果たして彼女は栄光を掴むことはできたのか。それを期待半分に考えながらお読みください
夏と言えば新潟、函館、札幌といった地方競バ場が盛り上がるシーズンである。
と同時に、ウマ娘達は合宿の真っただ中。
そして、ジュニア期のウマ娘が初めて重賞に挑戦するシーズンでもある。
その為各チームのトレーナーはスケジュール調整に何度も頭を悩ませるわけだ。
「わたしが帯同しますから、トレーナーは帯同しなくてもいいですよ」
「そうはいかないでしょ。初めての重賞にトレーナーが一緒に行かないわけにもいかないし」
ここでもソレイユは存在感をアピールする。
自分も地方に帯同して重賞に挑戦する身だ。しかもソレイユは日本中の競バ場を知り尽くしているウマ娘である。
……結局、話し合った結果、東条ハナは彼女に丸投げすることになった。
「チームのウマ娘におんぶにだっこって……、やっぱり恥ずかしいわね」
一見無責任に見えるが、その責任を背負う事ができるのがソレイユだった。
「はぁぁぁぁ~~~これが函館の湯の川温泉かぁ~~~沁みる~~~」
「今は都会でもスーパー銭湯とかあるけど、天然ものは味わいたいよね~」
「こうなると、サウナも欲しくなりますね~~~」
「じゃあ明日はロウリュウやってるっていうところに行こうか~?」
「その後はラーメン食べたいなあ~~~~」
「美味い! さすが米どころ新潟! 米の味が違う!」
「トレセン学園でもお米は山盛りで食べられるけど、やっぱり本場は違うよね」
「ソレイユさん、美味しい定食屋紹介してくれてありがとうございます。あ、この漬物も美味しい」
「この油揚げも美味しいね」
「うわ、凄い。これがかの有名な朝食ビュッフェですか」
「トレーナー、まさかセンチュリーロイヤルホテル紹介してくれるとは太っ腹だよね」
「和食にしようかなー、洋食にしようかなー、デザートもあるし、オムレツは頼んだら焼いてくれるのかー」
「まずはわたしはモーニングコーヒーにしようかな」
こうして気分を良くした新人ウマ娘達は躍動する。
初の重賞ステークスを万全の状態で挑み、見事勝利を収める。
そしてソレイユもまた、活躍する。
函館記念、レパードステークス、そしてスーパーGⅡの札幌記念を見事勝利。秋の天皇賞に向けて視界良好とする。
だが対戦するライバル達もまた、合宿で更に力を付ける筈だ。果たしてどちらの力が上回るのか……。
取材陣も彼女を応援する。
「ナイスネイチャがブロンズコレクターと言われるように、グランドソレイユもその立ち位置にいるな」
「一線級とはいかないが、ああいうウマ娘は応援したくなるね」
「報われてくれればいいんだが」
そんな取材陣に対し、夏もフルシーズン走り続けるソレイユは、
「なんといいますか、鶴の恩返しの鶴の気分ですね。羽を毟って走っている、みたいな」
と冗談交じりに応える。
そして夏が終わり、9月を迎える。
ソレイユの連闘も、もはや20を超えていた。
9月はクラシック期のウマ娘にとって、菊花賞、秋華賞トライアルで結果を出したいレースが続く。
当然チーム『リギル』にとっても外せない時期だ。
幸いソレイユはかち合う事はなかったが、何とか重賞で結果を出したいのは同じ。
しかし……、
「捻挫ですね」
「そうですか……」
「いや、捻挫で済んでよかったですよ。正直、ドクターストップをかけてもおかしくない状況だった。休みを取れたのは幸いだと思ってください」
「…………」
ソレイユは脚を故障し、1週間を棒に振ってしまう。
