転生したらうちはイズナでした(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
原作でオビトはまるでマダラが100歳近い老人みたいな反応してるけど、色々計算したら原作でオビトに出会ったときのマダラって70代後半くらいの年齢でしかないんすよね(笑)
ともあれ、次回、最終回!


14.月下の語らい

 

 

 

 イズナが58歳になったその年、忍界全体に嫌な雰囲気が漂っていた。

 嵐の前の静けさというべきか、あちらこちらで火種が燻っているような嫌な雰囲気だ。

 イズナはとうに火影を引退した身ではあるが、それでもあちこちに目や耳はある。それに……イタチの記憶によるとこの年代の少し後の時期に、彼の世界では第二次忍界大戦が始まっていた。

 この世界はイタチの記憶とは既に別の歴史を歩んでいる。しかし、金閣銀閣のクーデターといい、同じになる部分もあるわけで、全く同じになるわけではなくとも、イタチの記憶も参考程度には頼りにしていいだろう。別世界で生きた死人の記憶を鵜呑みにするのはそれはそれで問題ではあるが。

 確証は無い。

 確証は無いが、イタチの記憶と、それから実際に集めた目や耳から入手した情報、それらを摺り合わせた上で、イズナは現火影である猿飛ヒルゼンに提案した。

「三代目、次の会談に悪いがオレを護衛小隊の一人として連れて行ってくれないか」

「先代様?」

 元火影を護衛に連れて行けなんてそんなこと聞いたことが無い、ヒルゼンはぎょっとした顔で先代火影を務めた男を見る。

 火影が代替わりして以来、イズナがこんなことを言い出したのは初めてだ。

 彼は自分を弁えている。

 だから、火影を引退した今、あまりヒルゼンのやることに口を出したりはせず……精々5年の旅の時に、色々起きたトラブルの件でこちらに詳細を送って承諾印を求めたくらいで、あとは木の葉隠れの里に戻ってきた時は目立たないようそっとひそやかに余生を送っていた。

 それは、前政権のトップが現政権のトップに口出しすれば、現政権が揺らぐことを知っていたからだろう。だから、ヒルゼンのやることに口を出したことは無い、これまでは。

 次の会談といえば、岩隠れの里との会談の事だろう。

 最近の緊張した忍界の空気は、ヒルゼンとて気付いている。そこで、岩隠れと同盟を組めないだろうかと会談に向かうことになっていたのだが……ヒルゼンは知っている。うちはイズナの嗅覚の鋭さを。これまで一切口出しなどしなかったのに、わざわざ護衛小隊として連れて行け、というのなら、何かあるのだろう。

「わかりました」

 だからヒルゼンは、色々聞きたいこともあったが飲み込んでその提案を受けることとした。

 ただ、何が起きてもいいように、万全に装備だけは調えながら。

 

 

 * * *

 

 

「……まさか、風と水が組んでいるとは」

 そんなことを漏らしたのは、三代目の護衛小隊の一人だった。

 ……会談は失敗した。

 というより、正確には会談は火影を呼び寄せるための罠だったというほうが正しい。

 風の国も、水の国も……更にいえば土の国も不満を抱いていたのだ。

 それは何にか?

 火の国木の葉隠れの里の……大樹の如き安定感に、である。

 火の国は豊かな国だ。緑が眩しく、情勢は酷く安定している。否、安定しすぎていた。他国はそうではない、砂隠れの里がある風の国は砂漠ばかりで人が暮らせる場所が限られている。霧隠れの里がある水の国など寒冷な気候で、食べ物も豊潤とは言いがたい。岩隠れの里が存在している土隠れだって、荒涼とした大地に岩だらけという人が住むには不適切な土地だ。木の葉隠れの里とはあまりに違う。

