授業開始のを告げるチャイムが鳴った。程なくして、手にポスターの筒をもった茶柱先生がやってきた。
「これより朝のホームルームを始める。が、その前に質問はあるか?気になることがあるなら今聞いておいた方がいいぞ?」
その言葉を聞き、数人の生徒が挙手した。
「あの、今朝確認したらポイントが振り込まれてないんですけど、毎月1日に支給されるんじゃなかったんですか?今朝ジュース買えなくて焦りましたよ」
「本堂、前に説明しただろ、その通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月も問題なく振り込まれたことは確認されている」
「え、でも...振り込まれてなかったよな?」
本堂が池や山内に問う。
「...お前たちは本当に愚かな生徒たちだな」
茶柱先生の纏う空気が変わる。
「愚か?っすか?」
間抜けに聞き返す本堂に茶柱先生は鋭い眼光を向ける。
「座れ、本堂。二度は言わん」
「さ、佐枝ちゃん先生?」
「間違いなく、ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられたなんて、幻想も可能性もない。分かったか?」
「はは、分かったよティーチャー。このなぞなぞのようなくだらない話の真相が」
足を机に乗せ、高円寺が続ける。
「要は、今月私たちに振り込まれたポイントは0ポイントだった。そういうことだろう?」
「は?何言ってんだよ。毎月10万ポイント振り込まれるって言ってただろ?」
「私はそんな説明を受けた覚えはない。どこか間違っているかい、クールガール?」
「そうね。あなたの言うとおりよ」
「……あの、先生。質問いいでしょうか。腑に落ちない点があります。どうしてポイントがゼロだったんでしょうか」
クラスのリーダー、平田が手を挙げる。
「遅刻欠席、合計98回。授業中の私語や携帯を使用した回数、391回。一月でよくもまあここまでやらかしたものだな。この学校は、クラスの成績がそのままポイントに反映される。この1ヶ月間のお前らDクラスに対する実力を調査した結果、評価は『ゼロ』だ」
「ですが先生、僕らはそんな説明は……」
「受けた覚えはない、か?」
「はい。もし説明を受けていれば、誰も私語や欠席なんてしなかったはずです」
「それは不思議な話だな平田。お前たちは小、中学校で授業中の私語や遅刻はしてはいけないことだと習わなかったのか? そんなわけがないだろう。その程度のことを説明しないと分からないのか。お前たちが当たり前のことを当たり前にこなしていれば、こんな結果にはならなかった。全てお前らの自己責任だ。大体、高校に上がったばかりのお前たちが、なんの制約もなく1ヶ月に10万もの大金を使わせてもらえると思ってたのか?優秀な人材を育成することが目的のこの学校で?あり得ないだろう。常識を少しは身につけたらどうだ。なぜ疑問を疑問のまま放置しておく?」
「このクラスで質問にきたのは雪ノ下だけだ」
クラスメイトは一斉に雪ノ下に目を向ける。
「では…せめてポイント増減の詳細を教えてください。今後の参考にします」
「それは出来ない相談だ。人事考課、という言葉は知っているだろう。ポイントの増減は、この学校の決まりで公開出来ないことになっている。……しかし、そうだな。私も一応お前たちの担任だ。一ついいことを教えてやろう」
そう言うと、茶柱先生に一気にみんなの視線が集まる。
「お前たちが今後、私語や遅刻を完全に無くし、マイナスをゼロにしても、プラスになることはない。来月も、その次も0ポイントだ。つまり、お前たちが今までやってきた私語も遅刻も、授業中の携帯使用もし放題というわけだ。どうだ、覚えておいて損はないだろう?」
「っ....」
話の途中だが、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「どうやら、少し無駄話をしすぎたようだ。本題に移るぞ」
そう言うと、先生は持ってきていた大きな白い紙を黒板に張り出す。そこには、A〜Dクラスの名前が表示されており、その横には数字が書かれていた。