しかも復帰した後も、あれだけ体を包んでいた集中力が沸き上がってこない。脚を踏み外してしまったような状態になっていた。
「あの感覚が……湧かない……」
結局、9月は重賞に挑戦するも、入賞すら出来ずに終わる。
それでもソレイユは心底諦めなかった。練習以外あの感覚を取り戻す術はないと考えると一心不乱に練習に打ち込む。
その姿はまるで鬼の様だった。
そして9月末、
「ソレイユ、あなた、10月はマイルチャンピオンシップ南部杯に出場しなさい」
「地方……ですか」
「あなたがGⅠを獲りたいのは知っているわ。今の地方はレベルは高いけど、中央ほどではない。幸いあなたはダートも走れる。可能性はあるわ」
「……。分かりました。でもスプリンターズステークスには出場しますから」
「タイキが出るのよ」
「勝ちますから……」
こうして話し合いも終わり、いよいよ秋のGⅠ戦線が開幕する。
まずは10月。スプリンターズステークス。電光石火の短期戦。
結果は、やはり言うまでもなくタイキシャトルが悪天候を諸共せずに完勝。ソレイユは16番ゲートのハンデもあって3着と終わる。
次にマイルチャンピオンシップ南部杯。地方ダートなら、そう考えていたが……甘かった。
なにせ時代はコパノリッキー、ホッコータルマエ、ワンダーアキュートのダート3強全盛期。帝王賞ウマ娘もいる実力伯仲の場である。
それでもソレイユは2着と善戦する。しかし1着はコパノリッキー。またしても、またしてもダートGⅠウマ娘にはなれなかった。
11月。彼女のキャリアも残り僅かとなっていた。焦る気持ちを必死に抑えながら練習に励む。
初週のアルゼンチン共和国杯は長距離という不安を抱えながらも見事勝利。その幅広い適正を見せつける。
問題は翌週である。
(JBCに進むか、エリザベス女王杯に進むか……どうする、どこに進む? どこなら勝ち目がある……?)
迷いに迷った結果、ソレイユはJBCスプリントを選択。ここならかち合う相手はいない筈と考えての決断だった。
だが、結果は1枠2番を引くも、はやる気持ちが焦りを生み、スタートで出遅れるという大チョンボをかまして7着と惨敗。
その日は壁に頭を叩きつけながら泣くに泣いた。
マイルチャンピオンシップはまたしてもタイキシャトルの後塵を拝し、3着。
翌週のジャパンカップには出られず、裏番組の京阪杯で勝利するも、誰も興味は持たれず。
そして、とうとう12月を迎えた。
幸い暮れの有馬記念には出走が決まっている。ここが最後のチャンスか……とその前に、ソレイユはチャンピオンズカップに出場する。
この日のソレイユはいつになく絶好調だった。確かにダート3強フルメンツが揃っているが、負ける気がしない、というほどに。
ゲートが開くと、素晴らしいスタートダッシュを決めるソレイユ。先団に取り付くことなくレースを引っ張る側に回る。
そのまま後方の脚色を見ながらコーナーを回る。
大丈夫。付いて来ているウマ娘はいるが、その脚は鈍い。早めのペースに付いて来られていない。脚が溜められていない。
本命のコパノリッキーも4番手。逃げでかち合う事がないため楽にいけている。
『さあ第4コーナーを回り、最後の直線! 先頭は依然グランドソレイユ! 後続との距離が縮まらない! 引き離しにかかる!』
(いける……勝てるぞ! わたしも今度こそGⅠウマ娘になれる! 残り200m……残り100m。もう……少し……)
グキッ……。
(……!?)