 だから、嫉妬を買ったのだ。

 自分は苦しいのに、なんで、あいつだけ……そんな負の感情は容易に敵意に変わる。

 それでも8年前までは千手柱間が……戦国最強と呼ばれた忍びの神が生きていた。

 若い世代には眉唾と思われているあの男のデタラメさを、同年代は、年寄り達は知っている。まるで御伽噺のような戦いを、あれは現実に出来る力がある。全てが桁違いの怪物だ。

 けれど、本当に死んだという確信ももてず、多くの間者を放った。そのうち引退した二代目火影が兄であるあの『歩く鬼神』をつれて、火の国中を回り出した。

 それも、どこから嗅ぎつけているのやら、まるで悪意が判るかのように、火の国に燻る火種を次々と消していった。中には自分たちの国がじっくり何年もかけて仕込んだ種もある。

 巫山戯んな! といいたいが、自国を守ろうとするのは当然といえば当然であるし、あくまでも奴らがまわるのは自分のテリトリーである火の国だけだ。歯痒い思いを戦争を望んでいる勢力はギリギリ歯軋りしつつ見送った。

 そうしたら、ぱったり、3年前を境に奴らはそんな行動をやめた。

 さて、でもどこまで信じて良いのやら、本当に引退したのか? わからず更に人を送るが、わかったのはどうやら大人しく兄弟揃って木の葉隠れの里に籠もっていることだ。いや、兄のほうはちょくちょく任務を受けて出て行っているので、厳密には籠もりっぱなしというわけでもないのだが。

 それを受けて、水と風が結託した。そして土にも誘いをかける。

 岩隠れとしては迷うところだ。

 火の国が妬ましいのは岩隠れも一緒だったが、金閣銀閣のクーデター事件に自国が巻き込まれた時、真っ先に自国を救援しに駆けつけてもらった恩もある。故にまあ、蝙蝠とも言おうか、火の国の三代目火影が自国に接触して会談で同盟を結ぶことを希望している、その会談の具体的な日時などの情報を横流しにした。

 故に、岩隠れの里を目前にして三代目火影御一行は、水と風の精鋭部隊による襲撃を受けたのだ。それと同時に水と風による宣戦布告も為された。

 いくら三代目が強く、二代目も……姿を偽ってわからないようにしているとはいえ、護衛としてついている。木の葉有数の実力者がここに揃っているといえる。しかし、多勢に無勢。連絡用の鳥を飛ばし、こうして森の中に逃げ込んだ次第である。

 だが、元々このあたりは火の国のテリトリーでは無い。襲ってきているのは水と風であるが、おそらくこのあたりの地形についても土からある程度情報が横流しされていることだろう。

 つまり絶体絶命に近い。

 さて、定石を考えるなら、誰かを囮に残し陽動としたあと、自分たちは……特に火影である三代目が火の国にたどり着き、反撃の態勢を整えるのが一番だと思われるが……だが、歴代火影でも殊更甘い三代目にとって、誰かに囮になれというのはあまりにも……。

 そんな風に下唇を噛みしめる齢38の現火影に対し、ぽん。

 優しく肩を叩き、そしてふわりと安心させるように微笑みながらイズナが言った。

「……大丈夫だ」

「二代目様……」

 次の瞬間爆音が響き渡った。

 ドッゴーン!!

 そんな派手な音を立てて、土煙が上がり、衝撃になれた筈の忍びの体もよろめかし爆風で飛ばす。

 護衛小隊の中でも一番若い忍びが驚きに目を見開く。

「!! あれは……!?」

 そこにいたのは巨人だった。青い鎧の見ているだけで悍ましさの伝わる骸骨のような巨人だった。

 次いでこの世の地獄から湧いて出たような、低い低い男の声が戦場一帯にピリピリと響く。

「オレの可愛い弟に手を出した砂利共はどこだァ!?」

 白髪を靡かせて、青い巨人と共に現われたのは、歩く鬼神、うちはの生きる伝説と呼ばれた男だった。

 年老いて尚量の多い長髪を靡かせて、怒りにギラギラした光る赤い目をしたその老人は、年老いて尚覇気に陰りは無く、その形相、チャクラ、気配はまさに、鬼。

「マダラ兄さん」

 すっと、年老いて尚張りのある清涼感のある落ち着いた声で、弟が兄の名を呼ぶと、兄はぱっと青い巨人を消して「イズナッ!」と弟の名を呼びながら近寄ってきた。

 そして冷静な瞳で弟の先代火影のほうは、安心させるような微笑みを三代目一行に向けながら「大丈夫だ、オレと兄さんで殿を務める。三代目も皆も早く里に戻った方が良い」と言った。