「これは各クラスの成績ということ...?」
Aクラスが940
Bクラスが680
Cクラスが490
Dクラスが0
「お前たちは入学してから昨日まで、好き勝手にポイントを使った。もちろん、それを否定する気もない。ただの自己責任だからな。事実、学校側はポイントの使い道に関しては制限をかけなかっただろう」
「そ、そんなのあんまりっすよ!こんなんじゃ生活できませんって!」
「バカが、よく見てみろ。お前たち以外のクラスには1ヶ月生活するには十分すぎるほどのポイントが支給されているだろう。言っておくが、一切不正は行われていない。なぜ、このような差が生まれているのか段々分かってきたんじゃないか?そして、お前たちがDクラスに選ばれた理由が」
「え? 理由なんて適当じゃないのか?」
「普通そうだよね」
「この学校では、優秀な生徒たちとそうでない生徒たちのクラスを順に分けて編成することになっている。優秀な人間はA、ダメな人間はD、とな。つまりお前らはこの学校では最下位。最悪の『不良品』というわけだ。私は逆に感心しているんだ。歴代Dクラスでも、1ヶ月で全てのポイントを吐き出したのはお前たちが初めてだ。立派だよ」
茶柱先生のわざとらしい拍手が教室に響く。
「このポイントが0である限り、僕らはずっと0ポイントということですか?」
「そうだ。だが安心しろ。この敷地内では、お前たちのような不良品のために無料で購入できるものや利用できる施設があるだろ?ポイントがなくても死にはしない」
「……俺たちは卒業までずっとバカにされ続けるってことか」
ガン、と須藤が机の足を蹴った。
「なんだ、お前にも気にする体面があったんだな須藤。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」
「あ?」
「クラスのポイントは、なにも個人に支給されるポイントだけではない。クラスのランクに反映される。つまりお前たちが490より上のポイントを保有していたら、お前らはめでたくCクラス、そしてCクラスがDクラスへと変動する。さて、もう1つお前たちにお知らせがある」
そう言うと、先生はもう一枚の大きな紙を再び黒板に張り出した。その紙には、Dクラス全員の氏名、そしてその右には数字が書かれていた。
「いくら馬鹿でも、これが何のことかくらいわかるだろう。先日行った小テストの結果だ。不良品にふさわしい結果だな。お前たちは一体中学で何を勉強してきたんだ?これが本番でなくてよかったな。もし本番だったら、下位7人はすぐに退学になっていたところだ」
「は、はあああああ!?」
「なんだ説明してなかったか?この学校は、赤点を取ったら即退学だ。今回で言うと32点未満の生徒は全員対象になる」
「き、聞いてねぇよ!退学なんて冗談じゃねえよ!」
「私に喚かれても困る。これは学校のルールだ」
「ティーチャーの言うように、このクラスには愚か者が多いようだねぇ」
爪を研ぎながら、机に足を乗せたまま高円寺が微笑む。
「なんだと!?お前もどうせ赤点組みだろ!?」
「フッ。どこに目が付いているのかね?上の方をよく見たまえ」
言われて、上の方を見る。
すると、高円寺六助の名前があったのは、上位中の上位。点数は90点だ。
「そんな、須藤と同じくらい馬鹿だと思ってたのに……」
「それともう1つ加えておこう。この学校は高い進学率と就職率を誇っているが、その恩恵を受けることが出来るのはAクラスのみだ。お前らみたいな低レベルの人間が、自由に好きな大学、好きな就職先に行けるなんて上手い話が世の中で通るわけがないだろう」
「Aクラスだけ!?そんな話はあんまりですよ!?」
そう叫んだのは、眼鏡を掛けた幸村という男子。テストでは高円寺と同じく90点を獲得している。
「みっともないねえ。男が慌てふためく姿は」
「お前……不服じゃないのかよ。Dクラスの落ちこぼれに配属されて!しかも、進学も就職も保証されないなんて!納得出来るわけないだろう!」
