足取りでコースから離れていく。

 

「なに今の」

「謝ってる様に見えたけど……謝罪のつもり? 今更」

「お前のせいでどれだけの子が苦しんだと…、」

「どうせ不調なんてのも周りを騙すための嘘なんだろ」

 

 鋭い目を向けたのはスタートワンのクラスメイト。学園での生活を間近で見る機会が多かった分、観客が発した言葉に強い反発を覚えたらしい。咄嗟に言い返そうとしたその肩に手を置き制したのはカツラギエース。

 

「待った」

「……でも…!」

「……ごめんね、でもアタシも賛成」

 

 同じく制するのはミスターシービー。肩に手を置く事はしないが、じっと観客を見つめその声を拾っている。

 

「この結果はスタートワンが自分で出したモンだ。あたしらが外から声を出しても、スタートワン自身が動かねえと意味が無い」

「……っ!」

「気持ちは分かる。でも今勝ったのはルドルフだ。その事も忘れたらだめだ」

 

 そう言い、再び視線をターフへ向ける。

 ようやく起き上がったシンボリルドルフが、大きく肩を上下させながら周囲を見回す。その姿に歓声が更に大きくなった。自身が勝ったことを理解し、僅かにその表情に笑みが浮かんでいるのが見える。

 

「おめでとうルドルフ!」

「最強の皇帝!」

 

 そんな言葉に僅かに手を上げ、返事をする姿も見える。が、すぐにその表情が凍り、すぐさま周囲を見回した。

 

「スタートワン……ッ! スタートワンッ!!」

 

 そして今にも場を去りそうな後ろ姿に呼びかけ、聞こえていないことに気付き更に声を張り。それでも振り向きはしない事を悟り、視線が僅かに落ちる。

 

「……どうしたんだ? スタートワンに声をかけてるっぽかったが」

「あれじゃないか? レースで走る時は何時も何か話してたろ」

「今回も? ただでさえレースで邪魔されてたのに?」

「知らないよ。どうせ負けたんだし、思い出したくもない」

 

 吐かれる言葉を当人は聞いていない。シンボリルドルフは表情こそ笑顔に戻し観客に手を振っているが、その耳は大きく後ろに反っていた。観客達の言葉はまだ続く。聞こえているという事に気付いた者は思ったよりも多くは無いようだ。

 

「あれはまあまあ怒ってそうだね」

「スタートワンの事相当気にしてたからな。そりゃキレても仕方ねえ」

「この後のライブとかどうするんだろう。どっかで話せるタイミングあるとしても、これじゃあ……」

 

 場内の空気は大きく三つに分かれた。シンボリルドルフを讃えるもの、出走者全体を労うもの、そしてスタートワンの行動を非難するもの。二着という結果は確かに讃えるに足るものだが、そこまでの過程において彼女はあまりにも暴れ過ぎた。

 

 他を押し退けてでも勝たねばならない。それが競争の世界だ。だが他を押し退けるにもやり方がある。反感を買う方法を取れば、周囲の視線は相応のものに変わる。観客さえも脅かした今、払拭するのは困難を極める。

 前回のものを含め、スタートワンの行動は目に余る。そう受け取られた以上、彼女はこの声を受け止めなければならない。

 

 そうして後ろ指をさされ、陰口を受けながら。小さな背中はターフから消えた。

 

 

 

 控室への道に、幼い声が響く。

 

「ほし姉、大丈夫かな?」

「元気なかったし、ご飯食べてないのかな?」

「どうだろうね……。食べてなかったら、ちゃんと話さないといけないわね」

 

 本来入る事の出来ない場所を家族が通れるのはトレーナーの計らいだ。予め関係者として話を通してくれている事で、四人全員が控室を目指し進む事が出来る。

 しかし、その足取りは重く遅い。

 

 原因は明白だった。あのレースの後では会いにくい。姉妹は話したいという気持ちが優先されているようだったが、それでも両親や歓声を聞いて思うところがあったのか何処となく重くなっている。

 

「……二人は、スターちゃんに会ったら何を言いたい?」

「「おつかれさま!」」

「…、そっか。私達も言わないとだね」

「うん……。トレーナーさんにもお礼を言わないとだね」

 

 空元気という程ではないが、どことない空回りはある。あのレースからまだ一時間も経過していない。ウイニングライブの準備も始まっていないような時間だ。スタートワンが見せたあの姿は未だ記憶の中を走っている。

 ()()が何だったのかは分からない。それを含めても、一度彼女と話をしなければ。そんな思いを抱く中、控えの扉が見えてくる。僅かな小さい声だが、中に二人が居る事も伺えた。

 

「やっとついたね!」

「ほし姉いるかな?」

「今はライブの準備をしてるかもね」

「スターちゃん? 今居る…っ」

 