「しかし……」

 ヒルゼンは渋る。

 ある意味当然だ。いくら強いと言っても、兄は63歳で弟は58歳。全盛期に比べ随分と衰えているだろうし、もう隠居している年齢だ。そんな風に心配してくれている現火影に対し、心外だなと言わんばかりの顔で、冷静にイズナは告げる。

「心配、いると思うのか?」

 そうして目線の先は、兄によって跡形もなく吹き飛ばされた森の一角だ。

「いらないでしょうね……」

 三代目は納得した。

「御武運を」

 そうして三代目は木の葉隠れの里につくなり、霧隠れの里と砂隠れの里、そして其の共謀を黙認した岩隠れの里に対して抗議声明を送り、宣戦布告に対して応戦を決意する。

 尚、マダラとイズナの兄弟は何事もなかったように、三代目一行が里に帰ってきた3日後に帰国した。

 そもそもこの2人はとんでもなく敵に回したくないツーマンセルなのである。うちは兄の馬鹿げた火力に気を取られれば、うちは弟の巧みな幻術に絡め取られ、情報全てを気付いたら引き出される。かといってチャクラ切れを待とうにも、そもそも2人揃って体術の腕前も超一流であるし、弟の手裏剣術に至っては、大抵の大術の発動を事前に察して死角から投げた正確無比の手裏剣術によって、相手の術の発動を阻害するぐらいの、神懸かった腕の持ち主である。

 精鋭の10や20差し向けても、敵にすらなれなかったといえる。

 まあ、そんな経緯でこうして第一次忍界大戦が始まった。

 始まった忍界初の五大国入り交えた大戦争は終結まで約2年かかった。戦後処理には約1年だ。

 うちはイタチの記憶に存在する第二次忍界大戦の時期より少し早い開始時期に始まり、うちはイタチの記憶する世界の第二次忍界大戦よりも何年も短い戦争期間だった。

 たった2年で済んだのは、久しぶりの戦を前にマダラが大張り切りして、大暴れしまくったせいも大いに関係しているだろう。世界は『うちはの生きる伝説』の恐ろしさを思い出したのだ。

 イタチの記憶する第二次忍界大戦と、この世界で起きた第一忍界大戦は、起きた時期は似ているが詳細は異なる。

 しかし、何の因果か、この世界でも綱手は弟の縄樹を失い、綱手・自来也・大蛇丸の3人は三忍の称号を受け、この戦争の数年後、自来也は雨隠れの里で長門、小南、弥彦の3人を弟子に取ることとなる。

 変わることもあれば、変わらないこともある。

 でも人生などそんなものなのかもしれない。

 

 そしてこの戦争から約8年……

 

 

 * * *

 

 

「ごほ……ごほ……ごほ……」

 自分の咳き込む音で、イズナは目が覚めた。

 息が苦しい。

 少し体を起こす。

「ごほ……こふ……」

 この時間はいつもそうだ。

 暫くすると小鳥の声と共に朝日が障子を淡く照らしていく。それと共に、段々と息苦しさが収まってきて、イズナは深呼吸をゆっくり繰り返しながら体を起こす。

「…………」

 口元にはべったりと、赤い血がついていた。

 

 うちは一族の族長がうちはフガクに代替わりを果たしたのはつい数年前の事だ。

 前世の自分にとって父親だった人の、若々しい姿にほんの少しだけ懐かしいような感覚も覚えるが、うちはイズナにとってはフガクとて愛しい里の子の1人だ。若き族長の誕生は誇らしい。

