転生したらうちはイズナでした(完)   作:EKAWARI

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ばんははろEKAWARIです。
この話書くにあたり原作65巻開きまくってるんですが、クレイジーサイコホモじいちゃんってなんであんな面白いの? 面白すぎてずるくない?


5.夢

 

 

 兄の目が、見開かれる。

 

「……父様ッ!!」

 

 次兄マダラの三つ巴を描いていた写輪眼が模様を変え、それに伴い兄の纏うチャクラもまた禍々しく、変質し、変わっていく。マダラの憎しみ、苦しみに呼応するように、その血のように赤い瞳は万華鏡を描いていく。

 兄のチャクラが噴出する。

 その身に宿る怒りと、憎しみを教えようとしているかのように。

 万華鏡写輪眼。

 最も親しき人間の死によって開くその目をオレはよく知っている。

 うちはの歴史上でも開眼者は数えるほどしかいないといわれ、うちはイタチの知る歴史では最初の開眼者はうちはマダラだったとそう伝えられていた。

 もっとも……イタチの調べによるとマダラ以前から万華鏡写輪眼開眼者はそれまでもいて、強力な代わり使い続ければ失明のリスクがあることなどから、兄弟で目の奪い合いなども起きていたようだが。

 禍々しくて強力な瞳力は、絶望を知り、闇に浸れば浸るほどその分だけ力を増す。

 失望、怒り、悲しみ、憎しみ……そんな負の感情こそがうちはの瞳を強力にし、育てる。

 なら……兄は……。

 

 ……どうにも、ならないのだろうか。

 目の前の父の死よりも、寧ろその兄の変貌にこそ絶望して、気付けばオレの瞳もまた、兄に呼応するように万華鏡を描き、赤く輝いていた。

 

 

 

 5.夢

 

 

 秘密の友人であったうちはマダラと千手柱間の決別したその日から、三年の月日が流れた。

 あの日、二人が引き裂かれたその日からマダラの弟である少年……イズナは、兄達二人が互いに送った水切り石をお守り代わりに身につけるようになった。

 その石には兄と柱間の字でメッセージが書かれている。

「にげろ」

「罠アリ去レ」

 その石に文字を刻んだときには既に敵同士であることは理解していただろうに、願いを込め書かれたそれは、兄達が互いを思い遣っていた証だ。紛れもない友情の証明。

 だから、これは願掛けでもある。

 イズナはあの日、柱間との離別をきっかけに開眼した兄の眼を見て、その石を見て誓ったのだ。

 この二人にうちはイタチの知る歴史の結末は辿らせない、二人の友情はオレが守る、と。

 しかし、現実問題として、イズナもそうであるが、マダラも柱間も、その弟扉間も才覚こそあれど、今はただの子供なのである。

 木遁忍術を自在に操り、やがて戦国最強の忍びと呼ばれるようになる千手柱間と、その柱間と唯一渡り合えたといううちは最強の忍びうちはマダラ、穢土転生に多重影分身の術など数多の禁術の開発者となった千手柱間の弟千手扉間……彼らによってマダラの弟うちはイズナの死後、手を取り合い作り上げられたのが木の葉隠れの里……というのが、前世にあたるうちはイタチの歴史で知る木の葉隠れの里のはじまりである。

 あまり死者の知識を当てにするのもどうかと思うが、そのイタチの知る歴史を正史と仮定するなら、里が起こるのは今から15年近く先となる。

 柱間と望む未来について語るとき、マダラは言った。

「弱い奴が吠えても何も変わらねェ」

 それに対して柱間も言った。

「とにかく色々な術マスターして強くなれば、大人もオレ達の言葉を無視出来なくなる……」

 その兄達の会話を影分身経由で知ったとき、全くもってその通りだとイズナも思ったのだ。

 

 実際そうなのだ。

 どんなに理想を謳えども、弱者の声に耳を傾けるものなどいないし、子供の言葉を真剣に取る大人はあまりいない。また柱間はどうやら力さえあれば大人も自分たちを無視出来なくなると思っていたようだが……そもそも、女子供という言葉があるように、子供というのはそれだけで立場的には弱者だ。