「不服?なぜ不服に思う必要があるのか、私には理解できないねえ。それは学校側が私のポテンシャルを測れなかっただけのこと。私は私自身が誰よりも素晴らしい人間だと自負している。学校が私をDクラスだと判断しようが私には何一つ意味をなさないのだよ。それに、私は進学や就職を学校側に頼ろうなんて微塵も考えていないのでね。私は高円寺コンツェルンの後を継ぐことが決まっている。DだろうがAだろうが私にとっては関係ないのさ」
将来を約束されている高円寺の言葉に幸村は何も言うことが出来ず、そのまま腰を下ろした。
「どうやら、浮かれた気分は払拭されたようだな。中間テストまで残り3週間。精々頑張って退学を回避してくれ。私はお前たち全員が赤点を回避して、退学を免れる方法があると確信している。それまでじっくり考えて、出来ることなら、実力者にふさわしい振る舞いを持って挑むことを期待している」
そう言い残すと、扉をピシャリと閉め、茶柱先生は教室を出て行った。
やってくれたわね。父の手伝いをする条件が指定された高校を卒業するだけなんて、おかしいとは思ったのよ。本当の条件は『東京都高度育成高等学校をAクラスで卒業する事』。それに今の説明から私がDクラスに配属されたのも違和感がある。なんらかの力が働いたと考えたほうがよさそうね。
そんな事を考えていると平田くんが、珍しく私達の席の前にやってきた。
「雪ノ下さん、それに綾小路くんも少しいいかな。放課後、ポイントを増やす為にどうしていくべきか話し合いたいんだ。是非君達にも参加してもらいたい。どうかな?」
「どうしてオレたちなんだ?」
「全員に声をかけるつもりだよ。だけど一度に全員に声をかけても、きっと半数以上は話半分に聞いて真剣に話を聞いてくれないと思うんだ」
だから、個別にお願いしていくことを考えたのか。なにか良案がだせるとは思えないが、参加くらいはしてもいいかな。そう思っていると
「話し合いに参加する事は問題ないわ。ただ、それは時間の無駄よ」
「なぜだい?」
「だって、既に解はでているもの」
…
放課後、朝の告知通り平田は教壇に立ち、黒板を使って対策会議の準備を始めていた。平田の求心力の凄さが窺える参加率で、須藤と数人の男女を除きほぼ満席だ。
会議は踊るされど進まず。
平田を中心に話し合いは進んでいるが、雪ノ下が言ったように有用な意見は出てこない。それに既に解はでているとはどういうことだ。そんな時、平田が雪ノ下に意見を求める。
「雪ノ下さんは何かないかな?」
「雪ノ下って先生に質問してたって言ってたな」
「ポイントが減るの知ってたんじゃないか」
「どうして教えてくれなかったの」
雪ノ下が指名された事で先生の言葉を思い出したのかそんな声があがり始める。
「はぁ…先生の言葉を借りると本当に愚かね」
そんな言葉から雪ノ下の演説が始まる。
「遅刻欠席、合計98回。授業中の私語や携帯を使用した回数、391回。この1か月間、私は何一つ該当していないわ。平田くんや櫛田さん、高円寺くんに綾小路くん、王さんやその他一部の生徒もそうね。私達はあなた達の『被害者』なの。まずはその認識はあるのかしら?『被害者』である平田くんや櫛田さんが何かしら対策をしようと努力しているにも関わらず、あなた達は何をしているのかしら?最低限の努力もしない人間は黙って従うことね。小学生でも分かる事よ。まずは授業態度や私生活を改めなさい。私達の評価は『ゼロ』。既に解はでているわ。解が間違っていると証明したいなら、1から解き直すしかないのよ」
「ゆきのん、言い方」
櫛田がフォローしようとするが、雪ノ下は気にも止めない。
「私は何か間違った事を言ったかしら?不服があるのなら、誰がどれだけ遅刻欠席、授業中の私語、携帯を使用したかをランキングにして公表してもらおうかしら」
「先生が公表できないって言ってたじゃないか!」
「あなたには耳がついているのかしら?ポイントが増減する詳細は公開できないと言ったけれど、遅刻等の回数は問題ないはずよ」
クラスメイトは一様に押し黙る。
「ゆきのんの言う通り授業態度から変えていくのは賛成だなっ。あとは中間テストに向けて勉強会を開くとかそんなところじゃない。どうかな?平田くん」
「そうだね。勉強会に関しては僕の方で考えてみるよ」