 だが、気付いた。

 切っ掛けは自分の前世にあたる、うちはイタチの両親であったフガクとミコトが結婚したこと。

 前から少し体がだるいとは思っていた。それを歳を取ったせいだと思っていたが、どうやら肺を病んでいたらしい。

 おそらく、前世の……うちはイタチの時と同じ病気だ。

 だが、今更悔いもない。この年まで生きて、文句をいうなどそれこそ罰が当たる。

 兄であるマダラは病気を治す方法があるのでは無いかと、検査を受けることを必死に訴えたけど、イズナは首を縦には振らず……弟の頑固さを知っている兄は、そのうち検査を受けることを訴えることを諦めた。

 その代わりのように、趣味だった鷹狩りさえやめてイズナに寄り添っている。

「イズナ、大丈夫か?」

 心配そうに粥を手に兄が部屋へと入ってくる。

「ええ、兄さん。大丈夫です」

 イズナは微笑んだ。

 

 その日は暑い夏の日だった。

 8月の雲一つ無い、月の綺麗な夜。

 いつもは病気を心配してすぐ寝床に入るよう口煩い兄が、何かを予感したのか、弟からの「一緒に月見をしませんか?」という誘いを断ることもなく、共に並んで家の縁側から2人揃って月を見上げる。

 ……今までもこんな風に何度も兄弟2人揃って月を見上げたものだ。

 兄のマダラは月光浴が好きだから、というのもあるのだろう。兄は酒を片手に、弟は月見団子を片手に静かに語り合う時間が好きだった。

 父が死に、2人が万華鏡写輪眼に目覚めたあの夜もそうだった。

 2人揃って月を見上げ、今までに死んでいった一族や父に兄弟達の冥福を祈りながら、それでも未来を夢見て語り合った。

 けれど、もう弟は……イズナは大好きだった団子を食べることすら出来ない。

 2人とも年老いた。

 真っ黒だった髪は真っ白で、手も首元もしわくちゃだ。

 マダラなどひ孫まで生まれた。娘とそっくりな要領の悪い泣き虫のくせに、火影になるんだと豪語している、生意気なガキンチョだ。

 ……リンリン、と鈴虫が鳴いている。

 夏の空は澄んでいて、こんな日は星がよく見えるのだろう。マダラの目はそこまで見えていなくて、なんとなく月の輪郭がわかる程度なのだけれど。

 それでも月の光は好きだった。

 ゆっくりと隣に座って月を見て微笑んでいる弟に視線を向ける。

 年を取り皺が増え、髪は白く染まり老いて……それでも弟が尚綺麗に見えるのは、おそらく内側から溢れたその魂の在り方が美しいからなのだろう。

 清浄な空気と静謐な微笑みは昔から変わらず、嗚呼まるで中秋の名月のようだなと昔と変わらず兄は思う。全てを照らす月の光は、闇の中でしか生きることが出来ないものにも、等しく優しく包み込む。

 この弟の在り方は、魂は月の光によく似ている。

 ……いっそ、今聞いてしまおうか。

 今までずっと聞かないようにしていた。けれど、もう時効だろう。

「なぁ、イズナ……」

「はい、なんですかマダラ兄さん」

 昔と変わらず、凪のような澄んだ瞳が静謐さを湛えてそこにある。

「お前は言ったな。オレが結婚しないのは、扉間と同じ理由だと。兄との家督争いを避ける為だと」

「…………」

「あれ、嘘だろう」

 イズナは何も言わない。ただ、月のように、静かに微笑んだままだ。

「もう一つの理由のほうも知っているが、それも言い訳に過ぎん」

 そもそも扉間と同じ理由で済むのは火影になる前だけだ、けれどそれさえ嘘だろうと兄は言う。

「まぁ……お前の嫁になりたがるやつがそうそういなかったのも事実だがな」

 イズナは色んな人間に好かれていた。女子供にも好かれていた。けれど、それは異性としてではない。

 昔からうちはイズナは不思議な子だった。

 まるで子供の頃から子供らしくなく、異質なのに皆に慕われる。その佇まいは、オーラは、何千年も生きた仙人か、あるいは悟りを開いた高僧を思わせた。誰もが皆、実際に相対すれば、その徳の高さを感じた。うちはイズナはそういう存在だった。

