転生したらうちはイズナでした(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
最終回も大分近づいて参りました中、今回は柱間とマダラ回です。


13.兄弟ブラリ二人旅

 

 

 

 ……そこは地獄だった。

「ひっぐ……うぇええ……あーんあーん」

 泣き叫んでも誰もここには来ない。

 迎えはいない。

 ジャラリと鎖が重々しい音を立てる。

 今は泣いているあの子も、きっとそのうち涙すら涸れていくのだろう。

 そんなことを思いながら、少女は、今日もぼんやりと地下にとりつけられた唯一の窓を仰ぐ。

 高い……鎖に繋がれ転がされた自分には決して届かない。

 けれど、あの窓からはお日様の光が入ってくるから、夜は月明りがほんのり照らすから、だからまだ正気でいられた。

 否……本当に正気なのかはわからなかったけれど。

 ここに連れてこられた子供の数は日々増えたり減ったりする。食事は一日一回、ペットの餌のように深皿に入れられた雑穀粥を這いつくばって四つん這いで食べることになる。

 ひもじいから、それしかないから食べるけど、まるでお前は人間じゃないと言われているみたいだった。それでも、連れて行かれたら、きっとその時は本当に終わる。

 そんなことを思いながら、少女は太陽の夢を見て微睡む。

 お父さんは殺された。四肢を落とされ殺された。

 お母さんは、目の前で男の人たちによって裸にされてよってたかられて、いじめられて、なんだかすごくいやな気分になることをさんざんさせられて、首をしめられ殺された。

 ……まだ10日も経っていないのに、随分と昔の出来事のような気がする。

 ねえカミサマ、わたしは、わたしたちはなにか悪いことをしたのでしょうか?

 そんな風に自分の内側に問いかける少女にとってその日、とびっきりの奇跡が起きた。

 きっとこの日を彼女は忘れないだろう。

 

「?」

 何かが騒がしい。目を開いて、聞き耳を立てる。

「……んだ、あんたは。あ、ああああー」

 小さな声だったけど、それは確かに少女達に『餌』をいつももってくる男の人の悲惨な叫び声だった。

 ギィとドアが開いた。

 久しぶりの明かりに眩しくて、目を懲らす。

「……惨いことをする」

 其の先には一人の男の人が立っていた。

 おじさんと呼ぶには歳を取り過ぎていて、おじいさんと呼ぶにはちょっと若い。白髪交じりの豊かな黒髪を赤い紐で一つに縛って風に靡かせている。首元や口元、目元には年相応に皺などもあったけれど、なんというべきか……美しく歳を取ったそんな印象の、澄んで凪いだ赤色の、綺麗な瞳の人だった。

「おい、イズナ。もう大体片付いたぞ」

 そう言いながらひょいと顔を覗かせたのは、なんだか彫りが深くて気難しそうで偏屈そうな、黒髪と白髪が斑に入り交じったおじいさんだった。

 おじいさんといっても、背中はピンと伸びているし、足腰もしゃんとしていたけれど。男性のお年寄りには珍しいくらいに、髪の量が多くてフサフサで豊かなのが印象的だった。

「ああ、すまない。ありがとう兄さん」

 そう言いながら髪を結っているほうのおじさんが、子供達一人一人の鎖を外していく。

 そうして最後に少女に取り付けられた鎖をも外しながら、年老いて尚酷く綺麗な顔立ちのその男の人はふわりと暖かな笑みを見せながら言った。

「もう大丈夫だ。……今まで、よく耐えたな」

 それはまるで、いつか見た菩薩像のような、仏様のような微笑みで。

 慈しむような優しい声は、幼き日の母の声を想起させた。

「……カミサマ?」

「……カミサマじゃないんだがな。元火影で、今はただの忍びだ」

 きっとこの日を少女は生涯忘れないだろう。

 カミサマかという問いは否定されたけれど、しかし少女は確かにその日、自分にとっての『カミサマ』を見つけたのだ。

 

 

 

 13.兄弟ブラリ二人旅

 

