正直闇堕ちものとかスレ○○ものとかの良さは全くわからなかったりするんですが、マダラは(柱間とセットで)見てておもしれーから好きです。
「……次からは戦場で会うことになるだろうぜ千手柱間」
酷く重い響きで兄はそう言った。
ずっと澄んだ黒色を宿していた兄の目が鮮やかな赤に染まる。
一つ巴の写輪眼。
「オレは……うちはマダラだ」
兄が死んで、弟が死んで、仲間が死んで、それでも開眼しなかった次兄の目が血のような色に染まる。
千手柱間と……友との決別によって。
その意味をオレは悟らずにはいられなかった。
3.はじまり
日が昇る半刻ほど前に目覚めるところからイズナの一日ははじまる。
やや肌寒い澄んだ空気に包まれる、この瞬間がイズナは好きだった。
キチンと布団は畳み、井戸水を汲み上げて顔を洗い、歯を磨き、それから髪を手櫛で梳かす。
いつも通りのルーチンだ。
身嗜みの大事さは前世のうちはイタチであった時代からほとほと身に染みている。うちは一族棟梁の息子として恥ずかしくないよう、礼儀作法と共にあまり意識せずとも行える習慣である。
ただ、前世のうちはイタチの時は、自分は母ミコトに良く似たさらさらストレートの癖一つ無い髪で、髪の手入れに苦労した覚えがない。
だが今は違う。
濡れ羽色をしたうちはイズナの髪は、色艶こそ似ているけれど前世のイタチのものより癖が強く、兄弟おそろいのこの剛直なツンとした髪の指通りはまるで、前世の弟だったサスケのものによく似ていたし、前世では経験したことのない寝癖がつくという現象を、イズナは今世の体で初めて経験した。
でも別に嫌じゃないし、今の髪もそれなりに気に入っている。
これは自分の髪でしかないというのに、そのツンと立った一見硬そうでいて触ると柔らかい髪の感触に、前世でサスケの髪を梳いてやっていた時を思い出して、なんだか少しだけ幸せな気分になるから。
だから前世よりほんの少しだけ手間がかかるこの髪も嫌いじゃない。
寝癖がとれるまで水をつけて二度三度梳かして、それから赤い髪紐で肩甲骨の下あたりまで伸びた後ろ髪を一つに纏める。
そうして日の出まで朝の走り込みへと向かう。
日課の体力作りだ。
忍びが忍術に使うチャクラとは、精神エネルギーと肉体エネルギーを混ぜ合わせて練り上げるものであり、いかに熟練の腕があろうといまだ7つの子供に過ぎぬ身には、年齢相応分のチャクラしか望むことが出来ない。
故に知識のあるなしなど関係なく、大規模な術の行使を望むなら、少しでも高く身体能力を上げる必要がある。
だからこそ精神エネルギーと肉体エネルギー、どちらもある程度育ってから漸くまともに使えるようになる火遁・業火球の術が、うちは一族では一人前の証明となっている。
当然イタチも業火球は使える。
しかし、未だ齢七つでしかないこの身ではたいした火力にはならないし、使えるチャクラに限りがある以上、この小さなこの身でメイン火力として振うには火遁・業火球の術がいささか非効率的である。
故に今のところ戦場では口寄せの鳥を使った攪乱や、幻術、手裏剣術などをメインに、チャクラの温存と小柄な体を生かす方向性で戦っている。火遁を主力に組み込むのはもう少し歳を重ねて、身体エネルギーの量が増えてからだ。
壁登りも水面歩行の行も、イズナにとってはいずれも息をするように出来ることで、何一つ困難にはならないけれど、それでも行えば使った分だけチャクラは消耗する。ならばチャクラ量を少しでも上げる足しくらいにはなるだろう。だから足場を問わず、水面も森の中も壁も構わず集落の回りを駆け抜ける。
そうして夜が明けた頃に家に戻り、再び井戸の水で汗を流し、伝統的なうちは装束に着替えてから朝餉へと向かう。
「ただいま、戻りました。おはようございます、マダラ兄さん」
「おう、おかえり。おはよう、イズナ」
そう言ってにかっと兄マダラが笑う。
その顔は太陽のように眩しい笑顔で、姿形はサスケを連想させるのに、この兄の笑顔はやはり少しだけナルトにも似ていた。
「今日もまた父上はお戻りになられねェんだとよ」
「そうですか……」