 実力をつけるのも必要だが、同時に齢を重ね説得力を手に入れることもいる。

 そのことは当時一族でも抜きん出いた才と実績があったにも関わらず、13歳の子供だったイタチが前世うちはクーデター事件を止めようと奔走しても、然程大人達相手に効果を持たなかったことからもよく身に染みて分かっている実体験録である。

 ならば、時が来るまで耐え忍ぶだけだ。

 今は子供でも、いずれみんな大人になる……生きてさえ、いれば。

 現在のうちは一族族長はマダラとイズナの父うちはタジマであり、彼の中に千手と和解するなんて選択肢はないし、それは千手側とて同じであろう。それに、一族全体を見ても、今千手と手を取りたいと言い出したところで「寝ぼけているのか?」と良くて正気を疑われ、悪くて偽者や間者を疑われることとなろう。そうなれば目も当てられない。

 急激な変化は誰にとっても良くない変化をもたらす。

 ならば少しずつ変えていけば良い。

 いずれ機会が訪れたとき、兄の助けになるように。

 兄のマダラが背中を人に預けるのが苦手な事は知っている。ならば、その穴は自分が埋めればいい。

 

(兄さんが背中を人に預けられないのなら、隣を歩くこのオレが後ろに続く者と兄の間を繋げばいいだけだ)

 

 イズナは自分を過大評価する気はないが、逆に過小評価する気もない。

 出来ることは出来るし、出来ないことは出来ない。

 もう前世のように、出来ないことまで出来るなどと嘯くつもりもない。誰に嘘をついても、自分にだけは嘘をつかないこと。それが今を生きるうちはイズナの、忍道であり信念である。

 だからこそ、目標を定めたのならその日に向けて、出来ることをコツコツと積み上げる。

 故に、これもその一環だ。

 

「まあまあ、イズナ様ようこそお越しくださいました。わたくしどもは皆、あなた様がいらっしゃるのを楽しみにしておりましたのよ、フフ」

 そう言って一族の女衆が揃って上機嫌でイズナをもてなす。

 それに対し、イズナもまた年頃の娘なら……いやそれ以外も、魅了してしまいそうなくらい優美な微笑みを浮かべ、「お邪魔します」と見本のように洗礼された礼でもって返す。

 すると女達は揃って嬉しそうに笑った。

 そうして座敷に案内し、いそいそとお茶と本日のお茶請けをイズナの前へと差し出す。

「このおはぎは丁度今朝拵えたところですのよ。お口に合えばいいのだけれど……」

「いえ、とても美味しそうだ……ありがたくいただきます」

 そういってイズナはできたてのおはぎを受け取り、口に含むと、この常に物静かで大人びた子供らしからぬ少年には珍しいほどに、子供らしい笑顔をふわりと浮かべて、「うん、美味いよ」とポロリ、敬語の壁を剥がして嬉しそうな声を漏らした。

 それにほっこりと暖かい気持ちで女衆の顔も緩む。

 うちはイズナはいつもどこか、まるで何千年も生きた仙人か悟りを開いた御仏のような、不思議で異質な独特のオーラを放つ子供であったが、数年前、こうして彼を女達の集会所に招くようになった頃から、実はきちんと人間らしいというべきか子供らしいというべきか、な側面もあることも周知されるようになっていた。

 いつもは品のある物静かで大人な態度が常のイズナであるが、実はこう見えて、彼は前世であったうちはイタチであった時代から筋金入りの甘味好きだ。

 S級犯罪者である暁に所属してた時も、甘味処巡りが趣味であることを相棒の干柿鬼鮫に把握されていて、休息を取るときは大抵甘味処で一服することを提案されていたものだが、それもこれもイタチの趣味を理解した上での気遣いである。S級犯罪者として、尾の無い尾獣などと呼ばれていた霧隠れの怪人は、その経歴や人外じみた外見に似合わず、以外とあれで世話焼きで紳士な男であった。

 まあ、ともかくとして今は戦乱の世である。

 何かと争いが絶えぬこの時代、甘味は貴重品であるし、そもそも一族単位で暮らしている忍びが堂々と町の甘味処に行くことなど、子供であるなら尚更あり得ないというのもあり、現在ではイズナの前世から続く趣味は封印されているのが現状だ。