 

 うちはイズナが50歳の誕生日を迎えたその日、里は新しい火影の誕生を祝っていた。

「三代目様万歳!」

「猿飛ヒルゼン様、火影就任おめでとうございます!!」

 これもまた時代の節目だろう。

 なのでこれを機会にイズナの兄マダラもまた、自分のもっていた役職であるうちは一族族長という立場を、一族の親戚筋の男に譲った。

 それに……約束をしていたのだ。

 旅装束を整えたうちはマダラとうちはイズナの兄弟が、あうんの門で共に姿を見せたのはそれから一週間後のことだった。

「本当に行くのか?」

 そう尋ねたのは、50歳を超えているとはとても信じられないくらい若々しい見た目をした、白髪一つない長い黒髪の男だった。一重まぶたに通った鼻筋のなかなかの男前で、見た目だけなら三十代にしか見えず、とてもではないがこの旅立つ兄弟の兄と同年代には見えない。

 彼の名は千手柱間。この国の初代火影であり、兄弟の片割れうちはマダラの友である。

「嗚呼、約束していたからな。集落が軌道に乗り、泰平の世が訪れたら、二人で火の国中の甘味処や、他にも美味い稲荷の店を制覇する……ってな」

「そんなこと初耳ぞ……」

 ずぅううんっといつもの如くキノコでも生えてくる勢いで落ち込み始める友を前に、ハリネズミのような長髪と涙袋が印象的な男はカラカラと笑いながら言った。

「当たり前だろ、ばーか。約束したの里が出来る前だぞ。それに、なんでオレが一々弟との約束をお前に話さななくちゃならん」

 見た目は随分と変わったけど、その気安いやりとりは本当に昔から変わらなくて、それが自分が守れたものをイズナに実感させて胸が温かくなる。

「嗚呼、落ち込むな落ち込むな。大体お前はオレと散々諸国を廻っただろう。まさか、弟と約束を果たすより先に、お前と諸国行脚することになろうとは、オレとて思ってなかったぞ?」

 そういってククッと笑うマダラを見ているうちに、柱間も落ち込むことをやめてつられるように笑った。それから友の手を取り、確かめるような声をかける。

「マダラよ。また、帰ってくるのだな?」

「何を当たり前の事を言っている、柱間。オレがここ以外のどこに帰ると言うのだ」

 そんな風にどことなく不安そうな様子を見せる初代火影に、兄をフォローするようにうちはの弟も言葉をかける。

「今年はヒルゼンに代替わりしてから初の武練祭ですからね。祭りの時期には帰ってきますよ」

 そういうと漸く安心できたのだろう。柱間はパッと明るい笑顔を浮かべて、「そうか! では土産話を楽しみにしておるぞ!!」と一転して明るい声で送り出す決意が固まったようだった。

 そんな男たちと夫のやりとりを、おかしそうにクスクスと笑いながら見守っている貴婦人が一人。

 千手柱間の妻であるミトである。

「昔から本当に柱間様はマダラ様のことがお好きですわね」

「おう! マダラはオレの運命故な」

「運命ってお前……」

 いや、それでいいのかと呆れながらもチラリとマダラはミトへと視線を向けるが、柱間の妻である女は気にする素振りもなく、寧ろニコニコと微笑ましそうに見守るばかりであった。

「お二人の仲がいいのはいいことですわ。ね、イズナ様」

「ええ、そうですね。ミトさん」

 そういって穏やかにニコニコ笑っている弟の微笑みも、柱間の妻である彼女そっくりの慈愛たっぷりなそれであった。

 そんな風にそっくり同じような笑みを浮かべる弟と友人の嫁を見て、実はこの2人似たもの同士なのでは? とマダラは疑った。

「そうだわ、イズナ様。出発する前にこちらをどうぞ」

 そう言いながらニコニコと……昔は美しい赤い髪だったが、今は少し色褪せて茶色がかった髪色をした五十路の女は、根付型のお守りを渡す。丈夫そうな赤い巾着に、デフォルメされた九尾の刺繍が可愛いらしい。