そんな会話をしながら、兄弟は一族の女中が居間に運んできた朝膳の前につく。
ここの部屋で食事をとるのはマダラとイズナ、あとはたまに父タジマくらいのものだ。
兄マダラと二人きりで「いただきます」と手を合わせ、教えられた礼儀作法通りに無言で朝餉を取る。
食事中に喋るのははしたないとされるため、しんと静まりかえった空間には精々汁を啜る音がたまに聞こえてくるくらいのもので……それはまあ年少の少年二人の食卓と思えぬほど、随分ともの寂しい光景だった。
「……」
「……」
これが三年前なら、もっと賑やかだった。
父がいるときこそ厳格な空気が漂っていたが、その頃はまだ三番目の兄も四番目の兄も生きていたから。
宗家の息子としてどんなに厳しく躾けられていたとしても、この真ん中の兄たち二人の感性は普通の子供そのもので、だからどれほど静かにしようにも限界があって、大好物があれば目を輝かせ、嫌いな食材があれば素直に嫌そうな顔をした。たとえ無言だったとしても目は口ほどにものを言うという。
だから、この二人が生きていた時は間違いなく賑やかな食卓だった。
だが、もう二人はいない。
三兄は三年前に、四兄は二年前の千手との戦でその幼い命を散らした。
……イズナの写輪眼開眼という結果だけを遺して。
だからもうこの家で騒がしくはしゃぐ子供はいない。
次兄のマダラはうちはタジマの嫡男として、弟達を守らなければと早熟にも弟達の手本となるよう子供らしい振る舞いを放棄していたし、うちはイズナはそもそもうちはイタチという男の21年分前世の記憶を持つことも影響してか、これまたあまり子供らしい子供ではなく、物静かで落ち着いた子なのである。
だからこの二人の食卓は子供らしからぬほどに物静かで、行儀が良く、それ故寂しいものがあった。
「ご馳走様でした」
「ご馳走さん」
二人揃って米粒一つ残さずしっかり平らげ、膳を下げておく。台所まで運んだりはしない。それはこの家で働いている女中の仕事だからだ。彼女たちの仕事を奪うわけにはいかない。
そうして二人揃って食後の茶を啜りながら、年嵩の少年が言う。
「なァ、イズナ。お前今日の予定だけどよ、またチビどもの面倒見んのか?」
「はい。いけませんか?」
「いや、そんなことねェけどよ……お前もよくやるよな」
そういってマダラは苦笑する。
イズナは普段から戦の予定が入っていない空き時間、修練所で一族の十歳から三歳くらいの子供達を纏めて集め、修行の面倒を見ていた。11を超えれば脱退することとなるが、それでもこの集まりから脱退したものを含めても一度でもイズナの世話になったことがある子供達は、皆よくイズナを慕っていた。
「フフ……素直で、皆可愛いですよ。マダラ兄さんもたまには顔を出しませんか」
「いや……あいつらが素直なのはお前が相手だからだろ? オレが顔を出して見ろよ、あいつら揃いも揃って硬直しやがって……中には泣き叫ぶ砂利までいやがる」
だからオレは良いんだ、むっすりと拗ねたような表情でポツリと漏らす兄に、本当に不器用な人だなとイズナは思う。
これが兄なりの子供達への気遣いで、優しさなことを弟たる少年はよく知っている。
守るべき一族の子達を怯えさせたくないのだ。
大体、兄のマダラが子供達に怖がられるのはその秀でた才能だけが理由ではなく、次代の当主たる「若様」であり、いつも仏頂面しているからだ。おまけに口も悪くて態度も尊大だ。
自分や亡き兄達兄弟に対してはその顰め面も緩むけれど、子供達は将来的にはマダラにとって部下となる相手だ。故に舐められていけないと、気を張り隙を見せることはない。
所詮子供と大人達は侮るが、そのあたりの態度に子供達もまた敏感だ。威圧を感じ取り、中には泣き出す子もいる。
もう少し態度を和らげ、あの太陽のような笑顔でも向けてあげれば、子供達側も親しみを感じて寄ってくるのだろうけど、無責任にも「兄さんは怖い顔ばっかりしないで、もっと笑えば良いんだよ」なんてアドバイスするには、イズナは聡く、大人すぎた。
イズナは実年齢こそ七歳の幼子でしかなかったが、うちはイタチという人間のまるごと21年分の前世の記憶を持っている。そして、イタチもまたうちは一族棟梁の嫡男だったのだから、兄マダラの立場はよくわかる。