その瞬間、ソレイユの脚が鈍化した。体が砕け散る錯覚に陥った。
『あーっと! どうしたことか! グランドソレイユ! 脚が鈍いぞ! なんということだ! グランドソレイユ故障発生か!?』
そして成すすべなく一人、また一人と後続に追い抜かれていくソレイユ。
何とかゴール板に辿り着くも、結果は8着。
(そんな……あと100m……あと100m走り切るだけで勝てたのに……そんな……どう……して……)
ソレイユは、倒れた。
トレーナーの東条ハナも、応援に来てくれたチームメンバーも、観客全員も、驚きと悲鳴を隠せなかった。
「すいません、担架をお願いします!」
「……だ、駄目だ。腰が、悲鳴をあげてる……」
これまで羽を毟って走っていると報道陣に語っていたソレイユ。
その羽は、ここにきてとうとう尽きてしまったのだ。
「…………」
入院先のテレビで、朝日杯フューチュリティステークスと阪神ジュベナイルフィリーズの結果を見届けるソレイユ。
あの頃一緒に連れ添った新人たちが、ジュニア期初のGⅠを勝ち取り、多くの観客に讃えられている。
思えば自分もかつて、あそこにいた。結果は惨敗だったが、大きな経験ができた。大舞台を走れて嬉しかった記憶がある。
そんな時代も、もうすっかり過去のものになってしまった。ソレイユは悔恨する。
それに比べて今の自分の様はなんだ、と。
「…………」
これで終わりでいいのか? 本当にやり残したことはないか? 悔いなどないか?
ベッドの上で一人考える。
「…………」
答えは、自分の中で決まっていた。
「よし、決めた」
グランドソレイユはトレセン学園に戻り、来週の有馬記念に出ると報道陣に言い放った。それもトレーナーには無断で。
当然東条ハナは激怒した。そもそもソレイユの怪我は治療まで半年を費やすくらいの重症の筈だ。とてもではないが走れる状態ではない。
「唾つけたら治りました」
「嘘を言いなさい!」
「……痛み止めの注射を打ちます」
「だから無茶よ。今回ばかりは土下座されても認めないわ!」
「もう出走登録の受け付けは出してきましたから。後戻りできません」
「……!? なんて勝手な……。今から取り消しに行ってくるわ!」
走り出そうとする彼女を、ソレイユは捕まえる。
「……後生です」
「だから無理ですって!」
トゥインクル・シリーズの規約にはこうある。
一度出走登録をした場合、それを取り消すのは、トレーナーの権限か、ウマ娘の拒否がなければならない。
しかしそれは原則として出走日の一週間前とする、と。
有馬記念は6日後。つまり取り消し申請を行うには1日遅いのだ。
つまりこうなれば雨が降ろうが雪が降ろうが、槍が降ろうが核ミサイルが降ろうが、出走は取り消せない。
こうして、有馬記念当日がやってきた。
東条ハナは頭を抱えながら観客席の最前列に陣取っていた。出られなかったチームメンバーや後輩たちも横に並んでいる。
パドックも終わり、グランドソレイユがターフに現れる。
(……この勝負服に袖を通すのも、今日で最後か……)
ストレッチをしながら、改めて全身を見回す。オレンジと白を基調としたお気に入りの勝負服。
解れたところがあれば業者に新しいのを作ってもらわず、自分で直していた。
軽く足踏みをする。蹄鉄もちゃんと固定されている。大丈夫だ。
「……ソレイユ」
「やあ、オペラオー」
「君には失望したよ」
「…………」
「そんな状態で勝てる程、レースは甘くない」
「そうだな。私も同意見だ」
「ブライアン……」
「有馬を走りたいウマ娘は山ほどいる。おまえの出場は、レースを走る全てのウマ娘に対する侮辱だ」
「わたしも、そう思います」
「グラスワンダーか」
「あなたはこの大観衆の中で成すすべなく晒し者になる。あなたは最後のレースがそれでいいと思っているんですか」
「みんな手厳しいなあ」
「……」
「……」
「……」
「でも安心して。勝つつもりで走るから」
「「「!!!!???」」」
(もはや正気ではない、そういうことか?)