「ミトさん、こちらは?」

「お守りですわ。微力ながら私の力を込めまして……悪意に反応するようになっておりますの」

 そっと後半の声はイズナにだけ聞こえるように、潜めた声で初代火影を支え続けた賢夫人は言った。

 イズナはじっと澄んだ黒い眼で見返す。それに何も答えず、昔より少しふくよかになった女はニッコリ笑って言う。

「いってらっしゃいませ、イズナ様、マダラ様。主人共々お帰りお待ちしておりますわ」

 そうやって見送られ、歩く鬼神と真眼のイズナと呼ばれるうちはの兄弟は、36年前の約束を果たすために旅立っていった。

 

 

 * * * 

 

 

 さてさて、火の国中にある甘味処を制覇する、という目標で旅立った2人であるが、最初の目的地は昆布が名産品となっている海辺の町だ。火の国中全ての甘味処を制覇する、というのが旅の主題なわけなので、急ぎの旅でもなく、まったりと2人揃ってゆっくり歩いてぶらぶらと目的地に向かう。途中で甘味処があったりしたら勿論見逃すことなく入店する心積もりである。

 任務の時は瞬身の術などを使って急ぐことも多いから、こんなにのんびりと外を歩くのは初めてだ。時々会話することもあるが、2人とも黙っていることも多い。だが、その沈黙は苦痛ではない。穏やかで暖かい。ただ、たどり着く先の町でどんな味に出会えるのか、どんな景色に出会えるのかを考えるとイズナはワクワクした。

 気まぐれ満載の、兄弟ブラリ二人旅だ。

 だがまあ、どんな因果か……もしかしたら渡されたお守りの作用もあったのかもしれないが、ちょっとこの旅は本来の意図と違うものとなった。

 というのも……事件遭遇率がやたら高かったのだ、この兄弟は。

 やれ、目の前で違法な人身売買だ、やれ、他国の脱け忍による違法な人体実験施設やら、そんなものに遭遇して、元火影という立場で捨て置けるだろうか? いや、火影が関係していなかったとしても、火の国内で行われたそれを、見捨てなければいけない理由もなく見逃せるわけもないのだ、イズナとしては。

 その為人身売買組織は都度潰したし、人体実験施設も潰した上で脱け忍達は、彼らを追いかけていた追い忍達に無力化した上で引き渡して、脱け忍達の出身国と現火影の猿飛ヒルゼン、それから火の国の役人の下へと知らせの鷹を送り、その人体実験の道具として使う為に、地下へ捕まっていた子供達は全員救出した上で、馴染みの孤児院へと全て預けた。

 まあ、そんな感じで思ったより全然のんびり出来ない旅であったのだが、なんだかんだ合間合間ではちゃっかり昆布にぎりや甘味の数々、美味い稲荷寿司などを堪能していたので、要領が良いというべきか。そんな風にドタバタしているうちに夏が近づき、2人は行き同様にのんびり歩いてブラブラと故郷へと帰っていくのであった。

 

 

 * * *

 

 

「ハッハッハ、それはそれはなんだか賑やかで楽しそうで良かったではないか」

 カラカラと酒を飲みながら言うのは、初代火影である千手柱間だった。

 結局うちはの兄弟が木の葉隠れの里に着いたのは第19回武練祭が開始される時期の1週間前だった。旅立つ前と全く変わった様子もなく、普通にのんびり歩いて帰ってきた2人に対し、柱間はあうんの門の前でそわそわしっぱなしで、「おお、2人ともよぅ帰ってきた! お帰り!」と兄弟の姿を見るなり飼い犬が大好きな主人を見て駆け寄るような調子で、ぱっと顔を輝かせて兄弟一纏めに抱きついてきた姿が記憶に新しい。

 それを見て、兄に連れてこられた様子の千手弟は「いい年して何をやっておるのだ、兄者……」と呆れた様子で頭が痛いとばかりに額を手で押さえ込んでいたし、柱間の妻であるミトは「まぁまぁ、それだけ柱間様も嬉しかったのですよ、フフフ……」と微笑ましげに3人を見つめていた。