気を張り、舐められまいと隙を見せようとしないその態度は、まるで前世の父であるうちはフガクにそっくりだ。
あの人も不器用な人だった。弟のサスケを目に入れても痛くないくらい可愛く思っていたのに、いつも父として長として正しくあろうと見せるあまり、その厳格さから弟には自分は好かれていないんじゃないかと怖がられていた。自分や母には父の本心などお見通しだったけれど、不器用で、優しさのわかりにくい人だった。
そこまで考えてズキリと少しだけ胸が痛む。
父のことも母のことも好きだった。けれど、彼らの命を奪ったのは、殺したのは他の誰でもないイタチ自身だった。
忍務だったと言い訳する気はない。
彼らには彼らの立場があり、イタチにもそれをするだけの理由があった。ならばそれは必然だった。後悔などしていないし、何度同じ日に巻き戻ってもイタチは同じ選択を選んだことだろう。それでも、愛がなくなるわけではないのだ。
息子に殺される結末を許容し、静かに夫婦で寄り添っていたイタチの両親を思い出す。
自分達を殺そうとしている息子に、お前は本当に優しい子だとそう呼んで、誇りに思うと言ってくれた父は、やっぱり不器用なだけで愛情深い人だった。
……過ぎた感傷だ。
願わくば兄マダラの、この不器用な優しさが少しでも多くの人に理解されるといいのだが。
「では、マダラ兄さん、また後で」
「ああ」
結局、兄がついてくることはなかった。
そのまま一族の子供達が修練所としている広場へと向かう。
すると同じく修練所に向かう他の子供達に出会う。
「イズナ様! おはようございます!!」
「ああ、おはよう」
イズナは目を細め、大人びた微笑を湛えながら、一族の子に挨拶を返す。
広場に到着すれば、クナイを研いだり思い思いに修練の準備をしていた子供達がぱっと、明るい顔を一斉にイズナに向け近寄ってくる。
口々に慕う態度を隠すこともなくイズナ様イズナ様と名を呼んで、挨拶の声をかける子供達に、イズナもまた一人一人の名を呼びながら「おはよう」と挨拶を返していった。
「皆、変わりは無いか?」
「大丈夫です!」
「そうか……ならば、いつも通り午前中は年少組は体力作りと手裏剣術の訓練、年長組は模擬戦としよう」
そうイズナが言うと子供達は元気に「はい!」と返事をした。
それを合図にさっとイズナは影分身の印を組む。ぽんと軽快な音を立てて煙が晴れれば、そこにはもう一人のイズナが出現する。
影分身はうちはイタチの歴史の時、二代目火影であった千手扉間が開発した実体を持つ分身だ。
自立思考をするこの分身は通常の分身の術と違い、分け与えたチャクラの分だけ忍術も使えれば自立思考もし、術を解けば影分身が得た情報や経験は術者に戻る。故に偵察にしろ戦闘にしろなんにでも使える非常に便利な術だ。
ただし、影分身の術は術の発動時に均等にチャクラ量を分けなければいけないというその性質上、チャクラ量に不安があるものにとっては諸刃の剣にもなりかねないし、本来ならこの時代にはまだ生まれていないはずの忍術である。
いや、一体だけ出すならまだいいだろう。
しかし複数の影分身を同時に出すとなると、術者の所持チャクラ量によってはチャクラの枯渇を招きかねない危険な技なのである。それ故に影分身の術自体はただの高等忍術に分類されていたが、多重影分身の術は禁術に指定されていた。
四代目の遺児であり九尾の人柱力であったうずまきナルトの得意忍術で、彼が苦も無く多重影分身を扱えたのは、あくまでも彼が生命力に溢れたうずまき一族の末裔であったからというのが大きい。
故に長期戦に備えチャクラの温存が必要となる戦場で、イズナが影分身の術を使ったことはない。
けれど、この修練に関して言えば、イズナがチャクラを使うこそはそう多くないので、惜しみなく使うことにしている。
そして年少組の修行見守りを影分身に任せ、イズナ本体は年長組と共により森に近い修練所に向かう。
初陣から帰ってきて以来、イズナは子供達を年少組と年長組にわけて別々に面倒を見るようにしていた。