(走れる状態ではないことはみんなが知っている。観客席を含めたここにいる全員が)
(……わたしを怒らせると怖いですよ、ソレイユさん)
『さあいよいよグランプリ有馬記念、まもなく出走開始となります。一番人気はナリタブライアン。二番人気はテイエムオペラオーなどがつけています』
『トレセン学園が誇る最強チーム『リギル』の名に相応しい人気ですね』
『中山2500mの長丁場。展開をどう見ますか細江さん?』
『どのウマ娘も得意とする位置に付けての勝負になるでしょう。中山の直線は短いですし、第3コーナーあたりで仕掛けるウマ娘が多いと思われます』
『宝塚記念ではありませんが、あなたの夢が、わたしの夢が走り出すグランプリ有馬記念。まもなくファンファーレです』
『そうですね。確かに宝塚ではありませんが……私の夢はグランドソレイユの完走です』
『えっ……』
中山の冬の寒さの中、ファンファーレが鳴り響き、観客席からは大きな歓声が上がる。
『暮れの中山、有馬記念、多くのファンに讃えられ、一同が集結しました。このグランプリの場で、今年はどんなドラマが待っているのでしょうか?』
「……」
「……」
「……」
「……」
ガコン!
『スタートしました。各ウマ娘いいスタート。さあ先行争いは……間からするするっと伸びていくのは、グランドソレイユです!』
「はああああああああっ!!」
「……!?」
「なんだと!?」
『この中山で、2500mでハナを主張したのは、グランドソレイユです! しかもこれは大逃げの態勢だ! 物凄い勢いで番手を突き放していく!』
ソレイユは大逃げに出た。
番手以下のウマ娘を掛からせるためではない。ここは有馬記念。選りすぐりの精鋭ウマ娘達だ。付き合う者などいない。
なのにどんどん後続との差を引き離していく。そして誰よりも早く、正面スタンド前を駆け抜ける。
歓声が聞こえる。だがソレイユの耳には入らない。
(わたしは病院のベッドで考えた。最後にどんな走りをすればいいだろうって)
(勝ちたい。わたしは勝ちたい。でも勝てないことぐらい分かってる。こんなに無念なことはない)
(でもわたしには、長年応援し続けてくれた人々がいっぱいいる。そんな人たちに元気な姿を見せたい)
(見せるんだ。この大観衆に、グランドソレイユと呼ばれたウマ娘の、最期の生き様を……!)
『さあグランドソレイユのおかげでバ群は超縦長の展開に。そして1000mタイムは……57秒5! これは暴走どころではない! 自殺行為だ!』
ソレイユが誰より先に向こう正面に入る。
痛み止めの注射を打った筈なのに脳天から爪先に至るまで激痛が響いている。
全身から噴き出る汗は脂汗へと変わった。
口の中はカラカラだ。脳が溶けそうだ。
地獄の責め苦の方がまだ優しいだろう。
それでもソレイユは走るのを止めない。
(まだだ……まだだ……まだだ……まだだ……まだ……)
「ぐぅ……っ……!」
『あーっと、グランドソレイユの脚が鈍った! 力尽きたか! ツインターボばりの逆噴射だ!』
「誰だターボの悪口言ったやつは!?」
そして後続との差がどんどん縮まっていく。10バ身……5バ身……3バ身……遂にソレイユに並んだ。
「……おまえを悪く言う奴なんてもういない。だから休め」
追い抜く瞬間、ナリタブライアンは言った。
「……散ってもなお美しい華もある。だから休んでくれ」
追い抜く瞬間、テイエムオペラオーは言った。
「もう充分です。見てて涙が出そうです。だからお願いします。休んで……」
追い抜く瞬間、グラスワンダーは言った。
そして多くのウマ娘達、全てに追い抜かれ、ソレイユはあっという間に最下位に転落した。
スタンドでその光景を見ていたトレーナーの東条ハナも、他のメンバーも、彼女の競争中止を願った。
「……もういいわ。もう充分でしょう。ソレイユ、手を上げなさい……」
URAのレースは、レース中手を挙げることで競争中止を申告できる。
だが、ソレイユは手を挙げない。
ああそうだ。彼女はいつだってそうだ。誰よりも練習熱心で、頑張り屋で、そしてとびきり頑固なのだ。
ワアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
観客席から大きな声援が上がる。
どうやら、決着が付いたようだ。
「はあっ……はあっ……はあっ……はあっ……」
もうソレイユは目も耳も機能してるかどうか分からない程憔悴していた。誰が一番にゴール板を駆け抜けたのか、それすら分からない。
ただ長年の経験が、コーナーの曲がり方を知っている。
ここが何処なのかも分かる。第3コーナーの辺りだ。
(まだだ……レースは終わっていない……わたしが……ゴール板に……辿り着く……まで……)
息も絶え絶えに走る。いや、歩いているのか。分からない。もう、何もかも。
(第4コーナー……ここを通れば、後は300m程度の……短い、直……線……)
もう気の毒過ぎて見ていられない。目を背ける人々もいた。
しかし、競バの神は、彼女に信じられない恩賞を与える。
ワアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!