 因みにマダラは「往来で何やってんだこの馬鹿」と殴って柱間を引き剥がした。

 それから一週間後の武練祭を一緒に観戦する約束を取り付け、次に兄弟が旅立つのは1ヶ月後であることを知った柱間は、マダラに「では、武練祭が終わった一週間後にうちに飲みに来んか? とっておきの酒を用意しておくぞ」と親友を飲みに誘った。 

 そうして今、こうやって二人で月を見ながら、酒とつまみの干し貝……マダラからのお土産である、を肴に縁側でだべっている。

 はじめは旅についての話をしていたのだが、次第に家族や孫についての話に移行していった。

「それでなー、綱がなー、最近つれないんぞー」

「確かもう11になるんだったか? 年頃の娘なんてそんなもんだろ。放っておけ。無闇に構うからウザがられるんだ」

「そういうマダラは、反抗とかされたことなさそうだの」

「……まぁな」

 静かに酒を嗜みながら嫁に行った娘を思う。

 マダラは3人の子宝に恵まれたが、結局成人するまで生きたのは、上の長女だけであった。

 25歳の頃、出来た子供は二卵性の双子の男子であった。

 しかし、夏の盛りを過ぎた頃、予定日を10日ほど越えてから漸くきたそれは酷い難産で、生まれた子の兄のほうは生まれついての病弱であった。結局長男は1年と保たず、冬の寒さに耐えきれずに死んでしまった。そして、その出産で産後の肥立ちが悪かったのだろう、妻も体調を崩しがちになり、長男が亡くなった3年後に妻もまた風邪を拗らせて死んだ。

 そんなマダラに長老連中は再婚を進めてきたが、「血を残すという義務は既に果たしただろう」と言葉を返し、見合いの釣書は全て断った。実際その時点では次男は健康体で生きていたのもあり、問題はなかった。

 だが、その次男も下忍となった1年後、12歳で亡くなった。

 死因は事故……とある意味言えるのだろうか。別に忍びとして珍しい話ではないが、その日次男は所属する班員達と共に商人の護衛任務を受けていた。特に何の変哲もないC級任務だったし、商人も何度も木の葉隠れの里に依頼を出したことのある常連だった。

 が、依頼を受けた帰りだ。

 次男の所属している班はたまたま他国出身の脱け忍らしき凶悪犯の事件に巻き込まれ、上忍師は当然自分が担当する下忍達を守ろうとしたものの1人では手が足りず、息子は……次男は仲間のくノ一を庇って死んでしまったのだという。肺を一突きで、刃には毒が塗られていて……応援が駆けつけたときには、既に亡くなっていた。亡骸が帰ってきただけ上等だ。しかし、弟の死体を見て、忍びの道を選ばなかった長女は泣きに泣いた。

 そんな風に下の息子を亡くした兄と、弟を亡くした姪が心配だったのだろう。

 イズナは離れから本邸に引っ越し、火影業の合間合間に姪を励ますように寄り添い続けた。

 やがて、イズナが元住んでいた離れを教室という形で開放して、マダラの娘はそこで琴に舞い、華道などを一族の垣根に囚われず、望む者には一律同じ月謝で教えるようになった。

 そうやって色んな人間と関わったのが娘には良かったのだろう。次第に娘は笑顔を取り戻して、二十歳を過ぎた頃に長老衆の用意した見合いに従い、警務部隊に勤める一族の男に嫁いでいった。

 ……とはいえ、舞いの稽古などを行うときは大体うちの離れで行っていたので、毎日とはいわずとも、結構な確率でマダラやイズナも顔を合わせていたのだが。

 今も週に3回は離れを無料開放し、申請さえあれば、僅かな手数料で書道や華道に茶道、舞踏など、色々な教室に使われている。

 柱間に孫が生まれたように、マダラにも孫が生まれた。娘はちょくちょく子供連れでやってくるので時々、マダラ自身がしごいてやることもある。まあ、孫息子には若干苦手意識をもたれているようで、どちらかといえばイズナのほうを慕っているようではあったが。