基準は戦場デビューを果たしたか否かだ。
まだ戦場に出ていないものを年少組、戦場に出された5歳から10歳の子供を年長組と分け、修行内容に差をつける。
年少組ならば、まず戦場で生き残るための肉体作りが課題である。
忍術については基礎知識は教えども、子供のチャクラ量などたかが知れているのだ、無理に忍術をやらせる意味も無い。故に正確な投擲術に、基本的な体の使い方を反復させ覚えさせるのがまずの課題である。体力がなくば、敵の攻撃から逃げることすらかなわないのだから。
そして年長組には忍術や幻術、体術などの訓練もさせるが、基本的に午前中いっぱいはひたすら模擬戦を行わせている。
木の葉の忍びであったうちはイタチの記憶を持つイズナとしては、戦場で最も重要なのはチームワークであるとそう思っている。
なので、くじを引かせ、子供達を大体三人から四人で一チームとなるよう組ませ、基本は三つ巴戦をさせる。
模擬戦の内容はその時々によって変えるが、基本的に大けがを負わせるような技や命に危険が及ぶ技以外はなんでもありで、おはじきを命に見立てて、敵チームから全てのおはじきを奪えば勝ちで全てが奪われたチームが負け、という内容だったり、旗を用意しての陣地の奪い合い合戦だったりと色々だ。
チームメイトは毎回代わり、チームを決まったときに毎回五分だけ作戦を練る時間を与える。
イズナはそれらの審判役だ。
基本どのチームにも混ざらず、誤って誰かが命の危険が伴う術を放ったとかでも無い限り、勝敗が決するまでは何一つ口出しをしたりはしない。
そうして終わってから、10分程度の時間を取り、チームごとに反省会をさせ、その上で誰も気づいていなかった点について一人一人に良かった点は褒め、悪かった点を指摘し、それからまた同じ演習内容で模擬戦を行わせる。
うちはイタチ時代の木の葉隠れの忍びは大体決まったチームメイトで、スリーマンセルやフォーマンセルで動いていたものだが、戦場で誰がどの隊に属すのかは大人が決めることであり、必ずしも気が合う相手と組めるわけではない。
だからこそ、その日の模擬戦で組むチームはランダムである。
それは誰とでもある程度足並みを揃うことが出来るようにとの配慮だ。そして自分たちで考えさせることによってものを考えて動くという習慣をつけさせる。
そうやってイズナが彼らを指導するようになってから、大人の弾除けでしかなかった子供達の死亡率は明らかに減るようになった。
だから、しっかり言い聞かせるようにイズナは言う。
「大事なのはチームワークだ。たとえどんなに優秀な者でも一人で出来ることには限りがある。出来ないことを無理に出来ると嘯く必要は無い。一人で出来ぬ事も二人、三人でかかれば届くことも増える。だから、大事なのは助け合うということなんだ」
「イズナ様も? ボク達も、イズナ様を助けられる?」
「ああ、オレもいつもお前達には助けられているよ。守りたいものがあるこそ、人は強くなれる。オレも、兄さんやお前達を守りたいと思うから、だから強くなったんだ」
そういって一人一人の名を呼びながら「頼りにしてる」と慈しむようにイズナが笑うと、子供達もまた嬉しそうに笑った。
午前中は模擬戦、午後からは午前中に組んだチームごとに忍術や体術、幻術の訓練をさせ、イズナもまた希望者とはその都度忍び組み手を行ったり、見本が見たいと乞われれば術の見本を見せ、日暮れ前に解散させる、慣れきったルーチンだった。
「それではイズナ様さようなら」
「ありがとうございました!!」
そんな風に頭を下げる子供たちに「ああ、しっかり休めよ」と返し、ヒラヒラと手を振って別れる。
子供達の目は師か親を慕うような色が乗っていてキラキラ輝いており、非常に眩しい。
そうして、子供達の迎えに来た女衆に手を引かれ彼らは帰っていくのだ。
が、今日は揃って女衆が顔をそろえ、イズナに向かって「イズナ様」と名を呼び揃って頭を下げた。
「どうか、されましたか?」
少しだけ戸惑いがちにイズナが声変わり前の澄んだボーイソプラノで問うと、女達を代表してか一番の年長者の母親が万感の思いを込めるように言う。