 戦国乱世のこの時代、甘いものが出される機会など滅多にあることではない。

 そのため一族の女達も集会所にイズナを招いて、貴重品ともいえる甘味でこうして実際にもてなすまで気付いていなかったのだが、彼の甘いもの好きは相当のようで、茶菓子を渡せばこの通り、実に美味しそうな顔で頬張り、ニコニコと幸せオーラをまき散らす。

 いつもは沈着冷静で大人びた子供が、一気に実年齢相応の子供に戻る瞬間である。

 元々イズナはうちは一族らしい、色白で華奢な中性的に整った美少年だったこともあり、甘味を味わうその姿があまりにも稚くかわいらしかったものだから、母性本能を刺激された女共の心はもうガッシリと鷲づかみである。

 中には「かっこよくって優しくて紳士な上に可愛いなんて反則だわ。こんな弟ほしかった!!」と叫ぶ新参者の新米母親もいるくらいだ。

 まあ、時代的には全く平和ではないのだが、この集会所でこの刹那は平和である。おかげでイズナの甘味好きが知られて以来、「これをイズナ様に」と女衆に甘味を預ける老人や、イズナシンパの一族のものなど、イズナに甘味を貢ごうとするものが増えていく一方であった。

 ……そんな零れ話は置いておくとして、数年前、女衆に揃って頭を下げられた日からであるが、イズナは多くて週に一度くらいのペースでこうして女達の集会所に招かれるようになった。

 子供達の修練を見ている関係上、お邪魔するのはそう長い時間でも無い。せいぜい一時間ほどだ。

 そもそも招かれたのだって、イズナがいつも子供達の面倒を見ていることに対しての、礼である。

 では何故彼女たちの申し出を受け、一族の女衆と交流を深めているのかといえば、一人でなんでもかんでも成し遂げようとした前世の反省を踏まえて、将来に向けての人脈地盤作りである。これもまた望む未来を引き寄せるため必要な行いだ。

 決して家では滅多に出てくることのない甘味が出てくるのが嬉しいから、というわけではない。……いや、多少はあるが。だって甘いもの食べたかったし……。

 ともかくも、和やかな感じで女達の話に耳を傾ける。

 奥様ネットワークというのも馬鹿に出来ぬものだ。男衆だけではわからぬ情報が次々に出てくる。それを、イズナは無理に口を挟んだりはせず、適度に相づちを打ったりなどして、意見を求められた時だけぽつりぽつりと言葉を返す。

 既にこんな日々もうちはイズナの日常の一部であった。

 

「明日の戦はまた千手とであると聞きました」

 7歳と9歳の息子を持つ母親が言う。

「こんなこと主人に言ったら怒られてしまうのでしょうけど……武功なんてあげなくて良いから、無事に帰ってきてくれればいいのですけれど……」

 それを聞いて、イズナは思う。

 

(変わったな……)

 

 ほんの3年前まで、たとえ女達だけの内輪の会話であろうと、こんな発言は御法度であった。

 一体誰が、腹を痛めて産んだ我が子が使い捨ての道具にされることを良しと出来るのか。けれど、戦に行ってほしくないなんて、そんな本音言わなかったし言えなかった。

 忍びは戦って死ぬために生まれてくる。

 そういうものであり、それが常識とされているのだから、それに反する言葉など家庭で守られている女の立場で言えやしない。我が子が死んでも嘆くことすら許されず、「よくやりました、母は誇りに思います」と心で泣いていたとしても笑って言ってのけねばいけない立場だった。

 だから、こんな発言をしたら、非難されて当たり前で、けれどここに集まった女衆で我が子の無事を祈る言葉を吐いた母親を罵倒する者はいない。それは、本当はみんな言えなかっただけで同じ気持ちでいたからだろう。