 うちの弟は最高だからな、当然だと思いつつ、祖父はオレなんだが……とちょっと拗ねてしまったのはここだけの話である。

 まあ、なんにせよマダラは娘に反抗されたこととかは特にない。柱間みたいに過干渉な真似はしてなかったからかもしれない。

 どっちにせよ、孫も生まれて、もう随分と大きくなって……歳を取るはずだ。

 ふと、気付いたら柱間がじーっとマダラの顔を見つめていた。

「……なんだよ」

「いやなに、マダラよ、こうしてみるとおぬし随分と老けたのぅ。マダラの頭が白黒斑ぞ」

「お前が老けなさすぎなんだよ馬鹿、オレは年相応だ。お前といい扉間といい、その老けなさどうなっている。他の千手はちゃんと年を取ってるだろう」

 マダラの目元や口元には皺が刻まれ、かつて豊かだった黒髪は大分白髪混じりの灰色となっているのに対し、柱間は相変わらずの艶っとした健康的な肌色と、白髪一つないストレートの黒髪だ。その若々しさはどう見ても30代ほどにしか見えず、見た目の年齢は親子ほど離れているように見えた。

「ガッハハ、オレにもよくわからん!!」

「一度、捌かれちまえ」

「酷いぞ!?」

 それから2人揃って「プッ」と笑った。

「嗚呼、本に本に今宵は真に楽しいのぅ」

「お前はいつも楽しそうに見えるがな?」

 濃紺の着流し姿で、頬杖をつきながらマダラがからかうような声で言うと、柱間は「いや、そうでもない……」となにやら真剣な声音でポツリと言葉を落とした。

「オレがいつも楽しそうに見えるというのならば、それはお前の御陰ぞ、マダラよ」

 そう言って、いつも太陽のように明るく騒がしかった男は、そっと目を細めて静かに語り出した。

 

「嗚呼、マダラ。我が友よ。オレはお前がオレの運命で、お前とのあの日の出会いは天啓であったと……そう思っておるのだ」

「運命とは、また恥ずかしい奴だな」

「友よ、茶化さないでくれ」

 いつも騒がしかった目は嘘のように凪いでいる。

 マダラは思わず黙って、長年の友の声に耳を傾けた。

「オレは幸せなのだ」

 そういって天を仰ぐように顔を上げ、真っ直ぐな長い黒髪を背に流した男は無骨な大きな手で自分の目元を覆った。

「あの日お前と語り合ったように、里を作り、学校を作り……残った兄弟も死なせず、あまつさえ弟達はオレ達と同じ夢を見てくれて……その先を継いでくれた。そして理解のある妻を持ち、子や孫にも恵まれて……子等は一族の垣根を越えて友と遊び、あの頃よりずっと多くのものが酒の味を知れる年まで育つことが出来ている」

 2人が敵同士だった事も知らず、互いに一族の名を伏せ、語り、競い、笑い合った日々を思い出す。

 マダラは弟が死なぬ世を欲していた。敵同士で殺し合わずに済む方法があるのではないかと、そんな方法ないだろうと思いながらも願掛けをやめることは出来なかった。

 柱間も同じだ。戦乱の世を変えたいと望んでいた。子供らが殺し合わずに住む集落をなんて、あの時代から見たらただの砂利の戯言で、夢物語で、けれど真剣に其の方法を欲していた。

 子供らの命が湯水の如く消費されるあの時代に、同じ夢を見た馬鹿な子供が2人。

 相手が不倶戴天の敵で兄弟達の仇だった千手と知って尚、それでも死んで欲しくないと「にげろ」と水切り石に書いて投げたあの日、柱間もまた「罠アリ去レ」と石を投げてよこした。