「イズナ様、いつも本当にありがとうございます。あなた様のおかげで、息子は今回の戦も生き延びることが出来ました」
「ありがとうございます」
またも女達が揃って頭を下げた。
見た目声変わりすら果たせぬほど幼い子供に揃って頭を下げる大人達というのは、なんとも奇妙な構図であるが誰一人それを不思議と思っている様子はない。それは、イズナがまるで何千年も修行を積んで悟りを開いた仙人か僧のような、そんな不思議な落ち着きを持った子供だから、というのもあるのかもしれなかった。
けれど、イズナとしては困る。彼にとってはこんな風に揃って頭を下げられる理由などないのだから。
「頭を上げてください」
「いいえ」
頑固にも女達は頭を下げたままだ。ほとほと困りながらも、いつも通り静かで落ち着いた声で少年は言う。
「オレはたいしたことはしていませんよ。生き延びることが出来たというのなら、それは彼の努力の結果です。オレに礼を述べるよりも、直接褒めてあげてください」
「ご謙遜を。あなた様のおかげであることなど、皆存じ上げております」
血継限界を守る、という観点からこの時代のうちは一族の女がくノ一となり戦場に立つことは殆ど無い。彼女たちの仕事は、矢弓の如く失われる人材補填の為、少しでも多くの子供を産んで数を増やすこと、それが役目だ。
この時代の忍びにとって子供達は守られるべき子供ではなく、大人の弾除けであり肉壁だ。酒の味を知れるほど生きることが出来る者などごく少数で、大抵は幼くして戦場で死ぬ。それが忍びの宿命だった。
けれど、果たして腹を痛め産んだ我が子が次々失われているこの現状に、心を痛めぬ母親などいるものだろうか?
彼女たちは言えなかっただけだ。
我が子が死んでも誉れですとそう笑って言ってのけねばいけない立場で、心を押さえ込んでいただけだ。本当は戦場になど行ってほしくなかった。
次の戦こそ息子が死ぬかも知れない、という恐怖を誰にも吐露出来ず、ただお父上のように強くなりなさいと口にし続けた。一人が死んで、二人が死んで、三人目が死んだ頃には心の涙も涸れた。それでも血を絶やしてはいけないからまた次の子も産む。
その子も大人になる前に死んでしまうのかも知れないのに。
それがどれほどの心痛と恐怖を与えたことか。
ところが、イズナが子供達の面倒を見るようになった頃から、子供達の死亡率が目に見えるほど減るようになった。イズナと同じ部隊に配属された子供はとくに、大怪我もなく帰ってくることが多かった。
子供達の修行を見ていると言っても、イズナはそれほど多く口出ししているわけではない。
殆どは子供達自身に考えさせるようにしている。イズナが監修した子供達は、とても連携を取るのが上手い。それが生存率の上昇につながっている。
誰のおかげなんて一目瞭然だった。
だから女達は言うのだ。ありがとうございました、と何度も何度も。
「……」
イズナは複雑な気分だった。
ただ自分はしたいと思ったことをしているだけだ。
イズナは前世に当たるイタチの頃から、その特出した才から異質で遠巻きにされるような子供だった。けれど、それでもいいと思った。戦が嫌いで、平和が好きで、甘味処巡りが趣味で、けれど忍務とあれば、必要ならいくらでも老若男女誰でも殺せた。嘘をつけた。それがうちはイタチという天才だった。
里を、平和を愛していた。
けれど、まだこの世界には木の葉の里はない。
そのことが時々無性に悲しくて、寂しい時がある。哀愁、ノスタルジー。故郷への思い。ここも故郷だ。うちはイズナにとっては。だけど時々無性に帰りたくなる。木の葉隠れの里に。まだ生まれてもいないのに。
子供達を教えているのは、未だ存在しない木の葉隠れのアカデミーをなぞっているのかもしれない。
彼らを守りたい、生き延びてほしい、死んでほしくない、それも本当だったけれど、そんな風に今の故郷に里を投影させている部分がないとは言えなかった。
そんなことを自宅の縁側でクナイの手入れをしながら考えていると、覚えのある気配が帰ってきた。
「マダラ兄さん、お帰りなさい」
「あ……ああ、ただいまイズナ!」
(……?)