突如、観客席から地鳴りのような声援が響き渡ったのだ。
「グランドソレイユ頑張れー!」
「ソレイユ走り切ってー!」
「ソレイユー!」
東条ハナは後ろを振り向き、耳を疑い、目を丸くした。ソレイユに向けて声援が、既に最下位が確定したウマ娘に、声援が送られている。
「お、おれ、ブラック企業勤めで日曜日もなく働かされていた時も、いつもおまえの走りに勇気をもらってたんだー!」
「わたしも夜泣きの赤ん坊のぐずりが酷くて毎日眠れないままノイローゼになってたけど、あなたがいたから頑張ってこれたわ!」
「俺も毎日上司がイビってきてもう駅の電車に轢かれて死んじゃおうかって時に、あんたの走りを見て生きようって思ったんだ!」
「ずっとずっと、あんたの走りを応援してきた。この6年間、ずっと!」
「だからお願い! ソレイユ! 走り切ってー!」
『こ、これはどういう事でしょう。こんな事がありうるんでしょうか!?
このグランプリ有馬記念で、もはや勝負は決した筈なのに、最下位のウマ娘に惜しみない声援が送られています!
こんな事は前代未聞です!』
『…………』
「ソレイユさん、頑張れー!」
「もう少しだ! ソレイユさーん!」
「ソレイユさん、ファイトー!」
チームメンバーも大きな声を出してソレイユを応援する。
今、この瞬間、観客は一つになった。
(…………)
その声は、はたしてソレイユに届いていただろうか。
いや、きっと届いていた筈だ。
誰よりもファンを大事にしてきた彼女に、この声が届いていない筈がない。
「……やれやれ、完全に勝者が蚊帳の外じゃないか」
「まったく、どっちが優勝したのか分からないね」
「でも、いいんじゃないでしょうか」
走っていた三人は自嘲交じりに呟いた。
『さあグランドソレイユ、中山の心臓破りの坂まで到着した! 果たして上り切ることができるのか!?』
「ふぐっ……ぐっ……ぅぅぅ……っっ……ぐぐ……」
全身全霊をかけて脚を動かす。意識はとうに消えた。だがこれだけは分かる。ゴールまであと少しだ。
『上っ……たぁっ! 坂を下りる! 残り100m! さあどうだ!?』
その時、ソレイユの瞳に確かに写った。有馬のゴール板が。
こんなに他人に迷惑をかけたのだ。これを通り過ぎなきゃ恥だ。
「はあっ……はあっ……はあっ……ぐぐ……あああっ!」
『ゴーーーーーール! グランドソレイユ、遂に完走を達成しました!』
声援と拍手が巻き起こる。
勝者ではない、誰よりも誇り高い敗者に向けて。
そしてソレイユもまた、頭を下げて観客に応える。最後、彼女はちょっとだけ笑ったように見えた。
フラッ……ドサッ……。
ソレイユは倒れた。精根尽き果てたのだろう。
『大丈夫でしょうか、グランドソレイユ。かなり危険な倒れ方をしましたが』
「すいません、担架をお願いします!」
すぐさま東条ハナが駆け寄り、ソレイユの体を抱き寄せる。既に意識を失っている。危険な状態だ。
パチパチパチパチパチパチ……。
『グランドソレイユが運ばれて行きます。おそらくグランプリ有馬記念において、このような光景はもう二度と見られることはないでしょう』