 故にそれとなく、イズナと婚姻するつもりがあるのかと、族長としての仕事としてマダラは年頃の女達に尋ねた。皆、揃って答えるのだ。「畏れ多い」と。

 イズナを慕っているのは事実であれど、その隣に並び立てる自信がないと、無理だと全員揃って首を振るのだ。それに、イズナ自身も「家督争いを避ける為、自分は家庭を持たない」と、千手扉間が結婚しないのと同じ理由だと周囲に説明していた。

 そんなものか、と嫁にいきたがる女が実際いないのもあるし、一族内にそういう空気が流れていたのは事実だ。

 だが、それでも万華鏡写輪眼を開眼した優秀な血を残さないなど、長老衆に納得できるわけではなく、再びせっつかされるようになった成人したくらいの年、イズナはある紙を長老衆に差し出して、それを読み理解した長老衆は、納得した上で結婚させることを諦めた。イズナの体の秘密は、一族にとっても恥になるとそう判断したからというのもあるのだろう。

 当然、族長であり兄であったマダラもそれを見て、弟の体のことを知った。

 成程、そういう理由なら結婚させるメリットなどどこにもない。

 けれど、それが理由で結婚しないというのは、何か違和感があった。結婚はメリットだけでやるものか? 弟ほどの人間ならそれでもいいと思う女だっているだろう。いや、マダラ自身は族長の義務として行ったので、そういう面が多くを占めるのを否定はしないが、弟の性格を知っているからこその違和感だった。

 家督争いを避ける為なんてそれこそ言い訳だ。

 火影に就任後も、イズナはやってくる縁談は全て断った。自分の体のことを仄めかせば、それが目的だったものは大体退いた。

「オレはこの里と結婚したからな。お前達全てがオレの子だ」

 そう慈愛に満ちた目で微笑みながら弟が告げれば、そんなものかとそのうち縁談を進めてくる勢力自体いなくなった。

 その言葉自体に偽りなどないだろうと兄は思う。

 けれど、本当の理由では無い。

 そのことに気付いていながら、今までマダラは弟に指摘することは無かった。

「お前が結婚したくなかっただけだ。自分の家庭を、作りたくなかったんだろう?」

 それは……事実だった。

 

 イズナは結婚をしたくない。

 自分の家庭を持ちたくなかった、だから結婚しなかった。

 どうしてか……それは自分がうちはイズナだったからだ。

 うちはイタチの記憶を持つ、うちはイズナという人間だったからだ。

 かつてイタチは、弟のサスケを除く全てのうちは一族を其の手で皆殺しにした。その中には父のフガクと母のミコトも含まれている。どうしてそんなことをしたのかと言われたら任務でもあり、戦争を避けるためでもある。けれど、それを決意して実行したのはイタチ自身なのだ。

 イズナはイズナだ。

 イタチは前世の自分ではあるが、今のイズナとイコールというわけではない。何故なら、うちはイタチは死んだのだから、死人の想いを引き継ぐことは出来ても、イズナはイタチにはなれない。

 けれど、其の人格は地続きで、本質は何も変わらない。

 つまり、自分は必要とあればどれほど慈しんでいる一族の子供達だろうと、己の手で皆殺しに出来る人間なのだ。そんな真似はさせないと、そんなことにならないようにしてきたけど、そう出来るという事実は胸のしこりとして片隅に引っかかる。