 些細なことかもしれない。

 けれどこれは確実に、うちは一族が変わってきた証明であった。

 だからこそ、言うなら今だとイズナは思った。

「……ここだけの話にしてもらえますか?」

 とても静かな声で、この場にいる唯一の男子である少年がポツリと言葉を落とす。

「オレも戦は好きじゃありません……誰も死なせたくはないし、殺すのも好きじゃない。こんな世の中終わればいいとそう思っています」

 嘘を言う必要は無い。

 必要なのは本当の気持ちを伝えること。

「いつか……オレ達が大人になる頃には、子供が使い捨てにされない時代……戦乱の世の終わりがくればいいと、いくつもの氏族が手を取り合い、協力して生きていける世の中が来れば良い。そう願っています」

 祈るように静々と捧げられた少年の言葉に、誰も何も言わなかった。

「イズナ様……」

 女達は思う、イズナの言葉は現時点ではただの夢物語だ。子供の妄言に過ぎない。

 けれど、この人なら、この方ならそれを現実に変えてくれるのではないかと、そうなればいいと女達もまた思ったのだ。

 夢を語る、夢を見る。

 すり切れた大人の女達は、久しぶりにその感覚を思い出していた。

 

 

 * * *

 

 

 戦場を怒声と血飛沫が飛び交う。

 火遁と木遁がぶつかりあう。

「柱間ァー!!」

「マダラー!!」

 戦う、闘う、刃を交える。

 かつて友と呼んだ二人はまるでそこだけ二人だけの世界のように、並外れた力を放ちながらぶつかり合う。口角が上がる。血湧き肉躍る戦いに歓喜している。

 全ての戦場で柱間の相手が出来るのはマダラだけで、また、マダラの相手が出来るのは柱間だけだ。

 そう言わんばかりに猛々しく荒々しく同じ夢を見た二人が、戦う。

 それはまるで、神に捧げる演舞のようで。

 

 だから、イズナは理解した。

 兄は、マダラは生まれながらに忍びの才を持つ子供であると言われていた。戦神に愛されていた。どの能力も総じて高く、かつてイタチであった時代カブトに「君がうちは一族の中で他と違うのは本当の意味での瞳力だ……人の心を見透かし心を読む」と言われたその聡明さと頭脳、高潔な在り方こそが何より隔絶してたうちはイタチとはまた別方向の天才である。

 うちはマダラは、戦を愛し、強者と戦うことに悦びを覚える、そんな人種であった。

 間違いなく平和を願っているのに、弟を守りたいと思っているのに、彼の神髄は守ることにはない。

 戦うことだ。その圧倒的なまでの武力で、血湧き肉躍る戦いで誰より優雅に力強く舞う。強者との戦いを渇望する。

 写輪眼を開眼するほどに、決別に苦渋を感じた友との死闘に歓喜している。

 それがうちはマダラの本質だった。

 友だった男を、千手柱間を殺さねばならないことに良心では苦しみながらも、その柱間と戦い殺し合えることに悦んでいる。

 美しい夢を胸に抱いているのに、繊細で愛情深く家族思いの優しい人であるのに、同時に彼はどうしようもなく戦闘狂で、血臭漂う戦場でこそ活き活きと輝く。

 その長い髪をなびかせながら、踊るように。

 友と戦うこと。宿敵と殺し合うこと。それに幸福を感じる人だと……12になり初めて同じ部隊で、同じ戦場に配置されてイズナは理解した。

 

「……ッチ、仕留め損なったか」

「……千手扉間」

 マダラと柱間。かつての友で今は敵の兄二人が戦場でいつもぶつかるように、イズナもまたなんの因縁か、ここ数年千手との戦で、毎度顔を会わせる男がいる。

 千手扉間。

 前世にあたるうちはイタチの時の人生で二代目火影だった男……千手柱間の弟。

 数々の術を生み出し、木の葉隠れの里を、兄の打ち出した政策を次々と現実的に実用可能なところまで持って行った鬼才の持ち主。

 うちはイズナは幻術使いとして知られている。

 別に、幻術だけが得意というわけではなく、イズナは幻術・体術・忍術に手裏剣術と、全ての技術が基準値を超える一流の技巧派であるが、幼子の身で使えるチャクラ量などたかが知れているため、チャクラ量の温存を考え、長く幻術や口寄せの鳥の攪乱をメインに戦っていたところ、「幻惑のイズナ」と気付けば名付けられていた。

