雪ノ下の勉強方法は合理的かつスパルタだった。普段の授業では須藤たちにはノートをとらせず、ただ只管に先生の話を暗記させる。授業の中で不明点があれば、休憩時間の間に雪ノ下は須藤、櫛田は山内、オレが池にマンツーマンで教える。その時に理解度の確認も怠らない。ノートに関してはオレが纏め、3人にコピーを渡す事になっている。なぜオレが講師役になったのか…再結成した勉強会の時だ。
「そうね。それぞれの担当を決めましょう。須藤くんは私、山内くんは櫛田さん、池くんは綾小路くんね」
「ちょっ…ちょっと待ってくれ。なんでオレが講師役なんだ。まえの小テストでも50点だ」
「私は嘘は嫌いよ。その事を前提にして聞くわ。できないのかしら?」
「………」
「あなたは上手く実力を隠しているつもりかもしれないけど、バレバレよ。今、みんなの小テストを見せてもらったけれど、あなたの解答には教科、難易度に一貫性がないわ。そうね…あなたにとっては全て同じに見えているのではないかしら。それに誤答も一切ないわね。間違っている問題は全て白紙。これで本当にバレないと思っていたのかしら?」
「なっ」
「もう一度。私は嘘は嫌いよ。その事を前提にして聞くわ。できないのかしら?」
「…問題ないな」
「あなたにも事情があるのでしょうから、深くは聞かないけれど、今後のテストに関しては80点前後にまとめなさい」
「目立ちたくないんだが…」
「本当に常識が欠けているのね。点数が低くても目立つのよ?」
「そ…そうなのか?」
「山内くん。今回の小テストの点数。印象に残っているのは誰?」
「は、はい!高得点だった雪ノ下、真田、高円寺、あとは赤点付近の生徒です」
「80〜70点の生徒はどれくらい分かるかしら」
「櫛田ちゃんと平田以外は覚えてません」
「……」
「仮に今回の小テスト、綾小路くんは75点としましょう。須藤くん、その場合、この勉強会に綾小路くんを誘ったかしら」
「多分、誘ってねぇな」
「そうね。それに75点なら平田くんの勉強会に教える役として声がかかったかもしれないわ。あなた、自分で新しい友達を作る機会を不意にしているのよ」
「そ…そうだったのか…」
「次回のテストから80点前後にまとめる。それで問題ないかしら?」
「ああ、まかせてくれ」
「ついでに3人の為に授業中ノートをまとめるのもお願いね」
「わかったぞ」
「綾小路くん…仕事増えてるよ…」
…
「授業を受けて思ったんだけどさ、地理って結構簡単だよな」
「化学も思ったほど難しくない」
池と山内がそんな事を言う。
「基本的に暗記問題が多いからじゃないかな?英語や数学は基礎ができていないと解けない問題も多いし」
「おい!ちょっと静かにしろよ。ぎゃーぎゃーうるせぇな」
隣で勉強をしていた生徒の1人が顔をあげた。
「あ?お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」
隣の男子たちが一斉に顔をあげ、オレたちを見回す。その様子が癪に触ったのか須藤が半ばキレて口調を強張らせた。
「なんだお前ら。俺たちがDクラスだから何だってんだよ。文句あんのか?」
「須藤くん。うるさいわ。勉強に集中しなさい」
「でもよ」
「3度目はないわ」
「あ…あぁ…」
半ば無視する形で勉強に戻った須藤が気に入らないのか、その後も山脇というCクラスの生徒は煽るように話を続ける。
「C〜Aクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDだけは別次元だけどなぁ」
「はあ…ここまでにしましょう。騒音があると集中力が削がれるわ」
「1ポイントも持ってない不良品の分際で、生意気言じゃねえか。顔が可愛いからって何でも許されると思うなよ?」
「あら?あなたにはわからないのかも知れないけど、顔が可愛いければ、大体は許されるものよ」
「ゆきのん…確かにそうだけど、普通自分では言わないよ?」
「っ!」