『……。確かにGⅠウマ娘ではありませんでした。当代きっての名バでもありませんでした。
しかし真っすぐな瞳と姿勢は、いつだって多くの人々に夢と感動を与えてくれました。
グランドソレイユ……彼女もまた、一流のウマ娘だったと言えるでしょう』
解説の細江はそう答え、運ばれていくソレイユを見送った。
こうして、グランドソレイユの最後のレースは終わった。
そして東条トレーナーは今度こそ引退を勧告。ソレイユもそれを承諾した。
通算成績123戦30勝2着19回。これは中央ではありえないとされる程の競争数であり、今後抜かれることのない不滅の大記録と言っていい。
重賞も獲った。ウイニングライブにも出た。しかし最後までGⅠを手にすることはできなかった。
その後は病院で治療に専念。『リギル』のメンバーは足げに病室を訪れ、彼女を励ました。
そんなある日、数日後に腰の手術を迎えた時、某競バ雑誌が彼女にインタビューを申し入れたいと依頼をしてきた。
「……わたしに?」
ソレイユは逡巡したが、その申し出を受け入れる事にする。
「はい、撮りまーす」
まずは写真を撮る。しかし病室の、ベッドの写真である。本当なら立っている姿を見せたかったのだが、主治医がそれを認めなかった。
――まずは6年間、お疲れ様でした
ソレイユ「有難うございます」
――病院に運ばれてから、どうでしたか?
ソレイユ「それはもう大変でしたよ。腰がまったく動かなくて、全く起き上がれませんでした。
トイレにも行けなくて、この年でおむつを付けるのはやっぱり恥ずかしかったですね(笑)」
――中央トレセン学園で6年間在籍するウマ娘は3%にも満たないと言います。それをやり遂げた感想をお願いします
ソレイユ「どうでしょうね。結局GⅠは獲れなかったし、人によってはただ無駄に6年いただけという人もいるかもしれません。
でもまあ、選手としては大往生といったところですね」
――3つのチームに在籍して、得たものはありますか?
ソレイユ「色々……本当に色々ありますね。今にして思うと、本当に人に恵まれてきたと思います」
――ファンレターも多く受け取ったと聞きます
ソレイユ「そうですね。本当に嬉しかったですね。みんな辛い事ばかり書いてて、愚痴ばっかりで(笑)
でもそういう人たちの為に、走って来たかなとも思ってます。自分の走りで人に勇気を与えられるんだ、と思うと走ることを止めようとは思わなかったですね。
――最後は強豪チーム『リギル』にも在籍しました
ソレイユ「最初は絶対受からないと思ったんですよ。あの試験を受けて、それで駄目なら諦めもつくかなって感じでした。
東条トレーナーには感謝しています。迷惑もいっぱいかけちゃいましたけど」
――中央123戦は今後抜かれることのない不滅の大記録だと思われます。それについてどうお考えですか?
ソレイユ「うーん、難しいですね。確かにこれを抜くと言うのは難しいと思います。半分走るのもね。頑健に産んでくれた親には感謝しています。
でもまあ、結局最後までGⅠを獲得することはできませんでした。
複雑ですが、走れるなら、まだまだ走りたかった、というのが本音ですね。
――もし、走れるとしたらGⅠを狙いますか?