 母が扉越しに声を掛けるところで、内から聞こえる声に思わず言葉を止める。

 その声は父にはくぐもったものであったために聞き取れなかったようだが、しかしウマ娘である姉妹にも聞き取れた。

 聞き取れてしまった。

 

 

 

 

 

 口を結び、己の手をじっと見つめるシンボリルドルフを前にトレーナーは言葉を詰まらせる。

 控えに戻ってきた彼女が座り込むと同時に動きを止めてから、既に十分以上が経過していた。

 

「やあルドルフ、おめで…とう………」

「…お邪魔だったかしら…?」

「……邪魔にはなっていないよ」

 

 祝いの言葉を言いに来たらしいミスターシービー達が扉を開けて早々退出しようとしたところで、シンボリルドルフが手を握りしめながら顔を上げる。普段と変わらぬ穏やかな表情だ。皆が安堵を顔に出す中、シリウスシンボリだけは僅かに眉を顰める。

 

「ありがとうミスターシービー。それに皆も、労いに来てくれたのだな?」

「…。うん、そうだね。三冠おめでとう」

「初めての無敗三冠よね! すごいじゃない!」

「アタシだって二冠までは無敗だよマルゼン?」

「それ自分で勝負挑んだヤツじゃねえか」

 

 すかさず入れられた突っ込みにシンボリルドルフからくすりと笑いが漏れる。日本ダービーまでは共に無敗を誇った者同士ではあるが、マルゼンスキーとの対戦を望み菊花賞前に敗北した事でミスターシービーは無敗の三冠を逃している。

 

「これからは三冠ウマ娘だ、走る機会があればやりたいところだね」

「ああ。私も機会があれば走れるように予定を組もう」

「直近で丁度いいってなるとジャパンカップだな……流石に出ないよな?」

「まだ白紙の状態だな、どうだろうトレーナー君?」

「予定を組むなら調整はするよ。とはいっても、暫くは休息を挟むべきだと思う」

「短いスパンでの三戦になるもんね。勝つかどうかは別にして、負荷は大きくなるし」

「……やるなら、ちゃんと休んでから」

「ああ……、そうだな」

 

 返事をしてから頷くまでの、僅かな間。

 それを指摘する事を皆避けようとしたが、他ならぬシンボリルドルフ自身が発する。

 

「スタートワンは、出てくれるだろうか」

 

 返答に困る、そんな表情を顔に出した者は居なかったが、しかしシンボリルドルフはその内心を察し寂しく笑う

 

「分かっているさ、あれを見て彼女の話題を出しにくいのは。それでも……私はもう一度、スタートワンと走りたい」

「…。ホントにルドルフは、スタートワンちゃんが大好きね」

「当然さ。彼女と三冠を競ったんだ、これからも共に走りたいと思っている」

「アレを受けた後に出る言葉がそれか」

 

 シリウスシンボリの言葉に、シンボリルドルフはどういうことだと彼女へ視線を送る。反射的なものだったのか表情には既に問いの意味を理解したものへ変わっていたが、しかしシンボリルドルフは更に言葉を加える。

 

「……それは、どういう意味かな」

「分からねえとは言わせねえぞ。スタートワンが狙ったのは三冠の阻止で、無敗の阻止じゃねえ。ここを強行したのはそのためだろ」

「だが、彼女はまだ走れるはずだ」

「走れはするかもしれねえ。だがあれじゃ向こう暫くは走れねえだろ」

 

 努めて顔に出す事を拒んでいたが、シンボリルドルフの口元に僅かな歪みが生まれる。問うたシリウスシンボリすら少し身構えた程の空気の変容は、彼女が思い出す事を避けようとしていた事を伺わせた。

 身体は限界を越えていた。疲労も直ぐには抜けないだろう。健康面の心配も、傷跡の治癒も――周囲の目も。

 スタートワンが直ぐに復帰できたとしても、それを良しとする声が決して多く無い事は誰の目にも明らかだった。

 

「……。走るか否かを決めるのは我々ではない。スタートワンだ」

「…まだ走るとは思えねえがな」

「走る。彼女は、走っていいんだ」

 

 つい数十分も遡れば聞こえた声は、スタートワンの次の走りを鋭く非難するだろう。何故そう言われてまでこのレースに身を押したのかを彼らは考えない。いや、考えたうえでそれは我々に関係が無いと言ってさえのける。

 

「勝つ為に傷つけたと言うのなら、そうまでして強いた理由を汲み取るべきだ。彼女が受けるべき報いなんてものは初めから存在しない」

「言える口かよ」

「彼女が競ったのは私だけだ。非難する権利は私にだけある」

「神戸新聞杯の事も言うつもりか」

「菊花賞の為にレースへ出ただけだ。私がセントライト記念に出たことと何ら変わらない」

 

 横暴でさえあった。極力波風の立たない言動を心がける姿とは違う、身勝手で依怙贔屓な発言。シリウスシンボリだけでなく、今までの彼女を知る者達も少し戸惑う。

 