 確かにあのとき2人の気持ちは同じだった。

「そしてオレの隣にはお前がいる。もう殺し合うこともなく、お前とこうして酒を飲み明かして、たわいのない話に現を抜かして……幸せぞ。嗚呼、マダラよ、オレは紛うことなき果報者なのだ」

 けれど、結局弟を傷付けるものは何一つ許せなくて、マダラは柱間を殺すことを決意し、友を切り捨てたその胸の痛み苦しみから、写輪眼を開眼した。あの頃……もう一度こんな風に隣で笑い合って、こんな風に酒を飲んで過ごせるようになるなんて、マダラだって思っていなかった。

「ここはまるで夢のようだ。幸せで、幸せで、幸せすぎて……真にお前がここにいるのか、ここは本当に現実か、時々酷く不安になる」

「お前……成人してからやけにベタベタしてくると思ったらそれが原因か」

 やけに、くっつきたがることには気付いていた。

 ただ、そこに悪意は全く感じなかったから、何か抱え込んでいるような気もしたから、口では邪険なことを言ったり、軽く叩いたりはしてもマダラも柱間を突き放したりはせず、好きなようにやらせてた。

 ……なんだか急に柱間が老けて見える。ほんの少し前まで、こいつはちっとも老けないなとそう思っていたのに。

 

「夜、一人で眠っている時には夢を見るのだ……赤い月の中、雨が降っていて、オレはお前の亡骸を抱えている。お前を……殺めたのはオレで、それが現実ではないことくらいわかっておる。ただの悪夢だと。だが……お前を殺めた感触がまるで真のようで、酷く魘され目が覚める」

 段々と柱間の声が泣いてるような枯れた声になる。

 それに対し、敢えて軽い調子でおどけるようにマダラは言葉を返す。

「酷ェな、勝手にオレを殺すな、馬鹿が」

「嗚呼、そうだ。あれは現実ではない。きっとあまりにもオレは幸せすぎて……今の現こそ夢のようで……もしもお前があの時手を取ってくれなければ、と……そんな不安が見せた夢ぞ」

 そんな言葉をかけながら、柱間はぎゅっと友の背に手をまわして、その体を抱き寄せた。マダラは拒絶しなかった。友のその腕が小刻みに震えていることに気づいていたからだ。

 拒絶の代わりにポンポンと、幼子の子守をする調子でその背を叩く。

 もう大丈夫だと教えるように。

 ぐしゃりと柱間が顔を歪める。まるで童が泣くのを堪えるような顔だった。

「臆病と笑うてくれ、マダラよ。こうして触れて、掴んでいないとお前は……次の瞬間には消えていそうで、この現実(ゆめ)も覚めてしまいそうで……オレは怖いのだ」

 ぎゅううと柱間はマダラを抱きしめる。「痛ェよ、馬鹿力」といつもならそんな軽口を返すところだが、マダラは何も言わず、トントンとリズムをつけながら、ただただ友の背を叩く。

 暫くしてから、漸く柱間はマダラの体を解放した。それからグイッと水でも飲むかのように酒を煽る。

 目尻にはキラリと水滴が滲んでいた。

「お前あっての夢で、里ぞ。お前がいたから、オレは夢を諦めずに済んだのだ……」

 そういって、柱間は月を仰ぐ。

 それから、不安そうに瞳をユラユラ揺らして、迷子の子供のような顔でマダラを見る。

「マダラよ、お前こそが我が天啓だった。だから、なぁ友よ……消えんでくれ」

 それを見て、嗚呼しょうがねェなと思うあたり、マダラも大概この友には甘いのだ。

「……今更、消えねェよ。飲み過ぎだ、馬鹿。いくらお前の見た目が若くても、オレもお前もいい加減ジジイだ。加減くらい覚えろ」

「ハハ……そうさなあ……」

 酒に酔ったからではない。

 それはわかっていても敢えてマダラは全ては酔っているから、そのせいだということにした。

 男の弱音など、聞かないフリをしてやるのが優しさというものである。

「折角の良い月なんだからな」

「嗚呼……そうよな。まことに良き月ぞ……」

 月の光は穏やかに、優しく柱間のことも、マダラのことも照らしていた。

 