 この世界にうちはイタチの罪などどこにもない。そもそもうちはイタチは未だ生まれてすらいない。ここにいるイズナも、イタチの記憶を持っているだけでイタチでは無い。

 けれど、思ってしまうのだ。

 自分に暖かな家庭を築く資格などあるのだろうかと。

 かつて父を母を一族みんなを殺したその記憶を持ちながら、家庭を為す……そんなこと、誰が許したとしても、イズナ自身が許せない。

 誰に嘘をついてもいい。

 それでも自分に対してだけは嘘をつかない。

 それが今世での……うちはイズナの忍道なのだ。

 素知らぬ顔で妻となる女を愛し、養子を迎え我が子として可愛がり、何食わぬ顔で父親となる。

 そんなこと、イズナはしたくないし出来ないと思ってしまった。

 家庭を持ちたくなかった。

 兄の子を可愛がる、里の子供達皆を愛す、それだけで十分だった。

 そんな中、兄との家督争いを避ける為生涯独身を宣言していた千手扉間の存在は都合が良かった。

 イズナと扉間は立ち位置が似ていたから。里人の多くは扉間と同じ理由といえば納得してくれた。それに、兄がそれとなく一族の女達に尋ねて自分に嫁ぎたいと思っている年頃の娘がいないことも把握していたから、尚更断りやすかった。

 それでも血継限界の一族だ。

 希少な血を残すことにそんな綺麗事をと憤慨する老人に対しては、その言葉を封じる手段がイズナにはあった。

 何故なら、イズナは……そもそも子供を作る事が出来ないからである。

 

 イズナにとっては幸運な事に……恐らく、イズナと同じ状況なら、世の男性の9割以上が不幸だと断じるだろうが……イズナは無精子症であった。

 イズナの体がいつまでたっても華奢な体格であったことも、膂力が低いのも、生来の部分もあるが……男性ホルモンの量が平均よりも低かった事も関係している。

 それが判明したのは16の頃だ。

 アカデミーも開校し、漸く活動を始めた木の葉忍術研究所で、とりあえず、最初は職員全員の体の検査からスタートすることとなり、当時扉間の副官を務めていたイズナも検査の対象となった。

 其の結果、判明したのがイズナが非閉塞性無精子症であり、射精は出来ても子供を作ることは出来ないという事実だった。

 故にその診断結果を長老衆に提出した上で、要は己には子種がないことを告げると、前途の状況も手伝いイズナに結婚を勧めるのを諦めた。まあ、ある意味当然である。何故イズナに結婚させたがったかといえば、子供を作り優秀な血を残させる目的なのだから、結婚したところで子供が出来ないのなら、結婚させるだけ無駄……もっと言えば嫁に出す女の腹が勿体ない、というのが長老衆の結論である。

 そしてイズナに子供を作る能力がないというのは、一族にとって恥だ。イズナもマダラもそうは思わないが、長老衆はそう考えた。

 だから、イズナが最初に言った「家督争いを避けるために結婚しません」という表向きの理由を支持したし、イズナには子供を作る能力がないと知り、イズナを六道仙人の生まれ変わりかなんかだと思って神聖視してた年寄りに至っては、「やはり、世俗の者とは違いましたか」と、益々その思いを強めて、神格化されてしまったのが誤算と言えば誤算ではあったが。

 火影就任後も、一族以外から来る結婚の申し込みに対しては、「家督争いを避けるために生涯独身を貫く旨」を懇切丁寧な文章で断りの言葉を入れた上で、さり気なく子種が無い事を仄めかせば、「そうですか、それは残念ですな。やはり貴方様はご立派な方だ、これからも頑張ってください」と大体向こうのほうから引いてくれた。

 まあ、そんなものである。

 結婚とは家と家を繋ぐもの。では何を持って繋ぐかといえば生まれてくる子供によってである。それが結婚してもいつまでも子供が出来ないとなると、責められるのは女のほうだ。しかしこの場合、子供が出来ない原因が男のほうであるとはじめから判明している。自分の娘に石女という不名誉な疑いをかけられる事を容認する父親はそうそういない。