机を叩き、山脇が立ち上がる。
「お、おい。よせ。明らかに俺達が一方的に絡んでいる状況になっている」
「ちっ。わかった。だが、Dクラスのお前らと一緒にするな。俺達はよりよい点数をとるために勉強してんだよ。テスト範囲外のところを勉強して何になる?」
「え?」
「あら、そうだったのね。わざわざ教えてくれて助かるわ」
そう言って雪ノ下は図書室を出て行った。オレと櫛田はその足で茶柱先生にテスト範囲を確認しにいくと、先週の金曜日に範囲が変更になっていた。伝達ミスとの事だが、先生に試されている。オレにはそう感じられた。
「雪ノ下、これからどうするんだ」
「何も変える必要はないわ。はじめからテスト範囲はあまり意識していないもの。確かに今やっている所が範囲外だったのは想定外だったけれどもそれだけよ。あなた達、テストは何のために存在すると思っているのかしら」
「そりゃあいい点とるためだろ」
「違うわ。自分が分からない所を確認するため。入試や資格試験等特別な場合を除いて点数に意味はないのよ。勘違いしている人が多いのだけれども、勉強はテストで終わりではないわ。テストが終わってから始まるの。自分の弱点を把握し、次回に向けてその部分を補う。つまる所、勉強とはそれの繰り返しよ。テストのための勉強なんてナンセンスなの」
「じゃあ、俺達は今なんで勉強してんだ?」
「あなた達は中学も含め勉強をサボってきたのでしょう?そのツケを払っているだけよ。授業中真面目に授業を受ける事、日々勉強する事なんて、できて当たり前のはず。そんな当たり前の事を短時間で習慣づけるには大量行動が1番手っ取り早いわ」
「でも、それだけだと赤点になるんじゃ…」
「あら、私が教えているのよ。それでも不安があるなら勉強時間を増やすしかないわね」
「なっ…最近寝る時間も削ってんだぞ」
「つまり、まだ寝ている時間は残っているという事ね」
……
勉強会が終わり、雪ノ下、櫛田、オレの3人は明日の勉強会に向けて準備をしていた。
「雪ノ下、本当にこのままで大丈夫なのか?」
「次回の中間テストはそれほど難易度は高くない。このままの調子であれば、回答欄を間違えない限り赤点をとる事はないわ」
「まるでテストの難易度が分かってるみたいだな」
「分かってるわよ。毎年、小テストと中間テストは同じ問題がでるのよ。あなたも気づいているのではないかしら」
「えっ!ゆきのん、そうなの?」
「生徒会長から一昨年分のテストを買って確信したわ。まず間違いないわね」
「早くみんなに教えてあげないと!」
「不要ね。このまま危機感を持ってテストにのぞんだほうがいいわ。過去問はそうね…櫛田さんにお願いしようかしら。Cクラスには高値で売りつけてきて。Bクラスは無償でいいわ」
「なんで?」
「Bクラスのリーダーは一之瀬さんでしょう。彼女には貸しを作っておくほうが有益よ。Cクラスは…山脇くんがうっとおしかったからかしら」
「クラスには公開しない。本当にそれでいいのか?」
「須藤くん達が真面目に勉強をしている。この事の意味がわからないかしら?」
「……?」
「直接的な所では櫛田さんとあなたよ。人に教えるという事はその人以上に努力が必要よ。櫛田さんは以前より勉強の時間がふえたんじゃないかしら?」
「うーその通りだよっ。山内くん…なかなか理解してくれないし…」
「綾小路くんは他のクラスメイトに質問される事が増えているわよね」
「ああ、佐藤とか松下とか篠原あたりはよく聞いてくるようになった」
「休憩時間、あなたの池くんに教える姿がそうさせてるの。そうやって人の輪が広がっていくものよ。それに底辺と思っていた3人が真面目になり、勉強に取り組んでいたらクラスメイトはどう思うかしら?」
「特に成績が悪い生徒はあせるんじゃない?」
「まさに最近のクラスの様子がそうね。全員が危機感をもって授業やテストに取り組んでいる。それも赤点をとらない為ではなく3人に負けないためによ。今、彼らに楽をさせる必要は1ミリもないのよ」