兄はいつも通り、唯一のこった弟に対して太陽のようにニカッと笑ったけれど、その姿に少し違和感を感じてイズナは内心で首をかしげる。
(……浮かれて、いる?)
おそらくイズナ以外の人間にはいつも通りに見えるのだろうけれど、弟として生まれてからずっと一緒にいたイズナにはマダラがなにごとか心弾ませていることがわかった。
「何か、良いことでもありましたか?」
「……は、はぁ? 別になんにもねェよ、いつも通りだ。いつも通り」
いや、明らかに機嫌が良さそうなのだが、と齢七つの少年は年齢に見合わぬ冷静な頭で思うも、まあ言いたくないことを無理に追求することもないだろうと思い「そうですか」と返し、クナイを布で包んで仕舞った。
「それより、イズナはどうなんだ? 何かあったか?」
そう言って、兄がその日のことについて聞いてくるものだから、イズナもまた淡々とした口調でその日あったことを報告する。それを次兄は楽しそうに聞いていた。
* * *
あれからもイズナは変わらない日々を送っている。
そう、あくまでもイズナは。
(あ、まただ)
おかしいのはマダラだ。
別に彼がふらっと出かけること自体はこれまでも度々あったことだ。
けれどあの日なんだか上機嫌で帰ってきた兄は、どこぞから帰ってきた後ほんの少しだけ、イズナにしか気づけないほどに僅か落胆の色を乗せるようになっていた。
イズナは悩む。
本人がかくそうとしていることを暴こうとするのもどうかと思うのだが、しかし気になるし、いつもと違う兄が少し心配である。
けれど悩んでいても仕方が無い。イズナは口寄せの烏を呼び寄せ、写輪眼を開き、その烏の視界を半分借り受ける。
そして、兄に気づかれないよう離れた位置から追わせた。
「……!」
イズナは烏に追わせながら、兄が集落を抜け出し向かった地理に見覚えがありすぎて驚く。
たとえ自身の知識と光景が違えども、前世であったイタチにとってそこは故郷だったのだ、間違いようがない。
そこは後の世に木の葉隠れの里と呼ばれることになる場所の近くにある河川敷だった。
そしてそこには一人の少年がいた。
白い羽織を羽織ったおかっぱ頭の少年。
知り合いなのか迷い無く兄はその少年に近づき、声をかける。
声は聞こえない。
しかし口寄せの烏の視界を借りているイズナには、少年が唇の動きから何を言っているのかがわかって、再び驚く。
「はしらま」とそう確かに言っていたのだ。
まさか、とイズナは思う。
涙する少年を元気づけようとしているのか、相談に乗ろうとしているらしき兄を視界に納めながら、脳裏をよぎるのはとある人物の顔岩だ。
この場所で、はしらまと名乗った少年。
連想するのは初代火影である木の葉隠れの里創設者、千手柱間だ。
仲睦まじそうに何やら話し込む二人は、初対面というわけではなさそうであった。
なにより、柱間と話す兄の顔にイズナは驚きを隠せない。
マダラは一族の誰と話している時よりも、自然体だった。
この時、イズナは理解した。
何故敵同士でありながら、うちは一族と千手一族が手を結んで木の葉隠れの里を作ったのか。
書物にも、史跡にも残されなかった事実……二人は幼馴染みで、秘密の友であったのだ。
どんな声で話しているのかは知らない。
けれど、マダラは言う。
川に石を投げながら、「お互い死なねェ方法があるとすりゃあ……敵同士腹の中見せ合って隠し事をせず兄弟の杯を酌み交わすしかねェ」と。
それを聞いて眺めながら柱間も言う。「……腑を…………見せ合うことはできねーだろうか?」と。
敵同士の家に生まれた少年二人が同じ夢を見ながら、同じものを望んでいた。
これこそが、はじまりだった。
木の葉隠れの里のはじまりだった。
続く