 そんな技巧派幻術タイプとして見られているイズナにぶつけるのだから、感知タイプである扉間にもなろう。子供の時点でどちらも並の大人を凌ぐ技術を持つ者同士だったのだから尚更だ。

「イズナ様ッ」

 イズナの部下に当たる子供達が敬愛するリーダーを守ろうと陣を取る。

「止せ、オレが行こう。お前達には奴の隊を任せる」

「……はい! 任せてください!!」

 扉間は時空間忍術である飛雷神の術の開発者にして使い手だ。その他にも多用な技を使用するこの男を相手に、部下達に勝ち目はないことくらいイズナはよく理解している。

 だからイズナは前に出る。扉間を押さえ、扉間のつれた仲間達はそのまま部下に任せる。

 そして刃を交える。

 兄であるマダラと柱間二人の戦いのような派手さはないが、多彩な戦闘手段がウリの技巧派二人の戦いは無駄がなく、別の意味で洗練されていて美しい。

 だが、それに見惚れるものなどいない。

 そんなことをすれば死ぬからだ。

 が、幾度目かの刃を交えたあと、怒鳴るような声で扉間が言う。

「おい!」

 どうして呼び止められたのかわからず、内心でイズナは首を傾げる。

「何故貴様手を抜いている」

「……なんのことだ」

「とぼけるつもりか」

 飛雷神の術で背後から斬りかかりながら、扉間が言う。

 それに心外とばかりにイズナは言う。

「とぼけてなどいない。オレはアナタ相手に、油断などしない」

 千手扉間。

 イタチの歴史では後の火影。

 飛雷神の術に、多重影分身の術、穢土転生の術など禁術も含め数多の術を開発し、木の葉隠れの里設立に貢献した木の葉の礎ともいうべき男。

 この男が作った術の使い手だけならば、扉間を超える後進はいくらでもいた。だが、この男が下に恐ろしきはその合理性に特化した術の使い方。

 たとえば穢土転生の術。

 これは生きている人間を生け贄とし、それを代償に生き返らせたい人物の遺伝子情報を用意し印を結ぶことにより、塵芥で生前の人物の人格や技をそのまま現世に召喚するという、生命への冒涜じみた術である。

 後の世の使い手に伝説の三忍と謳われた大蛇丸、その部下薬師カブトなどがいる。

 彼らは扉間が開発した穢土転生の術を改良し、より生前の能力を再現した形で強者を次々と現世に呼び戻した。前世にあたるイタチもそうして死人の身ながら現世に呼び戻された一人だ。

 しかし、扉間にしてみればそもそも穢土転生の術の精度を上げる理由なんてなかったのだ。

 大蛇丸やカブトは伝説に残る忍びや歴代影達など強者を手駒にする、という穢土転生の使い方をしていたが、開発者である扉間は違う。

 敵の忍びを二人捕まえたら一人を生け贄にもう一人を穢土転生にして蘇らせ、その情報を抜いた後、交乗起爆札を仕込んだ穢土転生体を敵陣に送る。そして家族や仲間が帰ってきたと喜んだところで仕込んでいた起爆札を発動。周囲の敵ごと巻き込んでまるごとドカン、だ。

 まさに合理性だけを追求し、最小のコストで最大の効果を出す卑劣で外道極まりない戦法である。

 尚、扉間に罪悪感は全くない。

 卑怯? 卑劣? 知ったことか。敵を確実にたたいて何が悪い。勝てば官軍を地で行く男、それが千手扉間であった。故に彼は同時代の他国の影にも卑劣な男と知られている。

 だが、彼が悪人かといえば、そうではない。

 イタチの知る歴史でそもそも忍者アカデミーを設立したのは千手扉間である。イタチの知る歴史で三代目火影だった猿飛ヒルゼンもまた扉間の生徒で、彼は数多くの後進を育てた名教育者でもあった。

 戦い方については合理性に特化しすぎて非道な戦法が目につくが、子供達を慈しみ、残されたものに次を託すことを知っている、そのためなら自分の全てを擲てる、火の意思のなんたるかを心得ている立派な火影だった。