ソレイユ「勿論です。GⅠ獲らないと走って来た甲斐がないというもので。周りはみんな獲ってるのに自分だけは、ね。悔しいですし。
練習はこれ以上ないってくらいしたんですけど、うーん、やはりこの世界は本当に厳しいんだなあ、って」
――思い出に残っているレースがあれば教えてください
ソレイユ「二つあります。一つ目は、クラシック期に走ったなんでもないオープン戦です。
わたしはそのレースで勝ったんですが、後ろを振り返るとウマ娘が二人も倒れてて。すぐさま駆け寄ったんですが、担架でかつぎ込まれるほど重症で。
結局二人は怪我で引退しちゃったんですが、学園を去る前に自分のところまで訪ねてきて、あの時は有難うございます、って。
だから自分はあの子のためにも走り続けなきゃ、って思ったんですよね。
――そしてもう一つは、やはり有馬ですか?
ソレイユ「そうですね。最後の有馬ですね。あの時は絶対に勝てないこと分かってて、じゃあどうすれば皆に納得してもらえるか、って。
走ってる途中もう意識が朦朧としてて、目も見えないし耳も聞こえないんだけど、ここは中山だから感覚的に分かってたんですね。
そして観客席から聞こえてきた声援は、なぜか不思議と脳に刻まれています。ああ、これはわたしに向けたものなんだな、って。これは止めるわけにはいかないな、って」
――意識が殆どないのに声援だけは聞こえてたんですね
ソレイユ「ええ、はい。後からビデオ見せてもらったんだけど、やっぱり恥ずかしいですね(笑)一生日本の歴史に残る晒し者というのはあんまり、ね。
忘れる事は生涯ないと思いますが、瘡蓋を剥がしても新しい皮ができたぐらいになったら、またその時を思い出しながらビデオを改めて見ようと思います」
――今後はどうなさるおつもりですか?
ソレイユ「正直何にも考えてないし、思いつかないんですよね。自分は走ることでしか自分を表現できないウマ娘でしたから。
まあ卒業式に出て、学園を去って、退院して、多分ですけど、実家の父の仕事を手伝うんじゃないでしょうか」
――最後に一言お願いします
ソレイユ「頂いたファンレターは全部捨てずにとっておいてあります。応援してくれた皆さん、本当にありがとうございます。
グランドソレイユの物語はここで終わりですけど、もし街中でサインや握手を希望されたら快く引き受けますので、声を掛けてくれたら嬉しいです」
――今日は有難うございました
そして卒業式を迎えた。
グランドソレイユはそれまでの功績を讃えられ、敢闘賞と功労賞のダブル受賞し、多くの拍手を受けた。
そして手術も終わり、結果は良好、立って歩けるぐらいまで回復したら病院を移り、後は地元の病院で治療を続けた。その後退院したらしい。
GⅠウマ娘ではないにしろ、地元ではヒーロー扱いで本人も照れ臭かったと言う。
それから数年後、あの人は今?状態になった時……、
「完成! うむ、我ながら秀逸なデザインだ!」
きっかけは、トレセン学園理事長、秋川やよいが作り出したマスコットキャラクターだった。
「見てくれたづな! どうだ? いいデザインだろう!」
「はあ……。これは、着ぐるみ、なのですか?」
「明白! URAを更に盛り上げるためにデザインしたマスコット、名付けて『ウーマ』ちゃんだ!」
「名前、そのままですね……。で、このキャラは何をするんですか?」
「競バ場で子供に風船を配ったり、パフォーマンスをしたり、勿論我が学園のファン感謝祭などにも登場してもらう! さあ、早速中の人を募集するぞ!」
こうして募った中の人、なんとその中にグランドソレイユの姿があった。
そして面接と実演の結果、見事合格。その後劇団で半年ほど修行をし、20XX年、彼女は遂にデビューを果たした。
『ウーマ』ちゃんは大好評であり、中の人がソレイユであるということが知られると、握手を求めるかつてのファンも多かった。
競走バとしては一流ではなかったかもしれない。
しかし学園に凱旋した彼女は、晴れやかだった。
彼女の活躍は、時代を超えて、まだ続いている……。
終わり