「……同じレースに出ただけの一人にここまでお熱とは、次期生徒会長サマも可愛い所があるじゃねえか」

「……そうだ。私と走ってくれたのは、あの子だけなんだ」

「っ」

「学園に来てすぐの時から、練習でも、レースでも。私とずっと走ってくれたのはスタートワンだけなんだ。不利になると知っていても、悶え苦しんでも、泣き叫んでも、それでも私と走る事を優先してくれたあの子に、これ以上私が走るななどとはもう言えない」

 

 全力でもって走った。事実だ。

 悔いも残った。消えてくれない。

 最終戦に向けて、互いに自分の力で競い合っていたつもりだった。皐月賞の事故に始まり、謹慎期間という無為な時間、風邪、体温異常、神隠しと、それに付随した精神消耗。

 走り出すまでは不安だった状態も、始まれば今までにない脅威を感じさせてくれた。あの異形も、何であれ彼女自身から現れたものである事には違いない。虚を突かれたのは己の油断だ。動揺を制御出来なかったのも己の未熟故。

 

 しかし声が届いた。脚が止まった。

 勝利の要因にはなった。あれをそのまま勝たせるわけにはいかなかった事も事実だ。自ら勝ちにだって行った。

 だが結果論とはいえ、横槍を入れられたも同然という感覚だった。幼い声に向ける酷な感情として、アレが無ければスタートワンの勝利はほぼ決まっていたものだったとすら思っている。互いがなんの憂いも無く走る事を邪魔されたようだった。

 無敗の三冠(通過点)の中に突然生まれた望外の幸運。だったはずなのに。

 

 

 マルゼンスキーとハッピーミークが声を詰まらせる。合宿の中、口を開かなかったトレーナーとの約束。シンボリルドルフにここまで言わせる程の約束がなんだったのか、ここにいる誰も知らない。

 

「自分にあるものを使っただけだ。それの何を謗られなければならないんだ」

「……ルドルフ、スタートワンの肩を持ち過ぎだ」

 

 そこでシンボリルドルフのトレーナーがそう警告を挟む。その言葉はどこか遠く、それでいて冷たく差し込むように部屋の中を揺らす。

 

「…。すまない、やはり熱くなってしまうようだ。皆も悪かった」

「……。随分急に聞き分けが良くなるじゃねえか」

「自分でも少し贔屓が入っている事は分かっているさ。合宿の時も彼女に似たような事を言われた事もある」

 

 バスに揺られて合宿所を目指したのは三ヶ月前。同じ事をトレーナーにも言われた以上、スタートワンの事になると我を失う傾向にあるのは間違いない。

 

「彼女の肩を持つつもりは無い。だが私から言える事は、もう一度スタートワンと走りたい……それだけだ」

「…………そうかよ」

 

 素っ気なく、しかしどこかばつが悪そうにシリウスシンボリが目を逸らす。重い空気は今も消えぬまま、変化する機会を失っている。

 本来加わるべき変化を与えるには、ここに欠けた者の存在は大き過ぎた。ただ時間だけが過ぎていく。

 

 

 

 ウイニングライブの壇上に立つシンボリルドルフは、ちらと隣に視線を向けた。

 三着は皐月賞で接触したウマ娘だった。あの時は何処か不安気な表情だった彼女は、今は集中するかのように眉に皺を寄せ、じっと正面を向いている。

 

 反対の隣へ視線を向けると、目を瞑ったまま身動き一つ取らない少女の姿。皺の取れた眉を下げ、不安そうに指先でマイクスタンドをなぞる。

 

 周囲を見渡すと、バックダンサーとして並ぶ者達と、ライブの始まりを今か今かと待つ観客達。今回の全てを受けて尚、それでも尚皆、この時間だけは楽しませようと、楽しもうと熱を溜め込み続けている。

 

 中央に立つシンボリルドルフは、改めて正面に向きなおす。

 皆思うことはある。それが全て重なることは無い。しかしこの時だけは。今この瞬間だけは、皆喜びの重なりを少しでも大きくしようと待ち続ける。

 

 

 そして、音楽が鳴り始める。

 歌い出しまでの僅かな間に、再び視線を向けた。スタンドを掴む少女の顔は、今は少し穏やかだった。気持ちの切り替えがうまく行ったのだろうか。安堵が心に滲んだ。

 次も、もう一度。言葉に出来ず、思いながら歌が始まる。

 

 

 

 

「申し訳、ありませんでした」

「本日をもって、スタートワンは引退も視野に入れた無期限の休養に入る。それに合わせレースへの出場予定の一切を白紙とする」

 

 数日後、珍しく会見を行った二人が告げる映像を、シンボリルドルフはトレーナー室でじっと見つめる事しか出来なかった。




菊花賞を出走 目標達成!
全ステータス-50
各バッドコンディション解消
目標が全て無くなった!
レース制限が入った!
トレーニング制限が入った!
やる気が「普通」になった!
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