 未だ年若いが、そんな人物を相手に油断など、するわけがなかった。

 その時撤収の合図が来る。

「チッ」

 烏分身で目を眩ませ、部下と合流してその場を後にする。

 未だ扉間と決着がついた試しはなかった。

 

 そうしてマダラと柱間、イズナと扉間。兄は兄と、弟は弟と、幾度もの戦場で巡り会い、抗戦し、戦って戦って戦い続け、イズナが14歳を迎えたときのことだった。

 ……父が、死んだのは。

 

「……父様ッ!!」

 戦場に兄マダラの声が響く。

 兄弟二人の父は、うちはタジマと千手仏間は、相打ちとなり、うちはと千手両兄弟の目の前でその命を散らした。

 柱間との戦いで珍しくも足を滑らせた兄を庇うように、前に出たタジマが何を考えていたのか、イズナにもなんとなくでしかわからない。

 うちはと千手、次代の当主となろうマダラと柱間の力は、このとき既に族長である両父親を超えていた。数多の戦場で、2~3年前から既にマダラと柱間が戦国乱世でも1,2を争う最強格であるとささやかれていた。戦場はこの二人の独壇場で、二人のための舞台で、現うちは当主であるタジマも、同じく千手当主であった仏間も混ざるには力が足りなさすぎる。

 故に、兄にとってもそれは想定外であったのだろう。

 忍びの道を口を酸っぱくして説いていたはずの父親が、自分を庇うなんてマダラは思いもしなかった筈だ。誰にとっても想定外で、だけどイズナは思わず衝動的に父は体が動いてしまったのだろうと察してしまった。

 どんなに心を殺そうとしていても、道具と嘯いても、忍びもまた人間であり物ではない。我が子への情などないかのように振る舞っていたとしても、完全になくせはしない。

 そして飛び込んできたタジマを見て、仏間も飛び込んだ。

 長年の宿敵を討つ好機だと瞬時に判断して。

 けれど、タジマもただではやられなかった。その瞳術で逃げ出せぬようしっかり捉えて、致命傷を浴びせられると同時に、タジマも仏間に痛恨なカウンターの一撃を打ち込んだ。

 父が死んだ。

 自分を庇って、目の前で。それが何をマダラにもたらしたのか……万華鏡写輪眼の開眼である。

「よくも……」

 激しい怒りに駆られ、憎悪にチャクラを禍々しく変質させながら、兄の瞳が模様を替え変わっていく。

 うちはを……悪に憑かれた一族と称したのはイタチの時の歴史の千手扉間だ。

 それは、負の感情が瞳力を高め育て、強い情に目覚めた者の殆どが闇に捕らわれ悪に堕ちるその性質を知っていたからだ。

 この目は闇がよく見える。長じ深まれば、次第に光が見えなくなっていく。

 だからこそ、イズナはその兄の変質にこそ絶望した。

 戻れないのではないかと、思ってしまったのだ。そんな心に呼応するようにイズナの万華鏡もまた、開いていく。

 だが、闇があれば光もあるものだ。

「もういい! 終わりだマダラ、もうやめよう」

 柱間が叫んだ。

「父上達の代でこの苦しみも、憎しみあう歴史も終わりにしようぞ! 忘れたとは言わせん、オレは、オレは……あの日のお前と見た夢を、現実にして続きを見たいのだ!!」

 その言葉に、イズナは正気を取り戻す。

 そして冷静さの戻った頭で兄を見る。兄のマダラの瞳は、揺れていた。

 憎しみとかつての夢の残滓の間で揺れていた。

 それを見てイズナは確信する。

(まだ……間に合う)

 思うままに、柱間の言葉が続く。

「忍び最強のうちはと千手が組めば、国も我々と見合う他の忍び一族を見つけられなくなる!! いずれ争いも沈静化していく! 二人が組めば成せぬことはない……! だから、マダラ、さぁ」