 だから、イズナが独り身なことを誰も何も言わなかったのだ。

 しかしそんな弟に向かって、兄は言う。

 

「たとえ子供を作る事が出来ずとも、それこそ養子を取り、家族として暮らす事は出来る。だが、お前はそれを選ばなかった。子供も出来ぬのに自分に嫁がされる女に申し訳ないから? 違うな……お前は自分が家庭を持つ事が嫌だったのだ」

 その兄の言葉に、「嗚呼、見抜かれていたのか」とイズナは観念するように思う。

 ……別に、この人を侮っていたわけではない。

 ちょっと……どころでなく、大分ではあるが悲観主義者で考えすぎて一周回って馬鹿なところもなくはないが、それでもこの人は基本的に頭は良く回ったし、繊細が故に敏い。

 それでもここまで見抜かれているとは、イズナは思いもしなかった。

「お前が何かを抱え込んでいているのは知ってた。きっと、家庭を作らなかったのもそれに関係してたのだろう。でも聞かねェよ、何を抱え込んでいたのかまでは。でもなぁ、イズナ。お前は後悔していないのか?」

「……はい、後悔はありません。オレは、たとえ誰に何を言われて、どう思われようと幸せな生涯を送ったとそう思っています」

「そうか……ならいい」

 そう言って兄は、再び月を見上げる。

 ……殆ど見えていないはずだ、もうこの人は。

 それでも眩しそうに月を見上げる姿は、年老いて尚酷く様になっていた。

「……何故」

 今まで何も言わなかったのに、今それを尋ねたのだろう。そんな弟の気持ちがわかったのだろう。イズナの兄は苦笑してから、ポンポンと弟の頭を撫でると、其の手を重ねてから、なんでもないように言った。

 

「オレはお前のお兄ちゃんだからな」

 ニっとマダラが笑う。

 太陽のような、あの日守りたいと思った慈愛に満ちた顔で。

 そうしてイズナは思っていた以上に、この人に甘やかされて守られていた事を知る。

「マダラ兄さん……」

「ああ」

「兄さん、愛しています」

「オレもだ。オレの可愛いイズナ。お前のことを誰よりも愛しているよ」

 段々と声が遠くなっていく。視界が霞む。重なった手が温かい。そのぬくもりを手放さないように、今は殆ど力の入らない手で兄の手を握る。ゴツゴツしててしわくちゃの、年を取った手。大好きな……イズナを守ってきた、手だ。

「……眠っても、いいですか」

「嗚呼、ずっとオレがついている。だから、安心して眠れ」

 その暖かな声に安心して、イズナはそっとその目を閉じた。

 そして、そのまま、永遠に目覚めることは無かった。

 うちはイズナ享年69歳。

 うちはイタチという少年がこの世に誕生する、十月十日前の出来事だった。

 

 そして、兄もまた弟の後を追うかのようにその1年後に亡くなった。

「イズナや柱間のいねェ世界に興味はねぇ」

 とそんな言葉を残して。

 世間が第25回武練祭の黄色い閃光と三代目火影の対戦の凄さに沸き立つ中、突如出回ったうちはの生きる伝説、歩く鬼神と呼ばれた男の最期に、驚きの声が木の葉隠れ中に席巻した。

 木の葉隠れの里の名付け親にして創設者の片割れたる男の死んだ日は、何の因果か……それとも柱間の言うとおりこれが運命だとでもいうのか、初代火影千手柱間の命日と一緒であったという。

 享年75歳。

 誰もが認める大往生であった。

 

 

 続く

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  • イズナ(元イタチさん)
  • マダラ
  • 柱間
  • 扉間
  • ミト様
  • 姪っ子ちゃん(オビト祖母)
  • マダラのモブ嫁
  • イズナとマダラの死んだ兄弟
  • カガミ
  • ヒルゼン
  • ダンゾウ

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