 ……千手柱間が亡くなったのはこの翌日のことだった。

 朝、いつも夫が目覚める時間に起きてこないことを心配した妻のミトが寝室に入ったところ、穏やかに眠るように息を引き取った柱間を発見した。

 死因は不明。

 本人の魂は既に体を離れ、確かに亡くなっているにも関わらず、其の細胞は生きていて朽ちることを知らぬように瑞々しかった。とんでもない生命力を持つその細胞の持ち主だった柱間が何故死んだのか。寿命だったのかどうかすらもわからず、その肉体は妻であるミトに渡され、棺に納められた遺髪の分を残して、弟である千手扉間に引き取られ、木の葉忍術研究所地下に納められたという。

 木の葉隠れを作り上げた偉大なる創設者の片割れで、初代火影だった男の死に、次々献花が届けられ、その死を惜しまれた。

 享年55歳。

 戦国最強の忍び、忍びの神と敵に恐れられ、その愛嬌のある微笑みと明るい人柄に味方に慕われ愛された男は、戦国の平均寿命を越え安らかに眠ったのだ。

 きっと男に悔いはなかっただろう。

 その男の友人だったうちはマダラと、彼の偉業を受け継ぎ二代目火影となったうちはイズナも、偉大なる初代火影の死に喪に服した。

 そして千手柱間の死から49日を過ぎた後、兄弟は再び旅立つ。

 数ヶ月~長いときは1年ほど、火の国中のあちこちへと兄弟ブラリ二人旅を繰り広げ、気まぐれのように一ヶ月ほど木の葉に帰ってきてはまた旅立つ。その間約5年。

 その間、うちはの兄弟2人は、何の因果かいくつもの事件にあい、いくつもの事件を解決した。

 甘味処巡りが主題だった筈だが、トラブルには事欠かず、行く先々で悪と出会い、それを倒し、虐待を受けた子供達や虐げられた女性たちなど数多の人々を救い、沢山の感謝を受けた。

 

 うちはイズナの瞳は世の真実全てを見抜く、悪なるもイズナの眼の前では丸裸も同然だ。故に『真眼のイズナ』と人々は畏れ慕い呼んだ。

 悪しきを挫き、弱きを助けるその在り方は、これをする為に火影を引退したのかと、真眼のイズナの名声は火影を引退して尚高まるばかりであった。

 その『歩く鬼神』と『真眼のイズナ』のうちは兄弟による5年の旅路は後に『マダラとイズナ』『真眼のイズナ』『うちは兄弟世直し旅』など絵本という形で出版され、多くの火の国の民に親しまれることとなる。

 まあ、その際旅立ったとき兄弟は二人とも五十路を越えていたのだが、この手のお約束として弟は美しく凜々しい若武者姿に描かれ、『歩く鬼神』という異名からか、兄のほうは8割の確立でデフォルメされた鬼の姿に描かれてたりしたのは、ご愛嬌という奴であろう。

 因みにこの5年の旅路について、弟は『火の国甘味処大全』という本を、兄のほうは『火の国隠れた名店名所グルメガイド』という本を出版し、グルメマニアの間ではその細やかな描写かつ簡潔でわかりやすい紹介などを絶賛され、その売り上げは火の国中にある教育機関への支援金という形で全額寄付という形で手元に残さなかったのも、なんと高潔な人物かという評判に繋がった事をここに記載する。

 

 旅が終わった後も、二人の在り方はそうそう変わるわけではない。

 弟は近所の子供の修行を見てやったり、まったりと甘味処でお茶をしたり、舞いや書など、時には忍術と関係ないことも教室を開いて教えたりもする。

 兄も兄で趣味の鷹狩りに興じたり、たまに大暴れしたいときにS級かA級任務を受けたり、孫息子に修行をつけてやることも多々あった。

 そうしているうちに月日は経ち、イズナは58歳、マダラは63歳となった。

 

 

 続く


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