 そうして手が差し伸ばされる。

 マダラは動揺し、葛藤している。自分の中の怒りや憎しみと、少年時代の想いと戦っている。

「何が……」

 けれど、昔の想いを振り払うように柱間の言葉を断ち切ろうとしたのだろう。

 その決定的な言葉が今兄の口から飛び出してくるのを察し、イズナはストップをかけるようにマダラの手を取った。

「……イズナ?」

「兄さん、柱間さんの手を取りましょう」

 その弟の言葉が予想外だったのだろう、兄たる涙袋が特徴的な青年は絶句した。

「あの時オレは言いましたね……父に報告したのは、オレだ、と。それはつまり、オレは……アナタとあの人が何を話していたのか、何を夢見たのか……知っているという事だ」

 その言葉に、マダラはますます目を大きく見開く。

「……オレは嬉しかった」

「え?」

「オレもそうです。オレも同じ事を望んでいました。兄さんがオレと同じ夢を願いを抱いていたと知って……嬉しかった。オレも、兄さんと柱間さんの語った「子供が殺し合わなくて良い集落」という夢を見たい。あなたたちにその夢を叶えてほしい。それがオレの願いです」

 そして懐から守り袋に入れていた二つの水切り石を差し出し、兄に握らせる。

 それを見て、マダラは唾を飲み込み、弟の顔を凝視した。

「いいんです、兄さん。その夢は捨てなくて良い。夢をこれから現実に変えましょう。そのためならオレも助力を惜しみませんから」

「イズナ……」

 憎しみに怒りに荒ぶっていたチャクラの禍々しさが霧散していく。

 それに伴い万華鏡を描いていた赤い瞳がすぅと、澄んだ黒に戻っていく。

 そして父親二人の死体を一瞥する。

 悲しみはある。父親の死に胸は痛い。けれど、もう兄は憎しみにとらわれていない。

 ……万華鏡に開眼した者が闇に堕ちやすいのは事実だ。しかし、全てのものがそうでないことをうちはイタチの21年分の記憶を持つイズナは知っている。

 前世の親友だったシスイがまさにそうだった。彼は別天神という最強の幻術を宿す目を持ちながら道を間違えることなく、里を想い、人を想い、イタチに全てを託して死んでいった。光を信じていた。

(信じよう)

 この人の弟だからこそ、うちはマダラのたった一人残った弟として、兄は闇の誘惑になど負けぬと信じようと思った。

「……ったく、しょうがねェな」

 マダラが笑う。

 太陽のように、仕方なさそうに、愛おしそうに。

 その顔は、千手柱間と決別以来見ることが出来なかった、次兄のイズナが一番大好きな笑顔だった。

「ったく、おい! 柱間ァ!! 今日はここらで引いてやる! てめェの提案は保留だ、保留!」

「おお! つまり、マダラ……!!」

「だから、保留だと言ってんだろうが!! 自分に都合の良い変換してんじゃねェぞコラ!!」

 ついさっきまで本気で殺し合っていたとは思えぬコントめいたやりとりをしたあと、マダラは族長として撤退の指示を出し、父の遺体を前に苦渋に満ちた顔を一瞬浮かべた後、無言で背を向け走り出した。

 

 

 * * *

 

 

 その日は綺麗な満月だった。

 戦後処理も終わり、父の葬儀も明け、他にも細々としたことをイズナが片付け自宅に戻ると、兄マダラは、庭に面した縁側で月を肴に酒を飲んでいた。弔いの酒だろう。

 戦場では存在感があって苛烈でまるで鬼神の如き人なのに、こういった姿はそれはそれで一枚の絵のように酷く様になっている。

「よぉ、イズナ」

「はい、兄さん」

 静かな表情と声で、兄が弟を呼ぶ。

 それに月見酒に付き合えぬ代わりのように、月見団子を用意して兄の隣に並び座る。

「お前さ……昼に言ってたこと、本気かよ?」

「はい、本気です」

 見れば兄は手元で石を弄んでいる。

 イズナが渡した石だ。

 見覚えのありすぎる字で「にげろ」と書かれている。

「オレの夢は、兄さんと柱間さんの夢見た集落で、そこで生まれてくる兄さんの子供を抱っこしたり……修行を見たり、そうやってなんでもない日常を過ごして、ああ平和だな、なんて思いながら、名を隠すこともなく好きな店に入って、好きなだけ美味しいものを食べる、そんななんでもない未来がほしい」

「……夢物語だぞ」

「それを現実にするのがいいんですよ」

 そういってイズナがクスクスと笑うと、マダラも漸く表情を緩めた。

「そうか……それがイズナの夢か……なら、叶えてやらねーとな」

 それから暫く二人で月を見上げた。

 父の死を悼むように、沈黙を捧げた。

 嗚呼……本当に今日の月は綺麗だ。

 月光は優しく全てを白く照らしている。

 元々は五人兄弟だった。兄達は幼くして死んでいった。だから、二人残された兄弟でそれまでに死んだ全ての命を悼むように寄り添う。

 きっと、戦乱の世が終わるのはもうすぐだ。

 終わらせたい。

 否、この手で終わらせよう。

 

「もう一つ、夢を語っても良いですか?」

 ぽつり、と弟がこぼす。

 なんだよ、と兄が返答する。

「マダラ兄さんと柱間さんが夢見た集落が軌道に乗り、泰平の世が訪れたら……その暁には、火の国中の甘味処を制覇する。それがオレのもう一つの夢です」

「ん? んん……?」 

 キリッとした顔で吐かれたイズナの言葉が想定外すぎて、マダラは一瞬何を言われたのかわからず考え込む。

 それからゆっくり、まわりだした脳で、探るような声で兄たる青年は言う。

「あー……イズナ? オマエ、ジョークとか言えたんだな……?」

「ジョーク? いえ、ジョークじゃありませんが」

 何言ってるんだ? と言わんばかりの至極真面目な澄んだ黒い目で返され、マダラは思わず吹き出した。

「プッ、アッハッハ、なんだそりゃ! オマエ、甘味処を制覇って」

 なんで笑う、とばかりにイズナの目が珍しくもじと目を描く、それに益々笑いがこみ上げてきて、ハリネズミの如き長髪がトレードマークの青年は爆笑した。

「ククッ、あー、笑った笑った」

 イズナはむっすりと、ヤケ食いのように月見団子をかじる。

 ヤケ食いのくせに、所作だけは酷く綺麗なのがまたおかしかった。

「あー、悪かった。笑って悪かったからそんなに拗ねるなよ、な?」

 そんな弟が可愛くて、マダラは笑って少年の自分より少しだけ柔らかい髪をくしゃりと撫でた。

「……別に拗ねていない」

 とかいうが、どう見ても拗ねている。

 こりゃからかいすぎたかなと兄たる青年は思ったが、普段大人びた弟が自分にはこんな子供っぽい一面を見せることが、酷く嬉しくって仕方なかった。

「なぁ、イズナ、それオレが着いていってもいいか?」

「兄弟二人旅ですか、良いですよ」

「甘いもんばっかりじゃ偏るだろ? だから美味い稲荷寿司の店も追加だ」

「いいですね。それなら、オレは昆布が美味い町にいって、昆布握りも食べたいです。キャベツを添えて」

「そんなに色々食ってたら太っちまうな」

「その分動けばチャラですよ」

 軽快な口調で、顔立ちはよく似た兄弟がポンポンと言葉の応酬を繰り返す。

 そんなことをしているうちに、次第に心が軽くなってきて、二人どちらからともなく、クスクスと顔を見合わせ笑った。

 

 それから静かな声でマダラが言った。

「……柱間から書状が届いている。例のバカみてェな夢物語の件だ。夢物語だと思ってたんだがなァ……」

 見れば兄の肩は震えていた。けれど、イズナはそれを兄を想い、見ないふりをし、ただ静かに次の言葉を持つ。

「忍界最強のうちはと千手が手を結ぶ……か。同盟、受けるか」

 

 三日後、返答の手紙を出した。

 そうしてこの三ヶ月後、諸々の調節を経て正式に同盟は為り、今は無名の里が起こる。

 イズナの中に残されたうちはイタチの知る歴史よりも10年早い、歴史上初めての忍び里の誕生だった。

 

 

 続く

 

 


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